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2024年3月6日水曜日

2023年度バフェットからの手紙(3)さようなら、チャーリー・マンガー

今回の「株主への手紙」では最初のページに、ウォーレン・バフェットからチャーリー・マンガーに向けた弔辞が掲げられています。以下、その全文です。(日本語は拙訳)


バークシャ・ハサウェイを設計監理した男、チャーリー・マンガー


チャーリー・マンガーは100歳の誕生日まであと33日の、11月28日に亡くなりました。


彼は[ウォーレン・バフェットと同じネブラスカ州の]オマハで生まれ育ったものの、存命中の8割は別の場所で暮らしていました。そのため、わたしが彼とはじめて対面したのは1959年になってからで、そのとき彼は35歳でした。その彼が資産管理の道を歩むべきだと決意したのは、1962年のことでした。


その3年後に、彼はわたしをこう諭しました。「バークシャーの経営権を買った判断はお粗末だったね」と。しかし、彼は次のように請け合ってくれたのです。「済んだことは良しとして、まちがいを正す方法を説明しよう」


話を進めるうえで留意していただきたいのは、わたしが当時運営していた小規模の投資パートナーシップに、チャーリーや彼の親族は一銭も投資していなかった点です。そこの資金を使って、わたしはバークシャー株を買っていました。そのうえチャーリーがバークシャー株を保有することになるとは、わたしたちのだれもが予想してしませんでした。


それにもかかわらず、チャーリーは速やかに助言してくれました。1965年のことです。「いいかいウォーレン、バークシャーのような企業の株を買おうなんて考えないこと。もはやバークシャーを経営できるのだから、今後はすばらしい事業をそこそこの値段で買い加えていこう。そこそこの企業をすばらしい値段で買うのは、おしまいだよ。つまり、君の英雄たるベン・グレアムから教わったことは全部放り出してほしい。あのやりかたが通用するのは、規模が小さいときだけだから」と。その後、後退することはたびたびありながらも、わたしは彼の導きに従いました。


何年も経ってから、チャーリーはわたしのパートナーとしてバークシャーの経営に加わってくれました。そしてわたしの古い習慣が顔を出すたびに、正気へと引き戻してくれました。彼は亡くなるまで、その役割をつづけてくれました。初期のころからわたしたちと投資し続けてくれた人たち共々、チャーリーとわたしは当時想像していた以上の成功をおさめることができました。


実際のところ、現在のバークシャーを「設計監理した建築家」はチャーリーでした。そしてわたしは、彼の構想を実現するために日々の作業を遂行する「元請け業者」でした。


チャーリーは「自分が創始者である」と謳うことはありませんでした。そうではなく、賞賛を受ける場でお礼をかえす役割は、わたしに任せてくれたのです。わたしにとって彼は兄であり、はたまた愛すべき父親でもありました。自分のほうが正しいとわかっているときでも、わたしに手綱さばきを任せてくれました。わたしがポカをしでかしたときにも、その過ちを思い出させるような素振りは一切みせませんでした。


実体をきずく世界において、偉大なる建築物はそれを設計監理した人物を思い起こさせるものです。一方、そこでコンクリートを流し込んだり、窓を取り付けた人物のことはたちまち忘れられます。巨大な企業となったバークシャーにおいて、わたしは建設要員としての責務を担ってきましたが、チャーリーは建築家として携わったと末永く評価されるべきでしょう。


Charlie Munger – The Architect of Berkshire Hathaway


Charlie Munger died on November 28, just 33 days before his 100th birthday.


Though born and raised in Omaha, he spent 80% of his life domiciled elsewhere. Consequently, it was not until 1959 when he was 35 that I first met him.  In 1962, he decided that he should take up money management.


Three years later he told me – correctly! – that I had made a dumb decision in buying control of Berkshire. But, he assured me, since I had already made the move, he would tell me how to correct my mistake.


In what I next relate, bear in mind that Charlie and his family did not have a dime invested in the small investing partnership that I was then managing and whose money I had used for the Berkshire purchase. Moreover, neither of us expected that Charlie would ever own a share of Berkshire stock.


Nevertheless, Charlie, in 1965, promptly advised me: “Warren, forget about ever buying another company like Berkshire. But now that you control Berkshire, add to it wonderful businesses purchased at fair prices and give up buying fair businesses at wonderful prices. In other words, abandon everything you learned from your hero, Ben Graham. It works but only when practiced at small scale.” With much back-sliding I subsequently followed his instructions.


Many years later, Charlie became my partner in running Berkshire and, repeatedly, jerked me back to sanity when my old habits surfaced. Until his death, he continued in this role and together we, along with those who early on invested with us, ended up far better off than Charlie and I had ever dreamed possible.


In reality, Charlie was the “architect” of the present Berkshire, and I acted as the “general contractor” to carry out the day-by-day construction of his vision.


Charlie never sought to take credit for his role as creator but instead let me take the bows and receive the accolades. In a way his relationship with me was part older brother, part loving father. Even when he knew he was right, he gave me the reins, and when I blundered he never – never –reminded me of my mistake.


In the physical world, great buildings are linked to their architect while those who had poured the concrete or installed the windows are soon forgotten. Berkshire has become a great company. Though I have long been in charge of the construction crew; Charlie should forever be credited with being the architect.


2024年3月2日土曜日

2023年度バフェットからの手紙(2)例によって、やらかしました

2023年度「バフェットからの手紙」より、今回の文章ではウォーレン・バフェットが自身のおかした失敗を告白しています。失敗と断定するには少し早いようにも思えますが、主力子会社に関する話題なので、バークシャーの株主諸氏のみなさんはそれなりに調査研究なさったほうがいいかもしれません。なおウォーレンは自分の失敗を明らかにする人で(過去記事の例)、この点は他の大多数の経営者と一線を画していると思います。(日本語は拙訳)


昨年残念な業績におわった部門の二つめはBHE社[エネルギー事業の子会社; Berkshire Hathaway Energy]で、こちらはさらに厳しい損益でした。同社が営む大規模な電力事業のほとんどは、広域にわたるガスパイプラインと同様に、期待通りの成果をあげました。しかし、いくつかの州における規制の雲行きゆえに、利益ゼロあるいは破綻にさえ至る恐れを抱くようになりました(実際カリフォルニア州の最大手会社がそうなり、ハワイ州では現在その危機に面しています)。そのような規制をとる地域では、米国でもっとも安定した産業として以前には考えられていた収益や資産価値を見込むのは困難です。


電力業界は1世紀以上にわたって、成長を果たす原資とするために多額の資金を調達してきました。それは定められた資本利益率が得られるとする、州ごとの協約に基づくものです(優秀な運営には、若干のボーナスを出す場合もあり)。このやりかたによって莫大な投資が実行され、何年か先を見通した際に要求される能力が構築されました。そのような将来を見据えた法規制は現実を反映していました。つまり公共企業が供する発送電用の資産を建設するには、往々にして長い年月を要する現実をです。BHE社が米国西部で展開している複数州にわたる広大な送電プロジェクトは2006年に着工され、完工まで幾年かを残しています。そしてこの操業範囲は、米国本土の30%を占める10州にわたるものとなります。


私企業および公企業いずれの電力会社でも採用されてきたこの方式によって、たとえ人口成長や産業部門による需要が予想を上回ったときにおいても、電灯は灯されてきました。「安全余裕」を見込んだアプローチは、規制当局や投資家や公衆にとって妥当なものと考えられていました。しかし現在はいくつかの州において、「固定ながらも十分な利益率を定めた制度」は崩壊しました。そして投資家は、そのような破局が広まるのではないかと危惧するようになりました。さらには気候変動問題が心配に輪をかけています。地中送電が必要なのかもしれませんが、「そのように造るために、多額の費用をかけるべきだ」と考えた人が数十年前の時点で存在したでしょうか。


わたしどもはバークシャーにおいて、発生した損失の大きさを最良に見積もるよう努めています。そういった費用は山火事から生じましたが、その頻度や影響度はこれまでに増加してきただけではなく、対流性嵐の発生頻度が高まるのであれば、今後も増加しつづけると思われます。


BHE社が被った山火事による損失の勘定を締めたり、脆弱な西部諸州における将来にむけた投資の必要性を賢明に判断できるようになるには、かなりの年月がかかることでしょう。そして規制環境がどのように変わるのか、今はまだ様子見の段階です。


他の電力会社においても、パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社[2019年に破綻]やハワイ電力社[2023年の山火事]と似たような、存亡のかかった問題に直面するかもしれません。わたしたちが現在直面している問題に対して没収的な形で手を打つやりかたは、当然ながらBHE社にとって望ましくないものです。しかしながら同社およびバークシャーはどちらであっても、悲観的な想定外の事象を乗り越えられるように構築されています。わたしたちは保険事業において、日常的にそういったことに直面しています。同事業において当社が扱う基本的な製品ではリスクを考慮に入れておりますし、想定外とはどこかで生じるものです。金融的な想定外が生じてもバークシャーは耐えることができます。しかし、それとわかりながら追銭を払うことはしません。


バークシャーでどうなるかは別として、この行く末は電力業界全体でみると不吉なものとなるかもしれません。会社によっては、もはや米国市民の貯蓄をあてにしていないかもしれず、その場合には電力会社の公企業化が必至となるでしょう。ネブラスカ州は1930年代にその道を選びましたし、国全体でみれば多くの公共電力会社があります。つまるところ、どの方式を選びたいかは、有権者や納税者や利用者が決めることとなります。


騒動が落ち着くころには、米国における電力需要やそれに応じた資本投資は膨大になるでしょう。規制が復活して不利な展開になることを、わたしは想像していなかっただけでなく、考慮すらしませんでした。バークシャーとともにBHE社に投資している2人のパートナーも含めて、わたしどもはそうしなかったことで費用のかさむ失敗を犯してしまいました。


Our second and even more severe earnings disappointment last year occurred at BHE. Most of its large electric-utility businesses, as well as its extensive gas pipelines, performed about as expected. But the regulatory climate in a few states has raised the specter of zero profitability or even bankruptcy (an actual outcome at California’s largest utility and a current threat in Hawaii).  In such jurisdictions, it is difficult to project both earnings and asset values in what was once regarded as among the most stable industries in America.


For more than a century, electric utilities raised huge sums to finance their growth through a state-by-state promise of a fixed return on equity (sometimes with a small bonus for superior performance). With this approach, massive investments were made for capacity that would likely be required a few years down the road. That forward-looking regulation reflected the reality that utilities build generating and transmission assets that often take many years to construct. BHE’s extensive multi-state transmission project in the West was initiated in 2006 and remains some years from completion. Eventually, it will serve 10 states comprising 30% of the acreage in the continental United States.


With this model employed by both private and public-power systems, the lights stayed on, even if population growth or industrial demand exceeded expectations. The “margin of safety” approach seemed sensible to regulators, investors and the public. Now, the fixed-but-satisfactory-return pact has been broken in a few states, and investors are becoming apprehensive that such ruptures may spread. Climate change adds to their worries. Underground transmission may be required but who, a few decades ago, wanted to pay the staggering costs for such construction?


At Berkshire, we have made a best estimate for the amount of losses that have occurred.  These costs arose from forest fires, whose frequency and intensity have increased – and will likely continue to increase – if convective storms become more frequent.


It will be many years until we know the final tally from BHE’s forest-fire losses and can intelligently make decisions about the desirability of future investments in vulnerable western states. It remains to be seen whether the regulatory environment will change elsewhere.


Other electric utilities may face survival problems resembling those of Pacific Gas and Electric and Hawaiian Electric. A confiscatory resolution of our present problems would obviously be a negative for BHE, but both that company and Berkshire itself are structured to survive negative surprises. We regularly get these in our insurance business, where our basic product is risk assumption, and they will occur elsewhere. Berkshire can sustain financial surprises but we will not knowingly throw good money after bad.


Whatever the case at Berkshire, the final result for the utility industry may be ominous: Certain utilities might no longer attract the savings of American citizens and will be forced to adopt the public-power model. Nebraska made this choice in the 1930s and there are many public-power operations throughout the country. Eventually, voters, taxpayers and users will decide which model they prefer.


When the dust settles, America’s power needs and the consequent capital expenditure will be staggering. I did not anticipate or even consider the adverse developments in regulatory returns and, along with Berkshire’s two partners at BHE, I made a costly mistake in not doing so.

2024年2月28日水曜日

2023年度バフェットからの手紙(1)日本の総合商社について

 バークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェットが、2/24(土)付けで2023年度の「バフェットからの手紙」を公開しました。昨年末に亡くなったチャーリー・マンガーへの弔辞で始まる点が特筆される文章ですが、日本の総合商社について触れている点も目につきました。今回はその部分の文章をご紹介します。(日本語は拙訳)


SHAREHOLDER LETTER 2023 [PDF] (Berkshire Hathaway)


末永く保有し続けたいと考えている投資先として、 今年は別の2件をご紹介したいと思います。[昨年話題に取り上げた]コカ・コーラ社やアメックス社のように、当社の有する資源全体からみれば莫大な取り組みというものではありません。しかしながらそれらには保有する価値がありますし、2023年にも買い増しすることができました。

(中略)

[1社目として紹介したオキシデンタル・ペトロリアム社に]加えて、バークシャーは日本の大企業5社の株式を、受動的かつ長期的な観点に基づくかたちで保有しつづけています。各社は非常に多岐にわたった事業を手がけており、その意味でバークシャー自体の経営といくぶん似ています。わたしはグレッグ・アベル[=バフェット後の次期CEO]とともに東京へ赴いて5社の経営陣と対話をしました。その後、5社すべての株式を昨年中に買い増ししました。

バークシャーの持分比率は、5社いずれも9%程度となっています(若干の留意点として、日本企業は米国における慣習とは異なる方法で発行済株式数を計算しています)。そして、買い増しの限度として保有株式の割合が9.9%を越えない旨、バークシャーは各社に対して約束しました。5社に投じた資金の合計は1兆6千億円で、年末時点における持分の市場価値は2兆9千億円でした。しかし近年は円安になっているため、ドルベースでみた年末時点での含み益は80億ドル(61%増)でした。

わたしもグレッグも、主要通貨の価格を予想できるなどとは毛頭考えておりません。またそのような能力を持った人物を雇えるとも思っていません。それゆえ日本株を買う資金のほとんどは、1兆3千億円分のバークシャーの社債を発行することでまかないました。この社債は日本で非常に好意的に受けとめられました。そのため、バークシャーが他の米国企業以上に多額の円建て債を発行していくことになるのはまちがいないと考えています。円安によってバークシャーが得た年末時点での利益は19億ドルでした。これはGAAP[米国会計基準]によれば、2020年から2023年のあいだに順次発生した利益の合計です。

それら5社(伊藤忠、丸紅、三菱商事、三井物産、住友商事)はいずれも、ある重要なやりかたの面で株主を重視した政策をすすめています。これは米国で一般的に実践されているものよりもずっと優れています。当社がそれらの日本企業株を買った後、5社はいずれも魅力的な価格で自社株を買い戻し、発行株式数を減らしています。

一方で5社いずれの経営陣も、自分たちの報酬に関しては典型的な米国の例とくらべるとずっと穏やかに処遇しています。同様に触れておくと、5社は配当性向を3分の1程度にとどめています。5社の留保した多額な資金は各社が抱える多々の事業へ投下され、いくばくかが自社株買いへ使われています。そしてバークシャーと同様に5社も、追加の株式発行には消極的です。

バークシャーにとってさらに好都合なのは、それらの投資がきっかけとなって、好経営かつ高い評判を得ている大企業5社と世界中で協業する機会ができた点です。5社は当社以上に幅広く事業を展開しています。他方で日本企業5社のCEOのみなさんは、バークシャーがつねに大量の流動資産を保有しつづけている事実に満足しておられます。規模がどうであれ、そのような協業をすすめるうえで即座に利用できる資源が見込めるからです。

それら日本企業の株を当社がはじめて買ったのは、2019年7月4日でした。現在のバークシャーの規模を考えると、公開市場を通じてそのような持分を築きあげるのは辛抱の連続であり、「うれしい」価格で買うにはかなりの時間がかかりました。その過程は、まるで戦艦を反転させるような大仕事でした。これは初期のころには直面しなかった、バークシャーの重大なる不利な一面といえます。


This year, I would like to describe two other investments that we expect to maintain indefinitely. Like Coke and AMEX, these commitments are not huge relative to our resources.  They are worthwhile, however, and we were able to increase both positions during 2023.

(snip)

Additionally, Berkshire continues to hold its passive and long-term interest in five very large Japanese companies, each of which operates in a highly-diversified manner somewhat similar to the way Berkshire itself is run. We increased our holdings in all five last year after Greg Abel and I made a trip to Tokyo to talk with their managements.

Berkshire now owns about 9% of each of the five. (A minor point: Japanese companies calculate outstanding shares in a manner different from the practice in the U.S.) Berkshire has also pledged to each company that it will not purchase shares that will take our holdings beyond 9.9%.  Our cost for the five totals ¥1.6 trillion, and the yearend market value of the five was ¥2.9 trillion.  However, the yen has weakened in recent years and our yearend unrealized gain in dollars was 61% or $8 billion.

Neither Greg nor I believe we can forecast market prices of major currencies. We also don’t believe we can hire anyone with this ability. Therefore, Berkshire has financed most of its Japanese position with the proceeds from ¥1.3 trillion of bonds. This debt has been very well-received in Japan, and I believe Berkshire has more yen-denominated debt outstanding than any other American company. The weakened yen has produced a yearend gain for Berkshire of $1.9 billion, a sum that, pursuant to GAAP rules, has periodically been recognized in income over the 2020-23 period.

In certain important ways, all five companies – Itochu, Marubeni, Mitsubishi, Mitsui and Sumitomo – follow shareholder-friendly policies that are much superior to those customarily practiced in the U.S. Since we began our Japanese purchases, each of the five has reduced the number of its outstanding shares at attractive prices.

Meanwhile, the managements of all five companies have been far less aggressive about their own compensation than is typical in the United States. Note as well that each of the five is applying only about 1⁄3 of its earnings to dividends. The large sums the five retain are used both to build their many businesses and, to a lesser degree, to repurchase shares. Like Berkshire, the five companies are reluctant to issue shares.

An additional benefit for Berkshire is the possibility that our investment may lead to opportunities for us to partner around the world with five large, well-managed and well-respected companies. Their interests are far more broad than ours. And, on their side, the Japanese CEOs have the comfort of knowing that Berkshire will always possess huge liquid resources that can be instantly available for such partnerships, whatever their size may be.

Our Japanese purchases began on July 4, 2019. Given Berkshire’s present size, building positions through open-market purchases takes a lot of patience and an extended period of “friendly” prices. The process is like turning a battleship. That is an important disadvantage which we did not face in our early days at Berkshire.

2024年2月13日火曜日

2023年の投資をふりかえって(5)新規投資銘柄:ジーエルサイエンス

ジーエルサイエンス(7705)


(同社の2024年3月期第3四半期決算説明資料より)


化学分析機器の製造会社であるジーエルサイエンス(以下、ジーエル)には、昨年から投資し始めました。その同社は2月9日(金)付の発表で、持ち株会社を設立して(2024年10月1日予定)、そのもとに子会社と経営統合する旨で合意したことをあきらかにしました。ちょうどいい機会なので、今回はこの企業再編をケーススタディとしてとりあげたいと思います。なお子会社は、半導体製造装置関連製品の製造会社であるテクノクオーツ(以下、テクノ。証券コード5217)です。親子ともにスタンダード市場に上場しています。


はじめに触れておくと、「持ち株会社を使った経営統合」という形式をとっていますが、いうまでもなく実態は親会社ジーエルによる子会社テクノの完全子会社化案件です。


昨年投資するに先立って親子両社を調べるうちに、親会社ジーエルが子会社テクノの残り株式を買い取って完全子会社化する好機だと、個人的には強く感じていました。ただし同社の経営陣が実際に行動を起こす可能性は相当低く(たとえば5%以下の確率)、それによる正のエクスポージャーは小さいと判断していました。しかし親会社ジーエルの株価自体がずいぶんと割安だったので、資金をいくらか投じてきました。


<事業の概要と直近の業績>

親会社ジーエルが扱っている主な製品は、さまざまな物質に含まれる成分を分析するための機器や試薬です(島津製作所とは業務提携)。製品の利用される領域は、食品・化成品・医薬・半導体といった産業分野や、公害物質を同定するような環境分野でも広く利用されています。顧客業界が多岐にわたっているとともに消耗品を扱っているため、収益は安定しています。製造拠点は福島県、研究開発拠点は埼玉県にあります。


親会社ジーエルの2023年3月期の連結売上高は386億円、営業利益は60億円、純利益は34億円、EPSは341円でした。経営指標としては、営業利益率が15.5%、純利益率が8.8%となります。現在の株価は2800円弱で、実績PERは8.18倍です。



子会社テクノは親会社ジーエルによって1976年に設立されました。親会社によって保有されている株式の割合は約2/3、正確には65.7%です。子会社テクノが扱っている主な製品は、半導体製造装置内で使われる石英ガラス製の各種部材です。他社から購入したインゴッド材を成形加工するだけではなく、高温熱処理等に耐えられるような特性を付与するために、皮膜処理や表面処理などを施しています。国内の製造拠点は山形県と周辺に集まっており、外国の製造拠点は中国杭州市にあります。


子会社テクノの2023年3月期の連結売上高は200億円、営業利益は40億円、純利益は29億円、EPSは764円でした。経営指標としては、営業利益率が20%、純利益率が14.5%となります。現在の株価は5360円で、実績PERは7.01倍です。


<経営統合における取引条件>

親会社ジーエルおよび子会社テクノの株式は新持ち株会社へ移転されて、両社は上場廃止になります。両社の株主には新持ち株会社の株式が交付されます。親会社ジーエルの株式数は10.2百万株(自己株式を除く)で、同じ数のまま新株に交換されます。また子会社テクノの株主には8.1百万株(自己株式を除く)が割り当てられます。合計すると、新持ち株会社の株式総数は18.3百万株になります。ただし親会社ジーエルは子会社テクノの株式を約2/3保有しているので、それが新株に交換された後にいずれは消却されると仮定すると、持ち株会社の株式総数は12.9百万株(= 10.2 + 2.7)にとどまります。


ここで親会社ジーエルの立場からみると、今回の案件は新株を2.7百万株発行して、それを子会社テクノの少数株主が保有する株式と交換することで、子会社テクノの残り株式1/3を手に入れる構図になります。仮に親会社ジーエルの現在株価2800円をもとにした希薄後株価を2200円として計算すると、約60億円(= 2200 * 2.7百万)の価値を持つ有価証券を提供することで、予想当期利益8億7千万円相当の事業を受けとる帳尻になります。これだけみると、かなり割安に事業を手に入れられる取引条件です。しかし親会社ジーエルの適正株価は現在の2倍はあるといっても言いすぎではないと思いますので、そちらの株価をもとに計算すれば、ほどほど穏当な取引水準に落ち着くことになります(この件は後述)。


<本買収に対する所感>

株式市場で評価が低迷している企業がこのような形で別企業に狙われるのは、必然です。少なくとも、今後は日本でもそのような見方が強まってくると想像します。そして、その狙う側が競合他社や資金力のある投資家ではなくて親会社だったとしても、本質的な構図は同じです。「他人が見逃している機会を、自分がつかむ」。現在の株価によって価値との差を値踏みするのは正当な手段であり、原則的にはだれが使っても咎めることはできません。ただし、経営を支配している親会社が子会社の業績を意図的に低迷させておき、株価が下落した時期をみはからって不当な対価で完全子会社化するのは、子会社の少数株主の利益を損なうことになり、許されないでしょう。しかし今回の件はちがいます。子会社テクノが手がける事業(半導体関連)のほうが親会社ジーエルによる事業(分析機器および自動認識)よりも高い業績をあげてきた事実が、一定の期間にわたって示されていたからです。具体的には、2019年3月期から子会社事業が稼ぎ頭となっていました。そこから4年間以上が経過しており、市場が事業価値を評価するのには十分な時間がありました。その間に、子会社事業の営業利益は2.5倍になっていました。優良な事業を取り込みたいと考えるのは自然な帰結です。「それでも市場が適正に評価しないのであれば、自分たちが動いてもよかろう」と親会社の経営陣が考えるのは道理にかなっています。


子会社テクノの少数株主にとって幸いなのは、親会社ジーエルの株価も低迷していることです。2010年以前の個人的な経験談になりますが、わたしが株式を保有していたある企業も、株価が割安な時期に株式交換によって親会社に完全子会社化されました。そのときは「ひどい扱いをするものだ」と憤慨しましたが、その親会社株を長期間保有しつづけることで、結局は十分なリターンを得ることができました。実は親会社の株価もそれなりに割安だったので、見直される余地がありました。また規模の経済が働くことで、買収行為自体がその後の成長に寄与したこともあります。その事例どおりに物事が進む保証はないですが、傾向としては似ていると思います。


持ち株会社に移行することは、市場が企業価値に対する評価を改める流れにつながると思います。単純に利益水準が上昇するだけでなく、危うさを秘めていた親子上場が解消されることで、アナリストや投資家の目が集まりやすくなることが期待できます。また本質的な成長性の点でも期待度はあがります。余剰資本や各種リソースが集積されることで、有効的に再投資できる機会や規模が拡大するからです。


<新持ち株会社に対する定性的な価値評価>

ただし前回の投稿でひとこと触れたように、新会社ジーエルホールディングス(仮称)の長期的な成長見通しには留意すべき点があると考えています。現在手がけている事業はどこまで成長できるのか(特に急成長してきた半導体石英製品)。現在の事業領域を越えて周辺の領域へと進出し、売上を拡大できるのか。余剰の金融資産を使って効果的な企業買収ができるか。はたまた資本効率を重んじて自社株買いを実行できるか。そして中国における事業展開をどうするのか。個人的な結論としては、今回のスペシャル・シチュエーションが株価水準訂正のきっかけになればうれしいですし(逆に、ニュースが公開されたことで株価が短期的に下がる可能性もありますが)、中長期的(3-8年程度)な成長も期待しています。しかしそれ以上先の見通しは、今のところは判断しかねています。



2024年2月8日木曜日

2023年の投資をふりかえって(4)新規投資銘柄:ナカニシ

 今回投稿している一連のふりかえりでは、長期的なリターンが大きいと考えている企業から順に取り上げています。ここで取り上げる企業ナカニシとくらべると、残りの国内企業2社アドテックプラズマテクノロジーとジーエルサイエンスは、短い期間(たとえば8年以内)をとれば相対的に割安にみえますが、それ以上の長期的視点にたつと当社のほうが確実性が高いと考えています。


ナカニシ(7716)


<事業の概要>

当社は、歯科を中心とする医療機器の製造販売会社です。おもな製品としては、各種ハンドピース(歯を削るドリルや歯石除去器具)や外科手術時に骨を切削する機器などがあります。中核技術が精密小型モーターとその制御にあるため、それらを中心としたスピンドル等も部品として販売しています。




海外売上高比率は80%と高く、欧米日亜に分散した地域的なバランスも良好です。北米の割合が若干低いものの(22%)、改善すべき地域として認識されており、施策の一環としてここ数年間に出資買収が実施されています。


国内における拠点(本社・開発・生産)は栃木県に集約されており、震災リスクが小さい点に惹かれます。また欧州の企業も買収してきたので、そちらにも製造拠点があります。


なお、当社と同じように栃木県を本拠地とする企業マニーとは、よく似た状況にあります。小型の医療機器を手がけており、利益率が高く、余剰の流動資産を大量に保有し、創業者一族による経営への関与が大きかったことがあげられます。そして両社ともに、品質を極めて競合優位性を維持するために地道な努力を重ねることを良しとする企業です。


<直近の業績>

2022年12月期の売上高は486億円、営業利益は153億円(そのほかに持分法による投資利益が約8億円)、純利益が124億円でした。経営指標で示すと、営業利益率は31.4%、純利益率は25.5%、ROEは14.4%となります。利益率が高いせいか、余剰な流動的金融資産の水準も高くなっています。2023年9月の時点では、負債を差し引いた純流動的金融資産は約300億円となっています。


<将来的な機会>

歯科を中心とした医療機器を事業領域としている性質上、世界的なGDP成長そして生活水準の向上にあわせた市場拡大は、基調として期待できます。また競争上の要因として精密化高品質化が重要である製品を手がけているので、技術発展を伴った買換え需要や他応用分野へのさらなる展開が期待できます。


成長性をみると、純利益が半分の水準だったのは2014年12月期(売上高が309億円、純利益が69億円)でした。倍増するのにかかった期間は8年間です。さらにその半分だったのが2004年ごろで、こちらの倍増は10年間程度でした。今後も同様の歩みが期待できるのであれば、倍増ペースは9年間前後となります。


また現在の配当利回りは約2%ですが、増配も期待できます。過去10年間を振り返ると配当成長率は年率20%強となっています。減配リスクは比較的小さく、前期比で10%減配した期がありましたが、余剰な流動的資産が多いので原資不足が理由ではありません。


M&Aには10年ぐらい前から力を入れ始めました。ここ数年間は複数案件を実施しており、ひとまず収束の感はあります。ただし、さきに実施されたM&A戦略説明会によると、案件のなかった外科事業領域では検討中とのことです。またM&Aの条件として次の3つを挙げています。「コア技術の強化」「製品種類の拡大」「販売力の強化」です。これらに寄与することが買収の条件であり、単なる拡大のための買収(コングロマリット化)は望んでいないと説明しています。少なくとも表面的には堅実な方針であり、納得できます。成長の速さは望めなくても、競合優位性を高めるという点で期待できるので、長期的な投資対象として好ましい方針だと思います。


<リスク>

医療系メーカーにとって製品の品質不良リスクは概して重大視されます。健康や生死にかかわるためですが、当社にとっては深刻な事態(賠償や顧客離れ)には陥りにくいとうけとめています。第一に、医師等専門家自身の判断にもとづいた手技を通じて患部に接するたぐいの機器であり、さらには体内に留置される恐れが小さいこと。第二に、品質不良が発生したとしても、これまでの使用実績を考えれば根本的な問題に起因するものではなく、一時的あるいは局所的な問題にとどまる可能性が高いこと。第三に、医師の手になじんだ機器であるため、代替製品へと乗りかえる障壁が比較的高いことがあげられます。


製品技術や生産技術の流出盗用リスクは、製造業全般で考えられているように考慮すべきリスクです。ただし当社は内製化率(部品点数ベース)が90%とのことで、すり合わせも含めて技術をまるごと盗用するのは現実的ではない試みと思われます。


長期的なリスクとしては、代替製品やソリューションの登場があげられます。「歯や骨を削る」処置に対して有効的な「削らない」処置が登場すれば、置き換わる可能性は大きいはずです。ものごとはより便利で快適な方向へと発展するので、医療の世界では低侵襲な方式へ置き換わるのは必然です。ただし現段階でそのような脅威は台頭していない状況かと思います。


主要拠点の立地という点では、人材採用リスクがあります。本社や工場が栃木県に位置しているので(東京上野にもオフィスあり)、利便性や人口減少の観点で就職先としての魅力が薄れて、望ましい人材を十分に採用できなくなる恐れがあります。財務的には優良企業なので、安定性や各種便益の魅力は漸増するものの、就職に直面する世代(特に、開発生産に従事する理科系の20歳代)に対して訴求できる生活環境なのか、疑問が残ります。ただし当社単体の従業員数は現在のところ漸増傾向にあるので、杞憂かもしれません。


為替リスクについては、あまり重大にはとらえていません。当社は基本的に円建てで取引しており、単体売上高(340億円)は連結売上高の70%を占めているので、円高になれば価格競争力が低下して業績低迷につながり得ます。直近では日米金融政策の動きから円高へ戻る流れが想定されているので、目先の業績は思わしくないかもしれません。しかし円高が定着するのか、あるいは再び円安に向かうのか、期間も方向も判断しきれません。また円高になった時期には当社の資産は相対的に増加するので、経営陣は余剰の金融資産を活用できる好機ととらえて、外国企業を積極的に買収してほしいと考えています。


<株価と価値評価>

現在の株価は2400円前後です。2022年12月期のEPSは145円だったので、実績PERで16-17倍程度となります。2023年9月時点での余剰な純流動的金融資産が1株当たり約340円あるので、これを差し引いて計算すれば実績PERはもっと小さくなります。事業としての質の高さ(利益や配当の安定性や長期的な成長性)を考えると、現在の株価は妥当な水準以下だととらえています。株価が低迷気味なのは、さらなる成長性や北米市場での減収、M&Aの巧拙、資本効率の悪さ(巨額の余剰資産を蓄積)、のれん償却の負担が不安視されているからでしょうか。




2024年1月22日月曜日

2023年の投資をふりかえって(3)新規投資銘柄:ニデック

 ■ニデック(6594)


モーターの製造会社である当社(旧社名日本電産)は、今ではTOPIXのCore30に選定されているまでの規模に成長しました。はじめて当社に注目した時期は10年以上前のことで、具体的な時期は忘れてしまいました。ただし当時はマブチモーターの株式を買おうか迷っていて、競合である当社に興味が向かなかったことはよく覚えています(つまり教訓として)。永守会長のことを単なる「買収好きの経営者」程度に受けとめていたので、本質的な経営力を評価できていませんでした。その後横目でみてきた期間が長らくつづきましたが、今回初めて投資することになりました。


<事業の概要>

当社はモーターを製造するグループ会社として知られています。1973年の創業当初は精密小型モーターを手がけていましたが、1990年前後から企業買収や資本参加を始めました。現在では各種規模用途のモーターを製造するだけでなく、周辺・関連パーツとして位置づけられる減速機やセンサー、さらには各種の検査計測装置や工作機械も手がける企業グループとなりました。近年は電気自動車の心臓部である一体型駆動モーターに注力しており、その最大市場である中国での事業活動が目立っています。連結ベースでの従業員数は10万名超です。


<直近の業績>

2023年3月期における売上高は2兆2400億円、営業利益は1000億円、純利益は430億円でした。経営指標で示すと、営業利益率は4.4%、純利益率は1.9%、ROEは3.4%となります。この数字が思わしくないことには一過性の理由があります。HDD向け製品不振に伴う人員解雇などの構造改革費用を計上したためです。以下のように、今年度の業績をみれば回帰ぶりが確認できます。


10月に発表された今期の第2四半期業績は、売上高は1兆1600億円、営業利益は1150億円、純利益は1060億円でした。前年通期とくらべると、利益水準は倍増しています。将来の業績を予想する際には、こちらの水準のほうが妥当だと思います。


売上高の観点で成長性をみると、前期業績のまだ半分程度の水準だったのが2016年3月期なので、倍増に要した期間は7年間です。また純利益(実力ベース)の成長率も同程度の割合を示しています。仮にこのペースで売上高10兆円を目指すとしたら、目標達成時期は2030年代終盤となりそうです。当社が掲げている2030年での達成は相当強気な目標だといえます。


<将来的な機会>

伝統的な製品分野ともいえるモーターを手がけながら、当社はこれまで高成長を遂げてきました。それでは今後はどうなるか予想するに、成長面でひきつづき有望な企業だと思います。その大きな理由は2つあります。


第一に「有望な領域の事業を手がけている」点です。モーターやその周辺機器における利用分野拡大や性能向上は、ますます見込めます。ロボットやドローンに代表されるように、社会全体の電動化自動化は進展しつづけ、モーターの市場規模も拡大するでしょう。他方で、電気自動車(EV)の未来に対しては永守会長ほどには楽観視していないものの、長期的には成長が見込めると考えています。現在はとくに二次電池の特性や性能や価格面に問題があるため、市場の成長が低迷する時期がくるかもしれません。しかしそれらが改善向上することで低迷期を乗り越え、さらに広く受け入れられるようになると予想します。


第二に、戦略的かつ実際的な企業買収を、定常的な経営活動として社内に浸透させている点です。長期的な目標を果たす上で自社に欠けている技術的リソースを持つ企業を事前に列挙し、企業価値を定量的に判断し、買収したいと考えている先方企業には永守会長自身が書信をもって接触し、買収する順序を意識し、値ごろの市場価格で取引できる機会を辛抱して待ち続け、買収後には先方での意識改革・経営改革を進めるとともに、内製率向上や補完的買収の追加実施などによってシナジーを起こしてもう一段のコスト競争力を目指す。このような一連の手順は仮に明文化されていないとしても、過去に何度も繰り返されてきたことで経営知として社内で共有実践されていると想像します。具体的な買収件数の累計は2023年12月現在で73社部門に達しており、2010年代以降には毎年のように複数の案件を実現しています。


(METI-RIETI政策シンポジウム
「クロスボーダーM&A:海外企業買収における課題とその克服に向けて」)


上記で紹介した映像の中で、永守会長は当社の成長要因を「既存事業の成長分」と「買収企業の寄与分」が半分ずつだと説明しています。たとえば7年間で売上高を倍増させるには、年率10%の成長率が必要です。それを実現するには、既存事業で5%成長、買収企業による5%寄与が要求されます。永守会長は「買収先企業の取引額規模としては、自社の時価総額に対して最大5%程度」と表現していました(映像11分16秒)。この数字には調整が加わりますが、先の5%寄与と符合するようにもみえます。そしてこれらの数値目標を達成できれば、先に挙げたような未来予想図(売上高10兆円)が実現できます。


現在は79歳の永守会長。日本人男性の同年齢の平均余命は9年間程度なので、現在の売上規模を倍増(売上高5兆円)させるまでは、何らかの形で当社グループの指揮をとり続けてくれる可能性が高いと予想します。


<リスク>

第一の主要リスクは、中国市場に大きくかかわっている点です。非流動資産ベースで20%の資本を投下しており、売上高は25%を占めています。日米欧中へ市場や拠点を分散してきたという意味では妥当な配分にみえますが、現在の国際情勢下では中国への依存度が高いと考えます。もし中国拠点を共産党にすべて接収されるとすれば、企業価値の20-30%が(少なくとも一時的には)失われると見積もれます。当社の株価が現在のPER水準にあるのは、このエクスポージャーを重大ととらえている諸投資家が当社の価値をそのぶん割り引いているからかもしれません。


第二の主要リスクは後継者リスクです。当社がこれまであげてきた実績は、永守会長の持つ能力や性格によるところが大きいのは明らかです。しかし、それにもとづく体制が長期にわたって続いてきたことが構造的な弱みとなり、次世代のトップをうまく据えられない恐れがあります。まず永守会長が自身を鋳型とした人物をかなりの程度まで求めているため、本人を超える素養を持った人物を選びだせない可能性。また「圧倒的な頭脳」に適合したシステムとして当社全体が発展してきたため、別の頭脳とはうまく適合できずに企業体としての能力を、従来のようには発揮できなくなる可能性。そして、仮にそれらを超えることのできる「ミニ永守」的な人物が選任されたとしても、創業者的投資家的な見識や資質も備えている確率は低く、当社の買収戦略における重要な指針である「会社を強くするための買収」を効率的に果たせずに成長性が鈍化する可能性、が考えられます。


財務面では借入金に目を向けると、短長期合わせた借入金が約6700億円に対して、現金などの流動性は約2000億円強にとどまっています。ここで金利水準が仮に4%程度となった場合を考えてみると、純利払い額として約200億円が必要になりますが、現在の純利益水準2000億円がある程度維持されるのであれば、配当金の支払い400億円も合わせて確保できます。つまり金利変動による利払いリスクは許容できると考えます。ただしそのような金利状況になれば、投資家の人気は銀行預金やMMFへと移り、当社に限らず株式市場全体に対する評価は下がることでしょう。


<株価と価値評価>



現在の株価に対応した予想PERは16.5倍程度で大幅に安いとは言えませんが、若干安いあるいは適正水準だととらえています。もう一段の株価下落(20-30%減)を待てれば申し分ないのですが、永守会長が平均以上に長生きして経営に携わる「正のリスク」のほうが大きめだと判断し(参考記事)、現段階のうちに資金をある程度投じることにしました(株式を購入した時期は図中の赤矢印で示しています)


2024年1月14日日曜日

日本企業は離陸していた(GMO)

 GMOのリーダーたるジェレミー・グランサムは、米国市場全般に対してはあいかわらず弱気な見解を持ちつづけています(参考記事)。他方で、同社が目を向けている投資分野のひとつに日本株があります。最近発表された論考では、「4つの4」という観点で日本株への投資を勧めています。「4つの4」とは以下のものです。


THE FOUR 4s BEHIND THE COMPELLING OPPORTUNITY IN JAPAN EQUITIES 
(GMO; 2023/12/21付)


・4%の実質リターン

・4つの新規政策

・小型バリュー株に重点を置くことによる、4%のリターン上乗せ

・円安による4%の追い風効果


同文書では、これらについて定量定性の両面から説明を展開しています。根拠がやや弱いと感じられる説明もありますが、全体としては日本の現状をそこそこ妥当にまとめていると感じました。日本バリュー株ファンドを運営する筆者らが声高に主張しているのをみると、従来(2010年前半まで)の日本企業が全体としてみたときに外国の機関投資家から評価されていなかったことがわかります。


今回ご紹介するのは、同文書の中でもっとも印象的だった図を含む箇所から引用した文章です。(日本語は拙訳)



本質的業績の改善が寄与し、4%の実質リターンが期待される


当社GMOが予測を立てるうえで鍵となっている推進力は2つある。価値評価、そして本質的成長である。日本株はここ最近上昇したことで、市場全般でみたときの価値評価は妥当な水準となった。この話の興味深い部分は「本質」のほう、つまりファンダメンタルズにある。「直近でみられてきた力強いファンダメンタルズは、まやかしにすぎないものであり、いずれは低水準へ回帰するだろう」と多くの人たちが確信している。しかし、そうでない証拠があるのだ。

 
(図1)


日本企業がすぐれた本質的成長をここ何年間も果たしてきたことを、ほとんどの投資家は認識できていない。図1では、配当および本質的成長の形で株主が受けたリターンを示している。そこに、価値評価水準の変化分は含んでいない。図中の青色線は平準化した年率リターン4.5%を示しており、株式から低調な成績しか得られない場合を描いた我々の予想シナリオに一致している。これは直近10年間において株式市場に達成してほしいと我々が考えていた成績に近いものである。


興味ぶかいことに、これは米国企業がこの期間にあげた成果とほぼ精確に一致する。しかし日本企業はもっと好成績、つまり6.5%の本質的な成果をあげていた。これには驚くかもしれない。ドルベースでみたときには、米国株式市場のほうが日本のそれよりも好成績だったからだ。しかしそれは価値評価の水準が変化したからであり、さらには日本企業が果たした本質面での優位をうち消す以上に為替が変動したからである。投資家は米国株をこの10年間にわたって保有してきたことで優れた成果をおさめたが、根底にある企業業績をみると実際は日本のほうが優れていたのだ。(中略)


(図2) 


驚くことではないが、日本企業が残念な本質的リターンしかあげられなかった80・90・00年代は、ROC(Return On Capital; 資本利益率)が残念な結果にとどまった時期と一致していた。図2の左図の赤色線で示すように、その数十年間における日本のROCを均してみると、先進国で達成すべきだと我々が算定した値(4.5%、青色線で示す)の半分にしか達していなかった。実際のところ2018年あたりまでは、日本市場はその程度のROC(緑色の平坦線)に回帰するだろうと予想していた。つまり標準的な利益率の半分にだ。しかし我々は2018年までに、無視しがたい変化がROCに現れていることをみてとった。我々のデータにおいて標準的と定めた値をはじめて超過したのだ。そして高いROCを達成した年が何年か続いたことで、日本が恒常的な変曲点に到達したと我々は確信した。


図2の右図は[計量経済学上の]構造変化モデルで、ROCが平坦な緑色線の周辺へと回帰しない可能性を推し量るものだ。そしてこのモデルは、構造変化が2018年までにほぼ確実に生じたことを示している。それゆれ我々は予測モデルを、「日本における利益率は、先進国市場における標準値へゆるやかに遷移している(左図の緑色線が階段状になっている部分)」と変更した。日本企業のROCが改善したのはまやかしではなく、先進国水準へ収束し、以前の平坦線へ戻ることはないだろう。それが我々の見解である。

 4% Real Return Forecast Supported by Improving Fundamental Performance

 

Two key drivers underpin GMO’s forecasts: valuations and fundamental growth. After the recent run in Japanese equities, valuations look fairly valued for the broad universe. The interesting part of the story lies with fundamentals. While many believe recently strong fundamentals are a head fake and will revert to lower levels, evidence suggests otherwise. 


Most investors do not realize that Japan has been delivering superior fundamental growth for years. Exhibit 1 charts the returns shareholders earn from distributions and fundamental growth, ignoring the effects of valuation change. The smooth 4.5% annualized return line is consistent with what we expect stocks to earn in our “Low” base-case forecast scenario, and it’s roughly what we think equity markets should have delivered over the last 10 years.


Interestingly, it is almost exactly what U.S. companies earned over this period. Japanese companies, however, did much better delivering 6.5% fundamental performance. This might be surprising given the U.S. equity market outperformed the Japanese market when measured in dollars, but that is because valuation changes and currency movements more than offset the fundamental advantage Japan delivered. While investors did better owning U.S. equities over the last decade, underlying corporate performance was actually better in Japan. 

 

(snip)

 

Not surprisingly, Japan’s disappointing fundamental return in the eighties, nineties, and aughts corresponded to a period where returns on capital were disappointing. During those decades, Japan’s ROC, shown in red on the left of Exhibit 2, averaged only about half of what we estimate companies in developed markets should deliver (i.e., the blue line at 4.5%). Indeed, up until about 2018 our base case when forecasting Japanese market returns (the flat green line in the ROC chart) was to assume that ROCs would mean revert around this level of half of normal profitability. But by 2018 we had seen a change in ROC that was hard to ignore – ROCs had, for the first time on our data – exceeded what we assume to be normal. Further, after years of stronger returns on capital, we believed Japan had reached a permanent inflection point.


The chart on the right of Exhibit 2 represents a structural break model which asks how likely is it that ROCs were no longer mean reverting around the flat green line. By 2018, the model had put the odds of a structural break as a near certainty. We therefore changed our forecast model by assuming that profitability in Japan was slowly transitioning toward developed market norms (the stairstep section of the green line on the left.) In our view, Japan’s ROC improvement was not a head fake and would continue to converge toward the developed market norm, not fall back toward the old flat line.

 


2024年1月5日金曜日

2023年の投資をふりかえって(2)新規投資銘柄:フルヤ金属

フルヤ金属(7826)


<事業の概要>

当社は白金族を中心とする貴金属を精製加工して販売しています。注力している具体的な素材は、イリジウムやルテニウム、銀、プラチナなどです。主力の製品としては、OLED向けの燐光材、各種スパッタリングターゲット材、単結晶引上げ用のるつぼ、熱電対などがあります。つまり当社製品が最終的に関わる先は、電子製品や精密機械機器といった領域になります。また劣化消耗した製品を顧客から回収し、リサイクルして再生する静脈型の事業も行っています。販売先は国外向けが過半を占めていますが、生産拠点は国内にとどまっています(茨城、北海道)。


<直近の業績>

2023年6月期における売上高は480億円、営業利益は110億円、純利益は94億円でした。経営指標で示すと、営業利益率は23%、純利益率は19.6%、ROEは23.3%でした。


ただし、11月に発表された今期の第1四半期業績は相対的に低調でした。売上高は100億円、営業利益は20億円、純利益は14億円でした。営業利益および純利益は前年比で半減しました。主な要因としては、顧客側の在庫調整やその先の市場低迷によるものと説明されています。


なお、成長性をみるために例えばさらに4期前の2019年6月期の業績をあげると、売上高は210億円、営業利益は44億円、純利益は27億円でした。業績が急上昇したのは2021年で、主要製品の金属価格が急騰した時期と一致しています。


<将来的な機会>

イリジウムやルテニウムといった金属元素は周期表の配置から想像できるように独特な特性を持っています。そのため有用性が高く、先端技術領域において今後も利用分野拡大が期待できます。その具体例としては、グリーン水素を製造するための水電解装置で使われる触媒関連の製品があげられます。


また注力分野以外の金属を扱った製品化も図っています。具体的には、窒化アルミニウムスカンジウム(AlScN)ターゲット材です。これは、携帯電話などの通信端末で使われる電子部品を製造する上で必要となる製品です。自社の得意な技術領域にとどまらず、別の周辺領域へと少しずつ進出するのは、化学系メーカーにとっては事業領域を拡大させる上で絶好の道筋だと思います。


資金面では、新株発行による増資(100億円)が2023年12月6日等に実施されました。使途としては、ほとんどが新規設備投資に充てられており、投資用途や時期は具体化しています。このことから、市場や販売量がそれなりの確度で見込まれていると想像できます。


<リスク>

製品の原料が希少な元素ゆえに高価であり、さらには戦略的な備蓄の狙いもあいまって、総資産に占める棚卸資産の割合が大きくなっています(50%以上、この点は会計監査でも指摘されている)。そのため、金属市場価格下落時の在庫評価損リスクおよび売上高減収リスクがあります。特にイリジウムやルテニウムは2021年に価格が急騰して以来、高値の状態が続いており、どこまで下落回帰するのか、価格の先行きが不透明です。


反対に金属価格が現在よりも大きく上昇すると、顧客側が安価な代替材料へ置き換えるリスクが大きくなります。上昇しないとしても、そもそも高価な材料と認識されているため、代替リスクは漸増していくと考えるのが安全だと思います。


イリジウムやルテニウムの産出元は南アに偏在しており、先述した「戦略的備蓄」につながっています。同国は電力供給問題を抱えており、鉱山の操業停止リスクがあります。


(イリジウム価格の推移)

イリジウム価格の推移


また経営者に関するリスクも小さくないとみています。会社の人員規模から想像できるように(従業員数400名弱)、創業者一族である古屋社長(80歳)が指揮経営していることが事業の成功に大きく寄与しているのはまちがいありません。それゆえ、社長交代後の後継者リスクは少なくとも現段階では考慮せざるを得ないと考えます。現在のように、新規市場を積極的に探しながら、他方では財務に目を向けて戦略的に資金を調達配分することで成長を続ける好循環を維持できなくなるかもしれません。なお、80歳の平均余命は8年程度です。


イリジウムやルテニウムといった金属を精製・加工・リサイクルすることは技術的にむずかしいため、安定的に量産供給している当社の競争優位性は高いと考えます。そのため、他社との競合という点では、大きなリスクは考えにくいと想像します。


<株価と価値評価>




増資後の時価総額は現時点で約800億円です。それに対して5年間平均でみた純利益の水準が60億円程度なので、実績PERは13倍の水準にあります。一方で、売上や利益の増加は基本的に期待できます。さきにあげた増資からまわす設備投資金額90億円は、現在の有形固定資産純額約170億円の50%程度に相当します。それ以外にも毎年の利益から捻出される新規設備投資費用は年間5-10億円の水準にあり、これらの数字からたとえば6年後の期待利益水準を予想できます。そのため、現在の株価9000円前後はリスクを考慮に入れたうえでも割安だと判断します。当社が数年後にダブルプレー銘柄(業績向上 + PER上昇)になることを期待しています。(参考記事)


なお、株式を購入した時期は図中の赤矢印で示しています。