モーターの製造会社である当社(旧社名日本電産)は、今ではTOPIXのCore30に選定されているまでの規模に成長しました。はじめて当社に注目した時期は10年以上前のことで、具体的な時期は忘れてしまいました。ただし当時はマブチモーターの株式を買おうか迷っていて、競合である当社に興味が向かなかったことはよく覚えています(つまり教訓として)。永守会長のことを単なる「買収好きの経営者」程度に受けとめていたので、本質的な経営力を評価できていませんでした。その後横目でみてきた期間が長らくつづきましたが、今回初めて投資することになりました。
<事業の概要>
当社はモーターを製造するグループ会社として知られています。1973年の創業当初は精密小型モーターを手がけていましたが、1990年前後から企業買収や資本参加を始めました。現在では各種規模用途のモーターを製造するだけでなく、周辺・関連パーツとして位置づけられる減速機やセンサー、さらには各種の検査計測装置や工作機械も手がける企業グループとなりました。近年は電気自動車の心臓部である一体型駆動モーターに注力しており、その最大市場である中国での事業活動が目立っています。連結ベースでの従業員数は10万名超です。
<直近の業績>
2023年3月期における売上高は2兆2400億円、営業利益は1000億円、純利益は430億円でした。経営指標で示すと、営業利益率は4.4%、純利益率は1.9%、ROEは3.4%となります。この数字が思わしくないことには一過性の理由があります。HDD向け製品不振に伴う人員解雇などの構造改革費用を計上したためです。以下のように、今年度の業績をみれば回帰ぶりが確認できます。
10月に発表された今期の第2四半期業績は、売上高は1兆1600億円、営業利益は1150億円、純利益は1060億円でした。前年通期とくらべると、利益水準は倍増しています。将来の業績を予想する際には、こちらの水準のほうが妥当だと思います。
売上高の観点で成長性をみると、前期業績のまだ半分程度の水準だったのが2016年3月期なので、倍増に要した期間は7年間です。また純利益(実力ベース)の成長率も同程度の割合を示しています。仮にこのペースで売上高10兆円を目指すとしたら、目標達成時期は2030年代終盤となりそうです。当社が掲げている2030年での達成は相当強気な目標だといえます。
<将来的な機会>
伝統的な製品分野ともいえるモーターを手がけながら、当社はこれまで高成長を遂げてきました。それでは今後はどうなるか予想するに、成長面でひきつづき有望な企業だと思います。その大きな理由は2つあります。
第一に「有望な領域の事業を手がけている」点です。モーターやその周辺機器における利用分野拡大や性能向上は、ますます見込めます。ロボットやドローンに代表されるように、社会全体の電動化自動化は進展しつづけ、モーターの市場規模も拡大するでしょう。他方で、電気自動車(EV)の未来に対しては永守会長ほどには楽観視していないものの、長期的には成長が見込めると考えています。現在はとくに二次電池の特性や性能や価格面に問題があるため、市場の成長が低迷する時期がくるかもしれません。しかしそれらが改善向上することで低迷期を乗り越え、さらに広く受け入れられるようになると予想します。
第二に、戦略的かつ実際的な企業買収を、定常的な経営活動として社内に浸透させている点です。長期的な目標を果たす上で自社に欠けている技術的リソースを持つ企業を事前に列挙し、企業価値を定量的に判断し、買収したいと考えている先方企業には永守会長自身が書信をもって接触し、買収する順序を意識し、値ごろの市場価格で取引できる機会を辛抱して待ち続け、買収後には先方での意識改革・経営改革を進めるとともに、内製率向上や補完的買収の追加実施などによってシナジーを起こしてもう一段のコスト競争力を目指す。このような一連の手順は仮に明文化されていないとしても、過去に何度も繰り返されてきたことで経営知として社内で共有実践されていると想像します。具体的な買収件数の累計は2023年12月現在で73社部門に達しており、2010年代以降には毎年のように複数の案件を実現しています。
上記で紹介した映像の中で、永守会長は当社の成長要因を「既存事業の成長分」と「買収企業の寄与分」が半分ずつだと説明しています。たとえば7年間で売上高を倍増させるには、年率10%の成長率が必要です。それを実現するには、既存事業で5%成長、買収企業による5%寄与が要求されます。永守会長は「買収先企業の取引額規模としては、自社の時価総額に対して最大5%程度」と表現していました(映像11分16秒)。この数字には調整が加わりますが、先の5%寄与と符合するようにもみえます。そしてこれらの数値目標を達成できれば、先に挙げたような未来予想図(売上高10兆円)が実現できます。
現在は79歳の永守会長。日本人男性の同年齢の平均余命は9年間程度なので、現在の売上規模を倍増(売上高5兆円)させるまでは、何らかの形で当社グループの指揮をとり続けてくれる可能性が高いと予想します。
<リスク>
第一の主要リスクは、中国市場に大きくかかわっている点です。非流動資産ベースで20%の資本を投下しており、売上高は25%を占めています。日米欧中へ市場や拠点を分散してきたという意味では妥当な配分にみえますが、現在の国際情勢下では中国への依存度が高いと考えます。もし中国拠点を共産党にすべて接収されるとすれば、企業価値の20-30%が(少なくとも一時的には)失われると見積もれます。当社の株価が現在のPER水準にあるのは、このエクスポージャーを重大ととらえている諸投資家が当社の価値をそのぶん割り引いているからかもしれません。
第二の主要リスクは後継者リスクです。当社がこれまであげてきた実績は、永守会長の持つ能力や性格によるところが大きいのは明らかです。しかし、それにもとづく体制が長期にわたって続いてきたことが構造的な弱みとなり、次世代のトップをうまく据えられない恐れがあります。まず永守会長が自身を鋳型とした人物をかなりの程度まで求めているため、本人を超える素養を持った人物を選びだせない可能性。また「圧倒的な頭脳」に適合したシステムとして当社全体が発展してきたため、別の頭脳とはうまく適合できずに企業体としての能力を、従来のようには発揮できなくなる可能性。そして、仮にそれらを超えることのできる「ミニ永守」的な人物が選任されたとしても、創業者的投資家的な見識や資質も備えている確率は低く、当社の買収戦略における重要な指針である「会社を強くするための買収」を効率的に果たせずに成長性が鈍化する可能性、が考えられます。
財務面では借入金に目を向けると、短長期合わせた借入金が約6700億円に対して、現金などの流動性は約2000億円強にとどまっています。ここで金利水準が仮に4%程度となった場合を考えてみると、純利払い額として約200億円が必要になりますが、現在の純利益水準2000億円がある程度維持されるのであれば、配当金の支払い400億円も合わせて確保できます。つまり金利変動による利払いリスクは許容できると考えます。ただしそのような金利状況になれば、投資家の人気は銀行預金やMMFへと移り、当社に限らず株式市場全体に対する評価は下がることでしょう。
<株価と価値評価>
現在の株価に対応した予想PERは16.5倍程度で大幅に安いとは言えませんが、若干安いあるいは適正水準だととらえています。もう一段の株価下落(20-30%減)を待てれば申し分ないのですが、永守会長が平均以上に長生きして経営に携わる「正のリスク」のほうが大きめだと判断し(参考記事)、現段階のうちに資金をある程度投じることにしました(株式を購入した時期は図中の赤矢印で示しています)。
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