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2015年3月30日月曜日

2014年度バフェットからの手紙(14)今年の懺悔、テスコ(Tesco)

2014年度「バフェットからの手紙」の「第1部 本編」から、恒例となっているウォーレンの失敗告白文です。(日本語は拙訳)

注意深い読者の方であれば気づかれたかと思います。普通株の主要な投資先のひとつに昨年はテスコ社が含まれていたのですが、今年は消えている点です。ご報告するのがつらいのですが、注意深い投資家であればもっと早くにテスコ株を売却していたと思います。もたもたしていたせいで、この投資先では大ポカをやってしまいました。

2012年末の時点で保有していたテスコ株は4億1,500万株でした。同社は今も英国を代表する食品小売の企業ですし、他の国でも重要な食品雑貨のスーパーです。当社が投じた費用は23億ドルで、市場価値も同じ程度でした。

2013年になって、当時の経営陣に満足できない部分があり、1億1,400万株を売却して4,300万ドルの売却益を得ました。しかし、のんびり売却したことが高いものにつきました。チャーリーはこの種の行動を「親指しゃぶり」と呼びます(わたしのもたつきでかかった費用を考えると、彼も優しくなったものです)。

2014年の間に、テスコが負っていた問題は毎月悪化していきました。市場シェアが下落して利幅が縮小し、会計上の問題が表面化しました。悪いニュースが続けて出てくる、これはビジネスの世界でよくあることです。台所でゴキブリをみかけたら、やがてはその一族が姿を見せるようになります。

わたしどもは昨年を通してテスコ株を売却し、現在はポジションをとっていません(触れておきますと、同社は新しい経営陣を雇いました。ご成功をお祈りします)。同社に対する投資の結果ですが、税引き後で4億4,400万ドルの損失でした。この金額は、バークシャーの純資産のおよそ0.2%になります。過去50年間において純資産の2%になる売却損を出したのは、一度きりです。1%になる売却損は二度あります。損失を出したそれら3回は、いずれも1974年から1975年に起きたものです。非常に安い値段で売却したのですが、それ以上に安いと確信していた別の銘柄を買うためでした。(PDFファイル16ページ目)

Attentive readers will notice that Tesco, which last year appeared in the list of our largest common stock investments, is now absent. An attentive investor, I'm embarrassed to report, would have sold Tesco shares earlier. I made a big mistake with this investment by dawdling.

At the end of 2012 we owned 415 million shares of Tesco, then and now the leading food retailer in the U.K. and an important grocer in other countries as well. Our cost for this investment was $2.3 billion, and the market value was a similar amount.

In 2013, I soured somewhat on the company's then-management and sold 114 million shares, realizing a profit of $43 million. My leisurely pace in making sales would prove expensive. Charlie calls this sort of behavior "thumb-sucking." (Considering what my delay cost us, he is being kind.)

During 2014, Tesco's problems worsened by the month. The company's market share fell, its margins contracted and accounting problems surfaced. In the world of business, bad news often surfaces serially: You see a cockroach in your kitchen; as the days go by, you meet his relatives.

We sold Tesco shares throughout the year and are now out of the position. (The company, we should mention, has hired new management, and we wish them well.) Our after-tax loss from this investment was $444 million, about 1/5 of 1% of Berkshire's net worth. In the past 50 years, we have only once realized an investment loss that at the time of sale cost us 2% of our net worth. Twice, we experienced 1% losses. All three of these losses occurred in the 1974-1975 period, when we sold stocks that were very cheap in order to buy others we believed to be even cheaper.

バークシャーの主要持ち株一覧を以下に掲載します。2013年度と2014年度分です。両者をくらべることでテスコ社への投資状況を確認できますが、それとは別に市場に対するウォーレンの見方を想像することもできると思います。

バークシャー2013年度末での主要な保有株式

2014年度末での同上

2015年3月28日土曜日

2014年度バフェットからの手紙(13)今年も投資の助言です(後)

2014年度「バフェットからの手紙」の「第1部 本編」から、前回のつづきです。(日本語は拙訳)

そのかわりに投資家が価格変動をおそれ、それを間違ってリスクの尺度とみなしてしまうと、皮肉なことに結局は非常にリスキーなことをやっていたとなりかねません。6年前のことを思い出せるでしょうか。評論家がどんな助言をしていたかです。彼らは株価の下落を嘆き、投資するなら「安全な」米国債やCD[譲渡性預金]へ、と発言していたのです。ところが、そのお説教に耳を傾けた人が現在得ているのは、快適な引退生活を支えるものと期待していた額ではなく、雀の涙ほどの金額です(当時のS&P500は700を下回る数字でしたが、今では2,100ポイント前後です)。無意味な価格変動を恐れずに、コストが非常に小さいインデックスファンドを単純に買った投資家は、生活を支える良い収入が得られると自信を持てたことでしょう。配当金は年々上昇する傾向でしょうし、同じように元本も成長していくでしょうから(当然ながら、上下動は何度もくり返されます)。

もちろんですが、投資家自身の行動によっては株式を保有することが非常にリスキーとなることもあります。そうしている人がたくさんみられます。頻繁に売買したり、市場の動きを「読もう」としたり、不適切な分散をしたり、高額で不要な手数料を運用者や助言者に支払ったり、借入金で投資をすることです。そのような行動をとると、株式を末永く保有する人が享受できる満足のいくリターンを失う可能性があります。実際のところ、借入金は投資家が使うべき手段に数えられるものではありません。市場ではいつ何が起こるのか、わからないからです。混沌とした事態がいつ生じるのか、助言者や経済学者、TVに出てくる解説者も言い当てることはできません。当然ながらわたしもそうですし、チャーリーも同じです。市場の将来を予測する人の話は、聞き飽きるほどにたっぷりです。しかし財布をたっぷりにしてくれることは絶対にありません。

ここにあげた投資の戒律を破るのは「零細投資家」に限られたものではありません。全体としてみたときの巨大機関投資家の成績は、単にインデックスファンドにじっと何十年も投資したままの未熟な投資家を、ずっと下回ってきました。その主な理由が手数料です。機関投資家は多額の手数料をコンサルタントに払います。その彼らがつぎに推薦してくるのが、高額な手数料の運用者なのです。これでは勝ち目はありません。

もちろんですが、非常に優れた運用者も少しはおられます。しかし短期的にすばらしい成績でも、幸運のおかげか、それとも能力によるのか、見極めるのはむずかしいものです。ほとんどの助言者は、高いリターン率をもたらすよりも高い手数料を請求するほうがずっと上手です。事実、彼らの一番の強みは営業力です。大小いずれの投資家であっても、彼らの甘美な歌を聴くのであれば、ジャック・ボーグル[バンガード・ファンドの創立者]の著作"The Little Book of Common Sense Investing"[邦題:マネーと常識]を読んだほうがいいと思います。

ベン・グレアムは何十年も前に、シェイクスピアの言葉を借りて投資における失敗をずばり非難していました。「ブルータス君よ。我らが星回りのせいではない。我々自身が招いたからだよ」。

If the investor, instead, fears price volatility, erroneously viewing it as a measure of risk, he may, ironically, end up doing some very risky things. Recall, if you will, the pundits who six years ago bemoaned falling stock prices and advised investing in "safe" Treasury bills or bank certificates of deposit. People who heeded this sermon are now earning a pittance on sums they had previously expected would finance a pleasant retirement. (The S&P 500 was then below 700; now it is about 2,100.) If not for their fear of meaningless price volatility, these investors could have assured themselves of a good income for life by simply buying a very low-cost index fund whose dividends would trend upward over the years and whose principal would grow as well (with many ups and downs, to be sure).

Investors, of course, can, by their own behavior, make stock ownership highly risky. And many do. Active trading, attempts to "time" market movements, inadequate diversification, the payment of high and unnecessary fees to managers and advisors, and the use of borrowed money can destroy the decent returns that a life-long owner of equities would otherwise enjoy. Indeed, borrowed money has no place in the investor's tool kit: Anything can happen anytime in markets. And no advisor, economist, or TV commentator - and definitely not Charlie nor I - can tell you when chaos will occur. Market forecasters will fill your ear but will never fill your wallet.

The commission of the investment sins listed above is not limited to "the little guy." Huge institutional investors, viewed as a group, have long underperformed the unsophisticated index-fund investor who simply sits tight for decades. A major reason has been fees: Many institutions pay substantial sums to consultants who, in turn, recommend high-fee managers. And that is a fool's game.

There are a few investment managers, of course, who are very good - though in the short run, it's difficult to determine whether a great record is due to luck or talent. Most advisors, however, are far better at generating high fees than they are at generating high returns. In truth, their core competence is salesmanship. Rather than listen to their siren songs, investors - large and small - should instead read Jack Bogle's The Little Book of Common Sense Investing.

Decades ago, Ben Graham pinpointed the blame for investment failure, using a quote from Shakespeare: "The fault, dear Brutus, is not in our stars, but in ourselves."

2015年3月26日木曜日

2014年度バフェットからの手紙(12)今年も投資の助言です(前)

ウォーレン・バフェットが書いた昨年の「バフェットからの手紙」(2013年度)では、一般投資家にとっても参考になる長文が含まれていました(過去記事)。そこまでは長くないですが、今回も一般向けと言える助言がありましたのでご紹介します。(日本語は拙訳)

わたしたちが投資であげた成績には、すばらしい追い風があったことも寄与しました。1964年から2014年で、S&P500指数は84ポイントから2,059ポイントへ上昇しました。配当を再投資したとすると、総リターン率は2ページ目に示したように11,196%になりました。一方で同じ時期における米ドルの購買力は、87%減少と仰天の数字です。これはつまり1965年当時に13セントで買えたものが、現在は1ドルかかるという意味です(消費者物価指数での計算です)。

株式と米ドルでくらべようもないほど成績に差があることは、投資家に対して重要なことを伝えています。2011年度の年次報告書を思い返してください。その中でわたしどもは、投資という行動を次のように定義しました。「現在有している購買力を手放して、将来もっと購買力を与えてくれると合理的に期待できる別のものを得ること。ただし、額面上の利益に対して税を支払った上での話とする」。

過去50年から引き出された結論は、価値が米ドルと結びついている米国債のような証券に投資するよりも、アメリカの諸企業に分散して投資したほうがすこぶる安全だったことを示しています。この結論は非伝統的ながらも否定できないものです。その前の半世紀が、大恐慌や二度の世界大戦の時期だったことも事実です。投資家はこの歴史に対して注意を払ったほうがよいと思います。次の100年間でもほぼ間違いなく、同じことがある程度繰り返されるはずです。

現金等価物とくらべれば、株価のほうがいつも大きく変動するものです。しかし長期的にみれば、広く分散した株式ポートフォリオを時をかけて購入し、わずかな費用や手数料を払うだけで保有しつづけるよりも、通貨建ての投資対象を選ぶほうがリスキーです。ずっとリスキーな投資です。ところがこの教訓は、ビジネス・スクールではふつうは教えてきませんでした。ほとんどどの学校でも、ボラティリティー[=変動]をリスクの代用物として扱ってきたのです。この教育上の仮定は教えやすいという点がありますが、完璧に間違っています。ボラティリティーとはリスクの同義語からほど遠いものです。その二者を等しく扱う公式がよく知られていますが、学生や投資家やCEOの判断を誤らせています。

もちろんですが、1日や1週間あるいは1年間でみると、株式を保有するほうが資金を現金等価物のままにしておくよりも、はるかにリスキーなのは真実です(名目上あるいは購買力のどちらの意味においても)。これはある種の投資家には重要なことです。たとえば投資銀行家は、資産価格の減少によって将来が脅かされたり、市場が低迷する時期に証券を売却せざるを得なくなるかもしれません。さらに、かなりの資金が近々必要になるかもしれない人たちは、適切な額の資金を財務省証券や保険のかかった銀行預金へとどめておくべきです。

しかし大多数の投資家は数十年単位で投資できますし、またそうすべきですから、単に市場が決めた株価下落であれば問題ではありません。そうではなく、長い投資期間を通じて購買力を大きく増加させる点にこだわりつづけるべきです。そうであれば、分散された株式を時と共に買い付けるポートフォリオのほうが、米ドル建ての証券よりもリスクが小さいことが、いずれはっきりするでしょう。(PDFファイル17ページ目)

Our investment results have been helped by a terrific tailwind. During the 1964-2014 period, the S&P 500 rose from 84 to 2,059, which, with reinvested dividends, generated the overall return of 11,196% shown on page 2. Concurrently, the purchasing power of the dollar declined a staggering 87%. That decrease means that it now takes $1 to buy what could be bought for 13¢ in 1965 (as measured by the Consumer Price Index).

There is an important message for investors in that disparate performance between stocks and dollars. Think back to our 2011 annual report, in which we defined investing as "the transfer to others of purchasing power now with the reasoned expectation of receiving more purchasing power - after taxes have been paid on nominal gains - in the future."

The unconventional, but inescapable, conclusion to be drawn from the past fifty years is that it has been far safer to invest in a diversified collection of American businesses than to invest in securities - Treasuries, for example - whose values have been tied to American currency. That was also true in the preceding half-century, a period including the Great Depression and two world wars. Investors should heed this history. To one degree or another it is almost certain to be repeated during the next century.

Stock prices will always be far more volatile than cash-equivalent holdings. Over the long term, however, currency-denominated instruments are riskier investments - far riskier investments - than widely-diversified stock portfolios that are bought over time and that are owned in a manner invoking only token fees and commissions. That lesson has not customarily been taught in business schools, where volatility is almost universally used as a proxy for risk. Though this pedagogic assumption makes for easy teaching, it is dead wrong: Volatility is far from synonymous with risk. Popular formulas that equate the two terms lead students, investors and CEOs astray.

It is true, of course, that owning equities for a day or a week or a year is far riskier (in both nominal and purchasing-power terms) than leaving funds in cash-equivalents. That is relevant to certain investors - say, investment banks - whose viability can be threatened by declines in asset prices and which might be forced to sell securities during depressed markets. Additionally, any party that might have meaningful near-term needs for funds should keep appropriate sums in Treasuries or insured bank deposits.

For the great majority of investors, however, who can - and should - invest with a multi-decade horizon, quotational declines are unimportant. Their focus should remain fixed on attaining significant gains in purchasing power over their investing lifetime. For them, a diversified equity portfolio, bought over time, will prove far less risky than dollar-based securities.

2015年3月24日火曜日

2014年度マンガーからの手紙(4)ウォーレン・バフェットが去った後

2014年度「バフェットからの手紙」から、「第3部チャーリー・マンガー副会長による見解」の最終回です。いつものように、余韻が残る一言で結んでいます。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

多岐にわたるコングロマリットになったことで、バークシャーは苦しんだでしょうか。ちがいます。事業範囲が拡大したことで、有益な機会が増すようになりました。その一方で、他ではよくみられる悪影響のほうはバフェットの技量が食い止めました。

なぜバークシャーは他社を買収する際に、自社株ではなく現金払いを好んだのでしょうか。何かを手に入れるためにバークシャーの株と交換するのは難儀でした。そうするぐらいなら、やめたほうがいい。そう考えるほどの価値があったからです。

バークシャーが保険会社以外の企業を買収しても、バークシャーの株主にとってはそれでうまくいきました。なぜそうなったのでしょうか。一般にそのような買収をすれば、買収する側の株主は不利になるものです。

バークシャーには、好機を加えていく上で方法論的な強みがあったからです。これは意図して手にしたものです。まず、他社を買収するようにと圧力をかける「買収企画部門」に相当する部署が存在したことはありません。また「助言者」からの意見に頼ったことも一切ありません。当然ながら彼らの見解は、取引賛成に偏っています。さらにバフェットが専門能力を過少申告するときは、自己欺瞞に対して注意を傾けていました。その一方で、受動的投資家としての長い経験があったことも手伝って、彼にはビジネスでは何がうまくいって何がうまくいかないかが、大半の企業の重役よりもよくわかっていました。最後にもうひとつ、ほとんどの他社以上にバークシャーには良い機会がますます訪れましたが、バフェットは毎回のように尋常ならぬ辛抱をみせて、手を出すことは稀でした。たとえばバークシャーを経営し始めた10年間で、バフェットはひとつの事業(織物事業)が潰える間際まで見届けました。それに対して、新たに加わった事業は2件です。つまり正味で増えたのは1件でした。

バフェットのもとでバークシャーがおかした大きな過ちとは、なんだったでしょうか。作為による過ちはふつうのものでした。しかし大いなる失敗のほぼすべては、購入に踏み切らなかったことにあります。非常にうまくいくことが自明だったものの、ウォルマート株を買わなかったこともそうです。このような「不作為の過ち」のほうがずっと重大でした。そのような機会を何度かつかめていれば、バークシャーの純資産は今より500億ドルは大きかったと思います。しかし、そういった機会がほぼ間違いないものだと認識できるほどには賢くなかったのです。

私がここで掲げた仕事は、あと2つでおわりになります。バフェットがまもなく去ってしまう時になって、バークシャーがあげてきた異常なまでに良い成績がその後も続くのか。これを予想しましょう。

私の予想ではこれからも続くと思います。バークシャーの子会社はますます消え難くなる競争上の強みを生かし、事業経営の勢いをさらに強めているからです。

さらに鉄道や公益事業の子会社は魅力あるさまざまな機会を、つまり新規の固定資産へ巨額の資金を投資する機会をもたらすようになりました。また多くの子会社では、賢明なる「拡張型の」買収に取り組んでいます。

バークシャー・システムのほとんどがそのままうまくいくとすれば、現在保っている勢いや機会は全体としてみると非常に大きいので、たとえバフェットが明日からいなくなり、その後継者が並みの能力しか持たぬ人たちで、さらに今後は大企業を一切買収しないとしても、バークシャーが普通の企業よりも良い成績を非常に長期間にわたっておさめ続けるのは、まず間違いないと思います。

しかしバフェットがまもなく立ち去ると仮定しても、後継者が「並みの能力しかない」ということはありません。たとえばアジート・ジェインやグレッグ・アベル[MidAmerican EnergyのCEO]の実績は実証済ですから、「世界クラス」という言葉でも低すぎでしょう。私ならば「世界でも指折り」という表現を選びます。さらにいくつかの重要な点においては、両名は企業の重役としてバフェットよりも優れた人物です。

ジェインやアベルが、何かを提示されたからバークシャーを去るとか、バークシャー・システムに対して変更を望むとは、私には想像もできません。

さらにはバフェットの旅立ちと共だって、魅力的な事業買収の新しい話が打ち止めになるとは思いません。今やバークシャーは巨大ですし、現代は行動を良しとする時代です。魅力ある買収の機会がいろいろ出てきて、バークシャーは600億ドルの現金を建設的に減らしていくと思います。

いよいよ、ここでの最後の仕事です。50年間にわたってバークシャーがあげてきた見事な成果から、他でも役に立ちそうな示唆を導き出せるでしょうか。

これは明らかにそのとおりです。初期のバフェットの時代には、バークシャーの目の前には大仕事が待っていました。ちっぽけな隠れ家を、巨大かつ有益な企業へと変えることでした。その課題を解決した方法とはこうです。官僚主義を遠ざけ、ひとりの思慮深い指導者に、非常に長期間にわたって大きく委ね続けたのです。そして彼はみずからの能力を向上させ続け、さらには彼のような人物をたくさん集めました。

このやりかたと一般的な大企業のシステムをくらべてみてください。彼らの本社と言えば相当な官僚主義ですし、ようやくCEOになれる年齢が59歳です。静かに考える時間もなく、すぐに定年が来て追い出されてしまいます。

バークシャー・システムを移植できないか、他でももっと試してみるべきです。そして官僚主義の持つ最悪の特性は、それとよく似た症状である癌同様にもっと扱うべきでしょう。官僚主義を修正する良い前例があります。ジョージ・マーシャル[当時の陸軍参謀総長]がそれを生み出したことで、第二次世界大戦の勝利に貢献しました。彼は、階級を無視して将軍を任命できる権利を連邦議会に承諾させたのです。

草々
チャールズ・T・マンガー

Did Berkshire suffer from being a diffuse conglomerate? No, its opportunities were usefully enlarged by a widened area for operation. And bad effects, common elsewhere, were prevented by Buffett's skills.

Why did Berkshire prefer to buy companies with cash, instead of its own stock? Well, it was hard to get anything in exchange for Berkshire stock that was as valuable as what was given up.

Why did Berkshire's acquisition of companies outside the insurance business work out so well for Berkshire shareholders when the normal result in such acquisitions is bad for shareholders of the acquirer?

Well, Berkshire, by design, had methodological advantages to supplement its better opportunities. It never had the equivalent of a "department of acquisitions" under pressure to buy. And it never relied on advice from "helpers" sure to be prejudiced in favor of transactions. And Buffett held self-delusion at bay as he underclaimed expertise while he knew better than most corporate executives what worked and what didn't in business, aided by his long experience as a passive investor. And, finally, even when Berkshire was getting much better opportunities than most others, Buffett often displayed almost inhuman patience and seldom bought. For instance, during his first ten years in control of Berkshire, Buffett saw one business (textiles) move close to death and two new businesses come in, for a net gain of one.

What were the big mistakes made by Berkshire under Buffett? Well, while mistakes of commission were common, almost all huge errors were in not making a purchase, including not purchasing Walmart stock when that was sure to work out enormously well. The errors of omission were of much importance. Berkshire's net worth would now be at least $50 billion higher if it had seized several opportunities it was not quite smart enough to recognize as virtually sure things.

The next to last task on my list was: Predict whether abnormally good results would continue at Berkshire if Buffett were soon to depart.

The answer is yes. Berkshire has in place in its subsidiaries much business momentum grounded in much durable competitive advantage.

Moreover, its railroad and utility subsidiaries now provide much desirable opportunity to invest large sums in new fixed assets. And many subsidiaries are now engaged in making wise "bolt-on" acquisitions.

Provided that most of the Berkshire system remains in place, the combined momentum and opportunity now present is so great that Berkshire would almost surely remain a better-than-normal company for a very long time even if (1) Buffett left tomorrow, (2) his successors were persons of only moderate ability, and (3) Berkshire never again purchased a large business.

But, under this Buffett-soon-leaves assumption, his successors would not be "of only moderate ability." For instance, Ajit Jain and Greg Abel are proven performers who would probably be under-described as "world-class." "World-leading" would be the description I would choose. In some important ways, each is a better business executive than Buffett.

And I believe neither Jain nor Abel would (1) leave Berkshire, no matter what someone else offered or (2) desire much change in the Berkshire system.

Nor do I think that desirable purchases of new businesses would end with Buffett's departure. With Berkshire now so large and the age of activism upon us, I think some desirable acquisition opportunities will come and that Berkshire's $60 billion in cash will constructively decrease.

My final task was to consider whether Berkshire's great results over the last 50 years have implications that may prove useful elsewhere.

The answer is plainly yes. In its early Buffett years, Berkshire had a big task ahead: turning a tiny stash into a large and useful company. And it solved that problem by avoiding bureaucracy and relying much on one thoughtful leader for a long, long time as he kept improving and brought in more people like himself.

Compare this to a typical big-corporation system with much bureaucracy at headquarters and a long succession of CEOs who come in at about age 59, pause little thereafter for quiet thought, and are soon forced out by a fixed retirement age.

I believe that versions of the Berkshire system should be tried more often elsewhere and that the worst attributes of bureaucracy should much more often be treated like the cancers they so much resemble. A good example of bureaucracy fixing was created by George Marshall when he helped win World War II by getting from Congress the right to ignore seniority in choosing generals.

Sincerely,
Charles T. Munger

今回分の文章ではウォルマートの話題が出たり、アジート・ジェインやグレッグ・アベルの名前があげられています。チャーリーも、ちょっとした仕掛けを楽しんでいるようですね。

2015年3月22日日曜日

2014年度マンガーからの手紙(3)ほとんど勝ちっぱなし

2014年度「バフェットからの手紙」から「第3部チャーリー・マンガー副会長による見解」のつづきです。バークシャーが成功できた理由についてです。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

なぜバークシャーは、バフェットが指揮する下で大きな成功をおさめてきたのでしょうか。

主なものとして思いあたるのは、以下の4つしかありません。

(1) バフェット自身における構造的な特徴
(2) バークシャー・システムにおける構造的な特徴
(3) 幸運
(4) 一部の株主や、報道機関も含む他の称賛者の間で、奇妙なまでに篤い忠誠が広まったこと

実際にその4つが存在して貢献したのは間違いないと思います。ただし成功のほとんどを担っていたのは、構造的特徴と奇妙なほどの忠誠、そしてその両者の相互作用でした。

特にそうだったのが、バフェットがみずからの活動をいくつかのものに絞り込んで、そこへ最大限に集中して取り組んだことです。それを50年間つづけたことで、「とびっきりな」結果を生みだしました。バフェットが成功できたのは、ロジャー・フェデラーがテニスの名手になったのと同じ理由なのです。

ただ実際にバフェットがやっていたのは、バスケットボールの有名なコーチであるジョン・ウッデン氏の勝ちかたです。最高の選手7名を事実上すべての試合時間に出場させるやりかたを学んでからは、彼はほとんど勝ちっぱなしでした。試合相手からみれば、対戦するのは常に最高の選手たちであって、次善のチーム構成ではありません。さらに試合に出場する時間が増えたことで、最高の選手たちは通常以上に能力を向上させることになりました。

バフェットはウッデン以上にウッデンでした。バフェットの場合、練習によって能力を磨くのは7人ではなく、一人の人間に集中していたからです。そして50年の歳月を経るにつれて、バスケットボール選手の能力が低下する例とは異なり、バフェットの能力は向上する一方でした。

さらにバフェットは、主要な子会社のCEOにも権力や権限を集中させました。在任期間の長い人ばかりでしたが、そこにも強烈なウッデン型の効果を作り出したのです。それによってCEOの能力が拡張するとともに、子会社のあげる成果も拡大しました。

バークシャー・システムによって多くの子会社やそのCEOへ望ましい権限移譲がなされ、バークシャーの成功がよく知られるようになったことで、他の優れた会社やCEOが惹きつけられて、バークシャーの子会社となってくれました。

優れた子会社やCEOとなれば、本社が関わる必要性はますます減ります。よく言われるところの「好循環」が生まれたのです。

それでは、バークシャーが主要子会社として常に損保会社群を含めていたことの良し悪しはどうだったでしょうか。

それは見事なものでした。バークシャーは並はずれて高い期待をしていましたが、それすら果たすことができました。

損保会社が普通株に投資する割合は、たいていは株主資本に相当する程度の価値とします。バークシャーの保険子会社でもそうでした。そしてこの50年間でのS&P500指数は、税引き前で年率10%増加しました。これが大きな追い風となりました。

バフェットが初期の何十年間にバークシャーの保険子会社で買った普通株は、S&P500を大幅に上回りました。これはバフェットが期待したとおりでした。その後はバークシャーの株式保有高が大きくなるとともに所得税の影響もあったことで、S&P500を超過する分のリターンはわずかなものとなりました(将来ずっとではないと思いますが)。そのとき、別のすぐれた強みがあらわれました。アジート・ジェインが甚大な再保険事業を一から作り上げて、莫大な「フロート」と多額の保険引受益を生み出してくれたのです。さらにGEICO[ガイコ社]がまるごと子会社となり、その後同社の市場シェアは4倍になりました。バークシャーの他の保険事業も大幅に改善されました。有利な評判、規律を保った保険引受、良いニッチを見つけて離れないこと、傑出した人材を招へいして維持すること。それらが大きく寄与したためです。

その後、まさに信頼に足るバークシャーの独特と言える社風と規模の大きさがよく知られるようになると、保険子会社にさまざまな魅力的な機会が与えられ、ものにできるようになりました。公開市場向けでない証券で、他社には許されなかったものです。そういった証券のほとんどは満期が固定されており、すばらしい成果を生みました。

バークシャーが保険事業であげた見事な成果は、おのずから生じたものではありません。損害保険事業とは一般に、たとえ非常にうまく経営していても月並みな結果におわる事業です。そのような成果ではほとんど役に立ちません。しかしバークシャーのあげた成果はおどろくほど大きいものでした。ですからバフェットが小さな規模の時代に戻るとしたら、今の賢明な頭脳のまま若さだけ取り戻したとしても、彼は絶対に再現できないと思います。

Why did Berkshire under Buffett do so well?

Only four large factors occur to me:

(1) The constructive peculiarities of Buffett,
(2) The constructive peculiarities of the Berkshire system,
(3) Good luck, and
(4) The weirdly intense, contagious devotion of some shareholders and other admirers, including some in the press.

I believe all four factors were present and helpful. But the heavy freight was carried by the constructive peculiarities, the weird devotion, and their interactions.

In particular, Buffett's decision to limit his activities to a few kinds and to maximize his attention to them, and to keep doing so for 50 years, was a lollapalooza. Buffett succeeded for the same reason Roger Federer became good at tennis.

Buffett was, in effect, using the winning method of the famous basketball coach, John Wooden, who won most regularly after he had learned to assign virtually all playing time to his seven best players. That way, opponents always faced his best players, instead of his second best. And, with the extra playing time, the best players improved more than was normal.

And Buffett much out-Woodened Wooden, because in his case the exercise of skill was concentrated in one person, not seven, and his skill improved and improved as he got older and older during 50 years, instead of deteriorating like the skill of a basketball player does.

Moreover, by concentrating so much power and authority in the often-long-serving CEOs of important subsidiaries, Buffett was also creating strong Wooden-type effects there. And such effects enhanced the skills of the CEOs and the achievements of the subsidiaries.

Then, as the Berkshire system bestowed much-desired autonomy on many subsidiaries and their CEOs, and Berkshire became successful and well known, these outcomes attracted both more and better subsidiaries into Berkshire, and better CEOs as well.

And the better subsidiaries and CEOs then required less attention from headquarters, creating what is often called a "virtuous circle."

How well did it work out for Berkshire to always include casualty insurers as important subsidiaries?

Marvelously well. Berkshire's ambitions were unreasonably extreme and, even so, it got what it wanted.

Casualty insurers often invest in common stocks with a value amounting roughly to their shareholders' equity, as did Berkshire's insurance subsidiaries. And the S&P 500 Index produced about 10% per annum, pre-tax, during the last 50 years, creating a significant tailwind.

And, in the early decades of the Buffett era, common stocks within Berkshire's insurance subsidiaries greatly outperformed the index, exactly as Buffett expected. And, later, when both the large size of Berkshire's stockholdings and income tax considerations caused the index-beating part of returns to fade to insignificance (perhaps not forever), other and better advantage came. Ajit Jain created out of nothing an immense reinsurance business that produced both a huge "float" and a large underwriting gain. And all of GEICO came into Berkshire, followed by a quadrupling of GEICO's market share. And the rest of Berkshire's insurance operations hugely improved, largely by dint of reputational advantage, underwriting discipline, finding and staying within good niches, and recruiting and holding outstanding people.

Then, later, as Berkshire's nearly unique and quite dependable corporate personality and large size became well known, its insurance subsidiaries got and seized many attractive opportunities, not available to others, to buy privately issued securities. Most of these securities had fixed maturities and produced outstanding results.

Berkshire's marvelous outcome in insurance was not a natural result. Ordinarily, a casualty insurance business is a producer of mediocre results, even when very well managed. And such results are of little use. Berkshire's better outcome was so astoundingly large that I believe that Buffett would now fail to recreate it if he returned to a small base while retaining his smarts and regaining his youth.

和訳分に関する備考です。冒頭の文章で「構造的な特徴」と訳した言葉があります。これの原文は"constructive peculiarities"で、はじめて読んだときには「建設的な奇妙さ」と言った意味合いにとらえました。しかし英語圏の別の文章に目を通すと、"constructive peculiarity"という言葉は建築・建設や工業の分野で使われているようです。そのためチャーリーの得意分野を考慮し、建築用語として訳してもよいだろうと考えた次第です。その上で二重の意味を持たせているものと想像しています。

2015年3月20日金曜日

2014年度マンガーからの手紙(2)バークシャー・システムとは(後)

2014年度「バフェットからの手紙」に含まれる「第3部チャーリー・マンガー副会長による見解」をひきつづき取りあげています。ウォーレンを導き、ウォーレンをいちばんよく知る人物、それがチャーリーです。ウォーレン・バフェットの本質を知る上で、このシリーズの文章は短いながらも最上の資料だと思います。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

[バークシャー・システムの説明のつづき。前回は(6)まで]

(7) 新たに子会社を買収する際には、通常は現金を対価とし、新株は発行しないこと。

(8) バークシャーが利益1ドル分を留保することで、株主にとっての市場価値が1ドル分以上生み出されるのであれば、配当金を支払わないこと。

(9) 新たな子会社を買収する際には、会長自身が十分に理解できる良好なビジネスをそこそこな値段で買えるように努めること。またバークシャーが求める買収先は、良きCEOがこれからもずっとその地位を占め、本社からの支援を必要とせずにうまく経営できる子会社であること。

(10) バークシャーが子会社のCEOを選任する際には、信頼がおけて有能かつ情熱があり、自分のいる事業や環境にぞっこんな人物を見定めること。

(11) 望ましき重要な行動規範のひとつとして、バークシャーは原則的に子会社を売却しないこと。

(12) バークシャーは原則的に、ある子会社のCEOを別の無関係な子会社へ異動させないこと。

(13) バークシャーは、単に高齢になったという理由で子会社のCEOを引退させないこと。

(14) バークシャーは債券をなるべく発行しないこと。あらゆる環境において事実上完璧なまでの信用力を維持し、また不測の事態で使える現金や信用を容易に確保したいためである。

(15) 売却の可能性を秘めた大規模な事業者に対して、バークシャーはいつでも丁寧に応じること。そして事業売却を打診されたら、すみやかに反応すること。もし取引が流れても、会長以外でその件を知る者は1,2名にとどめ、また外部に漏らさないこと。

バークシャー・システムを構成する要素及び全体としてみた規模は、他ではなかなかみられないものです。私の知る限り、他の大企業でその半分でも実行している会社はありません。

それでは、バークシャーはどのようにして、それほどまでに普通とは異なる企業文化を身につけてきたのでしょうか。

バフェットは34歳にしてバークシャーの株式を45%保有し、他のすべての大株主から完璧に信頼されていました。そのため彼は、会社のシステムを自分の好きなようにすることができました。そこで彼は、このバークシャー・システムを作ったのです。

上述した要素は「自分の下でバークシャーの成果を最大化するのに役立つ」とバフェットが確信して選んだものばかりです。彼は、他の企業がやるような一律式のシステムを作ろうとはしませんでした。事実、バークシャーの子会社が自社の経営においてバークシャー・システムを使う必要はありませんでした。他のシステムを採用して大成功した子会社もあります。

それでは、彼は何をねらってバークシャー・システムを設計したでしょうか。

時を追うごとに、私は以下のような大切な主題を見いだしました。

(1) 彼が特に望んでいたのは、システム内のほぼすべての重要な人物が、合理性や能力や献身を継続的に増していくことでした。そのために、まず隗より始めたのです。

(2) 彼はどのような場においても、両者が利益を得られる道を望みました。たとえば、何かを与えることで忠誠心を得るなどです。

(3) 彼は、長期的にみたときに成果が最大になる判断をするように望みました。その判断をくだす者はたいていはずっとその場を占め、決定したことの行く末を受け入れることになります。

(4) 彼は、巨大化した本社による官僚主義がもたらす不可避必至な悪影響を、なるべく小さくしたいと望みました。

(5) ベン・グレアム先生がやったように、彼はみずからが達した知恵を広めるために、個人的に貢献したいと望みました。

バフェットがバークシャー・システムを発展させたとき、そこから生じるあらゆる利益を予見していたでしょうか。ちがいます。バフェットは日々の実際的な進歩を通じて利益をものにしてきたのです。しかし望ましい結果が得られるたびに、彼は意を強めていきました。

(7) New subsidiaries would usually be bought with cash, not newly issued stock.

(8) Berkshire would not pay dividends so long as more than one dollar of market value for shareholders was being created by each dollar of retained earnings.

(9) In buying a new subsidiary, Berkshire would seek to pay a fair price for a good business that the Chairman could pretty well understand. Berkshire would also want a good CEO in place, one expected to remain for a long time and to manage well without need for help from headquarters.

(10) In choosing CEOs of subsidiaries, Berkshire would try to secure trustworthiness, skill, energy, and love for the business and circumstances the CEO was in.

(11) As an important matter of preferred conduct, Berkshire would almost never sell a subsidiary.

(12) Berkshire would almost never transfer a subsidiary's CEO to another unrelated subsidiary.

(13) Berkshire would never force the CEO of a subsidiary to retire on account of mere age.

(14) Berkshire would have little debt outstanding as it tried to maintain (i) virtually perfect creditworthiness under all conditions and (ii) easy availability of cash and credit for deployment in times presenting unusual opportunities.

(15) Berkshire would always be user-friendly to a prospective seller of a large business. An offer of such a business would get prompt attention. No one but the Chairman and one or two others at Berkshire would ever know about the offer if it did not lead to a transaction. And they would never tell outsiders about it.

Both the elements of the Berkshire system and their collected size are quite unusual. No other large corporation I know of has half of such elements in place.

How did Berkshire happen to get a corporate personality so different from the norm?

Well, Buffett, even when only 34 years old, controlled about 45% of Berkshire's shares and was completely trusted by all the other big shareholders. He could install whatever system he wanted. And he did so, creating the Berkshire system.

Almost every element was chosen because Buffett believed that, under him, it would help maximize Berkshire's achievement. He was not trying to create a one-type-fits-all system for other corporations. Indeed, Berkshire's subsidiaries were not required to use the Berkshire system in their own operations. And some flourished while using different systems.

What was Buffett aiming at as he designed the Berkshire system?

Well, over the years I diagnosed several important themes:

(1) He particularly wanted continuous maximization of the rationality, skills, and devotion of the most important people in the system, starting with himself.

(2) He wanted win/win results everywhere--in gaining loyalty by giving it, for instance.

(3) He wanted decisions that maximized long-term results, seeking these from decision makers who usually stayed long enough in place to bear the consequences of decisions.

(4) He wanted to minimize the bad effects that would almost inevitably come from a large bureaucracy at headquarters.

(5) He wanted to personally contribute, like Professor Ben Graham, to the spread of wisdom attained.

When Buffett developed the Berkshire system, did he foresee all the benefits that followed? No. Buffett stumbled into some benefits through practice evolution. But, when he saw useful consequences, he strengthened their causes.

2015年3月18日水曜日

2014年度マンガーからの手紙(1)バークシャー・システムとは(前)

このシリーズの最初の投稿で触れたように、先だって公開された「バフェットからの手紙」は3部構成となっていて、第3部の文章はバークシャーの副会長であるチャーリー・マンガーが書いています。今回からは、そのチャーリーの文章を拙訳付きでご紹介します。

過去そして未来についての副会長の見解

バークシャー・ハサウェイの株主各位

バークシャーがウォーレン・バフェットのもとで50年間にわたって常ならぬ成功をおさめてきた様子を、私は間近で観察してきました。そのため、彼からも祝う言葉があるはずですが、私個人の意見を添えることも適切と思われます。そこで、これから5つのことを試みたいと思います。

第一に、バークシャーにおける経営上のシステム及びポリシーを描写すること。そのおかげでバークシャーは、小規模で破滅必定だったコモディティーたる織物事業から、現在の強力な企業へと変容したのです。

第二に、その経営上のシステム及びポリシーがどのようにして築かれたのかを説明すること。

第三に、なぜバークシャーがこれほどまでに成功したのか、その一部を説明すること。

第四に、バフェットが今すぐにでも立ち去ったとしたら、並はずれた見事な成果が今後も継続しうるものか予想すること。

最後に、この50年間でバークシャーがあげた多大なる成果の中に、他でも役立つかもしれない暗示があるか考察すること。

バフェット指揮下によるバークシャーの経営システム及びそのポリシー(以下、まとめて「バークシャー・システム」と称す)は初期の段階で修正され、以下に示すものとなりました。

(1) バークシャーは有意義な予測ができない行動は避けるものの、それ以外はコングロマリットとして広大な領域へと広がること。

(2) 頂点に立つ会社は、独立した企業である子会社を通じてほぼすべての事業を手がけること。そして子会社のCEOには徹底して権限を移譲し、経営してもらうこと。

(3) コングロマリットの本社で働く人員は、会長、CFO、そしておもに監査や内部統制などの面でCFOを補佐する要員など、わずかな数にとどめること。それ以外の機能は一切持たないこと。

(4) バークシャーの子会社には、顕著な一員として損害保険会社を常に含めること。それらの保険会社群には、やがては信頼のおける保険引受利益を生むと共に、投資用途に使う多額の「フロート」(保険契約準備金)をもたらすことが期待される。

(5) バークシャー全体にわたる大規模な人事制度やストック・オプション制度、その他報奨制度、退職給付制度などは持たないこと。各子会社は他社とは違う独自の制度を運用する、と考えられるためである。

(6) バークシャーの会長としての活動は、以下のような用件にとどめること。

(i) ほぼすべての証券投資を管理すること。通常それらの証券は、子会社の損保会社が保有する。

(ii) すべての重要な子会社のCEOを選任すること。また彼らへの報酬を正し、もしものために後任者として個人的に推薦する者を彼らから聞いておくこと。

(iii) 各子会社が競争優位を増した後には、必要でない現金の大半は別の場所へと振り向けること。理想的な用途は、新たな子会社を買収するために使うことである。

(iv) あらゆる子会社のCEOがどんな要件であれ連絡してきたときに、即応できる用意をしておくこと。そしてその件に関する結果報告は、基本的に無用とすること。

(v) 長文かつ論理的で有用な書信を書き、年次報告書に含めること。その内容は、自分がただの受動的な投資家だとしたら希望するように構成すること。さらに、年次株主総会において何時間もの質疑応答をこなすこと。

(vi) 顧客や株主や責務ある地位にいる者たちに対して振舞いや思想の面でお手本となり、良い影響を及ぼすこと。その影響は会長の座を去る前だけでなく、その後も長く継続すること。

(vii) 静読深思を最優先として時間を確保すること。どれだけ年をとっていようが断固として学び進めている場合は、なおさらである。

(viii) 多くの時間を費やして、他人があげた成果を熱心に称賛すること。

(PDFファイル38ページ目)

((15)まで続く)

Vice Chairman's Thoughts - Past and Future

To the shareholders of Berkshire Hathaway Inc.:

I closely watched the 50-year history of Berkshire's uncommon success under Warren Buffett. And it now seems appropriate that I independently supplement whatever celebratory comment comes from him. I will try to do five things.

(1) Describe the management system and policies that caused a small and unfixably-doomed commodity textile business to morph into the mighty Berkshire that now exists,

(2) Explain how the management system and policies came into being,

(3) Explain, to some extent, why Berkshire did so well,

(4) Predict whether abnormally good results would continue if Buffett were soon to depart, and

(5) Consider whether Berkshire's great results over the last 50 years have implications that may prove useful elsewhere.

The management system and policies of Berkshire under Buffett (herein together called "the Berkshire system") were fixed early and are described below:

(1) Berkshire would be a diffuse conglomerate, averse only to activities about which it could not make useful predictions.

(2) Its top company would do almost all business through separately incorporated subsidiaries whose CEOs would operate with very extreme autonomy.

(3) There would be almost nothing at conglomerate headquarters except a tiny office suite containing a Chairman, a CFO, and a few assistants who mostly helped the CFO with auditing, internal control, etc.

(4) Berkshire subsidiaries would always prominently include casualty insurers. Those insurers as a group would be expected to produce, in due course, dependable underwriting gains while also producing substantial "float" (from unpaid insurance liabilities) for investment.

(5) There would be no significant system-wide personnel system, stock option system, other incentive system, retirement system, or the like, because the subsidiaries would have their own systems, often different.

(6) Berkshire's Chairman would reserve only a few activities for himself.

(i) He would manage almost all security investments, with these normally residing in Berkshire's casualty insurers.

(ii) He would choose all CEOs of important subsidiaries, and he would fix their compensation and obtain from each a private recommendation for a successor in case one was suddenly needed.

(iii) He would deploy most cash not needed in subsidiaries after they had increased their competitive advantage, with the ideal deployment being the use of that cash to acquire new subsidiaries.

(iv) He would make himself promptly available for almost any contact wanted by any subsidiary's CEO, and he would require almost no additional contact.

(v) He would write a long, logical, and useful letter for inclusion in his annual report, designed as he would wish it to be if he were only a passive shareholder, and he would be available for hours of answering questions at annual shareholders' meetings.

(vi) He would try to be an exemplar in a culture that would work well for customers, shareholders, and other incumbents for a long time, both before and after his departure.

(vii) His first priority would be reservation of much time for quiet reading and thinking, particularly that which might advance his determined learning, no matter how old he became; and

(viii) He would also spend much time in enthusiastically admiring what others were accomplishing.

2015年3月16日月曜日

2014年度バフェットからの手紙(11)空高く飛びすぎた者のさだめ

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」の「第2部バークシャー現在編」は、今回でおわりです。これまでの11回分で、ウォーレンが書いた「第2部バークシャー・ハサウェイの過去・現在・未来」を網羅しています。なお前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

企業分割に関する話題から離れる前に、前述したコングロマリットの件で得られた教訓に触れておきます。ここでは概要だけを示しますが、よく書けた金融関連の話を好んで読む人は、Dマガジンの1982年10月号に掲載されたジミー・リング氏に関する文章を読むといいでしょう。インターネットで探してみてください。

リングはさまざまな企業版奇術を講じたことで、1965年の年商が3,600万ドルにすぎなかったLTV社を、わずか2年間でフォーチュン500の14位にまで持っていきました。ここで断っておきますが、それまでのリングは経営面でいかなる才能もみせたことがなかったのです。しかし、ずいぶん昔にチャーリーがこう教えてくれました。「自分を過大評価する人間を過小評価してはならない」と。その点でリングに並ぶ者はいませんでした。

みずからは「再配置プロジェクト」と称していたリングの戦略は、買収した大企業をさまざまな事業に分離することでした。1966年のLTV社の年次報告書によれば、彼はこの魔法を次のように説明しています。「買収にあたってもっとも重要な点は、次の公式『2 + 2 = 5 (あるいは6)』に合格しなければならないことです」。報道や大衆そしてウォール街も、その種の話には夢中になりました。

1967年に、リングはウィルソン&カンパニーを買収しました。巨大な精肉業者だった同社は、ゴルフ器具や医薬品も手がけていました。その後まもなく、彼は買収した企業を3つの事業へと分割し、別会社として本体から切り離しました。精肉業のウィルソン&カンパニー、ウィルソン・スポーツ・グッズ社、ウィルソン・フォーマシューティカルズ社です。ウォール街はそれら各社をすぐにこう呼ぶようになりました。ミートボール、ゴルフボール、グーフボール[睡眠薬・鎮静薬の俗称]と。

それからまもなく、リングはイカルスと同様に太陽の近くまで飛びすぎたことが明らかになりました。1970年代の早い時期に、リングの帝国が溶け始めたのです。そして彼自身もLTV社から切り離されました。つまりクビです。

金融市場は周期的に現実と縁を切るものです。それは請け合います。いつの日か次のジミー・リングが現われて、その厳かな姿から重々しい言葉が語られるでしょう。報道は彼らの言葉すべてに耳を傾け、銀行家は彼らのために戦うことでしょう。彼らの言うことは間を置かずして「うまくいった」と結ばれ、当初からの信者は「自分はなんと賢明だったのか」と感じるでしょう。ここでわたしどもから助言があります。彼らの商売が何であろうと、いつでも「2 + 2 = 4」であることを忘れてはなりません。「そのような計算はいかにも古めかしい」とたしなめる人がいたら、財布のひもをしっかり締めて休暇をとってください。そして数年経ってから戻ってきてください。安い値段で株が買えます。

* * * * * * * * * * * *

今日のバークシャーは次のものを有しています。第一が並ぶもののない事業群で、そのほとんどは好ましい経済的見通しを享受しています。第二が傑出した経営者陣で、彼らはほぼ例外なく、みずからの運営する子会社やバークシャーに対して他ではみられないほど身を捧げています。第三は、利益の基盤が非常に多岐にわたり、飛び抜けた財務力を持ち、満々と湛えた流動性を確保していることです。それらによって、当社はいかなる環境下でもやっていけると思います。四番目は、事業売却を熟慮する事業所有者や経営者にとって、売却先の筆頭にあげられていること。そして五番目が文化です。これは前述の要素と関連しますが、ほとんどの大企業でみられるさまざまなやりかたと異なるものです。これは50年間にわたって築いてきたもので、今では堅牢強固なものとなりました。

そしてそれらの強みが、わたしたちが事業を発展させる際のすばらしい礎となってくれるのです。

Before I depart the subject of spin-offs, let's look at a lesson to be learned from a conglomerate mentioned earlier: LTV. I'll summarize here, but those who enjoy a good financial story should read the piece about Jimmy Ling that ran in the October 1982 issue of D Magazine. Look it up on the Internet.

Through a lot of corporate razzle-dazzle, Ling had taken LTV from sales of only $36 million in 1965 to number 14 on the Fortune 500 list just two years later. Ling, it should be noted, had never displayed any managerial skills. But Charlie told me long ago to never underestimate the man who overestimates himself. And Ling had no peer in that respect.

Ling's strategy, which he labeled "project redeployment," was to buy a large company and then partially spin off its various divisions. In LTV's 1966 annual report, he explained the magic that would follow: "Most importantly, acquisitions must meet the test of the 2 plus 2 equals 5 (or 6) formula." The press, the public and Wall Street loved this sort of talk.

In 1967 Ling bought Wilson & Co., a huge meatpacker that also had interests in golf equipment and pharmaceuticals. Soon after, he split the parent into three businesses, Wilson & Co. (meatpacking), Wilson Sporting Goods and Wilson Pharmaceuticals, each of which was to be partially spun off. These companies quickly became known on Wall Street as Meatball, Golf Ball and Goof Ball.

Soon thereafter, it became clear that, like Icarus, Ling had flown too close to the sun. By the early 1970s, Ling's empire was melting, and he himself had been spun off from LTV . . . that is, fired.

Periodically, financial markets will become divorced from reality - you can count on that. More Jimmy Lings will appear. They will look and sound authoritative. The press will hang on their every word. Bankers will fight for their business. What they are saying will recently have "worked." Their early followers will be feeling very clever. Our suggestion: Whatever their line, never forget that 2+2 will always equal 4. And when someone tells you how old-fashioned that math is --- zip up your wallet, take a vacation and come back in a few years to buy stocks at cheap prices.

* * * * * * * * * * * *

Today Berkshire possesses (1) an unmatched collection of businesses, most of them now enjoying favorable economic prospects; (2) a cadre of outstanding managers who, with few exceptions, are unusually devoted to both the subsidiary they operate and to Berkshire; (3) an extraordinary diversity of earnings, premier financial strength and oceans of liquidity that we will maintain under all circumstances; (4) a first-choice ranking among many owners and managers who are contemplating sale of their businesses and (5) in a point related to the preceding item, a culture, distinctive in many ways from that of most large companies, that we have worked 50 years to develop and that is now rock-solid.

These strengths provide us a wonderful foundation on which to build.

2015年3月14日土曜日

2014年度バフェットからの手紙(10)バークシャーを分割しない理由

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」の「第2部バークシャー現在編」です。今回を入れてあと2回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

バークシャーを分割して一部の事業を切り離すべきだ、と評論家が提案することがあります。そのような示唆は理に適っていません。当社の子会社は独立した存在となるよりも、バークシャーの一部であるほうが価値が高いからです。そのひとつの理由が、わたしたちには子会社間あるいは新たな事業展開へ迅速かつ税を課されずに資金を動かせる能力がある点です。また別々に運営されていれば、ある種の費用が全額あるいは部分的に重複することにもなります。いちばんわかりやすい例が、バークシャーに存在する唯一の取締役会には費用がほとんどかかっていない件です。ところが何十という子会社が分離独立すれば、取締役にかかる費用全体は大きく増加します。また統制や管理にかかる費用も同じです。

最後にもうひとつ、当社がある子会社(乙)を所有していることで、別の子会社(甲)の税効率に対して重要な影響を及ぼすことがあります。たとえば当社の公益事業ではある種の税控除が発生しています。ただしそれはバークシャーの他の事業で莫大な課税所得を生み出しているから実現するものです。このことはバークシャー・ハサウェイ・エナジー社に、風力や太陽光発電のプロジェクト分野における他のほとんどの公益企業よりも大きな優位をもたらしています。

投資銀行家、すなわち行動に応じて報酬が払われる者たちは、公開企業に付けられている市場価格の20%から50%を上乗せして払うようにと、買収者に対していつも要請してきます。銀行家は買い手に向かって、上乗せ分は「支配できることの価値」によって、また買い手のCEOが支配した後に生じる素晴らしいことによって、正当化されると説明します。(買収に飢えた経営者で、この宣言に挑戦する人はいるのでしょうか)

数年後に銀行家は顧客をふたたび訪れます。彼らの真顔に耐えながらも以前買収した案件を、今度は「眠っている株主価値を解放するために」本体から分離するようにと熱心に説きます。当然ながらそれは、所有者である企業がいかなる対価も受けずに、当初意図した「支配できることの価値」を手放すことを意味します。銀行家は次のように説明します。「分離された企業はきっと発展するでしょう。親会社の息苦しい官僚主義から解放されることで、経営者はもっと起業家精神を持つでしょうから」(わたしどもが初期の頃に出会った有能なCEOには縁のないことです)。

後になって、切り離したほうの企業が切り離されたほうの事業をふたたび取得したいと考えたとします。その場合さきほどの銀行家が、「支配」できることの特権に対して巨額の上乗せを払うように要請してくる可能性がかなりあると思います。(銀行屋稼業が見せるこの手の精神的「柔軟さ」には、次の言いぐさが思い浮かびます。「取引が手数料をもたらすよりも、手数料が取引をもたらすほうがはるかに多い」)

もちろん、いつの日かバークシャーが規制当局による命令で企業分割や売却を行う可能性はあります。1979年にそのような分割を実施しました。銀行持ち株会社に関する新たな規制によって、当社が所有していたイリノイ州ロックフォードの銀行を処分するように要求されたのです。

しかし、わたしたちが当社を自発的に分割するのは意味がありません。支配できる価値や資本配分の柔軟性、そして重要な課税上の優位を失うこともあるからです。当社の子会社を現在見事に経営しているCEO諸氏が切り離された事業を経営するとなれば、バークシャーの配下にあった頃とはちがって運営上や財務上の優位がなくなり、以前のような効率を維持するのが難しくなるでしょう。さらに親会社そして分割された事業のどちらでも、いっしょだったときに発生していた金額をかなり上回る費用がかかるようになると思います。

Sometimes pundits propose that Berkshire spin-off certain of its businesses. These suggestions make no sense. Our companies are worth more as part of Berkshire than as separate entities. One reason is our ability to move funds between businesses or into new ventures instantly and without tax. In addition, certain costs duplicate themselves, in full or part, if operations are separated. Here's the most obvious example: Berkshire incurs nominal costs for its single board of directors; were our dozens of subsidiaries to be split off, the overall cost for directors would soar. So, too, would regulatory and administration expenditures.

Finally, there are sometimes important tax efficiencies for Subsidiary A because we own Subsidiary B. For example, certain tax credits that are available to our utilities are currently realizable only because we generate huge amounts of taxable income at other Berkshire operations. That gives Berkshire Hathaway Energy a major advantage over most public-utility companies in developing wind and solar projects.

Investment bankers, being paid as they are for action, constantly urge acquirers to pay 20% to 50% premiums over market price for publicly-held businesses. The bankers tell the buyer that the premium is justified for "control value" and for the wonderful things that are going to happen once the acquirer's CEO takes charge. (What acquisition-hungry manager will challenge that assertion?)

A few years later, bankers - bearing straight faces - again appear and just as earnestly urge spinning off the earlier acquisition in order to "unlock shareholder value." Spin-offs, of course, strip the owning company of its purported "control value" without any compensating payment. The bankers explain that the spun-off company will flourish because its management will be more entrepreneurial, having been freed from the smothering bureaucracy of the parent company. (So much for that talented CEO we met earlier.)

If the divesting company later wishes to reacquire the spun-off operation, it presumably would again be urged by its bankers to pay a hefty "control" premium for the privilege. (Mental "flexibility" of this sort by the banking fraternity has prompted the saying that fees too often lead to transactions rather than transactions leading to fees.)

It's possible, of course, that someday a spin-off or sale at Berkshire would be required by regulators. Berkshire carried out such a spin-off in 1979, when new regulations for bank holding companies forced us to divest a bank we owned in Rockford, Illinois.

Voluntary spin-offs, though, make no sense for us: We would lose control value, capital-allocation flexibility and, in some cases, important tax advantages. The CEOs who brilliantly run our subsidiaries now would have difficulty in being as effective if running a spun-off operation, given the operating and financial advantages derived from Berkshire's ownership. Moreover, the parent and the spun-off operations, once separated, would likely incur moderately greater costs than existed when they were combined.

2015年3月12日木曜日

2014年度バフェットからの手紙(9)駆け込み寺のバークシャー

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」の「第2部バークシャー現在編」です。今回は、被買収企業からみたバークシャーに買収される利点を説明しています。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

年々重要さを増してきたもうひとつ大きな優位があります。今やバークシャーは、多くの傑出した事業の所有者や経営者から[売却先として]ご指名されるようになった点です。

成功している事業を所有する一族が売却について熟慮すると、いくつかの選択肢があげられると思います。たいていの場合、最善の選択は何もしないことです。世の中には、よく知り尽くした儲かる事業を所有するよりもひどいことがあるものです。しかしじっとして席を立たないように、とウォール街が勧めてくることはまずありません(髪を切ったほうがいいものか、と床屋には訊ねないでください)。

一族のある人たちは売却を希望するものの、他の人たちはこのままでいたい場合、株式公開が理に適っていることがあります。しかし事業の所有者が全額を現金化したいときには、ふつうは次の2つの道から一方を選びます。

第一案は競合他社へ売却することです、2社を合わせて「シナジー」を絞り出せる機会を待ち受けている相手です。この買い手はどんなときにも、買収される側の多数の従業員を取り除くことばかり考えています。売り手側の事業を共に築き上げてきた人たちをです。しかし心を痛める売り手側の所有者や従業員の多くは、古くからの仲間が昔のカントリー・ソングを悲しげに歌いながら去っていくのを望まないものです。「彼女が得たのは金鉱で、おいらが得たのは立坑さ」。

売却先の第二案としてあげられるのが、ウォール街の買い手です。彼らが自分たちのことを「レバレッジド・バイアウト会社」と正確に呼んでいた時期もありました。ところが1990年代の初期に、その名が悪い意味にとらえられるようになりました。みなさんは、RJR社に関する著作を覚えているでしょうか(邦訳『野蛮な来訪者』)。すると、それらの買い手はあっというまに名札を取り換え、「プライベート・エクイティー」と称するようになりました。

名前は変わったかもしれませんが、そこでおわりです。プライベート・エクイティーが実施する事実上すべての買収では、自己資本は劇的に減少し、負債が山積みとなりました。実際のところ、買い手であるプライベート・エクイティーが売り手に提示する金額は、被買収企業が耐えられると買い手側が見積もる最大の負債額によって決まる部分もあります。

のちになってことがうまく進み、資本が積み上がるようになれば、レバレッジド・バイアウト屋さんたちは、新たに借り入れをしてさらにレバレッジをかけられないかと道を探るものです。概して彼らは、そうして手にした資金の一部を莫大な配当金として支払います。これによって資本は急激に減少し、ときにはマイナスの数字になる例もあります。

実のところ、プライベート・エクイティーによって事業を買収する者たちの多くは、「資本」を汚らわしい言葉と考えています。彼らがいとおしいのは負債のほうです。現在の負債は非常に安上がりなので、そういった買い手の多くは気前よく払っています。買収した事業は、たいていは借入れを使う他の買い手へと転売されます。買収の対象となった事業は、事実上単なる商品として扱われるのです。

事業を売却したいと考える所有者にとって、バークシャーは第三の選択肢を提供します。当社は恒久的なすみかとなり、会社の従業員や文化は以前のままです(ただし、場合によっては経営者を変更することもあります)。それ以上に、わたしたちが買収した事業はどのようなものであれ、資金力や成長力が劇的に強化されます。そして、銀行やウォール街のアナリストの相手をする日々は、もはやおしまいです。

そういったことを気にしない売り手もおられます。しかし気になる方々からみれば、バークシャーには競争相手があまりいないことがわかると思います。

Berkshire has one further advantage that has become increasingly important over the years: We are now the home of choice for the owners and managers of many outstanding businesses.

Families that own successful businesses have multiple options when they contemplate sale. Frequently, the best decision is to do nothing. There are worse things in life than having a prosperous business that one understands well. But sitting tight is seldom recommended by Wall Street. (Don't ask the barber whether you need a haircut.)

When one part of a family wishes to sell while others wish to continue, a public offering often makes sense. But, when owners wish to cash out entirely, they usually consider one of two paths.

The first is sale to a competitor who is salivating at the possibility of wringing "synergies" from the combining of the two companies. This buyer invariably contemplates getting rid of large numbers of the seller's associates, the very people who have helped the owner build his business. A caring owner, however - and there are plenty of them - usually does not want to leave his long-time associates sadly singing the old country song: "She got the goldmine, I got the shaft."

The second choice for sellers is the Wall Street buyer. For some years, these purchasers accurately called themselves "leveraged buyout firms." When that term got a bad name in the early 1990s - remember RJR and Barbarians at the Gate? - these buyers hastily relabeled themselves "private-equity."

The name may have changed but that was all: Equity is dramatically reduced and debt is piled on in virtually all private-equity purchases. Indeed, the amount that a private-equity purchaser offers to the seller is in part determined by the buyer assessing the maximum amount of debt that can be placed on the acquired company.

Later, if things go well and equity begins to build, leveraged buy-out shops will often seek to re-leverage with new borrowings. They then typically use part of the proceeds to pay a huge dividend that drives equity sharply downward, sometimes even to a negative figure.

In truth, "equity" is a dirty word for many private-equity buyers; what they love is debt. And, because debt is currently so inexpensive, these buyers can frequently pay top dollar. Later, the business will be resold, often to another leveraged buyer. In effect, the business becomes a piece of merchandise.

Berkshire offers a third choice to the business owner who wishes to sell: a permanent home, in which the company's people and culture will be retained (though, occasionally, management changes will be needed). Beyond that, any business we acquire dramatically increases its financial strength and ability to grow. Its days of dealing with banks and Wall Street analysts are also forever ended.

Some sellers don't care about these matters. But, when sellers do, Berkshire does not have a lot of competition.

2015年3月10日火曜日

2014年度バフェットからの手紙(8)なぜコングロマリットなのか(後)

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」の「第2部バークシャー現在編」で、前回からのつづきです。(日本語は拙訳)

バークシャーのとるコングロマリットの構造について、チャーリーそしてわたしはどこに魅力を見いだしたのでしょうか。問題を簡単にしてみましょう。つまりコングロマリットの形態を思慮深く使えば、長期的に資本をもっとも大きく成長させるのに理想的な構造となるからです。

資本主義の美点として歓ばれたものに、効率的に資金を配分できる点があげられます。この主張によれば、市場の存在によって投資は有望な事業へと向かい、干上がる運命にあるものを拒絶するとしています。これは真実です。市場の導きによって資本がすべての余剰と共に配分されると、たいていは他のやりかたよりもずっと優れた結果となります。

それにもかかわらず、合理的な資本の移動をさまたげる障害物がしばしばあらわれます。1954年のバークシャーの議事録でも明らかだったように、織物業界における資本の撤収はずっと以前からやるべきだったものの、何十年と遅れました。はかない望みと経営者の利己心のせいです。実際のところ、わたしもそうでした。当社の時代遅れの織物工場をずっとあきらめきれなかったのです。

衰退する事業運営に資本を投下してきたCEOが、これまでと関係のない別の活動へと多額の資本の向け先を変える道を選ぶことは、ほとんどありません。その種の移動を行う場合、たいていは長く付き合っていた仲間をクビにしたり、あやまちを認めなければなりません。さらには、そうするように説得されても、仕事の再配置を指揮してほしい責任者にはCEO自身は就かないものです。

株主という立場で考えた場合、個人投資家が資本を他の事業や業界へと再配分しようとすれば、税金や諸経費などが重くかかってきます。非課税である機関投資家であっても、資本を移動させる際には多額の費用が待っています。この作業には、ふつうは仲介者の力を借りるからです。投資銀行や会計士、コンサルタント、法律家、あるいはレバレッジ・バイアウト実行者などの資本再配分家たちが、大金好みの口を開けてまだかまだかと騒ぎ立てます。資金を移動させる者は、安くは済まないのです。

対照的にバークシャーのようなコングロマリットは、資本を合理的かつ最小の費用で配分する点で完璧な位置に付けています。もちろん形態そのものが成功を保証するわけではありません。わたしどもは、これまでにたくさんのまちがいをやりましたし、これからもまちがえるでしょう。しかし、わたしたちの構造的な優位は強力です。

バークシャーでは、追加投資の機会が少ない事業からあがる多額の資金を、税を課せられたり、他の費用をあまりかけずに、ずっと有望な他の領域へと振り向けることができます。さらに、当該業界で生涯にわたって続いてきた関係が生み出す歴史的バイアスの影響とは無縁ですし、現状維持を既得権限と考える同僚たちの圧力もありません。これは大切なことです。もし投資の判断をくだすのが馬だったら、自動車業界は存在しなかったはずです。

すばらしい事業の一部、あるいは普通株とも言いますが、それを買うことができるのも、当社が持つもうひとつの大きな強みです。そのやりかたは、ほとんどの経営者には開放されていません。わたしたちの歴史を通じて、この戦略的代替案は非常に役立つものとなりました。幅広い選択肢があることで、意思決定が常に研ぎ澄まされます。株式市場が毎日わたしたちに提供してくれる事業は、もちろん一部分だけですが、並行して企業全体が提示されるよりもずっと魅力的なことがよくあります。さらにはいくつかの大型買収の際に、わたしたちの資金力を超えていたものの、証券の売却益のおかげで買収を果たすことができました。

バークシャーは事実上、どこで何をすることもできます。わたしたちに提供されている幅広い機会は、現実問題としてほとんどの企業に開かれているものをはるかに超えています。もちろんわたしどもは、経済的な見通しを評価できる事業だけに限定しています。これは重要なことです。すばらしい企業が10年後にどうなっているのか、チャーリーそしてわたしにはその多くを見通せません。しかし、特定の産業に縛られた経歴の経営者が甘んじる限界よりは、ずっと小さな程度にとどまります。その上多くの企業では、営業する事業の属する単一業界内に将来的な可能性が限定される制約がありますが、わたしたちはそれを超えてさらに巨大な企業へと高い収益性のまま拡大することができます。

シーズ・キャンディー社は要求される資本が少ないのにくらべて莫大な利益を生んできたと、さきほど申し上げました。もちろん、その資金をキャンディー事業の拡大にうまく使えればよかったと思います。しかしいろいろ試しましたが、総じて無意味でした。ですから課税されて効率を悪くしたり、諸経費などを発生させたりせずに、シーズ社が生んだ超過資金を他の事業を買う資金の一部として使うようにしました。もしシーズ社が単体企業のままであれば、利益は投資家へ分配した上で、それから改めて投下せざるを得なかったでしょう。その場合、多額の税金で大幅に減少することもあったでしょうし、馬鹿にならない諸経費やエージェンシー費用がほぼ常に発生したはずです。

So what do Charlie and I find so attractive about Berkshire's conglomerate structure? To put the case simply: If the conglomerate form is used judiciously, it is an ideal structure for maximizing long-term capital growth.

One of the heralded virtues of capitalism is that it efficiently allocates funds. The argument is that markets will direct investment to promising businesses and deny it to those destined to wither. That is true: With all its excesses, market-driven allocation of capital is usually far superior to any alternative.

Nevertheless, there are often obstacles to the rational movement of capital. As those 1954 Berkshire minutes made clear, capital withdrawals within the textile industry that should have been obvious were delayed for decades because of the vain hopes and self-interest of managements. Indeed, I myself delayed abandoning our obsolete textile mills for far too long.

A CEO with capital employed in a declining operation seldom elects to massively redeploy that capital into unrelated activities. A move of that kind would usually require that long-time associates be fired and mistakes be admitted. Moreover, it's unlikely that CEO would be the manager you would wish to handle the redeployment job even if he or she was inclined to undertake it.

At the shareholder level, taxes and frictional costs weigh heavily on individual investors when they attempt to reallocate capital among businesses and industries. Even tax-free institutional investors face major costs as they move capital because they usually need intermediaries to do this job. A lot of mouths with expensive tastes then clamor to be fed - among them investment bankers, accountants, consultants, lawyers and such capital-reallocators as leveraged buyout operators. Money-shufflers don't come cheap.

In contrast, a conglomerate such as Berkshire is perfectly positioned to allocate capital rationally and at minimal cost. Of course, form itself is no guarantee of success: We have made plenty of mistakes, and we will make more. Our structural advantages, however, are formidable.

At Berkshire, we can - without incurring taxes or much in the way of other costs - move huge sums from businesses that have limited opportunities for incremental investment to other sectors with greater promise. Moreover, we are free of historical biases created by lifelong association with a given industry and are not subject to pressures from colleagues having a vested interest in maintaining the status quo. That's important: If horses had controlled investment decisions, there would have been no auto industry.

Another major advantage we possess is the ability to buy pieces of wonderful businesses - a.k.a. common stocks. That's not a course of action open to most managements. Over our history, this strategic alternative has proved to be very helpful; a broad range of options always sharpens decision-making. The businesses we are offered by the stock market every day - in small pieces, to be sure - are often far more attractive than the businesses we are concurrently being offered in their entirety. Additionally, the gains we've realized from marketable securities have helped us make certain large acquisitions that would otherwise have been beyond our financial capabilities.

In effect, the world is Berkshire's oyster - a world offering us a range of opportunities far beyond those realistically open to most companies. We are limited, of course, to businesses whose economic prospects we can evaluate. And that's a serious limitation: Charlie and I have no idea what a great many companies will look like ten years from now. But that limitation is much smaller than that borne by an executive whose experience has been confined to a single industry. On top of that, we can profitably scale to a far larger size than the many businesses that are constrained by the limited potential of the single industry in which they operate.

I mentioned earlier that See's Candy had produced huge earnings compared to its modest capital requirements. We would have loved, of course, to intelligently use those funds to expand our candy operation. But our many attempts to do so were largely futile. So, without incurring tax inefficiencies or frictional costs, we have used the excess funds generated by See's to help purchase other businesses. If See's had remained a stand-alone company, its earnings would have had to be distributed to investors to redeploy, sometimes after being heavily depleted by large taxes and, almost always, by significant frictional and agency costs.

2015年3月8日日曜日

2014年度バフェットからの手紙(7)なぜコングロマリットなのか(前)

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」、今回から「第2部バークシャー現在編」です。改めて言うことではないですが、ウォーレンの文章はどこを切っても金太郎、ではなくて、どこを読んでも勉強になりますね。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

現在のバークシャー

現在のバークシャーは、さまざまな領域に広がるコングロマリットとなりました。そしてその領域をさらに広げようと取り組み続けています。

コングロマリットに対する投資家の評判がひどいことは、認めておくべきです。そうなるだけの資格が十分にあるからです。そこでまずコングロマリットが不人気な理由を説明してから、なぜコングロマリットの形態が容易には消えない巨大な優位をバークシャーにもたらすのか描くことにします。

わたしがビジネスの世界に入ってから、コングロマリットが極端な人気を享受した時期が何度かありました。一番ばかげていた時期が1960年代末です。当時のコングロマリットのCEOがやればよい手順は単純なものでした。コングロマリットの経営者らはまず、本人の個性、広告宣伝、疑わしき会計のいずれか、場合によってはそれらすべてを使って、自社の株がたとえばPER20倍へと巣立つように操作します。そしてすかさず株式を追加発行し、その資金でPER10程度の値段が付いている事業を買収します。会計上の処理としては「持分プーリング法」をすみやかに適用します。根底にある事業の価値はビタ一文変わらないものの、EPSは自動的に増加します。その上昇を以って、経営の天才である証拠とするのです。次に彼らは投資家に対して、「この種の才能があるのだから、買収者たる企業のPERは維持されて当然、もっといえば拡大すべきだ」と説明します。そして最後に「この手続きは際限なく繰り返され、それゆえにEPSがずっと増え続ける」と約束するのです。

1960年代が終わるころになると、ウォール街はこのまやかしを激しく愛するようになりました。EPSを上昇させる工作をする際に疑わしい操作が行われだすと、特にそれらの曲芸によって合併話が生じ、投資銀行家に莫大な手数料が入るとなれば、ウォール街の住人にはいつでも疑うことをやめる用意があります。また会計監査人は、コングロマリット企業の会計処理に対して嬉々として聖水をふりまき、ときには良い数字をさらに絞り出す方法を示唆することもありました。楽に儲かるお金があふれ出したことで、多くの人の倫理的感覚が洗い流されてしまったのです。

拡大するコングロマリットにおいてEPSが増加したのは、PERの差異を活用することにありました。そのためコングロマリットのCEOは、低いPERで売られている事業を探す必要がありました。もちろんそういった事業とは、長期的見通しが暗い平凡な類いの企業です。しかし彼らは底値買いを狙うように仕向けられていたので、コングロマリットの有する事業群はたいていの場合、ますますガラクタとなっていきました。しかし投資家にとってはそれはほとんど問題ではなく、買収の頻度がどれだけ多いか、プーリング法でどれだけ利益が増えるかのほうが大切でした。

褒めそやす報道が、合併活動によって生じた大騒ぎを煽りました。ITTやリットン・インダストリーズ、ガルフ&ウェスタン、LTVといった各社がもてはやされ、そのCEOらは有名人となったのです。(一時期有名だったそれらのコングロマリットは、ずっと前に消えてしまいました。「すべてのナポレオンには、いつもウォーターゲートが待っている」とはヨギ・ベラの言葉です)[成り上がった皇帝には、いつもスキャンダルが待っている]

当時はあらゆる類いの会計操作が、正当化されるか過小評価されていました。その多くの透明性はお話しになりませんでした。実際のところ、拡大するコングロマリットのかじ取りに会計の魔術師を加えることは多大なプラスになる、と考えられていたのです。そのような状況にある株主は、事業成績の実態がどれだけ悪くなっても、報告利益は決して失望するものではないことを確信できました。

1960年代の末に参加したある会合で、買収好きなCEOがみずからの「大胆かつ創造的な会計処理」を自慢していました。聴衆のアナリストはそれにうなづく人ばかりで、事業の結果がどうであろうと予測を外さない経営者を見つけた、と考えていました。

しかし最後には時計の針が12時を指し、すべてはカボチャとネズミに戻りました。チェーン・レターとちょうど同じように、割高な値段で株式を連続発行するそのビジネスモデルは、ほぼまちがいなく富を再分配するものであり、決して富を生み出すものではないことが、いまひとたび明らかになったのです。それにもかかわらず、わたしたちの国ではどちらの現象も周期的に流行します。それはすべての仕掛け人がみる夢です。また、注意深く組み立てられた別の様子をまとって現われることがよくあります。それでも結末はいつも同じです。だまされやすい人のお金が詐欺師へと移ってしまうのです。ただしチェーン・レターとは違って、株の場合には膨大な金額が強奪されることもあります。

BPLそしてバークシャーは、株式を発行して無茶をやる企業に投資したことはありません。そのふるまいは、次のような事情を示す確実な一面だからです。つまり経営者が何かを仕掛けたがっていたり、あやしい会計処理をしていたり、株価が過大評価されていたり、そして非常によくあるように何もかもが不誠実、といったことをです。(PDFファイル28ページ目)

Berkshire Today

Berkshire is now a sprawling conglomerate, constantly trying to sprawl further.

Conglomerates, it should be acknowledged, have a terrible reputation with investors. And they richly deserve it. Let me first explain why they are in the doghouse, and then I will go on to describe why the conglomerate form brings huge and enduring advantages to Berkshire.

Since I entered the business world, conglomerates have enjoyed several periods of extreme popularity, the silliest of which occurred in the late 1960s. The drill for conglomerate CEOs then was simple: By personality, promotion or dubious accounting - and often by all three - these managers drove a fledgling conglomerate's stock to, say, 20 times earnings and then issued shares as fast as possible to acquire another business selling at ten-or-so times earnings. They immediately applied "pooling" accounting to the acquisition, which - with not a dime's worth of change in the underlying businesses - automatically increased per-share earnings, and used the rise as proof of managerial genius. They next explained to investors that this sort of talent justified the maintenance, or even the enhancement, of the acquirer's p/e multiple. And, finally, they promised to endlessly repeat this procedure and thereby create ever-increasing per-share earnings.

Wall Street's love affair with this hocus-pocus intensified as the 1960s rolled by. The Street's denizens are always ready to suspend disbelief when dubious maneuvers are used to manufacture rising per-share earnings, particularly if these acrobatics produce mergers that generate huge fees for investment bankers. Auditors willingly sprinkled their holy water on the conglomerates' accounting and sometimes even made suggestions as to how to further juice the numbers. For many, gushers of easy money washed away ethical sensitivities.

Since the per-share earnings gains of an expanding conglomerate came from exploiting p/e differences, its CEO had to search for businesses selling at low multiples of earnings. These, of course, were characteristically mediocre businesses with poor long-term prospects. This incentive to bottom-fish usually led to a conglomerate's collection of underlying businesses becoming more and more junky. That mattered little to investors: It was deal velocity and pooling accounting they looked to for increased earnings.

The resulting firestorm of merger activity was fanned by an adoring press. Companies such as ITT, Litton Industries, Gulf & Western, and LTV were lionized, and their CEOs became celebrities. (These once-famous conglomerates are now long gone. As Yogi Berra said, "Every Napoleon meets his Watergate.")

Back then, accounting shenanigans of all sorts - many of them ridiculously transparent - were excused or overlooked. Indeed, having an accounting wizard at the helm of an expanding conglomerate was viewed as a huge plus: Shareholders in those instances could be sure that reported earnings would never disappoint, no matter how bad the operating realities of the business might become.

In the late 1960s, I attended a meeting at which an acquisitive CEO bragged of his "bold, imaginative accounting." Most of the analysts listening responded with approving nods, seeing themselves as having found a manager whose forecasts were certain to be met, whatever the business results might be.

Eventually, however, the clock struck twelve, and everything turned to pumpkins and mice. Once again, it became evident that business models based on the serial issuances of overpriced shares - just like chain-letter models - most assuredly redistribute wealth, but in no way create it. Both phenomena, nevertheless, periodically blossom in our country - they are every promoter's dream - though often they appear in a carefully-crafted disguise. The ending is always the same: Money flows from the gullible to the fraudster. And with stocks, unlike chain letters, the sums hijacked can be staggering.

At both BPL and Berkshire, we have never invested in companies that are hell-bent on issuing shares. That behavior is one of the surest indicators of a promotion-minded management, weak accounting, a stock that is overpriced and - all too often - outright dishonesty.

2015年3月7日土曜日

2014年度バフェットからの手紙(6)今日のバークシャーを描いた男(後)

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」を取りあげています。「第2部バークシャー過去編」は今回までで、次回からは「現在編」です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

わたしの行動を変えるのは、そう簡単なことではありません(家族に訊いてみてください)。チャーリーから言われずとも、それまで十分な成功を享受してきました。そうであれば、どうしてビジネス・スクールに1日も通ったことのない弁護士の言うことを聞かねばならないのでしょうか(かく言うわたしは、都合3か所[のビジネス・スクール]に通ったのですぞ)。しかしチャーリーはビジネスや投資に関するみずからの教えを、わたしに説き続けました。彼の論理は覆せるものではなく、そのためチャーリーの設計図をもとにバークシャーを築いていくことになりました。わたしの役目はゼネコンと同じでした。そして子会社のCEO諸氏が、協力会社として実際の仕事を行ったわけです。

1972年はバークシャーの転換点となった年でした(ただしわたしの担当分のせいで、後戻りするときもありました。たしか、ウォームベックを1975年に買ったのはわたしでしたね)。チャーリーとわたしとバークシャーで過半数を保有するブルーチップ・スタンプ社を使って、シーズ・キャンディー社を買収する機会がやってきたのです。なおブルーチップ社はのちに、バークシャーと合併しました。

シーズ社は、西海岸で箱詰めチョコを製造販売する伝説的な企業でした。当時の税引き前利益は400万ドルで、使用されている純有形資産はわずか800万ドルでした。さらに同社には、貸借対照表には現われない莫大な資産がありました。重大な価格決定力をもたらす、容易には消えない広範な競争優位性です。その強みのおかげで、シーズ社は時を追うごとに利益を大きく増加させることができたと言えます。さらにうれしいことに、そうなっていく際に追加の投資がわずかで済んだことです。言いかえれば、シーズ社からは何十年にもわたって現金があふれ出すと期待できたのです。

シーズ社を支配していた一族は、事業の対価として3,000万ドルを要求しました。「それだけの価値はある」と、すでにそのとき言い当てていたのはチャーリーでした。しかしわたしは2,500万ドルしか払う気はありませんでした。たとえその金額でも、全然ワクワクしませんでした(純有形資産の3倍もの値段ですから、鼓動のほうがドキドキしました)。わたしの用心が見当違いだったせいで、すばらしい買い物がふいになっていたかもしれません。しかし幸運だったことに、売り手はわたしたちの提示した2,500万ドルを呑んでくれました。

今日までにシーズ社があげた利益は、税引き前で19億ドルになります。一方、成長に必要な追加投資は4,000万ドルで済みました。シーズ社は莫大な額になる資金をもたらしてくれたので、バークシャーが他の事業を買う際に助かりました。そして買収した事業のほうも同じように、他へ回せる利益を大量に生み出したのです(ウサギの繁殖を思い浮かべてください)。その上、シーズ社の事業運営を観察できたおかげで、強力なブランドが持つ価値のことをビジネスを通じて学べました。それによってわたしは、さまざまな他の高収益な投資先へと目を向けるようになったのです。

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チャーリーによる設計図があったものの、ウォームベック以降もいろいろとまちがいをやりました。一番おぞましかったのがデクスター・シュー社でした。同社を1993年に買収した時にはすばらしい業績がつづいており、どう見てもシケモクには見えませんでした。しかし同社が持っていた競争上の強みはすぐに蒸発してしまいました。外国企業との競争のせいですが、そうなることをわたしが考えていなかっただけです。

バークシャーが4億3,300万ドルを払ったデクスター社は、結局あっというまに価値がゼロになりました。しかしGAAPの会計原則は、私の失敗の度合いを記録できるようなものではありません。わたしがデクスター社の売り手に払ったのは、現金ではなくてバークシャー株でした。買収に使われた株式は現在の価値にすると57億ドル、つまりこれが実際に起こったことなのです。この件は、金融界における失敗の世界記録としてギネスブックに載ってもおかしくないと思います。

その後にわたしがまちがえた中には、バークシャー株を買収に使った案件もありました。しかし買収した事業は、利益をあげるのが精一杯となってしまいました。その種のまちがいは致命的です。すばらしい事業、つまり一番確実なのがバークシャーですが、その株式と「そこそこな」事業の所有権を交換するのは、修復不能までに価値を損なってしまうからです。

それと同じように、バークシャーが株式を保有する企業がこのまちがいをした際にも、わたしたちは金融的な意味で苦しみました(わたしが取締役に加わっていた企業で、そういったまちがいが起きたこともありました)。初歩的な現実に目がいかないCEOが多すぎます。つまり買収先に与える株式の本源的な価値が、受け取る事業の本源的な価値を上回ってはいけない、という意味です。

買収を検討している会社の取締役会に対して投資銀行家が株式交換を提案する際に、何よりも重要なこの計算を数字で示した例は一度も見たことがありません。そのかわりに銀行家が専念しているのは、「慣例となっている」上乗せ価格をどう描写するかです。その金額は現在の買収において支払われているものですが、買収先の魅力を測るにはまぎれもなくおろかな方法です。あるいは、その取引が買収側のEPSを増加させるかどうかについて熟考しているのかもしれません(EPSは買収の決定要因とすべきではありません)。1株当たり利益を望ましい数字に到達させようと奮闘してゼイゼイと肩で息をするCEOは、その「助力者たち」と共同で非現実的な「シナジー」を思い描くことがあります。(19社の取締役を何年もやってきましたが、「反シナジー」の話題が出たことはまったくありません。しかしひとたび取引が終わると、それが山ほど出てくるのを目撃してきました)。買収後検視、つまり当初の見通しと実績を正直に比較する作業が、アメリカ企業の取締役会で実施されるのは稀です。これは標準的な慣行とすべきです。

わたしが去ったあともずっと、バークシャーが買収をするために株式を追加発行するとなれば、CEOや取締役会は本源的価値を注意深く算出するとお約束できます。80ドルのものを買うのに100ドルを出していたら、金持ちにはなれません。(みなさんが高い金額を助言者に支払って、交換することを支持するとの「公平な」意見を頂戴する場合でも同じです)

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バークシャーがおこなってきた買収は、全体としてみればうまくいきました。大型の案件では非常にうまくいったものがいくつかありました。そして証券への投資もうまくいきました。後者に関する貸借対照表での評価は常に市場価格によってなされており、未実現のものも含んだすべての利益が当社の純資産へ速やかに反映されています。しかしまるごと買収した事業については、貸借対照表で再評価されて増加することは起こりえません。それらの事業は簿価より何十億ドルも高い値段で売却できる、としてもです。この10年間にバークシャーの子会社は、際立って速いペースで成長してきました。その価値が増したことで、未実現利益は莫大なものとなりました。

こうなったのも、チャーリーの考えに従ったおかげです。(PDFファイル26ページ目)

Altering my behavior is not an easy task (ask my family). I had enjoyed reasonable success without Charlie's input, so why should I listen to a lawyer who had never spent a day in business school (when - ahem - I had attended three). But Charlie never tired of repeating his maxims about business and investing to me, and his logic was irrefutable. Consequently, Berkshire has been built to Charlie's blueprint. My role has been that of general contractor, with the CEOs of Berkshire's subsidiaries doing the real work as sub-contractors.

The year 1972 was a turning point for Berkshire (though not without occasional backsliding on my part - remember my 1975 purchase of Waumbec). We had the opportunity then to buy See's Candy for Blue Chip Stamps, a company in which Charlie, I and Berkshire had major stakes, and which was later merged into Berkshire.

See's was a legendary West Coast manufacturer and retailer of boxed chocolates, then annually earning about $4 million pre-tax while utilizing only $8 million of net tangible assets. Moreover, the company had a huge asset that did not appear on its balance sheet: a broad and durable competitive advantage that gave it significant pricing power. That strength was virtually certain to give See's major gains in earnings over time. Better yet, these would materialize with only minor amounts of incremental investment. In other words, See's could be expected to gush cash for decades to come.

The family controlling See's wanted $30 million for the business, and Charlie rightly said it was worth that much. But I didn't want to pay more than $25 million and wasn't all that enthusiastic even at that figure. (A price that was three times net tangible assets made me gulp.) My misguided caution could have scuttled a terrific purchase. But, luckily, the sellers decided to take our $25 million bid.

To date, See's has earned $1.9 billion pre-tax, with its growth having required added investment of only $40 million. See's has thus been able to distribute huge sums that have helped Berkshire buy other businesses that, in turn, have themselves produced large distributable profits. (Envision rabbits breeding.) Additionally, through watching See's in action, I gained a business education about the value of powerful brands that opened my eyes to many other profitable investments.

* * * * * * * * * * * *

Even with Charlie's blueprint, I have made plenty of mistakes since Waumbec. The most gruesome was Dexter Shoe. When we purchased the company in 1993, it had a terrific record and in no way looked to me like a cigar butt. Its competitive strengths, however, were soon to evaporate because of foreign competition. And I simply didn't see that coming.

Consequently, Berkshire paid $433 million for Dexter and, rather promptly, its value went to zero. GAAP accounting, however, doesn't come close to recording the magnitude of my error. The fact is that I gave Berkshire stock to the sellers of Dexter rather than cash, and the shares I used for the purchase are now worth about $5.7 billion. As a financial disaster, this one deserves a spot in the Guinness Book of World Records.

Several of my subsequent errors also involved the use of Berkshire shares to purchase businesses whose earnings were destined to simply limp along. Mistakes of that kind are deadly. Trading shares of a wonderful business - which Berkshire most certainly is - for ownership of a so-so business irreparably destroys value.

We've also suffered financially when this mistake has been committed by companies whose shares Berkshire has owned (with the errors sometimes occurring while I was serving as a director). Too often CEOs seem blind to an elementary reality: The intrinsic value of the shares you give in an acquisition must not be greater than the intrinsic value of the business you receive.

I've yet to see an investment banker quantify this all-important math when he is presenting a stock-for-stock deal to the board of a potential acquirer. Instead, the banker's focus will be on describing "customary" premiums-to-market-price that are currently being paid for acquisitions - an absolutely asinine way to evaluate the attractiveness of an acquisition - or whether the deal will increase the acquirer's earnings-per-share (which in itself should be far from determinative). In striving to achieve the desired per-share number, a panting CEO and his "helpers" will often conjure up fanciful "synergies." (As a director of 19 companies over the years, I've never heard "dis-synergies" mentioned, though I've witnessed plenty of these once deals have closed.) Post mortems of acquisitions, in which reality is honestly compared to the original projections, are rare in American boardrooms. They should instead be standard practice.

I can promise you that long after I'm gone, Berkshire's CEO and Board will carefully make intrinsic value calculations before issuing shares in any acquisitions. You can't get rich trading a hundred-dollar bill for eight tens (even if your advisor has handed you an expensive "fairness" opinion endorsing that swap).

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Overall, Berkshire's acquisitions have worked out well - and very well in the case of a few large ones. So, too, have our investments in marketable securities. The latter are always valued on our balance sheet at their market prices so any gains - including those unrealized - are immediately reflected in our net worth. But the businesses we buy outright are never revalued upward on our balance sheet, even when we could sell them for many billions of dollars more than their carrying value. The unrecorded gains in the value of Berkshire's subsidiaries have become huge, with these growing at a particularly fast pace in the last decade.

Listening to Charlie has paid off.

2015年3月6日金曜日

2014年度バフェットからの手紙(5)今日のバークシャーを描いた男(前)

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」の「第2部バークシャー過去編」がつづきます。至高のパートナー、チャーリー・マンガーの登場です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

チャーリーに正される

わたしのとったシケモク戦略は、少ない金額を運用している間は非常にうまく機能しました。実際、1950年代に無料喫煙の機会が何十回と得られたおかげで、相対的あるいは絶対的のどちらにおいても、その10年間が生涯をとおして最高最上の成績をあげた時期になりました。

しかしその当時でも、シケモクではない例外が何度かありました。一番重要だったのがGEICO(ガイコ)です。のちに同社のCEOとなるすばらしい男性ロリマー・デービッドソン氏と1951年に話を交わしたおかげで、GEICOの事業がすばらしいことを教わりました。そしてわたしは、自分の純資産9,800ドルのうちの65%を投じて同社の株を買いました。ただし当時あげた利益のほとんどは、安売りされていたぱっとしない企業への投資によるものでした。ベン・グレアムから教わった技術がうまくいったのです。

しかし、このやりかたの大きな弱点が次第にはっきりしてきました。シケモク投資は、ある水準までしか対応できなかったのです。金額が大きくなると、まるでうまくいきませんでした。

さらに言えるのが、あまり儲からない事業を割安な値段で買うのは短期的な投資としては魅力があるかもしれませんが、持続していける大きな企業を築く基盤としてはまちがっている点です。結婚相手を選ぶとなれば、デートの相手を選ぶよりも厳しい条件がでてくるはずです。(ここで申し上げておきますと、バークシャーは「デートの相手」としては申し分なかったと思います。シーベリー・スタントン氏が提示した1株11.375ドルで持ち分を売却していれば、バークシャーへの投資によるBPLの年間加重利益率はおよそ40%になっていたからです)

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シケモクを拾うわたしの習い性を断ったのはチャーリー・マンガーでした。非常に大規模でも満足のいく利益をあげられる、そのような事業を築く道のりを彼は示してくれました。チャーリーは現在わたしが住んでいる家から100メートルほど離れた場所で育ちました。子供の頃には、わたしの祖父が営む食料品店で働いていました。実はわたしも同じことをやりました。それなのにわたしがチャーリーと対面したのは1959年のことで、わたしは28歳、彼は35歳になっていました。チャーリーはずっと前にオマハを離れて、ロサンゼルスを第2の故郷としていたのです。わたしたちを引き合わせてくれたオマハのお医者様が、先を見越して「君たちならきっと意気投合するよ」と言いました。そのとおりでした。

当社の年次総会に何度か参加されているみなさんであれば、チャーリーがどんな人物かご存知と思います。彼はさまざまな面で優れた才能があり、驚くべき記憶力を持ち、固い信念を抱いた人です。わたし自身が優柔不断というわけでもないので、ときには賛成できないこともあります。しかし二人の間で口論になったことは、56年間で一度もありません。意見が合わないときは、たいていチャーリーが次のような言葉で会話を終わりにするのです。「ウォーレン、君は頭がいいのだから、もう一度よく考えてみたまえ。そうすれば正しいのは私だとわかるから、賛成したくなるよ」。

ところで、チャーリーが情熱を傾けているものが建築だとは、みなさんはあまりご存じではないでしょう。彼の職歴は弁護士から始まりましたが(1時間当たりの請求額は15ドルでした)、30歳代になってからロサンゼルス近郊でアパートメントを設計施工する5つのプロジェクトを遂行し、はじめて本格的な資本を手にしました。それと並行して、55年ほど経った現在も彼が住んでいる家を設計しました(もしチャーリーが周囲に満足していたら、少しも動けなかったと思います。わたしと同じですね)。チャーリーが設計を手がけた最近の案件が、スタンフォード大学とミシガン大学それぞれの大規模な学生寮です。そして91歳になる現在は、別の大きな案件に関わっています。

しかしわたしの観点から言えば、チャーリーの果たした建築的偉業のなかでもっとも重要だったのは、今日のバークシャーを設計したことです。彼がわたしに示した設計図は単純なものでした。「そこそこの事業をすばらしい値段で買う、そのやりかたは忘れなさい。そうではなく、すばらしい事業をそこそこの値段で買うのだよ」。

Charlie Straightens Me Out

My cigar-butt strategy worked very well while I was managing small sums. Indeed, the many dozens of free puffs I obtained in the 1950s made that decade by far the best of my life for both relative and absolute investment performance.

Even then, however, I made a few exceptions to cigar butts, the most important being GEICO. Thanks to a 1951 conversation I had with Lorimer Davidson, a wonderful man who later became CEO of the company, I learned that GEICO was a terrific business and promptly put 65% of my $9,800 net worth into its shares. Most of my gains in those early years, though, came from investments in mediocre companies that traded at bargain prices. Ben Graham had taught me that technique, and it worked.

But a major weakness in this approach gradually became apparent: Cigar-butt investing was scalable only to a point. With large sums, it would never work well.

In addition, though marginal businesses purchased at cheap prices may be attractive as short-term investments, they are the wrong foundation on which to build a large and enduring enterprise. Selecting a marriage partner clearly requires more demanding criteria than does dating. (Berkshire, it should be noted, would have been a highly satisfactory "date": If we had taken Seabury Stanton's $11.375 offer for our shares, BPL's weighted annual return on its Berkshire investment would have been about 40%.)

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It took Charlie Munger to break my cigar-butt habits and set the course for building a business that could combine huge size with satisfactory profits. Charlie had grown up a few hundred feet from where I now live and as a youth had worked, as did I, in my grandfather's grocery store. Nevertheless, it was 1959 before I met Charlie, long after he had left Omaha to make Los Angeles his home. I was then 28 and he was 35. The Omaha doctor who introduced us predicted that we would hit it off - and we did.

If you've attended our annual meetings, you know Charlie has a wide-ranging brilliance, a prodigious memory, and some firm opinions. I'm not exactly wishy-washy myself, and we sometimes don't agree. In 56 years, however, we've never had an argument. When we differ, Charlie usually ends the conversation by saying: "Warren, think it over and you'll agree with me because you're smart and I'm right."

What most of you do not know about Charlie is that architecture is among his passions. Though he began his career as a practicing lawyer (with his time billed at $15 per hour), Charlie made his first real money in his 30s by designing and building five apartment projects near Los Angeles. Concurrently, he designed the house that he lives in today - some 55 years later. (Like me, Charlie can't be budged if he is happy in his surroundings.) In recent years, Charlie has designed large dorm complexes at Stanford and the University of Michigan and today, at age 91, is working on another major project.

From my perspective, though, Charlie's most important architectural feat was the design of today's Berkshire. The blueprint he gave me was simple: Forget what you know about buying fair businesses at wonderful prices; instead, buy wonderful businesses at fair prices.

2015年3月5日木曜日

2014年度バフェットからの手紙(4)バークシャーの経営を始めた頃(後)

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」の「第2部バークシャー過去編」で、前回からのつづきです。(日本語は拙訳)

1965年の4月までに、BPLは(当時の発行株式数1,017,547株のうちの)392,633株を保有していました。そして5月上旬に行われた取締役会において、わたしどもは正式に会社の経営権を握ることになりました。どちらにとっても1/8ドルとは結局なんだったのかと思いますが、シーベリーとわたしの子供じみた行動のおかげで、彼は仕事を失いました。そしてわたしは、ろくに知らないひどい事業へBPLの使用資本の25%以上を投資したことに気がつきました。わたしは、走る車を追い回す犬そのものだったのです。

営業損失と自社株買いの影響で、1964年度末におけるバークシャーの純資産は、1955年に合併したときの5,500万ドルから2,200万ドルまで下落していました。その2,200万ドルの全額が、織物事業の運営に必要でした。会社には余剰資金が残っておらず、銀行から250万ドルを借入れていました(1964年度の年次報告書を、今年度版の130ページから142ページに再掲しています)。

幸運な時期がしばらく続き、その後の2年間はバークシャーを経営する上で好ましい状況でした。さらにうれしいことに、その時期にあげた利益には所得税がかかりませんでした。過去に壊滅的な業績をあげたときの繰越欠損金が累積して多額になっていたからです。

ハネムーンの時期もやがて終わり、1966年以降の18年間は、織物事業に対するわたしの苦悩が止むことはありませんでした。まるっきりうまくいきませんでした。しかし強情(ただのバカ?)でいるにも限界があります。1985年にわたしはとうとうさじを投げて、その事業の運営をおわりにしたのです。

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わたしは、BPLが持つ資源の多くを死にゆく事業へと投下してしまいました。ところがその最初の失敗にひるむことなく、即座にあやまちをふくらませることになったのです。わたしがやった2番目のポカは、実のところ最初のものよりはるかに深刻でした。わたしの経歴中で一番高くついたからです。

1967年の早い時期に、バークシャーはナショナル・インデムニティー社(NICO)を860万ドルで購入しました。オマハを拠点とした同社は、小規模ながらも将来性のある保険会社でした(その取引には、小粒な姉妹会社も含まれていました)。保険業はわたしの得意な領域でした。業界のことを理解しており、好みの事業でした。

NICOを所有していたジャック・リングウォルト氏は、昔からの友人でした。彼はわたし個人に売却したがっていました。彼の考えでは、バークシャーに売るつもりではなかったのです。それでは、なぜわたしはBPLを使わずにバークシャーでNICOを買ってしまったのでしょうか。その疑問に答えようと考えつづけて48年が経ちました。ですが、いまだにぴったりの答えをみつけていません。ただただ途方もない失敗をやらかしてしまったのです。

もしBPLが買収していれば、わたしを含むパートナー一同ですばらしい事業を100%保有できたのです。バークシャーの将来を築く基盤となるさだめにあった事業をです。さらには、織物事業に釘付けのまま20年近くも死に金になるのを避けられたので、わたしども[BPL]はそのぶん遅れずに成長できたと思います。そしてもうひとつ、その後に行う買収案件もBPLのパートナー一同でまるごと所有できたはずです。そうすれば昔からのバークシャー株保有者が、それら案件の39%分を所有することはなかったわけです。彼らに対して何の責務も負っていなかったのですから。それらの事実が目の前にあったにもかかわらず、わたしはすばらしい事業(NICO)100%を、持ち分61%のひどい事業(バークシャー・ハサウェイ)と結婚させる道を選びました。その決定によって、BPLのパートナー諸氏から見知らぬ人たちご一行へと、およそ1,000億ドルを移し替えたことになったのです。

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もうひとつ告白してから、ずっと楽しい話題へと移ることにしましょう。実は1975年にニューイングランドの織物会社をもうひとつ買っていたなどと、そんな話が信じられますか。ウォームベック・ミルズという会社です。もちろんですが、購入時の価格はわたしたちが受け取る資産とくらべて「割安」でしたし、バークシャーにある既存の織物事業とのシナジーが見込まれていました。それにもかかわらず、なんとまあおどろくことに、ウォームベックは大失敗でした。何年も経たないうちに、その紡績工場は操業停止に追い込まれたのです。

ようやくいいニュースです。北部における織物業界はもう消滅しています。「バフェットがニューイングランドをうろうろしている」と耳にしても、もはやみなさんが慌てる必要はありません。

By April 1965, BPL owned 392,633 shares (out of 1,017,547 then outstanding) and at an early-May board meeting we formally took control of the company. Through Seabury's and my childish behavior - after all, what was an eighth of a point to either of us? - he lost his job, and I found myself with more than 25% of BPL's capital invested in a terrible business about which I knew very little. I became the dog who caught the car.

Because of Berkshire's operating losses and share repurchases, its net worth at the end of fiscal 1964 had fallen to $22 million from $55 million at the time of the 1955 merger. The full $22 million was required by the textile operation: The company had no excess cash and owed its bank $2.5 million. (Berkshire's 1964 annual report is reproduced on pages 130-142.)

For a time I got lucky: Berkshire immediately enjoyed two years of good operating conditions. Better yet, its earnings in those years were free of income tax because it possessed a large loss carry-forward that had arisen from the disastrous results in earlier years.

Then the honeymoon ended. During the 18 years following 1966, we struggled unremittingly with the textile business, all to no avail. But stubbornness - stupidity? - has its limits. In 1985, I finally threw in the towel and closed the operation.

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Undeterred by my first mistake of committing much of BPL's resources to a dying business, I quickly compounded the error. Indeed, my second blunder was far more serious than the first, eventually becoming the most costly in my career.

Early in 1967, I had Berkshire pay $8.6 million to buy National Indemnity Company ("NICO"), a small but promising Omaha-based insurer. (A tiny sister company was also included in the deal.) Insurance was in my sweet spot: I understood and liked the industry.

Jack Ringwalt, the owner of NICO, was a long-time friend who wanted to sell to me - me, personally. In no way was his offer intended for Berkshire. So why did I purchase NICO for Berkshire rather than for BPL? I've had 48 years to think about that question, and I've yet to come up with a good answer. I simply made a colossal mistake.

If BPL had been the purchaser, my partners and I would have owned 100% of a fine business, destined to form the base for building the company Berkshire has become. Moreover, our growth would not have been impeded for nearly two decades by the unproductive funds imprisoned in the textile operation. Finally, our subsequent acquisitions would have been owned in their entirety by my partners and me rather than being 39%-owned by the legacy shareholders of Berkshire, to whom we had no obligation. Despite these facts staring me in the face, I opted to marry 100% of an excellent business (NICO) to a 61%-owned terrible business (Berkshire Hathaway), a decision that eventually diverted $100 billion or so from BPL partners to a collection of strangers.

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One more confession and then I'll go on to more pleasant topics: Can you believe that in 1975 I bought Waumbec Mills, another New England textile company? Of course, the purchase price was a "bargain" based on the assets we received and the projected synergies with Berkshire's existing textile business. Nevertheless - surprise, surprise - Waumbec was a disaster, with the mill having to be closed down not many years later.

And now some good news: The northern textile industry is finally extinct. You need no longer panic if you hear that I've been spotted wandering around New England.

2015年3月4日水曜日

2014年度バフェットからの手紙(3)バークシャーの経営を始めた頃(前)

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」をひきつづき取りあげています。今回からは「第2部のバークシャー過去編」になります。バークシャーの歴史は随所で触れられてきましたが、こうしてウォーレン自身の文章を読むのも味わいがあります。前回の投稿はこちらです。(日本語は拙訳)

はじまりのころ

1964年5月6日のことです。当時はシーベリー・スタントンという男性が率いていたバークシャー・ハサウェイ社が、株式公開買付けの通知を株主に対して送りました。1株当たりの買付け価格は11.375ドルとされていました。通知書が来るのは予想どおりでしたが、その金額にはおどろきました。

バークシャーが当時発行していた株式数は1,583,680株で、およそ7%をバフェット・パートナーシップ・リミテッド(BPL)が保有していました。BPLとは、わたしが管理運営していた投資上の事業体です。わたしの資産は事実上すべてBPLに投じていました。買付けの通知が届く少し前に、スタントン氏から連絡がありました。「いくらであれば、BPLは持ち株を売るのですか」と訊ねられたので、「11.5ドルです」と答えました。「わかりました、それでいきましょう」と彼は言いました。その後に届いた通知を見ると、金額が1/8ドル引かれていました。わたしはスタントン氏の振舞いに怒りをおぼえ、申込みませんでした。

このおろかな判断が、それからのすべてを決めることになったのです。

当時のバークシャーは北部を拠点とする織物の製造会社で、ひどい商売にはまりこんでいました。バークシャーが営業していた業界は、比喩的にも物理的にも南へと下っている途中でした。そしてバークシャーは、さまざまな理由から歩みを変えられずにいました。

その業界の問題は以前からひろく理解されていたにもかかわらず、それらは真実でした。1954年7月29日付けのバークシャーの取締役会議事録を読むと、容赦のない事実が記されています。「ニューイングランド地方における織物産業は、40年前から事業の撤退を開始している。その潮流は戦時中には停止していたものの、需要と供給が釣り合うまでは、その潮流は継続せざるを得なかった」。

その取締役会があった1年後、バークシャー・ファイン・スピニング・アソシエイツ社とハサウェイ・マニュファクチャリング社は合流しました。両社とも起源を19世紀にさかのぼれる会社でしたが、それ以降の社名は現在も使われているものに変わりました。合併後の会社は14の工場と1万名の従業員を擁し、ニューイングランドにおける織物会社の巨人となりました。しかし双方の経営陣が合併上の合意事項とみなしていたことが、早々に心中(しんじゅう)へと姿を変えました。両社が一体化して7年間、累積でみた営業上の業績は損失にとどまり、純資産は37%減少しました。

その一方で、会社は9つの工場を閉鎖しました。清算によって得られた資金で自社株買いを実施することもありました。そしてその行動パターンが、わたしの目に留まったのです。

BPLの資金でバークシャー株をはじめて買ったのは1962年の12月でした。「さらに工場を閉めて、もっと自社株買いをやる」だろうと予想したのです。当時の株価は7.5ドルでしたが、1株当たりの運転資本は10.25ドルあり、簿価は20.2ドルと大幅に割安でした。その株をその値段で買うことは、捨てられた吸殻からもう1回吸えるものを拾い上げるのと同じことです。吸い口は不快で湿ってはいるものの、無料で1回吸えるのです。しかしひとときの楽しみが済めば、それ以上は期待できません。

その後、バークシャーは台本どおりに行動します。さらに2つの工場を早々に閉め、1964年5月の動議で、工場閉鎖によって得た資金で自社株買いを実施することになりました。スタントンが提示した金額は、わたしたちが購入した金額よりも50%高いものでした。無料で吸えるその1回分が、ちょうどわたしを待っていてくれたのです。その1回を吸い終えた後には、別の吸殻をさがしによそへ行くことができます。

しかしスタントンの一突きに憤慨したわたしは、そうするかわりに彼の提案を無視して、さらなるバークシャー株を勢いよく買い始めたのです。(PDFファイル23ページ目)

In the Beginning

On May 6, 1964, Berkshire Hathaway, then run by a man named Seabury Stanton, sent a letter to its shareholders offering to buy 225,000 shares of its stock for $11.375 per share. I had expected the letter; I was surprised by the price.

Berkshire then had 1,583,680 shares outstanding. About 7% of these were owned by Buffett Partnership Ltd. ("BPL"), an investing entity that I managed and in which I had virtually all of my net worth. Shortly before the tender offer was mailed, Stanton had asked me at what price BPL would sell its holdings. I answered $11.50, and he said, "Fine, we have a deal." Then came Berkshire's letter, offering an eighth of a point less. I bristled at Stanton's behavior and didn't tender.

That was a monumentally stupid decision.

Berkshire was then a northern textile manufacturer mired in a terrible business. The industry in which it operated was heading south, both metaphorically and physically. And Berkshire, for a variety of reasons, was unable to change course.

That was true even though the industry's problems had long been widely understood. Berkshire's own Board minutes of July 29, 1954, laid out the grim facts: "The textile industry in New England started going out of business forty years ago. During the war years this trend was stopped. The trend must continue until supply and demand have been balanced."

About a year after that board meeting, Berkshire Fine Spinning Associates and Hathaway Manufacturing - both with roots in the 19th Century - joined forces, taking the name we bear today. With its fourteen plants and 10,000 employees, the merged company became the giant of New England textiles. What the two managements viewed as a merger agreement, however, soon morphed into a suicide pact. During the seven years following the consolidation, Berkshire operated at an overall loss, and its net worth shrunk by 37%.

Meanwhile, the company closed nine plants, sometimes using the liquidation proceeds to repurchase shares. And that pattern caught my attention.

I purchased BPL's first shares of Berkshire in December 1962, anticipating more closings and more repurchases. The stock was then selling for $7.50, a wide discount from per-share working capital of $10.25 and book value of $20.20. Buying the stock at that price was like picking up a discarded cigar butt that had one puff remaining in it. Though the stub might be ugly and soggy, the puff would be free. Once that momentary pleasure was enjoyed, however, no more could be expected.

Berkshire thereafter stuck to the script: It soon closed another two plants, and in that May 1964 move, set out to repurchase shares with the shutdown proceeds. The price that Stanton offered was 50% above the cost of our original purchases. There it was - my free puff, just waiting for me, after which I could look elsewhere for other discarded butts.

Instead, irritated by Stanton's chiseling, I ignored his offer and began to aggressively buy more Berkshire shares.

2015年3月3日火曜日

2014年度バフェットからの手紙(2)これから50年間のバークシャー(後)

ウォーレン・バフェットによる2014年度「バフェットからの手紙」から、「第2部バークシャー未来編」の後半部です。前半部はこちらです。(日本語は拙訳)

(2015/3/7 誤訳を修正しました。"can't help but")

・バークシャー以上に株主のことを考える会社は出てこないでしょう。わたしどもは30年以上にわたって、株主に関する原則(年次報告書117ページ参照)を毎年確認しなおしてきました。文章のはじまりはいつも同じ言葉です。「わたしたちは企業の形態をとっていますが、みなさんのことをパートナーととらえています」。みなさんに誓ったこの約束が、反故にされることはありません。

非常に見識豊かな当社の取締役会はビジネス志向で物事を考えることができ、パートナーシップ上の取り決めをいつでも実行できる準備ができています。お金欲しさに仕事を引き受けている人はいません。まず他ではみられない取り決めによって、当社の取締役はしるしとしての報酬を受け取っています。そのかわり、彼らは保有するバークシャー株を通じて、また重要な企業において良き責務を果たすことで得られる満足によって報われています。

彼らやその家族が保有する当社の株式は、多くの場合非常に多額なものですが、(オプションや付与によって実現したものではなく)市場から購入したものです。それに加えて、当社の取締役や役員には賠償責任保険をかけていません。これは、ほぼすべての一定規模の公開企業とは異なる点です。バークシャーの取締役が履いている靴は、自前のものなのです。

わたしたちの文化がいっそう確実に継続するよう、後任の取締役会長には息子のハワードを選ぶのはどうかと示唆してきました。ただし役員は兼務させません。そう願う理由はただひとつ、CEOとしてまちがった人間を雇ったことがわかれば、会長が断固として行動する必要がでてきます。そのときに交代させやすい、と考えたからです。ただし保証できますが、バークシャーでこの問題が起こるのは、他のどの公開企業とも同じように非常に低い確率です。しかしわたしが取締役として仕えた公開企業19社では、ダメなCEOが会長を兼任している場合、その人物を解任するのは非常に困難でした。(その行動はたいてい実行されますが、ほぼ必ずやかなり遅くなってからです)

ハワードが選任されれば、報酬はゼロですし、時間を費やす仕事は他の取締役に要求されるものと同じです。彼の役目は単なる安全弁です。彼以外の取締役がCEOに対して疑念を抱き、別の取締役が同じように疑問に感じているかを知りたいときに、ハワードに問い合わせるわけです。複数の取締役が恐れを抱いていれば、ハワードが会長の役目を発揮して、その問題を手早くそして適切に解決することになります。

・正しいCEOを選ぶことは最重要課題であり、バークシャーの取締役会では多くの時間を費やしています。バークシャーの経営とは主として資本配分を遂行することですが、それと同時に当社の事業子会社を率いる傑出した経営者を選び、その人物を逃さぬことも仕事です。当然ながらその仕事には、必要に応じて子会社のCEOを交代させることも含まれます。それらの義務ゆえに、バークシャーのCEOとなる人物には、合理的で沈着冷静、そして断固として行動に移ることのできる資質が要求されます。さらにビジネスを広く理解しており、人間のとる行動をうまく洞察できる人です。そして自分の限界をわかっていることも大切です。(IBMのトム・ワトソン・シニアはこう言いました、「私は天才ではないが、ある領域ではうまくやれる。だから、そこにこだわるよ」)

その人物の性格も決定的な要素です。バークシャーのCEOは会社に身を捧げるべきで、彼自身にではありません(不慣れな単語はやめておこうと男性形を使いましたが、CEOを決めるのが性別であってはなりません)。必要な額をはるかに超える報酬を得ずにはいられないものです。しかし重要なのは、とことん気前の良い報酬をもらっている競争相手に負けじと、エゴやがめつさに突き動かされないことです。たとえ彼の果たした業績が競争相手を大きくしのいでいてもです。CEOの行動は、そのもとに連なる経営者に対して甚大な影響をもたらします。株主の利益にかなうことこそ、彼ら経営者にとっての最上の仕事である。それが明快になっていれば、わずかな例外は別として、その考え方を受け入れてくれるでしょう。

後任者のCEOには、もうひとつ特別な強さが要求されます。事業に衰退をもたらすABCを撃退する力です。ABCとは傲慢(Arrogance)、官僚主義(Bureaucracy)、自己満足(Complacency)の3つです。企業におけるそれらの癌が転移すると、最強の企業であっても低迷する可能性があります。それを証明できる実例は莫大な数にのぼりますが、友好的な関係のままでいたいので、掘り出す事例は遠い過去のものだけにしておきます。

GMやIBM、シアーズ・ローバック、USスチール社が輝いていた時代には、彼らは壮大な産業の頂点に君臨し、その強さは攻略不能と考えられていました。しかしわたしが非難した上記の破滅的行動によって、やがて各社は深みへと、CEOや取締役が長らく考えることもできなかった深みへと落ちていきました。彼らが一時期有していた強靭な資金力や歴史的な収益力を守り通すことはできませんでした。

バークシャーがさらに大きく成長した時に、衰退を招くそのような力を遠ざけられるのは、用心深い上に断固たる行動をとれるCEOだけです。チャーリーがなにを願っているのか、忘れてはなりません。「どこで死ぬのかわかったら、決してそこには行かないよ」。わたしたちの持つ非経済的な価値が失われてしまえば、バークシャーの有する経済的価値の多くも同じようにおしゃかになるでしょう。バークシャーが持つ特別な文化を維持していく上で、「経営トップの声色」がカギとなります。

幸運なことに、将来のCEOが当社で成功していくために必要な構成はきちんとできています。バークシャーでは権限移譲が大幅に進んでおり、それは官僚主義に立ち向かう最良の対抗策として働きます。また事業運営という観点でみれば、バークシャーは巨大企業ではなく、大企業の集合体と言えます。本社で委員会組織を持ったことはありませんし、子会社に対して予算を提出するように要求したことも皆無です(ただし多くの子会社では、内部的に重要な道具として使っています)。法務を担当する部署もありませんし、他社が当然と考えている部門もありません。人事、広報、IR、戦略、企業買収など、みなさんの思いつくものはどれもです。

もちろんわたしたちには監査機能があり、きちんと活動しています。ただぼんやりしているわけではありません。しかしわたしどもは子会社の各経営者をかなりのところまで信頼しており、彼らは管理監督責任を熱心に果たして事業を運営しています。結局のところ、当社に買収される前にもまったく同じことをやってきたのです。さらには、ときどき起こるわずかな例外を除けば、わたしどもが信頼することで、相次ぐ指示や終わりなきレビュー、そして階層をなす官僚主義がもたらすよりも良い結果が生じます。チャーリーそしてわたしは、立場が逆であればこうしてほしいと考えることに合致するやりかたで、子会社の各経営者と接するように努めてきました。

・当社の取締役諸氏は、将来のCEOは社内の候補者から選ぶべきと考えています。取締役会がよく知るようになった人たちからです。同じように、次のCEOは職務を長く続けられるように比較的若い人であるべきとも考えています。CEOの統治年数が10年間をずっと超えることで、バークシャーはもっともうまく運営されると思います(若い犬に昔の技を教えるのは大変ですから)。さらに、65歳では引退しないだろうと思います(ところでみなさん、もう気づいていましたか)。

バークシャーが実施する企業買収、そして大規模かつ個別に対応する投資活動では、どちらの場合でも相手先がバークシャーのCEOと親密で安心してくれることが重要です。そのような満足感を育てて関係を強固にしていくには、時間がかかります。しかし、その見返りは甚大なものとなり得ます。

わたしを含む取締役陣は、わたしの後をついでCEOとなるのにふさわしい人物をすでに見つけています。わたしが死んだり退任した翌日から職務を負うことのできる後任者です。ある種の重要な点においては、その人物はわたしよりもうまく仕事ができると思います。

・[証券への]投資はバークシャーにとって非常に重要なものでありつづけるでしょうから、専門家が取り扱うことになります。彼らはCEOに対して報告をあげることになります。というのも、一般的に言って投資面でくだす決定は、バークシャーの事業や買収活動と連携する必要がでてくるからです。しかし全体としてみれば、当社の投資責任者たちは仕事をする上で大幅な自治が認められます。そしてこの領域でも、これから何十年とやっていける優れた形態ができています。トッド・コームズとテッド・ウェシュラーです。彼らがバークシャーの投資チームに加わって数年が経ちました。彼らはあらゆる面で最上の人物であり、買収先を評価する際にCEOをある側面から補佐する能力を持っています。

すべてを考慮すると、チャーリーやわたしが舞台から去った後の時代には、バークシャーは理想的な位置につくことになります。当社には適切な人たちがそろっています。適切な取締役や各子会社の経営者、そしてそれらの経営者陣を導く後継者たちです。さらにわたしたちの文化は、あらゆる役職にわたって組み込まれています。またわたしたちの仕組みは再生させることができます。良き文化も悪しき文化も、かなりの割合でみずからを永続させるために同じものを選びます。わたしたちと似た価値をいだく事業所有者や経営者は、非常に好ましい理由によって、稀なるとこしえの住みかとなるバークシャーにこれからも惹きつけられることでしょう。

・バークシャーを特別なものとしている重要なもうひとつの部分を称賛しないのは、注意が足りないというものです。それは株主のみなさんです。他の巨大企業ではみられない所有者の基盤を、バークシャーはまさしく有しています。この事実は昨年の年次総会で極端な形で披露されました。委任状による決議が提案されたのです。

決議: 当社は必要を超える資金を保有しており、株主はウォーレンのように何十億ドルも持たぬ以上、取締役会は重要なる年次株式配当を検討すること。

その決議を提案した株主が総会の場に姿をみせることはありませんでした。そのため、この決議は公式な提案にはなりませんでした。それにもかかわらず、委任状は集計されており、彼らは啓発していました。

当然のことながら、A株を保有するのは比較的少数の株主で、彼らの経済的な持ち分は多額になりますが、配当に関する問いに対して89対1の割合で「反対」と答えました。

注目すべき投票は、B株の保有者によるものでした。彼らは数十万名になり、あるいは100万名に達しているかもしれません。彼らの投票は「反対」が660,759,855票で「賛成」が13,927,026票でした。比率にして47対1になります。

取締役の推奨案は「反対」でしたが、会社としてはそれ以外に株主へ影響を加えようとはしませんでした。それにもかかわらず、投票数の98%が事実上こう言ったのです。「配当は要らんから、利益全額を再投資してくれ」。大小にかかわらず朋友たる株主のみなさんが、わたしども経営陣の持つ考えと協調しているのは、実に見事なことで、報われたと感じました。

みなさんのようなパートナーがいてくださり、わたしは実に幸運な人間です。

ウォーレン・E・バフェット

・No company will be more shareholder-minded than Berkshire. For more than 30 years, we have annually reaffirmed our Shareholder Principles (see page 117), always leading off with: "Although our form is corporate, our attitude is partnership." This covenant with you is etched in stone.

We have an extraordinarily knowledgeable and business-oriented board of directors ready to carry out that promise of partnership. None took the job for the money: In an arrangement almost non-existent elsewhere, our directors are paid only token fees. They receive their rewards instead through ownership of Berkshire shares and the satisfaction that comes from being good stewards of an important enterprise.

The shares that they and their families own - which, in many cases, are worth very substantial sums - were purchased in the market (rather than their materializing through options or grants). In addition, unlike almost all other sizable public companies, we carry no directors and officers liability insurance. At Berkshire, directors walk in your shoes.

To further ensure continuation of our culture, I have suggested that my son, Howard, succeed me as a nonexecutive Chairman. My only reason for this wish is to make change easier if the wrong CEO should ever be employed and there occurs a need for the Chairman to move forcefully. I can assure you that this problem has a very low probability of arising at Berkshire - likely as low as at any public company. In my service on the boards of nineteen public companies, however, I've seen how hard it is to replace a mediocre CEO if that person is also Chairman. (The deed usually gets done, but almost always very late.)

If elected, Howard will receive no pay and will spend no time at the job other than that required of all directors. He will simply be a safety valve to whom any director can go if he or she has concerns about the CEO and wishes to learn if other directors are expressing doubts as well. Should multiple directors be apprehensive, Howard's chairmanship will allow the matter to be promptly and properly addressed.

・Choosing the right CEO is all-important and is a subject that commands much time at Berkshire board meetings. Managing Berkshire is primarily a job of capital allocation, coupled with the selection and retention of outstanding managers to captain our operating subsidiaries. Obviously, the job also requires the replacement of a subsidiary's CEO when that is called for. These duties require Berkshire's CEO to be a rational, calm and decisive individual who has a broad understanding of business and good insights into human behavior. It's important as well that he knows his limits. (As Tom Watson, Sr. of IBM said, "I'm no genius, but I'm smart in spots and I stay around those spots.")

Character is crucial: A Berkshire CEO must be "all in" for the company, not for himself. (I'm using male pronouns to avoid awkward wording, but gender should never decide who becomes CEO.) He can't help but earn money far in excess of any possible need for it. But it's important that neither ego nor avarice motivate him to reach for pay matching his most lavishly-compensated peers, even if his achievements far exceed theirs. A CEO's behavior has a huge impact on managers down the line: If it's clear to them that shareholders' interests are paramount to him, they will, with few exceptions, also embrace that way of thinking.

My successor will need one other particular strength: the ability to fight off the ABCs of business decay, which are arrogance, bureaucracy and complacency. When these corporate cancers metastasize, even the strongest of companies can falter. The examples available to prove the point are legion, but to maintain friendships I will exhume only cases from the distant past.

In their glory days, General Motors, IBM, Sears Roebuck and U.S. Steel sat atop huge industries. Their strengths seemed unassailable. But the destructive behavior I deplored above eventually led each of them to fall to depths that their CEOs and directors had not long before thought impossible. Their one-time financial strength and their historical earning power proved no defense.

Only a vigilant and determined CEO can ward off such debilitating forces as Berkshire grows ever larger. He must never forget Charlie's plea: "Tell me where I'm going to die, so I'll never go there." If our noneconomic values were to be lost, much of Berkshire's economic value would collapse as well. "Tone at the top" will be key to maintaining Berkshire's special culture.

Fortunately, the structure our future CEOs will need to be successful is firmly in place. The extraordinary delegation of authority now existing at Berkshire is the ideal antidote to bureaucracy. In an operating sense, Berkshire is not a giant company but rather a collection of large companies. At headquarters, we have never had a committee nor have we ever required our subsidiaries to submit budgets (though many use them as an important internal tool). We don't have a legal office nor departments that other companies take for granted: human relations, public relations, investor relations, strategy, acquisitions, you name it.

We do, of course, have an active audit function; no sense being a dammed fool. To an unusual degree, however, we trust our managers to run their operations with a keen sense of stewardship. After all, they were doing exactly that before we acquired their businesses. With only occasional exceptions, furthermore, our trust produces better results than would be achieved by streams of directives, endless reviews and layers of bureaucracy. Charlie and I try to interact with our managers in a manner consistent with what we would wish for, if the positions were reversed.

・Our directors believe that our future CEOs should come from internal candidates whom the Berkshire board has grown to know well. Our directors also believe that an incoming CEO should be relatively young, so that he or she can have a long run in the job. Berkshire will operate best if its CEOs average well over ten years at the helm. (It's hard to teach a new dog old tricks.) And they are not likely to retire at 65 either (or have you noticed?).

In both Berkshire's business acquisitions and large, tailored investment moves, it is important that our counterparties be both familiar with and feel comfortable with Berkshire's CEO. Developing confidence of that sort and cementing relationships takes time. The payoff, though, can be huge.

Both the board and I believe we now have the right person to succeed me as CEO - a successor ready to assume the job the day after I die or step down. In certain important respects, this person will do a better job than I am doing.

・Investments will always be of great importance to Berkshire and will be handled by several specialists. They will report to the CEO because their investment decisions, in a broad way, will need to be coordinated with Berkshire's operating and acquisition programs. Overall, though, our investment managers will enjoy great autonomy. In this area, too, we are in fine shape for decades to come. Todd Combs and Ted Weschler, each of whom has spent several years on Berkshire's investment team, are firstrate in all respects and can be of particular help to the CEO in evaluating acquisitions.

All told, Berkshire is ideally positioned for life after Charlie and I leave the scene. We have the right people in place - the right directors, managers and prospective successors to those managers. Our culture, furthermore, is embedded throughout their ranks. Our system is also regenerative. To a large degree, both good and bad cultures self-select to perpetuate themselves. For very good reasons, business owners and operating managers with values similar to ours will continue to be attracted to Berkshire as a one-of-a-kind and permanent home.

・I would be remiss if I didn't salute another key constituency that makes Berkshire special: our shareholders. Berkshire truly has an owner base unlike that of any other giant corporation. That fact was demonstrated in spades at last year's annual meeting, where the shareholders were offered a proxy resolution:

RESOLVED: Whereas the corporation has more money than it needs and since the owners unlike Warren are not multi billionaires, the board shall consider paying a meaningful annual dividend on the shares.

The sponsoring shareholder of that resolution never showed up at the meeting, so his motion was not officially proposed. Nevertheless, the proxy votes had been tallied, and they were enlightening.

Not surprisingly, the A shares - owned by relatively few shareholders, each with a large economic interest - voted "no" on the dividend question by a margin of 89 to 1.

The remarkable vote was that of our B shareholders. They number in the hundreds of thousands - perhaps even totaling one million - and they voted 660,759,855 "no" and 13,927,026 "yes," a ratio of about 47 to 1.

Our directors recommended a "no" vote but the company did not otherwise attempt to influence shareholders. Nevertheless, 98% of the shares voting said, in effect, "Don't send us a dividend but instead reinvest all of the earnings." To have our fellow owners - large and small - be so in sync with our managerial philosophy is both remarkable and rewarding.

I am a lucky fellow to have you as partners.

Warren E. Buffett