ot

2014年12月6日土曜日

刻みこまれた太古の記憶(『脳科学は人格を変えられるか?』)

先日の投稿でとりあげた『脳科学は人格を変えられるか?』から、今回は悲観的な見方に関する箇所を引用します。

何百万年もの進化の歴史の中で、人類はこの強力なシステムを発達させてきた。これはいわば脳の非常ボタンであり、危機が眼前に迫っていることを脳の他の部分に知らせるはたらきを持つ。非常ボタンを押すことで潜在的脅威が意識の中にクローズアップされ、それを詳しく見定めることが可能になる。それと同時に恐怖中枢は、脳内で起きている他の活動をいったんすべて低下させ、瑣事にかまわず、危機の発生源に確実に焦点をあわせられるように仕向けている。待ったなしの脅威に遭遇したとき、注意力を一気に集め、あらゆる手を尽くして危険な事態からすみやかに抜け出させるのが、恐怖の回路のはたらきなのだ。 (p.109)

人や他のおおかたの種に共通する脳の原始的な部分は、人類の祖先が激しい嵐や捕食者など、自然がもたらすさまざまな脅威とともに暮らしていたはるか昔に発達したものだ。だから、扁桃体をはじめとする原始的な組織は現代でも、そうした脅威に出会うと脳内で発火する。進化上古い領域にある恐怖の回路は現代でも、人類の祖先を脅かした各種の危険に出会うと活性化し、他の多くの領域のコントロールを奪う。そうして重要でない活動をひとまずストップさせ、危機に対処できるようにするのだ。この現象は多くの研究から実証されている。 (p.110)

要するに、こういうことだ。人類の祖先の中で現代にまで子孫を残すことができたのは、ヘビやクモなどの脅威を巧妙に見つけ、回避することができた者だ。だからこそその子孫には、より効果的な危機感知システムが備わるようになった。わたしたち現代人の脳には今もなお、このはるか昔の記憶が刻み込まれている。 (p.112)

新聞やテレビやラジオは連日、ネガティブな話を山ほど人々に投げつけてくる。金融危機、景気後退、地球温暖化、豚インフルエンザ、テロリズム、戦争。ネガティブな話は文字通り枚挙にいとまがない。そして悪い知らせについ波長をあわせがちな脳本来の傾向とあいまって、悲観主義は圧倒的な力をふるう。

なぜ悲観がこれほど強い力をもつのか、読者にはもうわかるだろう。恐怖の回路は楽しそうな情報は二の次にして、危険を満載した情報ばかりにスポットをあてる。わずかでも危険の影があれば即座にそれを拾いあげ、脳内で起きている他の作業を停止させ、すべてを危機に集中させる。ポジティブなものよりネガティブなものに強く引かれるこの人間本来の傾向があるからこそ、ものごとを楽観的に考えるのは悲観的に考えるよりずっとむずかしいのだ。人々を怖がらせるのは安心させるよりはるかに簡単であることは、政治家や聖職者が歴史を通じて示してきたとおりだ。

さらに問題なのは、ひとたび恐怖の回路にスイッチが入ると論理が遮断されてしまうことだ。論理を無視して恐怖が作動すると、現代のさまざまな状況下では大きな問題が起こりかねない。恐怖は、快楽を経験したり楽観的思考をはぐくむのを邪魔するばかりでなく、もっと巨大な恐怖や不安をひきおこし、人生から輝きを奪う可能性もある。 (p.128)

備考です。脳科学や心理学の話題は、本ブログで何度か取りあげています。たとえば過去記事「脳のなかの近道(神経科学者V・S・ラマチャンドラン)」などです。

0 件のコメント:

コメントを投稿