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2012年6月20日水曜日

深層防護という工学的アプローチ

少し前に取り上げた『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』(過去記事)では、今回の事故で何がまずかったのか、様々な観点から考察しています。今回ご紹介するのは、原子力発電所というシステムの設計や運用に対して、システム工学的な見地から反省をうながした箇所です。

まずは、原発の安全性を確保するための設計上のアプローチ、「深層防護」の説明です。
 高い信頼性を維持するための工学的なコンセプトが、深層防護という考え方である。深層防護とは、英語のDefense in Depthを訳したもので、安全対策を重層的に施して、万が一いくつかの対策が破られても、全体としての安全性を確保するという考え方である。(中略)また、設計時に用意した対策がすべて失敗した場合に備えて、人と環境を放射線の影響から守れるような対策が立てられてきた。 (p.254)

深層防護は、各階層が互いに独立しているべきである。ある階層の効果が、前後の階層に依存すべきではない。つまり、各階層は自分が最後の砦になったつもりで、対策を行わなければならない。こうした思想の下、5つの階層すべてを強化していくことにより、初めて深層防護と呼べるのである。

原子力の危険性を指摘する議論の中には、前段の階層の対策が不十分であるから、防災対策などの後段の階層が必要になるのだ、と考える向きがある。しかし、この議論は、深層防護という工学的アプローチの理解不足に起因するものである。 (p.255)

これを実際に起きたことにあてはめてみると、前段の階層が「地震のゆれを感知して原子炉を安全に停止させた」部分にあたり、後段の階層が「津波等の影響で全交流電源を失った」部分になるかと思います。電源喪失を防護する対策が不十分だったわけです。

では、なぜこのような設計運用が行われてしまったのか、本書のメンバーは以下のように分析しています。
 わが国では、定期検査などの枠組みの中で、個別の機器や構造物の性能が、定期的、かつ詳細に評価されてきた経緯がある。したがって、海外と比較して、個別の機器の信頼性は高い傾向にある。一方で、プラント全体の安全性については、評価が不十分であった可能性が指摘できる。 (p.259)

福島第一原子力発電所も含め、わが国の原子力発電所では、定期安全レビューの中で、内部事象(機器の故障や配管の損傷など)に起因する確率論的安全評価が、自主的に実施されてきた。しかしながら、外部事象(地震等)に起因する確率論的安全評価については、手法が十分確立していなかったこともあり、取り組みが遅れていた。また、規制機関にも、確率論的安全評価の結果を、積極的に規制に活用するという姿勢がなかった。

日本原子力学会標準委員長の宮野廣氏は、「一面から見た安全尺度の採用と過信」を事故の遠因に挙げ、「わが国の原子力発電所では計画外スクラム(停止)の頻度が極めて低いことは、世界的にも有名である。そこに安全神話が形成されてしまったのではないか。…従って、確率論的安全評価(PSA)のニーズが少なく、"せっかく安全だというのに"という思いから取り組みが遅れてしまったのではないか」と述べている。

このことは、深層防護の考え方の根本である防護レベルの独立性が、十分に理解されていなかったことを示している。つまり、第1層の指標である計画外停止頻度だけでなく、第3層の指標である炉心損傷確率についても、より積極的に評価されるべきであった。 (p.260)

工学的な知恵が理解されていなかったという点に、われわれの文明水準の程度が表われているようです。システム工学というのは難しい概念の集まりではなく、むしろ常識や見識と通じるところが多いように思われます。このようなものの見方や考え方は、社会的に大きな影響力をもつ人ほど、いっそう要求されるのではないでしょうか。

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ここからは投資の話になります。まずはチャーリー・マンガーの言葉から。世知を語る中で、信頼できるモデルのひとつとして工学を挙げています。例えば次のような発言です。「工学上の概念としてバックアップ・システムや破断点がありますが、これらはとても強力なモデルです」(過去記事)。ここでは一言で済ませていますが、上に挙げた深層防護とはまさしくバックアップ・システムの一形態です。正しく使えば信頼できるモデルです。

つづいて、ウォーレン・バフェットの言う「投資先を評価する観点」です。順を追ってみると、それぞれの項目が独立しており、重層的に評価できるようになっています。

1. 長期的に見た場合に、ビジネスの特性がどうなっていくのか
株式投資を行う際の最重要の評価項目で、ビジネス自体の質が高いかどうかを問うものです。これによって、長期的なリターンと確実性を判断します。

2. 経営者がビジネスの潜在力を最大限に生かし、キャッシュをうまく活用できるかどうか
せっかくよいビジネスなのに、経営者が足をひっぱることがあります。例えば、むやみにシェア拡大をめざして設備投資したり、関連の少ない新規事業に手を出したり、場当たり的な企業買収を行うといった例。これはビジネスのリターンを悪化させる恐れがあります。
また、絶好の機会なのにキャッシュを使わないのも慎重すぎでしょう。あるいは単なる保身なのかもしれませんが。
ここで問われているのは、企業が持つ複利効果の質です。

3. 経営者がビジネスで得た利益を株主へ還元することを一義とし、無駄づかいしていないかどうか
よくある例は、高い株価で自社株式を買い戻すことです。間の悪い時期に自社ビルを購入するのも、株主にとってはありがたくないかもしれません。質の高いビジネスが稼いだお金をどうやって株主へ返すのか。そのプロセスの質が、ここでは問われています。

4. 株価
ここまでの基準を満たした企業でも、株を買うのに高い金額を払うのは誰にでもできることです。想定リターンに対してどこまで対価を支払うのか。ここでは、投資家が下す判断の質が焦点になります。チャーリーは、すばらしい企業にそこそこの金額を払うのだったら気にすることはないとしていますが、安いに越したことはありません。

このような4階層にわたる深層防護がきちんと働くことで、納得のいくリターンが期待できると共に、元本の安全性も高い投資先が残るのではないでしょうか。ウォーレンやチャーリーの判断基準は何気ないようにみえますが、実はよく考えられているようですね。


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