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2018年6月28日木曜日

人間はコンピューターに勝てるか(ハワード・マークス)

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オークツリーのハワード・マークスが新しいメモを公開しています(6月18日付)。今回は「人間が介在しない投資」として、3つの話題をとりあげています。ETF等のパッシブ投資、クォンツ投資、AI投資です。パッシブ投資に関しては、すこし前のメモを拡充したような内容です。クォンツ投資については概要を説明していますが、AIについては触りだけで、展望や技術的な限界を述べるには至っていません。新著の仕上げに注力しているからか、全体的には「中休み」といった印象を受けました。今回は、その中でも記憶にとどめておきたい箇所を断片的に引用します。(日本語は拙訳)

Investing Without People [PDF] (Oaktree Capital Management)

はじめの引用はクォンツ投資の限界についてです。

繰り返しますが、ジョージ・ソロスは再帰性理論のなかで「市場参加者の行動が市場を変える」と説いています。それゆえ、永続的に勝ち続ける数式など存在しないのでしょう。私からすれば、数量的投資(クォンツ投資)によって優れた成果をあげるには、定期的かつ正確に数式を書き換える能力が不可欠になると思います。投資とは動的なものであるゆえ、クォンツ投資の基礎をなす規則も変わらざるを得ないからです。(p. 11)

To reiterate, George Soros’s Theory of Reflexivity says the behavior of market participants alters the market. Thus no formula will be a winner forever. For me, that means the achievement of superior returns through quantitative investing requires the ability to constantly and correctly update the formula. Since investing is dynamic, the rules relied on in quantitative investing have to be dynamic.

次の引用は、市場参加者のうちパッシブ投資が占める割合についての考察です。個人的にも、この問題について空想することが時折あります。

[適正]価格発見の面でどれだけの投資がパッシブになれば、価値に対して支払う金額を適正に保てなくなるでしょうか。それはだれにもわかりません。株式投資信託が現在保有する資産額のうち、およそ40%がパッシブに運用されています。機関投資家においても、その数字の方向へと進むかもしれません。ただしそれでは不十分だとは思います。[機関投資家の世界では]今もなおほとんどの資金がアクティブに運用されています。つまり現在はまだ、価格を探るさまざまな活動が実施されているわけです。たしかにパッシブ運用の割合が100%になれば十分です。しかし「株式の適正価値を評価したり、企業のことを調査する者がだれもいない世界」を思い描けるものでしょうか。そのような世界があるとしたら、ぜひとも「そこで精を出す唯一の投資家」でありたいと思います。しかし問題なのは、「価格が本源的価値から十分に乖離し始めてアクティブ運用に値するようになるのは、40%から100%の間のどこからか」という点です。今の私には判断できませんが、アクティブ投資の未来のためにいずれは見つけ出せるかもしれません。(p. 5)

How much of the investing that takes place has to be passive for price discovery to be insufficient to keep prices aligned with fair values? No one knows the answer to that. Right now about 40% of all equity mutual fund capital is invested passively, and the figure may be moving in that direction among institutions. That’s probably not enough; most money is still managed actively, meaning a lot of price discovery is still taking place. Certainly 100% passive investing would suffice: can you picture a world in which nobody’s studying companies or assessing their stocks’ fair value? I’d gladly be the only investor working in that world. But where between 40% and 100% will prices begin to diverge enough from intrinsic values for active investing to be worthwhile? That’s the question. I don’t know, but we may find out . . . to the benefit of active investing.

最後の引用は、今回のメモでの白眉と言える文章です。

卓越した投資家とは、定量的分析や会計や財務の面で必ずや他よりも勝っているわけではありません。彼らの強みは主として、「平均的投資家が見過ごしてしまう、定性的あるいは長期的観点における利点を見定める力」にあります。もし[AIのような]コンピューターが同じようにそういった過ちをおかすとすれば、上位数パーセントの傑出した投資家がほどなく引退することはないと思います。(p. 16)

The greatest investors aren’t necessarily better than others at arithmetic, accounting or finance; their main advantage is that they see merit in qualitative attributes and/or in the long run that average investors miss. And if computers miss them too, I doubt the best few percent of investors will be retired anytime soon.

2018年2月8日木曜日

かつて私も早すぎた(ハワード・マークス)

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前回の投稿につづいて、ハワード・マークスの最新メモから、これで最後の引用です。(日本語は拙訳)

経済活動が好調な時期には、リスクが頭をもたげることはなく、リスクを取る者が大儲けします。そしてリスクの小さな別の候補はリターンの魅力に欠けるため、投資家は良識を脱ぎ捨ててしまい、「値段が高いことは、自分にとって問題ではない」と判断します。これは往々にしてあやまちとなりますが、そうなるまでに何年もかかることがあります。

箔をつけるために、その見方を支持する文章を引用します。

「マクロ的環境が今後も良好である限り、株価は『発行者の利益成長、それゆえ本源的価値の成長』を大きく上回る勢いで引き続き上昇しうる」、そのような見解に基づいているせいか、市場はきわめて快適な場所のようです。また市場参加者の中で適切な価値評価水準、つまり資産とその価格を繋ぐものに気をとめる者はごくわずかです。そのような状況が重なっていることから、私たちは「いずれ必ずや悪い結末に至る」と考えています..。

安定した経済や、低水準の金利、莫大なキャッシュフロー、楽観視著しい投資家、といった今日みられる諸要素が組み合わさることで、「巧拙どちらの投資対象にも資本は向けられ、『リスクは敬遠すべきもの』とはほとんど捉えられることのない」環境が創り出されました。

顧客向けのメモ「あなたは投資家、それとも投機家?」の中で、私がこの文章を書いたのは1997年のことです。現在の私と同じように、当時の私も慎重でした。そして「実はそれで正しかった」、そうなるまでに3年近くかかりました。これは「書いたときには間違っていた」という意味ではありません..。時期が早すぎたのです。(p. 4)

At times when the economy does well, risk doesn’t rear its head, risk-takers prosper and the returns on low-risk alternatives are unattractive, investors tend to drop their prudence and conclude that high prices aren’t a problem in and of themselves. This usually turns out to be a mistake, but it can take years.

For authority, I’ll cite a passage that seconds that view:

The market seems extremely comfortable with the proposition that as long as the macro-environment remains benign, stocks prices can continue to appreciate at rates that far outstrip the growth of their issuers’ profits, and thus the growth of their intrinsic value. Few market participants seem concerned about appropriate valuation levels - the relationship between assets and their prices - and this is a condition that we think must eventually have negative consequences. . . .

Today’s combination of a stable economy, low interest rates, enormous cash flows and strong investor optimism has created a climate in which capital is available for both good investments and bad, and in which risk is rarely seen as something to be shunned.

I wrote that in 1997, in a clients-only memo entitled “Are You an Investor or a Speculator?” I was cautionary then, like I am now. And it took almost three years for that to turn out to be correct. That doesn’t mean it wasn’t correct when it was written . . . just early.

「早すぎる」予測については、以下の過去記事でも取り上げています。

・連続正解数1回(ハワード・マークス)
・早すぎることと誤っていることが区別できないとき(セス・クラーマン)

2018年2月4日日曜日

今日の市場について両面から考える(悲観面)(ハワード・マークス)

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ハワード・マークスのメモから、前回のつづきです。(日本語は拙訳)

<悲観視すべき諸要素> 前述した楽観的要素とは反対に、悲観的なものをみると、「(a)見通しは明るいものの、悪化する恐れのあるファンダメンタル上の要因」あるいは「(b)そういった順風なマクロ的要因ゆえに高値を付けられている価格や、その価格を生み出している投資家の行動」を取り巻く要素ばかりです。

・差し迫った見通しではないにせよ、不確実さそのものを表しており、懸念を持ち始めるべき事柄が散見されます。具体的には、「長期的にみた経済の成長性が鈍化する可能性や、金利およびインフレ率が上昇する可能性、景気への刺激をねらいとしてきた金融政策が反転したことや連銀による市場操作が証券の売越しへと転じたことによる影響、自動化が進展することによる雇用に対する影響、中国の成長に依存する世界的な状況、政治および地政学的なテール・リスク[発生確率は微小ながらも、甚大な影響を及ぼすリスク]」があげられます。しかし市場が上昇するにつれ、それらの話題はいずれも取りざたされなくなったようです。

・金利は上昇していくでしょうが(ほとんどの資産クラスにおいて競争を生じさせ、資産価格が低下する理由となります)、どれだけ上がるのかはわかりません。

・マクロ的な経済環境を特徴づける要素には、「息の長い」あるいは「著しく上昇した」と表現されているものが見受けられます。たとえば現在の景気回復は、過去最長の部類に入ります。GDP成長率はこの十年間にみられた振れ幅のなかで最上位に位置しますし、利益率は平均を大きく上回っています。この状況は今後も継続し、さらには向上するかもしれませんが、その可能性は低いと思います。また「今後1年半にわたって景気は後退しない」との雰囲気がただよっていますが、もしそうなれば今回の景気回復は1850年以来最長となります。もちろん不可能ではないですが、やはりその可能性は低いと思います。

・価値評価を表す数値のほとんどが、著しく割高か(株式時価総額対GDPを示したバフェット指数や、PSR、VIX、債券利回り、プライベート・エクイティーが事業を売買する際の[収益に対する金額の]倍率、不動産における還元利回り)、あるいは史上最大級の値(PER、CAPE別名シラーP/E)を付けています。過去をふりかえると、それらの水準に至った後の経済活動は落ちこんでいました。それゆえに、今日において投資に踏み切るかどうかを判断する際には、「今回はこれまでと違う」という信念に頼らざるを得ません。

・大多数の資産クラスにおける見込みリターン率は、史上最低の水準です。

・今ここにある「低リターン率の世界」において、それでも好成績をしぼりだそうとする投資家は、私が呼ぶところの「好リスク的行動」に手を染めている状況にあります。彼らは資産を高値で買い付け、リスキーかつ貧弱に組み上げた判断を受け入れています。そのような空気の中で「慎重な」投資家が伝統的な安全基準を主張するのは、むずかしいことです。ですから、そういったリスクを是認したくない投資家は(つまり「ダンスは勘弁」な人は)、蚊帳の外でたたずむことになるかもしれません。

・その結果、私が7月に出したメモの中で「市場は高値ながらも、続伸すると思われる」と記したことに対して、好意的な反応が数多くあげられました。しかし「資産や市場が高値だと感じつつも、なお上昇する可能性があると考えるがゆえに継続保有する」、そのような行動がどれほど健全だと言えるでしょうか。「置いてきぼりを避けたい」[英略称:FOMO]ことも、投資家が大胆果敢になる大きな理由となります。ただしその行動は、もっとも危険でもあります。

・市場のみせる挙動は、投資家側がどれだけ均衡がとれているかを示唆しています。それは現実離れしている(それゆえに反転しがち)と言えるかもしれません。たとえば2017年は「S&P500が高値から安値へと下落する際に、3%以上さがったことが一度もなかった」史上初めての年でした。同様に年後半の6か月間でみたときに、VIX指数(S&P500指数のオプション価格から示唆される価格変動性の水準を示す指標)の終値が10未満となった日数が40日間を超えました。6か月間でみたときに7回以上そこまで低かったことは、過去に例がありません(ニューヨーク・タイムズ、1月14日付記事より)。

・今日では投資上の判断をくだす際に、「現金や財務省証券から得られる、お話にならない程度のリターンとくらべた相対リターン」に基づくことが多いようです。また「割高な市場はさらに進む」と信じ込み、さらには「置いてきぼりを食いたくない」との思いも影響していることでしょう。これは絶対リターンや、本源的価値と比較した上での妥当な価格に基づく行動ではありません。それゆえに現在は、私の同僚であるジュリオ・ハレラがかつて述べた状況になっています。「価値評価の技は打ち捨てられ、今やモメンタムがすべてを決める」と。(p. 2)

Negatives - As opposed to the positives listed above, most of the negatives surround either (a) positive fundamental factors that have the potential to deteriorate or (b) the high prices being paid for those macro-positives, and the investor behavior creating those prices.

* While the outlook isn’t dire, a number of subjects do represent genuine uncertainties and provide basis for concern: the possibility of slow long-term economic growth, the potential for rising interest rates and inflation, the impact of reversing stimulative monetary policy and the Fed switching to being a net seller of securities, the implications for employment as automation increases, the world’s dependence on China’s growth, and political and geopolitical tail risks. As the markets have risen, talk of all these things seems to have gone quiet.

* We know interest rates are likely to rise (creating competition for most asset classes and arguing for lower asset prices).We just don’t know by how much.

* Some of the elements characterizing the macro-economic environment can be described as “long in the tooth” or “unusually elevated.” For example, the current recovery is one of the longest ever; the GDP growth rate is at the top of the range for the last decade; and profit margins are well above average. Things like these can continue or even get better, but the odds are against it. It feels as if we may get through the next 18 months without a recession, but if we do, that’ll make this the longest recovery since the 1850s. Certainly not impossible, but against the odds.

* Most valuation parameters are either the richest ever (Buffett ratio of stock market capitalization to GDP, price-to-sales ratio, the VIX, bond yields, private equity transaction multiples, real estate capitalization ratios) or among the highest in history (p/e ratios, Shiller cycle-adjusted p/e ratio). In the past, levels like these were followed by downturns. Thus a decision to invest today has to rely on the belief that “it’s different this time.”

* Prospective returns in the vast majority of asset classes are some of the lowest in history.

* The need of investors to wring out good returns in this “low-return world” is causing them to engage in what I call pro-risk behavior. They’re paying high prices for assets and accepting risky and poorly structured propositions. In such a climate, it’s hard for “prudent” investors to insist on traditional levels of safety. Investors who don’t want to sign on for risk (that is, who “refuse to dance”) can be constrained to the sidelines.

* As a result, we see a lot of the reaction that greeted my July memo: “the market’s expensive, but I think it has further to go.” How healthy can it be when investors think an asset or market is rich but they’re holding anyway because they think it might go up some more? Fear of missing out (or “FOMO”) is one of the more powerful reasons for investor aggressiveness, and also one of the most dangerous.

* Market behavior implies a level of equanimity on investors’ part that could prove unrealistic (and thus subject to reversal). For example, 2017 was the first year in history in which the S&P 500 didn’t decline from high to low by more than 3% at least once. Likewise, in a six-month period late in the year, the VIX (an indicator of the level of volatility implied by investors’ pricing of S&P 500 options) closed below a reading of ten more than 40 days; never before had it done so more than six times in a six-month period (The New York Times, January 14).

* It appears many investment decisions are being made today on the basis of relative return, the unacceptability of the returns on cash and Treasurys, the belief that the overpriced market may have further to go, and FOMO. That is, they’re not being based on absolute returns or the fairness of price relative to intrinsic value. Thus, as my colleague Julio Herrera said the other day, “valuation is a lost art; today it’s all about momentum.”

2018年1月28日日曜日

今日の市場について両面から考える(楽観面)(ハワード・マークス)

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オークツリーのハワード・マークスが新しいメモを公開していました(1月23日付)。今回は2つの話題をとりあげています。ひとつめはおなじみの話題で「現在の市場環境について」で、もうひとつは「トランプ減税について」です。その前者の中で楽観面と悲観面に触れた箇所を、今回と次回の投稿でそれぞれご紹介します。(日本語は拙訳)

Latest Thinking [PDF] (Oaktree Capital Management)

<楽観視できる諸要素> 直近2回のメモ[先のもの後のもの]では主な話題として注意を払うべき理由に触れましたが、その一方ではっきりさせておきたいことがあります。現在の状況において楽観視できる点がいくつかあることを、私としても認識している点です。そのほとんどは、「まずは健全なるマクロ経済的見通し、それゆえにEPS増加の可能性」といったファンダメンタルズに連なる必要があります。

・米国経済は前進し続けており、2009年に始まった景気回復は史上最も長期にわたる事例に含まれます(現時点で103か月目)。また外国の諸経済も、「世界全体の成長」という稀なできごとに加わっています。各国の経済は減速せずに勢いを増しつつあるものばかりで、今すぐ失速するようには思えません。

・景気回復に過剰な進行がみられないため、いずれは不況がやってくるにせよ、極端なものとなる必然性はありません。いわば「膨張なきところに、破裂もない」わけです。

・オバマ政権時代に景気回復が思わしくなかった理由として、資本投資(回復期にしばしば過熱する領域)の水準が低調だったこともあげられます。これは、「この大統領はビジネスに興味を示さず、規制に力を入れる傾向があるようだ」と、企業が不安視したことによるものと思われます。ビジネスに対して非友好的な環境下で長期的な投資に踏み切りたいと考える者はいません。対照的にトランプ大統領は、ビジネスに好意的であり、規制緩和を進めることを明言している点は、非常に明確です。この変化によって企業経営者の間で、楽観や自信や「衝動(アニマル・スピリット)」が高まりました。それらは自己強化していく大きな可能性を有しています。それゆえに、たとえば2017年の第1-3四半期には、設備投資額が年率換算で6.2%増加しました。

・今回の税制改正によって税率が引き下げられたことで、連邦税を納める企業の手元には資金が残ることになります。また米国企業が海外に滞留させていた多額の国外利益が還流されます。その結果、企業の利益やキャッシュフロー、そしておそらくは資本投資(以下参照)においても、概して強い追い風が吹くでしょう。

・失業率は4.1%まで低下しました。この60年間でほぼ最低の水準であり、これは「完全雇用状態」に近づいていることを意味します(ただし労働市場に参加している成人の比率が、実に低い状況ですが)。余剰の労働力がほとんど残っていないため、「ここしばらくのGDP成長は賃金増へと転換され、それゆえにさらなる需要増へと回帰する」と考えるのは妥当なものと思われます。

・今日における見込みリターン率は低い数値であるものの、この低金利の状況下では妥当だとみなされています。

・世界的に低水準のインフレーションが続いていることは、各国の中央銀行がインフレを制御するために金利を上げ急ぐ必要がないことを意味します。ハイパーインフレをうかがわせる明確な理由は見当たりません。

・それゆえに、「可能性が高い」とのただし書きが付きますが、「金利は今後しばらくの間、限定された範囲でゆっくりと上昇する」と期待できるかもしれません。

・懐の中は別として、投資家の心理状態を「熱狂的」あるいは「向こうみず」とは表現できません(ただし、直近になって強くなってきてはいます)。市場では「懐疑の壁を少しずつ登る」状況が何年間も続いてきました。これは昔から言われる言い回しで、健全な上昇を表現しています。熱狂やリスク考慮不足によるものではなく、むしろ一連の問題を認知しているからこそ生じるものです。

・市場の下落を引き起こす触媒として、次のようなものが知られています。景気後退、インフレの高騰、相当な高金利、中銀による政策の大失敗、ワシントンにおける政治的な機能停止、戦争などです。しかし現在の状況ではそれらが起こる確率として、ほどほどの数値以上を当てはめることはできないと言えます。

Positives - Whereas in my last two memos I talked primarily about reasons to be cautious, I want to make it clear here that I do recognize the positives in the current situation. Most of them have to do with fundamentals - primarily the healthy macro-economic outlook and thus the potential for increasing EPS.

* The U.S. economy is chugging along, and the recovery that started in 2009 has become one of the longest in history (103 months old at this point). The rest of the world’s economies are joining in for that rare thing, worldwide growth. Most economies seem to be gaining rather than losing steam, and they don’t appear likely to run out of it anytime soon.

* Since the economic recovery hasn’t been marked by excesses to the upside, when a recession eventually does occur, it doesn’t have to be extreme. In short, no boom, no bust.

* One of the reasons for the sluggish recovery during the Obama administration was the low level of capital investment (a frequent site of excesses during recoveries). I think that was due to corporate concern over the president’s seeming indifference to business and his tendency to regulate. No one wants to make long-term investments in an inhospitable environment for business. In contrast, it’s very clear that President Trump is committed to being a pro-business president and a deregulator. This change has led to a rise in optimism, confidence and “animal spirits” among corporate executives, things that have great potential to be self-reinforcing. Thus, for example, in the first three quarters of 2017, capital spending rose at an annualized rate of 6.2%.

* The recent tax law will put money into the pockets of corporations that pay U.S. taxes by reducing their tax rate, and it will result in the repatriation of large amounts of foreign profits that U.S. companies have been holding abroad. The results will generally be very positive for corporate profits, cash flows and perhaps capital investment (see below).

* The unemployment rate is down to 4.1%, nearly the lowest level in 60 years, meaning we’re nearing “full employment” (albeit with an unusually low percentage of adults participating in the workforce). With so little employment slack remaining, it seems reasonable to think near-term GDP growth will translate into wage gains, and thus back into further increases in demand.

* Although low, today’s prospective returns are described as being reasonable in the context of low interest rates.

* The low levels of inflation worldwide mean central bankers needn’t rush to raise interest rates to restrain it. There’s no obvious reason to predict hyperinflation.

* Thus the near-term rise in interest rates - while probable - can be expected to be gradual and limited in scope.

* Except in pockets, investor psychology can’t be described as euphoric and imprudent (although it has been strengthening of late). For years the markets have been “climbing a wall of worry,” an old-fashioned phrase used to describe a healthy ascent that’s occurring not because of euphoria and risk-obliviousness, but rather despite a catalog of perceived ills.

* The known catalysts for a market downturn - recession, ballooning inflation, much-higher interest rates, major central bank missteps, a governmental breakdown in Washington, and war - can’t be assigned probabilities that are more than modest.

2017年9月24日日曜日

オークツリー式の投資手法(ハワード・マークス)

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Oaktreeのハワード・マークスが書いたメモから、2つ目の引用です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

メディアが示した反応(より一部を抜粋)

新刊を執筆するにあたって、投資家が平均以上の成績を達成するためにできることを、大きく2つに分類しました。

・「選択」、つまりよい成果が得られるものをより多く保有し、悪い成果になるものをなるべく減らすように努めること。

・「サイクルに応じた調整」、つまり市場が上昇する際にリスク・エクスポージャー(リスク資産の度合い)を増やし、下落する際にその度合いを減らすように努めること。

[席を共にしていた評論家が言ったように]「良い時期も悪い時期もない」と甘受するのは、つまり上述した後者を放棄することを意味します。実に見事な成績をあげてきたバフェットが、「他人が強欲なときには恐れるべし。他人が恐れるときには強欲たるべし」と教えてくれたにも関わらず、その評論家はどうやら次のように言いたいようです。「いついかなるときも、足並みそろえて欲深くあれ(あるいは足並みそろえて恐れをなせ)」と。

「保有資産を市場の状況に合わせて調整することで、投資成績を向上させられる」と私は痛切に感じていますし、オークツリーではそうすることができました。2005-06年には注意に注意を重ねましたし、1990-91年や2001-02年そして2008年にリーマン・ブラザーズ社が破産を申請した直後の時期には、積極果敢に行動しました。それというのも、以下の観点において論理的な判断を下しておいたからです。

・市場における振る舞い
・評価水準の度合い
・リスキーな資金の調達しやすさ
・投資家の心理や行動の状態
・強欲ならびに恐れの出現状況
・通常のマーケットサイクルでみたときの、市場が現在位置する段階

そのような取り組みと「マクロ的な予測は、オークツリーが実践する投資のカギではない」とする投資哲学上の原則とは相反するのではないかと問い質されても、「否」であると明言できます。重要なのは、それらを評価するには現状を注視することだけが必要であり、「ある将来像」を凝視する必要はない点です。

「行く末がどちらなのかわからなくとも、今どこに居るのかは是が非でも知るべき」とは、常々申し上げている言葉です。投資対象がどのように値踏みされているのか、また投資家がどのように行動しているのかを観察したところで、明日に何が起こるのか知り得るものではありません。しかしそのことは、「現在はどこにいて、それゆえに少し先までの未来を支配する勝算」について多くを語ってくれます。もっと積極的になるべきか、あるいは守備的になるべきかを読み取ることもできます。ただし「常に正確である」とは期待できませんし、当然ながら「知るや否や正しい」わけでもありません。

私と共にテレビ番組に出演していた人物が、「良い時期も悪い時期もない」と発言していました。この弁については反論の余地があります。彼が言わんとしていたことは、「現状はどの位置にあるのか判断する能力を大多数の人は欠いているので、先に述べた件は挑戦しないほうがよい」というものでした。

それが困難であるという意見には賛成です。上昇と下降から成るサイクルでは、たいていはファンダメンタル面の変化が発端となっています。また揺れ動く感情が極端な地点へと押しやります。ファンダメンタルに関する情報や感情面における影響は、だれもが同じように受けます。もしそれらに対して典型的な反応を示せば、その人のとる行動も典型的なものとなります。サイクルに従い、極端に際しては痛ましいあやまちを犯します。それとは反対にうまく対応するには、すなわち逆張りかつサイクルと逆に動くことで成功するには、第一に市場サイクルを理解することが必要です。これは、経験を積むか歴史を学ぶことを通して身に付けられます。第二に、外部からの刺激に対する感情的な反応を統制できることが必要です。これはあきらかに容易なことではありません。平均的な投資家(一例として、サイクルを極端へと駆動する人たち)がそうできれば、そこまで極端な高低には振れないはずです。しかし投資家たるもの、試みるべきです。正真正銘の逆張り派にはなれない、つまり極端に際して逆向きに行動できないのであれば(難しいのは認めますが)、それでは群衆に付き従うのを拒否してみるのはどうでしょうか。(p. 2)

Media Reaction

In working on my new book, I divided the things an investor can do to achieve above average performance into two general categories:

- selection: trying to hold more of the things that will do better and less of the things that will do worse, and

- cycle adjustment: trying to have more risk exposure when markets rise and less when they fall.

Accepting that “there is no better or worse time” simply means giving up on the latter. Whereas Buffett tells us to “be fearful when others are greedy and greedy when others are fearful” - and he’s got a pretty good track record - this commentator seems to be saying we should be equally greedy (and equally fearful) all the time.

I feel strongly that it’s possible to improve investment results by adjusting your positioning to fit the market, and Oaktree was able to do so by turning highly cautious in 2005-06 and highly aggressive in 1990-91, 2001-02 and immediately after the Lehman bankruptcy filing in 2008. This was done on the basis of reasoned judgments concerning:

- how markets have been acting,
- the level of valuations,
- the ease of executing risky financings,
- the status of investor psychology and behavior,
- the presence of greed versus fear, and
- where the markets stand in their usual cycle.

Is this effort in conflict with the tenet of Oaktree’s investment philosophy that says macro-forecasting isn’t key to our investing? My answer is an emphatic “no.” Importantly, assessing these things only requires observations regarding the present, not a single forecast.

As I say regularly, “We may not know where we’re going, but we sure as heck ought to know where we stand.” Observations regarding valuation and investor behavior can’t tell you what’ll happen tomorrow, but they say a lot about where we stand today, and thus about the odds that will govern the intermediate term. They can tell you whether to be more aggressive or more defensive; they just can’t be expected to always be correct, and certainly not correct right away.

The person who said “there is no better or worse time” was on TV with me, giving me a chance to push back. What he meant, he said, was that the vast majority of people lack the ability to discern where we stand in this regard, so they might as well not try.

I agree that it’s hard. Up-and-down cycles are usually triggered by changes in fundamentals and pushed to their extremes by swings in emotion. Everyone is exposed to the same fundamental information and emotional influences, and if you respond to them in a typical fashion, your behavior will be typical: pro-cyclical and painfully wrong at the extremes. To do better - to succeed at being contrarian and anti-cyclical - you have to (a) have an understanding of cycles, which can be gained through either experience or studying history, and (b) be able to control your emotional reaction to external stimuli. Clearly this isn’t easy, and if average investors (i.e., the people who drive cycles to extremes) could do it, the extremes wouldn’t be as high and low as they are. But investors should still try. If they can’t be explicitly contrarian - doing the opposite at the extremes (which admittedly is hard) - how about just refusing to go along with the herd?

少数厳選主義のチャーリー・マンガーは、短期的な市場の変動には目を向けずに超然とした株主でありつづけるタイプです。一方で彼の高弟ともいえるハワード・マークスは、債券や苦境にある(distressed)企業などへの投資を扱っているせいか、オーソドックスな「安く買って、高く売る」原則に従っているようです。同氏は優れた常識感覚の持ち主ですし、そのうえで今回のようなさまざまな観点から現状を診断して行動につなげることで、リターンの上積みや下落リスクの管理を図っているものと受けとめました。彼が示すように、強力な基本原則を軸として堅実な肉付けをしたり工夫を積み重ねたりすることでも、投資の世界では十分な成功をあげられるのだろうと感じました。

2017年9月12日火曜日

風船の空気について(ハワード・マークス)

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前回のメモは過去最大の反響を呼んだということで、ハワード・マークスが返歌に相当するメモを早々に公開していました。そのなかからいくつかの部分を訳付きでご紹介します。

今回とりあげる文章は、「現在の市場がどのような状況なのか」を簡潔にまとめた箇所です。最後の一言は結論の一面を見事に表現しており、文筆家としての腕前も巧妙だと感じました。(日本語は拙訳)

memo from Howard Marks: Yet Again? [PDF] (Oaktree Capital Management)

市場の状況

市場がどのように上昇してきたか私の考えを示したことに対して、多くの議論が生じました。私を指して「超弱気筋」と評する人には、強く反論しました。このメモの中で示したように、端的に言えば市場が「愚かしいほどのバブルではないが、まさに割高で、それゆえにリスキーである」ことは確実だと思います。

今日の全般的な投資環境を描写するに際して、「バブル」という言葉を使うつもりはありません。バブルが形成されて破裂した直近の2回は、1998年から2002年までと、2005年から2009年まででした。だからといって、あらゆる価格上昇はバブルまで達し、それゆえに続けて暴落がやってくることを意味するものではありません。

・現段階の市場心理を指して、「熱狂」や「有頂天」と描写することはできません。現在ただよっている不確実性や、好調な時期が次々と永遠に来るわけではないという事実を、ほとんどの人は承知しています。

・今回の回復局面では景気が過熱しなかったため、大きな不況がくる必要もありません。

・2007年に諸銀行の負債比率が到達した水準によってメルトダウンが引き起こされた様子を、私たちは目撃しました。しかし現在の水準は、その当時の一部分ほどにとどまっています。

・重要なのは、サブプライム・モーゲージやサブプライム・ローン担保証券がカギとなる要因だったことです。それらが道を誤ったことで、世界金融危機が引き起こされました。しかし影響の大きさと疑わしい程度のどちらにおいても、当時のそれらに相当するものは、今日では見当たりません。

先に記したように、現在は注意が必要な時期であって、全面的退避の時期ではありません。暴落を予期する理由はまったくありません。ただし、つらい価格訂正が訪れる可能性はあります。あるいはいつからか長期間にわたって、市場の論理に沿うことで今よりも妥当な水準へと単に下落したり、利益増の業績にもかかわらず現状維持のままであったりするかもしれません(しかしながら、我がパートナーのシェルドン・ストーンが言うように、ほとんどの場合において「風船の空気は抜けるときのほうが速い」ものです)。(p. 9)

The State of the Market

There has been a lot of discussion about how elevated I think the market is. I’ve pushed back strongly against people who describe me as “super-bearish.” In short, as I wrote in the memo, I believe the market is “not a nonsensical bubble - just high and therefore risky.”

I wouldn’t use the word “bubble” to describe today’s general investment environment. It happens that our last two experiences were bubble-crash (1998-2002) and bubble-crash (2005-09). But that doesn’t mean every advance will become a bubble, or that by definition it will be followed by a crash.

- Current psychology cannot be described as “euphoric” or “over-the-moon.” Most people seem to be aware of the uncertainties that are present and of the fact that the good times won’t roll on forever.

- Since there hasn’t been an economic boom in this recovery, there doesn’t have to be a major bust.

- Leverage at the banks is a fraction of the levels reached in 2007, and it was those levels that gave rise to the meltdowns we witnessed.

- Importantly, sub-prime mortgages and sub-prime-based mortgage backed securities were the key ingredient whose failure directly caused the Global Financial Crisis, and I see no analog to them today, either in magnitude or degree of dubiousness.

It’s time for caution, as I wrote in the memo, not a full-scale exodus. There is absolutely no reason to expect a crash. There may be a painful correction, or in theory the markets could simply drift down to more reasonable levels - or stay flat as earnings increase - over a long period (although most of the time, as my partner Sheldon Stone says, “the air goes out of the balloon much faster than it went in”).

2017年8月16日水曜日

インデックス投資も同じ道を帰る(ハワード・マークス)

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前回につづいて、ハワード・マークスによるパッシブ投資に関する話題です。(日本語は拙訳)

パッシブ投資が低額の手数料や経費ゆえに魅力的であるということは、つまりファンドの組成者は規模の大きさを強調しなければなりません。インデックス・ファンドよりも高い手数料を得るとともに利益のあがる規模に到達させようとして、ETFのスポンサーは「さらにスマート」で、しかも厳密にはパッシブでない媒体へと変更することを考えました。それゆえにETFを組成する際に、株式の分類(バリュー型か成長型か)や特性(ボラティリティーが低いか高いか)、あるいは業種や地理的な位置といった、諸々の特殊な切り口による領域からの要求を満たすようにしたのです。「成長型でいてバリューがあり、投資先として優良な企業で、株価のボラティリティーは小さく、モメンタム志向である」、これらすべてを求める人に応じたパッシブ型ETFも複数存在します。極端なところでは、次のような企業へパッシブに投資するファンドから選べるようにもなりました。経営陣の男女比に偏りが少ない企業、「聖書的責任投資」に適合した企業[=聖書の教えを遵守した企業への投資]、そして医療マリファナ、肥満解消、ミレニアル世代向け、ウィスキー及び蒸留酒といった分野に注力する企業、です。

しかし、投資を実行する媒体がそれほど狭い領域に焦点を当ててしまうと、「パッシブ」という言葉にはどのような意味があるのでしょうか。広汎な領域にわたるインデックスから逸脱すれば、まず定義の上で支障がありますし、さらに非パッシブな個別の判断が必要になってきます。個別要因を反映した保有株式を誇張するパッシブなファンドは、「スマート・ベータ・ファンド」と呼ばれています。しかし今日ではてんで尊敬されないアクティブ志向の運用者よりも、それらの株式を選択する規則を決めた人のほうが若干でもスマート(賢い)とは、一体だれが言えるのでしょうか。これはすなわち、先述したブレグマン言うところの「語義的投資」です。つまり、「株式を選択する理由は、貼り付けられたラベルをもとにしており、定量的分析によるものではない」という意味です。上述した特性のうちの多くを株式が有しているかどうか判断する絶対的基準はないことになります。

「スマートな」商品が商業的規模に達してほしいと組成者が考えている場合、「時価総額が最大規模であり、かつ流動性がもっとも高い諸々の株式」に大きく依存しがちな点が重要です。たとえばETF内にアップル社の株式が含まれていれば、実に大きな規模のファンドとなり得ます。それゆえに今日では、テクノロジー株や成長株、バリュー株、モメンタム志向、大型株、優良企業株、低ボラティリティー、配当株、レバレッジ株を看板に掲げている各種のETFには、アップル株が含まれています。

以下の文章は、バロンズ誌が今月(7月)早々の記事で触れねばならなかった見解です。

時価総額加重平均型のインデックスでは、買い手は個別の選択をせずに、すでに比重過多な(そして割高であることも多い)銘柄で満たしている。一方、比重の小さい銘柄は無視されたままである。これでは「安く買って、高く売る」の反対だ。

このところ上位の成績をおさめている銘柄は、時価総額を増大させながら、ファンドの大きなポジションを占めるようになっています。このことは、「ETFに資本が集まった際にはそれらの銘柄を大量に買い付けねばならず、株価上昇をさらに煽る」ことを意味します。それゆえに現在つづいている上昇局面では、パッシブ投資を実行する媒体の一部が自動的に買い付けるがために、構成比率が大きくて流動性の高い大型銘柄がその恩恵を受けてきました。単に割高だからといって株式購入をとどめる選択肢を有していないからです。

西暦2000年のテクノロジー株と同様、永久機関のようにみえるこの現象が、永久に働き続けることはないでしょう。もし[インデックス・]ファンドがそれらの株式をまさに放出すれば、それゆえにETFでも同じことが起こり、過度なまでに買われてきた銘柄は、過度なまでに売られる定めとなります。そして、市場が収縮する時期に売却しなければならないとしたら、過度なまでに保有している大人気銘柄を買ってくれる相手を見つけるには、インデックス・ファンドやETFは一体どこを探せばいいものでしょうか。このようにパッシブな買い付けによって生じた価格上昇は、結局は循環的なものであって永続しないだろうと思います。

最後にもうひとつ、株式市場におけるシステミックなリスクを考慮せねばなりません。ブレグマン言うところの「インデックス真っ盛りの、大規模かつ大混雑したモメンタム売買」です。S&P指数上昇に寄与する割合をますます増加させているのは、一握りの銘柄、つまりFAANG銘柄とその他若干です。つまり、株式市場の健全さが過大評価されている可能性があります。

上述したすべての要因が、パッシブな媒体、特にスマート・ベータETFが持つと考えられている有効性に対して疑問を投げかけています。

・「アップル社の株は安全株なのか。それとも、このところ好調な成績をおさめている株なのか」。その違いについて、きちんと思案している人がいるのでしょうか。
・異なるやり方を標榜している種々のパッシブな媒体に対して資金を投じている人は、自身の期待している分散効果や流動性や安全性を確保できているのでしょうか。
・個々の保有銘柄やポートフォリオ構成について慎重に分析することもなく、意思決定の対象にもせず、さらには価格によらず買い付けを実行する。そのようなプロセスへ投資家がこぞって手持ちの資金を投じる実態について、何を考えたらよいのでしょうか。

The low fees and expenses that make passive investments attractive mean their organizers have to emphasize scale. To earn higher fees than index funds and achieve profitable scale, ETF sponsors have been turning to "smarter," not-exactly-passive vehicles. Thus ETFs have been organized to meet (or create) demand for funds in specialized areas such as various stock categories (value or growth), stock characteristics (low volatility or high quality), types of companies, or geographies. There are passive ETFs for people who want growth, value, high quality, low volatility and momentum. Going to the extreme, investors now can choose from funds that invest passively in companies that have gender-diverse senior management, practice "biblically responsible investing," or focus on medical marijuana, solutions to obesity, serving millennials, and whiskey and spirits.

But what does "passive" mean when a vehicle's focus is so narrowly defined? Each deviation from the broad indices introduces definitional issues and non-passive, discretionary decisions. Passive funds that emphasize stocks reflecting specific factors are called "smart-beta funds," but who can say the people setting their selection rules are any smarter than the active managers who are so disrespected these days? Bregman calls this "semantic investing," meaning stocks are chosen on the basis of labels, not quantitative analysis. There are no absolute standards for which stocks represent many of the characteristics listed above.

Importantly, organizers wanting their "smart" products to reach commercial scale are likely to rely heavily on the largest-capitalization, most-liquid stocks. For example, having Apple in your ETF allows it to get really big. Thus Apple is included today in ETFs emphasizing tech, growth, value, momentum, large-caps, high quality, low volatility, dividends, and leverage.

Here's what Barron's had to say earlier this month:

With cap-weighted indexes, index buyers have no discretion but to load up on stocks that are already overweight (and often pricey) and neglect those already underweight. That's the opposite of buy low, sell high.

The large positions occupied by the top recent performers - with their swollen market caps - mean that as ETFs attract capital, they have to buy large amounts of these stocks, further fueling their rise. Thus, in the current up-cycle, over-weighted, liquid, large-cap stocks have benefitted from forced buying on the part of passive vehicles, which don't have the option to refrain from buying a stock just because its overpriced.

Like the tech stocks in 2000, this seeming perpetual motion machine is unlikely to work forever. If funds ever flow out of equities and thus ETFs, what has been disproportionately bought will have to be disproportionately sold. It's not clear where index funds and ETFs will find buyers for their over-weighted, highly appreciated holdings if they have to sell in a crunch. In this way, appreciation that was driven by passive buying is likely to eventually turn out to be rotational, not perpetual.

Finally, the systemic risks to the stock market have to be considered. Bregman calls "the index universe a big, crowded momentum trade." A handful of stocks - the FAANGs and a few more - are responsible for a rising percentage of the S&P's gains, meaning the stock market's health may be overstated.

All the above factors raise questions about the likely effectiveness of passive vehicles - and especially smart-beta ETFs.

- Is Apple a safe stock or a stock that has performed well of late? Is anyone thinking about the difference?
- Are investors who invest in a number of passive vehicles described in different ways likely to achieve the diversification, liquidity and safety they expect?
- And what should we think about the willingness of investors to turn over their capital to a process in which neither individual holdings nor portfolio construction is the subject of thoughtful analysis and decision-making, and in which buying takes place regardless of price?

2017年8月12日土曜日

インデックス投資において考慮すべき点(ハワード・マークス)

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ハワード・マークスの最新レターからもうひとつ、インデックス・ファンドなどのパッシブ投資に関する話題をご紹介します。今回は、彼の示す小気味よい考察に啓発されました。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

パッシブ投資及びETFについて

50年前になりますが、シカゴ大学の[経営]大学院に到着してすぐに、「市場効率性」のおかげで次のことを教わりました。第一に、資産価格はリスク調整後の利回りが妥当となるように決定されること。第二に、それに対する例外を一貫して見つけ続けられる者はいないこと、です。言い換えれば、「市場に勝つことはできない」とするものでした。私たちを教える先生たちはさらに、「各銘柄を少数ずつ買い付けることで、銘柄選定の専門家を上回る負けしらずの低コストな手段ができる」というアイデアを考え出しました。

その示唆を実践に移した人がジョン・ボーグルです。前年にバンガードを創設していた彼は、1975年に「ファースト・インデックス投資信託」を始めました。これが、商業ベースの大きさに達した最初のインデックス・ファンドです。S&P500を模倣するように設計されたその媒体は、のちに「バンガード・500・インデックス・ファンド」と改名されました。

インデックス連動あるいはパッシブ投資の考えはその後40年の間に徐々に成長し、2014年には株式投資信託における預かり資産の20%を占めるまでになりました。この10年間ほどはアクティブ運用者が概して劣った成績に甘んじていることや、ETFつまり売買の手間をより簡素にしてくれた上場投資信託が創設されたことを考慮すれば、アクティブ投資からパッシブ投資への移行は加速してきました。今日では強力な潮流となり、株式投信における全資産の37%を占めるまで拡大しています。この10年間にインデックス・ファンドやETFに流入した資金は、1兆4千億ドルでした(それに対して、アクティブ運用型の投資信託からは1兆2千億ドルが流出しました)。

投資におけるあらゆる流行と同様、パッシブ投資は次のような長所ゆえにあたたかく歓迎されています。

・ここ10年間前後をみると、パッシブなポートフォリオの成績がアクティブ投資を上回っていたこと。
・パッシブ投資であれば、インデックスに負けないことが保証されていること。
・パッシブな仕組みにかかる手数料や経費はずっと安価であり、アクティブ型の運用に対して永続的な優位を確立できること。

こういったことは、パッシブ投資やインデックス・ファンドやETFが不敗を企図したものだと述べているのでしょうか。いいえ、まったくもって違います。

・パッシブ投資家は「引けを取る」リスクからは保護されるものの、それと同時に「上回る」可能性を放棄することになる。
・アクティブ投資家の一部で近年の成績が平均に届かなかったことが、永続的ではなくて循環的なものだったことが明かされるかもしれない。
・この数年間の所産としてETFが約束している流動性は、特に高利回り債のような流動性の低い領域に投資するものほど、大規模な弱気相場での試練を受けていない。

さらに何点か、考慮に値することがあります。

まず、パッシブ投資という知恵がどこから生じたものなのか、思い出してほしいと思います。それは、「アクティブ投資家のとる行為が、妥当な資産価格を導いている」ことに信を置く点からです。だからこそ、割安なものが見当たらないことになります。しかし、株式投資の過半数がパッシブな運用によるものとなったら、一体どうなるでしょうか。おそらく価格は自由になって「妥当な水準」から発散し、割安銘柄(及び割高銘柄)が現在よりもありふれたものとなるに違いありません。それがすなわち「アクティブ運用者が勝利できる」約束とはならないものの、彼らの努力が実を結ぶために必要な条件を明らかに満たすことでしょう。

当社の顧客である年金基金で投資担当役員を務めている方から、次の質問を受けました。「うちの財務担当役員が提案してきたのですよ。アクティブ運用者はみんな放り出して、全資産をインデックス・ファンドやETFに投じようと。どうしたものですかね」。私からは単純な返答をしました。「ではその方に質問してみてください。投資する資産がどれだけの金額であれば、それを分析検討する者が皆無であっても、安心していられますか、と」。

「バスケット方式による機械的投資」によって、数兆ドルの資金が盲目的に動かされています。この呼び名は、ホライゾン・キネティクス・ファンドの[共同創業者である]スティーブン・ブレグマンが付けたものです。銘柄に対する価値評価に関してETFが疑問を抱くことはありません。すなわちファンダメンタルを分析する者がいないため、価格発見の面でなにも寄与しません。パッシブ投資へ資金がさらに移動するようであれば、アクティブ運用者のもとで働くアナリストの数は減少するでしょう。しかし同時に、パッシブ型ファンドのポートフォリオ構成を司るルールをだれが決めるのか、それについても思いを巡らせるべきです。

(この項つづく)

Passive Investing/ETFs

Fifty years ago, shortly after arriving at the University of Chicago for graduate school, I was taught that thanks to market efficiency, (a) assets are priced to provide fair risk-adjusted returns and (b) no one can consistently find the exceptions. In other words, "you can't beat the market." Our professors even advanced the idea of buying a little bit of each stock as a can't-fail, low-cost way to outperform the stock-pickers.

John Bogle put that suggestion into practice. Having founded Vanguard a year earlier, he launched the First Index Investment Trust in 1975, the first index fund to reach commercial scale. As a vehicle designed to emulate the S&P 500, it was later renamed the Vanguard 500 Index Fund.

The concept of indexation, or passive investing, grew gradually over the next four decades, until it accounted for 20% of equity mutual fund assets in 2014. Given the generally lagging performance of active managers over the last dozen or so years, as well as the creation of ETFs, or exchange-traded funds, which make transacting simpler, the shift from active to passive investing has accelerated. Today it's a powerful movement that has expanded to cover 37% of equity fund assets. In the last ten years, $1.4 trillion has flowed into index mutual funds and ETFs (and $1.2 trillion out of actively managed mutual funds).

Like all investment fashions, passive investing is being warmly embraced for its positives:

- Passive portfolios have outperformed active investing over the last decade or so.
- With passive investing you're guaranteed not to underperform the index.
- Finally, the much lower fees and expenses on passive vehicles are certain to constitute a permanent advantage relative to active management.

Does that mean passive investing, index funds and ETFs are a no-lose proposition? Certainly not:

- While passive investors protect against the risk of underperforming, they also surrender the possibility of outperforming.
- The recent underperformance on the part of active investors may well prove to be cyclical rather than permanent.
- As a product of the last several years, ETFs' promise of liquidity has yet to be tested in a major bear market, particularly in less-liquid fields like high yield bonds.

Here are a few more things worth thinking about:

Remember, the wisdom of passive investing stems from the belief that the efforts of active investors cause assets to be fairly priced - that's why there are no bargains to find. But what happens when the majority of equity investment comes to be managed passively? Then prices will be freer to diverge from "fair," and bargains (and over-pricings) should become more commonplace. This won't assure success for active managers, but certainly it will satisfy a necessary condition for their efforts to be effective.

One of my clients, the chief investment officer of a pension fund, told me the treasurer had proposed dumping all active managers and putting the whole fund into index funds and ETFs. My response was simple: ask him how much of the fund he's comfortable having in assets no one is analyzing.

As Steven Bregman of Horizon Kinetics puts it, "basket-based mechanistic investing" is blindly moving trillions of dollars. ETFs don't have fundamental analysts, and because they don't question valuations, they don't contribute to price discovery. Not only is the number of active managers' analysts likely to decline if more money is shifted to passive investing, but people should also wonder about who's setting the rules that govern passive funds' portfolio construction.

2017年8月8日火曜日

投資家が見せる、ある種の楽観(ハワード・マークス)

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前回ご紹介したハワード・マークスのレターの続きです。(日本語は拙訳)

強気相場を牽引するそれら最強銘柄の株価は、必ずや完璧な金額にまで到達します。しかし多くの場合、やがてはその企業の完璧さが幻想あるいは儚い(はかない)ものだったことがわかります。ニフティー・フィフティーに含まれていた「不敗銘柄」とされた企業のなかには、市場で生じた巨大な変化によって最終的には機能不全となった会社もありました。コダック、ポラロイド、ゼロックス、シアーズ、シンプリシティー・パターン(当時は自分の衣服を自身で裁縫する人が多かったのですが、わかりましたか)の各社です。それはまさしく、投資家の出した資金を蒸発させるためにも完璧でした。またそれだけではなく、成功していた企業の株価のほうも、より標準に近い倍率へと回帰しました。その結果、株式から得られる利益率は平均未満となったのです。

高い倍率へと株価が力強く上昇すると、少数の銘柄が強気相場における牽引役となります。しかしそのあとには価格の反転訂正がつづき、最大の損失を背負うことになる例がよくみられます。肯定的な雰囲気の中でものごとがうまく進んでいると、そのような展開になる可能性が難なく見逃されてしまうのです。

最後になりますが、「市場におけるテクニカルな要因のおかげで、牽引者たる株式を猛烈に買う行為が、終わることなく継続する」現象を説明する解釈がたびたび生じています。つまり「最高上昇率の銘柄がその座を保ち続ける」という意味です。たとえば1990年代終盤のテクノロジー銘柄のバブルの際には、投資家の間で次のような結論が下されました。

・株価が好調なため、その企業はこれからも資本を惹きつける。
・テクノロジー業界の企業及びその株式は最高の成績をあげているため、今後もまちがいなく新規購入資金における不釣り合いなまでの割合を惹きつける。
・テクノロジー株が際立った上昇率をみせたことで、さらに多くのテクノロジー銘柄が株式インデックスへ追加される。
・それによってインデックス・ファンドや隠れインデックス実践者は、購入資金のなかからこれまで以上の割合をテクノロジー株へと振り向ける必要が生じる。
・インデックスの利回りに遅れまいとして、ベンチマーク主導型のアクティブ運用者はテクノロジー株の保有割合を増やさざるを得なくなる。
・それゆえに、テクノロジー株が購入資金のなかで占める割合は増える一方で止むことをしらず、さらには平均成績を上回り続けることも確実である。

これをして、「好循環」あるいは「永久機関」と呼ぶ人がいるかもしれません。強気相場にあって、投資家の想像力を焚きつける種類の考えです。しかし「永遠に続く」と謳う論理は、ときにはそれ自身の重みゆえに、崩壊する定めにあります。西暦2000年がそうだったように。

投資において考慮すべき最も重要な点には、直観に反するものがたくさんあります。そのひとつが、「他のものを永久に上回りそうな市場やニッチやグループは存在しない」ことを理解できる力です。人間の性質から言って、「最高」とされるものはなんであれ、輝かしいファンダメンタルを有していることを考慮しても、行き過ぎた高値になる定めにあります。それゆえにファンダメンタルが現状維持であっても、高すぎる金額に達している株価の成績は平凡な数字になります。そして実は最高ではなかったことがわかったり、あるいは事業が失速し始めれば、ファンダメンタルの低下と株価倍率の減少が二重に襲いかかり、ひどく痛ましい事態がやってくるかもしれません。

"FAANG"の各社が抜群ではないとか、上にあげたような結末を迎えるであろうと言っているわけではありません。ただ、そういった企業が現在高い地位にあることが、「投資家が見せる、ある種の楽観」を示す兆候だと言っているだけです。これは、私たちが注視すべき点です。

The super-stocks that lead a bull market inevitably become priced for perfection. And in many cases the companies' perfection turns out eventually to be either illusory or ephemeral. Some of the "can't lose" companies of the Nifty Fifty were ultimately crippled by massive changes in their markets, including Kodak, Polaroid, Xerox, Sears and Simplicity Pattern (do you see many people sewing their own clothes these days?). Not only did the perfection that investors had paid for evaporate, but even the successful companies' stock prices reverted to more-normal valuation multiples, resulting in sub-par equity returns.

The powerful multiple expansion that makes a small number of stocks the leaders in a bull market is often reversed in the correction that follows, saddling them with the biggest losses. But when the mood is positive and things are going well, the likelihood of such a development is easily overlooked.

Finally, a rationale often arises to the effect that, thanks to market technicals, investors' powerful buying of the leading stocks is sure to continue non-stop, meaning they can't help but remain the best performers. In the tech bubble of the late 1990's, for example, investors concluded that:

- stocks were doing so well that they would continue to attract capital,
- since tech companies and tech stocks were the best performers, they were sure to continue attracting a disproportionate share of the new buying,
- the superior performance of the tech stocks would cause more of them to be added to the stock indices,
- this would require index funds and closet indexers to direct a rising share of their buying to tech stocks,
- in order to keep up with the returns on the indices, benchmark-conscious active managers would have to respond by increasing their tech stock holdings, and,
- thus tech stocks couldn't fail to attract an ever-rising share of buying, and were sure to keep outperforming.

You can call this a virtuous circle or a perpetual motion machine. It's the kind of thing that fires investors' imaginations in a bull market. But the logic that says it will work forever always collapses, sometimes just under its own weight, as was the case in 2000.

Many of the most important considerations in investing are counterintuitive. One of those is the ability to understand that no market, niche or group is likely to outperform the others forever. Given human nature, "the best" will always come eventually to be overpriced, even for their stellar fundamentals. Thus even if the fundamentals hold up, the stocks' performance from those too-high prices will become ordinary. And if they turn out not really to have been the best - or if their business falters - the combination of fundamental decline and multiple contraction can be really painful.

I'm not saying the FAANGs aren't great, or that they'll suffer such a fate. Just that their elevated status today is a sign of the kind of investor optimism for which we must be on the lookout.

2017年8月4日金曜日

最強銘柄が選出されるとき(ハワード・マークス)

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ハワード・マークスが新しいメモを7月末に公開していました。彼は2冊目の著作を現在執筆中で、来年刊行の予定だそうです。新刊で扱うテーマは「周期」で、今回のメモでもその種になる話題が含まれているとのことです。そのこともあったのでしょう、「いつもの2倍」ほどの長さになったメモは正味22ページあり、現状に対して彼が感じている想いやその元となる事実が、さまざまな観点から書き連ねてあります。彼は「未来を予測するものではなく、きざしを示すだけ」だと表明していますが、個人的にはそのほうがありがたいです。今回のメモは通読する価値があります。

さて今回からの投稿では、メモの一部をご紹介します。はじめに、"Super-Stocks"(最高の株式銘柄)と題した一節を取り上げます。原文は以下のリンク先にあります。(日本語は拙訳)

There They Go Again... Again [PDF] (Oaktree Capital Management)

最高の株式銘柄

強気相場というものは、株式のなかから「最強の銘柄」とされる一群が選出されることによって特徴づけられることがよくあります。一群の周囲をただよう魅惑的な伝説は、他の要因と相まって株価上昇の機運を支えます。その現象が極端な段階にまで達すれば、毎度のことながらも4ページ目に列挙したようなブームの際にみられる要素を、ある程度満たすようになります。たとえば以下のようなものです。

・「中断する術を持たない好循環」を信用すること。
・「企業の持つ本質的な強みを考慮すれば、株価が高すぎることはない」と確信すること。
・そのような肯定的見解を無制限に外挿することに対して、投資家みずからが疑念を抱かないこと。

現在起こっている循環をみると、"FAANG"(フェイスブック、アマゾン、アップル、ネットフリックス、社名を変更してアルファベットとなったグーグル)によって代表されるテクノロジー企業の小集団へそれらの特徴が当てはまります。どの企業も秀でたビジネス・モデルを誇示し、市場では比類なきリーダーシップを露わにしています。ここでもっとも重要なのは、「各社は未来を手中にしており、それゆえにこれからも勝者たること必至」とみなされている点です。

好循環が続いている間は、たしかにその通りです。まさしく1960年代のニフティー・フィフティー銘柄がそうだったように。はたまた70年代の石油株や80年代のハードディスク会社、90年代のテクノロジー・メディア・通信会社がそうだったように。しかしそれらの時代には、次のようなことが生じました。

・予期せぬ形で環境が変化した。
・ビジネス・モデルの新規性ゆえに隠れていた欠陥が明らかになった。
・競争が激化した。
・卓越したコンセプトが事業運営上の弱さを招いた。
・企業のファンダメンタルがいかに優れていても、株価が割高となって巨額の損失をもたらした。

FAANGの各社は実にすばらしい企業で、急速に成長しています。また(競合が存在する領域では)、敵を粉砕しています。しかしながら、なかには利益率の高くない企業がありますし、売上高と比較して利益の伸びが鈍化している企業もあります。「明日の超優良企業」と断言できる会社もありますが、各社すべてがそうだと言えるでしょうか。向かうところ敵なしで、成功するのは絶対確実なのでしょうか。

そういった企業の株を投資家が購入する際の株価は、当該企業が現在あげている利益の30年分以上になるのが普通です。明らかな理由があるからこそ、少し先までの成長見通しに胸躍らせるのでしょうが、それでは長期的に見たときにその利益水準は持続するものでしょうか。利益に対して高い倍率の値段がついている株式の場合、その価値の多くは必然的に「長期」の位置を占めるわけです。[息子の]アンドリューの指摘では、iPhoneが世に出てからちょうど10年ですし、インターネットが広く使われるようになってから20年は経過していません。このことから次の疑問が浮かび上がります。「テクノロジーに資金を投じる投資家は、本当に未来を観通せるのか。それゆえに、長期的な収益力に関して抱いている楽観的な各種の仮定、それらが総合された購入金額に対してどれだけの幸福を感じたらよいのか」。もちろんですが、まだまだ若いそれらの企業にとって最上の時はこれからやってくることを、単純に意味しているだけなのかもしれません。

この話題に関する一節を、ある企業が株主向けに書いた1997年度のレターから引用します。

私たちは、数多くの重要な戦略的パートナーと長期的な提携関係を結びました。そのなかには、アメリカ・オンライン、ヤフー、エキサイト、ネットスケープ、ジオシティーズ、アルタビスタ、アット・ホーム、プロディジーの各社が含まれています。


上の文に出てくる「重要な戦略的パートナー」のうち、現在も意味のある形で存在している企業は何社あると思われますか(重要なのか、あるいは戦略的なのか、という疑問は別として)。正解は0社です(ヤフー社はその条件を満たしていないはずだと考えるのであれば、正解は1社となるでしょう)。この文章は、アマゾン社の1997年度の年次報告書から抜粋したものです。つまるところ、将来とは予測できないものであり、小さな欠陥に無縁なものや企業なぞ存在しないのです。(p. 6)

(この項つづく)

Super-Stocks

Bull markets are often marked by the anointment of a single group of stocks as “the greatest,” and the attractive legend surrounding this group is among the factors that support the bull move. When taken to the extreme - as it invariably is - this phenomenon satisfies some of the elements in a boom listed on page four, including:

- trust in a virtuous circle incapable of being interrupted;
- conviction that, given the companies’ fundamental merit, there’s no price too high for their stocks; and
- the willing suspension of disbelief that allows investors to extrapolate thse positive views to infinity.

In the current iteration, these attributes are being applied to a small group of tech-based companies, which are typified by “the FAANGs”: Facebook, Amazon, Apple, Netflix and Google (now renamed Alphabet). They all sport great business models and unchallenged leadership in their markets. Most importantly, they’re viewed as having captured the future and thus as sure to be winners in the years to come.

True as far as it goes … just as it appeared to be true of the Nifty-Fifty in the 1960s, oil stocks in the '70s, disk drive companies in the '80s, and tech/media/telecom in the late '90s. But in each of those cases:

- the environment changed in unforeseen ways,
- it turned out that the newness of the business model had hidden its flaws,
- competition arose,
- excellence in the concept gave rise to weaknesses in execution, and/or
- it was shown that even great fundamentals can become overpriced and thus give way to massive losses.

The FAANGs are truly great companies, growing rapidly and trouncing the competition (where it exists). But some are doing so without much profitability, and for others profits are growing slower than revenues. Some of them doubtless will be the great companies of tomorrow. But will they all? Are they invincible, and is their success truly inevitable?

The prices investors are paying for these stocks generally represent 30 or more years of the companies' current earnings. There are clear reasons to be excited about their growth in the near term, but what about the durability of earnings over the long term, where much of the value in a high-multiple stock necessarily lies? Andrew points out that the iPhone is just ten years old, and twenty years ago the Internet wasn't in widespread use. That raises the question of whether investors in technology can really see the future, and thus how happy they should be paying prices that incorporate optimistic assumptions regarding long-term earnings power. Of course, this may just mean the best is yet to come for these fairly young companies.

Here's a passage from one company's 1997 letter to shareholders:

We established long-term relationships with many important strategic partners, including America Online, Yahoo!, Excite, Netscape, GeoCities, AltaVista, @Home, and Prodigy.


How many of these "important strategic partners" still exist in a meaningful way today (leaving aside the question of whether they're important or strategic)? The answer is zero (unless you believe Yahoo! satisfies the criteria, in which case the answer is one). The source of the citation is Amazon's 1997 annual report, and the bottom line is that the future is unpredictable, and nothing and no company is immune to glitches.

2017年7月18日火曜日

予測に関する5つの警句(ハワード・マークス)

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ハワード・マークスが1月に書いたレターから、最後のご紹介です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

最後に特別付録です。予測のことを話題にした引用文ばかりを、私は40年来収集して(再利用もして)きましたが、その中から珠玉の5本をご紹介します。全体としてみれば、今回の主題について語るべき内容が事実上すべて盛り込まれています。

未来を予測する者たちは、2つの種族に分けられる。物事をわかっていない者たちと、自分が物事をわかっていないことを理解していない者たちだ。
(ジョン・ケネス・ガルブレイス[経済学者])

どれだけ洗練させようとも、「みずからが持つあらゆる知識は過去についてであり、みずからが下すあらゆる判断は未来についてである」という事実の重みを減じることはない。
(GE社の元重役イアン・ウィルソン)

予測をすると、未来がわかるという幻想が生まれる。
(ピーター・バーンスタイン[著述家、経済学者])

予測というものは、未来よりも予測者について語ってくれることが多い。
(ウォーレン・バフェット)

未来のことなど考えないですよ。すぐにやってきますから。
(アルバート・アインシュタイン)


Bonus section: I’ve been collecting (and recycling) quotations for almost forty years, more of them concerning forecasts than anything else. Here are five of the very best. Together they say virtually everything that has to be said on the subject:

We have two classes of forecasters: Those who don’t know – and those who don’t know they don’t know.
– John Kenneth Galbraith

No amount of sophistication is going to allay the fact that all of your knowledge is about the past and all your decisions are about the future.
– Ian Wilson (former GE executive)

Forecasts create the mirage that the future is knowable.
– Peter Bernstein

Forecasts usually tell us more of the forecaster than of the future.
– Warren Buffett

I never think of the future – it comes soon enough.
– Albert Einstein

2017年7月16日日曜日

自分を向上させたいのであれば(ハワード・マークス)

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オークツリーのハワード・マークスが1月に書いたレターから引用が続きます(前回分はこちら)。常識感覚に富んでいて、良い文章です。(日本語は拙訳)

第一に、1年前にウォーレン・バフェットと夕食を共にしたとき、彼が次のように指摘した件です。「そういった情報に追い求める価値があるとしたら、それが重要なものであり、さらに[客観的に]認知できるものでなければいけませんよ」。今日の投資家はマクロ的な未来に対する識見をかつてないほど要求しています。それが重要だからです。つまり市場を動かすからです。ところが、ここで待ったがかかります。私もそうですが、「その手のものはかなりの部分が認知できない」とウォーレンはみているのです。それらに基づいて彼が投資の行動を起こすことは稀ですし、オークツリーでも同様です。

第二に、先ほど取り上げたメディアに関するObserver[ウェブサイト]の記事にあった極めつけの段落をここに含めたいと思います。圧巻です。

「自分を向上させたいのであれば」、とエピクテトス(1世紀のギリシャ人哲学者)がかつて言った。「畑違いのことについては、無知か愚鈍に見えるよう、みずから進んで振る舞うこと」。現代のような相互接続おびただしい24時間休日なしのメディア漬けの世の中では、「私にはわかりません」と答えるのが、我々の取り得る最強の一手だろう。あるいはもっと挑発的に、「それがどうかしましたか」と。もちろん全てというわけではないが、ほとんどはそうだと言える。なぜならば、ほとんどのことは問題とは言えないし、ほとんどのニュースには追いかける価値がないからだ。(強調部は原著者ハワード・マークスによるもの)(p. 11)


First, I had dinner with Warren Buffett about a year ago, and he pointed out that for a piece of information to be worth pursuing, it should be important, and it should be knowable. These days, investors are clamoring more than ever for insights regarding the macro future, because it’s important: it moves markets. But there’ s a hitch: Warren and I both consider these things largely unknowable. He rarely bases his investment actions on them, and neither does Oaktree.

Second, I want to include a final paragraph from the Observer article about the media that I mentioned earlier. I think it’s golden:

“If you wish to improve,” Epictetus [first-century Greek philosopher] once said, “be content to appear clueless or stupid in extraneous matters.” One of the most powerful things we can do as a human being in our hyperconnected, 24/7 media world is say: “I don’t know.” Or more provocatively, “I don’t care.” Not about everything, of course – just most things. Because most things don’t matter, and most news stories aren’t worth tracking. (Emphasis added)

2017年7月14日金曜日

電子が感情を持ち合わせていたら(ハワード・マークス)

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前回につづいて、ハワード・マークスのレターから短い文章ですが引用します。「予測」に関する話題です。(日本語は拙訳)

未来については、事実というものは存在しません。あるのは、ただの見解です。自分が予想したマクロ的な将来を心底から断言する人は、無知ゆえの発言なのか、それとも自信過剰か、あるいは嘘をついているのか、いずれもみずからの先見性を誇張しています。

経済や金利や通貨や市場の動向は、科学的なプロセスに従った結果として進展するものではありません。そこには感情や弱さや偏向をいだいた人間が介在するので、大幅に予測不能なものが形成されます。物理学者のリチャード・ファインマンは、かつて次のように述べました。「それぞれの電子が感情を持ち合わせていたら、物理学はどれだけ難しくなるんだろうね」と。

不確実なことに対する予測に基づいて大胆な行動に出るのは、単に筋ちがいなだけではなく、危険なやりかたです。マーク・トウェインは次のように言っています。「やっかいごとになるのを知らないのが問題ではない。確信していたのに当たらないのが問題なのだ」。(p. 9)

There are no facts about the future, just opinions. Anyone who asserts with conviction what he thinks will happen in the macro future is overstating his foresight, whether out of ignorance, hubris or dishonesty.

Developments in economies, interest rates, currencies and markets aren’t the result of scientific processes. The involvement in them of people – with their emotions, foibles and biases – renders them highly unpredictable. As physicist Richard Feynman put it, “Imagine how much harder physics would be if electrons had feelings!”

Taking bold action based on forecasts of things that are uncertain isn’t just misguided; it’s dangerous. As Mark Twain said, “It ain’t what you don’t know that gets you into trouble. it’s what you know for certain that just ain’t true.”

蛇足ですが、とんちんかんな発言を見聞きしたときには、わたし自身も上記のような二者択一(無知あるいは嘘つき)でとらえているので、上の文章には共感できました。

2017年7月12日水曜日

時間の無駄かもしれない(ハワード・マークス)

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Oaktreeのハワード・マークスが1月に書いたレターは、「専門家の見解(Expert Opinion)」と題したものでした。「専門家による予測は、あまり当てにならない」とする主旨が、彼らしい実際的な視点から説明されていました。そのなかで気に入ったいくつかの箇所を、少しずつ引用してご紹介します。原文のリンク先は以下のとおりです。(日本語は拙訳)

memo from Howard Marks: Expert Opinion [PDF] (Oaktree Capital Management)

息子アンドリューの助力を得て、メディアが及ぼす効果を解き明かしてみました。

・あるできごとに関心を持ち続ける人は、「その件へ積極的に関わっていると共に十分な情報を得ている」と感じるようになります。
・情報を得ていると自覚する人は、自信をもって考えたり、行動したりするものです。
・しかしメディアに登場する評論家であっても、他の人と同程度の洞察力しかないことがよくあります。
・それはともかく人間とは、自分の考えに逆らう内容ではなく、自分の信念を支持する内容を発するメディアへと関心を寄せがちです。
・それがために、メディアに登場する専門家に耳を傾けるのは、楽しいひとときではあるものの、知性の点からすると時間の無駄と言えるかもしれません。(p. 4)

My son Andrew has helped me dope out the media effects:

- Following events makes people feel they're actively involved in them and well informed.
- People think and act with more confidence when they consider themselves informed.
- But the media pundits often are no more insightful than the rest of us.
- And anyway, people tend to follow media outlets that confirm their beliefs rather than challenge them.
- Thus following the media experts, while entertaining, can be a waste of time intellectually.

参考となる過去記事としては、確証バイアスの話題になったときによくご紹介している「ダーウィンの『逆ひねり』」があります。さらに今回は別の記事、「動物はパターンを見つけずにはいられない」も挙げておきます。

2016年3月28日月曜日

大幅な価格下落は何を意味するのか(ハワード・マークス)

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ハワード・マークスのメモから、さらに引用します。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

価格が大きく下落することは何を意味しているでしょうか。ファンダメンタルが悪化したと市場に参加する人たちが感じている、それを意味しています。ですが価格下落は反射的なものであって、予見的なものではありません。過去に起きたこと、投資家がそれに対してどう反応したのか、それらについては語ってくれます。一方、平均的な投資家が将来のことについてわかっていない、そのことについては何も語りません。ですから、「平均的な投資家はよくわかっていないし、平均的な意見に従っても平均以上の成績をあげるには役に立たない」、私はその二つを強く確信しています。

このメモをお読みになっている方は、平均的な投資家よりも良い成績をあげたいと望む方ばかりでしょう。2014年4月に書いたメモ「傑出せんとする(その2)」[過去記事]や、拙著『投資で一番大切な20の教え』で記した「二次的思考」の話題において、それを達成するには平均的投資家とは異なるやりかたで投資しなければならないと書き始めました。そのためには平均的投資家とは違った考えをする必要がありますし、さらにそのためには平均的投資家とは違った情報を使って検討したり、違う見方で情報をとらえることを意識しなければなりません。市場の挙動が示すシグナルに単純に従うわけにはいかないのです。

これは論理的に考えれば済むことです。つまり価格動向が平均的な見方を反映しているときは、その前提となった助言に従ったところで、平均以上の成績をあげる役には立ちません。(p.5)

What do big price declines mean? They mean market participants sense fundamental deterioration. But what price declines say is reflective, not predictive. They tell you about the events that have occurred, and how investors have reacted to them. They don't tell you anything that the average investor doesn't know about future events. And, again, I'm firmly convinced (a) the average investor doesn't know much, and (b) following average opinion won't help you attain above average results.

Most of my readers want to perform better than the average investor. As I've set out in "Dare to Be Great II" (April 2014) and in the discussion of "second level thinking" in my book The Most Important Thing, to accomplish that, you have to invest differently than the average investor. To do that, you have to think differently than the average investor. And to do that, you have to consider different inputs than the average investor, or consider inputs differently. You simply can't follow the signals their behavior provides.

It's a matter of logic: if price movements reflect average opinion, following their supposed advice can't help you perform above average.

2016年3月26日土曜日

市場の意見に耳を傾けるべきか(ハワード・マークス)

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ハワード・マークスのメモから、ひきつづき引用します。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

協調しあうものがあるとすれば、それは感情だと思います。それは群衆行動や集団ヒステリーの中に組み込まれているので、たとえば1万名もの人たちがパニックになれば、その感情は雪だるまのように膨らむでしょう。お互いに影響しあうことで感情が増幅されるため、市場全体としてみたパニックの水準は、個々人それぞれのものより大きくなるかもしれません。この件はのちほど改めてとりあげます。

ここで、投資において一番重要な目標を考えてみます。それは安く買うことです。なにかを買う際には、根底にある資産や利益の価値よりも(すなわちバリュー投資)、あるいは将来の可能性よりも(すなわちグロース投資)過小評価された値段で買いたいものです。どちらにおいても、市場がまちがって捉えている対象を探し求めます。「市場は常に正しい」と考えるのならば、つまり効率的市場仮説ですが、アクティブ投資家としては生きていけないでしょう。しかし現にそうして生きているのですから、市場が示す合意よりも自分たちのほうがよくわかっていると信じるべきだと思います。ですから当然ながら、「市場つまり総体としてみた自分以外の全投資家が、なんでも知っている、もしくは自分以上に知っている、あるいは常に正しい」と考えるべきではありません。これが第二の要点です。

第三の要点は論理的に導かれます。「自分よりもわかっていない人々から指示を受ける必要があるのだろうか」。以前に書いたメモ「ソファに腰かけて」の文中で、「客観的で理にかなったニュートラルで安定したポジション、投資家がそのようなポジションを維持できることは稀である」と述べました。みなさんはその意見に対して賛否のどちらでしょうか。市場とは、客観的かつ合理的なファンダメンタル分析家でしょうか。それとも投資家の感情を示す度合いでしょうか。今日の市場がとる行動は、成熟した大人が模倣すべきものだと思えるでしょうか。

私からすれば、はっきりしています。判断力の面では、市場は平均以上の能力を持っていません。しかし感情面で平均以上になることはよくみられます。だからこそ市場の判断に従うべきではないのです。事実、逆張り派の哲学は「概して言えば、群集のとる行動と反対にせよ。極端な時期にはなおさらである」という前提に基づいています。私の好むやりかたです。(p.2)

If anything, I think it's emotion that's synergistic. It builds into herd behavior or mass hysteria. When 10,000 people panic, the emotion seems to snowball. People influence each other, and their emotions compound, so that the overall level of panic in the market can be higher than the panic of any participant in isolation. That's something I'll return to later.

Now let's think about the first goal of investing: to buy low. We want to buy things whose price underestimates the value of the underlying assets or earnings (value investing) or the future potential (growth investing). In either case, we're looking for instances when the market is wrong. If we thought the market was always right - the efficient market hypothesis - we wouldn't spend our lives as active investors. Since we do, we'd better believe we know more than the consensus. So by definition we must not think the market - that is, the sum of all other investors - knows everything, or knows more than we do, or is always right. That's point number two.

And that leads logically to point number three: why take instruction from a group of people who know less than you do? In "On the Couch," I wrote that it all seems obvious: investors rarely maintain objective, rational, neutral and stable positions. Do you agree with that or not? Is the market a clinical and rational fundamental analyst, or a barometer of investor sentiment? Does the market's behavior these days look like something a mature adult should emulate?

It seems clear to me: the market does not have above average insight, but it often is above average in emotionality. Thus we shouldn't follow its dictates. In fact, contrarianism is built on the premise that we generally should do the opposite of what the crowd is doing, especially at the extremes, and I prefer it.

2016年3月24日木曜日

市場は何を理解しているのか(ハワード・マークス)

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前回取りあげたハワード・マークスが書いたメモから、続きの文脈にあたる箇所を引用します。(日本語は拙訳)

それでは、市場は何を理解しているのでしょうか。この目的において大切なのは、「市場としての」洞察のようなものは実際には存在しないと理解することです。たしかに市場には多くの人が参加しています。しかし市場とは、その参加者の集合以上のものではありません。彼らが持つ知識の総計以上のことは「知って」いないのです。

この点は非常に大切です。「市場は、参加者の抱く洞察すべてを超えた特別な識見を有している」と考える方がおられましたら、私の考えとは根本的に相容れません。群集が協調して考えるわけではないのです。私が思うに、市場の有する投資上のIQが参加者の平均IQより高いことはありません。取引を行うだれもが、ある時点における資産価格を決める際に、売買数量に応じた票を投じるのです。

価格を決めるその時には、あらゆる異なったレベルの能力を持つ人たちが共に行動します。知識や経験、判断力、感情的傾向のすべての面において違っているわけです。しかし市場は、そういった何かに卓越した特定の人物に対して、他の人以上の影響力を与えることはしません。短い間では特にそうです。「市場価格とは、市場参加者の平均的な判断力を反映しただけのもの」というのが、この件に関する私の結論です。これが第一の要点です。(p.1)

So, what does the market know? First it's important to understand for this purpose that there really isn't such a thing as "the market." There's just a bunch of people who participate in a market. The market isn't more than the sum of the participants, and it doesn't "know" any more than their collective knowledge.

This is a very important point. If you believe the market has some special insight that exceeds the collective insight of its participants, then you and I have a fundamental disagreement. The thinking of the crowd isn't synergistic. In my view, the investment IQ of the market isn't any higher than the average IQ of the participants. And everyone who transacts gets a volume-weighted vote in setting an asset's price at a given point in time.

People of all different levels of ability act together to set the price. They vary all over the lot in terms of knowledge, experience, insight and emotionalism. The market doesn't give the ones who are superior in these regards any more influence than the others, especially in the short run. My bottom line on this subject is that the market price merely reflects the average insight of the market participants. That's point number one.

2016年3月22日火曜日

日々の市場とは(ハワード・マークス)

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オークツリーの会長ハワード・マークスが書いたメモを1月にご紹介した直後に、彼が追加のメモを公開していました(1月19日付)。一部を引用してご紹介します。年明け早々から下落した市場を念頭に置いた文章です。(日本語は拙訳)

What Does the Market Know? [PDF] (Oaktree Capital Management)

下落している最中には特にみられることですが、「市場には知性がある」と多くの投資家が考え、何が起こっているのか、またどうしたらよいのか教わりたがるようになります。これも最大の過ちのひとつです。ベン・グレアムが指摘したように、日々の市場とはファンダメンタルの分析家ではなく、投資家の心情を測る基準にすぎません。ですから、市場の動きをあまり真剣に受け止めるべきではないのです。ファンダメンタルズの面で実際に何が起きているか、市場参加者はそれについて限られた洞察しか有していません。売り買いの背後には知性があるのかもしれませんが、彼らが感情的になって揺れ動くことで、いずれも曖昧模糊となっています。ですから、このところ続いている世界的な下落を解釈して、市場がこれからやってくる厳しい時期を「感知している」と考えるのは誤っていると思います。

Especially during downdrafts, many investors impute intelligence to the market and look to it to tell them what's going on and what to do about it. This is one of the biggest mistakes you can make. As Ben Graham pointed out, the day-to-day market isn't a fundamental analyst; it's a barometer of investor sentiment. You just can't take it too seriously. Market participants have limited insight into what's really happening in terms of fundamentals, and any intelligence that could be behind their buys and sells is obscured by their emotional swings. It would be wrong to interpret the recent worldwide drop as meaning the market "knows" tough times lay ahead.

2016年2月8日月曜日

金融危機当時と異なる点(ハワード・マークス)

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さきに取りあげたハワード・マークスのメモから、もう一か所引用します。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

経済及び株式市場のいずれにおいても、熱狂にまでは至っていません。ですから、それらが破裂するさだめにあるとは思いません。ほとんどの企業は設備拡張に格別躊躇しており、売上が横ばいあるいは低下しても痛打されないだろう、と考えるからです。

民間部門における借入れ依存度は減少しました。特に当てはまるのが銀行です。金融危機前には借入の規模が自己資本の30倍以上の領域にありましたが、今日では2桁下辺まで低下しました。さらに今日の銀行は、自己勘定でむこうみずな投資を行うことを禁じられています。

最後にあげたいのが、金融危機で主要な悪役を演じたのはサブプライム・ローン証券だったことです。それを生み出した原材料、つまり根底にある住宅ローンはそもそも好ましからぬもので、嘘で偽られたことも多々ありました。住宅ローンを組み入れたその証券は借入比率を高めて組成されていたのですが、不合理なほど高い格付けが付与されたのです。そのため、銀行が保有するポートフォリオ中へリスクの大きなトランシェ[=部分]が含まれることとなり、彼らが支援を必要とする原因となりました。しかし今回は脆弱さと規模の組み合わせという観点に立つと、サブプライム・ローンや不動産担保証券に相当するものが見当たりません。その点が重要だと思います。(p.14)

We haven't had a boom (either in the economy or in the stock market), so I don't think we're fated to have a bust. Because most businesses have been particularly loath to expand their facilities, I don't think they'll be slammed if revenues flatten or turn down.

The leverage in the private sector has been reduced. This is particularly true of the banks, where leverage has gone from the region of 30+ times equity before the crisis to very low double digits today. And, of course, banks are now barred from investing adventurously for their own account.

Finally, the main villain in the crisis was sub-prime mortgage backed securities. The raw material - the underlying mortgages - was unsound and often fraudulent. The structured mortgage vehicles were highly levered and absurdly highly rated. And the risky tranches ended up in banks' portfolios, causing them to require rescues. Importantly, this time around I see no analog to sub-prime mortgages and MBS in terms of their combination of fragility and magnitude.

2016年2月2日火曜日

私にひとつだけわかること(ハワード・マークス)

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少し前の投稿でご紹介したハワード・マークスのメモから、さらに引用します。(日本語は拙訳)

投資家の心理とは変動するもので、[強気・弱気相場のそれぞれにおける]3つの段階が示すように、あらゆる可能性を拒絶するときもあれば、盲目的に信じ込んでしまうときもあります。ですからオークツリーでは、世間の投資家が悲観的なときにこそ買いに出たいと考えますし、彼らが一枚加わりたがっているときに買いたいとは思いません。じっくり検討している投資対象について一つだけ私にわかることがあるとしたら、「価格の中で楽観の部分がどれだけを占めているか」と言えるかもしれません。強気相場における最初の段階では、楽観的な見方は存在しません。それゆえに大幅な割安が生まれます。しかし最後の段階になると楽観の度合いは甚だしく大きくなり、ファンダメンタルズからみた購入価格も同じ様相を呈します。集団神経症から利益が得られるときには買いたいですが、そのことで他人と同様に私も手痛い目にあうのであれば買おうとは思いません。(p.13)

We know investors swing from rejecting all possibilities to drinking the Kool-Aid, just as the three stages say. Thus at Oaktree we want to buy when they're pessimistic, not when they're eager participants. If I could know only one thing about an investment I'm contemplating, it might be how much optimism is embodied in the price. In the first stage of the bull market, no optimism is present, and that makes for great bargains. In the last stage, the level of optimism is terribly high, and thus so are purchase prices relative to fundamentals. I want to buy when I can benefit from the herd's neuroses, not when they'll penalize me just as they do everyone else.