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2018年10月16日火曜日

<新訳>誤判断の心理学(序)バフェットの祖父に倣う理由

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チャーリー・マンガーによる「誤判断の心理学<新訳>」から、前回に続いて序文の後半部をとりあげます。まだはじまりの段階から力の入った文章で、本作に対するチャーリーの意気込みが感じられます。(日本語は拙訳)

第一の理由として考えられるのは、そもそも我が性格が、伝統的な知恵にふくまれる誤りを診断し、語りたがることにあります。私のような心持ちを抱く人にとって、過ごし行く年月を容易くするためには、ものごとを精査論駁することが常でした。ただしそうであっても、若さゆえの無作法が人生を通じてことごとく咎め(とがめ)られたとは思ってもいません。

私がそう決めた第二の理由は、ディオゲネスが次の問いを立てた際の心情に賛同しているからです。「だれをも攻撃したことのない哲学者が、いったい何の役に立つものか」と。

もっとも強く抱いている理由が、3番目と最後のものです。私は心理学というものを自分なりのやりかたで配列することに魅了されるようになりました。私からすれば、そのほうがずっと有用だからです。また死んでしまう前には、次にあげる3名がみせた遺産の残しかたを、ある程度模倣してみたいと思いました。ジョン・バニヤンの『天路歴程』における主要人物と、ベンジャミン・フランクリン、そして私にとっての初めての雇い主アーネスト・バフェット[ウォーレンの祖父]です。バニヤンの著作には「真理を求める老勇者」という荘重たる呼び名をつけられた騎士が登場しますが、彼は命脈果てるときに、ただひとつ残された実利的な遺産を残しました。「わが剣は、意のままに扱える者へ残すことにしよう」と[過去記事]。もし我が剣を見誤ったとしても、それを的確に見定めようとしていたならば、その人物と同じように私も気にかけないこととします。たとえ、剣を手にして振るおうとすることを望まない人が大勢いたとしても。あるいは、そうしようとする者が、おのれの役には立たないと判断したとしても。それからベン・フランクリンは、自伝やアルマナックその他を残してくれたおかげで、私にとってすこぶる役に立ちました。アーネスト・バフェットもそれと同じ趣きで、『雑貨屋を経営する方法と、釣りから学んだ事柄』を残したことで、できるかぎりのことをしてくれました。「私にとって有益だった人物」という範疇に含める上で、3人目の例が最良かどうかは申しません。しかしこのことは触れておきましょう。アーネスト・バフェットにつづく4代にわたる子孫たちを知っており、彼らを見てきたからこそ、私はますます確信をもって、その一族の開祖を模倣するのです。

One reason may be that my nature makes me incline toward diagnosing and talking about errors in conventional wisdom. And despite years of being smoothed out by the hard knocks that were inevitable for one with my attitude, I don't believe life ever knocked all the boy's brashness out of the man.

A second reason for my decision is my approval of the attitude of Diogenes when he asked: "Of what use is a philosopher who never offends anybody?"

My third and final reason is the strongest. I have fallen in love with my way of laying out psychology because it has been so useful for me. And so, before I die, I want to imitate to some extent the bequest practices of three characters: the protagonist in John Bunyan’s Pilgrim’s Progress, Benjamin Franklin, and my first employer, Ernest Buffett. Bunyan’s character, the knight wonderfully named “Old Valiant for Truth,” makes the only practical bequest available to him when he says at the end of his life: “My sword I leave to him who can wear it.” And like this man, I don’t mind if I have misappraised my sword, provided I have tried to see it correctly, or that many will not wish to try it, or that some who try to wield it may find it serves them not. Ben Franklin, to my great benefit, left behind his autobiography, his Almanacks, and much else. And Ernest Buffett did the best he could in the same mode when he left behind "How to Run a Grocery Store and a Few Things I Have Learned about Fishing." Whether or not this last contribution to the genre was the best, I will not say. But I will report that I have now known four generations of Ernest Buffett's descendants and that the results have encouraged my imitation of the founder.

バニヤンの老騎士に倣おうとチャーリーが語るくだりは、私自身も以前から感じていたことなので、そっくり共感できました。

2018年4月16日月曜日

2018年デイリー・ジャーナル株主総会(4)正しい生き方とは

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前回に続いて、デイリー・ジャーナル社株主総会でチャーリー・マンガーが発言した内容です。短いですが、大切なことがすし詰めの文章です。(日本語は拙訳。意味段落での改行追加あり)

だからと言って、我々のしてきたことや心構えが時代遅れで、もう役に立たないと言っているわけではないですよ。今はただ見込みが薄いというだけです。「釣り人のおきて」というのがありますが、これは秀逸です。釣りをする上での規則、その1が「釣りたい魚のいるところで釣れ」、その2が「規則その1を忘れるな」[過去記事]。投資においても同じことが言えますね。魚がたくさん集まっている場所では、釣り人の腕前の良さを気にする必要はありません。しかし大量に釣り上げられた場所では、どれほどの腕利きでもさしたる釣果はあげられないでしょう。現在のこの世界をみれば、いたるところが後者に当てはまります。

しかし、それで意気消沈するのは違いますね。そうではなく、人生とは先の長いゲームで、易しい時期もあればむずかしい時期もあり、好機がやってくれば不運に見舞われることもあるわけです。だから正しい生き方とは、「あるがままを受けいれ、最善を尽くす」、そう歩むことです。年を取るまでには、みなさんにも好機がやってくるでしょう。一生の間に二度ばかり、それで打ち止めかもしれません。しかし、そのうちの一度でも物にできれば上出来ですよ。さあ、偉ぶった物言いはここまでにして、質問を受けましょう。

That’s not to say what we did and the attitudes that we had are obsolete or won’t be useful, it’s just that their prospects are worse. There’s a rule of fishing that’s a very good rule. The first rule of fishing is “fish where the fish are”, and the second rule of fishing is “don’t forget rule number one.” And in investing it’s the same thing. Some places have lots of fish and you don’t have to be that good a fisherman to do pretty well. Other places are so heavily fished that no matter how good a fisherman you are, you aren’t going to do very well. And in the world we’re living in now, an awful lot of places are in the second category.

I don’t think that should discourage anyone. I mean life’s a long game, and there are easy stretches and hard stretches and good opportunities and bad opportunities. The right way to go at life is to take it as it comes and do the best you can. And if you live to an old age, you’ll get your share of good opportunities. It may be two to a lifetime, that may be your full share. But if you seize one of the two, you’ll be alright. Well with that pontification done, I’ll take questions.

2017年10月8日日曜日

ジャパネットたかた創業者、高田明さんの講演を聴きました

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少し前のことですが、ジャパネットたかたの創業者社長だった高田明さんの講演会に出席しました。

我が家ではテレビなしの生活がずいぶん続いているので、高田さんの番組自体をみたことがなく、どこかで何かの折に短いシーンをみかけた程度でした。しかし、かん高い声で話す高田さんのことは引退以前から気になっていました。月並みですが、どのような経営によって会社を育てたのか、知りたかったからです。今回たまたま講演を聴ける機会がやってきたときには、素直によろこびました。

講演会に先立って、彼が今年出していた著書『伝えることから始めよう』を読んでおいたほうがよいか迷いました。結局、本を読むのは講演の後にしましたが、それで正解でした。当たり前ですが、内容は本のほうが充実しています。しかし心をつかんだのは、高田さんご本人がその場で差し出してくださる、あらゆるもののほうでした。まず講演に感激したことで高田さんの話しぶりが頭に残りました。その状態で読書することで、講演での臨場感をよみがえらせながら、より詳細な話を味わうことができました。

今回の投稿では、講演会でわたしがメモした内容(実際はタイプした内容)をご紹介します。そして続きとなる投稿では、いつものように高田さんの同書から一部を引用・ご紹介します。

<講演での様子>

・「今日の講演のために、ハワイから1日早く帰ってきました」

高田さんはきれいに日焼けした顔で登場しました。ハワイ行きの理由は聞き漏らしましたが、著書によれば、ジャパネットではサービスの一環として顧客をハワイへ招待しているとのことです。

・「普通の講演では、聴衆は経営者のことが多いですね。講演活動は300回ぐらいやってきましたが、今回は一番緊張しています」

今回のおもな聴衆は中高生(が少数)及びその保護者等(が多数)だったので、いつもとは若干ちがう心構えを持たれていたのもしれません。なお講演会場はほぼ満席で、聴講者の総数は1,000名弱程度だったと思います。

・自分が話した内容に対して聴衆が適宜拍手を返す、という形式で終始進められました。

「時間と空間を聞き手と共有するために講演会に来た」と言われていたとおり、気持ちのやり取りや場の雰囲気の流れを大切にしていたようです。出だしのころは聴衆の拍手がなかなか揃わなかったのですが、しだいに間合いがとれてきて、高田さんの話と聴衆の拍手の掛け合いが自然につながるようになりました。

・開演当初は演台の横に立って、片手は縁を軽くつかみ、片手はマイクを握って話していました。時間が進むと適宜ゆっくりと移動し、演壇上を広く使っていました。話の流れに沿った自然な所作でした。

・話がのってくると、だんだん声の調子が高くなってきました。話の途中でご本人もそのことを認めておられました。

・講演時間は1時間強。ハンカチで汗をぬぐったのは2回程度でした。ちなみに途中で水分をとることはなかったと記憶しています。


<若い頃の外国での経験について>

・「大学では英会話をよく勉強しました。ある企業に入社し、23歳のときにドイツのデュッセルドルフに駐在しました。ヨーロッパでは東側の国以外はほとんど行きました。この英語力が人生を変えたんですね」。聴衆である生徒の親御さんに対して、「いちばんやりたいことを伸ばしてあげることが大事です」

・「英語の勉強では電子辞書を使うといいですよ。ジャパネットでは1週間で150万台売れました。おそらく日本で一番の売上台数です」

著書でも書かれていますが、リンカーンの演説(の一部)を披露してくれました。淀みなく流れるフレーズには、聴衆から軽いどよめきと拍手があがりました。

・ドイツ語、フランス語、イタリア語などでも、短いフレーズを流暢に披露してくれました。歌も上手、低い声も麗しいです。

これらの件に限らず、高田さんはよく勉強なさっていて、教養も芸も兼ね備え、商売上手で人当たりはよく、仕事熱心で情熱は尽きず、といった印象を強く受けました。

・「イタリアの料理はおいしかったですね。語学力を使ってその国の文化を学ぶことで、人生を豊かにしていけるんです。学問も絶対に大事ですけれど、そういったことにも取り組んでほしいですね」


<手がけてきた事業について>

・「勤めていた会社を25歳でやめて平戸に帰りました。27歳で結婚して、(実家の商売である)カメラは平戸で5年間、佐世保で10年間やりました」

・「ホテルの宴会場で写真を撮る仕事もありましたが、どこの県の人が写真をどのように買うのか学びました。これはマーケティングですね」

・「どんな仕事でも一生懸命やっている人はその中に価値を見出すんですよ。それを学びましたね。つまり、ミッションを発見すること。そしてミッションを一番大事にすること。利益や売上はその次です。たとえば、写真はうつりがいいことが一番ですね。相手の立場で考えていく人が一番です。業界の常識は消費者の常識ではないんですよ」

・「25歳当時の売上は年間3,000万円でした。一方、ジャパネットの今年の売上高は1,900億円です」

・「5分間のラジオ番組に出て(通販をやって)、おもしろいと感じました。長崎でこれだけ売れるのならばと考えて、全国ネットワークを3,4年間で作ったんです。どんなことでも、自分が率先してやる必要があります。39度の熱があるときでも、布団の中からやりましたよ」

・「ラジオ通販では『赤色』と話しても、目で確かめられないので聞き手は想像するしかありません。そのため、わかりやすく伝えることに気を付けたんです。そのおかげか、ラジオ通販の返品率はテレビ通販よりも低かったです」

・「寒冷地であるポーランドの水鳥で作った羽毛布団は最高です。現地で働いている人の苦労話などをしたら、通販ですごく売れました」

・「常に新しいことをやっていかないと、お客さんが慣れてしまってついてきません。シュンペーターが言ったように、なにかを付け加えることで新しいものになるんです」

・「良いものだけれど眠っているものが、全国にはたくさんあります。ですが、伝える力が弱くて広まっていません」


<生きる姿勢について>

・「未来のことを悩む人が多いですね。すると、現在がおろそかになります。今という瞬間をどれだけ大事にするか、一生懸命生きるか。それが夢を達成するために必要なことです。それで明日が変わるんですよ

・「過去にとらわれると、行動を縛られてしまいます。過去は変えられないですが、未来は変えられるんです」

・「しかし、『がんばっているつもり』では人生は変えられません。そのことはテレビショッピングで学びました。売れないものは何度やっても売れない。なぜならば、『伝わったつもり』になっていたからです」

・たとえば「小説家であれば『むずかしいことをやさしく、やさしいことをもっとかんたんに』書くのがいいですね」

・「高い声でくり返し伝えることです。オバマ大統領もキング牧師もそうでした。そしてそれよりももっと大事なのは、間(ま)をもって言葉を発することです。『間は次の有を生み出す無である』。間を取って話してくれると、お互いがつながるんですね」

なにかを伝えたいときには、自分は「声が自然と高くなる」とのことでした。

・なにかを伝えたいときには、「言葉よりも大事なことがあります。『マイクが軽い』と口で言うだけでなく、指で指してものを動かすとそれに注目してくれるんです。さらに表情をもって説明する、つまり喜怒哀楽をもって示すこと。体全体で表現することです」

・「日々取り組んでいることは無駄にはなりません。大事なのは、それを継続していくことです。そして自分の幸せは二の次と考え、まわりの人を幸せにしてほしいですね」

・「人生で失敗はないんです。一生懸命やった場合は失敗ではなく、『試練』だったと考えています

・「謙虚に生きていくことですね」

・「ものをほとんど買わないので、時計もしていません」

・「喜怒哀楽は人間だけがもっている宝物です。なにかをがんばって、そのとき仲間に囲まれていれば、なおいいですね。ひとりでは限られているので、同じ価値を持った仲間と走るのがいいです。それから、人の縁を大事にしたいですね」

・「がんばっている夫婦の子供には、そのがんばりが受け継がれていくものです」

家族のことは、著書でもいろいろと語られています。高田家の生き方や信条が描かれており、興味深く読めます。

・「いい大学に進学するのはすばらしいことです。ただ、それはあくまでもひとつの要素です。そこに人間性を加えていくことが大切ですよ」


<おすすめの本>

・「エリヤフ・ゴールドラットの『ザ・チョイス』。彼の本はほとんど読んでいます。今の世の中は、問題を複雑にしすぎているんです。頭の中でそれほどたくさんは解決できません。そうではなく、一番の問題を解決していけば、それにつれてあとのものも解決されることがあります。だから優先順位を考えて、1番目・2番目をつぶしていくのがいいと思います」

・「世阿弥の本を読んでほしいですね。650年ぐらい前の本で、(ものごとを)150年続かせるにはどうしたらよいか書いてあります。NHKから100ページぐらいの本が出ています。我見とか離見という言葉がありますね。相手の気持ちを考えて話すことが大事ですよ。日本の電機産業は優秀ですが、他の国に負けています。消費者がなにを求めているかを考えずに売るのでは、相手のことを考えていないですね。世阿弥の本を読んで、『離れて客観的に俯瞰してみつめる心』が必要だと感じました」

紹介された本は、おそらく『NHK「100分de名著」ブックス 世阿弥 風姿花伝』だと思われます。


<現在取り組んでいること>

・「会社(ジャパネット)はきっぱりと辞めました。会議には出ていないですし、座席もないです」

・「生き生きとした世の中にしたいですね」ということで、現在はジャパネットが子会社化したサッカー・チームであるV・ファーレン長崎(ヴィ・ファーレン)の社長を務めておられます。

・ヴィ・ファーレンを知っている者が聴衆の中にわずかしかいなかったので、「知っている人がこんなに少ない講演会は、はじめて」と呆れて笑っていました。「チームの現在の成績はJ2の2位です。選手の気持ちが変わったことで、2位になっています。ただしサッカーで勝つことは手段であって、長崎をよくすることの役に立ちたいですね」

・長崎の活気はなにかという生徒からの質問に対して、「歴史が大きい街だからだと思いますよ。ヴィ・ファーレンは平和を発信するチームにしていきたいです」

・「来年には70歳になります。最高齢を考えると、あと49年生きたいです。そう考えると、自分の人生にはまだたくさんの時間があります。そして49年後に、(講演をおこなった)ここに戻ってきたいですね」

2017年9月16日土曜日

反脆いシステムとは(ナシーム・ニコラス・タレブ)

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『ブラック・スワン』で有名なナシーム・ニコラス・タレブが書いた新刊の邦訳『反脆弱性』を、少し前に読了しました。実は数年前に原書のペーパーバックをある方から頂いており、いつでも読む機会はあったのですが、もたもたしているうちに翻訳版が出版されてしまいました。

「反脆さ」(Antifragile。名詞形Antifragilityの訳語は反脆弱性)という言葉はタレブ自身による造語で、「脆さ」とは逆に機能する性質を示す概念です。短い文章で表現すれば、「変化に際して、以前よりも強くなる」といった意味かと思います。本書では著者が経験したり学んだりした「反脆い」事例が列挙されており、読み進めることでその概念をよりよく理解できるようになります。

著者タレブが主張する論理や哲学は完全無欠からは遠いと思いますし、例によって侮蔑的な文章もそれなりに紙面を費やしています。しかしそれらを大きく割り引いたとしても、本書に目を通して彼が築いた「反脆弱性」の概念になじむ価値は大きいと思います。たとえばリスク管理やシステム分析のツールとして有用だからです。さらに言えば、メンタル・モデルのひとつとして位置づけるにふさわしい概念だからです。

今回は同書から「反脆い」物事の一例として「反脆いシステム」に関する部分を引用してご紹介します。まずは、どのようなシステムが「反脆い」のかを説明した文章です。

工学者であり工学の歴史家でもあるヘンリー・ペトロスキーは、見事な点を衝いている。タイタニック号があのような致命的な事故を起こさなければ、私たちはどんどん大きな客船を造りつづけ、次の災害はさらなる大惨事になっていただろう。つまり、あの事故で亡くなった人々は、より大きな善のために犠牲になったのだ。間違いなく、亡くなった人数よりも多くの人命を救っている。タイタニック号のエピソードは、システム全体の利と個々の害との違いを物語っている。

同じことはフクシマの事故についても当てはまる。間違いなく言えるのは、この事故によって私たちは原子炉(や微小な確率)の問題点に気づき、もっと大きな災害を防ぐことができたということだ(ちなみに、ストレス・テストの甘さやリスク・モデルへの誤った依存は、もともと明らかだった。だが、経済危機と同じで、誰も聞く耳を持たなかったのだ)。[過去記事1, 2]

飛行機の墜落事故が起きるたびに、安全性は増し、システムは改良され、次のフライトが安全になっていく。亡くなった人たちは、残りの人々の安全全体に寄与しているのだ。スイス航空111便、トランスワールド航空800便、エールフランス航空447便の事故は、航空システムの改善につながった。だが、こういったシステムが失敗を教訓にできるのは、システムが反脆く、小さな失敗を活かすようにできているからだ。

一方で、経済の崩壊については同じことは言えない。現在の経済システムは反脆くないからだ。なぜか? 飛行機は1日に何十万便と運航されているが、ひとつの飛行機が墜落しても、ほかの飛行機を巻きこむわけではない。そのため、失敗は制限されていて、大きな教訓になる。一方、グローバル化した経済システムはひとつとして機能している。失敗は広がり、複雑化する。

重要なので繰り返すが、ここで話しているのは全体的ではなく部分的な失敗だ。深刻で致命的な失敗ではなく、小さな失敗だ。よいシステムと悪いシステムの違いはここにある。航空業界のようなよいシステムは、失敗が起こるにしても小さく、互いに独立している。失敗によって将来の失敗の確率が減るので、いわば失敗同士が負の相関関係を持っている。この考え方は、反脆い環境(航空業界)と脆い環境(縦横無尽につながりあった"フラット化する世界"的な現代の経済生活)を区別するひとつの方法だ。(p. 128)

次は、「反脆い」システムを築き上げる際に重要な特性についてです。

脆さや反脆さを見極める(または、このあとの数章でデブのトニーが実演してくれるように、嗅ぎ分ける)のは、事象の構造を予測したり理解したりするよりもずっと簡単だ。したがって、私たちがしなければならないのは、予測ミスによる損失を最小化し、利得を最大化する方法を考えることだけだ。つまり、私たちが間違いを犯しても崩壊しない(さらには崩壊を逆手に取るような)システムを築くことが大事だ。

(中略)

事象が起きたあと、私たちが反省すべきなのは、事象(たとえば津波、アラブの春や暴動、地震、戦争、金融危機など)そのものを予測できなかったことではなく、脆さや反脆さを理解していなかったことについてだ。「どうして私たちはこの種の事象にこれほど脆いシステムを作ってしまったのか?」と考えるべきなのだ。津波や経済危機を予見できないのは仕方がない。でも、津波や経済危機に対して脆いシステムを作るのは罪だ。(p. 228)

上の文章を読むだけでも、「反脆いシステムにはなんらかの冗長性が要求される」ことが読みとれます(原発で大失敗をした日本をコケにしていることも読みとれます)。ちなみに本書では、冗長さの必要性が繰り返し説かれています。

そして次の文章では、崩壊を逆手に取った一例が示されています。バークシャーの再保険事業が思い起こされます。

自分自身の失敗を歓迎する企業もある。たとえば、壊滅的なリスクに保険をかける(または保険会社が分散不可能なリスクを"再保険"するために利用する)再保険会社は、会社に大打撃を与える災害やテールの事象を経験すると、かえって業績がアップしたりする。会社が破綻を免れ、万が一の事態に備えていれば(こういう緊急時のための計画を立てられる企業はほとんどないが)、保険料を不釣り合いに吊り上げて、損を埋めあわせることができる。顧客は過剰反応し、今までより高い保険料を支払うからだ。再保険会社は再保険の公正価格(つまり適正な価格)なんてわからないと言うが、不穏な時代に保険料が高騰するということは間違いなく知っている。それだけでも、長期的な儲けを得るには十分だ。会社に必要なのは、生き残れるように失敗を小さく抑えることだけだ。(p. 130)

最後におまけです。タレブらしさがよくでている哲学的な文章です。

いちども罪を犯したことのない人間は、いちどだけ罪を犯した人間よりも信頼できない。そして、何度も間違いを犯した人間のほうが、いちども間違いを犯したことのない人間よりはまだ信頼できる。ただし、同じ間違いを2回以上犯していなければの話だが。(p. 131)

2017年7月16日日曜日

自分を向上させたいのであれば(ハワード・マークス)

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オークツリーのハワード・マークスが1月に書いたレターから引用が続きます(前回分はこちら)。常識感覚に富んでいて、良い文章です。(日本語は拙訳)

第一に、1年前にウォーレン・バフェットと夕食を共にしたとき、彼が次のように指摘した件です。「そういった情報に追い求める価値があるとしたら、それが重要なものであり、さらに[客観的に]認知できるものでなければいけませんよ」。今日の投資家はマクロ的な未来に対する識見をかつてないほど要求しています。それが重要だからです。つまり市場を動かすからです。ところが、ここで待ったがかかります。私もそうですが、「その手のものはかなりの部分が認知できない」とウォーレンはみているのです。それらに基づいて彼が投資の行動を起こすことは稀ですし、オークツリーでも同様です。

第二に、先ほど取り上げたメディアに関するObserver[ウェブサイト]の記事にあった極めつけの段落をここに含めたいと思います。圧巻です。

「自分を向上させたいのであれば」、とエピクテトス(1世紀のギリシャ人哲学者)がかつて言った。「畑違いのことについては、無知か愚鈍に見えるよう、みずから進んで振る舞うこと」。現代のような相互接続おびただしい24時間休日なしのメディア漬けの世の中では、「私にはわかりません」と答えるのが、我々の取り得る最強の一手だろう。あるいはもっと挑発的に、「それがどうかしましたか」と。もちろん全てというわけではないが、ほとんどはそうだと言える。なぜならば、ほとんどのことは問題とは言えないし、ほとんどのニュースには追いかける価値がないからだ。(強調部は原著者ハワード・マークスによるもの)(p. 11)


First, I had dinner with Warren Buffett about a year ago, and he pointed out that for a piece of information to be worth pursuing, it should be important, and it should be knowable. These days, investors are clamoring more than ever for insights regarding the macro future, because it’s important: it moves markets. But there’ s a hitch: Warren and I both consider these things largely unknowable. He rarely bases his investment actions on them, and neither does Oaktree.

Second, I want to include a final paragraph from the Observer article about the media that I mentioned earlier. I think it’s golden:

“If you wish to improve,” Epictetus [first-century Greek philosopher] once said, “be content to appear clueless or stupid in extraneous matters.” One of the most powerful things we can do as a human being in our hyperconnected, 24/7 media world is say: “I don’t know.” Or more provocatively, “I don’t care.” Not about everything, of course – just most things. Because most things don’t matter, and most news stories aren’t worth tracking. (Emphasis added)

2015年12月26日土曜日

相応なる信頼関係のつながり(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の19回目、最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

さて、みなさんにお話ししたいアイデアもこれで最後になります。みなさんが職業生活へ進むと、さまざまな手続きや奇妙奇天烈な物事が仕事の中に入り込んでくることがよくあります。しかし複雑で官僚主義的な手続きは、社会の到達しうる最高の形態を表すものではありません。高い水準の形態とは、たとえば官僚主義と無縁で継ぎ目のない妥当な信頼関係が網目のように結ばれた状態がそうです。装飾的な手順は多くなく、完璧に信頼できる人物が正しくも互いに信頼し合う状況です。まさにそのやりかたが、メイヨー・クリニック[全米有数の名病院]の手術室で行われています。しかし法律家がそこに法律家的な手順を多々持ち込んだりしたら、死亡する患者を増やすことになります。ですからみなさんは、「法律家となったときに売り手の立場として一連の手続きを実行せざるを得ないとしても、買い手の立場にあるときは常に盲従する必要はない」ことを忘れてはなりません。みなさん自身の人生においては、相応なる信頼関係をなるべく多く結び合えるように努めるべきですよ。結婚誓約書が47ページにもなるのだとしたら、「踏み切らないほうがいい」と助言しておきましょう(聴衆笑)。

1学年分の卒業式ですので、これぐらいで十分かと思います。とある老人が熟考した諸々の話題が、みなさんのお役に立てば喜ばしいものです。そして最後に申し上げるのは、『天路歴程』[ジョン・バニヤンの著作]に登場するいにしえの「真理を求める勇者」が、他には取りようがなかった行動にちなむものです。「わが剣は、意のままに扱える者へ残すことにしよう」(聴衆拍手)。 (おわり)

The last idea that I want to give to you, as you go out into a profession that frequently puts a lot of procedure and some mumbo jumbo into what it does, is that complex bureaucratic procedure does not represent the highest form civilization can reach. One higher form is a seamless, non-bureaucratic web of deserved trust. Not much fancy procedure, just totally reliable people correctly trusting one another. That's the way an operating room works at the Mayo Clinic. If lawyers would there introduce a lot of lawyer-like process, more patients would die. So never forget, when you're a lawyer, that while you may have to sell procedure, you don't always have to buy. In your own life what you want to maximize is a seamless web of deserved trust. And if your proposed marriage contract has 47 pages, my suggestion is that you not enter. (Audience laughs.)

Well that's enough for one graduation. I hope these ruminations of an old man are useful to you. In the end, I'm speaking toward the only outcome feasible for old Valiant-for-Truth in Pilgrim's Progress: "My sword I leave to him who can wield it." (Audience applauds.)

2015年12月22日火曜日

苦労がやってきても、いつも備えができていた(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の18回目です。このシリーズは次回が最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

もう一つ強調したいアイデアがありますので、手短に説明します。私の祖父は住み暮らしていた町で40年近くの間、唯一の連邦判事でした。私は祖父のことを尊敬していましたし、私の名前は祖父からとったものなのです。私は孔子の教えを奉じる者なので、「私がこの場に立ったことにマンガー判事はご満足するであろう」と想い抱いていることを、今でも公言できるほどです。祖父が他界してからは、彼の示した価値を照らす灯火をかかげる決意を、みずからの義務としてずっと課してきました。「義務に対して忠実に仕える」といった賢明さも、そのような価値のひとつでした。祖父が連邦判事だった時代には、その未亡人に対して年金は支給されませんでした。ですから収入を節約して蓄えをしておかないと、祖母は貧しさにあえぐ未亡人となったことでしょう。資産を蓄えたことによって、彼は他人に対してもうまく処することができました。彼のような種類の人間として、彼は人生を通じて収入以下で生活し、妻が未亡人となったときにも快適な環境で暮らせるように配慮したのですね。

しかし賢明さゆえに彼が実行できたのは、それだけではありませんでした。1930年代の間に私の叔父が経営していた零細規模の銀行が失敗し、支援なしでは再開できなくなりました。そこで祖父は銀行が保有するひどい資産と交換するために、自分の保有する優良資産の1/3超を出しました。そうして、その銀行を救済したのです。私はずっとそのできごとを覚えてきました。この件は、次のような[アルフレッド・エドワード・]ハウスマンの短い詩を思い起こさせます。

ほかの人たちの思うことは
軽い、いっときのものだった――
恋人たちのデートやら、
幸運や名声やら。
私の思うのは苦労のこと、
いつも堅実に考えていた。
だから苦労がやって来ても
いつも備えが出来ていた。
[訳文は、森山泰夫訳『ハウスマン全詩集』(沖積舎)遺稿詩集6番より]


「トラブルを予期して毎日を過ごしたい人など、いるものか」と思われるかもしれません。ですが私はそうして生きてきました。そう思えるように訓練し、トラブルが起こることをいつも予期しながら、84歳になる今までの長い人生を過ごしてきました。そしてエピクテトスと同じように、私の人生も寵愛を受けたのです。常にトラブルを予期し、トラブルが起きた時には適切に行動できるように準備してきましたが、それで不幸せにはなりませんでした。傷つくことも皆無でした。それどころか、実際には助けとなりました。ですからハウスマンとマンガー判事の件は、みなさんへ譲り渡しておきます。

I've another idea to emphasize in a brief account. My grandfather Munger was the only federal judge in his city for nearly forty years. And I admired him. I'm his namesake. And I'm Confucian enough that even now as I speak I'm thinking, "Well, Judge Munger would be pleased to have me here." All these years after my grandfather is dead, I conceive myself as duty bound to carry the torch for my grandfather's values. One such value was prudence as the servant of duty. Grandfather Munger was a federal judge at a time when there were no pensions for widows of federal judges. So if he didn't save from his income, my grandmother would become a destitute widow. And, besides, net worth would enable him to serve others better. Being the kind of man he was, he underspent his income all his life and left his widow in comfortable circumstances.

But that was not all that his prudence enabled. Along the way, in the '30's, my uncle's tiny bank failed and couldn't reopen without help. My grandfather saved the bank by exchange over a third of his good assets for horrible bank assets. I've always remembered the event. It reminds me of
Houseman's little poem that went something like this:

"The thoughts of others
Were light and fleeting,
Of lovers' meeting
Or luck or fame.
Mine were of trouble,
And mine were steady,
And I was ready
When trouble came."


You may well say, "Who wants to go through life anticipating trouble?" Well I did, trained as I was, I've gone through a long life anticipating trouble. And here I am now, well along in my 84th year. Like Epictetus I've had a favored life. It didn't make me unhappy to anticipate trouble all the time and be ready to perform adequately if trouble came. It didn't hurt me at all. In fact it helped me. So, I quitclaim to you Houseman and Judge Munger.

2015年12月20日日曜日

資産とならずに負債となってしまう(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その16、最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問18> 慈善活動へ関わると発言された後に、ゲイツ財団やお子さんを通じて実現されました。バフェットさんにとって重要な理由が何かあったのでしょうか。

<バフェット> [少し前の質疑で触れた]CNBCは人類が存続する上で最大の脅威だと思いますので、それらを解決することに寄与したいのが一番の想いです。しかしそれを実行するのにふさわしい器を見つけられませんでした。若かった頃には、妻の財団を支援するために基金を設定したことがあります。わたしたちの持っている現金の余剰分を寄付したい、と彼女は望んでいました。しかし、わたしとしては複利の力を失いたくありませんでした。そのとき1ドルを寄付してしまえば、将来寄付できたかもしれない1000ドルをあきらめることになるからです。自分の資金に複利を効かせ続けることが、わたしにとっては本当に重要でした。

慈善活動を行うとしても、わたし自身が手際よくやれるとはまるで考えていません。ですから、ゲイツ財団やわたしの子供たちを含む5つの財団へとアウトソースしました。彼らは世界的な問題を解決する意欲にあふれています。わたしの本音としては、局所的な問題に取り組むよりも、世界的な課題に取り組んで失敗するほうがいいと思っています。

わたしにとって金銭は、もはや有用なものではありません、今ある分で十分幸せだからです。一方、世界中の人たちにはすごく役に立つと思います。これ以上保有しても実のところわたしにとっては資産ではなく、負債となってしまうのです。

それと同じように他の人に対しても、Giving Pledge[ギビング・プレッジ; バフェット等による啓蒙活動]へ参加しませんかと説得してきました。死んだ後に財産の50%超を寄付すると誓いを立てるものです。これまでに127名が誓約してくれましたが、これはすごいことです。そしてマーク・ザッカーバーグが誓約してくれたのは大成功でした。彼であれば、たくさんの若いビリオネアに対して財産を寄付したらどうかと刺激を与えてくれるでしょう。そしてザッカーバーグを敬う彼らも、同じようにしてくれると思います。(おわり)

Question #18: You have expressed a commitment to philanthropy and have done this through the Gates Foundation and your children. Is there a particular cause that is important to you?

Answer #18: I would ideally like to contribute to solving CNBC (Cyber Nuclear Biological Chemical) as I see it as the biggest existential threat to humans, but I have not found an appropriate vehicle to do so. In my early days, I had set up a fund to support my wife's foundation. Although she wanted to donate the excess cash that we had, I didn't want to lose the power of compounding. If I had donated $1 then, I could be giving up a $1000 in potential future donations, so it was really important to me to keep compounding my money.

I would not be efficient at all in doing philanthropy. That's why I outsource it to five foundations including the Gates Foundation and to my kids, who are a lot more passionate about solving world problems. I'd actually prefer to tackle a global issue and fail, than tackle a local one.

Money has no utility to me anymore as I am very happy with what I have but it has enormous utility to others in the world. More possessions to me would actually be a liability than an asset.

I am also trying to persuade more people to join the Giving Pledge, where individuals sign an agreement to donate more than 50% of their wealth after they die. So far, 127 people have signed up which is a great thing. The other day we got Mark Zuckerberg to sign up, which is a huge win for us because he'll go on to inspire many other young billionaires to donate their wealth, as they'll look up to him and do the same thing.

2015年12月8日火曜日

情熱はものすごく重要です(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その10です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問11> ミセスBについてお話しされましたが、昨年度のレターでも私たちのような学生はミセスBから多くを学べると書かれていました。それでは、ミセスBから学べる教訓でなにが上位にくるとお考えですか。

<バフェット> 次のことがどれだけ難しいか、考えてみてください。ひとりの女性が中国北部を歩いて通過し、英語は一言も話せず、16年間かけて古着を売って貯めた2,500ドルから始めて、10億ドルもの価値がある店を築き上げたのですから。そこから学べることがあるのはまちがいないと思います。というのも彼女は何ひとつ発明していませんし、お金もなかったですし、店舗もなければ訓練も受けていなかったのです。それでも彼女は勝利しました。別の例としては、サム・ウォルトン[ウォルマート創業者]もそうです。1960年代末のシアーズ[・ローバック]はシカゴに100店舗をかまえ、クレジットカードを発行した顧客はおそらく2千万人ほど、不動産案件はどれも最初に打診され、利用できる資金は無制限にありました。しかしアーカンソー州でピックアップ・トラック1台から挑戦した人間が、そのシアーズを打ち破ったのです。

チャーリーもそうですが、わたしも好んで伝記を読みます。その際にぜひ知りたいのが「彼らはなぜ成功できたのか、あるいはなぜ失敗したのか」です。失敗につながるABCとして、わたしはシアーズの例をよく挙げます。傲慢、官僚主義、自己満足の3つです[Arrogance, Bureaucracy and Complacency]。シアーズにはそのすべてが揃っていました。築いた組織がすばらしい成功をおさめるようになると、その3つを撃退するために猛烈な努力が必要になります。[参考記事]

サム・ウォルトンとミセスBに共通することとして、二人とも自分のビジネスに情熱をもって接していたことが挙げられます。彼らの目的はお金ではありませんでした。そうでなく、勝ちたかったからです。情熱はものすごく重要です。みなさんもそうやって取り組んだほうがいいと思います。そのほうが金銭よりも結果を大事にします。わたしたちが事業を買うときに探すのは、事業を売却したからといって一分たりとも情熱を失わない人です。そのような人たちと寄り添っていく、それがいちばん肝心なところです。

Question #11: You mentioned Mrs. B earlier, and in your annual letter last year, you mentioned students like us could learn a lot from Mrs. B - what do you think are the top lessons we can learn from Mrs. B?

Answer #11: Think about how improbable it is that a women walks out of Northern China, can't speak a word of English, and just out of proceeds of that $2,500 that she saved from selling used clothing for 16 years, she built a store worth close to $1B. There must be something to learn from that, because she didn't invent anything. She didn't have any money, store or training. Yet she won. Sam Walton is another example, compared to Sears in the late 1960s - 100 stores in Chicago, probably 20 million credit card customers, first call on every piece of real estate, unlimited financial resources, yet someone with a pick-up truck in Arkansas beat them.

Charlie and I love to read biographies, and what we like to ask is "what makes these people succeed and what makes the ones that fail?" I use Sears as an example to show the ABCs of failure - Arrogance, Bureaucracy and Complacency. And Sears had them all. When you build an organization that has been incredibly successful, you have to work extremely hard to fight off arrogance, bureaucracy and complacency.

One thing that Sam Walton and Mrs. B had in common is they had passion for the business. It isn't about the money, at all. It was about winning. Passion counts enormously; you have to really be doing it because you love the results, rather than the money. When we buy businesses, we are looking for people that will not lose an ounce of passion for the business even after their business is sold. And getting in bed with people like that is what it's all about.

2015年12月6日日曜日

エピクテトスの教え(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の17回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

人生ではひどい目に遭ったり不公平な仕打ちを受けることがよくありますから、それらに立ち向かう必要もあります。しかし、そこから立ち直れる人もいれば、立ち直れない人もいます。そのような状況で人が適切に対応するには、エピクテトス[古代ギリシアの哲学者]のみせた生きる姿勢が道を示してくれると思います。「人生におけるあらゆる不運とは残念ながら不愉快であるが、よりよく生きるきっかけとなってくれる」と彼は考えたのです。どんな不運であろうと有意義なことを学べる機会をもたらす、と深く信じていたのですね。人が果たすべきは自己憐憫に浸ることではなく、降りかかった災いを前向きなやりかたで利用することだ、と。彼の考えは非常に健全だったので、古代ローマ帝国でもっとも優れた皇帝だったマルクス・アウレリウスやその他大勢の人たちに何世紀にもわたって影響を及ぼしました。みなさんも、エピクテトスが自身の墓碑銘に残した言葉を覚えておられるかもしれません。「奴隷であり、身は損なわれ、貧しきこと極まるも、神々に愛されたエピクテトス、ここに眠る」という言葉です。そうです、彼は「神々の寵愛を受けた者」として記憶されているのですね。彼が寵愛されたのは賢くて雄々しい人間となったからであり、当時だけでなくその後何世紀も人々を導いたからでした。[同じ話題にふれた過去記事]

Another thing to cope with is that life is very likely to provide terrible blows, unfair blows. Some people recover, and others don't. And there I think the attitude of Epictetus helps guide one to the right reaction. He thought that every mischance in life, however bad, created an opportunity to behave well. He believed every mischance provided an opportunity to learn something useful. And one's duty was not to become immersed in self-pity, but to utilize each terrible blow in a constructive fashion. His ideas were very sound, influencing the best of the Roman emperors, Marcus Aurelius, and many others over many centuries. And you may remember the epitaph that Epictetus made for himself: "Here lies Epictetus, a slave, maimed in body, the ultimate in poverty, and favored by the Gods." Well, that's the way Epictetus is now remembered. “Favored by the Gods.” He was favored because he became wise, became manly, and instructed others, both in his own time and over following centuries.

2015年11月30日月曜日

人として成長するには(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その8です。後半はウォーレンが好んで取り上げる話題です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問9> 投資家が企業を評価する際に、本来問うべきなのにあまり実行されていない質問とは何でしょうか。

<バフェット> まずは業界中の7,8社を調べて、よくあるデュー・ディリジェンス上の質問を経営陣に投げかけます。また各企業の経営陣には、どの競合企業であれば今後10年間をとおして自分の純資産を喜んで投じたいかを質問します。同じように、競争相手のうちショートしたいのはどの会社かも訊きます。そうすることで、その業界一筋で働いてきた人でも認識できないような業界に関する重要な気づきが得られます。

個々人のレベルでは、交友関係の中でこのやりかたをしてみるのがよいと思います。

友人の中を見渡せば、真似をするならこの人が一番だと思える人がいるでしょうし、あの人のようにだけはなりたくないと思える人もいるでしょう。次のように考えれば先ほどのやりかたができます。どの人物であればその人の将来の10%を保有したいと思えるか。あるいは、どの人であればショートしたいと思えるか。保有したいほうの人では真似したいと感じる資質をつきとめて、それを自分でも吸収できるよう努めるわけです。またショートしたい友人については、その反対を実行します。みなさんはまだ若いですから悪い習慣を取り除くことができます。「習慣という鎖は、初めは軽すぎて感じられないが、やがて重くなって壊せなくなる」と言いますから。[同様の過去記事のひとつ]

Question #9: What are questions investors should ask but usually don't when evaluating companies?

Answer #9: Start by looking at 7-8 companies in the industry and ask the management typical due diligence questions. Also, ask the management of each company which competitor they would be willing to put their net worth in for the next 10 years. Then ask which of their competitors they would short. This will provide important insights into the industry that even those who work their whole life in the industry would not realize.

On a personal level, I recommend that people do this with the network of people they know.

Among your friends, who is one person you most want to emulate and who would you want to be least like. You can approach this by thinking about which of your peers you would want to own 10% of for the rest of their lives and which ones you would like to short. Then identify the qualities that make you want to emulate them and try to internalize those qualities. Do the opposite for the friends you would want to short. You are currently still young and can get rid of your bad habits, "The chains of habit are too light to be felt until they are too heavy to be broken".

2015年10月24日土曜日

幸せとは、得られるものを望むこと(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その2です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問2> ご自身としての「成功」とは、何を意味するものですか。それによって、ご経歴の歩みはどう変わりましたか。

<バフェット> 「成功とは、自分が望むものを得ること。幸せとは、自分が得られるものを望むこと」という言葉があります。わたしにとっては幸せのほうが大切です。わたしは、金銭面で他人に頼らず独立できることをずっと目標にしていました。つまり自分のために働くことであり、共に働く称賛すべき人たちの仕事を見つけることです。意思決定の流れを指揮する立場につきたいと考えていました。やっていくのに十分な資金ができたのが、25歳のときです。子供が2人いましたが、今日の価値でおよそ2億円強に相当する金額でした。それ以上は、わたしにとって余剰なものです。

みなさんは経歴を積み重ねていく中で、自己評価を気にしたいのではないでしょうか。自分のあげた成果や成功について、自分がどう感じるかです。みなさんの成果を世間がどれだけよくみてくれるかではなく、自分自身がどれだけうまくやり遂げたかを気にするべきだと思います(参考記事)。金銭的なリターンの面でいつも大切だったのは、わたし個人の成功よりもバークシャーの成功のほうでした。ここで一番大切なのは、良き人間であるようにいつでも心がけることだと思います。

Question 2# What is your personal definition of 'success'? How has it changed over the course of your career?

Answer#2: The saying goes that success is about getting what you want, while happiness is about wanting what you get. For myself happiness is more important. My goal was always financial independence; working for myself and finding a job where I admire the people I work with. I was interested in being in a position to control the decision making process. At age 25, I had enough money to live off of. I had two children and the equivalent of roughly $2M in today's money. Everything since then has been surplus.

As you move along in your career, you always want to consider your inner scorecard - how you feel about your own performance and success. You should worry more about how well you perform rather than how well the rest of the world perceives your performance. The success of Berkshire has always been more important than my own personal success in terms of financial returns. The most important takeaway is that you should always try to be a good person.

2015年9月18日金曜日

毎日少しずつ賢くなっていく(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の3回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

私がまだずいぶん若い頃に育てた二つめのアイデアは、「称賛に基づいた愛情ほど正しい愛はない」というものです。そのような愛には、教訓を示してくれる死者も含みます。どうにかしてその考えに達した後は、ずっと抱きつづけてきました。私にとって非常に有用なアイデアでしたよ。一方、サマセット・モームが小説『人間の絆』の中で描いたものは病んだ愛情です。あれは災いですね。そのような災厄を抱えていると自覚した人は、捨て去るべきです。

次のアイデアに進みましょう。それは「知恵を身につけよ。それをみずからに義務と課せ」というものです。ここでも孔子を思い起こしたかもしれません。これは単に自分を向上させるだけではありませんよ。その結果として生じるものが非常に重要です。つまり、人生を通じて学びつづけるように要求されるという意味です。生涯学びつづけない人が非常にうまくやっていくなど、できっこないでしょう。すでに身に着けたものだけでは、人生でそれほど多くを手にすることはできません。この地を離れた後にも学びつづけるのです。そうすれば、自分を高めていけるでしょう。

バークシャー・ハサウェイを考えてみてください。世界で最高とみなされている企業のひとつです。有史以来、最も長期にわたって巨額の資産を投資してきた実績を持つ企業と言えるかもしれません。そのバークシャーをある10年間にわたって経営する能力を持っていたとしても、次の10年間も同じ水準の実績をあげるには、その能力のままでは不十分ですね。ですからウォーレン・バフェットは、機械のようにずっと学びつづける必要があったのです。これはもっと低い階層でも同じように必要なことです。私がずっと観察してきた人の中には、最高に頭がいいわけでもなく、最高に熱意があるわけでもない人がいましたが、彼らは出世していきました。そうです、機械のように学びつづけたからです。朝目覚めたときとくらべて、晩にベッドへ入るときのほうがいくぶん賢くなっていたわけです。ですからみなさん、そのような習慣が身を助けます。みなさんのように長い人生がつづくのであれば、なおさらですよ。

The second idea that I developed very early is that there's no love that's so right as admiration based love, and such love should include the instructive dead. Somehow I pick up that idea, and I've lived with it all my life. It's been very useful to me. A love like that described by Somerset Maugham in his book, Of Human Bondage, is a sick kind of love. It's a disease, and if you find yourself with a disease like that, you should eliminate it.

Another idea, and this may remind you of Confucius, too, is that the acquisition of wisdom is a moral duty. It's not something you do just to advance in life. And there's a corollary to that idea that is very important. It requires that you're hooked on lifetime learning. Without lifetime learning, you people are not going to do very well. You are not going to get very far in life based on what you already know. You're going to advance in life by what you learn after you leave here.

Consider Berkshire Hathaway, one of the best-regarded corporations in the world. It may have the best long-term, big-assets-involving investment record in the history of civilization. The skill that got Berkshire through one decade would not have sufficed to get it through the next decade, with comparable levels of achievement. Warren Buffett had to be a continuous-learning machine. The same requirement exists in lower walks of life. I constantly see people rise in life who are not the smartest, sometimes not even the most diligent. But they are learning machines. They go to bed every night a little wiser than they were that morning. And boy, does that habit help, particularly when you have a long run ahead of you.

2015年9月14日月曜日

望みのものを得るためのもっとも手堅い方法(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の2回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

私にとって役に立った主要なアイデアとはなんだったでしょうか。私がそのアイデアに思い至ったのは、幸運にも非常に若い頃でした。それは「望みのものを得るためのもっとも手堅い方法とは、望むものにふさわしい人間になること」というものです。単純そのものですね、黄金律です。自分が逆の立場のときに買いたいものを、世界中に提供したいと考えるわけです。私としては、法律家だろうと誰であろうとそれ以上に良いエートスはない、と考えています。概して言えば、そのエートスを獲得した人は人生で成功をおさめています。単に金銭や名誉を勝ち取るだけではありません。関わりのある人たちから、尊敬つまり相応の信頼を抱かれるようになります。相応の信頼を得るようになれば、非常に満ち足りた日々になるものです。

金持ちで有名人ながらも徹底して不正直な人間が亡くなった、ときにはそんなことがあるかと思います。しかしその手の人は、周囲の社会からは卑劣な人間としてほぼ必ずや受けとめられています。大聖堂に葬儀の参加者があふれたとしても、ほとんどの人は当人が死んだという事実を祝福するでしょう。そういえば、こんな話を思い出しました。その手の人間が亡くなったときに、牧師がこう言いました。「さあ、いまこそ故人の美点をおはなしください」。口を開く者はいませんでした。じっといつまで待っていても、誰も口を開きませんでした。しかし、とうとう話し出した男がいました。「たしか彼の兄弟のほうが悪人でしたよ」(聴衆笑)。まさに赴きたくない場所ですね。そのような葬式で終わる人生は、みなさんの望むところではないと思います。

What are the core ideas that have helped me? Well, luckily I had the idea at a very early age that the safest way to try to get what you want is to try to deserve what you want. It's such a simple idea. It's the golden rule. You want to deliver to the world what you would buy if you were on the other end. There is no ethos in my opinion that is better for any lawyer or any other person to have. By and large, the people who've had this ethos win in life, and they don't win just money and honors. They win the respect, the deserved trust of the people they deal with. And there is huge pleasure in life to be obtained from getting deserved trust.

Now, occasionally, you will find a perfect rogue of a person who dies rich and widely known. But mostly these people are fully understood as despicable by the surrounding civilization. If the Cathedral is full of people at the funeral ceremony, most of them are there to celebrate the fact that the person is dead. That reminds me of the story of the time when one of these people died, and the Minister said, "It's now time to say something nice about the deceased". And nobody came forward, and nobody came forward, and nobody came forward. And finally one man came up and said, "Well, his brother was worse". (Audience laughs.) That is not where you want to go. A life ending in such a funeral is not the life you want to have.

2015年9月4日金曜日

2015年バークシャー株主総会;成功できた理由

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5月2日に開催されたバークシャー・ハサウェイの年次株主総会からの引用です。「成功できた理由はなにか」との質問に対して、チャーリー・マンガーやウォーレン・バフェットの人生訓が語られます。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

成功できた理由

<質問> おふたりが成功できた理由でいちばん重要だったことはなんですか。

<バフェット> すばらしい先生がいたこと、そして尋常でないほどに集中したことです。このゲームを楽しんできました。すごく楽しかったですから。実のところ、投資はかなり簡単なゲームです。ただし、ある種の感情面で落ち着いていることが必要です。若いころには投資先をさがすために、[四季報のような]銘柄情報誌を通読しました。7歳から19歳のころには、投資に入れ込んでいたものの導きとなる原理原則がありませんでした。そのあとに読んだ本がベン・グレアムの『賢明なる投資家』です。その本には投資における思想が書かれていました。まったくそのとおりでした。それよりも複雑なことはなにもありません。

<マンガー> そのとおり。投資に向いた性格の持ち主には、たやすいゲームですよ。しかし他人より賢くやれることで財産を築く人生だとしたら、それだけではないですね。もっと他にもやるべきです。

<バフェット> そうです。バークシャーを経営するのは、投資をするだけよりもずっと楽しいものです。バークシャーをやってきて、すごくよかったです。

<マンガー> 自分の資金をうまく投資できるのなら、他のこともどんどんやったほうがいいですよ。

映画スターや俳優としては成功できっこないとわかってから、私は残念な誘導装置にみちびかれて投資の世界へと入りました。祖父からこう教わっていたのです。「できるだけ合理的な人間になること。それがおまえにとっていちばんの義務だ」。合理的な考えがうまくできた一方、他のことはちっとも上手ではなかったですね。だから自分の得意なほうへ進んだわけです。孔子は「合理的でいることは道徳上の義務だ」と言っています。だから孔子の考えが好きなのです。私も昔から同じ考えを抱いてきました。バークシャーは合理的という意味でのお手本ですよ。

無知のままでいようとするのは、つまり本来あるべきよりも愚かなままでいるのは、恥ずべきことです。狭量なふるまいを異常だと考える場所では、寛大であるべきでしょう。

REASON FOR SUCCESS

When asked what the most important reason for their success was, Buffett attributed it to a great teacher and exceptional focus. He also enjoyed the game which was enormously fun. Investing is actually a pretty easy game, but it does require a certain emotional stability. Buffett went through stock manuals when he was young searching for investments. Between ages 7 and 19, he had enthusiasm for investing but not guiding principles. Then he read The Intelligent investor by Ben Graham, which described an investment philosophy that made total sense. It wasn't more complicated than that.

Charlie agreed that investing is an easy game if someone has the temperament for it. If you amass a fortune in life by being shrewder than others, it's not enough in life.

Buffett agreed and said running Berkshire has been far more fun than just an investment. Managing Berkshire is incredibly more satisfying.

Charlie said, "If you're good at investing your own money, I hope you move on and do more."

Charlie said he had an unfortunate channeling device into the investment world when he realized he was never going to succeed as a movie star or actor. His grandfather provided him with the idea that your main duty is to become as rational as you can be. Since he was good at that and no good at anything else, he was steered into something that worked well for him. Confucius said we owe a moral duty to rationality, which is why Charlie likes Confucius. He had the same idea years ago. Berkshire is a temple of rationality.

Charlie said, "If you have ignorance and keep it, it's dishonorable to stay stupider than you have to be. You have to be generous where it's crazy not to be."

2015年7月14日火曜日

ウォーレン・バフェットの私信から学んだこと(レオン・クーパーマン)

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レオン・クーパーマン氏というヘッジ・ファンドのマネージャーが、ウォーレン・バフェットに関する話題を打ち明けた記事が、以下のWebサイトに掲載されています。講演用の原稿をレビューしてもらおうとウォーレンに依頼したところ、彼からもらった返信に教えられたとのことです。今回はウォーレンの返事の部分などを引用してご紹介します。(日本語は拙訳)

Warren Buffett revealed this 'great philosophy of life' in a letter to a hedge fund manager (Business Insider)


[リー・クーパーマン氏はバリュー投資家向け講演でとりあげる事例として、ロウズ社(Loews)による自社株買いとテレダイン社のヘンリー・シングルトンを取りあげたいと考えた。以下は、それに対するウォーレンの所感]

2007年11月23日

リー殿へ、

前略

この2件よりも適した題材は挙げられないと思います。[テラダイン社の]ヘンリー[・シングルトン](参考記事)は、投資家やCEO、将来のCEOやMBAの学生のだれもが学ぶべき経営者です。最終的に彼の判断は100%合理的でした。わたしからそのように表現できるCEOは、ほんのわずかな人だけです。

自社株買いはわたしにとって大いに興味をひく状況です。答えが単純だからです。自社株買いをする時期とは、1ドルを買うために明らかに大幅な安い金額を支払うときで、なおかつ買っていいのはそのときだけです。

あくまでも全般的な見方ですが、30年前に自社株買いをしていたほとんどの企業は正しい理由でそうしていました。しかし、現在はまちがった理由でそうする企業ばかりだと言えます。時が移るなかで、流行に乗りたがったり無意識のうちに株価を支えたいと考える経営者をみてきました。いつでも正しい理由に基づいて自社株を買い戻してきた企業の例として、ロウズ社はとてもふさわしいと思います。それとは反対の例をいろいろあげることもできますが、わたしは次の格言にしたがうことにしています。「称賛するときには名指しで、批判するときには領域全体を指し示すこと」。

草々

ウォーレン

「わたしはその手紙を息子2人に見せることにしました」、クーパーマンはリゾルツにそう言った。「これはすばらしい人生訓だと思います。ウォーレンが公の場で特定の人物を批判したのをみたことがないでしょう。彼が投資銀行家という表現で批判したことはあるかもしれません。ヘッジファンド全体を批判したかもしれません。しかし特定のだれかを追い回したりはしません。良き人生哲学だと個人的には考えています」

November 23, 2007

Dear Lee,

I don't think you could have picked two better subjects. Henry is a manager that all investors, CEOs, would-be CEOs, and MBA students should study. In the end, it was 100% rational and there are very few CEOs about whom I can make that statement.

The stock-repurchase situation is fascinating to me. That's because the answer is so simple. You do it when you are buying dollar bills at clear cut and significant discount and only then.

As a general observation I would say that most companies that repurchased shares 30 years ago were doing it for the right reasons, and most companies doing it now are wrong when doing so. Time after time, I see managers who are attempting to be fashionable or subconsciously hoping to support their stock. Loews is a great example of a company that's always repurchased shares for the right reasons. I could give examples of the reverse, but I follow the dictum praise by name, criticize by category.

Best regards

Warren

"And I showed that letter to my two sons," Cooperman told Ritholtz. "And it's a great philosophy of life. You never see Warren criticize any one individual in public. But he might criticize investment bankers. He might criticize hedge funds. But he doesn't go after anyone. And that's a good philosophy of life, in my opinion."

*

お亡くなりになったことが昨日発表された任天堂の岩田社長も、個人的に尊敬していた人物です。持ち株は少ないながら、任天堂のことは情報収集を続けてきました。多くの人から愛される経営者として、岩田さんはウォーレン以上だったかもしれません。人がだれかの言動に共感を寄せたり、見習いたいと心のうちで感じるのは、テレビや新聞、ネット記事や新刊本といったマスメディアにではなく、誠実さや真剣さがにじむ人物の小さな行動の積み重ねにあると思います。岩田さんが示した人生訓は、静かに力強く受け継がれていくと思います。

2014年12月10日水曜日

本当の幸せとは(『脳科学は人格を変えられるか?』)

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何度かとりあげた『脳科学は人格を変えられるか?』から、今回で最後の引用です。本当の幸せに関する話題です。きれいごとのようにみえますが、現代文明の本質の一面をうまくとらえた見解だと思います。

もうひとつ重要な発見が、科学的な研究からもたらされている。それは、人がほんとうの意味で幸福になれるのは次に述べる3つの要素があわさったときだけだということだ。ひとつ目は、ポジティブな感情や笑いを数多く経験すること。ふたつ目は、生きるのに積極的にとりくむこと。そして3つ目は、今日明日ではなくもっと長期的な視野で人生に意義を見出すことだ。

ふたつ目の、仕事であれ趣味であれ、自分がしていることに積極的にかかわることは、3つの中でもとりわけ重要だ。幸福に関する複数の調査からは一貫して、より良い仕事やより良い家、より良い車などのいわゆる<ものごと>が、高い幸福感の継続にはつながらないという意外な結果がもたらされている。売る側が何をどう言おうと、新しいぴかぴかの腕時計や新しい携帯電話は、長期的には人の幸福度をすこしも高めてはくれないのだ。基本レベルの豊かさ(住む家があり、十分食べ物があること)がひとたび得られれば、それ以上にどれだけカネがあっても人が感じる幸福度にほとんど差は生じない。これは複数の調査からあきらかにされた事実だ。それよりも人を幸福にするのは、自分にとって大きな意味のある何かに積極的にとりくむことだ。これこそが楽観主義者の本物の証明だ。楽観主義者とは、大きな目的に向かって没頭したり、意義ある目標に到達するために努力を重ねたりできる人々なのだ。 (p.287)

備考です。過去記事で引用したツヴァイクも同じ趣旨のことを述べていました。

2014年11月22日土曜日

お粗末だった私の経歴(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが1998年に行った講演「慈善財団における資産運用の現状」の6回目、最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

締めくくりとして、論争を招くであろう予測と、同じく論争を呼びそうな見解を述べます。

まずは、論争を招く予測のほうです。もしみなさんの中でバークシャー・ハサウェイとよく似た投資方針をとる人がいて、ずっとのちになってからそれを振り返ってみれば、何もしないようにとウォーレン・バフェットを説得できなかったとしても、後悔するところはないでしょう。一方バークシャーにとっては、投資上の競争相手がいっそう賢明になるわけですから、後悔する所以となります。しかし実際には、他の人が聡明になったせいでどのように不利になろうと、バークシャーが悔いることはありません。我々が概してこの世の現実をどう捉えているのか、他の人に対して参考にしてはどうかと勧めているのですから。結局我々は、自分たちが手にできる成功を望んでいるに過ぎないわけです。

次も批判を呼ぶと思いますが、私の見解では「財団の間では、複雑で費用が高くつく投資形態は重視しないように検討することが、もっと一般的になる」と思います。私の疑念に反してそのような形態がうまくいくようになっても、資産運用という仕事の大半には反社会的な影響が根深く及ぶでしょう。それと言うのも、その仕事が今現在つづいている有害な潮流を悪化させるからです。すなわちこの国の道徳的な若者の頭脳を、儲けの大きい資産運用の世界やそこに付随する現代的な軋轢へとますます引き寄せている傾向のことです。それは、他者に対してもっと多くの価値をもたらす仕事とは異なる種類のものです。資産運用という仕事はお手本を示していません。初期のチャーリー・マンガーが歩んだ経歴は、若い人からすればお粗末な事例でした。資本主義社会からもぎ取った見返りとしての、社会に対する貢献が不十分だったからです。しかし、他の人の似たような経歴はもっと悪いですね。

そのような事例を頼りにするよりも、財団にとってはもっと建設的な選択肢があります。賢明さゆえに称賛を集めている国内企業の数社へと、長期的に集中投資するやりかたです。

そうだとすれば、どうしてベン・フランクリンのやりかたを模倣しないのでしょうか。結局のところベンという人は、社会に貢献するという点で上手い成果をあげましたし、また相当な投資家でもありました。お手本にするならば、バーニー・コーンフェルドよりもベンのほうがずっと優れていると思いますよ。さあ、どちらを選ぶかはみなさん次第です。(おわり)

To conclude, I will make one controversial prediction and one controversial argument.

The controversial prediction is that, if some of you make your investment style more like Berkshire Hathaway's, in a long-term retrospect, you will be unlikely to have cause for regret, even if you can't get Warren Buffett to work for nothing. Instead, Berkshire will have cause for regret as it faces more intelligent investment competition. But Berkshire won't actually regret any disadvantage from your enlightenment. We only want what success we can get despite encouraging others to share our general views about reality.

My controversial argument is an additional consideration weighing against the complex, high-cost investment modalities becoming ever more popular at foundations. Even if, contrary to my suspicions, such modalities should turn out to work pretty well, most of the money-making activity would contain profoundly antisocial effects. This would be so because the activity would exacerbate the current, harmful trend in which ever more of the nation's ethical young brainpower is attracted into lucrative money management and its attendant modern frictions, as distinguished from work providing much more value to others. Money management does not create the right examples. Early Charlie Munger is a horrible career model for the young because not enough was delivered to civilization in return for what was wrested from capitalism. And other similar career models are even worse.

Rather than encourage such models, a more constructive choice at foundations is long-term investment concentration in a few domestic corporations that are wisely admired.

Why not thus imitate Ben Franklin? After all, old Ben was very effective in doing public good. And he was a pretty good investor, too. Better his model, I think, than Bernie Cornfeld's. The choice is plainly yours to make.

2014年6月22日日曜日

わたしの目標(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが1994年にネブラスカ大学でおこなった講演その26です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問者> 全米一の大金持ちになった今では、バフェットさんの次の大きな目標は何ですか。

<バフェット> そうですね、株主総会でも言いましたが、今の目標は全米の男性の中で最年長になることです。葬儀の時に言ってほしいのはそれだけです。「なんと、彼はずいぶん長生きしたんだね」と言ってほしいのです。それから、今やっていることをなるべくずっと続けていきたいです。ゴルフのハンデを5打減らしたいといった特別な願望はありません。自然にはそうならないですし、それに時間をかけるつもりもありません。わたしにとっては大差ないことです。他のことと同じように、現在のレベルで楽しんでやれるぐらいの力はあるだろうと思っています。本当に、まったく、これっぽっちも、他に目標などありません、これまでやってきたことをこれからもやっていけるだけ元気でいられれば、それでいいのです。

Q. Mr. Buffett, after being the richest man in America, what are your major goals now?

A. Well, as I said at the Annual Meeting, now my goal is to be the oldest man in America. That's all I want said at my funeral. I just want someone to say, "My God, he was old!" I just want to keep doing what I'm doing, as long as I can. I have no desire to bring my golf handicap down five strokes particularly; it won't go down there by itself, and I'm not going to spend time to do it. It doesn't make that much difference to me. I feel like I can have as much fun doing what I do at this level as anything else. I really, really, really have no goals other than to stay healthy enough to keep doing the same thing I've been doing.


<質問者> 質問が2つあります。ひとつめは、この国における2大政党体制の将来についてどう思いますか。ふたつめは、1996年の大統領選でコリン・パウエル氏の立候補はどうだと思いますか。

<バフェット> ご存知のように、政党の独自性や支持層は過去に大きく変化しました。おそらくわたしは、どちらの所属でもおかしくないという点で典型だと思います。しかし政党がそれほど重要なものだとは考えていません。他の候補者より劣ると思われる人に投票することを強制するような党議拘束や忠誠心は、たしかにありません。その点で、テレビがもたらしてきた影響は多大だったと思います。今の政党は今後も続いていくと思います。消滅したり、分裂する可能性が高いとは思っていません。

コリン・パウエルのことは、彼がすばらしい人だとしか知りません。個人的には存じていませんが、あきらかに傑出した人物です。しかしさまざまな問題について見解を述べはじめると、だんだん人気が落ちていくのではないでしょうか。それが政治というものです。ある問題について賛否のどちらなのか明言すべきときがやってくると、支持者は急激に減りはじめます。しかし、個人としての品格という面では彼は最上級の人物だと考えたいですね。多くの問題に対して彼がどのような見解を持っているのか、実のところわたしにはわかりません。しかし、来年あたりには誰もがそれを知るようになるかもしれません。

Q. I have a two-part question. Number one, what do you think about the future of the two-party system in America? And, number two, what do you think about the candidacy of Colin Powell for President in '96?

A. Well, what has happened, as you know, is that party identifications and loyalties have changed dramatically. I'm probably typical in that I may be registered one way or the other, but I don't really think much about that. Certainly there is no party discipline or loyalty that can be called upon to get me to vote for somebody whom I think is inferior to another candidate. I think television has contributed to that very substantially. I think the parties will continue along; I don't think they will disappear or splinter in all likelihood.

Everything I know about Colin Powell is good. I do not know him personally. He is clearly an outstanding human being. If he starts offering his opinions on various subjects, his popularity will tend to diminish because that's the nature of politics. When you have to say whether you are for or against something, you start losing people pretty fast. But, in terms of the quality of that individual, I would think he would be first-class. I have no idea really what his views are on a lot of subjects. We may learn in the next year or so.

2014年6月20日金曜日

海軍式のすぐれたところ(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの(再考)世知入門、25回目です。1件の質問に対して、チャーリーの返答は延々と続きます。あとのほうに出てくる話題は以前の投稿でも登場していますが、講演時期は本講演のほうが先です。なお、前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問者> しかし企業が決定を下す際に、失敗や責任を恐れてリスクの大きい投資に二の足を踏むほうへ変化した様子を目の当たりにしたり、経験したことがありますか。

<マンガー> 私が経験した唯一の事例では、ウォーレンではない別の友人がいっしょでしたが、私はその会社の最大株主の部分所有者でした。そこでは、ケブラーか何かを素材とした警官用の新型ヘルメットを考案していました。彼らはそれを我々に披露し、製造したいと要求しました。

イデオロギーの問題としては、我々は警察という存在を強く支持しています。社会には警察組織が必要だと信じているからです。しかし、あまりにも多くの未亡人や孤児を警官が不必要にうみだしているという見方は信じられません。ともあれ、改良された警官用ヘルメットという考えは気に入りました。

ところが、我々はそれを一瞥してから発明者に対してこう言いました。「私たちの会社には資金が十分にあります。しかし警官用の改良型ヘルメットを製造する余裕はありません。これこそ、現代社会がどのように動いているか示しているのですよ。つまり、あらゆるリスクを考慮すると私たちにとっていい話ではない、ということです。ただ、社会がそのようなものを手にしてほしいとは願っています」。

「だから、社会のためにそのヘルメットを大いに販売しようとは私たちは考えていません。どこかよそで作ってもらいなさい。作れるところに対して技術などを移管するのです。私たちはやるつもりはないですからね」。

そういうわけで、新型ヘルメットを配らないことによって警官を不利にすることはありませんでした。しかし我々の手では製造しないことに決めました。

社会が発展していくと、周囲で金を持っているのが自社だけになった場合、それは悪いビジネスとなることがあります。たとえば高校のアメフトでは、対麻痺[下半身不随]や四肢麻痺はときに避けられません。しかし事故が起こった場合、負傷した人が訴えるのにふさわしい資金に余裕がある者は、ヘルメット・メーカー以外にどこがあるでしょうか。だれもが悲しみ、負傷者はひどい状態だとすれば、メーカーにとって法廷は危険な場所となるでしょう。

我々のいるような社会において、お金のある大企業のうちでアメフトのヘルメット製造をやれるほど賢明なところは、ほとんどありません。たぶん、ヘルメット・メーカーを簡単には訴えられないようにすべきなのでしょうね。

別の話になりますが、私の知り合いで、奥さんと良好な関係を築いている2人の医者がいました。しかし医療過誤の保険料がかなり高額になったことで、彼らのどちらもが離婚しました。ただし、ほぼ全財産を奥さんのほうへ移したのです。その後、彼らは以前と同じように医療行為をつづけたものの、医療過誤保険から抜けた点は違いました。

このような社会に対して、彼らは怒りを覚えていました。しかし、うまく振舞う必要がありました。どちらの医者も奥さんを信用していたので、先ほど述べた道をえらびました。そしてその後は医療過誤保険はまったく契約しませんでした。

移り行く訴訟環境に応じて、人は適応するものです。さまざまやりかたがあります。これまでもそうでしたし、これからも同じことがつづくでしょう。

私が個人的にもっとも嫌悪しているのは、容易に詐欺を働くことのできるシステムです。カリフォルニア州におけるカイロプラクティックの全売上げの半分以上は、おそらく純粋な詐欺によるものです。たとえば、せわしい環境で暮らす私のある友人が、自動車を運転していたときにちょっとした衝突事故に遭いました。ところが交差点からまだ離れてもいないのに、カイロプラクティック術者2名と弁護士1名から名刺を渡されました。彼らはムチ打ちを作り出す商売で食っているのですね。

ランド研究所の統計資料によれば、カリフォルニアでは他の多くの州とくらべて事故1回あたりの怪我の件数が2倍になることが示されている、と私は信じています。しかし、実際には2倍には達していないはずです。残り半分は詐欺です。他のみんながやっているだろう、と思えることを単に実行しているのです。それで問題ないだろう、と考えているわけですね。そんなものをまぎれ込ませるとは、なんともひどい話です。

もし私がこの社会を運営できるとしたら、ストレスに対する補償金は労災からは出しません。業務上のストレスがないからではなく、ストレス補償を認めれば、業務上のストレスによって実際に障害を受けながらも補償されない人が何人か出た場合とくらべて、差し引きした正味でみたときに社会に対して害をもたらすからです。

私が好んでいるのは海軍のやり方です。もしあなたが海軍の艦長だとして、24時間勤務を務めた後に睡眠をとることになり、厳しい状況ながらも有能な副官に指揮を任せたとします。ところが彼は艦を座礁させてしまいました。あなたの過失ではないことは明らかですが、軍法会議にはかけられないものの、海軍におけるあなたの経歴はこれでおわりです。

「それは厳しすぎます。ロー・スクールではそうしないし、デュー・プロセス[法的な手続き]もないですよ」、そう言いたいかもしれません。しかしその状況では、海軍式のやりかたのほうがロー・スクール式よりも優れています。状況が厳しいときにはきちんと注意を払うこと。海軍式では、まさしくそれを強制しています。弁解のきかない局面だからです。

なぜ艦が座礁したのか、経歴が終わりになるのか、それは問題ではありません。艦長の過失がどうとか、だれも気にかけません。あらゆる影響を考慮して全体の利益のことを考えた結果、我々が持つべきと判断された単なる規則に過ぎません。

私はその手の規則を好んでいます。そのような失敗厳禁則がいくつかあったほうが社会はうまく機能する、と思います。しかしロー・スクールあたりでは忌み嫌われているようですね。「デュープロセスがないのだから、実のところ正義を求めていないのだ」と。

しかし海軍式規則の話の中でも、私は正義を求めていました。艦船の座礁件数がより減少する、という正義です。差し引いた正味での利益を考えれば、ある艦長の人生が不公平に扱われたとしても、私には気になりません。結局のところ、軍法会議にかけられるわけではないのです。新しい仕事を見つければならないだけで、年金の受給権などもそのままです。世界が終わるわけではありません。

ですからそういうやりかたが良いと思っているのですが、そう考える私は少数派ですね。

Q: But have you seen or experienced any change in decision making at corporations in their being less likely to take on riskier investments for fear of failure or liability?

The only place I saw - with another friend, not Warren (Buffett) - (was where) I was part owner of the biggest shareholder in a company that invented a better policeman's helmet. It was made of Kevlar or something of that sort. And they brought it to us and wanted us to (manufacture) it.

As a matter of ideology, we're very pro-police. I believe civilization needs a police force - although I don't believe in policemen creating too many widows and orphans unnecessarily either. But we like the idea of a better policeman's helmet.

However, we took one look at it and said to the people who invented it, "We're a rich corporation. We can't afford to make a better policeman's helmet. That's just how the civilization works. All risks considered, it can't work for us. But we want the civilization to have these."

"So we don't maximize what we sell it for it. Get somebody else to make it. Transfer the technology or whatever to somebody who can do it. But we're not going to."

Thus, we didn't try to disadvantage policemen (by keeping them from) getting new helmets, but we decided not to manufacture helmets ourselves.

There are businesses - given the way the civilization has developed - where being the only deep pocket around is bad business. In high school football, for example, a paraplegic or quadriplegic will inevitably be created occasionally. And who with deep pockets can the injured person best sue other than the helmet manufacturer? Then everyone feels sorry, the injuries are horrible, and the case is dangerous for the manufacturer….

I think big, rich corporations are seldom wise to make football helmets in the kind of a civilization we're in. And maybe it should be harder to successfully sue helmet makers.

I know two different doctors - each of whom had a sound marriage. And when the malpractice premiums got high enough, they divorced their wives and transferred most of their property to their wives. And they continued to practice - only without malpractice insurance.

They were angry at the civilization. They needed to adapt. And they trusted their wives. So that was that. And they've not carried any malpractice insurance since.

People adapt to a changing litigation climate. They have various ways of doing it. That's how it's always been and how it's always going to be.

What I personally hate most are systems that make fraud easy. Probably way more than half of all the chiropractic income in California comes from pure fraud. For example, I have a friend who had a little fender bender - an auto accident - in a tough neighborhood. And he got two chiropractors' cards and one lawyer's card before he'd even left the intersection. They're in the business of manufacturing claims that necks hurt.

In California, I believe the Rand statistics showed that we have twice as many personal injuries per accident as in many other states. And we aren't getting twice as much real injury per accident. So the other half of that is fraud. People just get so that they think everybody does it, and it's all right to do. I think it's terrible to let that stuff creep in.

If I were running the civilization, compensation for stress in workers' comp would be zero - not because there's no work-caused stress, but because I think the net social damage of allowing stress to be compensated at all is worse than what would happen if a few people that had real work-caused stress injuries went uncompensated.

I like the Navy system. If you're a captain in the Navy and you've been up for twenty-four hours straight and have to go to sleep and you turn the ship over to a competent first mate in tough conditions and he takes the ship aground - clearly through no fault of yours - they don't court-martial you, but your naval career is over.

You can say, "That's too tough. That's not law school. That's not due process." Well, the Navy model is better in its context than would be the law school model. The Navy model really forces people to pay attention when conditions are tough - because they know that there's no excuse.

It doesn't matter why your ship goes aground, your career is over. Nobody's interested in your fault. It's just a rule that we happen to have - for the good of all, all effects considered.

I like some rules like that. I think that the civilization works better with some of these no-fault rules. But that stuff tends to be anathema around law schools. "It's not due process. You're not really searching for justice."

Well, I am searching for justice when I argue for the Navy rule - for the justice of fewer ships going aground. Considering the net benefit, I don't care if one captain has some unfairness in his life. After all, it's not like he's being court-martialed. He just has to look for a new line of work. And he keeps vested pension rights and so on. So it's not like it's the end of the world.

So I like things like that. However, I'm in a minority.