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2025年12月6日土曜日

任天堂岩田社長が亡くなった前年の横顔

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 Switch2を今年発売した任天堂、その普及台数が一定数に達するまではビッグタイトルのリリースを控えていると思われます。そして来年には映画マリオ、再来年には映画ゼルダの公開を予定しており、主力タイトルの新作発売はその時期に合わせてくるのでしょう。その意味で、のちに振りかえったときに「2025年は凪ぎの12月だった」と総括されているかもしれません。そこで静かな年の12月6日として、昨年読んだ本『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』から、岩田聡元社長の話題を引用ご紹介します。


著者のレジー・フィサメィ氏はアメリカ任天堂でCEOを務めていた人物です。ドンキーコングを思わせる風貌をしたレジーは任天堂ダイレクトやE3といったメディアで、生前の岩田社長と息の合った共演をみせていたのが記憶に残る好漢です。本書では、あまり恵まれていない家庭に生まれながらも、前向きに考えて行動し、信念そして他者との接し方を大切にしつづけた結果、世界最大のゲーム市場において任天堂の歴史的成功(Wii, DS, Switch)に大きく寄与した半生が、颯爽と語られています。


今回ご紹介する文章は、病気で苦しんでいたころの岩田さんの身辺を記したものです。岩田さんらしさをうまく切り取ってくれています。


8時半ぴったりに岩田氏のアシスタントが来て、彼の部屋に通された。このとき岩田氏は社長の在任期間が10年を優に超えていたが、先代の3人が使っていた正式な大きな社長室に移ることはなかった。彼が好んだのは、12人を収容できるくらいの長方形の会議室の上座に机が置かれた、もっとシンプルな部屋だ。他にもプレゼンテーションや開発中のビデオゲームを見たりするために、2台の大きなテレビスクリーンが置かれ、キャビネットは本やビデオゲーム、ゲームのアクセサリーやコントローラーであふれている。会社の社長室というよりは、ゲームクリエイターの部屋と言ったほうがいい。(p.15)


岩田氏が最初にガンの診断を受けて、最初の手術を行ったのは2014年夏のことだ。彼がまだ入院中に、私は世界戦略会議に出席するため日本に行くことになった。せっかく出張で行くのだから、岩田氏に見舞いに伺っていいですかと尋ねてみた。メールでやり取りする際、彼は「結構です。日本ではそういうことはしない。ビジネスパートナーは互いに病院を見舞うことはないから」と返事をしてきた。だが私は行くと言って聞かなかった。夏が終わってからはしばらく日本に戻る予定がないので、会いに行きたいと説明した。彼がどんな容態なのか知りたかったのだ。


岩田氏は来なくていいと押し通し、「レジー、会社から私を見舞いに来た人はいない」と再び書いて寄こした。私はビジネスの用件で訪問するつもりはない。こう返事を送った。「失礼ながらミスター・イワタ、私はNOA[Nintendo of America]の社長としてではなく、友人としてあなたを見舞いたいのです」


この最後の一押しによって、彼は笑って折れてくれた。そう思いたい。私に根負けしたと悟ったときに、彼はかすかに笑みを漏らしたものだ。彼は態度を和らげて、見舞いを許可してくれた。


この旅を手配してくれたのは古川俊太郎氏で、彼はその後任天堂の第6代社長となる。このとき古川氏は企業戦略の代表で、京都で岩田氏の右腕として活動していた。古川氏はヨーロッパで数年過ごしていたから英語はペラペラだ。古川氏は私をホテルに迎えに来て、岩田氏の病室に案内してくれた。病院までの車中で、古川氏は私の訪問がどれほど異例であるか念を押した。ほんの数日前まで、岩田氏は任天堂からの誰の見舞いも許可しなかったそうだ。私は見舞いをすると決まってから、彼は態度を和らげてその2日前には、会社からの他の見舞い客も受け入れていた。


岩田氏は私の見舞いをすごく喜んでくれた。彼の奥さんと娘さんもそこに居合わせていた。ビジネスパートナーの見舞いというよりも、友人のプライベートな見舞いとして迎えてくれたわけだから、私は嬉しかった。(p.23)

2025年11月19日水曜日

バフェットからの最後の手紙 (7)最後にお伝えしたいこと

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「バフェットからの最後の手紙」をご紹介してきましたが、今回が最終回です。前回の投稿はこちらです。(日本語は拙訳)

 

 最後にいくつか思うこと


まずは、たぶんに利己的な観察からひとつ。「人生の前半よりも後半のほうが楽しめた」、そう申し上げられることに満足しています。ここでみなさんに助言しますと、「過去におかした失敗で、自分をいつまでも責め立てないこと」です。失敗から少しでも学んだら、前に進んでください。改善するのに遅すぎることはありません。的確なヒーローを見つけて、その人たちを真似することです。トム・マーフィー[ABC]から始めてもいいと思います。彼はほんとうに最高でした。


アルフレッド・ノーベルの例もあげましょう。のちにノーベル賞で有名になった彼は、伝えられるところによれば、自分を追悼する記事を読んだそうです。兄が亡くなったときに新聞社が取り違えてしまい、まちがって印刷されたのですね。読んだ内容に愕然とした彼は、自身のふるまいを改めるべきだと認識しました。


ニュースを編集する際に手違いがおきることを当てにしないように。どうかみなさんは、自分の追悼記事に書いてほしいことを定めた上で、それにふさわしい人生をおくってください。


莫大な資金、繰り返される報道、強大な公権力。しかしそれらが集積しても、偉大なものごとが生じるわけではありません。幾千もの方法から自分のやりかたでだれかを助けるときに、みなさんは世界を助けているのです。思いやりにお金はかからないものですが、それはまたかけがえのないものです。信心深さはどうであれ、行動する上での指針たる黄金律をしのぐものは見つけ難いでしょう。


この文章を書いているわたし自身が、熟慮せぬこと数知れぬ、そしてあまたの過ちをおかしてきた人間です。しかしまた、すばらしい友人たちから優れたふるまいかたを学ぶことができて、ほんとうに幸運でした(完璧までは道半ばですが)。掃除をしてくれるご婦人も、この会長と同じ人間であることを忘れてはなりません。


* * * * * * * * * * * *


この文章をお読みになっているみなさんがすばらしい感謝祭を迎えられることを、お祈りいたします。そうです、たとえおばかさんであっても、変わるにはもう手遅れということはありません。みなさんの前に大きな機会が開かれている米国へ感謝する気持ちをお忘れなく。ただし、まぬがれないこともあります。米国という存在は気まぐれであり、そして利益を分配する際には賄賂に弱いことがある点です。


模範としたい人たちを慎重にえらび、その人たちを真似してください。完璧とはいかないものですが、そのたびにうまくなりますから。[終わり]


*


A Few Final Thoughts


One perhaps self-serving observation. I'm happy to say I feel better about the second half of my life than the first. My advice: Don't beat yourself up over past mistakes – learn at least a little from them and move on. It is never too late to improve. Get the right heroes and copy them. You can start with Tom Murphy; he was the best.


Remember Alfred Nobel, later of Nobel Prize fame, who – reportedly – read his own obituary that was mistakenly printed when his brother died and a newspaper got mixed up. He was horrified at what he read and realized he should change his behavior.


Don't count on a newsroom mix-up: Decide what you would like your obituary to say and live the life to deserve it.


Greatness does not come about through accumulating great amounts of money, great amounts of publicity or great power in government. When you help someone in any of thousands of ways, you help the world. Kindness is costless but also priceless. Whether you are religious or not, it's hard to beat The Golden Rule as a guide to behavior.


I write this as one who has been thoughtless countless times and made many mistakes but also became very lucky in learning from some wonderful friends how to behave better (still a long way from perfect, however). Keep in mind that the cleaning lady is as much a human being as the Chairman.


* * * * * * * * * * * *


I wish all who read this a very happy Thanksgiving. Yes, even the jerks; it's never too late to change. Remember to thank America for maximizing your opportunities. But it is – inevitably – capricious and sometimes venal in distributing its rewards.


Choose your heroes very carefully and then emulate them. You will never be perfect, but you can always be better.


2025年11月15日土曜日

バフェットからの最後の手紙(3)1等20兆円を当てる方法

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「バフェットからの最後の手紙」より、ウォーレンが住むオマハに関する話題は今回までです。前回投稿はこちらです。(日本語は拙訳)
 

10代のうちの数年の間、わたしはワシントンD.C.に住んでいました(父が議会の一員だった時期です)。そして1954年には、生涯つづけるものと考えていた仕事をマンハッタンで得ることができました。そこではベン・グレアムやジェリー・ニューマン[二人は投資ファンドの共同創設者]からうれしいまでに処遇され、生涯を通じた友人がたくさんできました。今でも同じですが、ニューヨークは異色の人物やものごとに出会える場所です。それにもかかわらず、わたしは1年半ほど滞在した後の1956年にオマハへ戻りました。そして、その街を再び逍遥することはありませんでした。


その後、3人の子供たちや何人かの孫たちはオマハで育ちました。子供たちは3人とも公立学校に通いました。彼らが卒業した高校で同じように学んだ人をあげると、わたしの父(1921年卒)や、わたしの最初の妻スージー(1950年卒)がおります。またチャーリーやスタン・リプシー、ネブラスカ・ファミリー・マート[家具販売巨大店を運営するバークシャーの子会社]を成長させてきた中心人物であるブラムキン家のアーヴやロンもそうです。ジャック・リングウォルト(1923年卒)もそうでした。彼はナショナル・インデムニティー社を設立して1967年にはバークシャーに売却してくれた人で、同社はわたしどもが巨大な損保事業を築く際の礎となりました。


* * * * * * * * * * * *


この国にはたくさんのすばらしい企業があり、すばらしい学校やすばらしい医療機関もあります。それぞれがまさしく独自の強みを持っており、能力のある人たちを有しています。しかしわたしがとても幸運だったと感じているのは、次のようなありがたい財産を得られたからです。生涯にわたる友人が数多くできたこと、2人の妻に出会えたこと、公立校で受けた教育によってすばらしいスタートが切れたこと、わたしがまだ幼少の時期に、親しみやすくて心おどる様々なオマハの大人に出会えたこと、そしてネブラスカ州兵部隊において幅広い友人ができたことです。そうです、ネブラスカ州はわたしの家そのものでした。


こうして振り返ると、バークシャーやわたしがうまくやれたのは、わたしが他の場所に移り住むのではなく、オマハを拠点にしたからだったと思います。米国の中央に位置するこの街は、生を享けて、家族を育て、事業を築くにはもってこいの場所です。生まれたときからわたしは途方もない当たりくじを引いたわけですが、それはあくまで単なる偶然のことでした。


*


I lived a few teenage years in Washington, DC (when my dad was in Congress) and in 1954 I took what I thought would be a permanent job in Manhattan. There I was treated wonderfully by Ben Graham and Jerry Newman and made many life-long friends. New York had unique assets – and still does. Nevertheless, in 1956, after only 1½ years, I returned to Omaha, never to wander again.


Subsequently, my three children, as well as several grandchildren, were raised in Omaha. My children always attended public schools (graduating from the same high school that educated my dad (class of 1921), my first wife, Susie (class of 1950) as well as Charlie, Stan Lipsey, Irv and Ron Blumkin, who were key to growing Nebraska Furniture Mart, and Jack Ringwalt (class of 1923), who founded National Indemnity and sold it to Berkshire in 1967 where it became the base upon which our huge P/C operation was constructed.


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Our country has many great companies, great schools, great medical facilities and each definitely has its own special advantages along with talented people. But I feel very lucky to have had the good fortune to make many lifelong friends, to meet both of my wives, to receive a great start in education at public schools, to meet many interesting and friendly adult Omahans when I was very young, and to make a wide variety of friends in the Nebraska National Guard. In short, Nebraska has been home.


Looking back I feel that both Berkshire and I did better because of our base in Omaha than if I had resided anywhere else. The center of the United States was a very good place to be born, to raise a family, and to build a business. Through dumb luck, I drew a ridiculously long straw at birth.



(注) 196,317株 * $770,000/株 = 約$150B = 約22兆円

2021年3月7日日曜日

2020年度バフェットからの手紙(3)バフェット・パートナーシップ

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2020年度「バフェットからの手紙」より、今回からはウォーレン・バフェットやチャーリー・マンガーがかつて運営していたパートナーシップの話題を皮切りに、彼らがバークシャーの株主に抱いている心情について触れた文章を取りあげます。なお前回分の投稿はこちらです。(日本語は拙訳)

バークシャー・パートナーシップ

バークシャーはデラウェア州に設立された会社です。そのため、当社の取締役は同州の法律に従わなければなりません。そのひとつとして、取締役会に所属する者は会社及び株主にとっての最善の利益のために行動する義務を負っています。当社の取締役はその原則を受け入れています。

もちろんですがそれに加えて、バークシャーの取締役は当社に対して次の点を望んでいます。顧客を満足させること。36万名になる従業員の技量を高め、それに対して報いること。資金の貸し手には敬意をもって接すること。事業を営むさまざまな都市や州においては良き市民とみなされること。当社ではそれらの4者を重要な支持者として大切に考えています。

しかしながら、それらのどの集団も次の各件について票決する権利は有していません、配当金の支払い、会社の戦略的方向、CEOの選出、そして企業買収や部門売却の是非についてです。それらの要件を果たす責任は、バークシャーの取締役のもとに帰着します。そして彼ら取締役は、会社やその所有者の長期的な利益を忠実に代表しなければなりません。

わたしやチャーリーは法的な責任だけでなく、バークシャーの株を保有する数多くの個人投資家に対して特別な義務を感じています。ここでちょっとした身の上話をすることで、わたしどもが常ならぬこだわりを抱いているわけや、そのことがわたしどもの行動をどのように御しているのか、わかりやすくなるかと思います。

* * * * * * * * * * * *

バークシャーに携わる以前には、わたしは一連のパートナーシップを使って多数の個人が出資する資金を運用していました。最初の3つのパートナーシップは1956年に設立しました。ときが経つにつれて複数の組織を扱うのがやっかいになってきたので、1962年に12件あったパートナーシップを1つの組織に融合させました。それがバフェット・パートナーシップ(BPL)です。

その年までには、わたしの保有する実質的にすべての資金は、さらには妻のものも同様に、多数の有限責任組合員の資金とともに投資されていました。わたしは給料や手数料をもらっていませんでした。そのかわりに、有限責任組合員[=出資者]が年率6%の利益を確保した上で、それを超える利益をあげた場合にだけ、無限責任組合員[=資産運用者]としての報酬が支払われました。もし年間の利益がその水準を超えられなかった場合には、不足分はわたしが将来受ける報酬と相殺するように、次年度へ持ち越される決まりとしていました(幸運なことに、そうなったことは一度もありませんでした。パートナーシップのあげた利益は、[ゴルフの]「ボギー」と言える6%の成績をいつも超えていたからです)。ときが経つうちに、わたしの両親や兄弟姉妹や叔母や叔父やいとこや義理の親族が保有する資金のかなりの部分が、そのパートナーシップへ投資されることになりました。(p. 10)

(つづく)

The Berkshire Partnership

Berkshire is a Delaware corporation, and our directors must follow the state's laws. Among them is a requirement that board members must act in the best interest of the corporation and its stockholders. Our directors embrace that doctrine.

In addition, of course, Berkshire directors want the company to delight its customers, to develop and reward the talents of its 360,000 associates, to behave honorably with lenders and to be regarded as a good citizen of the many cities and states in which we operate. We value these four important constituencies.

None of these groups, however, have a vote in determining such matters as dividends, strategic direction, CEO selection, or acquisitions and divestitures. Responsibilities like those fall solely on Berkshire's directors, who must faithfully represent the long-term interests of the corporation and its owners.

Beyond legal requirements, Charlie and I feel a special obligation to the many individual shareholders of Berkshire. A bit of personal history may help you to understand our unusual attachment and how it shapes our behavior.

* * * * * * * * * * * *

Before my Berkshire years, I managed money for many individuals through a series of partnerships, the first three of those formed in 1956. As time passed, the use of multiple entities became unwieldy and, in 1962, we amalgamated 12 partnerships into a single unit, Buffett Partnership Ltd. ("BPL").

By that year, virtually all of my own money, and that of my wife as well, had become invested alongside the funds of my many limited partners. I received no salary or fees. Instead, as the general partner, I was compensated by my limited partners only after they secured returns above an annual threshold of 6%. If returns failed to meet that level, the shortfall was to be carried forward against my share of future profits. (Fortunately, that never happened: Partnership returns always exceeded the 6% "bogey.") As the years went by, a large part of the resources of my parents, siblings, aunts, uncles, cousins and in-laws became invested in the partnership.

ウォーレンがみずからに課した報酬基準は、自信に裏付けられていたとは思いますが、実直で好感が持てるものです。彼やチャーリーの魅力は、能力や実績が秀でている点だけでなく、こういった行動規範をすこしずつ積み上げることで、職業倫理を高めたり人格を陶冶してきた点にもあると感じています。

2020年5月23日土曜日

2020年バークシャー株主総会(10)ウォーレンの祖父、アーネスト・バフェット

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バークシャー・ハサウェイの株主総会より、大暴落の話題のなかで、バフェット一族の横顔に触れています。前回分の投稿はこちらです。(日本語は拙訳)

<ウォーレン・バフェット> 株式市場の暴落が続くなか、わたしの誕生から1年間経っていないか、もうすぐ1年になろうとする頃に、わが父は勤め先の銀行へ出向いていきました。その銀行には口座も保有していました。しかし、おもてには「閉店」と掲げられていたのです。仕事をなくした父は、当時2人の子供を抱えていました。ところで彼の父親は、食料や雑貨を扱う店を営んでいました。実はわたしだけでなくチャーリー・マンガーも、わが祖父の店で働いていたことがあります。チャーリーは1940年に、わたしは1941年でしたから、わたしたち両名が知り合わせたことはありませんでした。その祖父が、わが父にこう言いました。「ハワードよ、食べ物や日用品のことは心配するな」と。「ツケ払いにしておいてやるから」。

(Warren Buffett 38:52)

In that intervening period, less than one year after I was born, just slightly less than one year, my dad went to the bank where he worked and had his account, and of course the bank had a sign out of "closed" and so he had no job, and he had two kids at that point, and his father had a grocery store, but Charlie and I both worked for my grandfather. Charlie worked there in 1940, I worked there in 1941, so we didn't know each other but my grandfather said to my father that, "Don't worry about your groceries, Howard," he says, "I'll just let your bill run."

なお、ウォーレンの祖父アーネストの店を撮影した写真は、たとえば以下のサイトに掲載されています。薄暗くて狭い店を想像していましたが、まったくちがいました。

From the Archives: The Oracle & Omaha (Omaha.com)

また以下の過去記事では、チャーリーがアーネスト・バフェットを絶賛しています。

<新訳>誤判断の心理学(序)バフェットの祖父に倣う理由

2019年2月24日日曜日

充実した人生を過ごすための方法(チャーリー・マンガー)

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デイリー・ジャーナル社の会長を務めるチャーリー・マンガーが2月14日の株主総会に出席した後に、CNBCのインタビューに応じていました。トランスクリプトが公開されているので、一部を拙訳にてご紹介します。応対者は、バークシャー担当としておなじみのベッキー・クイック女史です。

CNBC Transcript: Berkshire Hathaway Vice Chairman Charlie Munger Speaks with CNBC’s Becky Quick

<ベッキー・クイック> 本日ここに集まったみなさんには、ビジネスや投資のことよりも、人生についての助言を受けたいと考える人たちが大勢いました。今日の質問には、幸せな長い人生を過ごすための秘訣は何かを求めるものが数多くありました。チャーリーはどのようにお考えで..

<チャーリー・マンガー> たやすいことです。単純そのものですから。

<ベッキー> いったいそれは何ですか。

<チャーリー> あれこれと他人を妬まないこと、恨みがましく思わないこと。手にした収入を浪費しないこと、苦難に遭おうと明朗に努めること。関わりを持つのは信頼のおける人とし、為すべきことを為すこと。そういった単純な決まりを守ることが、実りある人生を確かにしてくれます。どれも言い古された教えですよ。[過去記事]

<ベッキー> そのように悟ったのは、何歳ぐらいの頃ですか。

<チャーリー> 7歳ぐらいのときですね。年長者にもイカれ気味の人がいるものだと思ったものです。あの人たちはイレれ気味だなと、つねづね思ったものですよ。しかしそれが良かったのでしょう。世界は不合理に満ちているわけですから。この件については長い間ずっと考え続けてきました。なぜそうなるのか、どうすれば避けられるのか、といったことをです。まさしく、それが良かったわけです。

「明朗たるべし」というのは、それが賢明だからですよ。そんなに難しいことでしょうかね。それでは、憎しみと怨念にふかく浸かりこんだ心境で、朗らかな様子をみせられますか。それは無理でしょう。だったら、なぜそんなところに入り込むのですかね。

BECKY QUICK: Charlie, so many of the people who come here come because they’re looking for advice not on business or investments as much as they’re looking for just advice on life. There were a lot of questions today, people trying to figure out what the secret to life is, to a long and happy life. And-- and I just wonder, if you were--

CHARLIE MUNGER: Now that is easy, because it’s so simple.

BECKY QUICK: What is it?

CHARLIE MUNGER: You don’t have a lot of envy, you don’t have a lot of resentment, you don’t overspend your income, you stay cheerful in spite of your troubles. You deal with reliable people and you do what you’re supposed to do. And all these simple rules work so well to make your life better. And they’re so trite.

BECKY QUICK: How old were you when you figured this out?

CHARLIE MUNGER: About seven. I could tell that some of my older people were a little bonkers. I’ve always been able to recognize that other people were a little bonkers. And it helped me because there’s so much irrationality in the world. And I’ve been thinking about it for a long time, its causes and its preventions, and so forth, that I-- sure it’s helped me.

CHARLIE MUNGER: And -- staying cheerful-- with-- because it’s a wise thing to do. Is that so hard? And can you be cheerful when you’re absolutely mired in deep hatred and resentment? Of course you can’t. So why would you take it on?

2019年1月16日水曜日

<新訳>誤判断の心理学(0)はじめに(2)小さな赤いめんどりの教え

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チャーリー・マンガーによる「誤判断の心理学<新訳>」、前回につづいて本文前書き部の文章です。(日本語は拙訳)

さて、私が法律の実務に携わるようになったころには、遺伝的進化が持つ威力に対して畏敬の念を抱いていました。また、乏しい認知的能力しか持たない動物や昆虫と人間の間には、進化的な面で共通点が多々あることを認識していました。人間とは「社会的動物」であり、周囲で目撃した人物の行動から強い影響を自動的に受けるとわかっていましたし、家畜や猿と同じように、人間がそれほど大きくない規模の支配階層のなかで生きていることも承知していました。人はそのなかにおいて権威を重んじ、また自分と同じ階層に属する者たちを好み、協力する傾向があります。その一方で別の階層に属する競争相手に対しては、強い疑念を抱き、はなはだしい敵意を示すものです。

しかし、私が直面していた認知上の事柄を適切にさばいていくには、そのような進化に基づいた汎用的な理論では不適切でした。時をおかずして私の周囲では、実に極端な不合理さが大小問わずある種のお決まりのなかに見て取れるようになったのです。周囲でたびたび見受けられるようになったので、自分が見聞きしたり実際に経験したことを盛り込むことのできるもっと優れた理論構造を獲得しないと、日々こうありたいと望むようには対処できないと考えました。私が理論を追求しつづけてきた年月は、そのときまでに長い期間に達していました。それは難題を解き明かす際に役立ちましたし、猿並みに旺盛な好奇心を満足させる手段という意味で、その理論に心惹かれ続けてきました。また望みの成果をあげようとする際にその理論構造が強力に役立つと、若かりし学生の頃に気がつきました。理論に導かれたことで、私は労苦をかけずに卓越した結果をだせたのです。それに対して他の人たちは理論を習得していなかったため、大変な努力を重ねたにもかかわらず、卓越には至りませんでした。私にとって、良き理論がいつもうまく機能してくれました。それを利用できれば、資金や経済的独立を早い時期に獲得できるでしょうし、やりたいことがなんであれ、それらを遂行する上でおおいに役立つことでしょう。ベン・フランクリンの自助的なやりかたや、童話で繰り返される次のセリフに込められた決意を参考にしながら、私は自前の心理学体系をこつこつと築いてきたのです。「『それなら自分でやりますよ』と小さな赤いめんどりは言いました」(p. 444)

When I started law practice, I had respect for the power of genetic evolution and appreciation of man's many evolution-based resemblances to less cognitively-gifted animals and insects. I was aware that man was a “social animal,” greatly and automatically influenced by behavior he observed in men around him. I also knew that man lived, like barnyard animals and monkeys, in limited size dominance hierarchies, wherein he tended to respect authority and to like and cooperate with his own hierarchy members while displaying considerable distrust and dislike for competing men not in his own hierarchy.

But this generalized, evolution-based theory structure was inadequate to enable me to cope properly with the cognition I encountered. I was soon surrounded by much extreme irrationality, displayed in patterns and subpatterns. So surrounded, I could see that I was not going to cope as well as I wished with life unless I could acquire a better theory-structure on which to hang my observations and experiences. By then, my craving for more theory had a long history. Partly, I had always loved theory as an aid in puzzle solving and as a means of satisfying my monkey-like curiosity. And, partly, I had found that theory-structure was a superpower in helping one get what one wanted, as I had early discovered in school wherein I had excelled without labor, guided by theory, while many others, without mastery of theory, failed despite monstrous effort. Better theory, I thought, had always worked for me and, if now available, could make me acquire capital and independence faster and better assist everything I loved. And so I slowly developed my own system of psychology, more or less in the self-help style of Ben Franklin and with the determination displayed in the refrain of the nursery story: "Then I'll do it myself,' said the little red hen."

2018年10月16日火曜日

<新訳>誤判断の心理学(序)バフェットの祖父に倣う理由

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チャーリー・マンガーによる「誤判断の心理学<新訳>」から、前回に続いて序文の後半部をとりあげます。まだはじまりの段階から力の入った文章で、本作に対するチャーリーの意気込みが感じられます。(日本語は拙訳)

第一の理由として考えられるのは、そもそも我が性格が、伝統的な知恵にふくまれる誤りを診断し、語りたがることにあります。私のような心持ちを抱く人にとって、過ごし行く年月を容易くするためには、ものごとを精査論駁することが常でした。ただしそうであっても、若さゆえの無作法が人生を通じてことごとく咎め(とがめ)られたとは思ってもいません。

私がそう決めた第二の理由は、ディオゲネスが次の問いを立てた際の心情に賛同しているからです。「だれをも攻撃したことのない哲学者が、いったい何の役に立つものか」と。

もっとも強く抱いている理由が、3番目と最後のものです。私は心理学というものを自分なりのやりかたで配列することに魅了されるようになりました。私からすれば、そのほうがずっと有用だからです。また死んでしまう前には、次にあげる3名がみせた遺産の残しかたを、ある程度模倣してみたいと思いました。ジョン・バニヤンの『天路歴程』における主要人物と、ベンジャミン・フランクリン、そして私にとっての初めての雇い主アーネスト・バフェット[ウォーレンの祖父]です。バニヤンの著作には「真理を求める老勇者」という荘重たる呼び名をつけられた騎士が登場しますが、彼は命脈果てるときに、ただひとつ残された実利的な遺産を残しました。「わが剣は、意のままに扱える者へ残すことにしよう」と[過去記事]。もし我が剣を見誤ったとしても、それを的確に見定めようとしていたならば、その人物と同じように私も気にかけないこととします。たとえ、剣を手にして振るおうとすることを望まない人が大勢いたとしても。あるいは、そうしようとする者が、おのれの役には立たないと判断したとしても。それからベン・フランクリンは、自伝やアルマナックその他を残してくれたおかげで、私にとってすこぶる役に立ちました。アーネスト・バフェットもそれと同じ趣きで、『雑貨屋を経営する方法と、釣りから学んだ事柄』を残したことで、できるかぎりのことをしてくれました。「私にとって有益だった人物」という範疇に含める上で、3人目の例が最良かどうかは申しません。しかしこのことは触れておきましょう。アーネスト・バフェットにつづく4代にわたる子孫たちを知っており、彼らを見てきたからこそ、私はますます確信をもって、その一族の開祖を模倣するのです。

One reason may be that my nature makes me incline toward diagnosing and talking about errors in conventional wisdom. And despite years of being smoothed out by the hard knocks that were inevitable for one with my attitude, I don't believe life ever knocked all the boy's brashness out of the man.

A second reason for my decision is my approval of the attitude of Diogenes when he asked: "Of what use is a philosopher who never offends anybody?"

My third and final reason is the strongest. I have fallen in love with my way of laying out psychology because it has been so useful for me. And so, before I die, I want to imitate to some extent the bequest practices of three characters: the protagonist in John Bunyan’s Pilgrim’s Progress, Benjamin Franklin, and my first employer, Ernest Buffett. Bunyan’s character, the knight wonderfully named “Old Valiant for Truth,” makes the only practical bequest available to him when he says at the end of his life: “My sword I leave to him who can wear it.” And like this man, I don’t mind if I have misappraised my sword, provided I have tried to see it correctly, or that many will not wish to try it, or that some who try to wield it may find it serves them not. Ben Franklin, to my great benefit, left behind his autobiography, his Almanacks, and much else. And Ernest Buffett did the best he could in the same mode when he left behind "How to Run a Grocery Store and a Few Things I Have Learned about Fishing." Whether or not this last contribution to the genre was the best, I will not say. But I will report that I have now known four generations of Ernest Buffett's descendants and that the results have encouraged my imitation of the founder.

バニヤンの老騎士に倣おうとチャーリーが語るくだりは、私自身も以前から感じていたことなので、そっくり共感できました。

2018年4月16日月曜日

2018年デイリー・ジャーナル株主総会(4)正しい生き方とは

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前回に続いて、デイリー・ジャーナル社株主総会でチャーリー・マンガーが発言した内容です。短いですが、大切なことがすし詰めの文章です。(日本語は拙訳。意味段落での改行追加あり)

だからと言って、我々のしてきたことや心構えが時代遅れで、もう役に立たないと言っているわけではないですよ。今はただ見込みが薄いというだけです。「釣り人のおきて」というのがありますが、これは秀逸です。釣りをする上での規則、その1が「釣りたい魚のいるところで釣れ」、その2が「規則その1を忘れるな」[過去記事]。投資においても同じことが言えますね。魚がたくさん集まっている場所では、釣り人の腕前の良さを気にする必要はありません。しかし大量に釣り上げられた場所では、どれほどの腕利きでもさしたる釣果はあげられないでしょう。現在のこの世界をみれば、いたるところが後者に当てはまります。

しかし、それで意気消沈するのは違いますね。そうではなく、人生とは先の長いゲームで、易しい時期もあればむずかしい時期もあり、好機がやってくれば不運に見舞われることもあるわけです。だから正しい生き方とは、「あるがままを受けいれ、最善を尽くす」、そう歩むことです。年を取るまでには、みなさんにも好機がやってくるでしょう。一生の間に二度ばかり、それで打ち止めかもしれません。しかし、そのうちの一度でも物にできれば上出来ですよ。さあ、偉ぶった物言いはここまでにして、質問を受けましょう。

That’s not to say what we did and the attitudes that we had are obsolete or won’t be useful, it’s just that their prospects are worse. There’s a rule of fishing that’s a very good rule. The first rule of fishing is “fish where the fish are”, and the second rule of fishing is “don’t forget rule number one.” And in investing it’s the same thing. Some places have lots of fish and you don’t have to be that good a fisherman to do pretty well. Other places are so heavily fished that no matter how good a fisherman you are, you aren’t going to do very well. And in the world we’re living in now, an awful lot of places are in the second category.

I don’t think that should discourage anyone. I mean life’s a long game, and there are easy stretches and hard stretches and good opportunities and bad opportunities. The right way to go at life is to take it as it comes and do the best you can. And if you live to an old age, you’ll get your share of good opportunities. It may be two to a lifetime, that may be your full share. But if you seize one of the two, you’ll be alright. Well with that pontification done, I’ll take questions.

2017年10月8日日曜日

ジャパネットたかた創業者、高田明さんの講演を聴きました

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少し前のことですが、ジャパネットたかたの創業者社長だった高田明さんの講演会に出席しました。

我が家ではテレビなしの生活がずいぶん続いているので、高田さんの番組自体をみたことがなく、どこかで何かの折に短いシーンをみかけた程度でした。しかし、かん高い声で話す高田さんのことは引退以前から気になっていました。月並みですが、どのような経営によって会社を育てたのか、知りたかったからです。今回たまたま講演を聴ける機会がやってきたときには、素直によろこびました。

講演会に先立って、彼が今年出していた著書『伝えることから始めよう』を読んでおいたほうがよいか迷いました。結局、本を読むのは講演の後にしましたが、それで正解でした。当たり前ですが、内容は本のほうが充実しています。しかし心をつかんだのは、高田さんご本人がその場で差し出してくださる、あらゆるもののほうでした。まず講演に感激したことで高田さんの話しぶりが頭に残りました。その状態で読書することで、講演での臨場感をよみがえらせながら、より詳細な話を味わうことができました。

今回の投稿では、講演会でわたしがメモした内容(実際はタイプした内容)をご紹介します。そして続きとなる投稿では、いつものように高田さんの同書から一部を引用・ご紹介します。

<講演での様子>

・「今日の講演のために、ハワイから1日早く帰ってきました」

高田さんはきれいに日焼けした顔で登場しました。ハワイ行きの理由は聞き漏らしましたが、著書によれば、ジャパネットではサービスの一環として顧客をハワイへ招待しているとのことです。

・「普通の講演では、聴衆は経営者のことが多いですね。講演活動は300回ぐらいやってきましたが、今回は一番緊張しています」

今回のおもな聴衆は中高生(が少数)及びその保護者等(が多数)だったので、いつもとは若干ちがう心構えを持たれていたのもしれません。なお講演会場はほぼ満席で、聴講者の総数は1,000名弱程度だったと思います。

・自分が話した内容に対して聴衆が適宜拍手を返す、という形式で終始進められました。

「時間と空間を聞き手と共有するために講演会に来た」と言われていたとおり、気持ちのやり取りや場の雰囲気の流れを大切にしていたようです。出だしのころは聴衆の拍手がなかなか揃わなかったのですが、しだいに間合いがとれてきて、高田さんの話と聴衆の拍手の掛け合いが自然につながるようになりました。

・開演当初は演台の横に立って、片手は縁を軽くつかみ、片手はマイクを握って話していました。時間が進むと適宜ゆっくりと移動し、演壇上を広く使っていました。話の流れに沿った自然な所作でした。

・話がのってくると、だんだん声の調子が高くなってきました。話の途中でご本人もそのことを認めておられました。

・講演時間は1時間強。ハンカチで汗をぬぐったのは2回程度でした。ちなみに途中で水分をとることはなかったと記憶しています。


<若い頃の外国での経験について>

・「大学では英会話をよく勉強しました。ある企業に入社し、23歳のときにドイツのデュッセルドルフに駐在しました。ヨーロッパでは東側の国以外はほとんど行きました。この英語力が人生を変えたんですね」。聴衆である生徒の親御さんに対して、「いちばんやりたいことを伸ばしてあげることが大事です」

・「英語の勉強では電子辞書を使うといいですよ。ジャパネットでは1週間で150万台売れました。おそらく日本で一番の売上台数です」

著書でも書かれていますが、リンカーンの演説(の一部)を披露してくれました。淀みなく流れるフレーズには、聴衆から軽いどよめきと拍手があがりました。

・ドイツ語、フランス語、イタリア語などでも、短いフレーズを流暢に披露してくれました。歌も上手、低い声も麗しいです。

これらの件に限らず、高田さんはよく勉強なさっていて、教養も芸も兼ね備え、商売上手で人当たりはよく、仕事熱心で情熱は尽きず、といった印象を強く受けました。

・「イタリアの料理はおいしかったですね。語学力を使ってその国の文化を学ぶことで、人生を豊かにしていけるんです。学問も絶対に大事ですけれど、そういったことにも取り組んでほしいですね」


<手がけてきた事業について>

・「勤めていた会社を25歳でやめて平戸に帰りました。27歳で結婚して、(実家の商売である)カメラは平戸で5年間、佐世保で10年間やりました」

・「ホテルの宴会場で写真を撮る仕事もありましたが、どこの県の人が写真をどのように買うのか学びました。これはマーケティングですね」

・「どんな仕事でも一生懸命やっている人はその中に価値を見出すんですよ。それを学びましたね。つまり、ミッションを発見すること。そしてミッションを一番大事にすること。利益や売上はその次です。たとえば、写真はうつりがいいことが一番ですね。相手の立場で考えていく人が一番です。業界の常識は消費者の常識ではないんですよ」

・「25歳当時の売上は年間3,000万円でした。一方、ジャパネットの今年の売上高は1,900億円です」

・「5分間のラジオ番組に出て(通販をやって)、おもしろいと感じました。長崎でこれだけ売れるのならばと考えて、全国ネットワークを3,4年間で作ったんです。どんなことでも、自分が率先してやる必要があります。39度の熱があるときでも、布団の中からやりましたよ」

・「ラジオ通販では『赤色』と話しても、目で確かめられないので聞き手は想像するしかありません。そのため、わかりやすく伝えることに気を付けたんです。そのおかげか、ラジオ通販の返品率はテレビ通販よりも低かったです」

・「寒冷地であるポーランドの水鳥で作った羽毛布団は最高です。現地で働いている人の苦労話などをしたら、通販ですごく売れました」

・「常に新しいことをやっていかないと、お客さんが慣れてしまってついてきません。シュンペーターが言ったように、なにかを付け加えることで新しいものになるんです」

・「良いものだけれど眠っているものが、全国にはたくさんあります。ですが、伝える力が弱くて広まっていません」


<生きる姿勢について>

・「未来のことを悩む人が多いですね。すると、現在がおろそかになります。今という瞬間をどれだけ大事にするか、一生懸命生きるか。それが夢を達成するために必要なことです。それで明日が変わるんですよ

・「過去にとらわれると、行動を縛られてしまいます。過去は変えられないですが、未来は変えられるんです」

・「しかし、『がんばっているつもり』では人生は変えられません。そのことはテレビショッピングで学びました。売れないものは何度やっても売れない。なぜならば、『伝わったつもり』になっていたからです」

・たとえば「小説家であれば『むずかしいことをやさしく、やさしいことをもっとかんたんに』書くのがいいですね」

・「高い声でくり返し伝えることです。オバマ大統領もキング牧師もそうでした。そしてそれよりももっと大事なのは、間(ま)をもって言葉を発することです。『間は次の有を生み出す無である』。間を取って話してくれると、お互いがつながるんですね」

なにかを伝えたいときには、自分は「声が自然と高くなる」とのことでした。

・なにかを伝えたいときには、「言葉よりも大事なことがあります。『マイクが軽い』と口で言うだけでなく、指で指してものを動かすとそれに注目してくれるんです。さらに表情をもって説明する、つまり喜怒哀楽をもって示すこと。体全体で表現することです」

・「日々取り組んでいることは無駄にはなりません。大事なのは、それを継続していくことです。そして自分の幸せは二の次と考え、まわりの人を幸せにしてほしいですね」

・「人生で失敗はないんです。一生懸命やった場合は失敗ではなく、『試練』だったと考えています

・「謙虚に生きていくことですね」

・「ものをほとんど買わないので、時計もしていません」

・「喜怒哀楽は人間だけがもっている宝物です。なにかをがんばって、そのとき仲間に囲まれていれば、なおいいですね。ひとりでは限られているので、同じ価値を持った仲間と走るのがいいです。それから、人の縁を大事にしたいですね」

・「がんばっている夫婦の子供には、そのがんばりが受け継がれていくものです」

家族のことは、著書でもいろいろと語られています。高田家の生き方や信条が描かれており、興味深く読めます。

・「いい大学に進学するのはすばらしいことです。ただ、それはあくまでもひとつの要素です。そこに人間性を加えていくことが大切ですよ」


<おすすめの本>

・「エリヤフ・ゴールドラットの『ザ・チョイス』。彼の本はほとんど読んでいます。今の世の中は、問題を複雑にしすぎているんです。頭の中でそれほどたくさんは解決できません。そうではなく、一番の問題を解決していけば、それにつれてあとのものも解決されることがあります。だから優先順位を考えて、1番目・2番目をつぶしていくのがいいと思います」

・「世阿弥の本を読んでほしいですね。650年ぐらい前の本で、(ものごとを)150年続かせるにはどうしたらよいか書いてあります。NHKから100ページぐらいの本が出ています。我見とか離見という言葉がありますね。相手の気持ちを考えて話すことが大事ですよ。日本の電機産業は優秀ですが、他の国に負けています。消費者がなにを求めているかを考えずに売るのでは、相手のことを考えていないですね。世阿弥の本を読んで、『離れて客観的に俯瞰してみつめる心』が必要だと感じました」

紹介された本は、おそらく『NHK「100分de名著」ブックス 世阿弥 風姿花伝』だと思われます。


<現在取り組んでいること>

・「会社(ジャパネット)はきっぱりと辞めました。会議には出ていないですし、座席もないです」

・「生き生きとした世の中にしたいですね」ということで、現在はジャパネットが子会社化したサッカー・チームであるV・ファーレン長崎(ヴィ・ファーレン)の社長を務めておられます。

・ヴィ・ファーレンを知っている者が聴衆の中にわずかしかいなかったので、「知っている人がこんなに少ない講演会は、はじめて」と呆れて笑っていました。「チームの現在の成績はJ2の2位です。選手の気持ちが変わったことで、2位になっています。ただしサッカーで勝つことは手段であって、長崎をよくすることの役に立ちたいですね」

・長崎の活気はなにかという生徒からの質問に対して、「歴史が大きい街だからだと思いますよ。ヴィ・ファーレンは平和を発信するチームにしていきたいです」

・「来年には70歳になります。最高齢を考えると、あと49年生きたいです。そう考えると、自分の人生にはまだたくさんの時間があります。そして49年後に、(講演をおこなった)ここに戻ってきたいですね」

2017年9月16日土曜日

反脆いシステムとは(ナシーム・ニコラス・タレブ)

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『ブラック・スワン』で有名なナシーム・ニコラス・タレブが書いた新刊の邦訳『反脆弱性』を、少し前に読了しました。実は数年前に原書のペーパーバックをある方から頂いており、いつでも読む機会はあったのですが、もたもたしているうちに翻訳版が出版されてしまいました。

「反脆さ」(Antifragile。名詞形Antifragilityの訳語は反脆弱性)という言葉はタレブ自身による造語で、「脆さ」とは逆に機能する性質を示す概念です。短い文章で表現すれば、「変化に際して、以前よりも強くなる」といった意味かと思います。本書では著者が経験したり学んだりした「反脆い」事例が列挙されており、読み進めることでその概念をよりよく理解できるようになります。

著者タレブが主張する論理や哲学は完全無欠からは遠いと思いますし、例によって侮蔑的な文章もそれなりに紙面を費やしています。しかしそれらを大きく割り引いたとしても、本書に目を通して彼が築いた「反脆弱性」の概念になじむ価値は大きいと思います。たとえばリスク管理やシステム分析のツールとして有用だからです。さらに言えば、メンタル・モデルのひとつとして位置づけるにふさわしい概念だからです。

今回は同書から「反脆い」物事の一例として「反脆いシステム」に関する部分を引用してご紹介します。まずは、どのようなシステムが「反脆い」のかを説明した文章です。

工学者であり工学の歴史家でもあるヘンリー・ペトロスキーは、見事な点を衝いている。タイタニック号があのような致命的な事故を起こさなければ、私たちはどんどん大きな客船を造りつづけ、次の災害はさらなる大惨事になっていただろう。つまり、あの事故で亡くなった人々は、より大きな善のために犠牲になったのだ。間違いなく、亡くなった人数よりも多くの人命を救っている。タイタニック号のエピソードは、システム全体の利と個々の害との違いを物語っている。

同じことはフクシマの事故についても当てはまる。間違いなく言えるのは、この事故によって私たちは原子炉(や微小な確率)の問題点に気づき、もっと大きな災害を防ぐことができたということだ(ちなみに、ストレス・テストの甘さやリスク・モデルへの誤った依存は、もともと明らかだった。だが、経済危機と同じで、誰も聞く耳を持たなかったのだ)。[過去記事1, 2]

飛行機の墜落事故が起きるたびに、安全性は増し、システムは改良され、次のフライトが安全になっていく。亡くなった人たちは、残りの人々の安全全体に寄与しているのだ。スイス航空111便、トランスワールド航空800便、エールフランス航空447便の事故は、航空システムの改善につながった。だが、こういったシステムが失敗を教訓にできるのは、システムが反脆く、小さな失敗を活かすようにできているからだ。

一方で、経済の崩壊については同じことは言えない。現在の経済システムは反脆くないからだ。なぜか? 飛行機は1日に何十万便と運航されているが、ひとつの飛行機が墜落しても、ほかの飛行機を巻きこむわけではない。そのため、失敗は制限されていて、大きな教訓になる。一方、グローバル化した経済システムはひとつとして機能している。失敗は広がり、複雑化する。

重要なので繰り返すが、ここで話しているのは全体的ではなく部分的な失敗だ。深刻で致命的な失敗ではなく、小さな失敗だ。よいシステムと悪いシステムの違いはここにある。航空業界のようなよいシステムは、失敗が起こるにしても小さく、互いに独立している。失敗によって将来の失敗の確率が減るので、いわば失敗同士が負の相関関係を持っている。この考え方は、反脆い環境(航空業界)と脆い環境(縦横無尽につながりあった"フラット化する世界"的な現代の経済生活)を区別するひとつの方法だ。(p. 128)

次は、「反脆い」システムを築き上げる際に重要な特性についてです。

脆さや反脆さを見極める(または、このあとの数章でデブのトニーが実演してくれるように、嗅ぎ分ける)のは、事象の構造を予測したり理解したりするよりもずっと簡単だ。したがって、私たちがしなければならないのは、予測ミスによる損失を最小化し、利得を最大化する方法を考えることだけだ。つまり、私たちが間違いを犯しても崩壊しない(さらには崩壊を逆手に取るような)システムを築くことが大事だ。

(中略)

事象が起きたあと、私たちが反省すべきなのは、事象(たとえば津波、アラブの春や暴動、地震、戦争、金融危機など)そのものを予測できなかったことではなく、脆さや反脆さを理解していなかったことについてだ。「どうして私たちはこの種の事象にこれほど脆いシステムを作ってしまったのか?」と考えるべきなのだ。津波や経済危機を予見できないのは仕方がない。でも、津波や経済危機に対して脆いシステムを作るのは罪だ。(p. 228)

上の文章を読むだけでも、「反脆いシステムにはなんらかの冗長性が要求される」ことが読みとれます(原発で大失敗をした日本をコケにしていることも読みとれます)。ちなみに本書では、冗長さの必要性が繰り返し説かれています。

そして次の文章では、崩壊を逆手に取った一例が示されています。バークシャーの再保険事業が思い起こされます。

自分自身の失敗を歓迎する企業もある。たとえば、壊滅的なリスクに保険をかける(または保険会社が分散不可能なリスクを"再保険"するために利用する)再保険会社は、会社に大打撃を与える災害やテールの事象を経験すると、かえって業績がアップしたりする。会社が破綻を免れ、万が一の事態に備えていれば(こういう緊急時のための計画を立てられる企業はほとんどないが)、保険料を不釣り合いに吊り上げて、損を埋めあわせることができる。顧客は過剰反応し、今までより高い保険料を支払うからだ。再保険会社は再保険の公正価格(つまり適正な価格)なんてわからないと言うが、不穏な時代に保険料が高騰するということは間違いなく知っている。それだけでも、長期的な儲けを得るには十分だ。会社に必要なのは、生き残れるように失敗を小さく抑えることだけだ。(p. 130)

最後におまけです。タレブらしさがよくでている哲学的な文章です。

いちども罪を犯したことのない人間は、いちどだけ罪を犯した人間よりも信頼できない。そして、何度も間違いを犯した人間のほうが、いちども間違いを犯したことのない人間よりはまだ信頼できる。ただし、同じ間違いを2回以上犯していなければの話だが。(p. 131)

2017年7月16日日曜日

自分を向上させたいのであれば(ハワード・マークス)

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オークツリーのハワード・マークスが1月に書いたレターから引用が続きます(前回分はこちら)。常識感覚に富んでいて、良い文章です。(日本語は拙訳)

第一に、1年前にウォーレン・バフェットと夕食を共にしたとき、彼が次のように指摘した件です。「そういった情報に追い求める価値があるとしたら、それが重要なものであり、さらに[客観的に]認知できるものでなければいけませんよ」。今日の投資家はマクロ的な未来に対する識見をかつてないほど要求しています。それが重要だからです。つまり市場を動かすからです。ところが、ここで待ったがかかります。私もそうですが、「その手のものはかなりの部分が認知できない」とウォーレンはみているのです。それらに基づいて彼が投資の行動を起こすことは稀ですし、オークツリーでも同様です。

第二に、先ほど取り上げたメディアに関するObserver[ウェブサイト]の記事にあった極めつけの段落をここに含めたいと思います。圧巻です。

「自分を向上させたいのであれば」、とエピクテトス(1世紀のギリシャ人哲学者)がかつて言った。「畑違いのことについては、無知か愚鈍に見えるよう、みずから進んで振る舞うこと」。現代のような相互接続おびただしい24時間休日なしのメディア漬けの世の中では、「私にはわかりません」と答えるのが、我々の取り得る最強の一手だろう。あるいはもっと挑発的に、「それがどうかしましたか」と。もちろん全てというわけではないが、ほとんどはそうだと言える。なぜならば、ほとんどのことは問題とは言えないし、ほとんどのニュースには追いかける価値がないからだ。(強調部は原著者ハワード・マークスによるもの)(p. 11)


First, I had dinner with Warren Buffett about a year ago, and he pointed out that for a piece of information to be worth pursuing, it should be important, and it should be knowable. These days, investors are clamoring more than ever for insights regarding the macro future, because it’s important: it moves markets. But there’ s a hitch: Warren and I both consider these things largely unknowable. He rarely bases his investment actions on them, and neither does Oaktree.

Second, I want to include a final paragraph from the Observer article about the media that I mentioned earlier. I think it’s golden:

“If you wish to improve,” Epictetus [first-century Greek philosopher] once said, “be content to appear clueless or stupid in extraneous matters.” One of the most powerful things we can do as a human being in our hyperconnected, 24/7 media world is say: “I don’t know.” Or more provocatively, “I don’t care.” Not about everything, of course – just most things. Because most things don’t matter, and most news stories aren’t worth tracking. (Emphasis added)

2015年12月26日土曜日

相応なる信頼関係のつながり(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の19回目、最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

さて、みなさんにお話ししたいアイデアもこれで最後になります。みなさんが職業生活へ進むと、さまざまな手続きや奇妙奇天烈な物事が仕事の中に入り込んでくることがよくあります。しかし複雑で官僚主義的な手続きは、社会の到達しうる最高の形態を表すものではありません。高い水準の形態とは、たとえば官僚主義と無縁で継ぎ目のない妥当な信頼関係が網目のように結ばれた状態がそうです。装飾的な手順は多くなく、完璧に信頼できる人物が正しくも互いに信頼し合う状況です。まさにそのやりかたが、メイヨー・クリニック[全米有数の名病院]の手術室で行われています。しかし法律家がそこに法律家的な手順を多々持ち込んだりしたら、死亡する患者を増やすことになります。ですからみなさんは、「法律家となったときに売り手の立場として一連の手続きを実行せざるを得ないとしても、買い手の立場にあるときは常に盲従する必要はない」ことを忘れてはなりません。みなさん自身の人生においては、相応なる信頼関係をなるべく多く結び合えるように努めるべきですよ。結婚誓約書が47ページにもなるのだとしたら、「踏み切らないほうがいい」と助言しておきましょう(聴衆笑)。

1学年分の卒業式ですので、これぐらいで十分かと思います。とある老人が熟考した諸々の話題が、みなさんのお役に立てば喜ばしいものです。そして最後に申し上げるのは、『天路歴程』[ジョン・バニヤンの著作]に登場するいにしえの「真理を求める勇者」が、他には取りようがなかった行動にちなむものです。「わが剣は、意のままに扱える者へ残すことにしよう」(聴衆拍手)。 (おわり)

The last idea that I want to give to you, as you go out into a profession that frequently puts a lot of procedure and some mumbo jumbo into what it does, is that complex bureaucratic procedure does not represent the highest form civilization can reach. One higher form is a seamless, non-bureaucratic web of deserved trust. Not much fancy procedure, just totally reliable people correctly trusting one another. That's the way an operating room works at the Mayo Clinic. If lawyers would there introduce a lot of lawyer-like process, more patients would die. So never forget, when you're a lawyer, that while you may have to sell procedure, you don't always have to buy. In your own life what you want to maximize is a seamless web of deserved trust. And if your proposed marriage contract has 47 pages, my suggestion is that you not enter. (Audience laughs.)

Well that's enough for one graduation. I hope these ruminations of an old man are useful to you. In the end, I'm speaking toward the only outcome feasible for old Valiant-for-Truth in Pilgrim's Progress: "My sword I leave to him who can wield it." (Audience applauds.)

2015年12月22日火曜日

苦労がやってきても、いつも備えができていた(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の18回目です。このシリーズは次回が最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

もう一つ強調したいアイデアがありますので、手短に説明します。私の祖父は住み暮らしていた町で40年近くの間、唯一の連邦判事でした。私は祖父のことを尊敬していましたし、私の名前は祖父からとったものなのです。私は孔子の教えを奉じる者なので、「私がこの場に立ったことにマンガー判事はご満足するであろう」と想い抱いていることを、今でも公言できるほどです。祖父が他界してからは、彼の示した価値を照らす灯火をかかげる決意を、みずからの義務としてずっと課してきました。「義務に対して忠実に仕える」といった賢明さも、そのような価値のひとつでした。祖父が連邦判事だった時代には、その未亡人に対して年金は支給されませんでした。ですから収入を節約して蓄えをしておかないと、祖母は貧しさにあえぐ未亡人となったことでしょう。資産を蓄えたことによって、彼は他人に対してもうまく処することができました。彼のような種類の人間として、彼は人生を通じて収入以下で生活し、妻が未亡人となったときにも快適な環境で暮らせるように配慮したのですね。

しかし賢明さゆえに彼が実行できたのは、それだけではありませんでした。1930年代の間に私の叔父が経営していた零細規模の銀行が失敗し、支援なしでは再開できなくなりました。そこで祖父は銀行が保有するひどい資産と交換するために、自分の保有する優良資産の1/3超を出しました。そうして、その銀行を救済したのです。私はずっとそのできごとを覚えてきました。この件は、次のような[アルフレッド・エドワード・]ハウスマンの短い詩を思い起こさせます。

ほかの人たちの思うことは
軽い、いっときのものだった――
恋人たちのデートやら、
幸運や名声やら。
私の思うのは苦労のこと、
いつも堅実に考えていた。
だから苦労がやって来ても
いつも備えが出来ていた。
[訳文は、森山泰夫訳『ハウスマン全詩集』(沖積舎)遺稿詩集6番より]


「トラブルを予期して毎日を過ごしたい人など、いるものか」と思われるかもしれません。ですが私はそうして生きてきました。そう思えるように訓練し、トラブルが起こることをいつも予期しながら、84歳になる今までの長い人生を過ごしてきました。そしてエピクテトスと同じように、私の人生も寵愛を受けたのです。常にトラブルを予期し、トラブルが起きた時には適切に行動できるように準備してきましたが、それで不幸せにはなりませんでした。傷つくことも皆無でした。それどころか、実際には助けとなりました。ですからハウスマンとマンガー判事の件は、みなさんへ譲り渡しておきます。

I've another idea to emphasize in a brief account. My grandfather Munger was the only federal judge in his city for nearly forty years. And I admired him. I'm his namesake. And I'm Confucian enough that even now as I speak I'm thinking, "Well, Judge Munger would be pleased to have me here." All these years after my grandfather is dead, I conceive myself as duty bound to carry the torch for my grandfather's values. One such value was prudence as the servant of duty. Grandfather Munger was a federal judge at a time when there were no pensions for widows of federal judges. So if he didn't save from his income, my grandmother would become a destitute widow. And, besides, net worth would enable him to serve others better. Being the kind of man he was, he underspent his income all his life and left his widow in comfortable circumstances.

But that was not all that his prudence enabled. Along the way, in the '30's, my uncle's tiny bank failed and couldn't reopen without help. My grandfather saved the bank by exchange over a third of his good assets for horrible bank assets. I've always remembered the event. It reminds me of
Houseman's little poem that went something like this:

"The thoughts of others
Were light and fleeting,
Of lovers' meeting
Or luck or fame.
Mine were of trouble,
And mine were steady,
And I was ready
When trouble came."


You may well say, "Who wants to go through life anticipating trouble?" Well I did, trained as I was, I've gone through a long life anticipating trouble. And here I am now, well along in my 84th year. Like Epictetus I've had a favored life. It didn't make me unhappy to anticipate trouble all the time and be ready to perform adequately if trouble came. It didn't hurt me at all. In fact it helped me. So, I quitclaim to you Houseman and Judge Munger.

2015年12月20日日曜日

資産とならずに負債となってしまう(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その16、最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問18> 慈善活動へ関わると発言された後に、ゲイツ財団やお子さんを通じて実現されました。バフェットさんにとって重要な理由が何かあったのでしょうか。

<バフェット> [少し前の質疑で触れた]CNBCは人類が存続する上で最大の脅威だと思いますので、それらを解決することに寄与したいのが一番の想いです。しかしそれを実行するのにふさわしい器を見つけられませんでした。若かった頃には、妻の財団を支援するために基金を設定したことがあります。わたしたちの持っている現金の余剰分を寄付したい、と彼女は望んでいました。しかし、わたしとしては複利の力を失いたくありませんでした。そのとき1ドルを寄付してしまえば、将来寄付できたかもしれない1000ドルをあきらめることになるからです。自分の資金に複利を効かせ続けることが、わたしにとっては本当に重要でした。

慈善活動を行うとしても、わたし自身が手際よくやれるとはまるで考えていません。ですから、ゲイツ財団やわたしの子供たちを含む5つの財団へとアウトソースしました。彼らは世界的な問題を解決する意欲にあふれています。わたしの本音としては、局所的な問題に取り組むよりも、世界的な課題に取り組んで失敗するほうがいいと思っています。

わたしにとって金銭は、もはや有用なものではありません、今ある分で十分幸せだからです。一方、世界中の人たちにはすごく役に立つと思います。これ以上保有しても実のところわたしにとっては資産ではなく、負債となってしまうのです。

それと同じように他の人に対しても、Giving Pledge[ギビング・プレッジ; バフェット等による啓蒙活動]へ参加しませんかと説得してきました。死んだ後に財産の50%超を寄付すると誓いを立てるものです。これまでに127名が誓約してくれましたが、これはすごいことです。そしてマーク・ザッカーバーグが誓約してくれたのは大成功でした。彼であれば、たくさんの若いビリオネアに対して財産を寄付したらどうかと刺激を与えてくれるでしょう。そしてザッカーバーグを敬う彼らも、同じようにしてくれると思います。(おわり)

Question #18: You have expressed a commitment to philanthropy and have done this through the Gates Foundation and your children. Is there a particular cause that is important to you?

Answer #18: I would ideally like to contribute to solving CNBC (Cyber Nuclear Biological Chemical) as I see it as the biggest existential threat to humans, but I have not found an appropriate vehicle to do so. In my early days, I had set up a fund to support my wife's foundation. Although she wanted to donate the excess cash that we had, I didn't want to lose the power of compounding. If I had donated $1 then, I could be giving up a $1000 in potential future donations, so it was really important to me to keep compounding my money.

I would not be efficient at all in doing philanthropy. That's why I outsource it to five foundations including the Gates Foundation and to my kids, who are a lot more passionate about solving world problems. I'd actually prefer to tackle a global issue and fail, than tackle a local one.

Money has no utility to me anymore as I am very happy with what I have but it has enormous utility to others in the world. More possessions to me would actually be a liability than an asset.

I am also trying to persuade more people to join the Giving Pledge, where individuals sign an agreement to donate more than 50% of their wealth after they die. So far, 127 people have signed up which is a great thing. The other day we got Mark Zuckerberg to sign up, which is a huge win for us because he'll go on to inspire many other young billionaires to donate their wealth, as they'll look up to him and do the same thing.

2015年12月8日火曜日

情熱はものすごく重要です(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その10です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問11> ミセスBについてお話しされましたが、昨年度のレターでも私たちのような学生はミセスBから多くを学べると書かれていました。それでは、ミセスBから学べる教訓でなにが上位にくるとお考えですか。

<バフェット> 次のことがどれだけ難しいか、考えてみてください。ひとりの女性が中国北部を歩いて通過し、英語は一言も話せず、16年間かけて古着を売って貯めた2,500ドルから始めて、10億ドルもの価値がある店を築き上げたのですから。そこから学べることがあるのはまちがいないと思います。というのも彼女は何ひとつ発明していませんし、お金もなかったですし、店舗もなければ訓練も受けていなかったのです。それでも彼女は勝利しました。別の例としては、サム・ウォルトン[ウォルマート創業者]もそうです。1960年代末のシアーズ[・ローバック]はシカゴに100店舗をかまえ、クレジットカードを発行した顧客はおそらく2千万人ほど、不動産案件はどれも最初に打診され、利用できる資金は無制限にありました。しかしアーカンソー州でピックアップ・トラック1台から挑戦した人間が、そのシアーズを打ち破ったのです。

チャーリーもそうですが、わたしも好んで伝記を読みます。その際にぜひ知りたいのが「彼らはなぜ成功できたのか、あるいはなぜ失敗したのか」です。失敗につながるABCとして、わたしはシアーズの例をよく挙げます。傲慢、官僚主義、自己満足の3つです[Arrogance, Bureaucracy and Complacency]。シアーズにはそのすべてが揃っていました。築いた組織がすばらしい成功をおさめるようになると、その3つを撃退するために猛烈な努力が必要になります。[参考記事]

サム・ウォルトンとミセスBに共通することとして、二人とも自分のビジネスに情熱をもって接していたことが挙げられます。彼らの目的はお金ではありませんでした。そうでなく、勝ちたかったからです。情熱はものすごく重要です。みなさんもそうやって取り組んだほうがいいと思います。そのほうが金銭よりも結果を大事にします。わたしたちが事業を買うときに探すのは、事業を売却したからといって一分たりとも情熱を失わない人です。そのような人たちと寄り添っていく、それがいちばん肝心なところです。

Question #11: You mentioned Mrs. B earlier, and in your annual letter last year, you mentioned students like us could learn a lot from Mrs. B - what do you think are the top lessons we can learn from Mrs. B?

Answer #11: Think about how improbable it is that a women walks out of Northern China, can't speak a word of English, and just out of proceeds of that $2,500 that she saved from selling used clothing for 16 years, she built a store worth close to $1B. There must be something to learn from that, because she didn't invent anything. She didn't have any money, store or training. Yet she won. Sam Walton is another example, compared to Sears in the late 1960s - 100 stores in Chicago, probably 20 million credit card customers, first call on every piece of real estate, unlimited financial resources, yet someone with a pick-up truck in Arkansas beat them.

Charlie and I love to read biographies, and what we like to ask is "what makes these people succeed and what makes the ones that fail?" I use Sears as an example to show the ABCs of failure - Arrogance, Bureaucracy and Complacency. And Sears had them all. When you build an organization that has been incredibly successful, you have to work extremely hard to fight off arrogance, bureaucracy and complacency.

One thing that Sam Walton and Mrs. B had in common is they had passion for the business. It isn't about the money, at all. It was about winning. Passion counts enormously; you have to really be doing it because you love the results, rather than the money. When we buy businesses, we are looking for people that will not lose an ounce of passion for the business even after their business is sold. And getting in bed with people like that is what it's all about.

2015年12月6日日曜日

エピクテトスの教え(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の17回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

人生ではひどい目に遭ったり不公平な仕打ちを受けることがよくありますから、それらに立ち向かう必要もあります。しかし、そこから立ち直れる人もいれば、立ち直れない人もいます。そのような状況で人が適切に対応するには、エピクテトス[古代ギリシアの哲学者]のみせた生きる姿勢が道を示してくれると思います。「人生におけるあらゆる不運とは残念ながら不愉快であるが、よりよく生きるきっかけとなってくれる」と彼は考えたのです。どんな不運であろうと有意義なことを学べる機会をもたらす、と深く信じていたのですね。人が果たすべきは自己憐憫に浸ることではなく、降りかかった災いを前向きなやりかたで利用することだ、と。彼の考えは非常に健全だったので、古代ローマ帝国でもっとも優れた皇帝だったマルクス・アウレリウスやその他大勢の人たちに何世紀にもわたって影響を及ぼしました。みなさんも、エピクテトスが自身の墓碑銘に残した言葉を覚えておられるかもしれません。「奴隷であり、身は損なわれ、貧しきこと極まるも、神々に愛されたエピクテトス、ここに眠る」という言葉です。そうです、彼は「神々の寵愛を受けた者」として記憶されているのですね。彼が寵愛されたのは賢くて雄々しい人間となったからであり、当時だけでなくその後何世紀も人々を導いたからでした。[同じ話題にふれた過去記事]

Another thing to cope with is that life is very likely to provide terrible blows, unfair blows. Some people recover, and others don't. And there I think the attitude of Epictetus helps guide one to the right reaction. He thought that every mischance in life, however bad, created an opportunity to behave well. He believed every mischance provided an opportunity to learn something useful. And one's duty was not to become immersed in self-pity, but to utilize each terrible blow in a constructive fashion. His ideas were very sound, influencing the best of the Roman emperors, Marcus Aurelius, and many others over many centuries. And you may remember the epitaph that Epictetus made for himself: "Here lies Epictetus, a slave, maimed in body, the ultimate in poverty, and favored by the Gods." Well, that's the way Epictetus is now remembered. “Favored by the Gods.” He was favored because he became wise, became manly, and instructed others, both in his own time and over following centuries.

2015年11月30日月曜日

人として成長するには(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その8です。後半はウォーレンが好んで取り上げる話題です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問9> 投資家が企業を評価する際に、本来問うべきなのにあまり実行されていない質問とは何でしょうか。

<バフェット> まずは業界中の7,8社を調べて、よくあるデュー・ディリジェンス上の質問を経営陣に投げかけます。また各企業の経営陣には、どの競合企業であれば今後10年間をとおして自分の純資産を喜んで投じたいかを質問します。同じように、競争相手のうちショートしたいのはどの会社かも訊きます。そうすることで、その業界一筋で働いてきた人でも認識できないような業界に関する重要な気づきが得られます。

個々人のレベルでは、交友関係の中でこのやりかたをしてみるのがよいと思います。

友人の中を見渡せば、真似をするならこの人が一番だと思える人がいるでしょうし、あの人のようにだけはなりたくないと思える人もいるでしょう。次のように考えれば先ほどのやりかたができます。どの人物であればその人の将来の10%を保有したいと思えるか。あるいは、どの人であればショートしたいと思えるか。保有したいほうの人では真似したいと感じる資質をつきとめて、それを自分でも吸収できるよう努めるわけです。またショートしたい友人については、その反対を実行します。みなさんはまだ若いですから悪い習慣を取り除くことができます。「習慣という鎖は、初めは軽すぎて感じられないが、やがて重くなって壊せなくなる」と言いますから。[同様の過去記事のひとつ]

Question #9: What are questions investors should ask but usually don't when evaluating companies?

Answer #9: Start by looking at 7-8 companies in the industry and ask the management typical due diligence questions. Also, ask the management of each company which competitor they would be willing to put their net worth in for the next 10 years. Then ask which of their competitors they would short. This will provide important insights into the industry that even those who work their whole life in the industry would not realize.

On a personal level, I recommend that people do this with the network of people they know.

Among your friends, who is one person you most want to emulate and who would you want to be least like. You can approach this by thinking about which of your peers you would want to own 10% of for the rest of their lives and which ones you would like to short. Then identify the qualities that make you want to emulate them and try to internalize those qualities. Do the opposite for the friends you would want to short. You are currently still young and can get rid of your bad habits, "The chains of habit are too light to be felt until they are too heavy to be broken".

2015年10月24日土曜日

幸せとは、得られるものを望むこと(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが今年の2月にウェスタン・オンタリオ大学の学生と面会した際の質疑応答その2です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問2> ご自身としての「成功」とは、何を意味するものですか。それによって、ご経歴の歩みはどう変わりましたか。

<バフェット> 「成功とは、自分が望むものを得ること。幸せとは、自分が得られるものを望むこと」という言葉があります。わたしにとっては幸せのほうが大切です。わたしは、金銭面で他人に頼らず独立できることをずっと目標にしていました。つまり自分のために働くことであり、共に働く称賛すべき人たちの仕事を見つけることです。意思決定の流れを指揮する立場につきたいと考えていました。やっていくのに十分な資金ができたのが、25歳のときです。子供が2人いましたが、今日の価値でおよそ2億円強に相当する金額でした。それ以上は、わたしにとって余剰なものです。

みなさんは経歴を積み重ねていく中で、自己評価を気にしたいのではないでしょうか。自分のあげた成果や成功について、自分がどう感じるかです。みなさんの成果を世間がどれだけよくみてくれるかではなく、自分自身がどれだけうまくやり遂げたかを気にするべきだと思います(参考記事)。金銭的なリターンの面でいつも大切だったのは、わたし個人の成功よりもバークシャーの成功のほうでした。ここで一番大切なのは、良き人間であるようにいつでも心がけることだと思います。

Question 2# What is your personal definition of 'success'? How has it changed over the course of your career?

Answer#2: The saying goes that success is about getting what you want, while happiness is about wanting what you get. For myself happiness is more important. My goal was always financial independence; working for myself and finding a job where I admire the people I work with. I was interested in being in a position to control the decision making process. At age 25, I had enough money to live off of. I had two children and the equivalent of roughly $2M in today's money. Everything since then has been surplus.

As you move along in your career, you always want to consider your inner scorecard - how you feel about your own performance and success. You should worry more about how well you perform rather than how well the rest of the world perceives your performance. The success of Berkshire has always been more important than my own personal success in terms of financial returns. The most important takeaway is that you should always try to be a good person.

2015年9月18日金曜日

毎日少しずつ賢くなっていく(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の3回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

私がまだずいぶん若い頃に育てた二つめのアイデアは、「称賛に基づいた愛情ほど正しい愛はない」というものです。そのような愛には、教訓を示してくれる死者も含みます。どうにかしてその考えに達した後は、ずっと抱きつづけてきました。私にとって非常に有用なアイデアでしたよ。一方、サマセット・モームが小説『人間の絆』の中で描いたものは病んだ愛情です。あれは災いですね。そのような災厄を抱えていると自覚した人は、捨て去るべきです。

次のアイデアに進みましょう。それは「知恵を身につけよ。それをみずからに義務と課せ」というものです。ここでも孔子を思い起こしたかもしれません。これは単に自分を向上させるだけではありませんよ。その結果として生じるものが非常に重要です。つまり、人生を通じて学びつづけるように要求されるという意味です。生涯学びつづけない人が非常にうまくやっていくなど、できっこないでしょう。すでに身に着けたものだけでは、人生でそれほど多くを手にすることはできません。この地を離れた後にも学びつづけるのです。そうすれば、自分を高めていけるでしょう。

バークシャー・ハサウェイを考えてみてください。世界で最高とみなされている企業のひとつです。有史以来、最も長期にわたって巨額の資産を投資してきた実績を持つ企業と言えるかもしれません。そのバークシャーをある10年間にわたって経営する能力を持っていたとしても、次の10年間も同じ水準の実績をあげるには、その能力のままでは不十分ですね。ですからウォーレン・バフェットは、機械のようにずっと学びつづける必要があったのです。これはもっと低い階層でも同じように必要なことです。私がずっと観察してきた人の中には、最高に頭がいいわけでもなく、最高に熱意があるわけでもない人がいましたが、彼らは出世していきました。そうです、機械のように学びつづけたからです。朝目覚めたときとくらべて、晩にベッドへ入るときのほうがいくぶん賢くなっていたわけです。ですからみなさん、そのような習慣が身を助けます。みなさんのように長い人生がつづくのであれば、なおさらですよ。

The second idea that I developed very early is that there's no love that's so right as admiration based love, and such love should include the instructive dead. Somehow I pick up that idea, and I've lived with it all my life. It's been very useful to me. A love like that described by Somerset Maugham in his book, Of Human Bondage, is a sick kind of love. It's a disease, and if you find yourself with a disease like that, you should eliminate it.

Another idea, and this may remind you of Confucius, too, is that the acquisition of wisdom is a moral duty. It's not something you do just to advance in life. And there's a corollary to that idea that is very important. It requires that you're hooked on lifetime learning. Without lifetime learning, you people are not going to do very well. You are not going to get very far in life based on what you already know. You're going to advance in life by what you learn after you leave here.

Consider Berkshire Hathaway, one of the best-regarded corporations in the world. It may have the best long-term, big-assets-involving investment record in the history of civilization. The skill that got Berkshire through one decade would not have sufficed to get it through the next decade, with comparable levels of achievement. Warren Buffett had to be a continuous-learning machine. The same requirement exists in lower walks of life. I constantly see people rise in life who are not the smartest, sometimes not even the most diligent. But they are learning machines. They go to bed every night a little wiser than they were that morning. And boy, does that habit help, particularly when you have a long run ahead of you.