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2018年6月24日日曜日

妥当な価格で優良企業を買うためのチェックリスト(GuruFocus創業者)

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コメント欄でリュウジさんがご紹介くださった本『とびきり良い会社をほどよい価格で買う方法』を少し前に読みました。投資で利益をあげるにはさまざまなやりかたがあると思いますが、本書ではあくまでもひとつのやりかたにこだわっています。題名が示すように「とびきり良い会社をほどよい価格で買う」、これだけに焦点を当てて平均以上の成績をあげるための戦術論全般を説明しています。対象読者としては「株式投資中級者」を想定しているようです。チャーリー・マンガー的な信条をそのまま掲げている点には感心しましたが、あとは本書のやりかたで望む成果をあげられるかどうかですね。

さて本書から今回引用するのは、p. 197に掲載されている「妥当な価格で優良企業を買うためのチェックリスト」です。これは完全無欠なものではないですし、状況によって要否が変わることもあるでしょう。しかし「あくまでもひな形として参考にし、個々人が吟味発展させる」という意味では、役に立つと思います(たとえば日本企業を評価する場合には、このままでは適用しにくい)。なによりも明文化され、リスト化されていることに意義があります。

なお、訳語「優良企業」に対応する原語は"Good companies"のようです。妥当な訳出だと思いますが、念のため記しました。

妥当な価格で優良企業を買うためのチェックリスト

1. 私はこの事業を理解しているか。

2. 企業を守る経営上の堀があるおかげで、今後5年から10年間、同じか類似した製品を売り続けることができるか。

3. この業界は変化が激しいか。

4. この企業には多様な顧客基盤があるか。

5. 固定資産が少ない事業か。

6. 景気循環に大きく影響される業界か。

7. この企業にはまだ成長の余地があるか。

8. 過去10年間、好景気のときも不景気のときも常に利益を出し続けてきたか。

9. 営業利益率は安定して2桁を維持しているか。

10. 利益率は競合他社よりも高いか。

11. 15%以上のROIC(投下資本利益率)を過去10年にわたって維持しているか。

12. 一貫して2桁の成長率で、売上高と利益を伸ばしてきたか。

13. 財務基盤がしっかりしているか。

14. 経営陣は自社株をかなり保有しているか。

15. 経営陣の収入は似た規模の他社と比べてどうか。

16. インサイダーはこの企業の株式を買っているか。

17. 内在価値やPER(株価収益率)で測った株価は妥当か。

18. 歴史的に見て、現在のバリュエーションはどうか。

19. これまでの不況期に株価はどうだったか。

20. 自分の調査にどれくらいの自信があるか。

著者であるチャーリー・ティエン氏が触れているように、上記のリストには投資界の達人たちが示した教えが取り入れられているので、たとえばフィル・フィッシャーの15項目と似たものがあります。ただし上記のリストは定量化しやすい項目ばかりになっているのが特徴的です(本書内で解説あり)。もちろんそれは、著者が運営する投資サイトGuruFocusで定量的評価ツールを提供していることの裏返しでもあるでしょう。しかし、閾値を厳密に定める評価には長短があることを承知していれば、「達人の教えをなるべく定量的に実践試行しつづける」ことでも、相応の成果をあげられると思います。

2017年11月8日水曜日

歩き出せば口実は浮かぶ(『かくて行動経済学は生まれり』)

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先日取り上げた『かくて行動経済学は生まれり』から、今回は「逃げる」話題について2点ご紹介します。ひとつめは「日常生活における逃げ」についてです。エイモス・トヴェルスキーに関する話です。

ものを頼まれたら(パーティーに行く、スピーチをする、何かを手伝うなど)、たとえそのときは承諾しようと思っても、すぐに返事をするべきではないと、エイモスはよく言っていた。考える時間を1日とるだけで、前の日には引き受けようと思っていた誘いの多くを断りたくなることに、きっと驚くはずだ。これと一緒に編み出したのが、ある場所から逃げ出すための方法だ。退屈な会議やカクテルパーティーにつかまってしまって、そこから逃げ出す口実が思い浮かばないことはよくある。だがエイモスは、どんな集まりであれ、帰りたいと思ったら立ち上がり、そこから離れることをルールとしていた。歩き始めてしまえばいくらでもアイデアは浮かび、口実がすらすらと出てくると彼は言う。(p. 221)

もうひとつは、本ブログで何度か取り上げているテーマ「虐殺からの逃亡」についてです。こちらはダニエル・カーネマンが子供だった頃の逸話です。

その後、彼らは命を守るためにまた町を離れ、コートダジュールのカーニュ・シュル・メールへ向かった。そこはあるフランス軍の大佐が所有している場所だった。それから数か月間、ダニエルはその狭い地域から出ることはなかった。彼は本とともに時間を過ごした。『80日間世界一周』を何度も何度も読み、イギリスのすべてのもの、特に主人公のフィリアス・フォッグに夢中になった。フランス人大佐が残していった本棚には、ヴェルダンの塹壕戦についてのレポートがぎっしり詰まっていて、ダニエルはそれもすべて読んだ。(中略)

ヴィシー政府と、報奨金目当ての人々の協力で、ドイツは前より簡単にユダヤ人狩りができるようになった。ダニエルの父は糖尿病を患っていたが、治療を受けるほうが、病気を放置するよりも危険だった。そしてふたたび彼らは逃亡した。はじめはホテルに滞在していたが、とうとう鶏舎に逃げ込んだ。その鶏舎は、リモージュ郊外の小さな村の酒場の裏にあった。そこにはドイツ兵はいなかった。いたのは民兵団だけだ。彼らはドイツに協力してユダヤ人を捕まえ、フランスのレジスタンスを根絶やしにするのに手を貸していた。

父親がどうやってその場所を見つけたのかダニエルにはわからなかったが、ロレアルの創始者が関わっていたのは間違いないだろう。会社から食料がずっと送られていたからだ。両親は部屋の真ん中に仕切りを立て、ダニエルと姉が多少のプライバシーを保てるようにしてくれたが、鶏舎はそもそも人が住むところではない。冬が寒さが厳しく、ドアが凍って開かなくなった。姉はコンロの上で寝ようとして服を焦がした。(p. 57)

2017年10月28日土曜日

『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス)

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『マネー・ボール』の著者マイケル・ルイスの新しい翻訳書『かくて行動経済学は生まれり』を読みました。『マネー・ボール』でデータに基づく意思決定を取り上げた彼は、本書では人間が意思決定を行う際の矛盾に焦点を移し、昨今よく取りあげられている行動経済学の大家ダニエル・カーネマン(過去記事)と、その研究パートナーだった人物エイモス・トヴェルスキーが歩んだ学者人生や兵役生活、研究成果などをたどっています。

おもしろさという点ではマネー・ボールのほうが上をいくと思いますが、本書には評価したい側面があります。「二人の天才を取りあげたこと」は言うまでもありませんが、「天才同士の協調がどのように進められるのかを描いたこと」がそうです。「天才同士が協調して物事にあたる過程や、そこから生まれるもの」については大いに興味がありました。その典型が、ウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガーの協調によってバークシャー・ハサウェイが大きく発展した件です。その意味で本書は、予想外のうれしい一冊でした。

今回は、これからお読みになる方の楽しみを損なわない程度に、一部をご紹介します。最初に引用するのは、エイモス・トヴェルスキーの天才ぶりに触れた箇所です。

「(前略)彼は物理学のことを何も知らないのに、道端で物理学者に出会って30分話すだけで、物理学について、その物理学者が知らないことを話すことができた。わたしは最初、彼をきわめて底の浅い人物だと思った。つまり表面をごまかしてとりつくろっているだけなのだと。でもそれは間違いだった。ごまかしなんかじゃなかったんだ」(p. 111)

*

エイモスの科学のあり方は、少しずつ積み上げていくというものではなかった」とリッチ・ゴンザレスは言う。「一気に飛躍して進む。既存の理論的枠組みを見つけ、その一般命題を見つける。そしてそれをぶち壊すんだ。彼自身も否定的なスタイルで科学をしていると思っていた。実際、彼は否定的という言葉をよく使った」。それがエイモスのやり方だった。他人の間違いを指摘してやり直す。そしてそのうちに、他にも間違いがあったことがわかるのだ。(p. 127)

次の引用は、さまざまなヒューリスティック(代表性や利用可能性といった、経験を踏まえて判断すること)によって、人があやまった予測をする過程を取り上げた箇所です。この種の話題は、本ブログでも何度か取り上げています。

どんな状況でも、不確実性の程度を判断するさい、人は"無言のうちに憶測"をすると彼らは述べている。「たとえばある企業の利益を予測するときは、その会社がふつうの操業状態であることを前提として推測をする」と、彼らのメモにある。「人はその条件が戦争やサボタージュ、不況、あるいはライバル会社の倒産などで、劇的に変化する可能性を考えない」。ここには明らかに、もう一つの間違いの原因がある。人は自分がわかっていないことをわかっていないというだけでなく、自分たちの無知を判断材料として考慮しようとしないのだ。(p. 216)

*

現実の生活で遭遇する多くの複雑な問題、たとえばエジプトがイスラエルに侵攻するかどうか、あるいは夫が他の女のもとに走るかどうかといった問題を前にしたとき、人は頭の中でシナリオを組み立てる。そしてわたしたちが記憶をもとにつくりあげた物語が、確率の計算に取って代わってしまうのだ。「説得力のあるシナリオができると、将来を予測する思考が制限される可能性が高い」と、ダニエルとエイモスは書いている。「不確実な状況がいったんある形で知覚、解釈されると、他の形で見ることは難しくなる」

しかし自分でつくりあげた物語は、材料の利用可能性によってバイアスがかけられている。彼らは「未来のイメージは過去の経験からつくられる」と書いた。これは歴史の重要性についてのサンタヤーナの有名な言葉、「過去を覚えていられない者は、それを繰り返すそしりを受ける」の逆をいくものだ。過去についての記憶が、将来についての判断を歪めかねないと、彼らは言っているのだ。「われわれはよく、ある結果が生じる可能性はほとんど、あるいは絶対にないという判断をくだすが、それはその結果を引き起こす原因となる一連の出来事を想像できないからだ。欠陥は、わたしたちの想像力にある」(p. 219)

備考です。ナシーム・ニコラス・タレブは、想像力を発揮して未来を予測することの難しさについて触れていました。そして、エクスポージャーを予測するほうが容易だとしています(過去記事)。カーネマンのような先達がみつけた知見を踏まえた上での洞察でしょうから、参考にすべき見解だと受け止めています。

2017年10月2日月曜日

カモになりたきゃ、ニュースを聴け(ナシーム・ニコラス・タレブ)

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ナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』から、これが最後の引用です。シグナルとノイズの話題です。

科学では、ノイズとは実際の「音」以外にも使われる一般的な概念であり、求めている情報を理解するために取り除く必要のある、何の役にも立たないランダムな情報を指す。(中略)

ビジネスや経済の意思決定では、データ依存は強烈な副作用をもたらす。現代では、縦横無尽なネットワークのおかげでデータは山ほどある。そして、データ漬けになればなるほど、偽の情報の割合も大きくなる。めったに話題にならないが、データにはひとつの性質がある。大量なデータは有害なのだ。いや、ほどほどの量でも。(中略)

データに触れれば触れるほど、「信号」と呼ばれる貴重な情報よりも、ノイズに触れる可能性は不釣り合いに高まっていく。ノイズ対信号比が高くなるわけだ。それに、心理的な混乱ではなく、データそのものに潜む混乱もある。たとえば、情報を年1回確認するとしよう。株価でも、義父の工場の肥料の売上でも、ウラジオストクのインフレ指数でもいい。仮に、年単位でみると、情報の信号対ノイズ比がおよそ1対1(ノイズと信号が半分ずつ)だとする。つまり、変化のおよそ半分は本当の改善や悪化で、残りの半分はランダムな変化ということだ。年1回の観察ではこの比率だが、同じデータを日単位で見ると、ノイズが95パーセントで信号が5パーセントになる。さらに、ニュースや市場価格の動向のように、1時間単位でデータを観察すると、ノイズが99.5パーセントで信号が0.5パーセントになってしまう。ノイズが信号の200倍もあるわけだ。よって、(大事件でもない)ニュースを一生懸命聴いている人たちは、カモの一歩手前なのだ。(上巻p. 212)

信号(シグナル)とノイズについて取り上げた本としては、過去記事「これから坂を下る人」で取り上げた『シグナル&ノイズ』が楽しめました。

ノイズに触れる機会を減らすように説いた文章としては、ウォーレン・バフェットの過去記事「2013年度バフェットからの手紙 - 投資に関するわたしからの助言(1)」が参考になります。

「ニュースに触れていなかった間に株価が下がるのは困る」というのであれば、ジョン・テンプルトンの教え「(ルールその10)狼狽するな」に従うのはどうでしょうか。

問題なのは、「ごく少数の事件のせいで、企業価値が激減する」場合です。これこそ前々回のタレブの話題にでてきた「脆い」企業の典型です。このような企業への投資を検討する際には、リスク管理を重んじる必要があると思います。私見になりますが、そもそも投資しないか、リスク影響度(リスク・エクスポージャー)を吸収できる以上の割安な値段で買うか、ポートフォリオ全体に占める比率を小さく抑えるか、といった選択肢のなかから意思決定するのがよいと思われます。

2017年9月28日木曜日

暴落という名の浄化(ナシーム・ニコラス・タレブ)

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何回か前の投稿で取り上げたナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』から、市場の暴落に関わる話題を引用します。

変動には浄化の働きもある。小さな山火事が定期的に発生することで、とても燃えやすい物質が一掃されるので、蓄積せずにすむ。"安全のため"に山火事を体系的に防ごうとすると、大火事が起きたときの被害はいっそうひどくなる。同じような理由で、安定は経済にとってよくない。後退することもなく、ずっと安定して成長を続けている企業は、非常に脆弱になる。そして、隠れた脆弱性が水面下で蓄積しつづける。だから、危機を先送りにするのはあまりよくない。同じように、市場に変動性がないと、罰を免れた潜在的リスクが膨らんでいく。市場が打撃を受けていない期間が長ければ長いほど、いったん混乱が発生したときの被害は大きくなるのだ。

この安定性がもたらす逆効果を科学的にモデル化するのは簡単だ。でも、私はトレーダーになったころ、ベテラン中のベテランだけが使っているヒューリスティック(経験則)を教わった。市場が"新安値"に達すると、つまり長い間経験していなかった水準まで下落すると、人々が出口に殺到し、"大量の血"が飛び散るのだ。金を失うことに慣れていない人々は、大きな損失を食らい、苦痛をこうむる。たとえば、その市場価格が2年ぶりの水準なら、「2年来の安値」と呼ばれ、1年来の安値よりも大きな被害をもたらす。うまいことに、この現象は「クリーンアップ(浄化)」と呼ばれている。"弱いプレーヤー"を追い出すという意味だ。"弱いプレーヤー"というのはもちろん、自分が脆いことに気づいておらず、誤った安心感に惑わされている連中のことだ。弱いプレーヤーがいっせいに出口に殺到すれば、全体を崩壊に導く。変動性のある市場では、長い間リスクの"クリーンアップ"が起こらないことはありえないので、こういう市場の崩壊を避けることができる。

ラテン語の言い回しを借りるなら、「たゆたえども沈まず(Fluctuat nec mergitur)」ということだ。(上巻p. 175)

2017年9月16日土曜日

反脆いシステムとは(ナシーム・ニコラス・タレブ)

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『ブラック・スワン』で有名なナシーム・ニコラス・タレブが書いた新刊の邦訳『反脆弱性』を、少し前に読了しました。実は数年前に原書のペーパーバックをある方から頂いており、いつでも読む機会はあったのですが、もたもたしているうちに翻訳版が出版されてしまいました。

「反脆さ」(Antifragile。名詞形Antifragilityの訳語は反脆弱性)という言葉はタレブ自身による造語で、「脆さ」とは逆に機能する性質を示す概念です。短い文章で表現すれば、「変化に際して、以前よりも強くなる」といった意味かと思います。本書では著者が経験したり学んだりした「反脆い」事例が列挙されており、読み進めることでその概念をよりよく理解できるようになります。

著者タレブが主張する論理や哲学は完全無欠からは遠いと思いますし、例によって侮蔑的な文章もそれなりに紙面を費やしています。しかしそれらを大きく割り引いたとしても、本書に目を通して彼が築いた「反脆弱性」の概念になじむ価値は大きいと思います。たとえばリスク管理やシステム分析のツールとして有用だからです。さらに言えば、メンタル・モデルのひとつとして位置づけるにふさわしい概念だからです。

今回は同書から「反脆い」物事の一例として「反脆いシステム」に関する部分を引用してご紹介します。まずは、どのようなシステムが「反脆い」のかを説明した文章です。

工学者であり工学の歴史家でもあるヘンリー・ペトロスキーは、見事な点を衝いている。タイタニック号があのような致命的な事故を起こさなければ、私たちはどんどん大きな客船を造りつづけ、次の災害はさらなる大惨事になっていただろう。つまり、あの事故で亡くなった人々は、より大きな善のために犠牲になったのだ。間違いなく、亡くなった人数よりも多くの人命を救っている。タイタニック号のエピソードは、システム全体の利と個々の害との違いを物語っている。

同じことはフクシマの事故についても当てはまる。間違いなく言えるのは、この事故によって私たちは原子炉(や微小な確率)の問題点に気づき、もっと大きな災害を防ぐことができたということだ(ちなみに、ストレス・テストの甘さやリスク・モデルへの誤った依存は、もともと明らかだった。だが、経済危機と同じで、誰も聞く耳を持たなかったのだ)。[過去記事1, 2]

飛行機の墜落事故が起きるたびに、安全性は増し、システムは改良され、次のフライトが安全になっていく。亡くなった人たちは、残りの人々の安全全体に寄与しているのだ。スイス航空111便、トランスワールド航空800便、エールフランス航空447便の事故は、航空システムの改善につながった。だが、こういったシステムが失敗を教訓にできるのは、システムが反脆く、小さな失敗を活かすようにできているからだ。

一方で、経済の崩壊については同じことは言えない。現在の経済システムは反脆くないからだ。なぜか? 飛行機は1日に何十万便と運航されているが、ひとつの飛行機が墜落しても、ほかの飛行機を巻きこむわけではない。そのため、失敗は制限されていて、大きな教訓になる。一方、グローバル化した経済システムはひとつとして機能している。失敗は広がり、複雑化する。

重要なので繰り返すが、ここで話しているのは全体的ではなく部分的な失敗だ。深刻で致命的な失敗ではなく、小さな失敗だ。よいシステムと悪いシステムの違いはここにある。航空業界のようなよいシステムは、失敗が起こるにしても小さく、互いに独立している。失敗によって将来の失敗の確率が減るので、いわば失敗同士が負の相関関係を持っている。この考え方は、反脆い環境(航空業界)と脆い環境(縦横無尽につながりあった"フラット化する世界"的な現代の経済生活)を区別するひとつの方法だ。(p. 128)

次は、「反脆い」システムを築き上げる際に重要な特性についてです。

脆さや反脆さを見極める(または、このあとの数章でデブのトニーが実演してくれるように、嗅ぎ分ける)のは、事象の構造を予測したり理解したりするよりもずっと簡単だ。したがって、私たちがしなければならないのは、予測ミスによる損失を最小化し、利得を最大化する方法を考えることだけだ。つまり、私たちが間違いを犯しても崩壊しない(さらには崩壊を逆手に取るような)システムを築くことが大事だ。

(中略)

事象が起きたあと、私たちが反省すべきなのは、事象(たとえば津波、アラブの春や暴動、地震、戦争、金融危機など)そのものを予測できなかったことではなく、脆さや反脆さを理解していなかったことについてだ。「どうして私たちはこの種の事象にこれほど脆いシステムを作ってしまったのか?」と考えるべきなのだ。津波や経済危機を予見できないのは仕方がない。でも、津波や経済危機に対して脆いシステムを作るのは罪だ。(p. 228)

上の文章を読むだけでも、「反脆いシステムにはなんらかの冗長性が要求される」ことが読みとれます(原発で大失敗をした日本をコケにしていることも読みとれます)。ちなみに本書では、冗長さの必要性が繰り返し説かれています。

そして次の文章では、崩壊を逆手に取った一例が示されています。バークシャーの再保険事業が思い起こされます。

自分自身の失敗を歓迎する企業もある。たとえば、壊滅的なリスクに保険をかける(または保険会社が分散不可能なリスクを"再保険"するために利用する)再保険会社は、会社に大打撃を与える災害やテールの事象を経験すると、かえって業績がアップしたりする。会社が破綻を免れ、万が一の事態に備えていれば(こういう緊急時のための計画を立てられる企業はほとんどないが)、保険料を不釣り合いに吊り上げて、損を埋めあわせることができる。顧客は過剰反応し、今までより高い保険料を支払うからだ。再保険会社は再保険の公正価格(つまり適正な価格)なんてわからないと言うが、不穏な時代に保険料が高騰するということは間違いなく知っている。それだけでも、長期的な儲けを得るには十分だ。会社に必要なのは、生き残れるように失敗を小さく抑えることだけだ。(p. 130)

最後におまけです。タレブらしさがよくでている哲学的な文章です。

いちども罪を犯したことのない人間は、いちどだけ罪を犯した人間よりも信頼できない。そして、何度も間違いを犯した人間のほうが、いちども間違いを犯したことのない人間よりはまだ信頼できる。ただし、同じ間違いを2回以上犯していなければの話だが。(p. 131)

2017年7月28日金曜日

逃げることが英雄的だった(『進化は万能である』)

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英国の著述家マット・リドレーの作品は楽しみにしており、昨年翻訳された『進化は万能である』をようやく読了しました。

題名が示すように、本書では「進化」現象が生物に限定されるものではなく、さまざまな領域でみられることを論じています。たとえば、経済・教育・政府・宗教・通貨といったソフト・サイエンスの章が登場します。過激な論調あり、やや飛躍的(に感じられるよう)な論理もありますが、リチャード・ドーキンスの系譜を感じさせるスタイルや主張は、個人的には十分に楽しめました。

ところで、同氏は興味の対象がハード・サイエンスにとどまらず、拡散するタイプの人なのだろうかと感じて少し調べてみたところ、いまさらながら納得しました。そもそも貴族の家系で世襲議員でもあり、金融危機前の一時期には銀行の取締役会会長も務めていたのですね。元気のいい、一介のサイエンス・ライターかと思っていましたが、大違いでした。

さて今回ご紹介する文章は、本題からはずれた内容です。「逃げる」話題について、2つの章から引用します。まずは、第10章「教育の進化」からです。

経済史学者のスティーヴン・デイヴィスは、現代の学校形態はナポレオンがプロイセン王国を破った1806年にその起源を有すると考えている。苦汁をなめたプロイセンは、同国でも並ぶ者のない知識人のヴィルヘルム・フォン・フンボルトに意見を乞い、厳格な義務教育プログラムを策定した。おもな目的は、若者を戦争中に逃亡しない従順な兵士に育成することにあった。現在の私たちが当然と受け止めている学校教育の特徴の多くは、これらのプロイセンの学校で導入されたものだ。

(中略)

『教育の再生』という著書でラント・プリチェットは、19世紀日本の文部大臣の次のようなあからさまな発言を引用している。「あらゆる学校の管理において、なすべきことは生徒のためではなく、国家のためであることを忘れてはならない」(訳注 初代文部大臣、森有礼の言葉。原文は「学政上に於ては生徒其人の為にするに非ずして国家の為にすることを始終記憶せざるべからず」)。(p. 233)

改めて考えてみれば、自由を尊重するリベラルな人々が、5歳の子供を12-16年にわたって一種の刑務所のような場所に送り出すというのも少々おかしな話だ。そこでは罰をほのめかして教室という監獄に児童を収容し、罰を匂わせて椅子にすわって指示に従うよう強いる。もちろん、現在はディケンズの時代とは違うし、多くの児童がすばらしい教育成果を上げるが、それでも学校は人を教化しようとする、いたって全体主義的な場所だ。私の場合、刑務所のたとえはまさにぴったりだった。私が8歳から12歳のあいだを過ごした寄宿学校は規則が厳しく、苦痛を伴う体罰が頻繁に用いられ、ナチス・ドイツの戦争捕虜がトンネルを掘り、食べ物を貯め込み、鉄道の駅まで田園地帯を逃亡するルートを計画した話に、生徒は共鳴したものだった。逃亡はしょっちゅうで、厳しい罰が与えられたが、周囲からは英雄扱いされた。(p. 233)

もうひとつ、こちらは第11章「人口の進化」からです。

イギリス、フランス、そしてアメリカ政府はドイツからのユダヤ人移民の受け入れに強く抵抗し、それを正当化する理由として、あからさまな優生学的主張を使った。既存の定員に加えて、ユダヤ人の子どもたちをさらに2万人アメリカに受け入れることを認める法案は、1939年初頭、ハリー・ラフリンが組織した移民排斥主義者と優生学的圧力団体の連合によって連邦議会で否決された。1939年5月、ドイツを逃れた930名のユダヤ人を乗せた客船セントルイス号がアメリカにたどり着いた。船が入港許可を待つそのさなかにラフリンは、アメリカはその「優生学的、人種的水準」を下げるべきでないと主張する報告書を提出している。結局乗客のほとんどがヨーロッパに戻され、そこで大勢が殺されてしまった。(p. 268)

2017年7月20日木曜日

『日進工具のニッチトップ戦略』(元会長、後藤勇氏(故人))

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震災後の2011年から投資している企業に、日進工具(6157)という小さな会社があります(過去記事の一例はこちら)。同社の会長だった後藤勇氏は、先月開催された株主総会の直前に69才でお亡くなりになりました。過去に一度総会に参加した際に、細々とした質問にも気軽に答えてくださったことを覚えています。「カラッとした陽気な性格の、たたき上げの創業者一族経営者」という印象の方でした。

同氏は2年前に『日進工具のニッチトップ戦略』という本を出版されていました。その中から印象に残った箇所をご紹介します。ひとつめの引用は、製造を担当していた同氏が営業の最前線も担当することになった頃の話です。

飛び込み営業を始めた初期においては、訪問先から「エンドミルは大手メーカーのもので間に合っているから、テストカットなどしなくてよい」とか、「今、忙しいから、帰れ」-など、罵声に近い言い方を何度もされた。

"営業担当として、訪問先からのお断りをいかにして乗り越えるか"-追い詰められていた私は、いろいろ考えた。

こうした局面においては、他社の営業担当は、サンプル品を置いて、後日、再訪問して売り込むケースが見られた。お客様からも「サンプルを置いていけ」とよく言われた。

私はこれをやらず、訪問先から材料と機械を借りて、私が自ら段取りを行い、切削加工してみせた。すると、お客様は関心を示し、加工で困っていることなどを話し始めてくれた。入社以来、地道に製造に携わり、培ってきた知識とノウハウが役立ったのだ。嬉しかった。いわゆる"実演販売"である。

同時に、大切なことを学んだ。それは、顧客は製品の価値を理解して購入して下さるのだから、絶対に、大幅な値引き販売、安易なサンプル品提供などは行わないことである。あわせて、常に、顧客のニーズを探求し、これをベースに製品開発する重要性も学んだ。これを怠ると、他社製品との差別化が進まず、過当競争を招き、その結果、価格の維持が困難になる。大事なことは、使い手と作り手双方に利益をもたらす"価値の等価交換"である。(p. 29)

"実演販売"の部分は心理的なうまいやりかたが何重にも組み込まれていて、つくづく感心しました。

もうひとつは株式投資家にはおなじみの概念、「逆張り」についてです。

中小企業にとって、優秀な人材を確保することは、至難の業に近い。このため、私は、常に、世の中が不景気な時に、意欲的に、社員を採用するようにしている。不景気になると、大企業は採用を必要最小限に止める。この時こそ、中小企業にとってはチャンスとなる。

また、機械を設備する時も同様で、不景気の時に行うようにしている。不景気になると、売り手市場から買い手市場になるので、納期が早まり、手間の掛かる特別仕様に対しても柔軟に対応してくれる。それに、価格交渉も有利となる。

工場用地の取得や工場建設に関しても、事情は同じ。土地の価格交渉でも有利だし、建設資材は値下がりし、工期も早まる。

私は、こうした不景気での対応を"逆張り経営"と称し、これを実践してきた。この結果、大きな成果を生み出すことができた。

ただし、常に、思い切った"勇気"と"決断"を要した。社内では、「人は不足していないのに、なぜ、不景気な時に社員を採用するのか」といった反対の声が聞かれた。機械を設備する時も同じで、「今は間に合っているのだから、わざわざ、不景気な時に設備することはない」など、ブーイングに近い声が私の耳に届いた。

そうした時、私は、「責任はすべて社長にある」とし、信念を持って、実行した。(p. 155)

よくあるエピソードなのかもしれませんが、厳しい時期に投資に踏み切れる経営者こそ、視点を共有できるという意味で投資家が探すべき経営者だと思います。

2016年3月18日金曜日

おすすめのベイズ統計学入門書

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チャーリー・マンガーは機会やリスクを確率的にとらえるやりかたについて触れていましたが(過去記事例)、意思決定やリスク管理の切り口からみれば、それは一般的なやりかただと思います。個人的には、確率モデルを構築して投資対象を分析したいと意識してはいますが、なお勉強中の段階です。

そんなわけで最近読んだ確率に関する本も入門書です。題名は『完全独習 ベイズ統計学入門』です。ベイス統計学の話題は以前も取りあげ(過去記事例)、別の入門書も若干読んだのですが、本書はわかりやすさの点で秀逸でした。

第一に、本質的な概念を図で示している点です。著者の方も強調されているように、確率の大小や事象発生後の状態を表現するために面積図を採用しています(要するに、長方形の大きさを比較するだけです)。2次元の情報は数字や表よりも格段にわかりやすく、読み手が理解すべき説明がそのまま伝わってきます。面積図は小学生高学年(の一部)でも駆使できるツールですから、直観的なわかりやすさは折り紙付きだと思います。

第二に、発展的な内容へ説明を進めるやりかたが自然で、かつ飛躍が小さい点です。複雑な説明は削ぎ落しながらも、各々の本質的な説明が展開されているので、短時間で読了でき、基本的な内容を理解できます。

第三に、数式が限りなく少なく、本文の文字自体も少ない点です。それでいて読み手は重要な諸概念をそれなりに理解できるのですから、著者は本書のアーキテクチャーを検討する際に苦心なさったことと想像します。

ところで、おなじみの「モンティ・ホール」問題が本書でも取り上げられていました。その際に著者は「直観に反する」という表現を使っておられますが、投資家として個人的に追いかけているのが、まさしくその言葉です。確率(数学)と心理学(生物学)の両方を学び、その両者が交わった「直観に反する」機会を見定めたい。それが実利的な願望のひとつです。

2016年1月30日土曜日

理性か知性を欠いた者だけが挑戦できる(『バッテリーウォーズ』)

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前回と同じように、『バッテリーウォーズ』から印象に残った文章を引用します。今回も本筋とは少し離れますが、ベンチャー・キャピタリストのビノッド・コースラ氏の大胆な発言です。なお彼は、UNIXやJavaで一時代を築いたサン・マイクロシステムズの創業者の一人です。

講演の冒頭でコースラは、ガソリンが無敵だという前提に異議を唱えた。最近の実績を見れば、現在使われているほかのテクノロジーと同じくガソリンも脆弱だということがわかるはずだという。ガソリンに勝てる見込みが低いという事実こそ、まさに彼が勝利を目指す理由だった。勝てれば天文学的な金銭的利益が得られるからだ。「専門家たちは一様に2008年の金融危機について物知り顔で語っていますが、2008年6月の時点では誰もあんなことは予想していませんでした」と彼は言う。エネルギーについても事情は同じで、専門家はシェールガスの将来について今でこそきわめてはっきりした言い方をしているが、2008年には誰もそんなものが使いものになるとは予見していなかった。

「成功の確率が0.01パーセントだと言われても、私は受けて立ちます」と彼が言った。

壁にスライドが映し出された。「見えない方のために説明します。縦軸が成功の確率、横軸がインパクトの大きさを表します。テクノロジーの失敗する確率が90パーセント以上の場合、きわめて破壊的なインパクトが生じやすいということです」ベンチャーキャピタリストにとって、確立されたビジネスパターンの破壊、そしてそれに伴う新しいビジネス手法の創出は、ずば抜けて大きな利益をもたらすことが多い。

たいていのベンチャー投資家やエンジェル投資家はそんなやり方をしない、と彼は言う。失敗のもたらす結果と成功のもたらす結果に極端な差が生じない程度までリスクを抑えようとするのだ。

「私が提案したいのは、その正反対のやり方です」とコースラが言った。大きなリスクとそれがもたらす潜在的なメリットをむしろ歓迎すべきだという。

コースラは、目の前に座る出席者のほとんどまたは全員の耳に彼のメッセージが届いてはいても、聞き入れる者はごくわずかだとわかっていた。「ほぼ不可能なことに挑戦できるのは理性か知性を欠いた者だけ」だからだ。侮辱的な言葉を浴びせれば、少なくとも相手を困惑させるくらいの効果はあるかもしれない。「物事がうまくいかない理由を常に説明できる専門家は、理性と知性を備えた人間を常に脅かして、途方もないアイデアへの挑戦を妨げることができるのです」と彼は語った。(p.269)

2016年1月28日木曜日

羊飼いの少年が期せずして成功する話(『バッテリーウォーズ』)

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バッテリーウォーズ』という本を読みました。内容は副題が示す通りのもので、「次世代電池開発競争の最前線」です。エネルギーや素材関係の話題には興味があるので期待して手に取ったのですが、読み始めのころはハズレだったかと案じました。書き出しには引きこまれず、突出したヒーローは不在、淡白な文体、そして地味な話題と、四重苦状態だと感じたからです。それでも100ページ目、150ページ目と読み進めていくうちに、実は楽しんでページを繰っている自分に気がつきました。そして静かなクライマックスに向けて一気に読了できました。

本書では研究開発やイノベーションの現場が、飾ることなく描写されています。登場人物は研究所や先端企業で働く頭脳明晰な人ばかりですが、彼らのふるまいや願望は一般人と同じで、等身大の群像劇が展開されています。様々なものごとがごったがえす中、技術はたゆまずに進歩し、ビジネスは拡大の機会をうかがい続けます。本書の中心的な役割はそういったイノベーション小史を楽しむ点にあると思いますが、それ以外の読み方もできます。日米におけるR&Dの比較という視点が持てたり、ベンチャー・ビジネスのケース・スタディーとしても参考になります。なおテスラモーターズのCEOイーロン・マスクも出番が少しありますが、端役の扱いです。

その本書から今回引用するのは、主題とはまるで関係のない話題です。モロッコ出身のアミーンという名の印象的な人物が登場しますが、彼の祖父が過ごした劇的な人生についてです。

一族の伝説は20世紀の初めごろにさかのぼる。アミーンの母方の祖父ベナディールが、12歳のときにアガディール港周辺の山で羊飼いをしていたころの話だ。ベナディールはしょっちゅう年配の男に叩かれた。しかしあるとき、耐えかねたベナディールが石をつかんで老人の頭を殴りつけると、相手は倒れて動かなくなった。少年はおびえて逃走した。

ベナディールが隠れていると、青果を積んで牽引車につながれた荷車が通りかかった。ベナディールは荷車によじ登ってすぐさま身を隠した。それから二、三日間、荷車は海岸沿いを進んでいった。ベナディールは積んである果物や野菜を食べて過ごした。しかしカサブランカに到着すると、荷主に見つかって路上に放り出されてしまう。ベナディールは歩きながら物乞いを始めた。汚れまみれで疲れきった彼は、一軒の家の前に立った。中にいたフランス人の婦人が哀れんで、ベナディールを招き入れた。それから彼の体をきれいにして、家事係としてこの家にいてよいと言った。

この婦人が何という名だったか、アミーンは覚えていない。ともあれ、婦人の夫はいくつもの店を所有する商人で、あるときベナディールはこの主人から一軒の店番を命じられる。ベナディールはこれをとても責任の重い仕事だと思い、きちんと朝5時に店を開け、真夜中に店を閉めた。夜は店で眠り、食事も店でとった。しばらくすると、主人は店の儲けが大きく増えたことに気づいた。そこで少年にさらに多くの店を任せ、彼を息子のように扱い始めたのだ。

1956年、モロッコはフランスとスペインから独立を勝ち取った。ベナディールを置いてくれたフランス人一家は、ほかの多くの外国人と同様に大あわてで帰国した。出国する際に、主人は事業をベナディールに譲った。こうして、アミーンの祖父は地元でかなりの大物になったのだった。(p. 72)

2016年1月24日日曜日

望まない習慣に生活を支配される(『脳が冴える勉強法』)

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チャーリー・マンガーやウォーレン・バフェットが好んで使う表現のひとつに、「習慣という鎖は、初めは軽すぎて感じられないが、やがて重くなって壊せなくなる」というものがあります。過去記事で何度かとりあげています(例1例2)。 最近読んだ本『脳が冴える勉強法』でも同じことに触れた箇所がありましたので、以下に引用します。

ヘッブの法則[脳神経ネットワークの同じ箇所に同じ刺激が繰り返し与えられることで、学習がなされる]が重要な意味を持つのは、学習の原理としてだけではありません。人間の行動が強化される原理、つまり習慣化の原理としても、ヘッブの法則は重要な意味を持っています。

習慣化の原理として考えたときに、ヘッブの法則が怖いのは、それが望むと望まざるとにかかわらず、起こってしまう、ということ。本人が望んでいなくても、繰り返した行動がヘッブの法則により強化されてしまう、ということです。

たとえば、デスクについてまずパソコンを起動させる。起動させたら、まずブラウザを立ち上げる。ブラウザを立ち上げたら、何となくニュースサイトを読み始めて、特に興味のない記事までリンクを辿って読んでいく。そういう行動を毎日繰り返したとします(それが悪いことだというわけではありませんが)。

そうすると、その行動を習慣化したいと望んでいるわけではなくても、その行動にまつわる回路が強化されます。デスクにつくというきっかけの行動を取っただけで、後は自動再生されるように、一連の行動をとってしまう。

生活のごく一部にそういう望まない習慣を持っているだけならいいですが、私たちは普段から注意していないと、いつの間にか望まない習慣に生活を支配されている状態になりがちです。

サミュエル・スマイルズの『自助論』の中に、次のような表現が出てきます。

「時間の浪費は、精神に有害な雑草をはびこらせる」

神経学的に翻訳するなら、実際に(脳の中に)はびこるのは、悪習慣の強い回路です。そして、いつの間にかそれに動かされて、膨大な時間を浪費するようになってしまう。

これは若い頃だけの話ではありませんが、若い人の方が残されている人生の時間が長いので、より大きな損失を被るのは確かだと思います。(p.136)

2015年12月28日月曜日

動物はパターンを見つけずにはいられない(『「偶然」の統計学』)

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前々回に取り上げた本『「偶然」の統計学』から、もう一か所引用します。本ブログでたびたび取りあげる「確証バイアス」の話題です。

記憶が外からの影響を受けやすいことは、2章で取り上げた確証バイアスと関連がある。確証バイアスとは、自分の信条(科学であれば仮説)を支持する証拠にはなぜか気づくのに、それらに反する証拠には気づかない、という無意識の傾向のことである。たとえばこんな状況を考えてみよう。

私が数の並びを作るルールを考えた。それに基づく最初の3個は2,4,6だ。それに対してあなたがこれに続く3個を予想し、私はそれが合っているかどうかを言う。そして同じことを繰り返す。つまり、あなたは先ほどの数に続く数を3個予想し、私はそれが合っているかどうかを言う。私たちはこれを、私のルールがわかったとあなたが確信するまで続ける。

この例のような状況において、人間はえてして数の並びに関する自分の仮説に沿った3つ組を次々と探す。なので、この例においてあなたが私のルールを「偶数を挙げること」だと予想したなら、あなたは続く3個として8,10,12と言うだろう。そして、それが正しいと言われたら、それに続く3個として14,16,18を挙げる。それも正しいと言われたら、あなたは自信をもって、数が単純に2ずつ増えていくというのが私のルールだと思うに違いない。

あなたの挙げた並びが私のルールを満たしていることは確かだが、実はあなたが予想したルールは私が考えていたものではない。私のルールは、順次大きくなる整数からなる任意の集合だった。この例では、自分の仮説に沿う数の3つ組ばかりを探し、反証となりうるほかの3つ組で仮説を検証しようとしない、というバイアスが働いている。

興味深いことに、科学の理想像においては、科学者は仮説を思い付いたらそれを反証すべく実験をする。反証に耐えるほど、その仮説が正しい可能性は高まる。だが、科学的な評価はうまくいく仮説――そうした反証に耐える仮説――を思いついたことが基になるので、人間はおのずと自説の検証をあまり難しくしないようにしがちだ。

(中略)

2,4,6,8,10,12……という並びの背後にあるルールを探す例における関心の的は、人間が(そして動物も)パターンを見つけずにはいられないこと、そして現に見つけるのがうまいことである。すでに何度か触れたが、これは進化の自然な産物である――トラが近づいてくる兆しを見つけられれば、近隣の好戦的な部族の何人かが忍び寄ってきたのがわかれば、あるいは果実が食用に適していることを示す特徴を掴めれば、あなたが生き残って遺伝子を次の世代に伝えられる可能性は高まる。だが、迷信を取り上げたときに見たように、出来事のパターンは背後に何の原因もなく偶然生まれることもある。実際には何の関係もない2つの出来事に相関がある(片方の発生がもう片方の発生と関連がある)と信じることは、よく「錯誤相関」効果と呼ばれている。そして、ここに統計的な推論の出番がある。その目的は、偶然生じたパターンと背後に何らかの原因が本当に存在するパターンとを区別することだ。(p. 225)

2015年12月24日木曜日

平均への回帰(『「偶然」の統計学』)

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一般向けに書かれた確率や統計の本はぽつぽつ手にとっています。最近は『「偶然」の統計学』という本を読みました。本書では、稀と思われる事象が「しばしば」発生する理由を中心に説明しています。そうは言いながらも確率や統計全般の話題もとりあげていて、気負わずに楽しみながら読み通せる一冊です。

今回本書から引用するのは「平均への回帰」です。よく知られた現象ですが、昨年同様、締めくくりの時期にふさわしい話題だと感じています。

平均への回帰の効果は至るところに見られ、それに意識が向くようになればどこにでも見つかる。スコアや結果や反応にランダムな要素があれば、その効果は必ず現れる。たとえばパフォーマンスについて考えてみよう――試験でも、仕事でも、スポーツでも、何でもいい。パフォーマンスには実力や準備などの要因に左右される面が当然あるが、偶然にも左右される。その日はとりわけ調子が良かったとか、試験のヤマが当たったとか、売り込みに行った先の担当者が高校の同期だったとか。良いパフォーマンスにおける偶然の貢献分は次回になくなる可能性が高く、そうなるとパフォーマンスが下がったように見える。平均への回帰は、結果を額面どおり受け取る前に注意が必要だと警告する。飛び抜けたスコアは主に偶然のおかげかもしれないのだ。

ということは逆も言える。飛び抜けたパフォーマンスが部分的にでも有利な偶然のおかげなら、とりわけひどいパフォーマンスも部分的には不利な偶然のせいということになる。

この話をふまえると、あらゆる類いのランキング(スポーツチーム、外科医、学生、大学などなど)についてはっきり言えることがある。上位にいる要因の大半が偶然なら、次回は下位に沈む可能性が高い。(p.169)

2015年11月12日木曜日

善意が最悪につながるとき(『人と企業はどこで間違えるのか?』)

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遅ればせながら『人と企業はどこで間違えるのか?』を読みました。本書はビル・ゲイツが推薦した本として知られていますが、さらに元をたどればウォーレン・バフェットにたどりつくとのことです。本書では米国経済界で起こった10件の出来事(原書Business Adventuresでは12件)が節度ある文章で語られており、自然と引き込まれました。今回引用するのは1962年5月に起きた株式市場の暴落後に、ある株式ブローカーが書き残した文章です。

私たちはブローカーならではの憂鬱も抱えていた。顧客は誰もが裕福というわけではない。にもかかわらず、私たちの助言のせいで多大な損失を被っているのだ。信じてもらえないかもしれないが、他人の金を失うことはどうしようもなく嫌なものだ。あの暴落が起きるまで、相場は12年間も上昇し続けてきた。誰でも10年ものあいだ、自分や顧客にひたすら利益ばかりもたらしてきたら、自分はとてつもなく有能だと思うようになる。自分はすごい、金儲けの達人だ、と。しかし相場が崩れ、無力さが露呈した。あのとき誰もがいくばくかの自信を失い、すぐにはそれを取り戻すことができなかった。どうやら市場が受けた衝撃は、ブローカーがデ・ラ・ヴェガの提唱する次の基本ルールを守るべきだったと後悔するほど大きかったようだ--「株の売買についてはけっして助言してはならない。なぜなら、洞察力が鈍ったとき、善意の助言が最悪の結果につながることがあるからだ」(p.322)

参考までに当時のS&P指数のチャートを転載します。1929年は別格として、第2次大戦後の上昇がつづく期間では急激な下落だったようにみえます。

(出典) The Intelligent Investor (4th Revised Edition)

こちらはおまけです。上述の話とは別のもので、アメリカ政府で原子力委員会の委員長などを務めた人物デビッド・リリエンソール氏に関する章からです。民間企業の経営者へと転身した彼が、ストック・オプションで財産を築いたことについて抱いていた想いです。

「(前段省略)ここ数年、『金持ちになるってどんな気分だ』としょっちゅう訊かれます。最初は暗に非難されているようで気分が悪かったのですが、もう慣れました。今ではとくにどうこう思わないと答えています。本音はというと……ただし、これを言うと傲慢に聞こえるでしょうが……」

「いいえ、ちっとも傲慢じゃないわ」、リリエンソール夫人が先回りして言った。

「いや、傲慢さ。だが、とにかく言わせてもらうなら」とリリエンソールは続けた。「ある程度の財産があれば、お金はそれほど重要だとは思いません」

「私はそうは思わないわ」と夫人は反論した。「お金が重要じゃないと言えるのは若いうちよ。若ければなんとか頑張れますから気にならないでしょう。でも、歳をとってくるとお金があれば何かと心強いものです」(p.268)

2015年11月8日日曜日

投資家にウソをついたのではない(『HARD THINGS』)

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少し前に『HARD THINGS』という本を読みました。著者のベン・ホロウィッツはネットスケープのマーク・アンドリーセンとITベンチャー企業を経営し、事業を大企業へ売却することに成功した人物です。畏敬すべき経歴に聞こえるかもしれませんが、事業経営の内情はIT企業によくあるドタバタの連続です。IT業界で働く人であれば(ベンチャー企業であればなおさら)、肯きたくなる局面が何度もでてきます。その意味で個人的には「激動の時期を駆け抜けた、あるCEOの回顧録」として読みました。

さて今回は、同書で何度か取り上げられているアンディ・グローブ(インテルの元CEO)の発言を引用します。

2001年の大インターネットバブルの最終時期、大手IT企業が軒並み四半期目標を大幅に下回ったときに、なぜ誰もバブル崩壊を予知できなかったのかと考えた。2000年4月のドットコム不況のあと、シスコ、シーベル、HPなどは、自分たちの顧客の多くが壁にぶつかるのを見て、すぐに景気後退に気づいたはず、とあなたは考えるかもしれない。しかし、おそらく史上最大規模の早期警告システムが作動していたにもかかわらず、どのCEOも強気の予測を繰り返した。自分たちの四半期が劇的に吹き飛ばされる寸前まで。私はアンディに、なぜ偉大なCEOたちが、迫りくる自らの運命についてウソをつくのか尋ねてみた。

彼らは投資家にウソをついたのではなく、自分にウソをついていたのだとアンディは言った。

アンディは、人間、特にものをつくる人たちは、良い先行指標にしか耳を貸さないと説明した。たとえば、CEOは自社サービスの登録者数が通常の月間成長率を25パーセント上回ったと聞けば、切迫した需要の大波に耐えられるよう、すぐにエンジニアを追加するだろう。一方、登録者数が25パーセント減少すれば、CEOは同じくらい熱心かつ緊急に、言い訳の説明をするだろう。「この月は低調だった。休日が4日もあり、ユーザーインタフェース(UI)を変更したことによってさまざまな問題が起きた。どうか、パニックにならないでほしい!」

どちらの先行指標も誤りだったかもしれないし、正しかったかもしれないが、この架空のCEOはほぼすべてのCEOと同様に、ポジティブな指標に対してのみ行動を起こし、ネガティブな指標に対しては、説明を探すだけだ。(参考記事)(p.128)

2015年6月18日木曜日

(問題)いいアイディアを生み出す方法(『149人の美しいセオリー』)

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今年の早いうちに読んだ本『知のトップランナー149人の美しいセオリー』は、「あなたのお気に入りの、深遠で、エレガントで、美しい説明は何ですか?」という題目に対して寄せられたエッセイ集です。学術界で活躍する人たちが主に筆をとっているので、本質的な内容自体は勉強になります。しかしむずかしい主題を短い字数にまとめ、そこから翻訳された日本語を読むわけですから、明瞭明快な文章とは言いにくいところがあります。そうではあるものの、興味の範囲を広げる水先案内としては有用な一冊だと思います(ちなみに、創発についても取りあげられていました)。

今回引用するのは、ニュースクール大学の教授マーセル・キンズボーン氏が書いたエッセイです。解答の部分は次回の投稿でご紹介します。

いいアイディアを生み出すのに、人間である必要はない。あなたが魚でもかまわない。

ミクロネシアの浅い海域に、小魚を食べる大きな魚がいる。小魚は泥の中の巣穴に住んでいるが、餌を食べるときにはわらわらと出てくる。大きな魚は小魚を1匹ずつ平らげようとするが、食べ始めたとたん、小魚たちはさっさと巣穴に戻ってしまう。さて、どうしたものか。

私はもう何年も授業でこの問題を出しているが、私の記憶が確かなら、大きな魚と同じ名案を考え出した学生はたった1人しかいない。(p.381)

蛇足ですが、わたしの出した答えは自己採点で20点といったところでした。

2015年6月14日日曜日

創発とは(『わたしはどこにあるのか』)

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読了したばかりの本『〈わたし〉はどこにあるのか: ガザニガ脳科学講義』は「人間の意識」とはどのようなものなのか、科学的な説明を試みている著作です。そのなかで説明されていた「創発」という概念をはじめて知りました。チャーリー・マンガーが主張する「とびっきり効果」(Lollapalooza effect)と似ており、印象に残りました(参考記事の例)。今回は創発を説明した箇所を引用します。

創発とはミクロレベルの複雑系において、平衡からはほど遠い状態(無作為の事象が増幅される)で、自己組織化(創造的かつ自然発生的な順応志向のふるまい)が行なわれた結果、それまで存在しなかった新しい性質を持つ構造が出現し、マクロレベルで新しい秩序が形成されることだ。創発には「弱い創発」と「強い創発」の2種類がある。弱い創発とは、元素レベルの相互作用の結果、新しい性質が出現すること。創発された性質は個々の要素に還元できる。つまりレベルが進んでいった段階を把握できるわけで、決定論的な立場と言える。これに対して強い創発では、新たに出現した性質は部分の総和以上なので還元できない。無作為の事象が拡大していくので、基礎的な理論や、別レベルの構造を支配する法則を理解したところで、性質の法則性が予測できない。(p.155)

こちらはおまけで、物理学者ファインマンの発言です。

物理学者が尻尾を巻き、決定論の裏口からこっそり逃げ出したのは、カオス理論も一因だが、量子力学と創発によるところが大きい。リチャード・ファインマンが、1961年にカリフォルニア工科大学の新入生を前に行った講演の中で、こう宣言したのは有名な話だ。「その通り!物理学は降参した。特定の状況で何が起こるのか、予測する術を我々は持たないし、そんなことは不可能だと分かった―予測できるのは異なる事象ごとの確率だけだ。自然界を理解したいという物理学の理想が削られたと言わざるを得ない。ある意味後退でもあるが、それを避ける方法を誰も見つけられなかった……だから当面は、確率計算に専念するとしよう。『当面』といったものの、永遠に続きそうな気がしてならない。この謎を解明するのは不可能であり、これが自然の真の姿なのだ」(p.158)

2015年5月12日火曜日

CEOに必要な資質とは(『破天荒な経営者たち』)

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数回前の投稿でご紹介した著書『破天荒な経営者たち』からもう1点ご紹介します。今回引用するのは、ラルストン・ピュリーナ社のCEOだったビル・スティーリッツ氏の話題です。なおペットフード会社の同社は、2001年にネスレに買収されました。

買収に関しては節約志向で、大型入札で株価がつり上がるよりも機を見て市場で買うことを好んだ。そして、常にPER(株価収益率)が周期的な安値を付けたときに買収を行った。(中略)

スティーリッツは、自社株買いのリターンがほかの資本投資、特に買収を判断するときの基準になると考えていた。長年彼の補佐役を務めたパット・モケイヒーによれば、「投資判断には、常に自社株買いのリターンというハードルが使われました。もし、買収によってある程度の精度でこのリターンを上回ることができそうならば、それは実行する価値があると判断されました」。(中略)

スティーリッツは、控えめに見ても魅力的なリターンを生みそうな会社のみを買うべきだと考えていた。彼は、詳細な金融モデルなど当てにせず、いくつかの重要な変数――市場成長率、競争、業務改善が可能か、そしてもちろん現金を生み出すカ――のみを考慮して判断を下していた。彼によれば「私はいくつかの重要な想定のみに注目して判断を下していました。まず調べるのは、市場の潜在的なトレンドの成長率と競争状況です」。(p.216)

スティーリッツは独立心が強く、外部からの助言はまったく受け入れなかった。彼は、CEOの資質としてカリスマ性は過大評価されていると考えていた。必要なのは分析力と独立的思考で、「それがなければ、CEOは銀行とCFO(最高財務責任者)の言うなりです」。彼は、多くのCEOがこのような分析力が必要ない部門(法務、マーケティング、製造、販売など)の出身だということを理解していた。しかしそのうえで、この能力がなければCEOとしては非常に不利だと考えていた。彼の信条は単純で、「リーダーシップとは分析力です」。(p.220)

2015年5月6日水曜日

バリュー投資家の方へおすすめの一冊『破天荒な経営者たち』

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チャーリー・マンガーの推薦書"The Outsiders"(過去記事)の翻訳書が出ていたことを指摘してくれたのは、いつもコメントをつけてくださるブロンコさんでした(過去記事のコメント欄)。邦題は『破天荒な経営者たち』、発行元はパンローリング社です。別の翻訳書『千年投資の公理』を取りあげたときに同社のことを「わざと売れないように題名をつける会社」と書きましたが(過去記事)、本書もその路線に足を踏み入れていると思います。邦題だけでなく、装丁(表紙のデザイン)のほうも購買意欲を削いでいるようにみえるからです。前置きが長くなりましたが、結論は題名に記したとおりです。バリュー投資家のみなさんには、一読されることを強くお勧めする一冊です。資金を投じる価値がある企業の経営者とはどのような人たちなのか、その実例を示しているからです。

今回引用するのは同書で紹介されている経営者のひとり、ケーブルテレビ業界のTCI社でCEOを務めていたジョン・マローン氏の話題です(現在はリバティメディア社などの会長)。

この時期、マローンは新しい財務と業務の規律を導入し、各部門の責任者に、利益率を維持しながら毎年加入者を10%増やすことができれば、彼らの独立性を尊重すると約束した。TCIの質素で起業家的な文化は、この時期に本部から現場へと広がっていった。

TCIの本部や、アメリカのメディア勢力図を書き換える業界の最大手の本部にはとても見えなかった。事務所は質実剛健で、少ない幹部とそれ以上に少ない秘書がビニール張りの床に置いた剥げた金属製のデスクで働いていた。受け付けは一人しかおらず、あとは自動音声の留守番電話で対応していた。TCIの幹部がそろって出張に出ても宿泊はたいていモーテル(車庫付きの簡易宿泊所)で、COO(最高執行責任者)のJ.C.スパークマンによれば「当時はホリデイ・インに泊まるのがたまの贅沢でした」。(中略)

各部門の責任者は、目標を達成していればかなりの自治権を与えられていた。反対に、月間目標が達成できなかった部門の責任者は、社内を飛び回っているCOOの訪問をたびたび受け、パフォーマンスが劣っていればすぐに差し替えられた。(p.143)

資本を配分するには高リターンの選択肢がたくさんあり、マローンはそれを最適に組み合わせてTCIの資産を構築していった。彼の経歴からも分かるように、マローンは冷静で合理的でまるで外科医のように正確に資本を配分していったのである。彼は、魅力的なリターンであれば、どれほど複雑で型破りな投資でも検討し、工学的な思考で、リターンが優れた計画だけを実行した。面白いことに、彼はスプレッドシートは使わず、リターンが簡単に計算できる計画を好んだ。「コンピューターには細かいデータがたくさん必要ですが……私はプログラマーではなく数学者です。正しくあるべきですが、厳密でなくともよいのです」と語ったこともある。(p.162)

しかし、彼は安値でしか買わず、TCIの買収計画の基礎となる単純なルール――番組制作費の割引と人員削減が終わった時点で見込めるキャッシュフローの5倍までしか支払わない――を持っていた。この分析は、たった1枚の紙があれば計算できた(紙ナプキンの裏で計算することもあった)。高度な予想モデルなどは必要ないのである。

重要なのは予想の精度と期待した相乗効果を生み出せるかどうかであり、マローンとスパークマンの事業チームは新たに買収した会社の不要コストを削減するための高度な訓練を受けていた。(p.165)

TCIの事業は驚くほど分権化されており、スパークマンが引退した1995年でも1200万人の加入者を擁するこの会社の本部には17人の社員しかいなかった。マローンのいつもの率直な言いかたによれば、「スタッフの数が多ければよいというものではありません。ほとんどの人間は、あとからとやかく言うだけの連中です」。(p.169)