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2018年9月24日月曜日

<新訳>誤判断の心理学(チャーリー・マンガー)

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本ブログではチャーリー・マンガーの講演を順次ご紹介してきました。ただし「誤判断の心理学」と銘打った講演は抄訳にとどまっていました。今回からのシリーズでは同講演の全訳を拙訳にてご紹介します。引用元原書の版はExpanded Third Editionです。なお「講演」と呼んではいるものの、実際には各種講演をもとにした新たな「書き下ろし」エッセイとのことです。

誤判断の心理学
チャーリー・マンガーの講演3件から抜粋してまとめられた初出の文章。2005年にチャーリー自身が改訂し、相当量の文章が加筆修正された。

前書き

15年ほど前に心理学の話をしたときの各講演録を読み返してみたところ、当初の内容のほぼすべてを含みながらも、より論理的で、ずっと長い「講演」を生み出せることに気がつきました。

しかし、そうすることで次の4つの不利益が生じるだろうと、即座に思い至りました。

第一に、その長い「講演」は論理的にずっと完成された内容に書き上げられるはずだったので、多くの読者が当初の講演以上に退屈かつ混乱すると思われた点です。心理的傾向における独特の定義を扱う際に、心理学の教科書やユークリッド[数学]を連想させるようなやりかたをとるつもりでしたから、その可能性は考えられました。一体だれが、気晴らしのために教科書を読んだり、ユークリッドを学びなおそうと考えるものでしょうか。

第二に、私が身につけた心理学に関する知識のうち正式と言えるやりかたのものが、15年前にわずか3冊の教科書に目をとおした程度だった点です。そのため、心理学の分野でその後に発展したことは、事実上なにも知りません。さらに、長き論説にはみずからの推考を含み、はるかに学術的な心理学に対して批判をくだすことでしょう。このように素人がプロの領域へと侵入すれば、その領域の先生方が苦く受けとめるものも当然です。私のあやまちを嬉々として探し出し、私が開陳した批判に対して自説を以って反論する労を厭わないかもしれません。そのような新たな批判に、なぜ私が直面する必要があるのでしょうか。情報の面で優位な上に弁の立つ批判者からの追及を待ち望む人など、いったいどこにいるのでしょうか。

第三に、わが考察を披露した長き改訂版が、私に対して好意を持つまいと過去に心を決めた人たちから、必ずや批判を受ける点です。表現面や本質的な面に対する反論もあるでしょうが、そのほかにもあるでしょう。一介の老人が「伝統的な知恵にはろくに目を向けない態度を示す一方で、自分がなにひとつ受講したことのない教科に登場する話題を『まくし立てる』」姿に対して、傲慢とみる見解です。ハーバード・ロースクール時代からの旧友であるエド・ロスチャイルドは常々、そのようにまくし立てる心情を「靴用ボタン・コンプレックス」と呼んでいました。家族関連の知り合いが、靴用ボタンの事業で優勢的な地位を占めた後になってから、あらゆる話題を予言的に話していた様子にちなんで付けた呼び名でした。

第四に、私自身が間抜けぶりをさらしてしまう可能性がある点です。そういった非常に憂慮すべき4つの点があるにもかかわらず、以前の文章を拡充した版を発表することに決めました。私が何十年間にわたって成功を収めることができたのは、仕事やその方策において失敗する可能性が低い行動だけに限定してきたからこそと言えます[参考文献]。しかし今や私は、これから歩む道を選択しました。重大な個人的便益が得られることはなく、家族の一員や友人には確実に痛みをもたらすと共に、みずから醜態をさらしかねない道をです。それでは、なぜそのような道を歩むのでしょうか。

(つづく)

The Psychology of Human Misjudgment
Selections from three of Charlie's talks, combined into one talk never made, after revisions bv Charlie in 2005 that included considerable new material.

PREFACE

When I read transcripts of my psychology talks given about fifteen years ago, I realized that I could now create a more logical but much longer "talk," including most of what I had earlier said.

But I immediately saw four big disadvantages.

First, the longer "talk," because it was written out with more logical completeness, would be more boring and confusing to many people than any earlier talk. This would happen because I would use idiosyncratic definitions of psychological tendencies in a manner reminiscent of both psychology textbooks and Euclid. And who reads textbooks for fun or revisits Euclid?

Second, because my formal psychological knowledge came only from skimming three psychology textbooks about fifteen years ago, I know virtually nothing about any academic psychology later developed. Yet, in a longer talk containing guesses, I would be criticizing much academic psychology. This sort of intrusion into a professional territory by an amateur would be sure to be resented by professors who would rejoice in finding my errors and might be prompted to respond to my published criticism by providing theirs. Why should I care about new criticism? Well, who likes new hostility from articulate critics with an information advantage?

Third, a longer version of my ideas would surely draw some disapproval from people formerly disposed to like me. Not only would there be stylistic and substantive objections, but also there would be perceptions of arrogance in an old man who displayed much disregard for conventional wisdom while "popping-off' on a subject in which he had never taken a course. My old Harvard Law classmate, Ed Rothschild, always called such a popping-off "the shoe button complex," named for the condition of a family friend who spoke in oracular style on all subjects after becoming dominant in the shoe button business.

Fourth, I might make a fool of myself. Despite these four very considerable objections, I decided to publish the much-expanded version. Thus, after many decades in which I have succeeded mostly by restricting action to jobs and methods in which I was unlikely to fail, I have now chosen a course of action in which (1) I have no significant personal benefit to gain, (2) I will surely give some pain to family members and friends, and (3) I may make myself ridiculous. Why am I doing this?

蛇足ですが、チャーリーがなにかを説明するときには、冗長とも思える前振りを語ります。もちろんそれには理由があって、そのひとつが過去記事「<旧約>誤判断の心理学(24)他人に何かを頼むとき」で示されていると思います(再帰的なリンクになっている点にご注目を)。

2012年12月16日日曜日

合衆国憲法制定会議(アレグザンダー・ハミルトン伝)

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前回の投稿で、チャーリー・マンガーはアメリカ合衆国の憲法制定会議について触れていました。話の出所を調べようと思い、伝記作家ロン・チャーナウが書いた『アレグザンダー・ハミルトン伝』をあたってみたところ、内容が一致する箇所があったのでご紹介します。

また[草案を作る]この小委員会では、総じて秘密主義が好ましいという意見が優勢で、予備投票は記録されないことになった。さらに公正を期するため、小委員会は「議場での発言は、許可なく印刷されず、ないしは公表されたり伝達されてたりもしない」ことも決めた。(中略)

新しい憲章を作る会議に、このような非民主的な規則が用いられたのはなぜなのだろう。代表の多くは、自分たちのことを賢明な独立した市民だと考えており、彼らが気にかけていたのは、派閥などという唾棄すべきものではなく、公共の福利だった。「もし討議が公開で行なわれていたとしたら、派閥の怒号に邪魔されて満足な成果を出せなかっただろう」とハミルトンは述べている。「後になって討議の内容が明らかになっていたら、扇動的な雄弁に多くの材料を与えていたことだろう」。非公開の会議だったおかげで、活発で自由な議論が交わされ、史上屈指の啓発的な文書が生まれたのだ。だが同時に、この秘密主義のせいで、会議の内部事情は中傷的な伝説の材料となり、ハミルトンの後のキャリアに悪影響を及ぼすことにもなった。(p.450)


ベンジャミン・フランクリンが「生涯最高の威厳ある立派な会議」と絶賛したこれらの賢人は、いかなる人々だったのか。12邦の代表55名--ロードアイランドは変節して会議をボイコットした--は、アメリカを代表する人々とはあまり言えない。全員が白人で教育を受けた男性であるうえ、大半が裕福な資産家だった。過半数が弁護士で、そのため前例というものを気にしていた。プリンストンの卒業生(9名)が、イェール(4名)とハーヴァード(3名)よりも圧倒的に多かった。平均年齢は42歳で、32歳のハミルトンや36歳のマディソンは若いほうだった。(p.453)


さて、衆院選の投票に向かう時間です。

2012年12月14日金曜日

誤判断の心理学(27)質疑応答(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによる「誤判断の心理学」は、今回が最後になります。25種類の傾向を示した後に、チャーリーは自問自答の形でいくつかの疑問に答えています。過去記事「(実例)旅客機からの脱出試験」が、今回の前段にあたる文章です。(日本語は拙訳)

3番目の質問も複合的なものです。これら一連の傾向をみてきましたが、現実問題として、この物事を考えるやり方[各種の傾向をチェックリストとして使う方法]にはどんなよさがあるのでしょうか。現実的なご利益は得られるのですか。そういった心理的傾向は広範な進化[遺伝的なものと文化的なものの組み合わせ]を通じて完璧なまでに人の心に組み込まれているので、取り除けないと思いませんか。では、この問いに答えましょう。これらの傾向は、おそらく悪性のものより良性のものが多いと思います。もし反対だったら、人間の状態や限定的な脳の容量から考えると、これらの傾向はきちんと働き、それゆえに人間はここまで到達していなかったと思われるからです。ですから、これらの傾向はただ自然に消失することはないでしょうし、そうなってはならないのです。にもかかわらず、これまで述べてきた心理学的な物事の考え方を正しく理解して使えば、知恵や良き行いを広めることができますし、また災難を避けるのにも役に立つでしょう。これらの傾向を宿命としてうけとめるのではなく、その実態を認識し、対応策を覚えておくことで、トラブルを未然に防ぐ一助となります。数はそれほどありませんが、次に挙げる例をみれば、基本的な心理学的知識があると非常に役に立つことが、改めて認識できるでしょう。

1. カール・ブラウン氏が実践してきたコミュニケーションのやりかた
[未訳出。コミュニケーションの際には、5W1Hを必須とするやりかた。なお同氏の話題は過去記事にもあり]

2. パイロットの訓練に使うシミュレーター

3. アルコホーリクス・アノニマス[断酒団体]が採用しているシステム
[過去記事]

4. メディカル・スクールにおける医療訓練の方法

5. 合衆国憲法制定会議における議事進行上の規則
この会議は完全に非公開とされ、予備的な投票の段階では投票者名は記録されませんでした。また会議末まではいかなるときでも票を覆すことができ、最終的には全会一致をもって決定としました。これは人の心理を重視した、非常に賢明なやりかたです。もし建国者たちがほかの手続きに従っていたら、さまざまな心理学的傾向に影響され、首尾の一貫しない、頑なな態度をとりつづける者が続出したことでしょう。エリートたる建国者たちが心理的な面において鋭敏だったことで、紙一重のところで建国がなしとげられたのです。

6. ばあちゃんのいいつけ
これは、やるべきことを抱えている人に対して動機づけを与え、よりよい成果を挙げるよう仕向けるものです。[過去記事]

7. ハーバード・ビジネス・スクールが強調する決定木の重要性
まだ若かったころの私はおろかにも、ハーバード・ビジネス・スクールのことをバカにしていました。「高校で習う代数を28歳にもなる人たちにむかって、実生活でどう使うのかを教えてるって、どういうこと?」。しかしのちになって私にも道理がわかり、それが非常に重要なことが理解できました。心理的な傾向から及ぼされる悪影響に対抗するためだったのですね。気がつくのが遅かったですが、そうでないよりはマシでしょう。[過去記事]

8. ジョンソン・アンド・ジョンソンにおける事後評価の実施
ほとんどの会社では、買収した会社が失敗だったとしても、おろかな買収に関係した人、事務作業、プレゼンテーションなどは全て、間をおかずに忘れ去られてしまいます。お粗末な結果に関わっていたと思われるので、誰も口にしないのです。しかしジョンソン・アンド・ジョンソンでは定められた規則によって、実施した買収が当初の予想とくらべてどれだけの成果をあげたのか振り返ることを、全員に課しています。これはとても賢明なやりかただと思います。

9. 確証バイアスを避けていたチャールズ・ダーウィンの卓越した先例
このやりかたを模倣したものとして、新薬の研究開発の例があります。これは、試験の際には「二重盲検法」に従うことがFDAによって義務付けられているものです。確証バイアスに対する究極の手段といえるでしょう。[過去記事]

10. 立会取引に対するウォーレン・バフェットのきめごと
参加しないこと。

My third question is also compound: In the practical world, what good is the thought system laid out in this list of tendencies? Isn't practical benefit prevented because these psychological tendencies are so thoroughly programmed into the human mind by broad evolution [the combination of genetic and cultural evolution] that we can't get rid of them? Well, the answer is that the tendencies are probably much more good than bad. Otherwise, they wouldn't be there, working pretty well for man, given his condition and his limited brain capacity. So the tendencies can't be simply washed out automatically, and shouldn't be. Nevertheless, the psychological thought system described, when properly understood and used, enables the spread of wisdom and good conduct and facilitates the avoidance of disaster. Tendency is not always destiny, and knowing the tendencies and their antidotes can often help prevent trouble that would otherwise occur. Here is a short list of examples reminding us of the great utility of elementary psychological knowledge:

One: Carl Braun's communication practices.

Two: The use of simulators in pilot training.

Three: The system of Alcoholics Anonymous.

Four: Clinical training methods in medical schools.

Five: The rules of the U.S. Constitutional Convention: totally secret meetings, no recorded vote by name until the final vote, votes reversible at any time before the end of the convention, then just one vote on the whole Constitution. These are very clever psychology-respecting rules. If the founders had used a different procedure, many people would have been pushed by various psychological tendencies into inconsistent, hardened positions. The elite founders got our Constitution through by a whisker only because they were psychologically acute.

Six: The use of Granny's incentive-driven rule to manipulate oneself toward better performance of one's duties.

Seven: The Harvard Business School's emphasis on decision trees. When I was young and foolish I used to laugh at the Harvard Business School. I said, “They're teaching twenty-eight-year-old people that high school algebra works in real life?” But later, I wised up and realized that it was very important that they do that to counter some bad effects from psychological tendencies. Better late than never.

Eight: The use of autopsy equivalents at Johnson & Johnson. At most corporations, if you make an acquisition and it turns out to be a disaster, all the people, paperwork, and presentations that caused the foolish acquisition are quickly forgotten. Nobody wants to be associated with the poor outcome by mentioning it. But at Johnson & Johnson, the rules make everybody revisit old acquisition, comparing predictions with outcomes. That is a very smart thing to do.

Nine: The great example of Charles Darwin as he avoided confirmation bias, which has morphed into the extreme anti-confirmation-bias method of the “double blind” studies wisely required in drug research by the F.D.A.

Ten: The Warren Buffett rule for open-outcry auctions: Don't go.

2012年11月30日金曜日

誤判断の心理学(25)ゾンビ的自由が待っている(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによる最後の心理学的傾向です。原文の"Lollapalooza"という見慣れない単語は過去にも何度か登場していますが、語感の軽さをだそうと考え、「とびっきり」という訳をあてています。(日本語は拙訳)

(その25)とびっきりなことにつながる傾向 - ある特定の成果を志向する種々の心理学的傾向が結合することで、極端な結末が生じる傾向

Twenty-Five: Lollapalooza Tendency - The Tendency to Get Extreme Consequences from Confluences of Psychological Tendencies Acting in Favor of a Particular Outcome

私が一度でも紐解いてみた心理学の教科書には、 この傾向を少なくとも何かしらまとまった形でとりあげたものはありませんでした。しかしこれは日常生活ではありふれた傾向で、たとえばミルグラムが得た強烈な実験結果を裏付けています。また一部のカルト宗教でも同じことをやって、大きな成果をおさめています。実践を繰り返して進化するうちに、洗脳対象の信者を同時に説得するには、いろんな心理学的な傾向を使って圧力をかけるのがよいとわかったのです。洗脳対象者の感じ方はそれぞれ異なりますが、パブロフが晩年に行った研究で使われた犬のように、カルトからの圧力を受けることで「ゾンビ的自由が保障された生活」の枠におさまる者もでてきます。実際に、この洗脳現象は「snapping」[ぱちんとはめ込むの意]と呼ばれています。

いったい全体、心理学の教科書を執筆する者がこのことを長きにわたって徹底的に無視してきたのは、なぜでしょうか。物理学や化学の科目をとった新入生に対して、心理学的な傾向同士がいかに結びつき、どんな効果が生まれるのか考えるように指導していないのは、どうしてでしょうか。相互に関連する心理学的傾向を扱うといった複雑さを克服できていないのに、自分の心理学の研究が適切だと考えているのは、いかなるものでしょうか。単純すぎるアルゴリズムに頼ってしまう心理的傾向が、誤った認識につながることを学ぼうとするときに、教授のほうが単純すぎる概念を使うほど皮肉なことがあるでしょうか。

この現象について、私なりに説明してみましょう。おそらくですが、ずいぶん前にお亡くなりになった教授たちは、こんな風に考えていたのではないでしょうか。学内で実施できて、いちどにひとつの心理学的傾向を対象とする、狭い領域にとどまった再現可能な心理学的実験を行うことで、その学問全体が作れるだろうと。そうだとしたら、主題に迫るやりかたを限定したことで、とんでもない過ちをおかしたことになります。まるで物理学において、実験室でできないからという理由で天体物理学を無視し、さらにはあらゆるものの複合的効果も無視するようなものです。初期の心理学の教授たちがこのようなやりかたを選んだのは、どのような心理学的傾向が働いたせいでしょうか。ひとつ考えられるのが「手近なものを買いかぶる傾向」で、これは制御しやすいデータを好むことに根ざしています。制限を加えることはすなわち、「かなづちを手にした人の傾向」の行き過ぎた例を生み出すものです。また別のものとしては、「羨望・嫉妬する傾向」も考えられます。初期の心理学の教授は物理学を正しく理解せず、そのうらやむ様子はある種奇妙な様子を呈していました。このことからも、心理学という学問に羨望や嫉妬という概念を含めないのは良策ではないことがわかるかと思います。

先人に関する歴史的な謎を追究するのは、ここまでとします。

以上で、心理学における合理的な傾向についての手短な私見はおしまいです。

This tendency was not in any of the psychology texts I once examined, at least in any coherent fashion, yet it dominates life. It accounts for the extreme result in the Milgram experiment and the extreme success of some cults that have stumbled through practice evolution into bringing pressure from many psychological tendencies to bear at the same time on conversion targets. The targets vary in susceptibility, like the dogs Pavlov worked with in his old age, but some of the minds that are targeted simply snap into zombiedom under cult pressure. Indeed, that is one cult's name for the conversion phenomenon: snapping.

What are we to make of the extreme ignorance of the psychology textbook writers of yesteryear? How could anyone who had taken a freshman course in physics or chemistry not be driven to consider, above all, how psychological tendencies combine and with what effects? Why would anyone think his study of psychology was adequate without his having endured the complexity involved in dealing with intertwined psychological tendencies? What could be more ironic than professors using oversimplified notions while studying bad cognitive effects grounded in the mind's tendency to use oversimplified algorithms?

I will make a few tentative suggestions. Maybe many of the long-dead professors wanted to create a whole science from one narrow type of repeatable psychology experiment that was conductible in a university setting and that aimed at one psychological tendency at a time. If so, these early psychology professors made a massive error in so restricting their approach to their subject. It would be like physics ignoring (1) astrophysics because it couldn't happen in a physics lab, plus (2) all compound effects. What psychological tendencies could account for early psychology professors adopting an over-restricted approach to their own subject matter? One candidate would be Availability-Misweighing Tendency grounded in a preference for easy-to-control data. And then the restrictions would eventually create an extreme case of man with a hammer tendency. Another candidate might be envy/jealousy Tendency through which early psychology professors displayed some weird form of envy of a physics that was misunderstood. And this possibility tends to demonstrate that leaving envy/jealousy out of academic psychology was never a good idea.

I now quitclaim all these historical mysteries to my betters.

Well, that ends my brief description of psychology logical tendencies.


最後の一言は、あいかわらずのチャーリー節ですね。質疑応答があるので、このシリーズはもう少し続きます。

2012年11月23日金曜日

誤判断の心理学(24)他人に何かを頼むとき(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの誤判断の心理学です。個人的にも、この傾向は日常的に役立つものと実感しています。(日本語は拙訳)

(その24) 理由を尊重する傾向
Twenty-Four: Reason-Respecting Tendency

進んだ文化のもとではよくみられますが、人間にはものごとを正しく認識することを好む性質があるため、それを訓練するのを楽しむところがあります。クロスワードなどのパズルやブリッジ、詰将棋のように、知性を必要とするあらゆるゲームが広く親しまれているのは、これによるものです。

となれば、この傾向が言わんとすることは明らかでしょう。ものを教えようとする人は、なぜやってほしいのかも言わずに命令口調で伝えるのではなく、本来の理由を説明するようにすれば、言われたほうもずっとうまく学べるようになるのです。理由のことをきちんと考えてから要求を言いわたし、さらには、要求する相手とは理由づけも含めてコミュニケーションすること。賢明なる心がけとはこういうものです。

There is in man, particularly one in an advanced culture, a natural love of accurate cognition and a joy in its exercise. This accounts for the widespread popularity of crossword puzzles, other puzzles, and bridge and chess columns, as well as all games requiring mental skill.

This tendency has an obvious implication. It makes man especially prone to learn well when a would-be teacher gives correct reasons for what is taught, instead of simply laying out the desired belief ex cathedra with no reasons given. Few practices, therefore, are wiser than not only thinking through reasons before giving orders but also communicating these reasons to the recipient of the order.


「なぜ」という疑問に答えるのに有用な考えを入れておく格子枠に対して、人生を通じて経験したり、読んだり聞いたりしたことを追加し続けることで、学んだことがもっとも容易に吸収され、また使われます。実のところ「なぜ」と疑問を持つことは、精神面の潜在能力を大きく広げてくれる、ロゼッタ・ストーンの役割を果たします。

しかし残念なことに「理由を尊重する傾向」は強力なものなので、説明される理由が意味のないものだったり、誤っていても、命令や要求に応じやすくする力があります。これを示した心理学の実験があります。コピー機に並ぶ人の列に来た実験担当者が「これをコピーしないといけないのです」と理由を説明することで、見事にも先頭へ割り込ませてもらったのでした。この「理由を尊重する傾向」が生み出す副産物は、理由というものの重要性が広く認知されているために起こる、ありがたくない条件反射なのです。当然ながら、幾多のくだらない理由があちこちで使われており、たとえばコマーシャルの中や、カルトにおいて「信者」が拒絶するものを受け入れされるときが、その例です。

In general, learning is most easily assimilated and used when, life long, people consistently hang their experience, actual and vicarious, on a latticework of theory answering the question: Why? Indeed, the question “Why?” is a sort of Rosetta stone opening up the major potentiality of mental life.

Unfortunately, Reason-Respecting Tendency is so strong that even a person's giving of meaningless or incorrect reasons will increase compliance with his orders and requests. This has been demonstrated in psychology experiments wherein “compliance practitioners” successfully jump to the head of the lines in front of copying machines by explaining their reason: “I have to make some copies.” This sort of unfortunate byproduct of Reason-Respecting Tendency is a conditioned reflex, based on a widespread appreciation of the importance of reasons. And, naturally, the practice of laying out various claptrap reasons is much used by commercial and cult “compliance practitioners” to help them get what they don't deserve.


格子枠の話題はおなじみとなってきましたが、以下の過去記事でとりあげています。

2012年11月17日土曜日

誤判断の心理学(23)ミツバチも無駄話をする(チャーリー・マンガー)

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(2014/04/23) 和訳を修正しました。("straight up"を「奥まった」から「突き出した」へ)

チャーリー・マンガーの誤判断の心理学です。短いので、全文を引用しています。(日本語は拙訳)

(その23)無駄話をする傾向
Twenty-Three: Twaddle Tendency

人間は言語を授かった社会的動物であるゆえに、おしゃべりをしたり、真剣に働かなければいけないときでも、ぺちゃくちゃと無駄口をきいて少なからぬ害を及ぼしてしまうように生まれついています。しかしながら、とかく無駄話ばかりの人がいる一方、ほとんど無駄口をきかない人もいます。

ある興味深い実験によって、ミツバチが無駄口をきくとどんなトラブルをもたらすのか、明らかになっています。ミツバチは普通、巣を出て花の蜜をさがしだし、巣に戻ってきて他のハチに蜜のありかを知らせるためにダンスを踊ります。それをみて他のハチも出動し、蜜にたどりつくのです。さてB.F.スキナーばりに賢い科学者が「障害があったらハチはどうするだろうか」と考え、蜜の場所をひっぱりだして外のほうへ移してみました。自然の状態では蜜はそんなに飛び出していません。さて困ったミツバチには、この件をうまく伝える術は遺伝子には組み込まれていません。このミツバチが巣に戻ったら、隅っこに身を隠していたと思われるかもしれませんが、ちがいました。巣に戻ると、ちぐはぐなダンスを披露したのです。私の人生も、このハチと同じことをやる人間に対処することの連続でした。おしゃべりばかりの無駄話にふける人を、真剣に仕事をしている場から遠ざけておくのは、うまく管理していこうとする者にとって、大切な仕事のひとつです。カルテックの工学系で有名なること当然な教授が、かつて彼の流儀で、この件を気配りなしにずばり表現しています。「重要な人が働いているところを、そうでない人には邪魔させない。これは大学運営における肝心な仕事だ」。この教授が発言したことを私も自分なりの方法でやっていたのですが、反発を受け、ずっと悩んできました。多大なる努力の末、私もすこしはまともになりました。ですから、この発言を引用したのは、少なくとも以前と比べたら私も気配りできるだろう、という想いを込めているところがあります。

Man, as a social animal who has the gift of language, is born to prattle and to pour out twaddle that does much damage when serious work is being attempted. Some people produce copious amounts of twaddle and others very little.

A trouble from the honeybee version of twaddle was once demonstrated in an interesting experiment. A honeybee normally goes out and finds nectar and then comes back and does a dance that communicates to the other bees where the nectar is. The other bees then go out and get it. Well some scientist - clever, like B. F. Skinner - decided to see how well a honeybee would do with a handicap. He put the nectar straight up. Way up. Well, in a natural setting, there is no nectar a long way straight up, and the poor honeybee doesn't have a genetic program that is adequate to handle what she now has to communicate. You might guess that this honeybee would come back to the hive and slink into a corner, but she doesn't. She comes into the hive and does an incoherent dance. Well, all my life I've been dealing with the human equivalent of that honeybee. And it's a very important part of wise administration to keep prattling people, pouring out twaddle, far away from the serious work. A rightly famous Caltech engineering professor, exhibiting more insight than tact, once expressed his version of this idea as follows: “The principal job of an academic administration is to keep the people who don't matter from interfering with the work of the people that do.” I include this quotation partly because I long suffered from backlash caused by my version of this professor's conversational manner. After much effort, I was able to improve only slightly, so one of my reasons for supplying the quotation is my hope that, at least in comparison, I will appear tactful.


無駄話、たしかにその通りです。昨今はTwitter等が全盛ですが、さかのぼってみればショートメール、携帯電話、チャット、掲示板、電子メール、果ては喫煙所での世間話や井戸端会議と、メディアは変わりますが、やっていることはあまり変わりませんね。しかし改めて考えてみると、これをとりまくビジネスが大きくなっていることに、ある種の驚きをおぼえます。

ミツバチのダンスに関する補足的な話題は、過去記事「尻振りダンスだけではない(ミツバチの群れ)」で取り上げています。

ところでチャーリーの文章ですが、ドライなユーモアがあいかわらずです。

2012年11月10日土曜日

誤判断の心理学(22)そこに点耳薬を差すのか(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの誤判断の心理学です。今回の逸話は楽しんで読めますが、われわれにも深く根ざしている傾向かと思います。(日本語は拙訳)

(その22) 権威によって、誤って影響される傾向
Twenty-Two: Authority-Misinfluence Tendency

ご先祖様もみな同じだったように、順位制の中で生きるということは、他人を従えることができる人はひと握りに限られているため、ほとんどの場合、人は指導者に従うように生まれつきます。人の社会というものは順位制によって成り立っており、考えずとも指導者に従うのを善とする文化が育まれています。

Living in dominance hierarchies as he does, like all his ancestors before him, man was born mostly to follow leaders, with only a few people doing the leading. And so, human society is formally organized into dominance hierarchies, with their culture augmenting the natural follow-the-leader tendency of man.


誤った影響には、こっけいなものもあります。チャルディーニが示した例によると、耳の治療をしている看護婦に対して、医師が文書で指示を残しました。「1日2回、2滴。'r. ear'」。それを読んだ看護婦は患者を反対向きにして、肛門へ点耳薬を差したのです[right earとrearを取り違えた]。

権威からくるわかりにくい指示が悲劇を招いた例もあります。第二次世界大戦中の、将軍付きのなりたてのパイロットの話です。自分のそばの副操縦士席に座っている将軍に気に入られようとするばかりに、彼がちょっと動いたことを誤って解釈し、ばかげたことをする命令ととらえました。そのせいで航空機は墜落し、パイロットは下半身不随となったのです。

当然ながらバフェットも上司の立場にある者として、このような事例を参考にしています。事業を経営する各パイロットのそばでは、静かすぎるぐらいほど口をつぐんでいます。

Some of the misinfluences are amusing, as in a case described by Cialdini. A physician left a written order for a nurse treating an earache, as follows: “Two drops, twice a day. 'r. ear.'” The nurse then directed the patient to turn over and put the eardrops in his anus.

Other versions of confused instructions from authority figures are tragic. In World War II, a new pilot for a general, who sat beside him in the copilot's seat, was so anxious to please his boss that he misinterpreted some minor shift in the general's position as a direction to do some foolish thing. The pilot crashed the plane and became a paraplegic.

Well, naturally, cases like this one get the attention of careful thinkers like Boss Buffett, who always acts like an overquiet mouse around his pilots.


コスタリカのリオ・コロラドで釣りをした時に、私についたガイドがあきれ顔で話をしてくれました。ターポン[大型の肉食魚]は初めてという釣り人が以前にこの川にやってきたときのことです。私と同じように付き添いのガイドが船を進め、釣りについて助言をしました。このガイドこそ、権威を持つ者の話をする上でぴったりの人物なのです。さて、その釣り人にも巨大なターポンが食いつき、「ガイド」という名の権威ある者が指示を出しはじめます。「上げて、下げて、リールを巻いて」、釣り人はそれに従って釣り竿を扱います。そしていよいよ釣り竿をたわませて、魚に対してもっと力をかける必要になった時に、ガイドが英語でこう言いました。ガイドの母国語はスペイン語だったのですが、釣り人のほうは英語だったのです。「さおを魚へ、さおを魚へ」。なんと、釣り人は高価な釣り竿を魚にむかって放りだしたのです。釣り竿はリオ・コロラドをくだり、海のほうへと流れていったのでした。この例は、権威を発揮する人によって生まれる傾向が、いかに強力で人の脳みそをぐだぐだにしてしまうか、よく示しています。

最後の例はビジネスからです。ある大企業のCEOに、心理学の博士号をとった人物が就任しました。やりたいほうだいの彼は、人里離れたところに大枚はたいて本社オフィスを建てました。しかも見事なワインセラー付きです。当然のことですが、しばらくすると彼の部下たちが、資金がつきかけていると異議を唱えました。それに対するCEOの返事は「減価償却引当金からなんとかしろ」。減価償却引当金は貸方の勘定科目ですから、そうするのは容易ではないでしょう。

このCEOやもっと悪い例が他にもいろいろあるように、権威というものを過剰に尊重しすぎると、その人たちは排除されて然るべきとわかっても、その後も長きにわたって重要な会社の手綱さばきを任せたまま、ということがあります。これが暗示していることはわかりやすいですね。権力を持たせる相手には注意せよ。というのは、権威によって誤って影響される傾向が働くために、権威をふるう者を取り除こうとしても難しいことがあるからです。

When I once fished in the Rio Colorado in Costa Rica, my guide, in a state of shock, told me a story about an angler who'd earlier come to the river without ever having fished for tarpon. A fishing guide like the one I had runs the boat and gives fishing advice, establishing himself in this context as the ultimate authority figure. In the case of this guide, his native language was Spanish, while the angler's native language was English. The angler got a big tarpon on and began submitting to many directions from this authority figure called a guide: tip up, tip down, reel in, etc. Finally, when it was necessary to put more pressure on the fish by causing more bending of the angler's rod, the guide said in English: “Give him the rod, give him the rod.” Well, the anger threw his expensive rod at the fish, and when last seen, it was going down the Rio Colorado toward the ocean. This example shows how powerful is the tendency to go along with an authority figure and how it can turn one's brain into mush.

My final example comes from business. A psychology Ph. D. once became a CEO of a major company and went wild, creating an expensive new headquarters, with a great wine cellar, at an isolated site. At some point, his underlings remonstrated that money was running short. “Take the money out of the depreciation reserves,” said the CEO. Not too easy because a depreciation reserve is a liability account.

So strong is undue respect for authority that this CEO, and many even worse examples, have actually been allowed to remain in control of important business institutions for long periods after it was clear they should be removed. The obvious implication: Be careful whom you appoint to power because a dominant authority figure will often be hard to remove, aided as he will be by Authority-Misinfluence Tendency.


<誤訳修正> 2017/7/17(月) 「点耳薬」とすべき言葉を、当初は「目薬」と訳していました。

2012年10月31日水曜日

誤判断の心理学(21)老化が悪影響をもたらす傾向(チャーリー・マンガー)

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今回の話題は、年をとることについてです。今度の1月でチャーリー・マンガーは89歳になります。アメリカ史上最大の実業家ジョン・D・ロックフェラーは、97歳で没しました。最近では、ウォルター・シュロスの95歳が記憶に残っています。参考までに、日本人の平均余命はこちらです。(日本語は拙訳)

なお誤判断の心理学(その20)は「薬物」の話題ですが、チャーリー自身が数行しか触れていないため、本ブログでは取り上げるのを省略しました。

(その21) 老化が悪影響をもたらす傾向
Twenty-One: Senescence-Misinfluence Tendency

年老いるにしたがって、始まる時期や進み具合は人それぞれながら、認識力が自然と衰えていきます。かなりの年になると、ほぼどんな人でも複雑な技能を新たに身につけるのが難しくなります。しかし人によっては、ずっと昔に鍛練して身につけた技能を、晩年になるまでうまく維持できることもあります。ブリッジのトーナメント戦に出た人なら、よく見かけるでしょう。

私のような年寄りは、特にあれこれしなくても、年齢からくる衰えを隠す技を身につけています。というのは、衣服のような社会的慣例が、いろんな衰えを隠してくれるからです。

みずから楽しみながら継続的に思索や学習に取り組んでいれば、不可避なことでも、ある程度は遅らせることができます。

With advanced age, there comes a natural cognitive decay, differing among individuals in the earliness of its arrival and the speed of its progression. Practically no one is good at learning complex new skills when very old. But some people remain pretty good in maintaining intensely practiced old skills until late in life, as one can notice in many a bridge tournament.

Old people like me get pretty skilled, without working at it, at disguising age-related deterioration because social convention, like clothing, hides much decline.

Continuous thinking and learning, done with joy, can somewhat help delay what is inevitable.

2012年10月23日火曜日

誤判断の心理学(19)かつての栄光(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの誤判断の心理学です。今回の傾向は短いため、全文を引用します。個人的には、今回も耳が痛いばかりです。(日本語は拙訳)

(その19)使わなければ、失われる傾向
Nineteen: Use-It-or-Lose-It Tendency

どんなものでも、使っていない腕前は落ちるものです。二十歳になるまで私は微積分の達人でしたが、それから後はまったく使うことがなかったので、その技能は完全に失われました。こうならないようにするには、パイロットの訓練用シミュレーターと同じように働くものを利用するのが適切です。そうすれば、ほとんど出番がないけれど失いたくないあらゆる技能を、とぎれることなく練習することができます。

賢明な人というのは、身につけたあらゆる有益な技能が、ほとんど使うことがない上に自分の専門外ばかりだとしても、自己を高めるというある種の義務と考え、人生をつうじて実際に使うようにしています。もし練習する技能の種類を減らせば、それはすなわち手持ちの技能の数を減らすわけですから、「かなづちを手にした人」の傾向が招く落とし穴へと沈んでいくことでしょう。また新しく経験したことを理解するのに必要な枠組みである「さまざまな理論を組みこむ格子枠」に穴ができてしまうため、学ぶ力も小さくなってしまいます。思慮深い人にとって、自分の技能を日常的に使うチェックリストへ組み込んでおくのは、欠かせないことです。ほかのやりかただと、大事なことを間違えやすいからです。

技能がきわめて高度な水準に達すると、それを維持するには毎日の鍛錬が欠かせないものとなります。ピアニストのパデレフスキは、かつてこう言いました。「1日でも練習を怠ったら、自分の腕が落ちたのがわかりますし、1週間も休んだら、観客の方もわかるでしょう」

「使わなければ、失われる傾向」がもたらす行く末を考えれば、徹底した人にとっては取り組むつらさもやわらぐでしょう。テストに合格するだけのために一夜漬けをするのではなく、十分な水準まで技能に通じておけば、腕が落ちるとしてもずっとゆっくりとしたものでしょうし、学び直してリフレッシュしたときには素早く元に戻るからです。これはちょっとした利益どころではないため、賢明な人が重要な技能を身につけようとするときには、本当に達者になるまでは途中であきらめないのです。

All skills attenuate with disuse. I was a whiz at calculus until age twenty, after which the skill was soon obliterated by total nonuse. The right antidote to such a loss is to make use of the functional equivalent of the aircraft simulator employed in pilot training. This allows a pilot to continuously practice all of the rarely used skills that he can't afford to lose.

Throughout his life, a wise man engages in practice of all his useful, rarely used skills, many of them outside his discipline, as a sort of duty to his better self. If he reduces the number of skills he practices and, therefore, the number of skills he retains, he will naturally drift into error from man with a hammer tendency. His learning capacity will also shrink as he creates gaps in the latticework of theory he needs as a framework for understanding new experience. It is also essential for a thinking man to assemble his skills into a checklist that he routinely uses. Any other mode of operation will cause him to miss much that is important.

Skills of a very high order can be maintained only with daily practice. The pianist Paderewski once said that if he failed to practice for a single day, he could notice his performance deterioration and that, after a week's gap in practice, the audience could notice it as well.

The hard rule of Use-It-or-Lose-It Tendency tempers its harshness for the diligent. If a skill is raised to fluency, instead of merely being crammed in briefly to enable one to pass some test, then the skill (1) will be lost more slowly and (2) will come back faster when refreshed with new learning. These are not minor advantages, and a wise man engaged in learning some important skill will not stop until he is really fluent in it.

2012年10月15日月曜日

誤判断の心理学(18)近くにいる娘を好きになる(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの誤判断の心理学です。今回の傾向は、身に覚えのある方が多いのではないでしょうか。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その18)手近なものを買いかぶる傾向
Eighteen: Availability-Misweighing Tendency

次の歌の一節は、この精神的な傾向を代弁しています。「好きなあの娘がそばにいなけりゃ、近くにいる娘を好きになる」。人間の脳は容量が限られている上に不完全なため、たやすく手に入るもので済ませようとします。そもそも脳は、忘れてしまったことや邪魔が入って認識できなかったものを扱うことはできません。歌詞に登場する男が身近な女の子に惹かれたように、脳には種々の心理学的傾向が強い影響を及ぼしており、それによって大きく左右されるのです。それ故、人の心は容易に入手できるものに重きをおきます。これが「手近なものを買いかぶる傾向」につながります。

この「手近なものを買いかぶる傾向」によって過ちを犯さないためには、チェックリストなどを使ってきちんとした手順を踏むのが基本です。これらが役に立たないということは、まずありません。(中略)

しかしながら、心に残るようなすごく鮮やかなイメージは、建設的に使えるという点で特別な強みがあります。他人を正しい結論へ導きたいときがその好例です。また、たくさんのことを忘れないようにするために、かたっぱしから印象的なイメージを一緒にしておくことで、覚えやすくするやりかたもあります。過去をふりかえれば、古代ギリシャやローマの偉大な雄弁家がそういった印象的なイメージを記憶力向上の助けとしていました。何かの書き物を手にすることもなく、長大でよく整った演説ができたのはそのおかげだったのです。

この傾向を扱う上で忘れてはならない重要な手順はかんたんなものです。自分にとって入手しやすいという理由だけで、そのアイデアや事実のほうが価値があるわけではない、ということです。

This mental tendency echoes the words of the song: “When I'm not near the girl I love, I love the girl I'm near.” Man's imperfect, limited-capacity brain easily drifts into working with what's easily available to it. And the brain can't use what it can't remember or what it is blocked from recognizing because it is heavily influenced by one or more psychological tendencies bearing strongly on it, as the fellow is influenced by the nearby girl in the song. And so the mind overweighs what is easily available and thus displays Availability-Misweighing Tendency.

The main antidote to miscues from Availability-Misweighing Tendency often involve procedures, including use of checklists, which are almost always helpful.

Still, the special strength of extra-vivid images in influencing the mind can be constructively used (1) in persuading someone else to reach a correct conclusion or (2) as a device for improving one's own memory by attaching vivid images, one after the other, to many items one doesn't want to forget. Indeed, such use of vivid images as memory boosters is what enabled the great orators of classical Greece and Rome to give such long, organized speeches without using notes.

The great algorithm to remember in dealing with this tendency is simple: An idea or a fact is not worth more merely because it is easily available to you.


余談ですが、投資候補の企業のことを調べる一環で、その会社を取り上げた本を読んでいる最中です。この手の本ですから好意的に書いてあるのは承知の上ですが、それでも強い引力を感じます。人間の心を操作するのは簡単なものですね。

2012年10月6日土曜日

誤判断の心理学(17)パブロフの犬、後伝(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの誤判断の心理学、今回は非日常的な話題で、人の認識が大きく変わるときの話です。現代は大きな災害が続く時期のまっただ中ですから、人の心の大きな変動は理解しやすいのかもしれません。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その17)ストレスによって引き起こされる傾向
Seventeen: Stress-Influence Tendency

脅威などによってストレスが突然かかると、体の中にアドレナリンがみなぎるのがわかります。これは、急激な反応ができるように体に喚起するものです。また心理学のイロハに通じている人であれば、ストレスが社会的証明の傾向をより強めることがわかっているでしょう。

やや知名度は劣りますがそれでもよく知られている現象として、大きなストレスが機能不全を招く一方、テストを受ける時のような軽いストレスがかかるときには、能力が若干改善することがあります。

しかし鬱を招くよりももっと強いストレスがかかるとどうなるのかは、ほとんど知られていません。たとえば、急性のストレスによる鬱が思考停止をもたらすことはよく知られています。長く続きがちな極度の悲観をもたらすとともに、行動停止状態にもなってしまいがちな現象です。しかしこれもよく知られていることですが、そういった類の鬱は幸運なことに、逆転できる症状の一例なのです。現代的な薬が登場する前でさえも、ウィンストン・チャーチルやサミュエル・ジョンソンといった鬱を患っていた多くの人が、偉大なる業績をなしとげました。

強いストレスによって引き起こされる非鬱病性の神経衰弱のことはほとんど知られていませんが、少なくとも1つは例外があります。パブロフが70~80代のときに行った研究です。パブロフがノーベル賞を受賞したのはまだ若い頃で、犬を使った消化生理学の業績に対して贈られました。犬がみせた単なる関連による反応[条件反射
]の業績によって、彼は世界的に有名になったのです。当初は唾液を出す犬の話でしたが、現代の広告がやっているような単なる関連がひきおこす行動上の大きな変化は、今日では「パブロフの」条件反射によると表現されることがよくあります。

パブロフの最後の研究があらわにしたものは特に興味深いものでした。レニングラードでは1920年代に大洪水が発生したのですが、パブロフは当時、たくさんの犬をカゴの中で飼っていました。パブロフの条件付けと標準的な報酬に対する反応を組み合わせることで、犬たちは自分の習慣をそれぞれ固有のものに変更されていました。洪水の水が押し寄せて引いたときに、多くの犬は自分の鼻とカゴの最上部の間に空気がほとんどなくなる状態にさらされ、これが最大級のストレスとなりました。その出来事のあとまもなく、パブロフは多くの犬が以前のようには振舞わないことに気がつきました。たとえば調教師になついていた犬が、嫌うようになっていたのです。この結果は現代における認識反転を思い起こさせます。最近好きになったものが突如カルトに変わることで、それまで両親を慕っていた人が突然憎むようになるような例です。パブロフの犬が予期せぬ極端な変化をとげたことは、どんなに優れた実験科学者をも好奇心ではちきれんばかりとするでしょう。実のところ、パブロフの反応がそうでした。しかしパブロフと同じように行動した科学者は多くありませんでした。

Everyone recognizes that sudden stress, for instance from a threat, will cause a rush of adrenaline in the human body, prompting faster and more extreme reaction. And everyone who has taken Psych 101 knows that stress makes Social-Proof Tendency more powerful.

In a phenomenon less well recognized but still widely known, light stress can slightly improve performance - say, in examinations - whereas heavy stress causes dysfunction.

But few people know more about really heavy stress than that it can cause depression. For instance, most people know that an “acute stress depression” makes thinking dysfunctional because it causes an extreme of pessimism, often extended in length and usually accompanied by activity-stopping fatigue. Fortunately, as most people also know, such a depression is one of mankind's more reversible ailments. Even before modern drugs were available, many people afflicted by depression, such as Winston Churchill and Samuel Johnson, gained great achievement in life.

Most people know very little about nondepressive mental breakdowns influenced by heavy stress. But there is at least one exception, involving the work of Pavlov when he was in his seventies and eighties. Pavlov had won a Nobel Prize early in life by using dogs to work out the physiology of digestion,. Then he became world-famous by working out mere-association responses in dogs, initially salivating dogs - so much so that changes in behavior triggered by mere-association, like those caused by much modern advertisement, are today often said to come from “Pavlovian” conditioning.

What happened to cause Pavlov's last work was especially interesting. During the great Leningrad Flood of the 1920s, Pavlov had many dogs in cages. Their habits had been transformed, by a combination of his “Pavlovian conditioning” plus standard reword responses, into distinct and different patterns. As the waters of the flood came up and receded, many dogs reached a point where they had almost no airspace between their noses and the tops of their cages. This subjected them to maximum stress. Immediately thereafter, Pavlov noticed that many of the dogs were no longer behaving as they had. The dog that formerly had liked his trainer now disliked him, for example. This result reminds one of modern cognition reversals in which a person's love of his parents suddenly becomes hate, as new love has been shifted suddenly to a cult. The unanticipated, extreme changes in Pavlov's dogs would have driven any good experimental scientist into a near-frenzy of curiosity. That was indeed Pavlov's reaction. But not may scientists would have done what Pavlov next did.

2012年9月16日日曜日

誤判断の心理学(16)すてきな女性が結婚する相手(チャーリー・マンガー)

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今回は、二者を比較することで誤った判断をしてしまう傾向です。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その16)対比されたものに、誤って反応する傾向
Sixteen: Constrast-Misreaction Tendency

人間の神経系は絶対的な精度では対象を測定できないため、より簡略なものに頼らざるを得ません。そこで人間の目には、限られた能力で済むような解決策が講じられています。視界に入った明暗差、すなわち対比を検知するのです。そして他の感覚は目で見たものに追随し、さらには感覚されたものが即認識につながります。このような仕組みによって、「対比されたものに対して、誤った反応をする傾向」が導き出されています。

ものごとを正確に考える上で、これほど害をもたらす心理学的傾向はあまりないでしょう。ちょっとした例としては、500万円の自動車を買おうとするときに、合計と比べると金額が小さいというだけで10万円もする本皮のダッシュボードを選んでしまうことがあります。一方大きな問題ともなると人生を棒にふりかねません。たとえば素敵な女性であるにも関わらず、ひどかった両親とくらべれば満足できるという程度の男と結婚してしまう。同じように、最初の妻と比べればましだという理由だけで次の妻をめとる男性の例もあります。

Because the nervous system of man does not naturally measure in absolute scientific units, it must instead rely on something simpler. The eyes have a solution that limits their programming needs: the contrast in what is seen is registered. And as in sight, so does it go, largely, in the other senses. Moreover, as perception goes, so goes cognition. The result is man's Constrast-Misreaction Tendency.

Few psychological tendencies do more damage to correct thinking. Small-scale damages involve instances such as man's buying an overpriced $1,000 leather dashboard merely because the price is so low compared to his concurrent purchase of a $65,000 car. Large-scale damages often ruin lives, as when a wonderful woman having terrible parents marries a man who would be judged satisfactory only in comparison to her parents. Or as when a man takes wife number two who would be appraised as all right only in comparison to wife number one.


「対比されたものに、誤って反応する傾向」は、商品やサービスを購入する側のほうが不利になるように、日常的に利用されています。売り手がよくやるのは、本来の価格が低くみえるように、ずっと高い価格をわざとつけておくやりかたです。その上で、元の価格に戻すだけなのに、偽りの価格から大幅に割り引いたことを吹聴するのです。しかし、その手の操作が仕組まれているとわかっていても、結局は買ってしまうことがよくあります。新聞に掲載される広告が多いのは、この現象からも説明できます。また心理学的な策略を知っていたとしても、鉄壁の守りにはならないことがわかります。

人が災厄に向けてわずかなあゆみを一歩ずつ着実に歩む場合には、「対比されたものに、誤って反応する傾向」が働いてしまい、深入りしたまま戻れなくなることがよくあります。これは一歩のあゆみがわずかなので、現在の位置と次の位置があまり変わらないがゆえに引き起こされるものです。

Constrast-Misreaction Tendency is routinely used to cause disadvantage for customers buying merchandise and services. To make an ordinary price seem low, the vendor will very frequently create a highly artificial price that is much higher than the price always sought, then advertise his standard price as a big reduction from his phony price. Even when people know that this sort of customer manipulation is being attempted, it will often work to trigger buying. This phenomenon accounts in part for much advertising in newspapers. It also demonstrates that being aware of psychological ploys is not a perfect defense.

When a man's steps are consecutively taken toward disaster, with each step being very small, the brain's Contrast-Misreaction Tendency will often let the man go too far toward disaster to be able to avoid it. This happens because each step presents so small a contrast from his present position.


個人的な話ですが、新規の投資先を選ぶときにはPERの低さにひきずられがちです。「事業の質のほうが重要だ」とチャーリー・マンガーやウォーレン・バフェットが教えてくれていますが、何かといいわけを考えてそちらを気にしてしまいます。ウォーレンが言うフィルターの順序を守りきれていません(過去記事)。

2012年9月15日土曜日

誤判断の心理学(15)社会的証明の傾向(チャーリー・マンガー)

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アメリカ企業をみならって、日本企業でも社外取締役を積極的に採用するよう騒がれた時期がありました。今回のチャーリー・マンガーの文章は、その幻想を払い除けてくれます。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その15)社会的証明の傾向
Fifteen: Social-Proof Tendency

本来は複雑なものであっても、他人の考えや振舞いをまねしているときには、人間はずっと単純な行動をとります。そういう人まねはけっこううまくいくものです。たとえばアメフトの大きなゲームがよくしらない街で開催されるときに会場にたどりつくいちばん簡単な方法といえば、人の波についていくことでしょう。そういう理由もあって、自分の回りの他人が考えたり行動したりすることをそのまま同じようにやる傾向、すなわち「社会的証明の傾向」は、人間が進化していく過程で残されたのです。

「社会的証明の傾向」は心理学の先生たちのお気に入りのひとつです。面白おかしい実験結果が得られるからですね。たとえば何も知らない被験者にエレベーターの中に入ってもらうように設定します。このときすでに10名ほどの実験参加者が入っており、全員が出口とは反対のほうを向いて静かに立っています。こうすると、被験者は同じように反対向きに立つことがよくあるのです[過去記事]。このように心理学の先生は「社会的証明の傾向」を使って、おかしくも大きな判断違いを起こさせることができます。

The otherwise complex behavior of man is much simplified when he automatically thinks and does what he observes to be thought and done around him. And such followership often works fine. For instance, what simpler way could there be to find out how to walk to a big football game in a strange city than by following the flow of the crowd. For some such reason, man's evolution left him with Social-Proof Tendency, an automatic tendency to think and act as he sees others around him thinking and acting.

Psychology professors love Social-Proof Tendency because in their experiments it causes ridiculous results. For instance, if a professor arranges for some stranger to enter an elevator wherein ten “compliance practitioners” are all silently standing so that they face the rear of the elevator, the stranger will often turn around and do the same. The psychology professors can also use Social-Proof Tendency to cause people to make large and ridiculous measurement errors.


社会的証明がもっとも簡単に触発されるのはどのようなときでしょうか。それは混乱していたりストレスがかかっているときで、両方そろえばなおさらです。このことは多くの実験によって明らかにされています。

ストレスがかかっている局面では、社会的証明が強力に働きます。評判の悪い営業部隊は、たとえば学校の先生をねらって、ひとりぼっちでストレスがかかった状態に誘導し、湿地を売りつけるようなことをしてきました。まず、ひとりでいるところに悪党と最初に買った人の両名が登場すると、社会的な証明の力が強まります。そしてストレスがかかっていることで、ますます社会的証明に頼ってしまうのです。その際に手持ち無沙汰の状態であれば、よりいっそうのことでしょう。いうまでもありませんが、最悪なカルト宗教ではそういった悪徳セールスマンのやりかたをまねています。あるカルトでは、洗脳しようとしている者に対するストレスを強めるために、ガラガラヘビさえ持ち出してきます。

When will Social-Proof Tendency be most easily triggered? Here the answers is clear from many experiments: Triggering most readily occurs in the presence of puzzlement or stress, and particularly when both exist.

Because stress intensifies Social-Proof Tendency, disreputable sales organizations, engaged, for instance, in such action as selling swampland to schoolteachers, manipulate targets into situations combining isolation and stress. The isolation strengthens the social proof provided by both the knaves and the people who buy first, and the stress, often increased by fatigue, augments the targets' susceptibility to the social proof. And, of course, the techniques of our worst “religious” cults imitate those of the knavish salesmen. One cult even used rattlesnakes to heighten the stress felt by conversion targets.


社会的証明では、他人が行動することだけでなく、他人が行動しないことによっても判断違いを招くことがあります。何かが疑わしいときに他人が行動しないでいるのは、行動しないのが正しいという社会的な証明につながるのです。そういうわけで、たくさんの目撃者がいたのに誰も行動しなかったことでキティ・ジェノヴィーズが死亡した有名な事件は、心理学の入門コースでおおいに議論されました。

社会的証明という範疇において、たいていの企業の社外取締役は究極の無行動に近いものでしょう。ばっさりとやらなければいけないことにも彼らは反対しません。例外なのは、社会的な不満が募って介入せざるを得なくなるときだけです。かつて私の友人であるジョー・ローゼンフィールドが、典型的な取締役会の文化をうまく表現していました。彼曰く、「ノースウェスタン・ベル[電話会社]の取締役になりたいかいと訊かれたけれど、それは彼らがいちばん言いたくなかったことなんだよな」

In social proof, it is not only action by others that misleads but also their inaction. In the presence of doubt, inaction by others becomes social proof that inaction is the right course. Thus, the inaction of a great many bystanders led to the death of Kitty Genovese in a famous incident much discussed in introductory psychology courses.

In the ambit of social proof, the outside directors on a corporate board usually display the near ultimate form of inaction. They fail to object to anything much short of an axe murder until some public embarrassment of the board finally causes their intervention. A typical board-of-directors' culture was once well described by my friend, Joe Rosenfield, as he said, “They asked me if I wanted to become a director of Northwest Bell, and it was the last thing they ever asked me.”


「社会的証明がもっとも簡単に触発されるのはどのようなときか」というくだりを読んで、羊や魚の群れが一斉に向きをかえて進む様子が思い浮かびました。チャーリーが指摘しているように、人間にも同じ遺伝子がきちんと残されていますね。

2012年9月4日火曜日

誤判断の心理学(14)剥奪に過剰反応する傾向(チャーリー・マンガー)

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今回ご紹介する引用では、チャーリー・マンガー自身の投資上の失敗例も取り上げられています。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その14)剥奪されることに過剰反応する傾向
Fourteen: Deprival-Superreaction Tendency

人が10ドルを手に入れて感じる喜びの大きさと、10ドルを失って感じる不快の大きさは、ちょうど同じにはなりません。得ることで感じる喜びよりも、失うことで傷つくほうがずっと大きいのです。すごくほしかったものがまさに手に入ろうとしたときに、最後の最後で逃げてしまう。そういうことがあると、人はずっと自分のものだったものを失くしてしまったかのようにふるまうでしょう。よくある2種類の喪失体験、所有していたものをなくす場合と、あと少しで手にできたものをなくす場合。ここではまとめて「剥奪されることに過剰反応する傾向」と呼ぶことにします。

The quantity of man's pleasure from a ten-dollar gain does not exactly match the quantity of his displeasure from a ten-dollar loss. That is, the loss seems to hurt much more than the gain seems to help. Moreover, if a man almost gets something he greatly wants and has it jerked away from him at the last moment, he will react much as if he had long owned the reward and had it jerked away. I include the natural human reactions to both kinds of loss experience - the loss of the possessed reward and the loss of the almost-possessed reward - under one description, Deprival-Superreaction Tendency.


かつてマンガー家では、人なつこくて気性のよい犬を飼っていたことがありましたが、「剥奪されることに過剰反応する傾向」の犬バージョンをみせてくれました。この犬に噛み付かせる方法は一つしかありませんでした。そう、口にくわえた食べ物を取り返すのです。すると、よくなついた犬だというのに反射的に噛み付いてきました。こればかりはどうしようもなかったようです。自分の主人にかみつくほど愚かな犬はいないのですが、とめられないのですね。おのれの性分として「剥奪されることに過剰反応する傾向」が組み込まれているからです。

人間もまた、このマンガー家の犬とよく似ています。人はたいてい価値あるものなら何でも、たとえば財産、愛、友情、占有している領域、機会、地位といったものですが、そういったものをほんのわずかでも損をしたり損が出そうになると、理不尽なまでに反応するものです。当然のことですが、官僚がなわばり争いをするような内輪もめは、組織全体で見れば莫大な損失をもたらしかねません。GE社内の官僚主義をぶちこわすために、なぜジャック・ウェルチが長きにわたって戦ってきたのか、その知恵の深さがわかるでしょう。ビジネスの世界でも、そのような賢明な行動をつかさどる指導者はほとんどいませんでした。

The Mungers once owned a tame and good-natured dog that displayed the canine version of Deprival-Superreaction Tendency. There was only one way to get bitten by this dog. And that was to try and take some food away from him after he already had it in his mouth. If you did that, this friendly dog would automatically bite. He couldn't help it. Nothing could be more stupid than for the dog to bite his master. But the dog couldn't help being foolish. He had an automatic Deprival-Superreaction Tendency in his nature.

Humans are much the same as this Munger dog. A man ordinarily reacts with irrational intensity to even a small loss, or threatened loss, of property, love, friendship, dominated territory, opportunity, status, or any other valued thing. As a natural result, bureaucratic infighting over the threatened loss of dominated territory often causes immense damage to an institution as a whole. This factor, among others, accounts for much of the wisdom of Jack Welch's long fight against bureaucratic ills at General Electric. Few business leaders have ever conducted wiser campaigns.


賭けたいという思いをとめられず、破滅に向かってしまう。そのような事態に導いてしまう大きな要因のひとつが「剥奪されることに過剰反応する傾向」なのです。たとえば損失に嘆くギャンブラーは、損をするほどにさらに賭けたいと考えてしまうものです。また賭けごとでいちばんハマる例が「あと少しだったのに」が続くときで、惜しい目が出るたびに「剥奪されることに過剰反応する傾向」が呼び起こされます。スロットマシンのメーカーは人の弱みをとことんさぐり、たとえば機械が電子化されたことを利用して「7=7=チェリー」のような、実は意味のない並びを連発させられるようになりました。このおかげで、あと少しで大当たりだったのにと考えるおバカさんがゲームをやめられずに続けることが、ぐっと増えたのです。

Deprival-Superreaction Tendency is also a huge contributor to ruin from compulsion to gamble. First, it causes the gambler to have a passion to get even once he has suffered loss, and the passion grows with the loss. Second, the most addictive forms of gambling provide a lot of near misses and each one triggers Deprival-Superreaction Tendency. Some slot machine creators are vicious in exploiting this weakness of man. Electronic machines enable these creators to produce a lot of meaningless bar-bar-lemon results that greatly increase play by fools who think they have very nearly won large rewards.


ここからが、チャーリーの失敗談です。

ここで教訓を残しておきたいので、私自身の大失敗をお話しします。この失敗は、「剥奪されることに過剰反応する傾向」が無意識に働いたことも一因となって起こったものです。ある仲のよい株式ブローカーが電話をくれました。ベルリッジ・オイルという会社の株を300株どうかと言うのです。提示された値段は115ドル、ごくわずかしか取引されていない銘柄だったのですが、とんでもないほど割安でした。私は手持ちの現金があったので買うことにしました。ところが次の日です。今度は同じ値段で1,500株買わないかと持ちかけられました。しかし私はその話を断ってしまったのです。何かを売るかお金を借りるかしないと17万3千ドル[現在価値で4,200万円]を用意できなかったという事情もあったのですが、この決断は実に非合理なものでした。私は無借金で余裕がありましたし、損失を出すリスクもなかったのです。そのようなリスクなしの機会が再びやってくるとは思えませんでした。それから2年後のことです。ベルリッジ・オイルはシェル石油に買収されることになりました[1979年]。1株あたり3,700ドルの取引だったので、私がもっと鋭敏だったらと考えると540万ドル[13億円]損したことになります。この逸話が言わんとするのは、心理学の面で無知なままだとひどく高くつくこともあるよ、ということです。

I myself, the would-be instructor here, many decades ago made a big mistake caused in part by subconscious operation of Deprival-Superreaction Tendency. A friendly broker called and offered me 300 shares of ridiculously underpriced, very thinly traded Belridge Oil at $115 per share, which I purchased using cash I had on hand. The next day, he offered me 1,500 more shares at the same price, which I declined to buy partly because I could only have made the purchase had I sold something or borrowed the required $173,000. This was a very irrational decision. I was a well-to-do man with no debt; there was no risk of loss; and similar no-risk opportunities were not likely to come along. Within two years, Belridge Oil sold out to Shell at a price of about $3,700 per share, which made me about $5.4 million poorer than I would have been had I then been psychologically acute. As this tale demonstrates, psychological ignorance can be very expensive.

2012年9月1日土曜日

華麗なる経営者(チャーリー・マンガー)

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経営者の素養に関わる話題が続きます。今回のチャーリー・マンガーも、少し前のウォーレン・バフェットとそっくりなことを言っています(過去記事)。以前に「誤判断の心理学」で「(その12) 自尊心過剰の傾向」をとりあげましたが、その際にご紹介しなかったくだりです。(日本語は拙訳)

行き過ぎた自尊心ゆえに、誤った人材採用をしてしまう例がみられます。採用する側は自分の下した結論をひどく過信するものですが、その判断には面接時の相手の印象が大きく影響するからです。この種の軽率さを避けるには、面接時の印象には重きをおかず、そのかわりに応募者のこれまでの実績を重視することです。

私がある大学の人事委員会で委員長をしていたときに、この方針を正確に実行したことがあります。私はフェロー推薦委員会のメンバーに対して、これ以上の面接は行わないよう説得しました。そして単純に、応募者の中でいちばんよい実績を残してきた人を採用するようにしたのです。大学自治の適正手続きに従っていないのではと聞かれたら、こう答えています。学術の持つ価値を忠実に守っているだけです、と。というのは、将来を予測するには面接時の印象ではお粗末であることを、学術的な研究が示しているからです。

人間というのは本質的に、面と向かって話す際に自分が能動的に関わっていると、そのときの印象に大きく影響されやすいものです。現代社会における経営者探しのような場ともなると、これが原因で大きな危険につながることがよくみられます。それは、見事なプレゼンテーションを披露する者が候補者の中に現われるときです。私のみたところではヒューレット・パッカードがそのような危機に直面しました。同社は新たなCEOを探し求めて、能弁で活力あふれるカーリー・フィオリーナをインタビューしたのです。ヒューレット・パッカードにとってフィオリーナ女史を選んだのは誤った決断だったと思います。また心理学にもっと通じていれば、予防的な手順を踏み、そのような悪手は打たなかっただろう、と考えています。

Excesses of self-regard often cause bad hiring decisions because employers grossly overappraise the worth of their own conclusions that rely on impressions in face-to-face contact. The correct antidote to this sort of folly is to underweigh face-to-face impressions and overweigh the applicant's past record.

I once chose exactly this course of action while I served as chairman of an academic search committee. I convinced fellow committee members to stop all further interviews and simply appoint a person whose achievement record was much better than that of any other applicant. And when it was suggested to me that I wasn't giving “academic due process,” I replied that I was the one being true to academic values because I was using academic research showing poor predictive value of impressions from face-to-face interviews.

Because man is likely to be overinfluenced by face-to-face impressions that by definition involve his active participation, a job candidate who is a marvelous “presenter” often causes great danger under modern executive-search practice. In my opinion, Hewlett-Packard faced just such a danger when it interviewed the articulate, dynamic Carly Fiorina in its search for a new CEO. And I believe (1) that Hewlett-Packard made a bad decision when it chose Ms. Fiorina and (2) that this bad decision would not have been made if Hewlett-Packard had taken the methodological precautions it would have taken if it knew more psychology.

2012年8月18日土曜日

誤判断の心理学(13)楽観的になりすぎる傾向(チャーリー・マンガー)

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今回の文章では、過去にもとりあげたおなじみの話題が登場します。原文が短いので全文をご紹介します。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その13)楽観的になりすぎる傾向
Thirteen: Overoptimism Tendency

キリストが生まれた頃より300年前のこと。かの高名なるギリシャの弁論家デモステネスは、こう言いました。「人は自分が望むものを、やがて信念とするものだ」。

デモステネスの言ったことを解釈すれば、人は単に痛みを避けようと否定するだけでなく、うまくやりとげた後でも楽観的過ぎる姿を見せるとも言えます。

苦しんでいなかったり、あるいは苦しくなる心配がないときでも、たいていの人は楽観的過ぎるものです。みてください、くじを買って喜んでいる人たちを。あるいは、つけ払いできるうえに配達もしてくれる食料品店が、超効率的な巨大量販スーパーにとってかわると満足げに信じている人たちを。ギリシャの弁論家が正しかったのは言うまでもないですね。

このおろかな楽観に対処するには、私のころには高校2年で教わったフェルマーとパスカルの初歩的な確率計算を、反射的に使えるようになるまで練習するのが定石です。リスクに対処しようとして経験則に頼るのは、進化の末に我々人間が手にしたやりかたであって、適切とはいえないものだからです。ゴルフのグリップがこれと似た例でしょう。ゴルフ教室に通わずに、人として進化した体のつくりのまま自然に握るやりかたをとるのは、結局は役に立たないのです。

About three centuries before the birth of Christ, Demosthenes, the most famous Greek orator, said, “What a man wishes, that also will he believe.”

Demosthenes, parsed out, was thus saying that man displays not only Simple, Pain-Avoiding Psychological Denial but also an excess of optimism even when he is already doing well.

The Greek orator was clearly right about an excess of optimism being the normal human condition, even when pain or the threat of pain is absent. Witness happy people buying lottery tickets or believing that credit-furnishing, delivery-making grocery stores were going to displace a great many superefficient cash-and-carry supermarkets.

One standard antidote to foolish optimism is trained, habitual use of the simple probability math of Fermat and Pascal, taught in my youth to high school sophomores. The mental rules of thumb that evolution gives you to deal with risk are not adequate. They resemble the dysfunctional golf grip you would have if you relied on a grip driven by evolution instead of golf lessons.


何度かご紹介していますが、「フェルマーとパスカルの初歩的な確率計算」とは順列と組み合わせを使ったものです。以下の過去記事で取り上げています。


以前に「個人的には、組み合わせを全く使えていない」と書きましたが、肩肘張らずにやってみれば、ごく普通に使えるし、使うべき考え方ですね。

2012年7月30日月曜日

誤判断の心理学(実例)旅客機からの脱出試験(チャーリー・マンガー)

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このシリーズでは主に、チャーリー・マンガーが挙げている25種類の心理学的傾向をとりあげています。今回は順序が入れ替わりますが、チャーリーがすべての傾向を説明した後に触れている実例の部分をご紹介します。本ブログで未紹介のものも含まれていますが、いずれも文意から想像がつくものです。(日本語は拙訳)

二番目の自問自答に進みましょう。これまで私がとりあげてきたシステムを使って、心理学的傾向が複合的にあらわれている実例を挙げてもらえますか。ミルグラムがやった心理学の実験のようなものではなくて、ちゃんと因果関係がわかるように互いに影響したやつですよ。わかりました、私が気に入っている例をご紹介しましょう。マクドネル・ダグラス社[現ボーイング社]が新型旅客機の脱出試験を行ったときの話です。新型機を販売する前には、政府が決めた脱出試験に合格することが義務付けられています。これは、所定の短い時間のうちに定員の乗客が脱出することを要求するものです。政府は現実に即した形で試験を実施するよう定めているので、試験に参加する乗客をたとえば20歳の運動選手だけで構成するというのは認められません。そこでマクドネル・ダグラスは、脱出要員として年の入った人も少なからず手配し、薄暗い格納庫で試験を実施するよう計画しました。格納庫のコンクリートの床から乗客席のある高さまではおよそ6メートル、ごくふつうの軟らかさのゴム製シューターを使って脱出するという手はずです。最初の試験が実施されたのは午前中でしたが、20名の重傷者がでました。脱出に時間がかかって制限時間を超過し、試験結果は不合格でした。そこでマクドネル・ダグラスが講じた手は何かというと、その日の午後に同じ試験を繰り返したのです。結果はまたしても不合格。今度も重傷者20名以上、そのうち1名は麻痺が残るほどでした。

My second question is: Can you supply a real-world model, instead of a Milgram-type controlled psychology experiment, that uses your system to illustrate multiple psychological tendencies interacting in a plausible diagnosable way? The answer is yes. One of my favorite cases involves the McDonnell Douglass airliner evacuation test. Before a new airliner can be sold, the government requires that it pass an evacuation test, during which a full load of passengers must get out in some short period of time. The government directs that the test be realistic. So you can't pass by evacuating only twenty-year-old athletes. So McDonnell Douglas scheduled such a test in a darkened hangar using a lot of old people as evacuees. The passenger cabin was, say, twenty feet above the concrete floor of the hangar and was to be evacuated through moderately flimsy rubber chutes. The first test was make in the morning. There were about twenty very serious injuries, and the evacuation took so long it flunked the time test. So what did McDonnell Douglas next do? It repeated the test in the afternoon, and this time there was another failure, with about twenty more serious injuries, including one case of permanent paralysis.


このお粗末な結末に影響を及ぼしたのはどのような心理学的傾向だったのでしょうか。さきに私が挙げてきた一連の傾向をチェックリストとして使って説明してみましょう。試験に合格しないと旅客機を販売できないため、マクドネル・ダグラス社は「報酬に過剰反応する傾向」に従って作業を急ぎます。次に後押しするのが「疑いを持たない傾向」で、ある決定を下した後は、惰性的にそのまま物事を進めようとしています。一方、政府が現実的な試験を実施するように要請したことで、マクドネル・ダグラスは「権威によって、誤って影響される傾向」によって過剰に反応し、危険なこと明白な試験方法を採用しました。そして実行方針が決まったことで「終始一貫しようとする傾向」が働き、常識はずれともいえる計画のまま進むこととなったのです。さて試験の当日、ご年輩の実験参加者全員が暗い格納庫へ入場してきた様子をみたマクドネル・ダグラスの従業員。見上げた先には乗客席、一方の床はコンクリート製。これは怪しいのではないかと感じたことでしょう。ところが他の従業員や監督からは反対の声があがりませんでした。ここで「社会的証明の傾向」が登場し、疑念の上に覆いかぶさったのです。さらなる「権威によって、誤って影響される傾向」によって導かれ、試験はそのまま実行されましたが、失敗におわっただけでなく、重傷者を出す結果となりました。しかしマクドネル・ダグラスは午前中の失敗で得られた強力な反証を無視しました。確証バイアスとともに「剥奪されることに過剰反応する傾向」が強く働いたことで、当初の計画を固守する道を選んだのです。まるで、大損したギャンブラーが躍起になって最後の大勝負にでるようなものです。予定通りに試験に合格しないと、マクドネル・ダグラスは大きな損失をかかえる恐れがあったからですね。別の心理学的観点からもっと説明できるかもしれませんが、私の申し上げたシステムが役に立つことをチェックリスト的に使って説明するという意味では、これで十分にお話しできたかと思います。

What psychological tendencies contributed to this terrible result? Well, using my tendency list as a checklist, I come up with the following explanation. Reward-Superresponse Tendency drove McDonnell Douglas to act fast. It couldn't sell its airliner until it passed the test. Also pushing the company was Doubt-Avoidance Tendency with its natural drive to arrive at a decision and run with it. The government's direction that the test be realistic drove Authority-Misinfluence Tendency into the mischief of causing McDonnell Douglas to overreact by using what was obviously too dangerous a test method. By now the course of action had been decided, so Inconsistency-Avoidance Tendency helped preserve the near-idiotic plan. When all the old people got to the dark hangar, with its high airline cabin and concrete floor, the situation must have made McDonnell Douglas employees very queasy, but they saw other employees and supervisors not objecting. Social-Proof Tendency, therefore, swamped the queasiness. And this allowed continued action as planned, a continuation that was aided by more Authority-Misinfluence Tendency. Then came the disaster of the morning test with its failure, plus serious injuries. McDonnell Douglas ignored the strong disconfirming evidence from the failure of the first test because confirmation bias, aided by the triggering of strong Deprival-Superreaction Tendency, favored maintaining the original plan. McDonnell Douglas' Deprival-Superreaction Tendency was now like that which causes a gambler, bent on getting even after a huge loss, to make his final big bet. After all, McDonnell Douglas was going to lose a lot if it didn't pass its test as scheduled. More psychology-based explanation can probably be made, but the foregoing discussion is complete enough to demonstrate the utility of my system when used in a checklist mode.

2012年7月21日土曜日

誤判断の心理学(12)盗んだのはわたしです(チャーリー・マンガー)

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今回ご紹介するのは、自分を過信する傾向についてです。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その12) 自尊心過剰の傾向
Twelve: Excessive Self-Regard Tendency

人が行き過ぎた自尊心を持つ様子はよくみられるものです。ほとんどの場合、自分を高く評価しすぎています。たとえばスウェーデンでは、車を運転する人の90%が自分の技量を平均以上だと自任しています。この手の見当違いは、自分に関係する人や物にもあてはまります。妻や夫のことをかいかぶったり、自分の子供となると客観的にみるよりも高く評価してしまいます。また、ちょっとしたものでも過大評価しがちです。いくらなら払うかと質問されると、まだ所有していないものよりも、すでに自分のものとなったほうに高い値段をつけるのです。このような自己の所有物を過大評価する現象に対して、心理学では「授かり効果」と命名しています。そうです、自分の下すあらゆる決断は、決断する前とくらべると突如としてより良いものへ変わるわけです。

We all commonly observe the excessive self-regard of man. He mostly misappraises himself on the high side, like the ninety percent of Swedish drivers that judge themselves to be above average. Such misappraisals also apply to a person's major “possessions.” One spouse usually overappraises the other spouse. And a man's children are likewise appraised higher by him than they are likely to be in a more objective view. Even man's minor possessions tend to be overappraised. Once owned, they suddenly become worth more to him than he would pay if they were offered for sale to him and he didn't already own them. There is a name in psychology for this overappraise-your-own-possessions phenomenon: the “endowment effect.” And all man's decisions are suddenly regarded by him as better than would have been the case just before he made them.


トルストイの書いた言い回しでよく知られたものに、過剰な自尊心が持つ力に光をあてたものがあります。「極悪非道の犯罪者は、自分はそれほど悪者ではないと考えている」。それゆえ、罪になるようなことはしていないとか、これまでの人生で受けた逆風や不利を考えれば情状を考慮してもらえる、と信じるに至るのです。

この「トルストイ効果」の後ろの部分は非常に重要です。というのは、お粗末な成果をもっと改善できるのに、筋の通らない言い訳ばかりしてやりすごそうとする人が大半だからです。そういうおろかな生き方をつづけて駄目になってしまわないように、個人に限らず、組織においても対策を講じることがとても重要です。まず個人としては、純然たる2つの事実に立ち向かうべきです。第一に、もっとよい成果をだせるのに手を打たないでいるのは悪しき性質であるということ。この症状は進みやすく、言い逃れをするほど更なる害をもたらします。もうひとつは、スポーツチームやGEのように成果が要求される場では、やるべきことをしないで弁解ばかりしていると、戦力外への道をまっしぐらということ。次に、組織として取り組む方策ですが、第一に、公正かつ実績を重視した上で成果を求める文化をはぐくむこと。加えて、士気を高めるやりかたで人を扱うこと。第二に、始末におえない者をクビにすること。もちろん、自分の子供のように縁を切れない場合には、できるかぎりの力をつくして子供が改心するよう努めねばならないでしょう。50年前に親からうけた教えをまだ覚えていると語ってくれた人がいます。これこそ、効きめのある子供への教育の好例ですね。子供だった頃のできごとを語ってくれたのは、USCの音楽学校の学部長をつとめたことのある人物です。彼は雇い主の在庫からチョコを拝借したところを父親にみつかってしまいました。あとで元に戻すつもりだったと弁解したところ、父親からこう言われたのです。「いいか、お前。そんなことをするぐらいなら、ほしいだけ全部盗ってしまって『盗んだのはわたしです』とふれまわったほうがいいぞ」

過剰な自尊心のせいでバカなことをしでかさないためにはどうしたらよいか。何か自分のものについて考えるときは、より客観的に判断するよう自分を律すること、これが一番です。自分自身だったり、家族や友人のことだったり、自分の財産だったり、過去にしたことや将来やることの重要性といったものを考えるときです。そう簡単にはできませんし、完璧にやれるものでもありません。しかし、心理学が指摘するようなありのままの心に任せるよりは、このやりかたのほうがうまくいきます。

There is a famous passage somewhere in Tolstoy that illuminates the power of Excessive Self-Regard Tendency. According to Tolstoy, the worst criminals don't appraise themselves as all that bad. They come to believe either (1) that they didn't commit their crimes or (2) that, considering the pressures and disadvantages of their lives, it is understandable and forgivable that they behaved as they did and became what they became.

The second half of the “Tolstoy effect”, where the man makes excuses for his fixable poor performance, instead of providing the fix, is enormously important. Because a majority of mankind will try to get along by making way too many unreasonable excuses for fixable poor performance, it is very important to have personal and institutional antidotes limiting the ravages of such folly. On the personal level a man should try to face the two simple facts: (1) fixable but unfixed bad performance is bad character and tends to create more of itself, causing more damage to the excuse giver with each tolerated instance, and (2) in demanding places, like athletic teams and General Electric, you are almost sure to be discarded in due course if you keep giving excuses instead of behaving as you should. The main institutional antidotes to this part of the “Tolstoy effect” are (1) a fair, meritocratic, demanding culture plus personnel handling methods that build up morale and (2) severance of the worst offenders. Of course, when you can't sever, as in the case of your own child, you must try to fix the child as best you can. I once heard of a child-teaching method so effective that the child remembered the learning experience over fifty years later. The child later became Dean of the USC School of Music and then related to me what his father said when he saw his child taking candy from the stock of his employer with the excuse that he intended to replace it later. The father said, “Son, it would be better for you to simply take all you want and call yourself a thief every time you do it.”

The best antidote to folly from an excess of self-regard is to force yourself to be more objective when you are thinking about yourself, your family and friends, your property, and the value of your past and future activity. This isn't easy to do well and won't work perfectly, but it will work much better than simply letting psychological nature take its normal course.

2012年7月2日月曜日

誤判断の心理学(11)お先真っ暗なとき(チャーリー・マンガー)

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今回ご紹介するのは、苦痛を避ける傾向についてです。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その11)ただ苦痛を避けたいがために否認する
Eleven: Simple, Pain-Avoiding Psychological Denial

初めて私がこの現象を印象深く感じたのは、第二次世界大戦のときでした。家族付き合いをしていた人にご子息がおられましたが、彼はスポーツマンの上に模範的な学生でした。しかし、彼は大西洋の向こうへ飛んでいったきり、帰らぬ人となりました。彼の母親はとても聡明な女性だったのですが、息子が戦死したことを決して信じようとしませんでした。ただ苦痛を避けたいがために事実を認めない、そのような心理学的行動をとったのです。人はあまりにも過酷な現実に直面すると、それを受け入れられるようになるまでは事実をねじまげて解釈するのです。人間誰しも何らかの形でそのような行動をとるものですが、ひどい問題に発展してしまうこともあります。極端な場合には、愛や死や薬物依存といったおきまりの災厄にまきこまれてしまうのです。

事実を認められないがゆえに死を選ぶ。そのような行動を良しとする社会では、周りの人が咎めずにいても憤慨する者はいないでしょう。しかし、「希望はなくとも耐え忍ぶことはできる」という冷徹な教えを守ろうとする人も、なかにはいます。そのようなふるまいのできる人には賞賛に値するものがあります。

とことんまで身持ちを崩してしまった薬物中毒の人に見られるのが、「自分はまだちゃんとしているし、将来だって有望だ」と信じている姿です。ますますひどくなるにつれて、現実否定ぶりもお話しにならないところまで達します。私が若かった頃にあったフロイト派による治療法では、薬物依存を治そうとしてもまったく役に立ちませんでしたが、近年のアルコホーリクス・アノニマス[断酒団体]では治癒率50パーセントを継続的に達成しています。この取り組みは仲間と共にアル中に立ち向かうもので、様々な心理学的傾向を活用しています。ただし、治るまでの道のりは概して険しく、燃え尽きがちです。それに残りの半分は失敗しているのです。ですから、薬物依存に陥りそうないかなる行為にも、絶対に近寄るべきではありません。ひどいことになる可能性が小さくてもダメです。

This phenomenon first hit me hard in World War II when the superathlete, superstudent son of a family friend flew off over the Atlantic Ocean and never came back. His mother, who was a very sane woman, then refused to believe he was dead. That's Simple, Pain-Avoiding Psychological Denial. The reality is too painful to bear, so one distorts the facts until they become bearable. We all do that to some extent, often causing terrible problems. The tendency's most extreme outcomes are usually mixed up with love, death, and chemical dependency.

Where denial is used to make dying easier, the conduct meets almost no criticism. Who would begrudge a fellow man such help at such a time? But some people hope to leave life hewing to the iron prescription, "It is not necessary to hope in order to persevere." And there is something admirable in anyone able to do this.

In chemical dependency, wherein morals usually break down horribly, addicted persons tend to believe that they remain in respectable condition, with respectable prospects. They thus display an extremely unrealistic denial of reality as they go deeper and deeper into deterioration. In my youth, Freudian remedies failed utterly in reversing chemical dependency, but nowadays Alcoholics Anonymous routinely achieves a fifty percent cure rate by causing several psychological tendencies to act together to counter addiction. However, the cure process is typically difficult and draining, and a fifty percent success rate implies a fifty percent failure rate. One should stay far away from any conduct at all likely to drift into chemical dependency. Even a small chance of suffering so great a damage should be avoided.


チャーリー・マンガー自身も、精神面、肉体面の両方で大きな苦痛を経験しています。31歳の時には長男を病気で亡くし、56歳の時には手術の甲斐なく左目の視力を失っています。

2012年5月29日火曜日

誤判断の心理学(10)値段が高けりゃ、品質も一番(チャーリー・マンガー)

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今回ご紹介するのは、「頭で連想したことが、行動を引き起こしてしまう」という、人の持つ傾向です。(日本語は拙訳)

まずは商売に関する話です。

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その10)単なる連想に動かされる傾向
Influence-from-Mere-Association Tendency

心理学者のスキナーが研究した一般的な条件反射のひとつに、昔に経験した良いできごとがきっかけとなって行動を引き起こすものがあります。たとえば、あるブランドのクリームを使って靴を磨いた人が、その靴をはいて出かけたときに何かうれしいことがあったとしましょう。すると、それが報酬となり、靴用クリームが次に必要になったときにも同じものを買い求めるのです。

しかし、単に連想したことが条件反射的にそのまま行動に結びつくこともあります。たとえば、同じような商品が並んでいると、値段が最も高いものが品質も一番だと考えてしまう人はけっこういるはずです。前もそうだったから、という連想ですね。これに乗じて、平凡な製品を扱う業者でも、商売を大げさに見せることでかなり高い値段をつけてくることがあります。品質を重視する顧客ならば、値段が高いのはそれなりの理由があると考えるだろう、というわけです。産業界ではこのやりかたが売上につながり、利益を大きく押し上げてきました。たとえば電動工具業界では、長期間にわたって高値販売が成功してきました。油井の深部で使われる高価なポンプは、これからもうまくいくでしょう。高級品業界では、このやりかたが特段の効果を発揮しています。高価な商品を買えるということは、製品の風合いを楽しめるだけでなく、それだけのお金が払えるところを他人に見せることができます。つまり、商品を買った人は二重の意味でステータスを誇示できるのです。

In the standard conditioned reflexes studied by Skinner and most common in the world, responsive behavior, creating a new habit, is directly triggered by rewards previously bestowed. For instance, a man buys a can of branded shoe polish, has a good experience with it when shining his shoes, and because of this “reward,” buys the same shoe polish when he needs another can.

But there is another type of conditioned reflex wherein mere association triggers a response. For instance, consider the case of many men who have been trained by their previous experience in life to believe that when several similar items are presented for purchase, the one with the highest price will have the highest quality. Knowing this, some seller of an ordinary industrial product will often change his product's trade dress and raise its price significantly hoping that quality-seeking buyers will be tricked into becoming purchasers by mere association of his product and its high price. This industrial practice frequently is effective in driving up sales and even more so in driving up profits. For instance, it worked wonderfully with high-priced power tools for a long time. And it would work better yet with high-priced pumps at the bottom of oil wells. With luxury goods, the process works with a special boost because buyers who pay high prices often gain extra status from thus demonstrating both their good taste and their ability to pay.


今回は触れませんでしたが、広告業者もこの傾向を巧みに使っている、とチャーリー・マンガーは指摘していました。

次に、この落とし穴を避けるためにどうしたらよいか、助言を述べています。

昔の成功事例を思いおこすところがあるからといって進んでしまうと、道を誤るかもしれません。この失敗を避けたければ、次の話を覚えておくといいでしょう。ナポレオンとヒトラーはいずれもロシアに侵攻しましたが、それは他の戦線で大勝利をおさめた後のことでした[ロシア侵攻はどちらも歴史的な大惨敗に終わり、その後の戦況を変えた]。同じような結末をたどった例も山ほどあります。たとえば、よせばいいのにカジノでギャンブルをしてたまたま勝ってしまった人、こういう人はそもそも因果関係なぞないのに、再三再四カジノへと足を運んでしまうのです。もちろん、待っている先は散々な結末です。同じように、ダメな知り合いに誘われて勝ち目の薄い勝負をしたところ、ひょんな拍子に幸運をつかんでしまう。この場合も、前と同じことを繰り返し、最後はひどい結末で終わります。

過去の成功に酔っておろかな道を進まないようにするにはどうしたらよいか。まずはそれらの成功を導いた要因を洗い出し、そもそも関係なかった偶然が働いていないか調べるのです。そういうものがあると、これからやろうとしていることの勝ち目を検討する際に目を曇らせてしまうからです。次に、過去の成功時には起きたけれど今度は期待できないことを挙げ、その中に危険につながるものがないか調べます。

To avoid being misled by the mere association of some fact with past success, use this memory clue. Think of napoleon and Hitler when they invaded Russia after using their armies with much success elsewhere. And there are plenty of mundane examples of results like those of Napoleon and Hitler. For instance, a man foolishly gambles in a casino and yet wins. This unlikely correlation causes him to try the casino again, or again and again, to his horrid detriment. Or a man gets lucky in an odds-against venture headed by an untalented friend. So influenced, he tries again what worked before - with terrible results.

The proper antidotes to being made such a patsy by past success are (1) to carefully examine each past success, looking for accidental, non-causative factors associated with such success that will tend to mislead as one appraises odds implicit in a proposed new undertaking and (2) to look for dangerous aspects of the new undertaking that were not present when past success occurred.


株式投資でも日常的に連想が働いているものです。たとえば株価が急落すれば、何か悪いことが起きたのかと疑います。あるいは、来期の業績予想が低くでると、成長が鈍ったものと短絡的に判断しがちです。これこそ、世知入門の記事でご紹介したような、チャーリー・マンガーいうところの「存在しないものが見えてしまう」典型ではないでしょうか。そういうときにこそ適切な行動がとれるように、判断力や勇気や余裕資金を持っていたいものです。