ot
ラベル メンタル・モデル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル メンタル・モデル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年5月4日金曜日

2018年デイリー・ジャーナル株主総会(8)人工知能について

0 件のコメント:
前回につづいて、デイリー・ジャーナル社株主総会におけるチャーリー・マンガーの質疑応答です。「知恵のかたまり」とも言えるチャーリーが、人工知能について語ります。(日本語は拙訳)

<質問28> 人工知能(AI)は、社会に対してインターネット革命以上に大きな影響をもたらすと思われます。それでは、AIは各種業界に対して概してどのような影響を与えるか、また人類の将来に対してどのような影響を与えるのか、ご見解をお聞かせいただければ幸いです。

<チャーリー・マンガー> これはいい質問ですね(笑)。人工知能を研究している人たちは実際のところ、その質問に答えられないと思いますよ。私自身は、それほど多くは学び得られないと思って、人工知能のことは勉強していません。Facebook社やGoogle社ではAIがマーケティングの一環として機能しているのはわかります。だから、ある領域ではうまく機能するのでしょうね。しかし、この主題は実に複雑ですよ。正確にどうなっていくのかは、私にはわかりません。わが人生では、体系化した常識を用いるだけで相当うまくやってきました。ですから、人工知能のような領域に足を踏み入れたいと考えたことはないですね。水辺を探し回って小さな金塊を拾えるとすれば、それが可能な限りは、わずかな優位を得んがために沖積漂砂鉱床へ出向いて、莫大な量のデータをふるいにかけたいとは思いませんよ[=砂金採りの意に引掛けている。過去記事]。つまり、質問する相手をまちがっています。AIがどれほどすごいものなのか、私には自信をもって言い切れません。「AIがまちがいなく経済面での革命を起こす」とは思えないのです。これまで以上に利用されるのはたしかだと思いますが、AIを使うことによって世界で最高の大成功者になれるかどうかは、どんなものでしょうかね。人工知能がうまく働く領域はあるのでしょうが、我々もガイコ社(GEICO)で相当な時間にわたって導入を検討してきたものの、いまだに昔ながらの情報や工夫でやっています。ですから私の知っているのはここまでで、もうこれ以上は語れないのですよ。

Question 28: It looks like the A.I. will have a much bigger impact on society than the internet revolution, so would you mind maybe sharing some of your thoughts on how artificial intelligence will impact different industries in general and who [errata?] it will impact the future of the human race?

Charlie: Well, that’s a nice question. (laughter) The people who studied artificial intelligence don’t really know the answer to that question. I’m not studying artificial intelligence because I wouldn’t be able to learn much about it. I can see that artificial intelligence is working in the marketing arrangements of Facebook and Google, so I think it is working in some places very well. But it’s a very complicated subject. And what its exact consequences are going to be, I don’t know. I’ve done so well in life by just using organized common sense, that I never wanted to get into these fields like artificial intelligence. If you can walk around the shores and pick up boulders of gold, as long as the boulders keep being found and picked up, I don’t want to go to the placer mining sifting vast amounts of data for some little edge. So you’re just talking to the wrong person. And I’m not at all sure how great…I don’t think artificial intelligence is at all sure to create an economic revolution. I’m sure we’ll use more of it, but what are the consequence of using artificial intelligence to become the world’s best (golden boy)? There may be places where it works, but we’ve thought about it at Geico for years and years and years, but we’re still using the old fashion intelligence. So I don’t know enough about it to say more than that.

備考です。デイリー・ジャーナル社ではなくバークシャーの話ですが、明日5月5日は株主総会の開催日です。例によって、Yahooのサイトで実況放映されるとのことです(日本時間はPM10:45より)。

Berkshire Hathaway 2018 Annual Shareholders Meeting Livestream (Yahoo! Finance)

2018年4月20日金曜日

2018年デイリー・ジャーナル株主総会(5)ヒトラーから学んだこと

0 件のコメント:
前回に続いて、デイリー・ジャーナル社株主総会の模様です。今回からはチャーリー・マンガーが交わした質疑応答を取り上げます。米国に主眼を置いた現在のマクロ経済に関する話題です。(日本語は拙訳。意味段落での改行追加あり)

(1:13:13)

<質問17> GDP比でみた連邦政府の債務水準が上昇しており、同時に景気循環の終盤にあって巨額の財政赤字に陥っています。そういったあらゆる現状を憂慮されていますか。

<チャーリー・マンガー> 連邦政府の債務水準が上昇していることは、もちろん不安視していますよ。この国にとって新たな領域に突入しており、新たな領域というものはたぶんに危機が待ち受けているものです。その一方で、程度はともあれこの世界がそれなりにうまく進行する可能性もあります。政府のとる行動パターンが、「歴史に照らして信頼できるものだ」とみなさんや私が考えるものとは大きく異なっているとしてもです。もちろん、この100年間でインフレーションを避けてきた時期には、当時の政府は物価の安定を目標に掲げていました。一方、今の政府の目標は2%のインフレです。さあ、一体どうなることでしょうか。「だれにもわからない」というのが答えです。しかし、「長期的なインフレ率が2%を大きく超える」とする側に賭けるのが筋ではないですかね。私ならそちらに賭けますよ。ただし我々は過去の経験から、「マクロ経済という代物は実に奇異なもので、物理学のようには動かない」ことを学んでいます。今後10年間における[経済]システムは、過去10年間に存在したシステムとは別のものです。異なるシステムには異なる公式が当てはまります。しかしシステムがいつ変化したのか、そして公式がいつ変化すべきなのかは、だれも教えてくれません。

ですから、「世界がすっかりとんでもないことになる」とは想像していません。第1次世界大戦後のドイツでは何が起きましたか。通貨の価値が基本的にゼロとなり、ハイパー・インフレーションが起きたのです。実に大きな過ちを大規模におかしました。しかしそのあとどうなったのかと言えば、かなりの短期間で復活しました。どうやって実現したかというと、モーゲージ[=住宅ローン]を価値の裏付けとした新たなライヒスマルク[通貨]を制定したのです。そのモーゲージは、不当にもタダでモーゲージを剥奪された人たちが所有する住宅や地所へと戻されたものでした。新ライヒスマルクは十分うまく機能しました。そのおかげでドイツは大惨事からうまく回復し、大恐慌の時期を迎えられました。そして実のところ、大恐慌とヴァイマル時代のインフレが組み合わさったことによって、ヒトラーが登場したのです。大恐慌がなければ、彼は権力を手にできなかったと思いますよ。

その後何が起きたのかは、みなさんもご承知の通りですね。欧州を先導する経済力を1930年代末までに持つようになった国は、どこでしょうか。そう、ドイツです。報復の思いなどに焦がれていたヒトラーは、多大なる軍備を取りそろえたり、多くの兵士を訓練したりしました。このように偶然生じたケインズ主義によって、ヒトラーの率いるドイツは大いに繁栄しました。そして1939年の欧州において、ドイツはもっとも繁栄した場所となったのです。だからこそ、彼らはあれほどまでの大惨事から復活できたのですよ。ですから私は、「世界が動乱の時代を迎えるかもしれないと思い病むことはない」と思います。なぜなら回復する術があるからです。いや、かつてのドイツが取ったやりかたを擁護してはいませんよ(笑)。しかしそういった先例を学ぶことで、私が言うところの「思考する上での奇抜さ」を築けるものと思います。おろかな戦争で壊滅した国家が、さらに自国の通貨を崩壊させ、世界恐慌を通過した後に、1939年には欧州でもっとも繁栄した国家となったのですから、これは励まされることですね。みなさんも一安心してください(笑)。

Question 17: Are you concerned at all about the rising level of government debt to GDP at the same time that we’re running large deficits late in the economic cycle.

Charlie: Of course I’m concerned about the rising level of government debt. This is new territory for us, and new territories probably has some danger in it. On the other hand, it is possible that the world will function more or less pretty well, even with a very different pattern of government behavior than you and I would have considered responsible based on history to date. Of course if you look at the inflation we got out of the last hundred years when the announced objective of government was to keep prices stable. Now the announced objective is 2% inflation. Well what the hell’s going to happen? Well the answer is, we don’t know. But isn’t the way to bet that it’s going to be…inflation over the long-term is way higher than 2%? I think the answer is yes. But I think that we have learned from what has happened in the past that macro-economics is a very peculiar subject and it doesn’t work like physics. The system is different in one decade, than the system that was present in the last decade. Different systems have different formulas, but they don’t tell you when systems have changed, and when the formulas have to change.

So I don’t expect the world to go totally to hell because…well, look at what happened in Germany after World War I. They had a hyper-inflation when the currency basically went to zero in value. They really screwed up big time. And what happened?…Well what happened was they recovered from it pretty quick. And they did it by creating a new Reichsmark backed by the mortgages which they put back on the houses and properties of the people who had unfairly gotten rid of their mortgages at no cost. And that new Reichsmark was working pretty well and Germany had pretty well recovered from that catastrophe and then along came the Great Depression. And the combination of the Great Depression and the Weimar inflation really brought in Hitler. Without the Great Depression I don’t think he would have come into power.

What happened…now you’ve got…by the late 30’s, what was the leading economic power in Europe? It was Germany. Cause Hitler in his crazy desire for vengeance and so on, bought a lot of munitions and trained a lot of soldiers and so forth. And the accidental Keyensianism of Germany under Hitler caused this vast prosperity. So Germany was the most prosperous place in Europe in 1939. So all that catastrophe, they recovered from. So I don’t think you should be too discouraged by the idea that the world might have some convulsions. Because there’s a way of recovering. Now I’m not advocating the German system (laughter), but I do think knowing these historical examples creates what I call “mental ploys.” And you’d think that a country that destroyed (itself) in a silly war, destruction of your own currency, great depression, and by 1939 it’s the most prosperous country in Europe. It’s encouraging. I hope you feel better. (laughter)

2018年3月28日水曜日

私が勧めるメンタル・モデル(エドワード・ソープ)

0 件のコメント:
Twitterのほうでご紹介しましたが、ギャンブラーとしても有名な天才数学者エドワード・ソープのインタビュー記事が、米投資雑誌バロンズのサイトに掲載されていました。短い記事ですが、個人的には再読したい文章ばかりです。今回ご紹介するのは、本サイトで主要な話題として取り上げている「メンタル・モデル」の話題です。(日本語は拙訳)

なお、下記リンク先は購読者のみのアクセス制限付きです。無料で読みたい方は、たとえばTwitterの投稿でご紹介したGoogle検索経由などの方法でアクセスしてください。

Why Edward Thorp Owns Only Berkshire Hathaway (Barron's)

<質問> あなたの新刊『どんな市場でも闘える男』[未訳; 原題はA Man for All Markets]から、どのような教訓を得てほしいとお考えですか。

<ソープ> 己のためにできる最高のこととは、「みずからを教育して、明確かつ合理的にものごとを考えられるようにすること」です。数学や科学、論理的思考を身につけるのに役立つでしょう。その次に大切なのは、広い分野にわたって、書物を読んだり興味をいだくことです。もしそうできれば、道具として使えるものを増やすことができます。(バークシャー・ハサウェイの副会長である)チャーリー・マンガーは多種多様なメンタル・モデルの持ち主ですが、それらはものごとを考える上での短縮法といえるものです。私自身も手持ちがありますが、お気に入りのひとつに「外部性を理解せよ」というものがあります(他者の経済活動から生じる波及効果)。

たとえば、私が自宅に火災保険をかけたとしましょう。すると、となりに住むご家族は若干安全になります。これが「正の外部性」です。一方、環境性能の低いガソリン車に乗って大気を汚染させるにもかかわらず、なんの対価も支払わない人がいるとすれば、それが「負の外部性」です。もうひとつの例として「銃」があげられます。客が銃を買っていったことで、販売業者は大儲けをします。しかしその客が他人を殺せば、社会が大きな費用を支払うことになります。一方で、銃の販売業者は何も支払いません。

さまざまな問題を分析しようとする際に、「外部性」を考えるのは有効なやりかたです。もし「負の外部性」をもたらす人に対して、その責任をとらせるようにすれば、多くの問題が解消されます。単刀直入な解決例をあげてみましょう。自動車は年間3万5千人の命を奪っています。もし自動車を運転したければ、免許証が必要ですし、訓練もそうですし、損害を与えたときのために保険も必要です。それと同じように、銃の場合も保有者に責任を持たせるべきです。たとえば、紛失した際にはその旨を報告しなければなりません。銃の場合でも同じようにすれば、何千もの銃器を保有することはできなくなるでしょう。それを引き受ける保険会社など考えられないですから。AR-15[半自動ライフル銃]に必要な保険料はいくらになると思いますか。おそらくは相当な金額になるでしょう。

Q: What lessons do you want people to come away with from A Man for All Markets?

A: That the best thing you can do for yourself is to educate yourself to think clearly and rationally. It helps to have math or science or logical training. The next is to be widely read and curious. If you are that way, you have so much more to use in terms of tools. [Berkshire Hathaway Vice Chairman] Charlie Munger has a collection of multiple mental models—shorthand ways to think of things. I also have my own, and one of my favorites is to understand externalities [spillover effects from other economic activity].

For example, if I buy fire insurance for my house, my neighbor is a little safer. That’s an externality benefit. If someone drives a polluting gasoline car and uses the atmosphere as a waste dump without paying any consequences, that’s a negative externality. Another one is guns. Gun dealers make a lot of money, their clients go out and kill people, and society pays huge costs. Gun dealers don’t.

Externalities are a good way to start analyzing problems. A lot of problems go away if you make people who distribute negative externalities pay the consequences. There’s a neat solution. Automobiles kill about 35,000 people a year. If you want to drive a car, you need a license, some training, and also insurance if your car does damage. People have to be accountable for their guns, just like cars. If your car is stolen, you are expected to report it. [What if it were the] same with guns? People wouldn’t be able to accumulate thousands of guns, because what insurance company will insure it? What do you think the insurance would be for an AR-15? It would be very high.

2017年12月24日日曜日

問題解決の技法(4)一般化せよ(クロード・シャノン)

0 件のコメント:
数学者クロード・シャノンが行った問題解決に関する講演について、4回目の投稿です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

研究活動を行う際に役立つ思考上の工夫としては、他には一般化があると思います。特に数学上の研究では威力を発揮します。「隔絶した特殊な結果を証明する」、そのような形で発展した代表的理論、とりわけ定理に取り組む人は、まず一般化から始めるものです。N次元で考える前には2次元で試すでしょうし、ある種の代数の問題であれば、普遍代数学の領域で考えるものです。実数の領域に関することであれば、普遍代数やその類の領域へ移って考えるでしょう。このことさえ忘れずに実行すれば、実際はたやすく取り組めます。なにか答えを見つけたときには、ただちに「もっと一般化できないか」と自問することです。「より多くを含んだ広範な記述ができないだろうか」と。思うに、工学の分野でも同じように留意されるべきです。賢明な方法で何かを達成した人があらわれたら、それをみて次のように自問するのがよいでしょう。「同じ原則をもっと一般的な形で適用できないだろうか。この巧妙なアイデアを同じように使って、もっと幅広い範疇のさまざまな問題を解決できないだろうか。この特定のことを使える領域が、どこか他にないだろうか」と。

Another mental gimmick for aid in research work, I think, is the idea of generalization. This is very powerful in mathematical research. The typical mathematical theory developed in the following way to prove a very isolated, special result, particular theorem - someone always will come along and start generalization it. He will leave it where it was in two dimensions before he will do it in N dimensions; or if it was in some kind of algebra, he will work in a general algebraic field; if it was in the field of real numbers, he will change it to a general algebraic field or something of that sort. This is actually quite easy to do if you only remember to do it. If the minute you’ve found an answer to something, the next thing to do is to ask yourself if you can generalize this anymore - can I make the same, make a broader statement which includes more - there, I think, in terms of engineering, the same thing should be kept in mind. As you see, if somebody comes along with a clever way of doing something, one should ask oneself "Can I apply the same principle in more general ways? Can I use this same clever idea represented here to solve a larger class of problems? Is there any place else that I can use this particular thing?"

「一般化」というアイデアをチャーリー・マンガーの言葉に置き換えるとすれば、「ハードサイエンスにおけるエートス」がうってつけのように思います。(過去記事1, 過去記事2)

2017年12月12日火曜日

問題解決の技法(3)異なる観点から見つめよ(クロード・シャノン)

0 件のコメント:
数学者クロード・シャノンが行った問題解決に関する講演について、3回目の投稿です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

対象となっている問題に迫る方法として他に考えられるのは、できるだけ異なった形式でその問題を記述しなおしてみることです。たとえば言葉を変えてみたり、視点を移動させたり、可能な限りあらゆる角度から見つめたりします。そうすることで複数の角度から同時に、問題を凝視できるようになります。それによって、その問題における本当に基本的な部分が見通せるようになり、重要な諸要因を結びつけることで解を導き出せるでしょう。このやりかたを実行するのは実のところむずかしいのですが、大切なことです。もしそうしなければ、思考の轍(わだち)へと容易にはまってしまうからです。問題に取り組み始めた地点から円周上をずっと回ってきて、ここまでたどり着けさえすれば、先が見通せるようになるかもしれません。しかしそれでは、「問題をみつめる際のある種のやりかた」に縛りつける思考上の障害物から離れられません。それがために、当該の問題に関する新参者があらわれたときに、先に述べたようなやりかたで解を見つけてしまう例が非常によくみられます。一方で問題に取り組んでいた本人は、何か月にもわたる苦労の末に解を見出した次第です。新人のほうはその問題を新鮮な視点からみつめたのに対して、本人のほうは思考の轍へとはまっていたのです。

Another approach for a given problem is to try to restate it in just as many different forms as you can. Change the words. Change the viewpoint. Look at it from every possible angle. After you’ve done that, you can try to look at it from several angles at the same time and perhaps you can get an insight into the real basic issues of the problem, so that you can correlate the important factors and come out with the solution. It’s difficult really to do this, but it is important that you do. If you don’t, it is very easy to get into ruts of mental thinking. You start with a problem here and you go around a circle here and if you could only get over to this point, perhaps you would see your way clear; but you can’t break loose from certain mental blocks which are holding you in certain ways of looking at a problem. That is the reason why very frequently someone who is quite green to a problem will sometimes come in and look at it and find the solution like that, while you have been laboring for months over it. You’ve got set into some ruts here of mental thinking and someone else comes in and sees it from a fresh viewpoint.

今回の説明は、今さらながら合点のいく文章でした。「問題とは、手持ちの道具では容易に解決できないもののことである。だからこそ問題を解決するには、両者の関係性を変えることが有効的だ」、個人的にはそう受けとめました。問題のほうを取り換える方法としては、第1回目の説明であったように単純化したり、今回の説明のように違う視点でとらえるやりかたが考えられます。他方、手持ちの道具を取り換えるためには、他の領域や分野から道具を借りてくることになるでしょう(参考記事1, 参考記事2)。

クロード・シャノン氏のこの講演は気軽に訳し始めたので、これほど楽しめるとは思いもしませんでした。チャーリー・マンガーの教えと照らし合わせながら読み込んだことで、これまで気づけなかったものごとの本質を浮かび上がらせてくれました。

2017年11月24日金曜日

問題解決の技法(2)よく似た問題をさがせ(クロード・シャノン)

0 件のコメント:
数学者クロード・シャノンが行った問題解決に関する講演について、2回目の投稿です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

(前項と)非常によく似た手順ですが、似たような既知の問題を探るやりかたもあります。これは、次のように図式的に言い表せると思います。まず、自分の抱えている問題Pに対して、おそらく未発見の解Sがあるとします。その領域に携わり経験を積んでいれば、ある程度似ている問題P'とそれに対する発見済の解S'について、見聞きしたことがあるでしょう。そうとなれば、あとはP'とPの間にある類似性を見つけた上で、同じ類似性をS'とSの間に見出し、取り組んでいる問題に対する解へと立ち戻ればよいだけです。そもそも成すべきことはそれだけなのかもしれません。経験を積んでいれば、すでに求められた何千もの解を知っているものです。当該領域における経験が必要なのは、それがためなのです。頭の中にP'やらS'やらが散り散りとであれ満たされていれば、取り組んでいる問題Pに対してある程度近いものを見つけられますし、つづいて解Sに似たS'へと向きを変え、やがてはSへと立ち戻れるわけです。どのような類の思索をめぐらす場合でも、大きな跳躍を1回果たすよりは、小さな跳躍を2回重ねるほうがずっと容易だと思います。

A very similar device is seeking similar known problems. I think I could illustrate this schematically in this way. You have a problem P here and there is a solution S which you do not know yet perhaps over here. If you have experience in the field represented, that you are working in, you may perhaps know of a somewhat similar problem, call it P', which has already been solved and which has a solution, S', all you need to do - all you may have to do is find the analogy from P' here to P and the same analogy from S' to S in order to get back to the solution of the given problem. This is the reason why experience in a field is so important that if you are experienced in a field, you will know thousands of problems that have been solved. Your mental matrix will be filled with P's and S's unconnected here and you can find one which is tolerably close to the P that you are trying to solve and go over to the corresponding S' in order to go back to the S you’re after. It seems to be much easier to make two small jumps than the one big jump in any kind of mental thinking.

今回の話題は昨今の表現で言うところの「パターンの再利用」であり、わかりやすい話題だったかと思います。一方、この手の話が登場すると即座に思い返されるのが、チャーリー・マンガーの説く「学際的メンタル・モデル」です(過去記事多数)。上の文章では類似性を見つける際に「特定の領域」と限定していますが、チャーリーの場合は領域を超えた類似性の存在に焦点を当てています。おそらくシャノン氏は聞き手にとって理解しやすい水準に話題を設定したものと思われますが、スケール(規模)の面でチャーリーの主張と補完的なところがおもしろいと感じました。シャノン氏の主張は同程度のスケールでみられる類似性の水平的繰り返しと読める一方で、チャーリーの主張は異分野すなわち別のスケールに対して適用すべき垂直的繰り返し(フラクタル)と受けとめることもできます。単なる個人的解釈にすぎませんが、チャーリーの哲学をまた一歩理解できたような気がしました。

2017年11月20日月曜日

2017年デイリー・ジャーナル株主総会(2)「とびっきり効果」の発見

0 件のコメント:
デイリー・ジャーナル社の2017年株主総会でチャーリー・マンガーが交わした質疑応答から、二つめの引用です。今回は、チャーリーが残した指折りの知的成果である「とびっきり効果」(Lollapalooza effect)についてです。前回分の投稿はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問13> 現在起こっているできごとで、気にかかっていることは何ですか。またそれらを特定するために、とびっきり効果のような学際的アプローチをどのように使っておられますか。

<チャーリー・マンガー> かつて私は、心理学のことを何もわかっていなかったものです。しかしそれは自分の手抜かりだと気づき、心理学の主要な初級教科書を3冊買って通読しました。私が「とびっきり効果」という用語を生みだしたのは、その時分でした。もちろんですが、まるでなっていない心理学者よりも、チャーリー・マンガーたる自分のほうがうまくやれると考えましたよ。とびっきり効果はどの本にも書いておらず、みずから思いついたアイデアのひとつです。これは、3つや4つの動向が同一の状況下で同時に働いたときに生じます。線形ではない働きをみせたとき、とびっきりな効果が生じたと言えるわけですね。[参考記事]

ところが心理学の研究者たちは、4つや5つの物事が同時に発生する実験を行うことができませんでした。彼らにしてみれば、実に複雑だったからですね。論文も出せませんでした。それゆえ彼らは、己の専門領域における最も重要なことを無視し通したわけです。もちろんながら、重要なことは他にもありましたよ。心理学を他のあらゆるものと総合する仕事です。ところが心理学の専門家である彼らは、「ほかのあらゆる物事」についてまるでわかっていなかったのです。これはやっかいですね。他の物事を知らずして、わかっている物事と総合するなどできませんよ。だから私がとびっきりな問題へ達することになったわけです。まあ実際のところ、その後も私は一人ぼっちでしたがね(笑)。彼の領域で名が通っているわけでもないですし。さはさりながら、私の考えは正当無欠なものですよ。[参考記事12]

Question 13: Question about Lollapalooza effects. What current event is causing you concern and how can you use that inter-disciplinary approach to spot them?

Charlie: Well, I coined that term the “Lollapalooza effect” because when I realized I didn't know any psychology and that was a mistake on my part, I bought the three main text books for introductory psychology and I read through them. And of course being Charlie Munger, I decided that the psychologists were doing it all wrong and I could do it better. And one of the ideas that I came up with which wasn't in any of the books was that the Lollapalooza effects came when 3 or 4 of the tendencies were operating at once in the same situation. I could see that it wasn't linear, you've got Lollapalooza effects.

But the psychology people couldn't do experiments that were 4 or 5 things happening at once because it got too complicated for them and they couldn't publish. So they were ignoring the most important thing in their own profession. And of course the other thing that was important was to synthesize psychology with all else. And the trouble with the psychology profession is that they don't know anything about ‘all else'. And you can't synthesize one thing you know with something you don't if you don't know the other thing. So that's why I came up with that Lollapalooza stuff. And by the way, I've been lonely ever since. (laughter) I'm not making any ground there. And by the way, I'm totally right.

2017年10月2日月曜日

カモになりたきゃ、ニュースを聴け(ナシーム・ニコラス・タレブ)

0 件のコメント:
ナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』から、これが最後の引用です。シグナルとノイズの話題です。

科学では、ノイズとは実際の「音」以外にも使われる一般的な概念であり、求めている情報を理解するために取り除く必要のある、何の役にも立たないランダムな情報を指す。(中略)

ビジネスや経済の意思決定では、データ依存は強烈な副作用をもたらす。現代では、縦横無尽なネットワークのおかげでデータは山ほどある。そして、データ漬けになればなるほど、偽の情報の割合も大きくなる。めったに話題にならないが、データにはひとつの性質がある。大量なデータは有害なのだ。いや、ほどほどの量でも。(中略)

データに触れれば触れるほど、「信号」と呼ばれる貴重な情報よりも、ノイズに触れる可能性は不釣り合いに高まっていく。ノイズ対信号比が高くなるわけだ。それに、心理的な混乱ではなく、データそのものに潜む混乱もある。たとえば、情報を年1回確認するとしよう。株価でも、義父の工場の肥料の売上でも、ウラジオストクのインフレ指数でもいい。仮に、年単位でみると、情報の信号対ノイズ比がおよそ1対1(ノイズと信号が半分ずつ)だとする。つまり、変化のおよそ半分は本当の改善や悪化で、残りの半分はランダムな変化ということだ。年1回の観察ではこの比率だが、同じデータを日単位で見ると、ノイズが95パーセントで信号が5パーセントになる。さらに、ニュースや市場価格の動向のように、1時間単位でデータを観察すると、ノイズが99.5パーセントで信号が0.5パーセントになってしまう。ノイズが信号の200倍もあるわけだ。よって、(大事件でもない)ニュースを一生懸命聴いている人たちは、カモの一歩手前なのだ。(上巻p. 212)

信号(シグナル)とノイズについて取り上げた本としては、過去記事「これから坂を下る人」で取り上げた『シグナル&ノイズ』が楽しめました。

ノイズに触れる機会を減らすように説いた文章としては、ウォーレン・バフェットの過去記事「2013年度バフェットからの手紙 - 投資に関するわたしからの助言(1)」が参考になります。

「ニュースに触れていなかった間に株価が下がるのは困る」というのであれば、ジョン・テンプルトンの教え「(ルールその10)狼狽するな」に従うのはどうでしょうか。

問題なのは、「ごく少数の事件のせいで、企業価値が激減する」場合です。これこそ前々回のタレブの話題にでてきた「脆い」企業の典型です。このような企業への投資を検討する際には、リスク管理を重んじる必要があると思います。私見になりますが、そもそも投資しないか、リスク影響度(リスク・エクスポージャー)を吸収できる以上の割安な値段で買うか、ポートフォリオ全体に占める比率を小さく抑えるか、といった選択肢のなかから意思決定するのがよいと思われます。

2015年11月22日日曜日

不平等のほうがうまくいく場合(チャーリー・マンガー)

0 件のコメント:
チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の14回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

「できるだけ不平等にすることで、びっくりするほどうまくいくことがよくある」、このアイデアも大切だと思います。どういうことか、おわかりですか。UCLAのジョン・ウッデンが世界一のバスケットボール・コーチとなったときに示唆的な例を示してくれました[過去記事]。彼はチーム内の下から5人に対してこう言ったのです。「諸君がプレーに参加することはない。練習するときの相手役をすればいいのだ」。一方、上位の7名はほとんどの試合に出場しました。機械のように学ぶことがいかに重要か、思い出してください。彼らはあらゆるプレーに関わったおかげで、なおさら学ぶようになりました。不平等主義を採用したことで、ウッデンは以前よりも多くの勝ち星を挙げるようになったのです。競争の激しい世界で戦っていくには、学習機械としてもっとも素養があり、かつ決意の固い人たちが参画する場を最大限に増やすほうがいいことがよくあります。人として到達できる最上のものを欲するのであれば、まさにそれを目指すべきですよ。みなさんのお子さんが脳の手術を受けようとする際に、手術を交代で行っている外科医50人の候補からくじ引きで一人を選びたいとは考えないでしょう。あるいは、行き過ぎた平等主義によって設計された飛行機になど乗りたくありませんね。それと同じ形でバークシャー・ハサウェイを経営してほしくもないでしょう。最高のプレイヤーには多くの時間を費やしてほしいはずです。

Another idea that I found important is that maximizing non-egality will often work wonders. What do I mean? Well, John Wooden of UCLA presented an instructive example when he was the number one basketball coach in the world. He said to the bottom 5 players, "You don't get to play - you are practice partners." The top seven did almost all the playing. Well, the top seven learned more - remember the importance of the learning machine - because they were doing all the playing. And when he adopted that non-egalitarian system, Wooden won more games than he had won before. I think the game of competitive life often requires maximizing the experience of the people who have the most aptitude and the most determinations as learning machines. And if you want the very highest reaches of human achievement, that's where you have to go. You do not want to choose a brain surgeon for your child by drawing straws to select one of fifty applicants, all of whom take turns doing procedures. You don't want your airplanes designed in too egalitarian a fashion. You don't want your Berkshire Hathaways run that way either. You want to provide a lot of playing time for your best players.

備考です。チャーリーは不平等主義が有利な事例を挙げていますが、過去記事「最も信頼できるモデルとは」等ではバックアップの有効性も正しく認識しています。

2015年10月8日木曜日

どうすればインドを痛めつけられるか(チャーリー・マンガー)

2 件のコメント:
チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の8回目です。チャーリーが好んで取り上げる話題です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

他に私が見つけたアイデアは、前にマカフェリー学科長[原文はDean]が語っていた田舎者の話に含まれていたものです。その男は「自分がやがて死ぬ場所を知りたがって」いました。そこには行きたくなかったからですね。その田舎者の抱く考えはなんともバカバカしく思えるかもしれません。しかし、彼の考えには深遠な真実が含まれています。「逆転」することによって問題が容易に解決できることがよくあるからです。順応力のある複雑なシステムや心の中に組み上げた概念は、それによってうまく機能しています。問題を逆向きにしてとらえてみれば、うまく考えられる場合があるのですね。たとえば「インドを助けたい」としましょう。その際に「どうすればインドを助けられるだろうか」と問いかけるのはよくないですよ。そうではなく、こう問いかけるべきです。「どうすればインドを痛めつけることができるか」と。そうすれば最悪の損害を与える方法がわかりますから、それを避ければいいのです。この両者のやりかたは論理的には同じだと思えるかもしれません。しかし、他のやりかたでは解決策が見いだせない問題でも逆転すると容易に解けるようになることを、代数に熟達した人はわかっています。日常生活でも代数と同じように、他では手に負えない問題を解く際に逆転するやりかたが役に立ちます。

ちょっとした逆転の例をあげてみましょう。人生をまさしく失敗させるものはなんでしょうか。何を避けたいですか。簡単に思いつく回答があると思います。たとえば怠慢だったり、信頼できない人は失敗するでしょうね。どんな美徳があろうとも信頼できない人では問題にならず、早々に失墜です。ですから実行すると約束したことを誠実に実行するのは、みずからの振舞いにおいて自動的に行う部分とすべきです。もちろん、怠惰と不信義のどちらも避けたいと思うでしょうが。

Another idea that I discovered was encapsulated by that story Dean McCaffery recounted earlier about the rustic who “wanted to know where he was going to die, so he wouldn't go there.” The rustic who had that ridiculous sounding idea had a profound truth in his possession. The way complex adaptive systems work, and the way mental constructs work, problems frequently become easier to solve through “inversion.” If you turn problems around into reverse, you often think better. For instance, if you want to help India, the question you should consider asking is not: "How can I help India?" Instead, you should ask: "How can I hurt India?” You find what will do the worst damage, and then try to avoid it. Perhaps the two approaches seem logically the same thing. But those who have mastered algebra know that inversion will often and easily solve problems that otherwise resist solution. And in life, just as in algebra, inversion will help you solve problems that you can't otherwise handle.

Let me use a little inversion now. What will really fail in life? What do you want to avoid? Some answers are easy. For example, sloth and unreliability will fail. If you're unreliable it doesn't matter what your virtues are, you're going to crater immediately. So, faithfully doing what you've engaged to do should be an automatic part of your conduct. Of course you want to avoid sloth and unreliability.

備考です。高校を卒業する生徒への祝辞(過去記事)でも、同じ話題を取りあげています。

2015年10月4日日曜日

浅瀬にまどろむ人生を過ごす(チャーリー・マンガー)

0 件のコメント:
チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の7回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

若い頃の私はポーカーのやり手でした。それにもかかわらず、上司よりも私のほうがわかっていると感じたときには、そうでないふりがうまくできませんでした。賢明であろうと努めるほどには熱が入らなかったのですね。ですから、いろいろと攻撃的なところがありました。今の私は概して寛容で、まもなくお陀仏となる無害な変わり者にすぎません。しかし、そうなるまでには難しい時期を通過してきたものです。みなさんにはぜひ、「私のときよりも上手に、明敏さを露わにせず身の内にとどめること」をお勧めします。ロースクール時代にクラスで一番だった人が私の同僚にいます。連邦最高裁で書記官を務めた人です。若き法律家だった頃の彼は、自分が物知りだという姿勢を表しがちだったそうです。ところがある日、上司であるシニア・パートナーが彼のところに来て次のように言いました。「いいかね、チャック。お前に教えておきたいことがある。お前の務めとは、顧客が『この部屋の中では自分がいちばん賢い』と感じるようにふるまうことだ。そうした後で元気やひらめきが残っていれば、お前の上司のシニア・パートナーがその場で2番目に賢くみえるために使いなさい。その2つの義務を果たしたならば、少しばかり輝いてみせるのもいいだろう」。そのうまい持ち上げ方は、大きな法律事務所でよく使われていました。しかし私はそうせずに、自分の本性に合ったやりかたへ向かうのが常でした[チャーリーは高名な法律事務所MTOの筆頭創始者]。私のやりかたが好まれなくても、私には他人から崇拝される必要がなかったのです。

このアイデア[=分野を問わず重要な概念を習得して使いこなすこと]をもう少し発展させてみましょう。成熟さが有効な場合には、学際的な姿勢が必要になります。私は、いにしえの偉大なる法律家マルクス・トゥッリウス・キケロが示した重要なアイデアに従ってきました。よく知られている彼の発言に次のようなものがあります。「生まれる前のできごとを知らぬ者は、子供のまま人生を過ごすようなものだ」。非常に的確なアイデアですね。歴史を学ばない人間がいかにバカげているか、それを嘲笑した点でキケロは合っています。しかし、キケロの弁は一般化すべきだと思いますよ。そうであれば、歴史のほかにも知るべきことがたくさんあります。歴史以外のあらゆる分野にわたる、あらゆる重要なアイデアです。かつてテストでAの成績をとった方法を延々無駄話するためだけに、それらをしっかり学ぶわけではありません。まずは、学習したさまざまなことを、頭の中にある格子枠へはめ込むように習得すること。さらに、学んだあとの生涯を通じてその知識を自動的に使うこと。それらが必要です。そのように取り組むことで、みなさんもいつの日か「どうやらわたしも同年代の中でもっとも有用な人たちの一員になった」と思い至るようになります。それは断言できます。しかしそれとは反対に、学際的な知識習得に努めない人がみなさんにおられるならば、抜群の頭脳を持った諸君であっても、多くの人がその道を選んだことで中位あるいは浅瀬にまどろむ人生を過ごすことになるでしょう。

Even though I was a great poker player when I was young, I wasn't good enough at pretending when I thought I knew more than my supervisors did. And I didn't try as hard at pretending as would have been prudent. So I gave a lot of offense. Now, I'm generally tolerated as a harmless eccentric who will soon be gone. But, coming up, I had a difficult period to go through. My advice to you is to be better than I was at keeping insights hidden. One of my colleagues, who graduated as number one in his class in law school and clerked at the U.S. Supreme Court, tended as a young lawyer to show that he knew a lot. One day the senior partner he was working under called him in and said, "Listen, Chuck, I want to explain something to you. Your duty is to behave in such a way that the client thinks he's the smartest person in the room. If you have any energy or insight available after that, use it to make your senior partner look like the second smartest person in the room. And only after you've satisfied those two obligations, do you want your light to shine at all". Well, that was a good system for rising in many a large law firm. But it wasn't what I did. I usually moved with the drift of my nature, and if some other people didn't like it, well, I didn't need to be adored by everybody.

Let me further develop the idea that a multi-disciplinary attitude is required if maturity is to be effective. Here I'm following a key idea of the greatest lawyer of antiquity, Marcus Tullius Cicero. Cicero is famous for saying that a man who doesn't know what happened before he's born goes through life like a child. That is a very correct idea. Cicero is right to ridicule somebody so foolish as not to know history. But if you generalize Cicero, as I think one should, there are a lot of other things that one should know in addition to history. And those other things are the big ideas in all the other disciplines. And it doesn't help you much just to know something well enough so that on one occasion you can prattle your way to an A in an exam. You have to learn many things in such a way that they're in a mental latticework in your head and you automatically use them the rest of your life. If many of you try that, I solemnly promise that one day most will correctly come to think, “Somehow I've become one of the most effective people in my whole age cohort.” And, in contrast, if no effort is made toward such multidisciplinarity, many of the brightest of you who choose this course will live in the middle ranks, or in the shallows.

2015年9月30日水曜日

専門家をしのぐ方法(チャーリー・マンガー)

0 件のコメント:
チャーリー・マンガーが2007年に南カリフォルニア大学グールド・ロースクールの卒業式で述べた祝辞の6回目です。今回の話題はチャーリーの中心教義である「学際的メンタル・モデル」です。おなじみの話題ですが「95%」という統計的マジックナンバーも登場しており、彼の信念がよく伝わってきます。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

ロースクールで次の発言を聴いたときに得たアイデアは、途方もなく有用なものでした。おどけた感じの教授がこう言ったときのことです。「2つの物事が互いに入り組んで作用しあっているときに、片方は考慮せずにもう一方だけを検討する。法律家的な思考とは、そのようなやりかたを実現可能かつ有用だとみなす精神なのだよ」。(そのような「法律家的な」やりかたは、何であろうとバカげているね)、彼の遠回しな軽蔑的表現はそう言っているように、私には感じられました。この件によってなおさら私は、あらゆる重要な分野におけるあらゆる重要なアイデアを学ぶほうへと自然に向くようになったのです。そのおかげで、その先生が描写したようなまるっきりのおバカさんにならないで済みました。いいですか、本当に重要なアイデアがあれば、全体の95%を担うことができます。自分が欲するものの95%を手に入れるためにあらゆる分野から得たアイデアを使うのは、私にとってはちっとも難しくありませんでした。得た知識を標準的なものとして思考手順の一部に含めることも同じでした。もちろんひとたびアイデアを覚えたら、それを使う練習をずっと続ける必要があります。ピアノの演奏家のように、うまい演奏をするには練習が欠かせないからですね。ですから、私はその学際的なやりかたを人生を通じて繰り返し練習してきました。

この習慣によってたくさんのものが得られました。生活をずっと楽しくしてくれましたし、より建設的に考えられるようになりました。私にとっては、他の人よりもずっと役に立つものでしたよ。「遺伝によって受け継いだ長所のおかげ」と言えるどれよりも、この身を裕福にしてくれました。適切に練習を積んだことで、私の思考手順は実際に役に立ったのです。ただし効き目抜群なので、その使い方には危険を伴います。自分とはちがう分野の専門家が専門能力を適用してある問題に取り組むよりも、隣りに座ったみなさんのほうがよくわかっている。先に述べた能力をみなさんが使うと、そういう状況がよく起きるようになります。ときには、その専門家には当てられない正答をみなさんが当てることもあります。しかしその専門家が自分の雇い主で、悪影響をもたらせる強い権限を有していることも考えられます。そのような立場は非常に危険ですね。ものごとを正しく進めた結果、相手を責め立てることになり、その人の専門領域や権限階層における面目をつぶしてしまうのです。どうすれば、その深刻な問題がもたらす悪影響を避けることができるのか。いまだに私にはぴったりな方法がわかりません。

Another idea that was hugely useful to me was one I obtained when I listened in law school when some waggish professor said, "A legal mind is a mind that considers it feasible and useful, when two things are all twisted up together and interacting, to try to think about one thing without considering the other." Well, I could see from that indirectly pejorative sentence that any such “legal” approach was ridiculous. And this pushed me further along in my natural drift, which was toward learning all the big ideas in all the big disciplines, so I wouldn't be a perfect damn fool the professor described. And because the really big ideas carry 95% of the freight, it wasn't at all hard for me to pick up about 95% of what I needed from all the disciplines and to include use of this knowledge as a standard part of my mental routines. Once you have the ideas, of course, you must continuously practice their use. Like a concert pianist, if you don't practice you can't perform well. So I went through life constantly practicing a multi-disciplinary approach.

Well, this habit has done a lot for me. It's made life more fun. It's made me more constructive. It's made me more helpful to others. It's made me richer than can be explained by any genetic gifts. My mental routine, properly practiced, really helps. Now, there are dangers in it, because it works so well. If you use it you will frequently find when you're with some expert from another discipline - maybe even an expert who is your employer with a vast ability to harm you - that you know more than he does about fitting his specialty to the problem at hand. You'll sometimes see the correct answer when he's missed it. That is a very dangerous position to be in. You can cause enormous offense by being right in a way that causes somebody else to lose face in his own discipline or hierarchy. I never found the perfect way to avoid harm from this serious problem.

備考です。重要なメンタル・モデルの数はいくつ必要なのかについて、過去の投稿「いくつのモデルが必要なのか」でとりあげています。分野は異なりますが、使う側の認知能力や世の中のフラクタル性を考えると、それほど外れた数字ではないと感じています。

2015年1月6日火曜日

想像力の欠如(ハワード・マークス)

0 件のコメント:
先月に公開されたハワード・マークスのメモは「石油情勢から得た教訓」と題しています。6ページにわたる本文で、人の予想がはずれやすい事例やその原因、そこから波及する影響に関する考察などが記されています。いつものように勉強になる文章ですが、石油ガス業界に投資をしている方にはやや物足りなく感じるかもしれません。それというのも、このセクターは現在進行形の投資候補です。ハワード・マークスと言えどもひとりの商売人ですから、重要な洞察や見解を容易に明かすことはできないのだろうと思います。

個別(セクター)の投資候補については深くは語れないものの、「知恵」につながる彼らしい文章はいくつか残してくれました。今回はそのひとつをご紹介します。この話題の第一人者はチャーリー・マンガーですが、彼を敬愛するハワード・マークスもとりあげてくれました。複数の成功者が同じ話題を強調する場合、その重要性は推して知るべしと思います。(日本語は拙訳)

The Lessons of Oil (Oaktree Capital Management) [PDF]

「想像力の欠如」について、2つめの側面を考えてみましょう。極端な結末を想像できる人など、ほとんどいません。それを乗り越えようにも、石油に関する現在の状況を見れば、潜在的なあらゆる影響範囲を理解するのがいかに難しいか、示されているとおりです。事態の展開に対して間近に迫る影響であれば、だれでも容易に把握できるものです。しかし二次的な結果、あるいは三次・四次的な結果を理解できる人はほとんどいません。それらの後続的要因が資産価格に反映されるときには、「飛び火した」と表現されがちです。2007年にサブプライム危機が不動産担保証券や住宅建設業界に影響することは、だれの目にも明らかでした。しかしみんなが銀行業界や経済全般も同様に案じるようになったのは、2008年になってからだったのです。

Turning to the second aspect of "the failure of imagination" and going beyond the inability of most people to imagine extreme outcomes, the current situation with oil also illustrates how difficult it is to understand the full range of potential ramifications. Most people easily grasp the immediate impact of developments, but few understand the "second-order" consequences . . . as well as the third and fourth. When these latter factors come to be reflected in asset prices, this is often referred to as "contagion." Everyone knew in 2007 that the sub-prime crisis would affect mortgage-backed securities and homebuilders, but it took until 2008 for them to worry equally about banks and the rest of the economy.

以下は、関連する過去記事です。4回に分けて投稿してあります。

結果の結果のそのまた結果(チャーリー・マンガー)
地獄の底がふさわしい(カリフォルニア州の労災制度)
ニーダーホッファー式履修法(返報的傾向の応用)
経済学者リカードの盲点(高次にわたる影響の検討不足)

2014年11月10日月曜日

ブタによって浪費される学生時代(リチャード・ドーキンス)

0 件のコメント:
前々回に取り上げた『好奇心の赴くままに ドーキンス自伝I』から、さらに引用します。最初は、遺伝子同士がどのように相互関連するのか比喩を使って表現した文章です。本ブログでよく取り上げる話題「モデル同士の相互作用」に通じるものがあり、ひとつの見方として参考になると思います(過去記事1, 過去記事2, 過去記事3)。

私の遺伝学のチューターだったロバート・クリードは、変わり者で女性嫌いの唯美主義者、E・B・フォードの生徒であり、フォード自身は偉大なR・A・フィッシャーから大きな影響を受けていて、私たちはみなフォードから、フィッシャーに戻れと教えられた。私はこうしたチューターから、そしてフォード博士自身の講義から、遺伝子は体に及ぼす影響に関しては、原子のように孤立しているのではないことを学んだ。むしろ、一つの遺伝子の効果は、ゲノム内の他の遺伝子から成る「背景」によって条件づけられているのである。つまり、遺伝子は互いの効果を修正しあっているのである。のちに私自身がチューターになったとき、私はこのことを生徒たちに説明するために一つのアナロジーを考えついた。体は、天井に並んだフックに取り付けた無数の紐によってほぼ水平に吊るされた1枚のベッド・シーツの形によって表される。それぞれ1本の紐は1つの遺伝子を表す。遺伝子の突然変異は、天井に取り付けられた紐の張り具合で表される。しかし -- ここがこのアナロジーの重要な部分だが -- 、それぞれの紐は、下に吊るされたシーツに孤立して取り付けられているわけではない。むしろ、それは複雑なあやとりのように、多数の他の紐と絡まり合っている。このことは、どれか1つの紐に絡んでいる他のすべての紐の張り具合にも、あやとり全体に及ぶ一連の連鎖反応によって、同時に変化が起こる。そして結果としてシーツ(体)の形は、各遺伝子がシーツの「自分の」小さな単一の部分に個別に作用することによってではなく、すべての遺伝子の相互作用によって影響を受ける。体は肉屋の各部名称の図のように、対応する特定の遺伝子に「切り分け」できるようなものではない。むしろ、1つの遺伝子が、他の遺伝子との相互作用によって体全体に影響を与えうるのである。この喩え話を精巧にしたいなら、あやとりを横から引っ張ることによる環境的 -- 非遺伝的な -- 影響を取り込めばいい。 (p.246)

次の引用はドーキンスの啓蒙者魂を規定するような、ガリレオ・ガリレイにまつわるエピソードです。

アーサーはまた、ガリレオについてけっして忘れられない話をしてくれたが、それはルネサンス科学のどこが新しいかを要約するものだった。ガリレオは一人の学識者に、自分の望遠鏡を通して天文学的現象を見せていた。その紳士は概略、次のようなことを言ったとされる。「先生、あなたの望遠鏡による実演は非常に説得力がありますから、もしアリストテレスが積極的に逆のことを言っているのでなければ、私はあなたを信じます」。現在なら、誰か権威と考えられている人間がただ断言しただけのことのほうが好ましいからと言って、実際の観察によるあるいは実験による証拠を、きっぱりと退けることのできる人間が誰かいれば、きっと驚くだろう -- あるいは驚くべきだ。しかし、これが要点なのだ。変わったのはそこだった。 (p.248)

上の引用でドーキンスは、現代科学がなしとげた進歩を評価しています。しかし同時に、非ハード・サイエンス的な領域に対して反省をうながしているようにも読めました。

最後の引用です。こちらもなかなか厳しいご意見です。

ときどき思うのだが、学生時代は、十代で無駄に浪費されるにはあまりにももったいない。ひょっとすれば、熱心な教師たちは、ブタの前に真珠を投げる代わりに、生徒たちが真珠の美しさを評価できるだけの大人になるよう教える機会を与えられるべきなのかもしれない。 (p.204)

2014年10月30日木曜日

物理学を理解するには(リチャード・ファインマン)

0 件のコメント:
ファインマン物理学(第3巻)電磁気学』を拾い読みしていたところ、示唆に富んだ文章があったのでご紹介します。なお、原文はカルテックのWebサイトで公開されています(ただし、巻構成は日本語版と異なります)。

The Feynman Lectures on Physics (California Institute of Technology)

物理学者が問題をいくつかの見方からみるために手段を必要とする。現実の物理現象の正確な解析は大へん複雑なのが普通であって、物理的状態のどれをとっても複雑すぎて、微分方程式を解いて直接に解析できないほどである。しかし条件のちがう場合に対する解の性格についてある感覚を持っていれば、体系の振舞について適切な理解をもつことは可能である。場の線、容量、抵抗、インダクタンスなどの概念はこの目的に極めて役に立つ。従ってこれらの分析に今後かなりの時間を使うことになる。こうして、電磁気の事情がちがうときに何が起こるかについてある感覚をもつようになる。しかしながら、場の線のような発見的な模型で、すべての場合に適切で正確なものは一つもない。法則を表す正確な方法は唯一つしかなく、それは微分方程式を使う方法である。これは基礎的であり、我々の知る限り正確という利点をもつ。諸君がもし微分方程式を知っていれば、いつでも微分方程式に立ちもどればよい。習い残したことなど決してないのだから。

事情がちがうとき、何が起こるかを知るまでには少し時間がかかる。そのためには方程式を解かねばならない。方程式を解くたびに、解の性質について少し覚えることになる。解を覚えておくためには、場の線とかその他の概念を使って勉強するのは役に立つ。このようにして実際に方程式を"理解"できるようになる。数学と物理学のちがいはここにある。数学者や非常に数学的な心を持つ人は物理を"勉強"するとき迷ってしまうが、それは物理学を見失うからである。彼等はいう。"いいですか、これらの微分方程式 -- マクスウェル方程式 -- は電磁気学のすべてです。方程式に含まれていないものは何もないと物理学者は言います。なるほど方程式は複雑ですが、要するに数学的な等式にすぎません。従って方程式を数学的に理解し尽くせば、物理学を理解することになる筈です"。 残念なことにそうはいかない。物理をこういう考えで勉強する数学者 -- こういう人が沢山いた -- は物理学に貢献することがなく、実は数学にも貢献することがないのが普通である。彼等が失敗するのは、現実の世界の物理的状態は非常に複雑であるので、方程式のもっと広い理解が必要となるからである。

方程式を理解するとはどういうことか -- つまり、厳密に数学的な意味以上に -- これについてはディラックが次のように言っている。"実際には解かないで解の性質を知る方法があるとき私は方程式の意味を理解する"。従って、方程式を解かないで与えられた情況の下で何が起こるべきかを知る方法をもつときに、この情況に応用された方程式を"理解"しているのだ。物理的な理解は全く非数学的、不確実で不精確なものであるが、物理学者にとっては絶対に必要である。 (p.14)

前回などの投稿で、チャーリー・マンガーが「物理学はとても役に立つ」といった発言をしていますが、その一端がうかがえる文章だと思います。またものごとを考える際の一例として、p.11では「一番便利な眺め方は何か」を問うべきだと記しています。これも重要な示唆ですね。(関連記事)

もうひとつ、こちらはおまけです。

人類の歴史という長い眼から、たとえば今から1万年後の世界から眺めたら、19世紀の一番顕著な事件がマクスウェルによる電磁気法則の発見であったと判断されることはほとんど間違いない。アメリカの南北戦争も同じ頃のこの科学上の事件に比べたら色あせて一地方の取るに足らぬ事件になってしまうであろう。 (p.13)

世紀の天才ファインマンは、人類が遠い将来まで存続する可能性をどのように推し量ったのでしょうか。いずれ機会があれば考え直してみたい設問です。

2014年10月28日火曜日

ノーベル物理学賞の中村修二氏とチャーリー・マンガーがつながるところ

0 件のコメント:
次の1月にはチャーリー・マンガーは91歳になります。社会貢献はやや急ぎ足のようで、Forbesの記事から引用します。(日本語は拙訳)

Charles Munger, Buffett's Right Hand, Donates $65 million to Theoretical Physics Institute (Forbes)

(KITP ResidenceのWebサイトより)

バークシャー・ハサウェイの副会長を務めるビリオネアのチャーリー・マンガーはこの金曜日に、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)理論物理学科の発展を支援するために6,500万ドルを寄付すると発表した。寄付金は、同校カブリ理論物理学研究所付きの来訪者用宿舎を建設するために充当される。なお同校所属の物理学者[中村修二氏]が、今月のはじめに2014年ノーベル物理学賞を受賞した。

今回マンガーから贈与される資金は、個人からの寄付としては同校史上最大のものである。

「この宿舎はUCSBにとって極めて有用なものになるでしょう。最善を尽くした建物として、物理学者が経験できる最良のものを提供するようになります。これ以上の場所は他では望めないと思います」。発表の中でマンガーはそう語った。「物理学者がお互いを知り、話を交わし、信頼しあうことから得られるものは、莫大なものになります。このことは実に何十年も前から認識されていたものの、ずっと実現できませんでした。今や世界中にいる仲間を集めることができます。そうして集まった人たちがお互いに発展を促せるようになるのです」。

(中略)

「私の人生において、物理学は非常に有益なものでした。その論理や、それ自身が持つ能力ゆえにです」。つづけてマンガーはこう語った。「微積分とニュートンの法則が組み合わさることで何ができるのか、それによって自分に解決できるものは何か。それらをひとたび理解すれば、物事を正しく成就させる科学の持つ力に対して深く畏れ入ることでしょう。物理学は付随的な便益も生み出すのです。 物理の世界で『科学の威力』を実感できるほどには、他の領域で感じることはできないと思います」。(関連記事)

Berkshire Hathaway vice-chairman and billionaire Charles Munger is giving $65 million to support the growth of the theoretical physics department of University of California Santa Barbara. The donation, announced Friday, will help construct a visitor-housing building at the university's Kavli Institute for Theoretical Physics, where a professor won the 2014 Nobel Prize in Physics earlier this month.

Munger's gift is the largest individual donation in the university's history.

"This residence is going to be hugely helpful to UCSB. This building will be about as good as it can get and offer as good an experience as a physicist can have - and I don't think you could have a better place on earth to do it," Munger said in the announcement. "Physicists gain enormously from knowing one another and talking to one another and trusting one another. That's been recognized for a great many decades, but for a long time it just wasn't feasible. Now we can get people together from all over the world and these people can cross-fertilize each other."

"Physics has enormously helped me in life - the logic and power of it," Munger said in the announcement. "Once you see what a combination of calculus and Newton's laws will do and the things you can work out, you get an awesome appreciation for the power of getting things in science right. It has collateral benefits for people. And I don't think you get a feeling for the power of science - not with the same strength - anywhere else than you do in physics."

UCSBのWebサイト、ホームページではお二人の写真が並んでいました。

(UCSBのWebサイト、2014年10月27日付)

2014年9月6日土曜日

興味に反する真実は受入れがたい(チャーリー・マンガー)

0 件のコメント:
1998年に行われたチャーリー・マンガーの講演「学際的能力の重要性」の10回目、最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

さて、今日の話題が尽きたところで、最後に自分の出した質問に対して短時間でなるべく最善の回答を出してみます。私の発言はどれも自分が生み出したものではなく、学のある聡明な人たちには以前から当然至極だったことです。しかしこの回答の中でもっとも興味深いのは、我らが最高のソフトサイエンス教育の領域では、全体としてみると、私が非難したあらゆる欠陥があまりにも残されている点です。そこの先生方は事実上だれもが、単一学問主義に偏った因襲にしばられています。自分たちのいる大学でも、他の領域をみれば優れたモデルが存在しているというのに、そうなのです。このばかげた状況は、「ソフトサイエンスの学問では筋の通らない動機づけをじっと辛抱している」ことを示しているように思えてなりません。主たる原因は、動機づけが間違っていることにあります。ジョンソン博士[サミュエル・ジョンソン]が賢明にも指摘したように、「いかなる精神の持ち主でも、興味に反する真実は受入れがたい」のです。しかし組織的な動機づけが問題を起こしているならば、手を打つことはできます。動機づけを変えられるからです。

今日の話では私の人生を事例としてとりあげました。その中で、ソフトサイエンスの教育領域が単一学問主義をとっているがゆえに理屈に合わないことを辛抱している現状は、必然でもないし、得にもならないことを示そうとしてきました。もし私にいくらか修復できるとすれば、これもジョンソン博士からですが、ある適切なエートスが使えます。たゆまぬ努力によって取り除けるというのに、学術界がそうせずに無知を保ち続ける様子を、ジョンソン博士は描写しています。その言葉をどうか覚えておいてください。彼にしてみれば、そのようなふるまいは「裏切り行為」だったのです。

義務によって改善を促せないのであれば、おそらく利得が使えます。チャーリー・マンガーと同じように、一般的かどうかは問わず、さまざまな問題に対してより学際的なアプローチをとれば、ロー・スクールや他の学問領域でも現世的な報酬が山ほど得られるでしょう。成果が増えるだけでなく、楽しさも増します。私が推奨するところである「幸せに満ちた精神的領域」に入った者は、そこから出ようとはしません。その場を後にすることは、自分の両手を切り落とすようなものですから。

Today, I have no more story. I have finished my talk by answering my own questions as best I could in a brief time. What is most interesting to me in my answers is that, while everything I have said is nonoriginal and has long been obvious to the point of banality to many sound and well-educated minds, all the evils I decry remain grossly overpresent in the best of our soft-science educational domains wherein virtually every professor has a too unidisciplinary habit of mind, even while a better model exists just across the aisle in his own university. To me, this ridiculous outcome implies that the soft-science departments tolerate perverse incentives. Wrong incentives are a major cause because, as Dr. Johnson so wisely observed, truth is hard to assimilate in any mind when opposed by interest. And, if institutional incentives cause the problem, then a remedy is feasible - because incentives can be changed.

I have tried to demonstrate today, and indeed by the example of my life, that it is neither inevitable nor advantageous for soft-science educational domains to tolerate as much unidisciplinary wrongheadedness as they now do. If I could somewhat fix there is an ethos, also from Dr. Johnson, that is applicable. Please remember the word Dr. Johnson used to describe maintenance of academic ignorance that is removable through diligence. To Dr. Johnson, such conduct was "treachery."

And if duty will not move improvement, advantage is also available. There will be immense worldly rewards, for law schools and other academic domains as for Charlie Munger, in a more multidisciplinary approach to many problems, common or uncommon. And more fun as well as more accomplishment. The happier mental realm I recommend is one from which no one willingly returns. A return would be like cutting off one's hands.

2014年9月4日木曜日

私の人生とは(チャーリー・マンガー)

0 件のコメント:
1998年に行われたチャーリー・マンガーの講演「学際的能力の重要性」の9回目です。あと1回つづきます。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

ハーバード・ロー・スクールに入学する前に私の受けた教育は、ひどく不十分なものでした。散発的に仕事をする習慣はありましたが、学士号はとっていませんでした。ウォーレン・アブナー・シーヴィーの反対があったものの、家族の友人だったロスコー・パウンド[ハーバード大学のユニヴァーシティー・プロフェッサー]の介入のおかげで入学を許可されました。高校で受けたある生物学のコースはひどいもので、ほとんど機械的に学んだわずかなことと言えば、明らかに不完全だった進化理論や、ゾウリムシとカエルの解剖を何度か、さらにはすでに消滅した非合理な概念として原形質(プロトプラズム)も習いました。今日にいたるまで私は、化学・経済学・心理学・ビジネスに関するいかなる講義も受けたことがありません。しかし若い頃に初歩的な物理学と数学を学び、さらにはハードサイエンスの「根源的なものを体系化するエートス」を何とかして吸収しようと、ずいぶん注意を払ってきました。私はそのことをよりソフトな題材へとさらに押し広げ、学際的な世知を探す際に体系化する指針としたり、ファイリングシステムとして使いました。それによって容易に発見できるようになったものです。

つまるところ、私の人生とはある種の教育実験が意図せずして行われた場だったのです。それは、根源的なものを体系化するエートスを非常に広範な学術界へと拡張することが実現可能なのか、またどれだけ有効なのかを探るものでした。そして実験した本人は、彼自身の学問が示すべき内容をきちんと習得しました。

発育不良だった私の教育を、非公式の方法によって完成させていく試みを広げてわかったことがあります。それは、並みの意欲であっても根源的なものを体系化するエートスを指針として地道に取り組んだことで、自分の好むあらゆるものごとを果たす能力が身の丈を超えて大きく高まったことです。やり始めた頃には考えられなかったほど、大きな前進が得られるようになりました。ときには重大な「福笑い」をやる場面で、自分だけが目隠しをしていないかのようでした。たとえば心理学の世界に入るつもりはなかったのですが、すっかり引き込まれたことで、大きな優位を手にするようになりました。この話は、また別の機会にとりあげる価値があると思います。

I came to Harvard Law School very poorly educated, with desultory work habits and no college degree. I was admitted over the objection of Warren Abner Seavey through the intervention of family friend Roscoe Pound. I had taken one silly course in biology in high school, briefly learning, mostly by rote, an obviously incomplete theory of evolution, portions of the anatomy of the paramecium and frog, plus a ridiculous concept of "protoplasm" that has since disappeared. To this day, I have never taken any course, anywhere, in chemistry, economics, psychology, or business. But I early took elementary physics and math and paid enough attention to somehow assimilate the fundamental organizing ethos of hard science, which I thereafter pushed further and further into softer and softer fare as my organizing guide and filing system in a search for whatever multidisciplinary worldly wisdom it would be easy to get.

Thus, my life became a sort of accidental educational experiment with respect to feasibility and utility of a very gross academic extension of the fundamental organizing ethos by a man who also learned well what his own discipline had to teach.

What I found, in my extended attempts to complete by informal means my stunted education, was that, plugging along with only ordinary will but with the fundamental organizing ethos as my guide, my ability to serve everything I loved was enhanced far beyond my deserts. Large gains came in places that seemed unlikely as I started out, sometimes making me like the only one without a blindfold in a high-stake game of "pin the tail on the donkey." For instance, I was productively led into psychology, where I had no plans to go, creating large advantages that deserve a story on another day.

2014年8月24日日曜日

ハードサイエンスにおけるエートス(詳解)(チャーリー・マンガー)

0 件のコメント:
1998年に行われたチャーリー・マンガーの講演「学際的能力の重要性」の8回目です。秀逸な文章として先に取り上げた3回目と対になる内容で、今回も「チャーリー・マンガー的知恵」の核心となる話題です。なお、前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

結局のところ、ハードサイエンスは次の2つで大差をつけて見事な実績を残しています。ひとつめは単一学問主義という愚行を避けてきたこと。ふたつめは、広い学際的領域を使いやすい形で築いたこと。このことは、物理学者のリチャード・ファインマンがみせたような優れた成果を度々もたらしています。たとえば、我らが誇るスペースシャトルの事故を起こした原因が凍結したOリング(円型リング)にあったことを、彼は早々に発見しています。そのエートスを適用する対象をもっとやわらかな素材へと広げた試みは、過去において成功をおさめてきました。たとえば生物学は150年前に始まっています。しかし当時は、深い理論とあまりつながりのない混乱した記述がされていました。しかし次第に「根源的なものを体系化するエートス」を吸収し、すばらしい成果をあげました。そのように変わったのは新しい世代がより優れた思考方法を使うようになってからで、そこには「なぜ?という質問に回答する」モデルを含んでいます。「ハードサイエンスのエートスは、生物学よりも根源的ではない学問分野の助けにはならない」、そのように断じる明確な理由は見当たりません。それではここで、私の語る「根源的なものを体系化するエートス」を自分なりに解釈した形で説明しましょう。

1) 学問分野を根源性の観点によって順序付け、なおかつその順序にしたがって使うこと。

2) 好き嫌いに関わらず、4つの根源的学問分野すべてにおける真に基礎的な部分を、流暢に使いこなせるまで実際に練習し、そして日常的に使うこと。自分が学んだものよりも根源的な学問には、なおさら注意を向けること。

3) 学問分野を超えてアイデアを統合する際には、引用してきた帰属先を必ず明記すること。さらに、「自分あるいは他の分野に含まれるいっそう根源的な素材を使って説明できるのであれば、それ以外の方法で説明してはいけない」としている「経済学の原理」から離れてはならない。

4) しかし手順3)のやりかたをしても有用で新たな洞察が得られないのであれば、何か新しい原理を仮定し、それを立証できるか試すのがよい。その際には、かつて成功裏に原理を生み出せたときと同様のやりかたをとるのが一般的である。しかし既存の原理が真実でないことを現在証明できなければ、新たな原理を既存のものと矛盾させなくてもよい。

かなり現代的なソフトサイエンスのやりかたと比較しても、ハードサイエンスにおける「根源的なものを体系化するエートス」のほうがずっと厳しいことがわかるでしょう。これはパイロット訓練法のひとつを思い起こさせますが、たまたまそうなったわけではありません。「現実とは、耳を傾ける者に聴こえる」ものだからです。パイロット訓練と同じように、このハードサイエンスのエートスが要求しているのは「欲するものをつかめ」ではありません。「好き嫌いはともかく、うまくなるまで全て学べ」です。学際的な知識にもとづいて合理的に活動する組織では、以下のことを必須要件として定めています。第一に、学問領域を超えて何かを採用するときには、本来の帰属先を完全に明記すること。第二に、もっとも根源的な説明こそが最優先されること。

この単純なアイデアはわかりきったことなので役に立たない、と思うかもしれません。しかし昔ながらの2段階規則を使えば、ビジネスや科学など何においても顕著な効果を得られることが多分にあります。その規則とは「はじめに、単純で基本的なルールを作ること。次に、それを徹底すること」です。「根源的なものを体系化するエートス」を徹底して取り組むことが有意義である証拠として、私自身の経験を示しておきましょう。

After all, hard science has, by a wide margin, the best record for both (1) avoiding unidisciplinary folly and (2) making user-friendly a big patch of multidisciplinary domain, with frequent, good results like those of physicist Richard Feynman when he so quickly found in cold O-rings the cause of our greatest space shuttle disaster. And previous extensions of the ethos into softer fare have worked well. For instance, biology, starting 150 years ago with a descriptive mess not much related to deep theory, has gradually absorbed the fundamental organizing ethos with marvelous results as new generations have come to use better thinking methods, containing models that answer the question: why? And there is no clear reason why the ethos of hard science can't also help in disciplines far less fundamental than biology. Here, as I interpret it, is this fundamental organizing ethos I am talking about:

1) You must both rank and use disciplines in order of fundamentalness.

2) You must, like it or nor, master to tested fluency and routinely use the truly essential parts of all four constituents of the fundamental four-discipline combination, with particularly intense attention given to disciplines more fundamental than your own.

3) You may never practice either cross-disciplinary absorption without attribution or departure from a "principle of economy" that forbids explaining in any other way anything readily explainable from more fundamental material in your own or any other discipline.

4) But when the step (3) approach doesn't produce much new and useful insight, you should hypothesize and test to establishment new principles, ordinarily by using methods similar to those that created successful old principles. But you may not use any new principle inconsistent with an old one unless you can now prove that the old principle is not true.

You will note that, compared with much current practice in soft science, the fundamental organizing ethos of hard science is more severe. This reminds one of pilot training, and this outcome is not a coincidence. Reality is talking to anyone who will listen. Like pilot training, the ethos of hard science does not say "take what you wish" but "learn it all to fluency, like it or not." And rational organization of multidisciplinary knowledge is forced by making mandatory (1) full attribution for cross-disciplinary takings and (2) mandatory preference for the most fundamental explanation.

This simple idea may appear too obvious to be useful, but there is an old two-part rule that often works wonders in business, science, and elsewhere: (1) Take a simple, basic idea and (2) take it very seriously. And, as some evidence for the value of taking very seriously the fundamental organizing ethos, I offer the example of my own life.


2段階規則の部分を読んで思い出した方も多いと思います。ウォーレン・バフェットが説く、投資の原則です。

(その1) 資金を決して失わないこと。
(その2) 原則(その1)を忘れないこと。

2014年8月2日土曜日

『人類5万年 文明の興亡: なぜ西洋が世界を支配しているのか』

0 件のコメント:
人類5万年 文明の興亡: なぜ西洋が世界を支配しているのか』(著者:イアン・モリス)を読みました。原書のタイトルは"Why The West Rules - For Now"で、和訳では副題に回っています。本書では西洋がここ数世紀にわたって国際社会を支配している理由を、東洋文明圏と対比しながら迫っています。この手の歴史書を読むのは、国家や文明の栄枯盛衰をモデルとして学びとりたいからですが、その意味では十分に満足できる作品でした(そして後述するように、もっと満足できました)。

これから読まれる方に差しさわりのない内容を、今回は2か所ご紹介します。ひとつめは、チャーリー・マンガー的表現である「学際性」について触れた文章です。

大学教授というものは、管理的な役割には不平をこぼすのが常だが、1995年にスタンフォード大学に移ったとき、私はすぐに、委員会に属することは狭い学問領域の外で何が起きているかを知る絶好の機会だと気づいた。それ以来、大学の社会科学史研究所や考古学センターの運営に携わり、古典学部の部長、人文科学研究所の副所長を務めながら、大規模な発掘調査を行っている。おかげで遺伝学から文芸批評まであらゆる分野の専門家を出会うことができた。そのことが、なぜ西洋が世界を支配しているのかの解明に影響しているかもしれない。

私は、一つ、大きなことを学んだ。この問いに答えるには、歴史の断面に焦点を合わせる歴史家の力、遠い過去に対する考古学者の認識、社会科学者の比較研究の手法を組み合わせた幅広いアプローチが必要なのだ。それは様々な分野の専門家を集め、深い専門知識を活用することによって可能になる。シチリアで発掘を行ったときにまさに私がしたことだった。炭化した種子を分析するための植物学、動物の骨を特定するための動物学、収納壺の残滓を調べるための化学、地形の形成プロセスを再現するための地質学をはじめ、大勢の専門家の協力が欠かせなかったため、私はそういった分野の専門家を探し出した。発掘調査の監督は学問の世界の指揮者のようなもので、優れた演奏家を総動員する。

この方法は、発掘報告書の作成には有効だ。他者が使えるようなデータを蓄積することが目的だからだ。しかし、大きな問いに対する統一的な答えをまとめるには適していない。したがって本書では、集学的アプローチではなく、学際的アプローチを取る。専門家の一団を注意深く見守るのではなく、自分自身で様々な専門家の知見を集めて解釈する。

このアプローチには、分析が偏る、表面的になる、ありがちな間違いを犯すなど様々な危険が伴う。私は、中国文化をその道何十年という研究者ほどには理解できないし、遺伝学者のように進化についての最新情報に精通しているわけでもない。(サイエンス誌は平均13秒に一度ウェブサイトを更新しているらしい。この文章を書いている間にも遅れを取ってしまっただろう)。しかし一方で専門領域に留まり続ける者は、決して全体像を見ることができない。本書のような本を書く場合、学際的アプローチを用いて一人でまとめるのは最悪の方法かもしれないが、私には一番ましに思える。私が正しいかどうかは、読者の判断にゆだねるしかない。(上巻 p.31)


もうひとつは、広く適用できるモデル「後進性の優位」についてです。

5000年前、ポルトガル、スペイン、フランス、イギリスにあたる地域がヨーロッパ大陸から大西洋に突き出ていたことは、地理的には大きなマイナスだった。メソポタミアやエジプトでの日々の営みから遠く離れていたからだ。ところが500年前、社会は大きく発展し、地理の意味を変えた。かつては決して渡れなかった大洋を渡れる新しい種類の船の完成によって、大西洋に突き出た地形がにわかに大きなプラスになった。アメリカ大陸や中国、日本へと漕ぎ出したのは、エジプトやイラクの船ではなく、ポルトガル、スペイン、フランス、イギリスの船だった。海洋貿易で世界を結び始めたのは西ヨーロッパ人であり、西ヨーロッパの社会は急速に発展し、東地中海の旧コアを追い越した。

私は、このパターンを「後進性の優位」と呼ぶ。社会が発展し始めたときから存在するものだ。農村の都市化(西洋では紀元前4000年、東洋では紀元前2000年頃)に伴って、農業の発生を可能にした特定の土壌や気候へのアクセスは、農地の灌漑用水や交易ルートとして用いられる大河へのアクセスほど重要ではなくなった。その後も国家は拡大し続けたため、今度は大河へのアクセスが、鉄、長距離の交易ルート、マンパワーの源などへのアクセスほど重要ではなくなった。このように、社会発展に伴って必要なリソースも変化する。かつてはそれほど重視されなかった地域が、その後進性に優位を見出すこともある。

「後進性の優位」がどのように生じるのかをあらかじめ述べるのはむずかしい。後進性がどれも等しいわけではないからだ。400年前、多くのヨーロッパ人は、カリブ海の植民地には北アメリカの農地より明るい未来があると思ったようだ。今になってみれば、なぜハイチが西半球で最も貧しい地域となり、アメリカが最も豊かな地域となったのかがわかる。だが、こういった結果を予測するのはかなり困難だ。

それでも「後進性の優位」が明確に示しているのは、第一に、各コア内の最も先進的な地域は時とともに移動するということだ。西洋では、初期の農業時代には、ティグリス・ユーフラテス川流域の丘陵地帯が最も進んでいたが、やがて国家の出現に伴って南のメソポタミアやエジプトの川の流域へと移り、貿易が重要になり、帝国が拡大するにつれ、西部の地中海沿岸地域へと移った。一方東洋では、先進地域は黄河と長江に挟まれた地域から長江流域へ、さらには西の渭水や四川へと移っている。(上巻 p.42)


追記です。類書の『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)は広く知られ、評判も高い本だと思います。しかし本書はそれと肩を並べるあるいは超えるほどの出来栄えだと、個人的には評価しています。それというのも、本書の構成(つまり著者のとったアプローチ)自体からも学べることがあるからです。それは、「骨太な構成が骨太な結論を導いている」という点です。結論のほうは深入りしませんが、構成のどこが骨太だと感じたのか、簡単に触れておきます。

本書では、著者が主張を展開する上で2つの軸を用意しています。ひとつめが、西洋と東洋の両文明圏の発展度合いを測る尺度として「社会発展指数」と称する指標を導入したことです。この指数によって、両文明の社会的状況や能力が歴史的にどのように上下するかを定量化し、その上で定性的な歴史的解釈によって肉付けしています。文明の度合いをどうやって測るのかは大きなテーマだとは思いますが、著者が選んだ評価項目はそれなりに納得できます。なお本文中では歴史的エピソードの記述がつづきますが、随所に逸話が盛り込まれ、飽きることなく読み進められました。

もうひとつが、西洋圏の範囲として狭義の欧米だけでなく、文明の曙である中東を含めたことです。つまりメソポタミアやエジプトも西洋の一部とみなした上で、東洋(中国、朝鮮、日本、東南アジア等)と比較しています。従来型の定義からは逸れますが、本書を通読してみれば、「西洋=ユーラシア大陸の西側」とした定義は妥当だと思います。

これらの本質的な軸を設けたことで、歴史的事実の細部に囚われることなく、大きな流れをとらえて歴史解釈を進める助けになっただろうと想像します。歴史という長い時間軸では、「精確にまちがえるよりも、おおよそ正しい」視点を持つことが重要だと思います。その意味で、著者のとったアプローチからは学ぶところが多いと感じました。