「ベイズの定理」と言えば「モンティ・ホール問題」が思い浮かびます。「天才」マリリン・ヴォス・サヴァントが出した回答が、「並み」の数学者たちからバカ扱いされたものです(けっきょくは彼女が正解)。ご存知の方が多いと思いますが、ウィキペディアから以下に引用します。
モンティ・ホール問題 (ウィキペディア)
「プレイヤーの前に3つのドアがあって、1つのドアの後ろには景品の新車が、2つのドアの後ろにはヤギ(はずれを意味する)がいる。プレイヤーは新車のドアを当てると新車がもらえる。プレイヤーが1つのドアを選択した後、モンティが残りのドアのうちヤギがいるドアを開けてヤギを見せる。
ここでプレイヤーは最初に選んだドアを、残っている開けられていないドアに変更してもよいと言われる。プレイヤーはドアを変更すべきだろうか?」
正解は同ページで説明されていますが、「ドアを変えても確率は五分五分」という答えは不正解です。
この問題の答えを解説する文章をどこかで読んだときから「ベイズの定理を実践で使いこなしたい」という願望を抱いてきました。またチャーリー・マンガーがどこかで発言した「追加された情報によって逐次見直す」や
モンテカルロ法の話題もひっかかっていました。何かきっかけとなる知識が得られないかと期待して読んだのが、今回ご紹介する本『
異端の統計学ベイズ』です。個人的には当たりの一冊でした。
ベイズを始祖とする統計学の一派(ベイズ主義者)は、別の主流派(頻度主義者; ごく一般的な統計学)から不遇の扱いを受けてきました。しかし頻度主義では解けない現実上の難問を、ベイズの手法を使うさまざまな人たちが試行錯誤を通じて解決していきます。本書ではベイズの定理の数学的な説明はほとんど登場しないかわりに、歴史の舞台で各種の難題に立ち向かう人たちの姿が生き生きと描かれています。それらの登場人物の行く末を痛ましく感じたり、立派な生き方から学んだり、反面教師にしたりと、引き込まれる文章が随所にありました。ベイズの定理を真剣に学びたいと決意させてくれたのは、心にふれるさまざまなエピソードが取りあげられていることが大きいと思います。趣味の問題ですが、翻訳の文章も良質と感じました。
さて、本書からの引用です。はじめの2つは「過去に事例がないことを予測する例」で、こちらは飛行機の衝突事故の話題です。
ベイリーが亡くなった年に、崇拝者の一人がインシュランス・カンパニー・オブ・ノース・アメリカ社のクリスマスパーティーでマティーニをすすっていると、サンタクロースに扮した主催会社のCEOがとんでもない質問をした。
「誰か、2機の飛行機が空中衝突する確率を予測できる人間はいないか?」
そしてこのサンタは、自社の主任保険数理士であるL・H・ロングリー・クックに、そのような事故がまったく起きたことがないという前提で予測を行うよう求めた。商用機はそれまでに一度も深刻な空中衝突を起こしたことがなかった。過去に経験したことがなく反復実験もできない場合、正統派の統計学者なら、予測はまったく不可能だと答えるしかない。(中略)
ロングリー・クックはクリスマス休暇の間じゅうこの問題を考え続け、1955年1月6日には件のCEOに宛てて、今後の状況に関する警告を送った。業界の安全記録によればそれまでに航空機同士の事故は1件もなかったが、航空事故一般に関する入手可能なデータを見る限り、「これからの10年間に起きる旅客機同士の衝突事故の件数は0から4までのどれかであると思われる」したがって保険会社は、高額な保険料を支払わねばならない大惨事に備えて旅客機の保険料率を上げ、再保険を買わねばならないというのだ。2年後に、この予測が正しかったことが証明された。ニューヨーク市の上空でDC-7型機とロッキード社の大型機コンステレーションが衝突して、乗客乗員やマンションの住人など計133人が命を落としたのである。(p.179)
こちらはスペースシャトルの事故の話題です。
ところが驚いたことに、こうして大学人が疑いの目を向けるなか、アメリカ空軍のある契約業者が、ベイズの理論を使ってスペースシャトル・チャレンジャーの事故のリスクを分析した。空軍は、アルバート・マダンスキーが冷戦中にランド・コーポレーションで行ったベイズ派の研究に資金を提供していたが、それでもアメリカ航空宇宙局(NASA)は、不確定要素を主観的に表現するのはいかがなものかという態度を崩さなかった。そのためNASAが1983年にスペースシャトルの打ち上げ失敗の確率を評価する報告書をまとめたときも、資金を出したのは空軍だった。NASAの契約業者テレダイン・エネルギー・システムは、計1,902回のロケットモーター発射で32件の失敗が確認されたという事前の経験に基づいてベイズ解析を行い、「主観的な確率と運用経験」からして、ロケットブースターが故障する確率を35分の1と見積もった。当時NASAはブースターが故障する確率を10万分の1としていたが、テレダイン社は「事前の経験と確率分析に基づく保守的な故障評価を基本にするのが賢明というものだ」といって譲らなかった。けっきょく、チャレンジャーは25回目になる1986年1月28日の打ち上げで爆発し、7名の乗組員は全員死亡した。(p.384)
つぎはベイズ的なアプローチを文章で表した箇所です。企業分析のプロセスもこれに当てはまると思います。
ラプラス同様ジェフリーズも、生涯にわたってそれまでの観察を新たな結果に照らして更新する作業を続けた。「怪しいところがある主張は……科学のもっとも興味深い部分を構成している。科学のどの進歩にも、完璧な無知からはじまって証拠に基づく部分的な知識がしだいに確実になるという段階を経て事実上確実といえる段階に至る、という変遷が含まれている」のだ。(p.111)
最後はFRBの話です。事実というよりも伝説ととらえるべきでしょうか。なお傘の話題については、個人的には同感です。わたしも折りたたみ傘をカバンの底へ入れっぱなしのやりかたでした。
フェルドシュタインの説明によると、連邦準備制度理事会はベイズを使って、起きる確率が高くてダメージの少ない出来事よりも、起きる確率が低い大災害のリスクにより大きな重みをつけているという。フェルドシュタインはベイズを、雨の確率が低い場合も雨傘を持っていくべきかどうかを決断しなければならない男性に喩えて見せた。傘を持っていったのに雨が降らなければ、不自由な思いをする。だが、傘を持っていかずに土砂降りになったらずぶ濡れだ。「よきベイジアンは、雨が降らない日でも雨傘を持っていくことが多い」というのがフェルドシュタインの結論だった。(p.424)
今回の話題に関連する本(の題名)を以下にご紹介します。どちらも新刊で、わたしも昨日知ったばかりです。
・『
シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」』
おもしろそうなので、近いうちに読みたいと思っています。
・『
モンティ・ホール問題』
12月に出たばかりの本です。件の問題について、その顛末や類題などが詳細に書かれています。
(2014/1/26追記) コメント欄で、飛行機事故の具体的な情報(ウィキペディア)を枯山さんがご指摘くださっています。