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2017年10月28日土曜日

『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス)

『マネー・ボール』の著者マイケル・ルイスの新しい翻訳書『かくて行動経済学は生まれり』を読みました。『マネー・ボール』でデータに基づく意思決定を取り上げた彼は、本書では人間が意思決定を行う際の矛盾に焦点を移し、昨今よく取りあげられている行動経済学の大家ダニエル・カーネマン(過去記事)と、その研究パートナーだった人物エイモス・トヴェルスキーが歩んだ学者人生や兵役生活、研究成果などをたどっています。

おもしろさという点ではマネー・ボールのほうが上をいくと思いますが、本書には評価したい側面があります。「二人の天才を取りあげたこと」は言うまでもありませんが、「天才同士の協調がどのように進められるのかを描いたこと」がそうです。「天才同士が協調して物事にあたる過程や、そこから生まれるもの」については大いに興味がありました。その典型が、ウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガーの協調によってバークシャー・ハサウェイが大きく発展した件です。その意味で本書は、予想外のうれしい一冊でした。

今回は、これからお読みになる方の楽しみを損なわない程度に、一部をご紹介します。最初に引用するのは、エイモス・トヴェルスキーの天才ぶりに触れた箇所です。

「(前略)彼は物理学のことを何も知らないのに、道端で物理学者に出会って30分話すだけで、物理学について、その物理学者が知らないことを話すことができた。わたしは最初、彼をきわめて底の浅い人物だと思った。つまり表面をごまかしてとりつくろっているだけなのだと。でもそれは間違いだった。ごまかしなんかじゃなかったんだ」(p. 111)

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エイモスの科学のあり方は、少しずつ積み上げていくというものではなかった」とリッチ・ゴンザレスは言う。「一気に飛躍して進む。既存の理論的枠組みを見つけ、その一般命題を見つける。そしてそれをぶち壊すんだ。彼自身も否定的なスタイルで科学をしていると思っていた。実際、彼は否定的という言葉をよく使った」。それがエイモスのやり方だった。他人の間違いを指摘してやり直す。そしてそのうちに、他にも間違いがあったことがわかるのだ。(p. 127)

次の引用は、さまざまなヒューリスティック(代表性や利用可能性といった、経験を踏まえて判断すること)によって、人があやまった予測をする過程を取り上げた箇所です。この種の話題は、本ブログでも何度か取り上げています。

どんな状況でも、不確実性の程度を判断するさい、人は"無言のうちに憶測"をすると彼らは述べている。「たとえばある企業の利益を予測するときは、その会社がふつうの操業状態であることを前提として推測をする」と、彼らのメモにある。「人はその条件が戦争やサボタージュ、不況、あるいはライバル会社の倒産などで、劇的に変化する可能性を考えない」。ここには明らかに、もう一つの間違いの原因がある。人は自分がわかっていないことをわかっていないというだけでなく、自分たちの無知を判断材料として考慮しようとしないのだ。(p. 216)

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現実の生活で遭遇する多くの複雑な問題、たとえばエジプトがイスラエルに侵攻するかどうか、あるいは夫が他の女のもとに走るかどうかといった問題を前にしたとき、人は頭の中でシナリオを組み立てる。そしてわたしたちが記憶をもとにつくりあげた物語が、確率の計算に取って代わってしまうのだ。「説得力のあるシナリオができると、将来を予測する思考が制限される可能性が高い」と、ダニエルとエイモスは書いている。「不確実な状況がいったんある形で知覚、解釈されると、他の形で見ることは難しくなる」

しかし自分でつくりあげた物語は、材料の利用可能性によってバイアスがかけられている。彼らは「未来のイメージは過去の経験からつくられる」と書いた。これは歴史の重要性についてのサンタヤーナの有名な言葉、「過去を覚えていられない者は、それを繰り返すそしりを受ける」の逆をいくものだ。過去についての記憶が、将来についての判断を歪めかねないと、彼らは言っているのだ。「われわれはよく、ある結果が生じる可能性はほとんど、あるいは絶対にないという判断をくだすが、それはその結果を引き起こす原因となる一連の出来事を想像できないからだ。欠陥は、わたしたちの想像力にある」(p. 219)

備考です。ナシーム・ニコラス・タレブは、想像力を発揮して未来を予測することの難しさについて触れていました。そして、エクスポージャーを予測するほうが容易だとしています(過去記事)。カーネマンのような先達がみつけた知見を踏まえた上での洞察でしょうから、参考にすべき見解だと受け止めています。

2 件のコメント:

koma10 さんのコメント...

いつも楽しく拝見させて頂いてます。
かくて行動経済学は私も読みましたが印象に残る部分は多く無かった様に思います。
最近、出版されたエリックバーカーのBARKING UP THE WRONG TREEの訳本?は如何でしょうか?
行動経済学とは離れるかもしれませんが面白く読めてます。betseldom さんがどう思われるか気になります。関係ない話でごめんなさい。

betseldom さんのコメント...

koma10さん、こんにちは。コメントをありがとうございます。

ご紹介くださった著書の邦題は『残酷すぎる成功法則』でしょうか。こちらはまだ読んでいません。amazonをみると、刊行されたばかりのようですね。koma10さんが薦めてくださるのですから、時期は少しあとになりますが、ぜひ読んでみたいと思います。どうもありがとうございました。

『かくて行動経済学は生まれり』を読んだことで、自分なりに発展的な問いを立てて自答しています。特に、「天才同士が協調することで社会にとって顕著な影響がもたらされる確率はどの程度なのか」という問いは、反芻しながら考え進めています。もちろん、その確率上昇に大きく寄与する要因を知りたいがためなのですが、今すぐ役に立つというものでもなく、ある種のひまつぶしです。(なおここで触れている「天才」には、IQテストなどで測定される知的能力がきわめて優れた人だけでなく、合理的思考能力が著しい人も含めています)

またよろしくお願いします。
それでは失礼します。