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2012年9月4日火曜日

誤判断の心理学(14)剥奪に過剰反応する傾向(チャーリー・マンガー)

今回ご紹介する引用では、チャーリー・マンガー自身の投資上の失敗例も取り上げられています。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その14)剥奪されることに過剰反応する傾向
Fourteen: Deprival-Superreaction Tendency

人が10ドルを手に入れて感じる喜びの大きさと、10ドルを失って感じる不快の大きさは、ちょうど同じにはなりません。得ることで感じる喜びよりも、失うことで傷つくほうがずっと大きいのです。すごくほしかったものがまさに手に入ろうとしたときに、最後の最後で逃げてしまう。そういうことがあると、人はずっと自分のものだったものを失くしてしまったかのようにふるまうでしょう。よくある2種類の喪失体験、所有していたものをなくす場合と、あと少しで手にできたものをなくす場合。ここではまとめて「剥奪されることに過剰反応する傾向」と呼ぶことにします。

The quantity of man's pleasure from a ten-dollar gain does not exactly match the quantity of his displeasure from a ten-dollar loss. That is, the loss seems to hurt much more than the gain seems to help. Moreover, if a man almost gets something he greatly wants and has it jerked away from him at the last moment, he will react much as if he had long owned the reward and had it jerked away. I include the natural human reactions to both kinds of loss experience - the loss of the possessed reward and the loss of the almost-possessed reward - under one description, Deprival-Superreaction Tendency.


かつてマンガー家では、人なつこくて気性のよい犬を飼っていたことがありましたが、「剥奪されることに過剰反応する傾向」の犬バージョンをみせてくれました。この犬に噛み付かせる方法は一つしかありませんでした。そう、口にくわえた食べ物を取り返すのです。すると、よくなついた犬だというのに反射的に噛み付いてきました。こればかりはどうしようもなかったようです。自分の主人にかみつくほど愚かな犬はいないのですが、とめられないのですね。おのれの性分として「剥奪されることに過剰反応する傾向」が組み込まれているからです。

人間もまた、このマンガー家の犬とよく似ています。人はたいてい価値あるものなら何でも、たとえば財産、愛、友情、占有している領域、機会、地位といったものですが、そういったものをほんのわずかでも損をしたり損が出そうになると、理不尽なまでに反応するものです。当然のことですが、官僚がなわばり争いをするような内輪もめは、組織全体で見れば莫大な損失をもたらしかねません。GE社内の官僚主義をぶちこわすために、なぜジャック・ウェルチが長きにわたって戦ってきたのか、その知恵の深さがわかるでしょう。ビジネスの世界でも、そのような賢明な行動をつかさどる指導者はほとんどいませんでした。

The Mungers once owned a tame and good-natured dog that displayed the canine version of Deprival-Superreaction Tendency. There was only one way to get bitten by this dog. And that was to try and take some food away from him after he already had it in his mouth. If you did that, this friendly dog would automatically bite. He couldn't help it. Nothing could be more stupid than for the dog to bite his master. But the dog couldn't help being foolish. He had an automatic Deprival-Superreaction Tendency in his nature.

Humans are much the same as this Munger dog. A man ordinarily reacts with irrational intensity to even a small loss, or threatened loss, of property, love, friendship, dominated territory, opportunity, status, or any other valued thing. As a natural result, bureaucratic infighting over the threatened loss of dominated territory often causes immense damage to an institution as a whole. This factor, among others, accounts for much of the wisdom of Jack Welch's long fight against bureaucratic ills at General Electric. Few business leaders have ever conducted wiser campaigns.


賭けたいという思いをとめられず、破滅に向かってしまう。そのような事態に導いてしまう大きな要因のひとつが「剥奪されることに過剰反応する傾向」なのです。たとえば損失に嘆くギャンブラーは、損をするほどにさらに賭けたいと考えてしまうものです。また賭けごとでいちばんハマる例が「あと少しだったのに」が続くときで、惜しい目が出るたびに「剥奪されることに過剰反応する傾向」が呼び起こされます。スロットマシンのメーカーは人の弱みをとことんさぐり、たとえば機械が電子化されたことを利用して「7=7=チェリー」のような、実は意味のない並びを連発させられるようになりました。このおかげで、あと少しで大当たりだったのにと考えるおバカさんがゲームをやめられずに続けることが、ぐっと増えたのです。

Deprival-Superreaction Tendency is also a huge contributor to ruin from compulsion to gamble. First, it causes the gambler to have a passion to get even once he has suffered loss, and the passion grows with the loss. Second, the most addictive forms of gambling provide a lot of near misses and each one triggers Deprival-Superreaction Tendency. Some slot machine creators are vicious in exploiting this weakness of man. Electronic machines enable these creators to produce a lot of meaningless bar-bar-lemon results that greatly increase play by fools who think they have very nearly won large rewards.


ここからが、チャーリーの失敗談です。

ここで教訓を残しておきたいので、私自身の大失敗をお話しします。この失敗は、「剥奪されることに過剰反応する傾向」が無意識に働いたことも一因となって起こったものです。ある仲のよい株式ブローカーが電話をくれました。ベルリッジ・オイルという会社の株を300株どうかと言うのです。提示された値段は115ドル、ごくわずかしか取引されていない銘柄だったのですが、とんでもないほど割安でした。私は手持ちの現金があったので買うことにしました。ところが次の日です。今度は同じ値段で1,500株買わないかと持ちかけられました。しかし私はその話を断ってしまったのです。何かを売るかお金を借りるかしないと17万3千ドル[現在価値で4,200万円]を用意できなかったという事情もあったのですが、この決断は実に非合理なものでした。私は無借金で余裕がありましたし、損失を出すリスクもなかったのです。そのようなリスクなしの機会が再びやってくるとは思えませんでした。それから2年後のことです。ベルリッジ・オイルはシェル石油に買収されることになりました[1979年]。1株あたり3,700ドルの取引だったので、私がもっと鋭敏だったらと考えると540万ドル[13億円]損したことになります。この逸話が言わんとするのは、心理学の面で無知なままだとひどく高くつくこともあるよ、ということです。

I myself, the would-be instructor here, many decades ago made a big mistake caused in part by subconscious operation of Deprival-Superreaction Tendency. A friendly broker called and offered me 300 shares of ridiculously underpriced, very thinly traded Belridge Oil at $115 per share, which I purchased using cash I had on hand. The next day, he offered me 1,500 more shares at the same price, which I declined to buy partly because I could only have made the purchase had I sold something or borrowed the required $173,000. This was a very irrational decision. I was a well-to-do man with no debt; there was no risk of loss; and similar no-risk opportunities were not likely to come along. Within two years, Belridge Oil sold out to Shell at a price of about $3,700 per share, which made me about $5.4 million poorer than I would have been had I then been psychologically acute. As this tale demonstrates, psychological ignorance can be very expensive.

2 件のコメント:

is さんのコメント...

== No title ==
素晴らしい記事をありがとうございます。毎回のことですが本当に勉強になります。
少し本題とそれますが、ベルリッジ・オイル株のバリエーションは定量的(資産的に)なのでしょうかね。それともマンガーなだけに定性面からみてなのでしょうかね。
no risk of lossと言うくらいだから資産面かな?

betseldom さんのコメント...

== isさん、こんにちは ==
isさん、早速のコメントをどうもありがとうございました。お読みになってくださり、いつもうれしく感じております。
今回のご質問ですが、わたしのほうの持ちネタはこれでおしまいで、ベルリッジの詳細はわかりません。すみません。
単なる当て推量に過ぎませんが、個人的にはisさんの指摘される「no risk of loss」をとって、定量的に評価しているものと捉えています。チャーリーはPBRを辛く評価する人ですから、よほどのフランチャイズがないと定性的なプレミアムをつけないのではないでしょうか。
またよろしくお願い致します。それでは失礼します。