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2012年3月20日火曜日

(答え)男の子が多く生まれる病院はどちらか?; 究極の鍛錬

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まずは、前回とりあげた問題の回答になります。

ここで驚かされるのは、確率論のロジックに学生があまり注意を払っていないことだ。男の子の割合が60パーセントを超える日数は、小さな病院の方が多い可能性が高いと考えられる。大きな病院のほうがサンプルが多く、平均からずれる可能性が低いからだ。 (p.105)

例えば、こちらのサイトの図8-1 標準正規母集団下での標本平均値の確率変動(6.5万回の実験)がわかりやすいかと思います。ちなみに私の回答ですが、反射的に「3.ほぼ同じ」を選んでしまいました。

自分の落とし穴に気づいたのはもちろんよかったことですが、この問題をはずして小さな悟りがひらけたような気がします。それは「問題に直面したら、自分なりに解決策を検討してみること」。自分で答えを考えずに回答を読んでいたら、この初歩的な落とし穴に気づかないまま、進んでいたと思います。あらゆる問題を検討する時間はないのでどれかを選ぶ必要がありますが、投資に立ち返ってみると、自分なりにチャンスがあると考えた銘柄に対しては、きちんと評価して文書化してみる、となります。

頭の中で漫然と評価してすぐに興味を失うのではなく、自分なりの枠組みを用意して、自分なりに評価する。このような作業をこなすことで、あとになって落とし穴や盲点に気づいたり、足りない部分を補うことができるのではないでしょうか。

そういえば、以前読んだ本『究極の鍛錬』では、鍛錬方法を以下のように定義していました。

1.実績向上のため、特別に考案されている。
例えば、改善が必要な要素を鋭く限定し、鍛え上げていく。
2.何度も繰り返すことができる。
3.結果に関し、継続的にフィードバックを受けることができる。
4.精神的にはとてもつらい。
5.あまりおもしろくない。

4番目とか5番目あたりに「究極」の秘密がかくされているような気がしますね。

2012年3月19日月曜日

(問題)男の子が多く生まれる病院はどちらか?

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最近読んだ本『ギャンブラーの数学』では、ギャンブルにまつわる確率や心理が取り上げられています。数学者の書いた本なのですが、個人的には歴史上の逸話のほうがおもしろく、ドストエフスキーの伝記あたりを読んでみたくなりました。

さて、確率についての基礎的な考え方はわかったつもりでいたのですが、本書を読んで反省しました。文中で挙げられていた次の問題で、答えをはずしてしまったのです。

高校レベルの確率の知識があれば正解できる簡単な問題です。解答は次回にご紹介します。

赤ん坊の50パーセントが男の子で、ある町の大きな病院では1日に約45人の赤ん坊が生まれ、小さな病院では1日に約15人の赤ん坊が生まれる。それぞれの病院で1年にわたり、新生児の60パーセント以上が男の子だった日数を記録した。では問題。
その日数が多かったのはどちらの病院か?

1.大きな病院
2.小さな病院
3.ほぼ同じ

(p.104)

2012年1月30日月曜日

アインシュタインもさかさに考える

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以前取り上げたアインシュタインの伝記ですが、チャーリー・マンガーの主張する「逆だ、いつでも逆からやるんだ」をアインシュタインもやっていた場面があったので、ご紹介します。

アインシュタインの一般相対性理論への道は1907年11月に始まった。そのとき彼は特殊相対性理論を説明する科学年次報告の論文の締め切りと格闘していた。その理論の2つの制限が彼を悩ませた。つまり等速直線運動だけに適用できる(もしあなたの速度や運動方向が変化していると適用できない)し、その理論はニュートンの重力理論を含んでいない。

「私はベルンの特許局の椅子に座っているとき、急にある考えが頭に浮かんだ」と彼は回顧している。「もしある人が自由落下をしているとすると、自分の体重を感じないであろう」。その認識が彼を「飛び上がらせ」特殊相対性理論を一般化して「重力理論の方向に私を追いやる」という、8年に及ぶ大変な努力に駆り立てた。後になって彼は「人生で最も幸福な考え」とたいそうに回顧している。

(中略)

アインシュタインはその思考実験を洗練して、落下している男は地球上で自由落下しているエレベーターのような閉じた箱の中にいるとした。この落下する箱の中で(最後に地上に衝突して壊れるまで)、この男は無重力状態を感じる。ポケットから物を取り出して、手を離すと彼のかたわらで空中に浮かぶだろう。

別の観点で考えよう。「どんな星や質量からもはるかに離れた」空間に浮いた部屋の中にいる男をアインシュタインは想像する。彼は先と同等な無重力状態を感じるはずだ。「この観測者には重力は存在しない。彼は床に糸か何かで繋いでおかないと、床からのちょっとした衝撃でふわふわと浮き上がり、天井に行ってしまうだろう」

つぎにこの部屋の天井にロープが繋がれていて、一定の力で引っ張られているとアインシュタインは想像した。「部屋とその中の観測者は一定の加速度で『上方』に動き始める」と中の男は床に押し付けられているように感じる。「するとその男は地球上にある家の部屋に立っているのと同様に、箱の中に立っている」。

(中略)

アインシュタインが正にこの問題を調べるときの関連づけは、彼に典型的な天才的なものである。余りよく知られているので科学者が問題にもしないような現象を彼は調べる。 (上巻 p.224)



2012年1月24日火曜日

どのようにして相対性理論に到達したのか(アインシュタイン)

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ウォーレン・バフェットやチャーリー・マンガーは、年次報告書や株主総会でお勧めの本を紹介することがあります。伝記マニアのチャーリーがアインシュタインの伝記を紹介するのは順当なところでしょう。チャーリーお勧めの本の邦訳『アインシュタイン その生涯と宇宙』が昨年出版されましたが、下巻について出版事情のすったもんだがあったようなので、ようやく手にとっているところです。今回ご紹介するのは、アインシュタインが相対性理論を発見するに至った経緯や背景を数段落に要約した箇所です。

「新しいアイデアが突然頭に浮かんだ。それもかなり直感的なやり方で」とアインシュタインは語ったことがある。ただし次の言葉を直ぐに付け加えた。「直感とはそれ以前の知的経験の結果にすぎないのだが」

アインシュタインの相対性理論の発見は、一〇年に及ぶ知的思索と個人的経験に基づく直感から生まれたものである。最も重要で明らかなことは、著者の私が思うには、理論物理学に対する深い理解と知識である。彼はまた目に見える形の思考実験を行う能力にも助けられた。その能力はアーラウ時代の教育で培われたものだ。それから彼には哲学の基礎がある。ヒュームとマッハの哲学から、彼は観測できないものに対する懐疑精神を育てた。そしてこの懐疑精神は権威を疑問視するという彼の生まれつきの反骨精神に根ざしていた。

以下に述べるいろんな要素の混合が、物理的状況を可視化する能力、概念の核心をえぐり出す能力を増強し、彼の人生における技術的背景になっている。たとえば叔父のヤコブが発電機のなかの運動するコイルと磁石をよりよいものにするのを助けたこと。時計あわせに関する特許申請に溢れていた特許局で働いた経験。懐疑精神を推奨した上司。ベルンの時計塔近く、駅近く、電報局の近くに住んでいたこと。ヨーロッパでは時間帯内の時計を合わせるために電気信号を使っていたこと。話し相手としての技術者である友人のミケーレ・ベッソの存在。彼はアインシュタインとともに特許局で働き、電気器具の特許を調べていたのだ。

これらの影響の順序づけはもちろん主観的なものだ。結局アインシュタイン自身もどのようにして問題を解いたか、はっきりしなかった。「どのようにして相対性理論に到達したかは簡単には言えない。私の考えに動機付けをあたえた非常にたくさんの隠れた複雑な要素がある」と彼は語っている。
(上巻 p.181)


チャーリーが主張するところの「ほとんどの人より、うまくいくやりかた」と重なるように思えます。

ところで、本書(原著)はWescoの2007年株主総会でチャーリーから推薦されたものです。参加したファンド・マネージャーのティルソンがノートをとってくれています

I read the new biography of Einstein by Isaacson [Einstein: His Life and Universe]. I’ve read all the Einstein biographies, and this is by far the best - a very interesting book.(p.20)


2012年1月5日木曜日

(メンタル・モデル)熱力学の法則

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チャーリー・マンガーは戦時中にカルテックで熱力学を専攻しました。熱力学の教義は彼のメンタル・モデルに当然含まれているはずです。最近読んだ『サイエンス入門〈1〉』では爆発や温度などの話題がわかりやすく取り上げられており、楽しめました。今回は熱力学の法則を同書から引用します。

(第0法則)
接するもの同士は同じ温度になろうとする。

(第1法則)
エネルギーは保存される。

(第2法則)
熱エネルギーを取り出すには、温度差が必要である。
ある物体のエントロピー(無秩序さ)は増えたり減ったりするが、宇宙のエントロピーの総量はつねに増えつづけている。

(第3法則)
何物も絶対零度に達することはできない。

2011年12月14日水曜日

大丈夫ですよ、私たちはうまく対応できますから

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以前に取り上げたチャーリー・マンガーの「システムを理解するには様々な学問分野で登場する様々なモデルをうまく当てはめることが必要になる」は、言われてみればその通りです。自分の仕事でもいろいろな立場の人の意見をききながら、適切な方策を検討修正することがあります。

最近読んだ本『ウェザー・オブ・ザ・フューチャー ― 気候変動は世界をどう変えるか』でも、学者たちの似たようなやりとりがあったので引用します。ニューヨーク市で水不足が起きる事態を想定した科学者たちの会話です。

水不足が頻繁に起こるようになると、海面上昇の影響とも重なって、水供給に影響を与えるようになるだろう。「あらゆるシステムは絡み合っています」とローゼンツワイクは説明する。「ニューヨークのような都市部では、いくつもの気候変動の影響が完全に混ざり合っています。私たちの科学者チームが、いろいろな分野の科学者の集まりでなければいけないのはそのためです。もしそうでなければ、正しい答えは出ません」。ニューヨークでは、さまざまなバックグラウンドをもつ科学者を巻き込んで、学際的なアプローチを取ることが不可欠だ。異なる分野の科学者がいれば、それぞれ違う視点から問題に取り組める。

ローゼンツワイクはこう説明する。「私たちは毎月、チームの科学者全員で集まることにしています。水文学者というのは、たいてい非常に自信たっぷりに振る舞うんです。彼らはよくこう言っています。『大丈夫ですよ、私たちはうまく対応できますから。気候変動っていうのは私たちの得意分野ですよ』。たとえば、渇水の深刻度を表すのによく使われるパルマー渇水強度指数から、ニューヨーク一帯での渇水の頻度の増加が見られることを話し合っていると、水文学者はこう言い出します。『大丈夫。チェルシーという、ハドソン川の上流の小さな街に、ハドソン川への取水パイプがあります。チェルシーでハドソン川から水をくみ上げて、水の供給量を補うつもりです』。そこへ、NPCCのメンバーの研究者が部屋の後ろのほうで手を振って、『でも計算したところでは、海面上昇の影響を考慮すると、河口部にあった塩水と淡水の境界線が上流のチェルシーまで進んでしまうんですよ』と言うんです」

「専門家が一つの部屋で議論する必要があるのは、こういうことがよくあるからです。もちろん、チェルシーでハドソン川からの追加取水は可能です。でも、それが塩水だったらあまり役には立たないでしょう」(p.325)


ところで、文中にでてくるチェルシーの街がここだとすると、現在の河口から100kmほど離れた地点です。

2011年12月2日金曜日

われわれが錯覚に捕らわれているとき

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晩年のファインマンと親交のあったムロディナウ氏の著作『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』から引用です。

われわれが錯覚に捕らわれているとき-そしてそのことで言うなら、何か新しい考えを抱いたときはいつでも-われわれはたいてい、その考えが間違いであることを証明する方法を探るのではなく、それが正しいことを証明しようとする。(p.279)


さらに悪いことに、われわれは自分の先入観を裏付ける証拠を優先的に探し求めるだけでなく、曖昧な証拠を自分の考えに有利になるように解釈する。(p.280)


以前にご紹介したチャーリー・マンガーの意見と似ていますね。

2011年11月30日水曜日

取り組むのにちょうどよい問題(リチャード・ファインマン)

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投資対象候補の選定について、前回の引用でチャーリー・マンガーは「時間や才能に限りがある」とコメントしていましたが、ファインマンのインタビューに同様の発言があるので、引用します。『ファインマンさんベストエッセイ』からです。1979年のインタビューなので、彼の年齢は60歳を過ぎた頃です。ちなみに、ノーベル物理学賞は40歳代後半に受賞しています。

(質問)先生はどの問題なら、取り組むのにちょうど格好の大きさだとわかるのですか?

(ファインマン) (中略) 重要な要素の正しい組み合わせさえ手に入れば、深遠だが解けない問題を抱えて一生を棒に振ったり、だれにだってできるような小さな問題ばかりゴマンと解いて、一生を浪費したりしないですむ。(p.232)

2011年11月26日土曜日

ダーウィンの「逆ひねり」

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チャーリー・マンガーの敬愛する人物といえば、ベンジャミン・フランクリンが挙げられますが、それに劣らずチャールズ・ダーウィンも彼のお気にいりです。前回ご紹介したチャーリーの講演の続きになりますが、ダーウィンのシステムが簡潔かつ端的にとりあげられています。

公認伝記マニアの私が思うに、チャールズ・ロバート・ダーウィンは、1986年度のハーバード[高校。L.A.にあるプレップスクール]の卒業生の中でみれば、真ん中あたりの成績になるかと思います。しかしながら彼は、科学史において今でも名だたる人物です。これこそ、もって生まれた才能を無駄にせずに生かしたお手本の最たるものといえるでしょう。

ダーウィンのなしとげた業績は、彼自身のやりかたによるものでした。さきに私がお話しした「悲惨への道」には一切近寄らず、「逆ひねり」することに注力しました。持論がどんなに手塩をかけた大切なものでも、それをくつがえす証拠を真っ先にみつけようとしたのです。普通であればその反対で、早々に結論を出したあとは、新情報や否定的な情報がでても、持論が揺るがないように処理するものです。作家フィリップ・ワイリーのみるところの「自分がすでに知っていることを超えたところで学ばないようでは、何もだせない」人間になりさがるものです。

It is my opinion, as a certified biography nut, that Charles Robert Darwin would have ranked near the middle of the Harvard School graduating class of 1986. Yet he is now famous in the history of science. This is precisely the type of example you should learn nothing from if bent on minimizing your results from your own endowment.

Darwin's result was due in large measure to his working method, which violated all my rules for misery and particularly emphasized a backward twist in that he always gave priority attention to evidence tending to disconfirm whatever cherished and hard-won theory he already had. In contrast, most people early achieve and later intensify a tendency to process new and disconfirming information so that any original conclusion remains intact. They become people of whom Philip Wylie observed: "You couldn't squeeze a dime between what they already know and what they will never learn."


自説に固執しがちなのは人間の心が持つ本質的な傾向であると、チャーリーは以前から述べてきました。心理学の分野で数々の研究結果が裏付けてくれるようになりましたが、我々が自分自身のそのような面を乗り越えるのは、依然として難しいものです。このような話題は本ブログの主題として、今後も取り上げていきます。

2011年11月21日月曜日

科学的に研究する際のやりかた(リチャード・ファインマン)

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バフェットやマンガーは、投資をする際の意思決定では「合理性」が大切なことを強調しています。今回は「合理」の代表格であるハード・サイエンスの分野、物理学者ファインマンの「ファインマンさんベストエッセイ」からの引用です。科学的アプローチが簡潔に記されていますが、投資にも適用できるものです。先だって取り上げたマンガーの「多面的メンタルモデル」に通じるところもあります。

すでに答えがわかっているのなら、それについて証拠を集める必要などありません。とにかく何かについて確信がもてないとすると、つぎはこれについて証拠を探すことになるのですが、科学的方法ではまず試すことから始まります。しかしそれ以外にも、もっと大切なことがあるのを見過ごしにはできません。それは自分のさまざまな知識を論理的に一貫して筋がとおるよう、まとめるということです。わかっていることのあれとこれとをつなぎあわせ、それとこれとに矛盾がないかどうかテストすることは、非常に意義のある作業で、方向の異なる考えをつなぎあわせようとするこの努力は、すればするほど意味があるのです

さてこうして証拠を探す作業のつぎにくるのが、その判断です。発見した証拠の判断については、一般的につぎのようなきまりがあります。それは自分の気に入ったものだけを選ぶのではなく、何もかも一つ残らず考えに入れること。そして研究をつづけられるだけの客観性を絶えず保ち、究極的に権威ある意見なんぞに頼らないということ、これがそのルールです。権威は真実が何であるかのヒントにはなるかもしれませんが、それは断じて情報の源ではありません。自分の観察が権威ある意見に反する場合は、できるだけ権威のほうを無視すべきです。そして最後に、その結果の記録には決して私観をまじえてはなりません。(p.85)