誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment
(その9)お返しする傾向
Reciprocation Tendency
反射的にお返しをしたり、しかえしをするのは行き過ぎることもある、と考えられてきました。実のところ、類人猿、猿、 犬、あるいはもう少し知性の劣る動物も同じように振舞うのです。この傾向は一丸となって協力するのが望ましい場合に役立つので、その点では[アリのような]社会的昆虫の持つ遺伝的な性質から多くを借りています。
The automatic tendency of humans to reciprocate both favors and disfavors has long been noticed as extreme, as it is in apes, monkeys, dogs, and many less cognitively gifted animals. The tendency clearly facilitates group cooperation for the benefit of members. In this respect, it mimics much genetic programming of the social insects.
次は、この傾向がうみだす望ましい側面です。
近代社会は商業交易のおかげで繁栄をむかえましたが、そこでは人間が生来持つ「お返しをする」傾向が大きな役割を果たしています。交易の場では、お互いの返報を期待しつつ自己利益を追求する、といった聡明なやりかたが建設的な取引につながります。結婚生活における日々のやりとりでも、この返報する傾向が役に立っています。この傾向がなければ、よき関係はかなり喪われてしまうでしょう。
It is obvious that commercial trade, a fundamental cause of modern prosperity, is enormously facilitated by man's innate tendency to reciprocate favors. In trade, enlightened self-interest joining with Reciprocation Tendency results in constructive conduct. Daily interchange in marriage is also assisted by Reciprocation Tendency, without which marriage would lose much of its allure.
今度は、この傾向を使って他人をあやつる例です。
心理学者のチャルディーニが行った有名な心理学の実験は見事なもので、実験者による見えざる影響力をつかって、被験者の潜在意識下にある返報傾向を呼び起こすように誘導しています。
この実験でチャルディーニは、実験者に対してキャンパスを歩き回り、めぼしい人をみつけたら保護観察中の若者たちを動物園へ引率してほしい、とお願いするように指示しました。かなりの数の被験者が得られましたが、同意してくれたのは6人に1人でした。この実験結果をまとめた後、チャルディーニは今度は別の実験を行うことにしました。実験者がキャンパスでつかまえた人に対して、今後2年間にわたって保護観察中の若者を監督するのに毎週それなりの時間をあててほしいと依頼したのです。こんなとんでもない要求に応じる人は皆無でした。しかし重要なのは、実験者がこのあとすかさず出した次のお願いです。「それではせめて1回でかまいませんので、例の若者たちを動物園へ連れて行って頂けないでしょうか」。これが効果てきめんで、応じてくれた人の割合は2人に1人までになりました。実に3倍に増えています。
チャルディーニが実験者をつかってやったのは、相手からちょっとした譲歩を引き出したものです。それも正面ではなく、裏口からです。潜在意識を刺激して、譲歩という形でお返しをさせたことで、保護観察の若者を動物園へ連れて行く人の割合を増やしたのです。このような実験を考え出せるような教授は、それがすごく重要なことだと言い表わせれば、広く世間で評価されるでしょう。実際、チャルディーニの衣鉢を継いでいる大学からは高く評価されています。
In a famous psychology experiment, Cialdini brilliantly demonstrated the power of “compliance practitioners” to mislead people by triggering their subconscious Reciprocation Tendency.
Carrying out this experiment, Cialdini caused his “compliance practitioners” to wander around his campus and ask strangers to supervise a bunch of juvenile delinquents on a trip to a zoo. Because this happed on a campus, one person in six out of a large sample actually agreed to do this. After accumulating this one-in-six statistic, Cialdini changed his procedure. His practitioners next wandered around the campus asking strangers to devote a big chunk of time every week for two years to the supervision of juvenile delinquents. This ridiculous request got him a one hundred percent rejection rate. But the practitioner had a follow-up question: “Will you at least spend one afternoon taking juvenile delinquents to a zoo?” This raised Cialdini's former acceptance rate of 1/6 to 1/2 a tripling.
What Cialdini's “compliance practitioners” had done was make a small concession, which was reciprocated by a small concession from the other side. This subconscious reciprocation of a concession by Cialdini's experimental subjects actually caused a much increased percentage of them to end up irrationally agreeing to go to a zoo with juvenile delinquents. Now, a professor who can invent an experiment like that, which so powerfully demonstrates something so important, deserves much recognition in the wider world, which he indeed got to the credit of many universities that learned a great deal from Cialdini.
ロバート・チャルディーニの実験は、当人の著書『影響力の武器』から引用されたものです。この本は心理学の世界や顧客獲得に励む営業部隊では必読書に指定されているのではないでしょうか。チャーリーは本書を読んで感激し、バークシャー・ハサウェイのA株を著者チャルディーニへ贈ったとされています。現在のA株の価格は、約1,000万円です。
蛇足ですが、私も仕事の様々な局面でチャルディーニの心理学的なアイデアをお借りしました。華々しいということはなかったですが、たいていはその通りに働いて、小さな成功をおさめられました。マネージャーに限らず、交渉に悩むみなさんにお勧めの一冊です。もちろん本書はチャーリーの推薦図書です。
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