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2012年12月26日水曜日

自信を持つなど言語道断である(心理学者ダニエル・カーネマン)

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以前とりあげた心理学者ダニエル・カーネマンの新刊『ファスト&スロー』が翻訳されていました。過去記事では、題名の訳を『ぱっと考える、じっくり考える』としてご紹介したものです。現在は上巻を読み終えた段階ですが、内容の充実ぶりに圧倒されています。一般向けの心理学の本は少しずつ読むようにしていますが、本書はチャーリー・マンガーの推薦書『影響力の武器』にならぶバイブル級の一冊になると思います。

重要な意思決定をしなければならない人にとって、参考になるところが多い作品です。投資家のみなさんにも、一読されることを強くおすすめします。

今回は同書から、自信や信念に関する話題を引用します。

あなたはどうしても、手持ちの限られた情報を過大評価し、ほかに知っておくべきことはないと考えてしまう。そして手元の情報だけで考えうる最善のストーリーを組み立て、それが心地よい筋書きであれば、すっかり信じ込む。逆説的に聞こえるが、知っていることが少なく、パズルにはめ込むピースが少ないときほど、つじつまの合ったストーリーをこしらえやすい。世界は必ず筋道が通っているという心楽しい信念は、盤石の土台に支えられている。その土台とは、自分の無知を棚に上げることにかけて私たちはほとんど無限の能力を備えている、という事実である。(p.293)


システム1[瞬発的に判断する機能]は、ごくわずかな情報から結論に飛躍し、しかも飛躍の幅がどの程度かがわからないようにできている。「見たものがすべて」なので、手元にある情報しか問題にしない。それに基づく結論のつじつまが合っていさえすれば、自信が生まれる。私たちが自分の意見に対して抱く主観的な自信は、システム1とシステム2[熟考する機能]がこしらえ上げたストーリーの一貫性に裏付けられているのである。情報は少ないほうがつじつま合わせをしやすいので、情報の量と質はほとんど考慮されない。私たちは、人生で信じていることのうち最も重要ないくつかについては、何の証拠も持ち合わせていない。ただ愛する人や信頼する人がそう信じている、ということだけが拠りどころになっている。自信を持つことはたしかに大切ではあるが、私たちが知っていることがいかに少ないかを考えたら、自分の意見に自信を持つなど言語道断といわねばならない。(p.304)


自信は感覚であり、自信があるのは、情報に整合性があって情報処理が認知的に容易であるからにすぎない。必要なのは、不確実性の存在を認め、重大に受け止めることである。自信を高らかに表明するのは、頭の中でつじつまの合うストーリーを作りました、と宣言するのと同じことであって、そのストーリーが真実だということにはならない。(p.309)


蛇足ですが、字数が多くてうれしいと感じた本は久しぶりでした。

2012年11月25日日曜日

研究の世界で長年暮らしてわかったこと(物理学者近角聰信)

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少し前にご紹介した物理学者近角聰信氏の『日常の物理学』から、今回は研究者として求められる素養について書かれた個所を引用します。

研究者にとって最も注意すべき教訓は「逆は必ずしも真ならず」というよく知られた論理を守ることである。あるモデルが実験事実を説明するからといって、実験事実から結論されるのはそのモデルだけとはかぎらない。そんなことは当人は百も承知であろうが、研究者はどうしても自分が提唱したモデルにこだわりがちである。対立する他のモデルも公平に考慮することができれば立派なものである。

実験の解釈にしろ、モデルの提唱にしろ、そこには研究者の自己との戦いがからんでいる。栄誉心をおさえ、私心をなくして、公平な判断を下すには、研究能力のほかに人間としての修業が必要となってくる。(p.36)


研究とは自然を探求することであるが、同時に自己との戦いが必要である。研究者は一度立てた自説にこだわりがちである。しかし、実験がその説に合わない結果を示したときには、いさぎよく自説を否定しなければならない。しかし現実の問題となると、これはなかなかむずかしいことである。ことに論敵と公開の席上で議論を戦わせた後では、特にそうである。しかし、ここで自説を否定しないかぎり、科学は進歩しない。

研究の世界で長年暮らしてみると、このような仕掛けであいまいになっている問題がいかに多いかがわかる。そしてつくづくと研究者に必要なものは、能力よりもむしろ人格だということを知るようになる。(p.108)


この文章を読んで、投資家の素養についてウォーレン・バフェットが述べた有名な言葉を思い出しました。

投資というのは、IQが160だからといって、IQ130の人に勝てるというわけではありません。

Investing is not a game where the guy with the 160 IQ beats the guy with 130 IQ


また科学者のやりかたについては、過去記事「われわれが錯覚に捕らわれているとき」でファインマンも同じような発言をしていました。

2012年8月21日火曜日

(問題)地球温暖化が進むと、南極はどうなるのか?

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以前読んだ『サイエンス入門〈1〉』の続き『サイエンス入門〈2〉』が出ていましたので、読んでいます。そのなかでおもしろい文章がありましたのでご紹介します。

南極の氷は、融けていると言われます。グレース衛星が、衛星軌道上から南極の氷の重力効果を測定し、氷の質量の正確な測定を行いました。その結果、南極の氷が毎年約36立方マイル(150立方キロメートル)ずつ減少していることがわかったのです! これは、地球温暖化の重大さを証明する深刻で際立った事実のように思えます。

驚くべきことに、この一見それらしい証拠は、事実を反映しているわけではないのです。2000年に、IPCCは、グレース衛星による観測に先立って、地球温暖化によって予想される氷の変化がどれほど大きなものになるかを計算するように、何人かの科学者に依頼しました。その結果、驚くべきことに、すべての科学者が一致して、地球温暖化によって南極の氷は、減少するのではなく、「増加する」と予想したのです。(p.153)


つづきの文章は次回にご紹介します。個人的には自分の直感にひきずられて、科学者たちがどういった論理で予想を出したのか思いつきませんでした。チャーリー・マンガー言うところの「疑いを持たない傾向」(過去記事)が強く働いているようです。

2012年8月1日水曜日

そもそも口は、きわめて個人的な場所である(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによる世知入門、規模の経済の第2回目です。今回は心理学的な要因も関わっていて、チャーリーらしいモノの見方となっています。(日本語は拙訳)

また規模の経済は、情報面での優位にもつながります。どこか見知らぬ街へ行ったときにチューインガムを買おうとしたところ、リグリー[日本で言えばロッテに相当]の横にグロッツというブランドが並んでいたとします。リグリーの製品が満足に値することは知っていますが、グロッツのことは全然知りません。さて、リグリーが40セントでグロッツが30セントだとしたら、わずかな金額を節約するために知らないほうを買って口の中に入れるでしょうか。そもそも口というのは、きわめて個人的な場所ときているものです。

ですから、実のところリグリーは単に有名だからというだけで規模の経済を有しているのです。これは「情報優位」と呼ぶべきかもしれません。

他の規模の経済としては心理学的なものがあります。心理学者が「社会的証明」と呼ぶもので、あらゆる人は無意識に、あるいは意図してやることもありますが、他人がすることや認めることに影響されるものです。ですから他人が買ったもの、すなわちそれはよいものだと考えるわけです。ひとは外れ者になりたくないですからね。

重ねていいますが、これは潜在意識下で働く場合とそうでない場合があります。ときには意識しながら合理的に考えるのです。「ええと、自分にはよくわからないけれど、あの人たちのほうが知っているから、そっちに従うことにしよう」

まさに心理学からきているこの社会的証明とは、たとえば容易には構築できないような大規模の流通網を持つものに、莫大な優位をもたらしてくれる現象です。世界中のほとんどどこでも買えるということは、コカ・コーラが有利な理由の一つに挙げられるでしょう。

いま手にしているジュース、これが世界中どこでも手に入れられるようにするには、どうすればよいか正確に答えられるでしょうか。大企業は世界規模の流通網を培うのに時間をかけてきました。これは莫大な優位を与えてくれるものです。そうです、そのような大きな優位をいったん手にした人を他の者が追い落とすのは、とても難しいのです。

And your advantage of scale can be an informational advantage. If I go to some remote place, I may see Wrigley chewing gum alongside Glotz's chewing gum. Well, I know that Wrigley is a satisfactory product wheres I don't know anything about Glotz's. So if one is forty cents and the other is thirty cents, am I going to to take something I don't know and put it in my mouth - which is a pretty personal place, after all - for a lousy dime?

So, in effect, Wrigley, simply by being so well known, has advantages of scale - what you might call an informational advantage.

Another advantage of scale comes from psychology. The psychologist use the term "social proof." We are all influenced - subconsciously and, to some extent, consciously - by what we see others do and approve. Therefore, if everybody's buying something, we think it's better. We don't like to be the one guy who's out of step.

Again, some of this is at a subconscious level, and some of it isn't. Sometimes, we consciously and rationally think, "Gee, I don't know much about this. They know more than I do. Therefore, why shouldn't I follow them?"

The social proof phenomenon, which comes right out of psychology, gives huge advantages to scale - for example, with very wide distribution, which of course is hard to get. One advantage of Coca-Cola is that it's available almost everywhere in the world.

Well, suppose you have a little soft drink. Exactly how do you make it available all over the Earth? The worldwide distribution setup - which is slowly won by a big enterprise - gets to be a huge advantage.... And if you think about it, once you get enough advantages of that type, it can become very hard for anybody to dislodge you.

2012年7月4日水曜日

両手があかないときにどうやったのか(チャールズ・ダーウィン)

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チャーリー・マンガーは思考や認識の誤りをみつける方法として、科学者ダーウィンのやりかた「持論をくつがえすよう努力する」ことを強調しています(過去記事)。『ダーウィン自伝』を読んだところ、ダーウィン本人がそのやりかたに触れていたのでご紹介します。

私はまた、多年にわたって、次の鉄則を遵守してきた。それは、公表された事実であれ、新しい観察や考えであれ、なんでも私の一般的な結論に反するものに気がついたときには、それを漏れなく、すぐに覚え書きにしておくということである。というのは、このような事実や考えは、都合のよい事実や考えよりもずっと記憶から逃げてしまいやすいということを、私は経験で知っていたからである。この習慣のおかげで、私がすでに気づいてそれに答えようとしたのでない異論が私の見解に向けて提起されるということは、ほとんど起こらなかった。(筑摩叢書 p.111)


このやりかたを身につけるに至っては、科学者の友人たちとの親交も影響していたかもしれません。

私は、結婚以前にも以後にも、他のだれよりもライエルLyellによく会った。かれの心は、明晰さ、注意深さ、健全な判断力、豊富な独創力を特徴としているように思われた。私が地質学についてかれに何か意見を述べると、かれは問題全体を明確に知るまでは信用しようとはせず、そしてしばしば、私がその問題をいっそう明確にみるようにさせた。かれは、私の意見にたいして可能な異論をすべてだしてみせ、それらをだしつくしたあとでもなお長いあいだ疑わしく思っているのがつねであった。(p.87)

このようなやりとりは、ウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガーのようなコンビを思い出させますね。

最後はおまけです。ダーウィンがまだ学生だった頃の思い出です。

しかし、なんといっても、甲虫の採集ほどに私がケンブリッジで熱中し、たのしみにしたことはなかった。それはたんに採集への情熱であった。というのは、私はそれらを解剖したことはなく、外的な特徴を本にでている記述と照らし合わせることもまれでしかなかったからである。しかし、名前だけはなんとかつけた。私の熱中を示す一つの証拠をあげよう。ある日、古い樹皮をひき裂いていると、2匹の珍しい甲虫が見つかったので、1匹ずつ両手につかんだ。ところがさらに3番目の新しい種類のものが見つかった。これをつかまえないのは残念でたまらないので、私は右手につかんでいた1匹を口の中にほうりこんだ。何と! それはものすごく辛い液体を出し、私の舌を焼かんばかりであった。私はやむなくその甲虫を口から吐き出したが、それは逃げ、そしてまた、3番目のやつも逃げてしまった。(p.46)

2012年6月30日土曜日

集団を頼るよう隠れた脳が指令する

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前々回にご紹介した『隠れた脳』から、今回は集団行動に関する話題を引用します。

進化の歴史を見れば、集団でいるほうが、安全が保たれる。ときとしてそれが裏目に出る場合もあるが、私たちの脳は、総合的にうまくいく手段がわかるよう進化しているし、進化で身につけた自己保存のための本能は、必然的に単純である。警報が鳴ると不安が引き起こされ、集団を頼るよう隠れた脳が指令する。それは私たちの祖先の時代から、集団でいたほうが危険にさらされる可能性が低く、安心と安全が手に入りやすかったからだ。

しかし今の時代、集団でいる安心感を優先すると、個人が危険にさらされるケースが以前より増えた。それは現代の危険があまりにも複雑で、一体何が起こっているのか、誰にもわからない場合が多いからだ。私はここで、集団の行動は常に間違っていると言いたいわけではない。集団は誰も気づかないうちに、個人の自主性を奪ってしまうことがあると言いたいだけだ。同僚たちは間違っているかもしれないが、彼らについていくほうが、自分で考えて行動するよりはるかに楽だ。集団は安心を与えてくれる一方、自主性は不安を引き起こす。しかし災害に巻き込まれた状況では、不安こそが正しい反応なのだ。根拠のない安心は死を招きかねない。
(p.168)


ちなみに、上に挙げた引用が登場する場面では、911アメリカ同時多発テロ事件のときにWTCで働いていた人たちを取り上げて、何が生死をわけたのか考察しています。

2012年6月27日水曜日

気づかぬ間にオートパイロットが働いている

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以前とりあげたセス・クラーマンの話題の中で、「人の脳では2つのシステムが共存して働いている。システムその1は素早く考えるようにできており、システムその2のほうはじっくり考えるようにできている」とする心理学者ダニエル・カーニマンの主張がありました(過去記事)。最近読んだ本『隠れた脳』が、これを主題としていたのでご紹介します。題名から想像できるように、主にシステムその1の働きに焦点をあてています。

今回は、隠れた脳とはどういうものかを説明した箇所を引用します。

なぜ人間は意識的な脳と、隠れた脳の両方を持っているのか、説明する方法はいくつもある。一つ例をあげてみよう。わたしたちの経験には二種類ある。新しい経験と、繰り返されるおなじみの経験だ。意識的な脳は合理的で、慎重で、分析的なので、新しい状況に対処するのが得意だ。しかし状況を理解し、問題を解決するルールを見つけたら、その経験をするたびに考え込む必要はない。見つけたルールを使って、機械的に対処すればよい。こうした作業には、隠れた脳のほうが向いている。決まった作業を効率よく行うため、頭の中で思考の近道をすることをヒューリスティックスというが、隠れた脳はこのヒューリスティックスの達人である。スキルを身につけるということは、たいていの場合、隠れた脳にひとまとまりのルールを教えるということなのだ。初めて自転車に乗るときは、倒れないよう意識を集中しなければならない。しかしバランスを取るためのルールをいったん覚えたら、あとは隠れた脳に作業をすべて任せてしまえばいい。考えなくても、自然にできるようになるのだ。言葉についても同じで、新しい言葉を覚えるときは、一つ一つ単語を覚えたり文法を勉強したりしなければならないが、マスターすれば、苦労して単語を思い出したり、正しい文法を考えたりはしない。 (p.26)

隠れた脳は効率を重視するため、正確さは二の次になるとも述べています。

つづいて、意識にあらわれている脳と隠れた脳が並んで働く場合について。

自分の意見を言えと指示されると、頭の中で意識的な脳と隠れた脳が対峙して議論を始めるが、勝つのは常に意識的な脳だ。理論的な分析は、幼稚なヒューリスティックよりも強いからだ。意識的な脳がパイロットだとすれば、隠れた脳はオートパイロット機能である。パイロットは常にオートパイロットより優先するが、パイロットが注意を払っていないときはオートパイロットの出番となる。 (p.109)


「パイロットが注意を払っていないときはオートパイロットの出番となる」とありますが、チャーリー・マンガーであればもっと厳密に書くのではないでしょうか。「パイロットが気づかぬ間にオートパイロットが働いている」と。つまり、注意しているつもりでも隠れた脳が働くということです。

われわれが失敗をふりかえるとき、「それは想定していなかった」とか「そこまで読めなかった」とか「そもそもの仮定が間違っていた」といった声をあげるものです。頭の中でオートパイロットが働いて近道をしたということですね。それ以前に経験不足ということもあるでしょう。ささいなことならともかく、影響が大きいときにはひと悶着の始まりです。当たり前のことですが、影響が大きい意思決定を行なう際にリスクを下げるには、オートパイロットがおかす誤りをみつけてくれる仕組みが望まれるでしょう。そういえばウォーレン・バフェットも、自分の誤りを指摘してくれるパートナーのことをいつも自慢していますね。

最後になりますが、本書では、実際に起きた各種のできごとを題材に取り上げて話題を展開しながら、隠れた脳がどのように働いているかを検証・考察しています。著者がワシントン・ポスト紙のライターというだけあって、選んだ素材だけでなく、話しの進め方も上手です。翻訳もなめらかです。個人的には惹き込まれた一冊でした。

2012年6月11日月曜日

客観的に判断できる人の割合は?(マイケル・モーブッシン)

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資産管理会社の大手レッグ・メイソンといえば、以前は絶頂を誇ったビル・ミラー氏が有名でした。しかしここ数年の失敗の後、彼のファンドの看板はマイケル・モーブッサン氏に変わってきています。彼のための専用のWebサイトも用意されています。

モーブッサンはチャーリー・マンガーやウォーレン・バフェットの教えを踏まえているようで、彼の文章を読むと共感できるものがあちこちにみられます。ただし彼の場合は、より定量的に迫ろうとしている点が特徴的ですが、個人的にはそちらにはあまり近寄らないようにしています。

今回はモーブッサンの著書の翻訳『まさか!?―自信がある人ほど陥る意思決定8つの罠』から、心理学的な落とし穴のひとつを引用します。日本語の題名はともかく、個人的にはこの本も楽しんで読めました。

仕事にかかる時間やコストを見積もるのは難しい。正しく見積もれない場合というのは通常、時間とコストを少なく見積もりすぎるのだ。心理学者は、これを計画錯誤と読んでいる。大多数の人は何かを計画する時に主観的な視点でしか見られないのだ。自分や他人の経験から基準となる客観的なデータを得て、そこからスケジュールを立てる、といったやり方ができる人はわずか4人に1人であるという研究結果が報告されている。(p.35)


なぜ人々は客観的な視点を持たないのかについて。

周りの人間と比べて自分は特別で優秀であるとほとんどの人が思い込んでいるからである。(p.36)


チャーリー・マンガーも、自身を過大評価する傾向は人の判断を誤らせると指摘しています。できないことをできると考えれば失敗するのは当たり前ですが、なぜ人は自分のことを過大評価するのかという疑問は、興味深いテーマだと感じています。

なお、モーブッサンがこの秋に出す本のタイトルは『THE SUCCESS EQUATION』(成功するための方程式)。この本も期待して待ちたいと思います。

2012年5月27日日曜日

習慣を変えると連鎖反応がうまれる

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雑誌The Economist 2012/4/7号の書評で興味深いものがありましたので、一部をご紹介します。本の題名は『The Power of Habit』、習慣がもたらす影響力を取り上げたものです。(日本語は拙訳)

第二編では組織の話題が取り上げられている。著者のダヒッグ氏は、かなめとなる習慣をいくつか変えたことによって、経営陣が会社全体を変革できた例を紹介している。アルミ最大手のアルコアでは、ポール・オニールがゼロ災害を徹底させたことから始まり、同社を変革した。またスターバックスのハワード・シュルツは従業員に対して顧客サービスに注力するようにしむけたことで、同社は喫茶店業界の巨人となった。このように、かなめとなる習慣を変えると連鎖反応がうまれ、新たな習慣が組織全体へ波及するのみならず、他の習慣をも変えていくのである。

The second part of the book concentrates on organisations. Mr Duhigg shows how managers can change entire firms by changing a handful of “keystone habits”. Paul O’Neill transformed Alcoa, an aluminium giant, by aiming to establish a perfect safety record. Howard Schultz turned Starbucks into a coffee superpower by focusing his employees on customer service. Changing these “keystone habits” creates a chain reaction, with the new habits rippling through the organisation and changing other habits as they go.

成功している企業をみると、クセが強く感じられるところもあります。たとえば、ファナック、キーエンス、京セラといった企業はわかりやすいですね。しかし、そのクセはまぎれもなく企業文化にしみこみ、さまざまな習慣を生み出していることでしょう。そしてクセが強いほど他社は模倣しにくく、競争優位の源泉にもなっているのかもしれません(過去記事)。

「強いクセは、すなわちニッチである」と捉えれば、その企業が生き残るのかどうかを判断する材料にも使えそうです。

*

前回記事であげた問題の回答は「厚生労働省が推定に用いた数量はドッグフードの消費量であった」でした。引用元の本は『いかにして問題をとくか・実践活用編』です(p.82)。そういえば、我が家で猫を飼っていた頃にはペットショップにせっせと通い、サイエンス・ダイエットを買い求めていました。

2012年5月19日土曜日

心理学的な落とし穴を避ける考え方(チャーリー・マンガー)

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人が判断を誤る心理学的な要因を、チャーリー・マンガーは「誤判断の心理学」と銘打って説明しています(過去記事)。そして、それらの注意点を自分自身の考え方に組み込むには、ものごとを2段階で分析するのがよいと説いています。今回ご紹介する一説は短いですが、個人的にはとても重要なものと捉えています。(日本語は拙訳)

まず考えるのは、ある対象に興味をもつことになった本当の理由は何かということです。それは興味と関係するもので、かつ理にかなっている必要があります。そして次に、潜在意識下で何が影響を及ぼしているのかを考えます。これは、脳が無意識のうちに働いて起こることで、たいていは役に立っているのですが、間違えていることもよくあります。

First, what are the factors that really govern the interests involved, rationally considered? And second, what are the subconscious influences where the brain at a subconscious level is automatically doing these things ? which, by and large, are useful but which often misfunction?


具体的な例で考えてみます。興味の対象は、わたしが最近注目している銘柄、任天堂の株価です。同社の株価は現在10,000円を下回っています(5/18(金)終値が9,360円)。

では、初めの分析です。同社の株価に注目しているのはなぜでしょうか。その理由は次の2つの観点でみて割安と考えているからです。簿価の観点、それから収益還元法の観点です。簿価のほうは客観的な数字で表せますが、将来の収益予測は恣意的な判断に任され、不確実なものです。

次に潜在意識下の影響を分析します。なぜ株価10,000円が割安だと感じているのでしょうか。是非はともかく、自分の心の底をさらってみます。
  1. 同社に関するさまざまな情報を読み、理解したつもりでおり、新製品はそれなりに売れるだろうと考えているから。
  2. 岩田社長の人当たりのよい対応に好印象を抱いているから。
  3. ここ1年以上にわたって株価を監視してきた間に、半値まで下落したから。
  4. 最高値70,000円とくらべて、株価が大きく下落したから。
  5. Yahooの掲示板や世間の評価が否定的で、それらを逆張り指標と考えているから。
ここまで進めば、最後は逆ひねりの出番です(過去記事)。潜在意識が考えたことに誤りや落ち度がないか、検証します。上に挙げた1.と2.は心理学的な落とし穴かもしれず、判断を誤らせているかもしれません。そこで、客観的なデータなどで正当性を示す必要があります。3.から5.の要因は、最初の分析とは合理的な因果関係がないようです。単に、同社の株を買いたい気持ちを助長しているように思えます。これらの影響を割り引くにはどうすればいいのか。この場合もキーワードは「客観視」や「合理的」でしょうが、なかなか悩みどころです。

しかし、潜在意識をさぐるというのは自分自身のことだからか、難しいものですね。

2012年5月2日水曜日

TOPIX Core30ひとかじり(2)任天堂(2011年度決算説明会)

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当社のことを1月下旬に取り上げたときは、株価が10,000円に近づいていました(過去記事)。その後、市場の回復と共に株価は上昇しましたが、ここにきて10,000円近辺に戻ってきました。来期の業績予想がもうひとつだったからとのことですが、個人的には第一四半期もWii買い控えによる低迷が続くものと予想しています。

今回は、2011年度決算説明会での岩田社長の質疑応答から、マーケット・セグメンテーションの話題を引用します。チャーリー・マンガーも指摘する心理学的傾向のひとつが登場しています(過去記事)。

<A7 岩田社長>
新しいお客様を獲得しようとして重視した点と、ゲームを趣味としてお楽しみいただいているお客様に満足していただくために重視した点において、少し偏りがあり過ぎたために、「Wiiというゲーム機は自分たちのものではない」と感じられ、「少々魅力的なソフトが出ても遊んでみる気になれない」というムードをつくってしまったことも事実だと思います。今回、過去のニンテンドーDSやWiiの時と比べて、ニンテンドー3DSでは、いわゆるユーザー拡大型のソフトウェア展開が遅いように見えているということについては、ある程度考えてやっていることでもあります。最初にお客様が、「この機械は自分たちのものではない」と受けとめられた場合、後からその認知を変えることはとても難しいということを私たちは学んでいます。そのため、まず私たちは「幅の広さと深さを両立させたい」と申し上げてニンテンドー3DSやWii Uを展開し、ニンテンドーDSやWiiの時には幅の広さについては多くの方にご評価いただきましたが、奥の深さという点でみなさんに満足いただけたとは言い切れませんので、今度は奥の深さでも、幅でも満足していただきたいと考えています。そのためには、まず深さから始めようということがあり、今のニンテンドー3DSのソフト展開となっていますので、今後についてはこれから変わっていきます。この幅の広さと深さの両方を充実させることで、一つのプラットフォームでより幅広いお客様に満足していただけるようにしたいと思います。Wii Uで考えていることも基本的に同じです。そういうことを継続していった時に、世帯当たりのプレイ人数も多くなり、ユーザー人口の増加とともに、持続力のあるマーケットをつくることができるのではないかと思っています。今申し上げたような形でニンテンドー3DSやWii Uが今後どうなっていくのか、これからお目にかけたいと思います。

個人的には、Wii Uは戦略的にもっとも重要な製品として位置づけられている、と受けとめています。6月に開催されるE3での続報が楽しみですが、現在の株価にも少し魅力を感じます。10,000円は、やや割安と捉えています。

2012年4月18日水曜日

ぱっと考える、じっくり考える(セス・クラーマン)

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今回ご紹介するのは、ヘッジファンド・マネージャーのセス・クラーマンが投資家に向けて書いた2011年度の年次報告からで、おなじみの主題「判断の誤り」についてです。(日本語は拙訳)

心理学者のダニエル・カーネマンは経済学の分野で活躍しており、人の判断や意思決定における合理的モデルを開拓した業績に対して[俗に言う]ノーベル経済学賞を受賞しました。さらに研究を進めた彼が最近になって出版した作品も、注目に値するものです。題名は『ぱっと考える、じっくり考える』[邦訳は未刊行]。自分たちは常に合理的に行動していると考えている人が本書を読むと、がっかりさせられるかもしれません。ですが、カーネマンは人間を非合理な生き物だと決めつけているのではなく、人は常に合理的だと考えるのは現実には即していないと言っているだけです。カーネマンはこう考えています。「人の脳では2つのシステムが共存して働いている。システムその1は素早く考えるようにできており、日常的に入ってくる何百万もの情報に対して自動的に反応する。この反応はぱっとでてくるが、そこそこ信頼できるものだ。このシステムは友人と敵を見分けたり、無害な食べ物と有害なものを選り分けたりする。いつも使う道路を運転する際にも働いており、目的地に着いたときには何をどう運転してきたのか思い出せないぐらいだ。そう、システムその1は世の中で生きていくには欠かせないものなのだ。一方、システムその2のほうはじっくり考えるようにできている。システムその1は特に計算せずに2 + 2 = 4のような答えを出せるが、17 * 24のような問題にはシステムその2が必要になる。落ち着いて考えなければ解けないからだ」。

Daniel Kahneman, a psychologist who won the Nobel Prize in Economic Sciences for his work that challenged a rational model of judgment and decision-making, recently published a remarkable account of his intellectual journey: Thinking, Fast and Slow. The implications for those who believe that we are always rational actors are quite disheartening. Kahneman does not, by the way, brand people as irrational; he simply believes that the idea that we are always rational actors does not hold water. Kahneman thinks of the human brain as operating on two systems simultaneously. System One, the fast brain, is mostly on autopilot-responding to millions of inputs on a daily basis, forming quick and mostly reliable impressions. System One helps us discern friend from foe, or edible from poisonous. It controls our driving on a familiar highway, so that when we arrive at our destination, we hardly remember how we got there. We need System One to navigate the world. System Two is slow. System One knows that two plus two is, four without doing the math. System Two is needed to know what 17 times 24 equals', We have to slow down and think.


続いて、セス・クラーマンは、システムその1を使う場合の危険性に触れています。

システムその1を使って、簡単な問いではなく難解な問いに答えようとすると、失敗しやすくなります。物事を単純化しすぎることの危うさを示す例として、コリン・キャメラーという学者が最初に注目した「競合動向の軽視」という概念を紹介しましょう。これは、ある会社が自分たちの強みばかりに目がいってしまうと、実は競合他社も同じような力をつけていて、顧客をうばいとってきたり、いい商売の機会をみつけようと動くのを見逃しかねない、というものです。もうけ話が眠っているニッチをみつけるには、自分の能力を正しく見極めるだけではなく、競争相手の能力や意図のほうも考えることが不可欠なのです。これはビジネスでも投資でも同じことです。

When System One substitutes an easier question for a harder one, it is easy to make mistakes. Colin Camerer coined the concept of "competition neglect," which illustrates one of the dangers of oversimplification. When a business only focuses inward on its own strengths, it can miss the fact that its competitors may be equally strong and pursuing the same customers and business opportunities. Figuring out profitable niches to exploit-in business or in investing--depends not only on correct identification of your own capabilities, but also the capabilities and intentions of your competitors.


ダニエル・カーネマンは行動経済学の大家で、その手の本を読むたびにお目にかかる名前です。今回の引用で出てくる『Thinking, Fast and Slow』は遠からず翻訳されるでしょうから、楽しみに待つことにします。なお、題名の『ぱっと考える、じっくり考える』は私の勝手訳です。

2012年2月7日火曜日

専門家の予測能力は高いのか?

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今回も「競争優位で勝つ統計学---わずかな差を大きな勝利に変える方法」からの引用です。専門家の意思決定の質に関する孫引きになります。

専門家の直感が未来を予測する力については、これまで多くの研究がなされてきた。その結果は、専門家の直感に大きな信頼を寄せる人々にとっては少しばかり期待はずれなものだ。カリフォルニア大学バークレー校組織行動学教授だったフィリップ・テトロックは著書『専門家の政治判断、その真価を問う』で、専門家は一般的に思われているほど予測能力が高いわけではないと示唆している。彼は、専門家は自己の見解を述べたりプレゼンテーションをする方法には長けているが、それはどちらかというと表面的な要素にすぎず、客観的に見ると意思決定の質の面では往々にして物足りないと述べる。多くの場合その原因は、過剰な自信から目の前の問題に対する十分な検討を怠っていることにある。つまり、データを軽視し、綿密な調査よりも似たような場面での経験に依存する傾向にあるというのだ。

これが本章の教訓だ。優れた意思決定の根底には、例外なく何らかのデータと、特定の状況についての綿密な調査結果が存在する。その工程はスプレッドシートやコンピューターの分析結果としては残らないかもしれないが、あくまでも科学であって技ではない。(p.272)


この一文は専門家の持つ知見やテクニックを疑うものではなく、人間の脳に潜む落とし穴を指摘したものと捉えられます。特定の分野に特化するほど接する情報が見慣れたものになり、意思決定が短絡になる。チャーリー・マンガーが言うところの「疑念を払う傾向」の一面であり、また「自意識過剰の傾向(Excessive Self-Regard Tendency)」でもあります。ファインマンのやりかたも思い出されます。

2012年2月6日月曜日

(答え)戦闘機の防御性能を高めるには; 選択バイアスについて

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まずは、前回とりあげた問題の回答です。

調査の対象は戦闘から帰還した機体に限られているので、攻撃を受けた戦闘機の一部しか見ていないのだ。さらに重大な問題は、実は調査されていない戦闘機の方が重要なサンプルだということだ。補強が必要な箇所を特定するには、基地に戻れないほど致命的な損傷を受けた戦闘機を調査しなければならない。

これは選択バイアスの典型的な例だ。一部のデータにのみ着目したことで誤った結論を導いている。 (p.76)


正解された方が多いと思いますが、いかがでしたでしょうか。このように文書にまとめて改まった形で問題が提起されると、人は冷静に解決できるように思います。どこかのスイッチが入ってモードが切りかわり、バイアスがかからないよう注意するのでしょうか。一方、自分だけなのかもしれませんが、実生活で短時間で判断を迫られる場合には、問題解決がずっと下手になります。あとになってじっくり考えるとアイデアがわくのに、その場では出てこない。チャーリー・マンガーのいう「人は速やかに疑念を払う」を地でいっています。

本書に戻りますと、著者のジェフリー・マーは、バイアスを起こさないためにデータ収集の指針を記しています。以下に引用します。

軍関係者が帰還した戦闘機だけでなくすべての戦闘機を調査していたなら、機体の補強すべき部分についてかなり異なった結論に至っただろう。確証バイアス[参考記事1,参考記事2]と選択バイアスの具体例は、過去のデータを漫然と眺めるだけではいけないことを教えてくれる。肝心なのは過去のすべてのデータに目を配ることだ。もちろん、データとして適切なサンプルを選び出すことも重要である。

では、データが適切であるという確信を得るにはどうすればよいか。一言で言えば、データを見るときは一部ではなく、必ず全体を見よということだ。

(中略)

それでは、データ収集においてよく見られる失敗を避けるため、いくつかのルールを設けよう。まずは、これまでに述べたバイアスを回避するにはどうすべきか。確証バイアスを回避するには、自説を裏付けるデータだけでなく、あらゆるデータを客観的に検討することが重要だ。選択バイアスを避けるには、包括的なデータを揃える必要がある。意識的であろうとなかろうと、抽出されるデータは母集団の一部を無視したものであってはならない。どちらのバイアスについても、原則は可能なかぎり多くのデータを検討することだ。

だが、ここで興味深い問題が生じる。データの重みは一律ではないということだ。データには、それ自体は客観的かつ包括的であるのに、将来を予測する力をほとんど持たないものもある。そして、将来を予測する力こそが私たちがデータに期待する最も重要な特徴だ。データは将来の予測に役立つものでなくてはならない。 (p.77)


ただし、いかによいデータがそろっていても解釈するのは人間ですから、データ収集プロセスだけではバイアスを完全には回避できないと思います。意思決定の際にもバイアス回避の仕組みが必要ですね。

(2012/2/26追記)コメント欄に、raccoon様よりマンガーの「まるごと抜粋」があります。そちらも、どうぞご覧になってください。


2012年2月5日日曜日

(問題)戦闘機の防御性能を高めるには

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今読んでいる本『競争優位で勝つ統計学---わずかな差を大きな勝利に変える方法』は、統計の知識を駆使してブラックジャックで大勝ちをおさめたMIT出身のジェフリー・マーによるものです。客観的なデータの重要性を説くだけでなく、人間が陥りやすい心理上のバイアスについても触れています。今回は、同書からバイアスの一例を引用します。ちょっとした問いですので、どこが誤っているのかお考えになってください。答えは次回にご紹介します。

[第二次世界大戦において]アメリカ軍が帰還した戦闘機の損傷を調査したところ、「機体の部位によって敵の攻撃を数多く受ける箇所とそうでない箇所がある」ことがわかった。そこで、機体の銃痕のパターンの分析結果をもとに、戦闘機の防御性能を高めるため、攻撃を受けやすい部分を補強した。

いかにも理にかなっているようだが、この分析には明らかな欠陥がある。(p.75)

2011年12月27日火曜日

誤判断の心理学(1)報酬と懲罰からくる過剰反応(チャーリー・マンガー)

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はじめに、前回の答えです。次のサイトをごらんください。映像もあります。

これは賢い! 犬の糞を飼い主に持ち帰らせるために台湾政府が行ったこと

台湾政府といわず、どこかの自治体で継続して取り組んでみてほしい試みですね。このまま続けたときの行く末が気になります。

さて、本題になりますが、以前に予告した誤判断の心理学です。最初に挙げられたこの話題は7ページに渡るもので、25種類の中で最長の紙面を費やしています。チャーリーの強調しようとする想いが伝わってきます。(日本語は拙訳)

人間の心理学的傾向その1
報酬と懲罰がもたらす過剰反応
Reward and Punishment Superresponse Tendency

この傾向を最初にあげたのは、動機付けやその反対の邪魔立てが、人の認識や行動に大きく影響することを自分はよくわかっている、と誰しもが思い込んでいるからです。しかし、実のところはそうでないものです。例えば、私自身も同年代の中で動機付けが持つ力を理解している上位5%だと自負していたのですが、実際にはその力をいつも過小評価していました。毎年のように新しい発見に驚き、そのたびに動機付けの持つ威力にますます恐れ入るのです。

I place this tendency first in my discussion because almost everyone thinks he fully recognizes how important incentives and disincentives are in changing cognition and behavior. But this is not often so. For instance, I think I've been in the top five percent of my age cohort almost all my adult life in understanding the power of incentives, and yet I've always underestimated that power. Never a year passes but I get some surprise that pushes a little further my appreciation of incentive superpower.


動機付けの持つ力を示す例のお気に入りが、フェデラル・エクスプレスの話です。フェデックスが整然と業務を遂行するには、集荷センターの空港で毎晩、全ての荷物を向け先の空港へ迅速に移動させなければなりません。夜間作業が速やかに遂行できないと、顧客に対して定時配達を確約できなくなります。そこでフェデックスは夜間作業が適切に実行されるよう、力を注ぎました。自発的に動くよう、働きかけてみました。運任せにせず、あらゆることに挑戦してみました。そしてとうとう、誰かがすばらしい答えを見つけたのです。夜勤者の賃金を時給計算にするのが間違っている、経営者が望んでいるのは賃金計算の対象になる総時間を増やしたいのではなく、仕事が正しく速やかに終わることでしょう、と。そこで、賃金は夜勤シフト払いとし、輸送機への積荷がすべて終わったら帰宅してよいことにすればどうか、と考えたのでしょう。なんと驚いたことに、その通りになったのです。

One of my favorite cases about the power of incentives is the Federal Express case. The integrity of the Federal Express system requires that all packages be shifted rapidly among airplanes in one central airport each night. And the system has no integrity for the customers if the night work shift can't accomplish its assignment fast. And Federal Express had one hell of a time getting the night shift to do the right thing. They tried moral suasion. They tried everything in the world without luck. And finally, somebody got the happy thought that it was foolish to pay the night shift by the hour when what the employer wanted was not maximized billable hours of employee service but fault-free, rapid performance of a particular task. Maybe this person thought, if they paid the employees per shift and let all night shift employees go home when all the planes were loaded, the system would work better. And lo and behold, that situation worked.


「ばあちゃんのいいつけ」は、報酬の持つ威力を示すもうひとつの例です。強烈に効きますので、取り上げずにはいられませんでした。このいいつけどおりにやれば、自分を見事に律することができるようになります。たとえ、もう手に入れているものをごほうびにしても、です。心理学の博士号を持っているようなコンサルタントでも、企業組織の報酬システムを改善する際に経営層に対して、「ばあちゃんのいいつけ」に従って自分たちの日常業務を遂行するように助言することがよくあります。「ばあちゃんのいいつけ」とは、本来は子供に対するしつけで、デザートに手をつける前にニンジンを食べさせるものですが、ビジネスに置き換えると、重役たちが一日の仕事を進める順は、必須だけれど気の進まない仕事をまず片付けてから、ごぼうびとして快適な仕事に手をつけなさい、というものです。報酬の持つ威力を考えると、このやりかたは巧みで望ましいものです。

“Granny's Rule” provides another examples of reward superpower, so extreme in its effects that it must be mentioned here. You can successfully manipulate your own behavior with this rule, even if you are using as rewards items that you already possess! Indeed, consultant Ph. D. psychologists often urge business organizations to improve their reward systems by teaching executives to use “Granny's Rule” to govern their own daily behavior. Granny's Rule, to be specific, is the requirement that children eat their carrots before they get dessert. And the business version requires that executives force themselves daily to first do their unpleasant and necessary tasks before rewarding themselves by proceeding to their pleasant tasks. Given reward superpower, this practice is wise and sound.


一方、「懲罰」のほうですが、これも人の行動や認識に大きな影響を及ぼすものですが、「報酬」ほど柔軟ではないし、すばらしいものでもありません。価格協定を例に挙げると、そこそこの罰金しかかからなかった頃のアメリカでは、まあ普通のことでした。しかし、数社の有名企業の重役が高位の役職を解任されて監獄送りになってからは、価格協定は激減したのです。

軍隊ではもっと徹底していて、懲罰をもって行動を変えさせてきました。カエサルの時代のことですが、あるヨーロッパの部族では、集合の合図が鳴らされたときに配置につくのが最後になった者を必ず死刑とする慣わしがありました。こんな部族と戦いたがる者は、いやしないでしょう。またジョージ・ワシントンは、農民出の逃亡少年兵をみせしめに40フィートの高さに吊るしたものです。

Punishments, of course, also strongly influence behavior and cognition, although not so flexibly and wonderfully as reward. For instance, illegal price fixing was fairly common in America when it was customarily punished by modest fines. Then, after a few prominent business executives were removed from their eminent positions and sent to federal prisons, price-fixing behavior was greatly reduced.

Military and naval organizations have very often been extreme in using punishment to change behavior, probably because they needed to cause extreme behavior. Around the time of Caesar, there was a European tribe that, when the assembly horn blew, always killed the last warrior to reach his assigned place, and no one enjoyed fighting this tribe. And George Washington hanged farm-boy deserters forty feet high as an example to others who might contemplate desertion.


意思決定は意識的に行うだけでなく、無意識に誘導されてなされることもある、とチャーリーは別の機会で触れています。行動経済学や脳神経学の各種の研究結果はそれを裏付けていますが、読んだ本を失念してしまいました。手にとることがあれば、その際にはご紹介します。

ところで、犬の糞を片付けたときの報酬の期待値はどれぐらいなのでしょうか。50円ぐらいでしょうか。

2011年12月13日火曜日

振り返れない(ナシーム・ニコラス・タレブ)

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引き続き、思考の限界について、ナシーム・ニコラス・タレブの「ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」から引用です。マーケットが下げ始めてから一躍人気者になった彼ですが、奔放な書きっぷりには面食らいました。すべてではありませんが、彼の主張にはそれなりに納得させられる点もあります。

人は過去における過去と未来の関係に学ぶことができない。それが私たちの弱点になる。私たちが明日のことを考えるとき、昨日や一昨日について、それ以前にどう考えていたかは思い出さない。振り返れないという欠陥のせいで、自分の過去の予測と、その後実際に起こった結果の違いを学習できない。(下 p.50)

2011年12月11日日曜日

生き残ったものは誰か?

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先だって取り上げた話題「われわれが錯覚に捕らわれているとき」について、生物学的な面からの補足です。今回の引用は『人間らしさとはなにか?』という本からです。著者のマイケル・ガザニガはカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)の教授で、認知神経化学を専門にしています。

私たちが決断する前、選択肢を思いついた時点で情動が呼び覚まされる。それがネガティブな情動であれば、理性が分析を始める前にその選択肢は考慮の対象から外される。意思決定では情動が主要な役割を果たしている。(p.174)


ここまではチャーリー・マンガー他の観察と同様ですが、次の一文はその理由を簡潔に示しています。

進化の観点に立てば、生き残ったものはネガティブな合図により速く、つまり自動的に反応した者だった。(p.177)


つまり、ネガティブな情動が強く働くのは、多くの人間に共通ということになります。意思決定をする際の我々の「弱点」は、むしろ「本能」と呼ぶべきなのでしょう。

2011年12月2日金曜日

われわれが錯覚に捕らわれているとき

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晩年のファインマンと親交のあったムロディナウ氏の著作『たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する』から引用です。

われわれが錯覚に捕らわれているとき-そしてそのことで言うなら、何か新しい考えを抱いたときはいつでも-われわれはたいてい、その考えが間違いであることを証明する方法を探るのではなく、それが正しいことを証明しようとする。(p.279)


さらに悪いことに、われわれは自分の先入観を裏付ける証拠を優先的に探し求めるだけでなく、曖昧な証拠を自分の考えに有利になるように解釈する。(p.280)


以前にご紹介したチャーリー・マンガーの意見と似ていますね。

2011年10月25日火曜日

集団が個人より劣るとき

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経済学者が厳密なモデルを構築して答えを求めようとするさまを、チャーリー・マンガーは「物理学羨望症(physics envy)」と呼んでいます。経済のような複雑すぎる事象を、物理学のようなモデルを使って解こうとしても限界がある、という意味です。現在読んでいる本『なぜ経済予測は間違えるのか?』は、チャーリー・マンガーと同じような主張を展開しています。マンガー語録の副読本として興味深く読める同書から、今回は「人間の非合理性」について引用します。

カーネマンとトヴェルスキーは、長く共同研究を続ける間に、私たちは合理的に意思決定するという新古典派の前提に対してもろに疑問を投げかける結果をいくつか見出した。平均人なるものがあるとすれば、それには明瞭な心理的な偏りがあるのだ。たとえば、損と得に対する態度が対称的ではない―損に対する方がおよそ二倍敏感になる―ので、リスクは避けようとする。最近の出来事によって方向が偏るので、このところ市場が上昇していれば、その流れが続くものと予想する。変化を嫌い、所有しているものは、同等のものと交換するより手許に残す方を好み、長年信じていることを放棄するのを嫌う。極端なことが起きる可能性を過小評価し、そういう出来事に対処する自分の能力は過大評価する。

人が集まれば意思決定がもっと上手にできて、何らかの形で人はそうしていると思われるかもしれない。しかしカーネマンが明らかにするところでは、「ある集団の全員に同様の偏りがある場合、集団は個人より劣る。集団はもっと極端になる傾向があるからだ…多くの場面で、リスクシフトと呼ばれるリスクを冒すようになる現象がある。つまり集団は個人よりも危ない橋を渡りやすい」。集団は、楽観的になって、疑いを抑圧し、集団思考を見せる傾向もある。市場のようなもっと大きな非公式の集団では、これが群衆行動に置き換わる。投資家が一斉に市場になだれ込んだり引き上げたりするようなことだ。(p.129)


このところ、行動経済学や神経経済学の翻訳書がいくつか出ています。最近のものでは『あなたのお金と投資脳の秘密―神経経済学入門』が入門的な一冊かと思います。