僕らはこの24個の中に、確信するほどではないものの、初期化に必要な遺伝子があるかもしれないと予想していました。そこで24個を1個ずつ、レトロウイルスという遺伝子の運び手を使って、皮膚の細胞(正確には繊維芽細胞)に送りこんでみました。しかし、皮膚の細胞は初期化せず、ES細胞のような細胞はできませんでした。途方に暮れていたところ、ぼくと一緒に奈良先端大から京大に移ってくれた高橋君が驚くべき提案をしました。
「まあ、先生、とりあえず24個いっぺんに入れてみますから」
これがなぜ驚くべきことかというと、遺伝子を外から細胞に送りこんでも、ちゃんとその細胞が取り込んでくれる確率はそんなに高くなく、だいたい数千個のうち1個くらいの割合です。もし遺伝子2個同時であれば取りこまれる確率はもっと低くなる。まして24個なんてできるはずがない。そう考えるのがふつうの生物学研究者です。その点、もともと工学部出身の高橋君はふつうの生物学研究者にはできない発想ができたのだと思います。
実際に24個すべて入れたところ、なんとES細胞に似たものができました。(p.113)
わたしだったら、頭ごなしに確率的に考えてしまい、このような柔軟な発想はできないと思います。24個いっぺんに入れることで、予期せぬ相互作用が生じたのでしょうか。ビジネスの世界では「やってみなけりゃわからない」という言葉をきくことが多いですが、複雑な状況が手詰まりのときには実は有効な選択肢なのかもしれませんね。
そしてもうひとつ、工学部出身にふさわしい秀逸なアイデアが続きます。
24個の中に初期化因子があることは間違いありませんでした。しかし、その中の1個だけではないことも明らかでした。それでは2個か。しかし24個から2個を選ぶ組み合わせの数は24 * 23 ÷ 2で276通りもある。もし3個なら、24 * 23 * 22 ÷ 6で2024通り。こんなにたくさん実験できません。そう考えあぐねていたところ、またしても高橋君が驚くべき提案をしてくれたのです。
「そんなに考えないで、1個ずつ除いていったらええんやないですか」
これを聞いたとき、「ほんまはこいつ賢いんちゃうか」と思いました。24個から1番目の遺伝子を抜いて23個を入れる、次に2番目の遺伝子を抜いた23個を入れるという具合に、1個ずつ抜いていきます。もし本当に重要な遺伝子なら1個欠けても初期化できなくなってしまう。まさにコロンブスの卵のような発想でした。まあ、ぼくも一晩考えれば思いついていたとは思いますが。(p.114)
組合せの回数を減らす取り組みとしては、品質工学(タグチ・メソッド)がよく知られていますが、この高橋さんのアイデアも美しいまでに実学的ですね。個人的な経験を振り返ってみれば、こういうアイデアはいったん頭を冷やした後や第三者からだと出やすいものと感じています。
ところで、新聞を読まないこともあって、山中教授の人となりを知りませんでした。が、本書を読んだかぎりでは、いい意味で普通のおじさんらしい印象を受けました。それほど歳がいっていないせいでしょうか、まだ大きな仕事が残っているとの強い意気込みが感じられる方です。
2 件のコメント:
== No title ==
山中教授の関連記事で、
「私には2タイプの師がいる」として、一つ目の師として、仮説を否定する実験結果を逆に喜んだ大阪市立大の三浦克之教授ら恩師たちを挙げた。その上で「もう一つの師は自然そのもの。自然は予想しなかったことを教えてくれた」と話した。
という記事があるのですが、この「仮説を否定する実験結果を逆に喜んだ」というところが僕の心をとらえました。
頭脳的に優秀でも、これができない人が多いというか、ほとんどだと思うからです。
自分の能力の限界と、力が及ばない場の存在を認める勇気と、真実を愛する心がないとできないのだろうなと思いました。
== bfさん、ありがとうございます ==
bfさん、こんにちは。早々にコメントを頂き、ありがとうございました。
「仮説を否定する実験結果を逆に喜んだ」とありますが、自然科学の世界で冷徹なデータが提示されても受け入れがたいぐらいですから、投資のような「アート」な世界ではなおさらなのでしょうね。
山中教授には、これからいろんな出来事が待っているかと思います。ですが、彼はマラソンの愛好家でもあるので、自分の使命に向かって息長く取り組んでいかれるものと思います。
またよろしくお願いします。
それでは失礼します。
コメントを投稿