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2013年6月16日日曜日

「かなづちを手にした人」症候群(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによる講演『経済学の強みとあやまち』の5回目です。今回から「あやまち」の話題が始まります。チャーリー推奨のおなじみのやり方が登場しますが、今回の説明では他にはなかった重要な示唆が含まれています。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

さて、称賛するのはこれぐらいにして、批判のほうを押し進めることにします。経済学は多くの面でソフトサイエンスに属する他の学問領域よりすぐれているとみなされており、文明が果たした栄光のひとつです。ですから、経済学のあやまちをここで開陳するのは公平な扱いといえるでしょう。

経済学のなにが間違っているのでしょうか。

1) 致命的なまでに相互に関連していないこと。これは「かなづちを手にした人」症候群をひき起こし、数え上げられるものを重視しがちになる。

これから経済学に対して異議を申し立てていきますが、全体としての異議を理にかなった形で8つに分割してお話ししていきます。9つの異議ではないですよ。全体的な異議についてはアルフレッド・ノース・ホワイドヘッドが初期のころに、学問における各分野は致命的なまでに関連していないと述べています。こういうやつです。「教授たちときたら、別の分野のモデルをろくに知らない上に、他の学問と自分のものを総合することを考えようともしない」と。

ホワイトヘッドが好まなかったこのやりかたに現代的な名前をつけるとすれば、「イカレてる」といったところでしょう。そうです、このやりかたは完全に狂っています。他の学問分野の多くと同じで、経済学も偏狭すぎます。

このあやまちは、私がたびたび「かなづちを手にした人」症候群と呼ぶ状態を生みだす性質があります。これは「手持ちの道具がかなづちだけだと、あらゆるものが釘に見えてくる」という言い伝えからとったもので、すべての職業や学問分野、さらには我々の実生活のほとんどを見事なまでに台なしにしてくれるものです。この症候群を呈して見境がつかない状態となるのを避けるには、道具をまるごと一式取りそろえるしかありません。かなづちだけではなく、あらゆる道具ですよ。そのうえで、もうひとつ大切なことがあります。そういった道具はかならずチェックリスト形式で使うこと。必要なときには適切な道具がだまって飛び出してくれるだろうと思っても、そう簡単にはいきません。道具一式のチェックリストを思い浮かべ、順に試していくのです。そうすれば、他のやりかたではダメだった答えをどんどん見つけられるでしょう。この心理的な裏技は、自分の仕事を成しとげる際に役に立つものです。ですから、アルフレッド・ノース・ホワイドヘッドの失望がこめられた包括的な異議を制限することは、とても重要なのです。

Okay, now it's time to extend criticism instead of praise. We've recognized that economics is better than other soft science academic departments in many ways. And one of the glories of civilization. Now it's only fair that we outline a few things that are wrong with academic economics.

What's Wrong with Economics?

1) Fatal Unconnectedness, Leading To Man-with-a-Hammer Syndrome, Often Causing Overweighing What Can Be Counted

I think I've got eight, no nine objections, some being logical subdivisions of a big general objection. The big general objection to economics was the one early described by Alfred North Whitehead when he spoke of the fatal unconnectedness of academic disciplines, wherein each professor didn't even know the models of the other disciplines, much less try to synthesize those disciplines with his own.

I think there's a modern name for this approach that Whitehead didn't like, and that name is “bonkers.” This is a perfectly crazy way to behave. Yet economics, like much else in academia, is too insular.

The nature of this failure is that it creates what I always call man-with-a-hammer syndrome. And that's taken from the folk saying: To the man with only a hammer, every problem looks pretty much like a nail. And that works marvelously to gum up all professions and all departments of academia and, indeed, most practical life. The only antidote for being an absolute klutz due to the presence of a man-with-a-hammer syndrome is to have a full kit of tools. You don't have just a hammer. You've got all the tools. And you've got to have one more trick. You've got to use those tools checklist-style because you'll miss a lot if you just hope that the right tool is going to pop up unaided whenever you need it. But if you've got a full list of tools and go through them in your mind, checklist-style, you will find a lot of answers that you won't find any other way. So limiting this big general objection that so disturbed Alfred North Whitehead is very important, and there are mental tricks that help do the job.

2013年6月14日金曜日

確信をもって安全余裕を確保するには(セス・クラーマン)

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ファンド・マネージャーのセス・クラーマンの著書『Margin of Safety』からの引用です。今回は第6章「バリュー投資: 安全余裕の重要性について」(Value Investing: The Importance of a Margin of Safety)からご紹介します。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

安全余裕はどれだけあればよいのか。その答えは投資家ごとに異なりうる。悪運に見舞われたら、どこまで耐えられるか。[金利上昇などによって]ビジネスの価値が変動しても、どれだけ吸収できるか。自分がまちがっていたときに、どこまで辛抱できるか。そういったことは、各人が損失をどこまで許容できるかによって決まってくる。

投資先に対して安全余裕を見出そうとする投資家は、ごく一部である。株式のことを単に売り買いする紙切れとみなし、つねに全額投資している機関投資家は、安全余裕がとれていない。また市場動向や流行りものに付きしたがう欲深い個人投資家も、それと同様だ。ウォール街が売り出す商品や先進的な金融商品を信用建てで買う投資家には、きわどい思いをする未来が待っている。

適切な安全余裕とはなにかと問えば、バリュー投資家のあいだでも異論がある。大きな成功をおさめた投資家はバフェットもそうだが、無形資産の価値をますます重視している。無形資産には放送ライセンスや清涼飲料水の調合法といったものがあるが、そういった企業では事業を維持継続するのに追加投資を少しも必要とせずに、企業価値を成長させてきた過去がある。生みだされたキャッシュが、実質的にそのままフリー・キャッシュ・フローとなっている。

しかし私が考えるところ、無形資産には安全余裕がほとんどもしくはまったく存在しないという点で問題がある。例としてあげるとドクターペッパー/セブンアップの有するもっとも価値ある資産とは、同社の清涼飲料水を独特の風味に仕立てる調合法にある。そのような無形資産が同社の価値を有形資産比で高い倍率にしている。しかし風味を変更したり、競合他社に侵食されるといったまずい事態になれば、安全余裕は大幅に減少するだろう。

それとくらべて有形資産はずっと確実性のある価値であるため、投資家が大きな損失を負わないようにする役割をはたす。有形資産はたいていの場合、他の用途に使用できる価値を有しており、それが安全余裕となっている。たとえば小売りチェーン店が赤字になったときに、投資家としては会社を清算する、つまり売掛金を回収して、リースを移転し、不動産を売却する道を選ぶこともできる。一方、ドクターペッパーの味に消費者が興味を示さなくなれば、投資家の損失を吸収できるほどの有形資産は残されていない。

投資家が確信をもって安全余裕を確保するにはどうすればいいだろうか。まずは、どんなときでも事業の根底にある価値から大幅に割安な値段で買い、その際には無形資産よりも有形資産に重きをおくこと。(だからといって、価値ある無形資産を有する事業にすばらしい投資機会はみつからない、とは言っていない)。現在の所有状況を見直し、より割安なものに置きかえること。本質的な価値にみあった価格が付けられた時には、いかなる投資でも売却すること。そして他の魅力的な投資があらわれるまで、現金のまま保有することである。(p.93)

What is the requisite margin of safety for an investor? The answer can vary from one investor to the next. How much bad luck are you willing and able to tolerate? How much volatility in business values can you absorb? What is your tolerance for error? It comes down to how much you can afford to lose.

Most investors do not seek a margin of safety in their holdings. Institutional investors who buy stocks as pieces of paper to be traded and who remain fully invested at all times fail to achieve a margin of safety. Greedy individual investors who follow market trends and fads are in the same boat. The only margin investors who purchase Wall Street underwritings or financial-market innovations usually experience is a margin of peril.

Even among value investors there is ongoing disagreement concerning the appropriate margin of safety. Some highly successful investors, including Buffett, have come increasingly to recognize the value of intangible assets - broadcast licenses or soft-drink formulas, for example - which have a history of growing in value without any investment being required to maintain them. Virtually all cash flow generated is free cash flow.

The problem with intangible assets, I believe, is that they hold little or no margin of safety. The most valuable assets of Dr Pepper/Seven-Up, Inc., by way of example, are the formulas that give those soft drinks their distinctive flavors. It is these intangible assets that cause Dr Pepper/Seven-Up, Inc., to be valued at a high multiple of tangible book value. If something goes wrong - tastes change or a competitor makes inroads - the margin of safety is quite low.

Tangible assets, by contrast, are more precisely valued and therefore provide investors with greater protection from loss. Tangible assets usually have value in alternate uses, thereby providing a margin of safety. If a chain of retail stores becomes unprofitable, for example, the inventories can be liquidated, receivables collected, leases transferred, and real estate sold. If consumers lose their taste for Dr Pepper, by contrast, tangible assets will not meaningfully cushion investors' losses.

How can investors be certain of achieving a margin of safety? By always buying at a significant discount to underlying business value and giving preference to tangible assets over intangibles. (This does not mean that there are not excellent investment opportunities in businesses with valuable intangible assets.) By replacing current holdings as better bargains come along. By selling when the market price of any investment comes to reflect its underlying value and by holding cash, if necessary, until other attractive investments become available.


無形資産について少し手厳しい調子で書かれていますが、個人的にはチャーリー・マンガーのやりかたに組みこまれていると感じています。無形資産はあくまでもMoat(経済的な堀)を形成する要素のひとつととらえて、その潜在的な価値は確率的に判断する(順列、組み合わせ)考え方です。つまり無形資産の金額は何円かと定量的に判断するのではなく、利益の安定度や成長性といった事業の質を推定するために使うやりかたです。

ただし実際に銘柄を選定する際には、有形資産の状況はほぼ必ず着目するようにしています。当座資産(現預金+売掛金+有価証券)が総負債を大幅に超過していることを判断材料のひとつにしているためです。この点は、ベン・グレアムやセス・クラーマンの教えに近いものです。また自社株買いや買収用の資金準備という意味では、経営者の資質や行動力を問うウォーレン・バフェットの見方も含めています。

2013年6月12日水曜日

ニュートンは猫を飼っておった(物理学者 湯川秀樹)

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少し前に読んだ本『「湯川秀樹 物理講義」を読む』は、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹さんがおこなった3日間の特別講義を文字に起こしたものです。今回は印象に残った話題、既成の学問からなにかを学ぶときのもうひとつの視点、についてご紹介します。

しかし、うしろのほうを振り返ってみますと、そこに長い歴史というものがあります。この歴史というものは、すでに決まったものとして、誰がどうして、どういう理論が出来てきたかを学校で習う。そういう見方をしますと、それは皆決まっている、皆教科書に書いてあるじゃないかということになる。どの教科書を見まわしても、ちょっと表現の仕方が違っているだけで、本質的には何も違わんじゃないかということになる。早い話が、私たちも皆さんも、物理を勉強する手始めはニュートン力学であったわけです。その点、昔も今も変わらないですね。これは18世紀のいつごろからか、今日まであまり変わっていないだろうと思います。

そういうふうに見ますと、別に出発点は変わりないし、それから先もいろんな学問はちゃんと生きておりまして、なんとか学、なんとか学となっております。熱力学があったり、統計力学があったり、あるいは電磁気学があり、相対論もあれば量子力学もある。すべてこと決まっているように見えます。しかしそれらを創り出してきた人々について見ると、後人がそれから何を、どのように学び取ってきたか、何をくみ出してきたかということと、創り出した人がどういうふうに考えたかということとは違うんです。これをまったく同じだと思う人は試験勉強だけをしてきた人です〔笑〕。あるいはまた就職のために勉強してきた人です。本当に物理屋としてやっている人にとっては、それぞれが違うはずです。

私はこれから、私がどういうふうに、何を学び取っているかをお話するつもりですが、昔学び取ったこと、考えてきたこと、その同じことを現在になって考え直してみますと、また非常に違うわけです。そこにはもはや既成の事実しかないんだというふうに見るのは非常に表面的な見方ですね。(p.10)


問題解決の手法として、トヨタの「なぜなぜ」を5回繰り返すやりかたは有名です。偉大な先人がどのように考えたかという意味で、湯川博士も同様のことを指摘しているように感じられます。

もうひとつ。こちらはおまけで、ニュートンの逸話です。なお動物に対するニュートンの感情は、以前読んだ本でもとりあげられていました(過去記事)。

ニュートンも錬金術にはすごくこっていたんですよ。ニュートンがやったのは何かというと、光学の本を書きまして、それに力学、錬金術、そして神学の4つの部分に分けて考えられます。神学というのとはちょっと違いますが、つまり聖書年代学です。バイブルに書いてあることは全部本当である。その年代を明らかにする--そういう学問です。まあ、古代史みたいなものですね。残された文献から見ると、文献の数としてはそれほど多くないかもしれないが、しかし実際それに費やした時間は多分ほかのものよりも多いのです。

皆さん、非常におかしいとお思いになるでしょう。しかし、おかしいのはおかしくないんであって〔笑〕、もし彼が何か物理学者の理想像にぴったり当てはまって、それ以外の夾雑物[きょうざつぶつ]を持たない人であったとしたら、それは実在性がないということです〔笑〕。私は昔、ニュートンという人は実に実在感のない人だと思っていたんです。ニュートンとはどういう人かというと、年がら年じゅう勉強ばかりしている人だと思っていたんです。しかし、年がら年じゅう勉強ばかりしている人というのはどこにも存在していないのです〔笑〕。

私の小さいころに、ニュートンという偉い人について、いろんな本に書いてあった逸話が2つあります。一つはですね、彼、一生懸命に勉強しておってですね、お腹が空いてきたから、卵を鍋にほうりこんだところが、卵でなくて時計が茹で上がっていたという話です。つまり、われを忘れて勉強しておる。模範的な学者である〔笑〕。皆さんももっと勉強しろ、それくらいにならなきゃ偉くなれないぞという話です。もう一つの話も似ておりまして、彼は猫を飼っておった。猫が隣に行くのに、通路として塀に穴をあけておいてやった。その猫が赤ん坊を生んだら、子猫のためにもっと小さな穴をあけてやった、という話です。この2つの逸話は非常によく似ている。そのくらい迂闊でないと偉い学者になれない〔笑〕。(p.14)

2013年6月10日月曜日

やっかいごとはどんどん押し付けろ(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによるハーヴァード・ウェストレイク高校での講話その15です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

ところで最近の危機で生じた問題に対して政府が動き、あらゆるものを国有化したのは完全に正しかったと思います。そうしなければならない問題だったのです。しかし、融資が受けられる資格を付与する手続き全体が見直される様子は、少しもみえていません。それどころか、お金がなくても教育を受けられますよ、融資してもらえますから、と教えている状況です。営利目的の教育機関の場合でも同じように多額の融資がされています。あまり勉強をしないし、それほど返済できない人に対してそういった融資をするのは、馬鹿げています。将来の見通しがたたない人でも見込みのある人と同じように融資を受けられるべきだ、と考えるかもしれません。しかしインドではそんなことはしませんし、中国や日本でもそうです。これはアメリカでおきている現象なのです。あやまった望みを抱かせたことで、多額の不良債権をかたづけるために莫大な損害がもたらされるのは明白です。とんでもないやっかいごとが生まれるだけでなく、責任感という心を堕落させています。これは非常に重要な問題ととらえるべきです。

ここまでふれてこなかった話題をもうひとつ、アメリカの偉大な哲学者チャーリー・フランケルについてお話ししましょう。彼は暴漢に襲われたことがきっかけで死に至りました。彼はマンハッタンに住んでいましたが、結局は現在とは異なる時代だったのです。襲撃死する前の彼は、責任に関する思想を築いていました。ある人の決定によって物事の行く末が決まるとき、その軽重に応じた責任をシステムに課すべきだ、とチャーリー・フランケルは考えていました。いまの融資システムは、嘘やたわごとを言う人に対していつでもただちに貸出しを取りやめるようになっていない、貸出しの質がどうであれ責任をとっていない、としていました。そのような行為は倫理に欠けており、システム自体が無責任だ、とフランケルは考えていたのです。たとえてみれば、ブレーキがおかしいとわかっているのにそのまま自動車を売るようなものです。そんなことはすべきでありません。我々がこうしてすごしている現代は、無責任なシステムのことをだれも気に留めない時代です。合法的なビジネスならば、他人へやっかいごとをたくさん押しつけられるほど望ましいわけです。ただし神はそれを知ろしめしていますよ。本物のゲームをさしおいて、この世はとうとう椅子取りゲームのようになってしまいました。音楽がやんだ時に椅子がひとつ不足するゲームです。この「新」椅子取りゲームでは、だれにも時間はたっぷりあるし、座る場所は床の上でよいのです。もちろん、これは我々自身が生みだしたものです。いつになるかはわかりませんでしたが、いずれこうなることは歴然としていました。これは極めて重大な認知上のあやまちで、我々の社会全体を激しく貫いています。ただし、みんなが問題だというわけではありません。そうだとしたらこのアメリカ社会は、当然ながら崩れ落ちていたでしょう。

I think the government was totally correct, by the way, given the problems of the recent crisis, to just nationalize the whole thing. They had to and we've got the problem, but there is very little taste that I see toward really changing the whole thing of making lending an entitlement process. But boy, teaching people they don't really have to pay and a lot of the credit being given for education, a lot of it in for-profit education. [This] is very foolish credit given to people who are never going to learn much and never going to pay much. But you know people feel that people with no prospects ought to get the same type of credit as people with prospects. They don't do this in India, they don't this in China, they don't do this in Japan. I mean, this is an American phenomenon and of course, I think it does enormous damage to shovel out a lot of dumb credit, raising false hopes. I think it creates ungodly messes and it degrades human responsibility and that is a very important subject.

Another thing that is never discussed any more is my idea of one of the great philosophers of America who was Charlie Frankel. He was mugged to death in due course because, after all, he lived in Manhattan in a different time. Before he was mugged to death, he created this philosophy of responsibility. He said the system is responsible in proportion to the degree that the people who make the decisions bear the consequences. So to Charlie Frankel, you don't create a loan system where all the people who make the loans promptly dump them on somebody else through lies and twaddle, and they don't bear the responsibility when the loans are good or bad. To Frankel, that is amoral, that is an irresponsible system. That is like selling an automobile with bad brakes and you know the brakes are bad. You shouldn't do it. Well, we've just been through a period where nobody gave a damn about an irresponsible system. If you can engage in business in some lawful way and dump trouble on somebody else through God knows what techniques, the more the merrier. It finally got to be like musical chairs, except in musical chairs, you are only one chair short when the music stops. In the new form of musical chairs, everybody has a hell of a time and is sitting on his ass on the floor. Of course, that is what we created and it was perfectly obvious that something like this was bound to happen although we didn't know when. So this is very, very significant cognitive failure and it has just shot through pretty much through the whole civilization. It isn't everybody. If it were, the civilization would perish and it would deserve to.

2013年6月8日土曜日

株式を判断するのに使う指標(ウォーレン・バフェット)

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2013年5月開催のバークシャー・ハサウェイ年次株主総会のトランスクリプトから引用します。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問37:シアトル在住の株主> 株式を判断するのに、どのような定量的指標を使っていますか。

<ウォーレン・バフェット> われわれは株式という切り口ではなく、つねにビジネスを買うという観点でみています。バスケットボールのコーチなら身長が7フィート[≒213cm]以上の選手をさがすように、事業に応じてちがう数字で判断しています。ただしわれわれには深く考察できないものもありますし、わからないことがあるのも承知しています。ときには、それによって考え直すこともあります。バンク・オブ・アメリカの件では、風呂に入っていたこと自体は重要ではありませんでした[案件をひらめいたときの場所]。同行について書かれた本"Biography of a Bank"を50年ほど前に読んだのですが、すばらしい内容でしたよ。保険業界をみるときとイスカル[買収した切削工具メーカー]とでは違った観点で考えますし、ブランドがものをいう業界となれば、また別の見方になります。コークのようにうまくいくブランドもあれば、そうでないものもありますね。風呂に浸かっているときにバンカメはいい投資かもしれないと思いあたり、電話をかけたのです。そのときは、PERやPBRを厳密に計算したわけではありません。会社が5年後にどうなっているかを考え、価格と現在価値がかい離していると思ったのです。

<チャーリー・マンガー> 何かの指標にもとづいて株を買うやり方はよくわかりませんね。知りたいのは、ある企業が実のところどのように機能しているかです。ウォーレンはコンピュータを使ってスクリーニングしていますか。

<ウォーレン> いいえ、どうやるのか知らないのですよ。ただしスクリーニングは使っていませんが、別の意味であらゆるものをふるいにかけています。だれかが提示してくれたかのように、あらゆるものについて考えるようにしているわけです。5年,10年後にどうなっているか、どこまでそれを確信できるか、そして価格にどれだけ織りこまれているか、ということをです。われわれでは答えがだせなかったり、未来がうまく見通せないと感じるビジネスも数多くあります。自動車業界をみてきて50年になりますが、あれは非常におもしろいビジネスですね。

<チャーリー> 10年後のBNSF[買収した鉄道会社]は競争優位を手にしているでしょうが、アップルや石油会社がどうなるかは我々には判断できないですね。

数学の得意な人は、数字を追いかけることで答えを見つけられると考えがちです。やるべきことは競争する上での企業の立ち位置を理解することで、そんなに簡単ではないですよ。必要なのはビジネスを知ることで、数学ではありません。

<ウォーレン> ベン・グレアムから教わったやりかたとはちがいますね。数字だけをみることになっていたら資金をうまく運用できていたか、なんともいえません。

<チャーリー> きっとお粗末な結果だったでしょうな(笑)。

Q37, Station 1: Seattle. Which quantitative metrics to judge a stock?

WB: We aren't looking at the aspects of stocks, but always are buying a business. If you were a basketball coach, you can look for all seven-footers. We look at different numbers for different businesses. We see certain things that shut out to us to look further. We also know what we can't know. Often we have a fact that slips back in which causes us to change our mind. The bathtub wasn't the central factor for Bank of America. I read a book 50 years ago, Biography of a Bank, a great book. We have certain things we look for in insurance. We have things that we think about which is different when we think about Iscar. There are things we think about when dependent on brands. Some brands travel well, like Coke, some don't. In the bath, I thought Bank of America might be good idea, so I gave him a call. It is not because I calculated some precise PE or book value ratio. I have some idea of what company will look like in 5 years, and there is a disparity between that price and today's value.

CM: We don't know how to buy a stock based on ratios. We need to know how a company actually functions. Do you use a computer to screen anything?

WB: No I don't know how to. We don't really use screens but we are really screening everything. We look at it just as if someone offered us the whole thing, and what will it look like in five to ten years, and how sure of it we are and if it is in the price. There are a lot of businesses that we just don't know the answers to and feel that we can't foresee the future well enough. We have watched the auto business for 50 yrs. It is a very interesting business.

CM: BNSF will have a competitive advantage in 10 yrs. We don't know that about Apple or an oil company.

CM: People who are good at math look for numbers and think they can find an answer. You need to understand a company's competitive position, but it isn't that easy. It isn't math, you need to need to know the business.

WB: Not what I learned at Ben Graham. Not sure whether I would know how to manage money if I just had to look at the numbers.

CM: You would do it poorly. [laughter]

蛇足になりますが、ある石油会社が気になったことをきっかけに、石油業界を勉強しつづけています。今回引用したチャーリーの指摘は耳が痛いです。

蛇足その2です。昨日7日(金)は手持ちの日本株がそれなりの水準まで下落したため、わずかな金額ですが、売却してきた株を買い戻したり、買い増しをしました。割安と判断した指標はPERとPBRです。チャーリーの教えにことごとく背いているようで、微妙な思いがあります。