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2015年4月26日日曜日

エクソンモービル前CEO;短期の価格予測は重視しない(『石油の帝国』)

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投資候補として石油ガス業界に注目していることもあり、業界の筆頭企業エクソンモービル社を取りあげた著書『石油の帝国』を少し前に読了しました。同社や業界環境を知ることができたのはもちろんですが、ある種のエンターテイメントとしても楽しんで読めました。同社のことは以前から「あつかましい企業」の最右翼とみなしていました。本書を読み始めてもその通りで、むしろ想像していた以上にあつかましい企業行動の描写がつづきます。主役がアンチヒーロー的な存在なので感情移入しづらく、読みにくさをはらんでいる反面、サスペンス小説や映画のような展開が目白押しで、意図せずして話に引き込まれました。そしてある話題では当社を応援している自分に気づき(ベネズエラの案件)、著者の巧みな文章と構成に感心させられました。

今回は同書から一部を引用します。はじめは、同社の社風を表した3か所の文章です。

エクソンのように世界的に散らばった事務所や製油所、油田等で何万人もの従業員を抱えた大規模で多様性に富んだ会社においては、「規律ある結果を得るための唯一の方法は、やりすぎるくらい徹底することだ。つまり、机をたたき脅しをかけなければ、これだけ大規模な従業員たちは易きに流れ、凡庸な結果しか残せない」と彼は考えた。[前CEOのレイモンド氏](p.46)

ブッシュ政権による野心的なエネルギー外交が開始されたころのエクソンモービルのプーチン政権との関係はこのような状態だった。サハリンは成功裏に船出した。しかし、そこには条件をめぐる厳しい闘いがあった。ロシア流の脅しとはったりによる交渉カルチャーは、エクソンモービルが得意とするものでもあった。エクソンモービルとロシアは、似た者同士だった。初期の厳しい交渉姿勢こそがプーチンをサハリンに歩み寄らせた、と幹部たちは確信していた。(p.257)

ブッシュは、アメリカ政府は石油外交としてプーチンの再交渉要求を押し返す用意がある、と言った。ティラソン[現CEO]は大統領に謝意を表したが、その後、ワシントン事務所を通じて、手出しをしないことを要望する、とブッシュ政権に伝えてきた。エクソンモービルのKストリート事務所がホワイトハウスに伝えたことは、要するに、プーチンは我々が相手にしている各国元首の中では比較的おとなしいほうであり、自分たちで処理したほうが上手くいく、ということだった。(p.417)

もうひとつは、同社による需給予測や価格予測についてです。なお同社のWebサイトでは一般向けの需給予測資料『The Outlook for Energy: A View to 2040』[PDF]を公開しています。わたしも参考にしています。

エクソンモービルの経営戦略企画部門の書庫には、1940年代ごろからの、エネルギー需要と石油価格についての20年予測が所蔵されていた。(中略)分析の結果判明したことは、1980年代に、エクソンの予測担当者たちは将来について半分正しく半分間違っていた、ということだった。彼らは、2000年の世界のエネルギー消費量見通しについては、わずか1パーセントの誤差で正確に予想していた。特筆すべき成功だった。しかしながら、石油価格の見通しについては大きく外していた。1970年代の急変動や高騰を踏まえて予想した価格トレンドは高すぎた。この失敗を分析してみて、レイモンドたちは2つの結論にたどり着いた。1つ目は、新たな油層の発見を助ける技術革新をあまりにも軽視していたことだった。これがグローバルな供給を増やし価格を抑えていた。2つ目は、地政学的な変化が石油価格に及ぼす影響が非常に大きいため、需要と供給の均衡のみに依拠した通常の価格見通しは現実的ではない、ということである。(中略)「我々は短期の価格予測はできない。ではどうやってビジネスをするのか?」レイモンドは同僚に尋ねた。答えは、「堅実でムラなく管理すること、そしてファンダメンタルを正しく保つようにすることだ」と返事が返ってきた。価格を予測することよりも、レイモンドは量を予測することに力を入れた。世界の消費者が必要とする石油その他エネルギー資源の量及び供給可能な量である。(p.304)

蛇足の話題です。上の文章で「あつかましい」企業と書きましたが、これは私企業が存続発展する上での必要条件ととらえています(少なくとも一時的には)。社会人道的には称賛しかねるものの、生物学的な見方をすれば「あつかましさ」が種(しゅ)の相対的な適応度を高めると考えるからです。名を成した大企業をあげれば、それぞれのニッチで「あつかましさ」を発揮した歴史が思い当たります。従業員に対して(京都系等の部品メーカー)、下請け企業に対して(自動車OEMメーカー)、国民に対して(大銀行)、世界に対して(エクソンやロッキード・マーティン)、パートナー企業に対して(任天堂)、競合他社に対して(マイクロソフトやインテル)、消費者に対して(製薬・嗜好品メーカーや公益企業)、子会社のCEOをよいしょして(ウォーレン・バフェット)。大切なのは「あつかましさ」が度を越さないことです。いかにして変曲点のこちら側に踏みとどまるか。経営をアートと呼ぶのもそのひとつだと思います。

2015年4月24日金曜日

報告利益を合法的に5倍にする方法(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講演「2003年に露呈した巨大金融不祥事について」の5回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

かねてより金融面で抜け目のなかったクァント・テック社の新たな経営者らには、即座にわかったことがありました。驚くべき特異な会計慣行と所得税の法令に従えば、単純な行動をとるだけで同社の報告利益を増大できる、驚くほどに大きな機会があったことです。クァント・テック社の年間費用のうち、インセンティブ・ボーナスが大きな部分を占めていました。その事実が「現代的な金融工学」を発揮するまたとない機会をもたらしました。

彼らからすれば、クァント・テック社の従業員向けストック・オプションの行使益を、4億ドルになるインセンティブ・ボーナス費用全額と置き換えるなどは、容易にみてとれるものでした。付与するオプションの代金を支払った上で、浮いたボーナス用の現金を費やしてオプション行使時に発行される全株式を買い戻すのです。そしてその他一切は元の状態を保てば、つまり発行済み株式数は同じまま、1982年度のクァント・テック社の報告利益をなんと1億ドルから400%増の5億ドルまで増加させることが可能でした。そのため、従業員向けストック・オプション行使益をインセンティブ・ボーナスと置き換える作業に着手することは、新任経営者らからすれば当然正しい策略だと思えたのです。受け取るボーナスが現金であろうと、あるいは事実上完全に現金と同じものであろうと、数字の得意なエンジニア集団がその違いを気にすべき理由があるでしょうか。どのような計画が望ましいとしても、そのような変更をお膳立てする作業が困難なものだとは思えませんでした。

しかし、新たな策略を実行するには一定の注意と自制が望まれると認識するのも、これまた新任経営者らには容易なことでした。新たな企てを単年度内で進めすぎるのは、当然ながらクァント・テック社の会計士から抵抗されたり、別のところから望ましくない反対が起こることになりかねません。少なくとも彼ら新任経営者にとっては、金の卵を産んでくれる大変な能力を持つガチョウです。それを殺してしまう恐れがありました。つまるところ彼らのとるべき策略とは、報告利益を増加させるために真の利益に対して「まやかし」の利益の部分を加えるにとどめる、とするものでした。「まやかし」とは、策を講じて増加した部分の報告利益は、ありがたい本物の経済的成果としてクァント・テック社が享受できるものではない、という意味です(期末の在庫を過剰評価するのと同じように、詐欺的な効果が一時的にもたらされますが、それは含みません)。新任のCEOはこの魅力ある慎重なやりかたを、ひそかに「賢明にも抑制された偽り」と呼びました。

Quant Tech's new officers, financially shrewd as they were, could see at a glance that, given the amazingly peculiar accounting convention and the sound income tax rules in place, Quant Tech had a breathtakingly large opportunity to increase its reported profits by taking very simple action. The fact that so large a share of Quant Tech's annual expense was incentive bonus expense provided a "modern financial engineering" opportunity second to none.

For instance, it was mere child's play for the executives to realize that if in 1982 Quant Tech had substituted employee stock option exercise profits for all its incentive bonus expense of $400 million while using bonus money saved plus option prices paid to buy back all shares issued in option exercises and keeping all else the same, the result would have been to drive Quant Tech 1982 reported earnings up by 400 percent to $500 million from $100 million while shares outstanding remained exactly the same! And so it seemed that the obviously correct ploy for the officers was to start substituting employee stock option exercise profits for incentive bonuses. Why should a group of numerate engineers care whether their bonuses were in cash or virtually perfect equivalents of cash? Arranging such substitutions, on any schedule desired, seemed like no difficult chore.

However, it was also mere child's play for the new officers to realize that a certain amount of caution and restraint would be desirable in pushing their new ploy. Obviously, if they pushed their new ploy too hard in any single year, there might be rebellion from Quant Tech's accountants or undesirable hostility from other sources. This, in turn, would risk killing a goose with a vast ability to deliver golden eggs, at least to the officers. After all, it was quite clear that their ploy would be increasing reported earnings only by adding to real earnings an element of phony earnings - phony in the sense that Quant Tech would enjoy no true favorable economic effect (except temporary fraud-type effect similar to that from overcounting closing inventory) from that part of reported earnings increases attributable to use of the ploy. The new CEO privately called the desirable, cautious approach "wisely restrained falsehood".

2015年4月22日水曜日

人間は戦士型か心配性型のどちらかである(『競争の科学』)

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何回か前の投稿でご紹介した『競争の科学』から再び引用します。前回は女性の判断能力に関する話題でしたが、今回はその神経科学的なメカニズムを取りあげた箇所です。

はじめは、ドーパミン処理能力に個人差がある話題です。
身体はCOMTタンパク質をつくる際、遺伝コードに従って、数百もの連鎖するアミノ酸を形成する。コドン158に到達すると、遺伝コードが指示する2つのうちのどちらかのアミノ酸がつくられる。人によって、数百ものアミノ酸配列の158番目に位置するCOMTが、バリンのタイプと、メチオニンのタイプがある。

この1文字のコード、この1つのアミノ酸の違いが、人のCOMTが働き者か怠け者かを決定している。働き者のCOMTは、怠け者よりも4倍も速く動く。働き者のCOMTはバリン、怠け者のCOMTはメチオニンで作られる。(中略)

ストレスが生じると、前頭前皮質のシナプスには大量のドーパミンが溢れる。基本的に、ドーパミンは脳にとって必要なものである。それは神経の増幅器や充電器に相当するものだ。だが、ドーパミンが多すぎると、過負荷になってしまう。

高速のCOMTを持つ脳は、ストレスをうまく処理できる。COMTが余分なドーパミンを素早く取り除くことができるからだ。

低速のCOMTを持つ脳は、ストレスをうまく処理できない。COMTが余分なドーパミンを簡単には除去できないからだ。脳はストレスによって過度に興奮し、うまく機能できなくなってしまう。

ここまでの説明だと、速いCOMTがすべてにおいて良いもので、遅いCOMTは悪いものであると思うかもしれない。だが、実際はそうではない。どちらが良いか悪いかは、ストレスを感じているかどうかによって決まる。

速いCOMTはごく短期間で機能するため、強いストレスのない平常時でも、正常に放出されているドーパミンを除去してしまう。そのため、これらの速いCOMTを持つ人は、標準的なドーパミンレベルが慢性的に低くなる。燃料室に十分なガソリンがない状態だ。前頭前皮質は機能するが、それは最適なものではない。精神を最適なレベルで機能させるためには、ストレス(とドーパミン)が必要になる。これらの人々は、最善に機能するためには、締め切りや競争、重要な試験などの、ストレスが必要なのである。

遅いCOMTはドーパミンを除去する能力が低い。だがこれは、強いストレスを感じていないときには、有利な働きをする。ドーパミンレベルが高く保たれ、前頭前皮質に満タンのガソリンが供給されるために、最適なパフォーマンスが可能になるのだ。特別な日を除けば、遅いCOMTを持つことはメリットになる。だがストレスとプレッシャーに直面し、ドーパミンが大量に放出された場合、問題が生じる。(p.101)

次は、心配性型が実は攻撃的かもしれない点について。
人間はすべて、戦士型または心配性型のどちらかであるという科学的な主張がある。ドーパミンを素早く除去する酵素を持つ人は戦士型で、恐怖や苦痛などの脅威に直面しつつも最大限のパフォーマンスが求められる環境にすぐに対処できる。ドーパミンの除去に時間がかかる酵素を持つ人は心配性型で、起こりうる事態について、事前に複雑な計画や思考をする能力がある。戦士型と心配性型のアプローチはどちらも、人類が生き残るために必要なものであった。

一見、戦士型の方が攻撃的だと思われるが、実際にはそうとも言えない。心配性型は平常時のドーパミンのレベルが高く、攻撃的反応の閾値の近くにいる。こうした人は神経質であり、感情を爆発させやすい。簡単に腹を立てるし、感情を表に出す。だがその攻撃性が効果的なものだとは限らない。「適切な攻撃性」とは、他社の攻撃的意図を正確に読み取り、解釈し、それに対処することである。心配性型は、相手にその意図がないときに攻撃性を見いだし、相手にその意図があるときに攻撃性を見逃してしまう傾向がある。一方の戦士型は、現実への備えができている。(p.103)

最後は、ドーパミン処理能力の男女差についてです。
ローアン・ブリゼンティーン博士は、著書『The Female Brain(女性の脳)』のなかで、エストロゲンをホルモンの女王と呼んでいる。曰く、エストロゲンは「パワフルで、状況をコントロールし、人を没頭させ、ときにはビジネス一辺倒で、ときには積極的に男を誘惑する女である」。エストロゲンは主要な女性ホルモンだ。それは意欲や野心を高める。

エストロゲンは、細胞内に入り込み、大量の遺伝子の転写を制御することで作用する。

そのうちの1つがCOMT遺伝子だ。

COMTプロセスに対するエストロゲンの効果は極めて劇的だ。その女性がどちらの遺伝子型かにかかわらず、それはドーパミン再吸収の速度を30%遅くする。

そのため、女性のドーパミンの基準値は男性よりも高くなる。特に排卵前と月経前の、月に2度のエストロゲンのピーク時はそうである。これにストレスが加われば、女性は簡単にドーパミン過負荷になってしまう。一般的に知られている男女の性格や行動の違いは、ストレスのもとではさらに際立つようになる。その一部は、こうしたドーパミンのレベルの違いによってもたらされるものなのである。(中略)

ライトホールとマザーは、今度はゲーム中の被験者の脳をスキャンしながら同じ実験を行い、「ストレスは男性と女性に反対の影響を及ぼす」と結論づけた。女性の場合、ストレスを感じると、脳の感情を司る部分が活性化し、それによって意思決定が混乱していた。だが男性には、感情の高まりは見られなかった。男性は、ストレスによって冷静な判断をするようになっていたのである。

ライトホールらは、脳の後部に位置する視覚大脳皮質に注目した。この領域は、相手の細かな表情から感情を読み取ることに関連している。女性がストレスを感じている場合、この領域は著しく活性化した。しかし男性の場合、この領域の活動は抑制されていた。

つまりストレス下では、男性の脳は感情的な合図を無視し、女性の脳は感情的な合図を探し求める。ライトホールとマザーの研究から学べる教訓は、女性と男性は異なる方法でストレスに対処しようとするかもしれないということだ。(p.113)

「心理学は他の学問と統合して研究するように」とは、チャーリー・マンガーがたびたび繰り返す主張です。今回引用した箇所では、その重要性がはっきりと表れています。他方、こういった学問的知見は世知のひとつとして人生の各種局面で活用できるはずです(以前とくらべると、力説できるようになりました)。それは投資戦略においても同じだと思います。この手の本は学術的な成果をわかりやすい形で示してくれるので、ありがたい本です。

2015年4月20日月曜日

価値評価の実例:エスコ・エレクトロニクス社(セス・クラーマン)

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前回から間隔があきましたが、マネー・マネージャーのセス・クラーマンの著書『Margin of Safety』、第8章の価値評価に関する話題のつづきです。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

エスコ・エレクトロニクス社を題材にした、証券の価値評価の実演

ここで証券の価値を評価するプロセスの具体的な例をあげてみたい。その対象は、軍需企業のエスコ・エレクトロニクス社である。同社は1990年10月にエマーソン・エレクトリック社から分離された。その際にエスコ社の株式は、エマーソン社の株主に対して無償で交付された。エスコが競っている領域はさまざまな国防関連の領域にわたり、電子機器、兵器、測定機器、無線戦術システムを含んでいた。エマーソン株の保有者は、エスコ株を20対1の割合で受け取った。つまりエマーソン株を1,000株保有していれば、エスコ株を50株受け取ることになった。エスコ株は当初5ドル前後で取引されていたが、速やかに3ドルまで下落した。企業分割によって生じた価値に対して市場の付けた値段は、エマーソン1株につき15セントにしかならなかったのだ(本体自体は約40ドルで取引されていた)。言うまでもないが、エマーソン株を保有する者の多くはエスコ社のささやかな持ち株を早々に売却した。

分割当時のエスコ社にはどれだけの価値があったのだろうか。市場で過小評価されていたとしたら、なぜだったのか。バリュー投資先として魅力ある候補だったのか。そういった疑問に答えるには、バリュー投資家が採用する各種の方法を使ってエスコ社を評価すればよい。

はじめに言えるのが、エスコ社がかなりの規模の企業だったことである。年間の売上高はおよそ5億ドルで、従業員は6,000名だった。職場総面積は約30万平米で、そのうち16万平米弱を自社で所有していた。近年においてエスコ社が果たした成長は、1986年末にハゼルティン社を1億9千万ドルで買収したことだけだった(エスコ社1株につき15ドル超に相当した)。そして企業分割に至った主な検討理由は、エスコの税引き後(報告)利益が1985年に3,630万ドルだったところから、1989年には非継続的損失820万ドルを計上後の数字で670万ドルへと減少し(これは試算上の値で、企業分割に関連する調整済)、さらに1990年には非継続的損失が1,380万ドル発生した上で520万ドルの損失(試算値)となったことにある。企業分割に当たっては保守的な資本構成がとられた。自己資本5億ドルに対して、負債は4,500万ドルだった。有形資産の簿価は1株当たり25ドルを超えていた。そしてネット・ネット運転資本、つまり流動資産から負債全額を減じた金額は、1株当たり15ドル以上あった。

投資家が不安視したのは、エスコ社の将来に関する2つの点で疑問があったからだ。ひとつめは、近年になって収益性が急激に低下している状況が反転するかという点である。これは、同社が請けていた軍需関連の契約で赤字を出していたことと関連した。もうひとつの不安点は、エスコ社と米連邦政府との間で係争中の契約2件がどのような結末となるかである。まずい結果となれば、エスコ社は何十億ドルもの費用を負担する可能性があり、巨額の損失を計上することを意味した。そのような不確実さゆえに、エマーソン社が分離したのは普通株ではなく、第三者に預託した普通株の担保保管証だった。そのねらいは、特定の顧客に関する契約保証についてエマーソン社に対する保証義務をエスコ社が確実に果たせるようにするためだった。(p.137)

Esco Electronics: An Exercise in Securities Valuation

Let me offer a specific example of the security valuation process. Esco Electronics Corporation is a defense company that was spun off from Emerson Electric Company in October 1990; the shares were distributed free to shareholders of Emerson. Esco competes in a variety of defense-related businesses, including electronics, armaments, test equipment, and mobile tactical systems. Holders of Emerson received Esco shares on a one-for-twenty basis; that is, a holder of one thousand Emerson shares received fifty shares of Esco. Esco first traded at around $5 per share and quickly declined to $3; the spinoff valued at market prices was worth only fifteen cents per Emerson share (which itself traded around $40). Needless to say, many holders of Emerson quickly sold their trivial Esco holdings.

What was Esco worth at the time of spinoff? Was it undervalued in the marketplace, and if so, why? Was it an attractive value-investment opportunity? The way to answer these questions is to evaluate Esco using each of the methods that value investors employ.

To begin with, Esco is a substantial company, having approximately $500 million in annual sales and six thousand employees, who occupy 3.2 million square feet of space, 1.7 million of which are owned by the company. Esco's only recent growth has come from its acquisition of Hazeltine Corporation in late 1986 for $190 million (over $15 per Esco share). A major consideration leading to the spinoff was that Esco's after-tax profits had declined from $36.3 million in 1985 (actual) to $6.7 million (pro forma, to reflect adjustments related to the spinoff) in 1989 after $8.2 million of nonrecurring charges and to a loss of $5.2 million (pro forma) in 1990 after $13.8 million of nonrecurring charges. The company was spun off with a conservative capitalization, having only $45 million in debt compared with almost $500 million in equity. Tangible book value exceeded $25 per share, and net-net working capital, current assets less all liabilities, exceeded $15 per share.

Two questions regarding Esco's future worried investors. One was whether the sharp recent drop in profitability, related to money-losing defense contracts the company had taken on, would reverse. The second concerned the outcome of two pending contract disputes between Esco and the U.S. government; an adverse outcome could have cost Esco tens of millions of dollars in cash and forced it to report sizable losses. These uncertainties caused Emerson to spin off, not shares of common stock, but common stock trust receipts held in escrow in order to ensure that Esco would meet its obligation to indemnify Emerson for certain customer-contract guarantees.

2015年4月18日土曜日

2015年デイリー・ジャーナル株主総会(2)過ぎ去りし最上の50年間

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チャーリー・マンガーが質問に答えるデイリー・ジャーナル社の株主総会、今回はインフレ等の話題です。前回とは違う引用元からご紹介します。

Charlie Munger's 2015 Daily Journal Annual Meeting - Part 1 (Forbes)

<質問者> 米国のバランスシートは2007年には9,000億ドルでしたが、今では6兆ドルほどになっています[原文ママ。おそらくFRBのことで、後者の数字も4兆ドル強と思われる]。このような信用経済の下で、この会場にいるだれかが生きている間に9,000億ドルに戻ると考えられますか。

<マンガー>言うまでもなくわたしはかなりの年ですから、コーヒーが5セントだったり、カフェテリアでの食べ放題が25セントだったり、新発売の自動車が600ドルだった時代のことを覚えています。何十年という期間でみると、民主主義の社会では金銭の価値は減価することが予想されます。人間の性質を考えれば、これは今後もつづくでしょう。加速せざるを得ないことになるかもしれません。

我々が経験した数々の厳しいインフレの時期はどれも短く、イタリアやアルゼンチンそしてブラジルのような場所で起きたことを考えると、私からすればうれしい驚きでした。もっとひどくなるだろうと予想していました。

過去50年の人生を振り返ると、普通株の平均リターン(配当込み)は税引き前で年率10%ほどでした。そのうち真水の上昇分がどれだけで、インフレ分がどれだけの割合なのかはわかりません。しかしたとえば実質的な上昇が7%でインフレが3%とすれば、私ならば信じがたいほどに良い数字だと考えます。

私の年代の人たちは、有史をつうじて最上かつもっとも安楽な時期を生きてきました。死亡率は過去最低、投資利益は過去最高、生活水準の向上率もほぼすべての人において過去最高でした。戦争を含んだあらゆることによる精死亡率も低下しています。スティーブン・ピンカーの主張するとおりですね[著書『暴力の人類史』]。過去最高のすばらしい時期だったのです。

これまで過ごしてきた50年間を不幸せな時期だったと考えるのは、残念なことに自分の人生をまちがって評価しています。これ以上は望めない時代だったのです。これからは悪くなる可能性が高いでしょうね。どんなときであろうとも、悪化することに備えておくのは賢明な姿勢です。うれしい驚きとはたやすいものですが、問題を引き起こすのは好ましくない驚きが起きた場合ですから。

金融上の政策という点でみれば、金銭の購買力は時を追うごとに低下すると考えられます。今後50年間のほうが今まで以上の問題を抱えることになるのは、ほぼ確実と言えるでしょう。技術は発展し続けますから、イカレポンチが何人かいるだけで、世界貿易センターでの事件がピクニックのように思える、そうなる可能性もあります。厳しい世の中へと変わることに対して備えるべきです。

Q: The U.S. had a $0.9 trillion balance sheet in 2007. Now it's about six trillion. In anyone's lifetime in this room, will it ever go back to $0.9 trillion under the credit economy?

Mr. Munger: Of course, I'm so old I remember coffee at five cents, and all-you-can-eat cafeterias at 25 cents, and brand new automobiles for $600. Over a span of many decades you can count on democracy to cause the money to deteriorate. That will continue because of human nature. It may even accelerate eventually.

Considering the experiences in places like Italy and Argentina and Brazil, I have been pleasantly surprised after the many bouts of inflation we went through. I anticipated more trouble than we actually had.

In my lifetime, over the past 50 years, the common stock averages (including their dividends) produced about 10 percent per annum pre-tax. I don't know what percent of that is real gain, and how much is inflation. Let's say it's seven percent real gain and three percent inflation. I work out those figures as unbelievably good.

Somebody my age has lived through the best and easiest period that ever happened in the history of the world, with the lowest death rates, the highest investment production, the biggest increases per annum that most people's standard of living ever got. The net death rate from war, from everything is better. Steven Pinker is right. It's the most fabulous period that ever happened.

If you're unhappy with what you've had over the last 50 years, you have an unfortunate misappraisal of life. It's as good as it gets, and it's very likely to get worse. It's always wise to be prepared for it getting worse. Favorable surprises are easy to handle. It's the unfavorable surprises that cause the trouble.

In terms of monetary authorities, you can count on the purchasing power of money to go down over time. You can almost count on the fact that you'll have way more trouble in the next 50 years than we had in the last. The technology is changing, so that a few nutcases could make the World Trade Center look like a picnic. We should all be prepared to adjust to a world that is harder.