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2013年9月14日土曜日

「他の人を先に」と祈る(『わたしたちの体は寄生虫を欲している』)

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少し前の投稿で、脳における認知のしくみを記した文章を『脳のなかの天使』から引用しました。今回ご紹介する文章も似た話題で、今度は別の本『わたしたちの体は寄生虫を欲している』から引用します。「恐怖という感情」についてです。

まずは脳が恐怖を感じるしくみについてです。

恐怖を感じたとき(あるいは、後に述べるように、怒りを感じたとき)、あなたの心臓は激しく鼓動する。それは、副腎の滑車が動きだし、扁桃体から、より原始的な部分である脳幹に、信号が送られるからだ。「恐怖モジュール」と呼ばれるこのシステムは、主に、「逃走」か(頻度は低いものの)「闘争」によって捕食者に対処するために進化したものだが、脅威を感じただけで発動する厄介なシステムでもある。恐怖やそれに先立つ衝動は、周囲の状況を誤解している場合さえある。扁桃体の一部は、常時、「怖い、怖い」というシグナルを出しているらしい。そして、ほとんどの場合、扁桃体の他の部分がそのような信号を抑えている。だが、恐怖を引き起こすものを見たり、聞いたり、経験したりすると、その抑制は解除され、脳の中で爆発が起きたかのように、瞬時に恐怖が全身を駆けめぐるのである。(p.161)

以前の投稿で引用した文章には「視床下部」という言葉がありましたが、これは上の文章(3行目)の「脳幹」に含まれる部位です。

次の引用は「人間が恐怖を感じるようになった経緯」についてです。いまさらと思われるかもしれませんが、本書のような視点で改めてふりかえってみると、われわれの身体がどのようにできているのか、ずっと納得できます。

人間と大型の捕食動物の歴史の大半において、わたしたちは間違いなく獲物であり、そのことが数百万年前に進化した脳内の恐怖モジュールを持続させ、人類が進化するにつれてそれはより精巧なものになっていった。わたしたちの系統に捕食者を見つけようとするなら、4本の足とトカゲのような尻尾を持ち、体が鱗に覆われていた時代にさかのぼらなければならないだろう。当時でさえわたしたちは、捕食者であると同時に被食者であったはずだ。3億年にわたってわたしたちは「やめて! 食べないで!」と叫ぶ動物だったのだ。

また4つの根拠から、人間はつい最近まで食べられていたことがわかっている。1つ目は、実際に人間が捕食された事件が数多く記録されていることだ。植民地時代のインドでは、トラは1年に1万5,000人以上の人を食べていたらしい。またアフリカでは、タンザニアだけで1990年から2004年の間に、少なくとも563人がライオンに殺された。トラやライオンだけではない。ピューマ(≒クーガー)も人を食べる。ジャイアント・イーグルは人間の子どもを食べる。さまざまな種のクマも人を食べる。オオカミ、ヒョウ、アリゲーター、クロコダイル、サメ、そしてヘビまでもが人間、特に子どもを食べる。しかもこうした事件は、捕食者の数も種類も少なくなった近年になっても起きているのだ。(p.163)


人間はじつに無防備な動物であり、足を1本なくしたヌーやおとなしい乳牛を別にすれば、足を骨折したり歯をなくしたりした捕食動物にとって、唯一、簡単に捕まえられる獲物なのだ。わたしたちは暗いところではほとんど何も見えないので、祖先たちは夜、洞窟にいるときに音が聞こえたら、しゃがみ込んで耳をすまし、もしそれがトラやクマなどの大型肉食動物であれば、どうか他の人を先に食べてくれるようにと祈った。(p.162)


なお題名から察して、本書の話題は寄生虫ばかりと想像されるかもしれませんが、その話題は前半部だけです。それ以外にも人類の過去を振り返った上で、さまざまな話題を展開しています。内容はむずかしくなく、楽しんで読める一冊です。

2013年9月12日木曜日

中世の僧による唯一の知的発明(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの(再考)世知入門の3回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

マイクロソフト社のCTOを務めていたナット・ミルボルド博士は私の友人ですが、この点で困惑していました。物理学の博士号をもつ彼は数学に熟達していたので、微分方程式を迅速かつ自動的に解ける能力を持つ神経器官を、綿々たる生命の営みが創り出せたことに納得がいかなかったのです。彼からみれば人間とは、確率や数字を扱うとなると、いずこにおいてもまるっきり不器用な存在でした。

ミルボルドがそのことで惑わされるのはちがうと思います。彼のようにものごとを正確に考える必要がでてくるずっと以前は、我々の祖先はいわゆる「適応度地形」(fitness landscape)によって、槍を投げたり、駆け回ったり、角を曲がったりといったやりかたを覚えるように強いられてきたのです。ですから、彼はそんなにおどろくべきではありません。しかし、その隔たりはずいぶんと極端なので、不条理だと感じているのは理解できます。

それはともかく、数字を操作する点では我々人類は不得手に生まれついているので、この現実を乗りこえるために、ひとつのシステムを発明しました。それが「グラフ」と呼ばれるものです。おもしろいことに、これは中世に発明されています。私の知るところでは、中世の僧によるもので何かしら価値のある知的発明は、これが唯一でした。グラフを使うと、数字を動きのある形で表現できます。これは体内のある原始的な神経系をうまく利用しており、人間にとって理解しやすくなります。だから、バリュー・ライン[四季報のような企業情報誌]のグラフはとても役に立つわけです。

今回お配りしているグラフは対数の方眼紙ですが、自然対数表をもとに描かれています。これは複利という基礎的な数学にもとづくもので、この世界でもっとも重要なモデルのひとつです。このグラフがこのような形をしているのは理由があるのです。

対数の方眼紙上で点を直線で結んでグラフを書けば、複利の利率がどうなるのか示してくれます。こういったグラフは実に便利なものです。

ところでバリュー・ラインの予測は私はあてにしていません。我々自身のほうがうまくやれるからです。まあ、実のところはずっとうまくですが。しかし、あの会社のグラフやデータがなかったらとは想像できないものです。ほんとうにすばらしい製品ですね。

My friend, Dr. Nat Myhrvold, who's the chief technology officer at Microsoft, is bothered by this. He's a Ph.D. physicist and knows a lot of math. And it disturbs him that biology could create a neural apparatus that could do automatic differential equations at fast speed - and, yet, everywhere he looks, people are total klutzes at dealing with ordinary probabilities and ordinary numbers.

By the way, I think Myhrvold's wrong to be amazed by that. The so-called fitness landscape of our ancestors forced them to know how to throw spears, run around, turn corners, and what have you long before they had to think correctly like Myhrvold. So I don't think he should be so surprised. However, the difference is so extreme that I can understand how he finds it incongruous.

At any rate, mankind invented a system to cope with the fact that we are so intrinsically lousy at manipulating numbers. It's called the graph. Oddly enough, it came out of the Middle Ages. And it's the only intellectual invention of the monks during the Middle Ages I know of that's worth a damn. The graph puts numbers in a form that looks like motion. So it's using some of this primitive neural stuff in your system in a way that helps you understand it. So the Value Line graphs are very useful.

The graph I've distributed is on log paper - which is based on the natural table of logarithms. And that's based on the elementary mathematics of compound interest - which is one of the most important models there is on earth. So there's a reason why that graph is in that form.

And if you draw a straight line through data points on a graph on log paper, it will tell you the rate at which compound interest is working for you. So these graphs are marvelously useful....

I don't use Value Line's predictions because our system works better for us than theirs - in fact, a lot better. But I can't imagine not having their graphs and their data. It's a marvelous, marvelous product....

2013年9月10日火曜日

投資というプロセスにおける決定的な点(ウォーレン・バフェット)

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ウォーレン・バフェットが1994年にネブラスカ大学でおこなった講演その7です。前回と同じように有名な話題がつづきますが、講演全体の文脈の一部としてとらえれば、また違う印象でうけとめられるかと思います。(日本語は拙訳)

<質問者> 将来を占うとしたら、これから数年間はどのセクターの株に着目していきますか。どういった種類の株が流行ると思いますか。

<ウォーレン> ずいぶん学術的な質問ですね。少しばかり仮想的なところがありますね。

<質問者> 1日をどのように過ごされているのですか。

<ウォーレン> 核心をついてきますね。そうですね、文章を読むのに大量の時間をあてています。最低でも6時間ですが、まあそれ以上でしょう。そのほかに、1,2時間は電話で話します。あとは考えています。そんなところでしょうか。バークシャーには会議というものがありません。したことがないのです。全国にビジネスを展開しているので従業員は約2万名になっていますが、[子会社の]マネージャーとの会議に出たのはこの20数年で一度だけです。健康保険の話題をしたきりです。ですが、彼らがオマハに来たことはありません。プレゼンもしないのでプロジェクターなどは一切不要です。取締役会は1年間に一度、年次株主総会の直後にやります。昼食をとりながらで、それでおわりです。ずばり言いますと、会議がきらいなのです。これまで自分が楽しめるようなものごとを築いてきました。たくさん読むのが好きですし、いろいろ考えることもそうです。自分でビジネスを大きくしたり、ビジネスを始めるのでしたら、自分が楽しめないものを築き上げるのは、わたしからすればなにかおかしい感じがします。絵を描くのと同じです。完成したときに作品をながめて、よろこびを感じるような絵を描くべきですね。

さて、この午後に何を買うべきかという最初の質問にはお答えしませんでした。というのは、どうすればいいのかよくわからないからです。株式市場がどうなるのか、ある銘柄の株価が近いうちにどうなるかは、わたしにはまったくわかりません。わたしたちは、株式を事業の一部分とみなして保有するようにしています。これは、投資というプロセスにおける決定的な点だと考えています。株式のことをただの銘柄コードと考えたり、単に値段が上がったり下がったりするものなどと考えず、自分が所有する事業だと考えるようにしてください。[ネブラスカ大学のある街]リンカーンでビジネスを買う決断をするかのように考えるのです。クリーニング店や食料雑貨をあつかう小売店などを買おうとなれば、買った事業を明日売ろうかとか来週売ろうかなどとは、ふつうは考えないものです。そうではなく、長期的にみて良い事業なのかどうか検討するでしょう。それがわたしたちが実践していることです。ですからバークシャーのポートフォリオには、わたしたちが所有したいと願うたぐいの事業がならんでいるのがご覧いただけるかと思います。

最大の保有銘柄はコカ・コーラですが、ジレットにも大きく投資しています。その2社は、それぞれの業界でもっとも支配的な位置にある企業です。また変化が激しくない企業でもあります。その世界が急速に変化するようなものには投資したいとは考えていません。変化をうまく見極めたり、こちらの先生よりもうまくやれるとは思えないからです。ですから本当に買いたいと思っているのは、すごく安定していて非常に良好な経済性を有していけるものです。コカ・コーラ社は全世界の清涼飲料水の47%を販売しています。世界中で1日に飲まれる量は、1杯8オンス[=約250ml]換算で7億5,000万杯になります。もし製品の値段を1ペニー[=0.01ドル]値上げできれば、税引前利益が25億ドル増えることになります。わたしが理解できるのはこういうことです。またジレットですが、この会社もすばらしいです。世界中のひげそり用かみそりの替え刃を、ドル換算にして60%以上供給しています。夜になって寝床に入ると、こう考えます。わたしが寝ている間に何十億人という男性の顔にだまっていてもひげが伸びてくるのだなと。それこそ、ぐっすり眠りにつけるわけです。

Q. If you could look in your crystal ball, what kind of sector stocks would you look into in the next few years? What kind of stocks do you think will boom?

A. That's an academic question if I ever heard one. Just a little theoretical.

Q. What exactly do you do all day?

A. Getting right to the core here, aren't you? I spend an inordinate amount of time reading. I probably read at least six hours a day, maybe more. And I spend an hour or two on the telephone. And I think. That's about it. We have no meetings at Berkshire. We've never had. We have businesses around the country; we have some 20,000 employees, but we've only had one meeting of our managers in the twenty-some years I've been there, to talk about health care - one time. But, they never come to Omaha. We never have presentations. We don't have a slide projector. We don't do any of that sort of thing. Our board of directors meets once a year, right after the annual meeting. We have lunch and that's it, because I hate meetings, frankly. I have created something that I enjoy: I happen to enjoy reading a lot, and I happen to enjoy thinking about things. It is a little crazy, it seems to me, it you are building a business and creating a business, not to create something you are going to enjoy when you get through. It's like painting a painting. I mean, you ought to paint something you are going to enjoy looking at when you get through.

Now, I know I'm avoiding your first question about what I should buy this afternoon. I don't think much about that. I don't think at all about what the stack market will do or what given stocks will do in the very short term. We do try to own, and to look at stocks, as pieces of businesses. And, that is crucial in my view to the investing process; that is, to not think about a stock as a little ticker symbol or something that goes up or down, or something of the sort, but to think about the business that you own.... Some way if you were deciding on a business to buy in Lincoln. You might think about buying a dry cleaning store or a grocery store or whatever. You wouldn't think about what this business is going to be selling for tomorrow or next week or anything. You would think about whether it's going be a good business over a long period of time. And that's what we try and do. So, if you look at the portfolio of Berkshire, you will see the kind of businesses that we like to own.

Our biggest single holding is Coca-Cola. We own a lot of Gillette. Those are two of the most dominant companies in the world in their field, And they are also companies that are not subject to a lot of change. We don't want to own things where the world is going to change rapidly because I don't think I can see change that well or any better than the next fellow. So, I really want something that I think is going to be quite stable, that has very good economics going for it. Coca-Cola sells 47% at all the soft drinks in the world. That is seven hundred and fifty million eight-ounce servings a day around the world. That means if you increase the price of Coke one penny, you would add two and a half billion dollars pre-tax to the earnings. So, that's the kind of thing I can figure out. And, Gillette, I mean Gillette is marvelous. Gillette supplies over 60% of the dollar value of razor blades in the world. When I go to bed at night and think of all those billions of males sitting there with hair growing on their faces while I sleep, that can put you to sleep very comfortably.


本ブログを始めて3年目に入りました。いつもお読みになってくださる方にはお礼申し上げます。これからもよろしくお願い致します。

2013年9月8日日曜日

事業価値の算出という技(セス・クラーマン)

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ファンド・マネージャーのセス・クラーマンの著書『Margin of Safety』からご紹介します。今回から、第8章「事業価値の算出という技」(The Art of Business Valuation)をとりあげます。なお、前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

投資先の価値は厳密に見定めている、と強調する投資家が多い。この不確実なる世界において正確さを求めているのだ。しかし事業の価値とは正確に決められるものではない。報告に出てくる簿価や純利益、キャッシュフローといったものは結局のところ、会計士がかなり厳格な基準や慣行に準拠することでなされる最善の予測でしかない。それらは経済的な価値を反映するというよりも、基準に適合させるという意味で設計されたものにすぎない。そのため予測によって描かれる姿は、それほど正確なものにはならない。自分の家の価値を数十万円の誤差で査定することはできないだろう。ならば、巨大で複雑な事業の価値を求めるのは簡単なことだと言えるだろうか。

事業価値とは正確に把握できるものではない上に、数多くの要因が揺れ動く中で時とともに変化する。それらの要因にはマクロ経済的なものや、ミクロ経済的なもの、市場に関するものがある。投資家はどのようなときにも事業の価値を厳密に見測ることはできない。それにもかかわらず、予想される価値をほぼ絶え間なく見直しつづけ、評価に影響すると思われるあらゆる既知の要因を織りこんでいかねばならない。

事業価値を正確にはかろうとする試みはどのようなものであれ、精密だが不正確な価値を導き出してしまう。これは精緻に予測する能力を、正しく予測できることと混同しやすい点に問題がある。正味現在価値(NPV)や内部収益率(IRR)は、電卓さえあれば計算できる。NPVでは、将来のキャッシュフローを現在まで割り引いて評価することで、投資対象の価値をひとつの数値として算出する。IRRでは将来のキャッシュフローと支払う金額を想定し、お望みの数値の精度で投資からのリターン率を計算する。NPVとIRRを計算すると、結果にあらわれる外見上の精度があやまった確信を投資家に抱かせてしまう。しかし計算の正確さは、算出に使われる想定キャッシュフローの正確さを超えるものではない。

コンピューターで表計算ソフトを使える時代になり、この問題はいっそう悪化した。詳細かつ周到な分析ができるとの幻想が生まれたのだ。たとえ最高に無計画な試みであってもだ。一般に投資家は、出てくる結果には非常に重きをおくが、それに対して仮定のほうはほとんど顧みることがない。「元が悪けりゃ、結果も悪い」とは、このプロセスをあらわすのにぴったりの表現と言える。

一連のキャッシュフローがもたらすリターンを集約する上で、 NPVは絶対額を、IRRはパーセンテージを見事なほどに示してくれる。たとえば債券のようにキャッシュフローが契約時に定まっており、すべての支払いが期限通りになされるのであれば、IRRは正確なリターン率を投資家に示してくれる。一方のNPVは、想定される割引率に対する投資の価値を表現する。債券に投資するのであれば、ある一連の仮定、たとえば契約上の支払いが期限通りになされるとすれば、それらの計算によってリターンがどうなるかを定量化できる。しかし、実際に契約上のすべての支払いをうけて、投資家が予想通りのリターンを達成できるかという確率を求めるとなると、そういった手段は役に立ってくれない。(p.118)

Many investors insist on affixing exact values to their investments, seeking precision in an imprecise world, but business value cannot be precisely determined. Reported book value, earnings, and cash flow are, after all, only the best guesses of accountants who follow a fairly strict set of standards and practices designed more to achieve conformity than to reflect economic value. Projected results are less precise still. You cannot appraise the value of your home to the nearest thousand dollars. Why would it be any easier to place a value on vast and complex businesses?

Not only is business value imprecisely knowable, it also changes over time, fluctuating with numerous macroeconomic, microeconomic, and market-related factors. So while investors at any given time cannot determine business value with precision, they must nevertheless almost continuously reassess their estimates of value in order to incorporate all known factors that could influence their appraisal.

Any attempt to value businesses with precision will yield values that are precisely inaccurate. The problem is that it is easy to confuse the capability to make precise forecasts with the ability to make accurate ones. Anyone with a simple, hand-held calculator can perform net present value (NPV) and internal rate of return (IRR) calculations. The NPV calculation provides a single-point value of an investment by discounting estimates of future cash flow back to the present. IRR, using assumptions of future cash flow and price paid, is a calculation of the rate of return on an investment to as many decimal places as desired. The seeming precision provided by NPV and IRR calculations can give investors a false sense of certainty for they are really only as accurate as the cash flow assumptions that were used to derive them.

The advent of the computerized spreadsheet has exacerbated this problem, creating the illusion of extensive and thoughtful analysis, even for the most haphazard of efforts. Typically, investors place a great deal of importance on the output, even though they pay little attention to the assumptions. "Garbage in, garbage out" is an apt description of the process.

NPV and IRR are wonderful at summarizing, in absolute and percentage terms, respectively, the returns for a given series of cash flows. When cash flows are contractually determined, as in the case of a bond, and when all payments are received when due, IRR provides the precise rate of return to the investor while NPV describes the value of the investment at a given discount rate. In the case of a bond, these calculations allow investors to quantify their returns under one set of assumptions, that is, that contractual payments are received when due. These tools, however, are of no use in determining the likelihood that investors will actually receive all contractual payments and, in fact, achieve the projected returns.

2013年9月6日金曜日

私たちはいつも幻覚を見ている(神経科学者V・S・ラマチャンドラン)

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前回引用した『脳のなかの天使』から、もう一度ご紹介します。今回は視覚の話題です。ものを見たときに人間がどのように認知するのか、著者が考察を加えています。

おもにコンピュータ科学者によって持続されている素朴な視覚のとらえかたでは、視覚は逐次的、階層的に像を処理しているとみなされている。生のデータが画素、すなわちピクセルとして網膜に入り、そこから次々と各視覚野に、バケツリレーのように渡されて、しだいに高度な分析がそれぞれの段階でおこなわれ、最終的な物体の認知にいたるという考えかたである。この視覚モデルでは、各段階の視覚野からそれより下位の視覚野に戻される大量のフィードバック投射が無視されている。そうした逆投射はきわめて大量なので、階層という言いかたには語弊がある。私の直観するところでは、各処理段階において、入力データについての部分的な仮説、もしくは最適の推量が生みだされ、それが下位の領野に戻されて、その後の処理に小さなバイアスがかけられる。いくつかの最適推量が優位を争う場合もあるだろうが、最後には、そうしたブートストラッピングもしくは逐次代入を通して、最終的な知覚の解決がつく。あたかも視覚は、ボトムアップではなく、むしろトップダウンではたらいているかのようだ。

実を言うと、知覚と幻覚との境界は、私たちが考えるほど明瞭ではない。ある意味で私たちは、世界を見るときいつも幻覚を見ている。知覚とは、しばしば断片的かつ短命な入力データにもっともよくあう幻覚を選ぶ行為であるとみなしても、ほとんどさしつかえがないくらいだ。幻覚とほんものの知覚は、同じ一連のプロセスから生じる。決定的にちがうのは、何かを知覚しているときは、外界の事物の安定性がその固定を助けるという点である。幻覚を起こしているとき、たとえば夢うつつの状態にあるときや、感覚遮断タンクのなかで浮かんでいるときには、事物はどんな方向にでもさまよう。(p.323)


最初の赤字強調部分で示唆されている内容は重要なことだと思います。階層的に認知上のバイアスがかかるというのは、別な表現をすれば「違う種類の落とし穴がならんで待ち受けている」ということです。これに対するチャーリー・マンガーやウォーレン・バフェットの解決策は、やはり見事です。たとえば意思決定上のフィルターを階層的に設けたり(過去記事1過去記事2)、学問上の知恵を借りるときは普遍的で信頼性の高いものから特殊なものへ進むように説いています(過去記事など)。

もうひとつ、こちらの引用はおまけです。

しかしながら、近年の調査によると、天使を見たことがあると回答している人の割合は、アメリカ人全体のおよそ3分の1で、その頻度はエルヴィス目撃談をうわまわる。(p.281)