ot

2012年4月20日金曜日

TOPIX Core30ひとかじり (5)パナソニック

0 件のコメント:
当社は消費者向け製品も多く、おなじみの企業なので、詳細に立ち入る必要はないかと思います。そこで今回は以下の3点に着目して、当社の現状把握としておきます。

1.セグメント毎の営業利益率
当社ではセグメントという表現で事業を大きく分けています。どれも売上高が1兆円を超えるものばかりです。セグメントというよりも、企業グループといった趣きです。以下の表は少し前の2010年度の営業成績です。

#セグメント製品例売上高(10億円)営業利益(10億円)営業利益率(%)
1デジタルAVCネットワークテレビ、デジカメ3,3031143.5%
2アプライアンス冷蔵庫1,275927.2%
3電工・パナホームLED、住宅1,735724.2%
4デバイス半導体926323.6%
5三洋電機電池全般1,561△ 8-0.5%
6その他FA機器1,197524.4%
(出典:当社アニュアルレポート DATA BOOK 2011)

質のほうに目を向けると、いずれのセグメントでも営業利益率が10%に届いていません。以前取り上げた信越化学工業のような企業とくらべると(過去記事)、業種も規模も違いますが水をあけられています。


2.事業毎の営業利益率

下の図は、もっと細分化された事業レベルでの営業利益率のイメージです。ただし、上の表とは時期が異なっており、2011年度第3四半期までの営業成績です。

(出典:当社プレゼンテーション「収益力強化の取組み」 スライドp.4)










当社の不振ぶりが昨今騒がれていますが、その元凶がひとめでわかります。左側が赤字事業で、テレビ及び半導体です。


3.テレビ事業について
なぜテレビ事業が急激に失速したのか。液晶テレビのような家電製品の安値販売に対して、世間では「コモディティー化」と呼んでいますが、特に国内での販売状況を見ると需給バランスの悪化が目につきます。2011年夏の地上波デジタル移行に向けて、テレビ製造各社が進んだ道を振り返ってみましょう。

下の図は、ここ数年間の国内での薄型テレビの販売台数実績をまとめたものです。調査会社の資料ではなく、各製造会社のIR資料から独自に推測したものなので、精度はかなり大雑把です。また主要4社のみ対象としています。







国内の世帯数は約5,000万世帯で(総務省統計から)、1世帯あたりのテレビ保有台数は2.5台です(平成19年3月の消費動向調査から)。このことから、マーケットの大きさは12,000万台前後とみられます。それに対して、上記の図では2010年度末には7,000万台に達しており、それ以前に販売されていた台数も含めれば、飽和するのが遠くない状況です。買い替えサイクルは約10年なので、飽和後に期待できる年間販売台数は1,200万台強。この図の4社で均等に分け合っても、1社あたり300万台です。

この図は過去の実績をさかのぼってまとめたものですが、各社で薄型テレビのマーケティングや事業戦略を練る際には、このような需給予測は行っていたはずです。精度はずっと高いものでしょう。国内マーケットはいずれは縮小し、設備過剰に陥ることも予想されていたでしょう。それなのに、なぜ今回のような道を選んだのか。個人的にはその一つとして、前回記事で取り上げた「競合動向を軽視」していた可能性を挙げたいと思います。「そうではない。自社が売らなければ他社を利する」とゲーム理論的に考えたのかもしれません。真偽のほどはわかりませんが、2,000億円の減損は小さくはありません(出典: 2011年度第3四半期決算概要スライドp.11)。既に払ったお金であればサンクコストに過ぎませんが、お金の使い方という観点では当社を見る目は厳しくなったのではないでしょうか。

2012年4月18日水曜日

ぱっと考える、じっくり考える(セス・クラーマン)

0 件のコメント:
今回ご紹介するのは、ヘッジファンド・マネージャーのセス・クラーマンが投資家に向けて書いた2011年度の年次報告からで、おなじみの主題「判断の誤り」についてです。(日本語は拙訳)

心理学者のダニエル・カーネマンは経済学の分野で活躍しており、人の判断や意思決定における合理的モデルを開拓した業績に対して[俗に言う]ノーベル経済学賞を受賞しました。さらに研究を進めた彼が最近になって出版した作品も、注目に値するものです。題名は『ぱっと考える、じっくり考える』[邦訳は未刊行]。自分たちは常に合理的に行動していると考えている人が本書を読むと、がっかりさせられるかもしれません。ですが、カーネマンは人間を非合理な生き物だと決めつけているのではなく、人は常に合理的だと考えるのは現実には即していないと言っているだけです。カーネマンはこう考えています。「人の脳では2つのシステムが共存して働いている。システムその1は素早く考えるようにできており、日常的に入ってくる何百万もの情報に対して自動的に反応する。この反応はぱっとでてくるが、そこそこ信頼できるものだ。このシステムは友人と敵を見分けたり、無害な食べ物と有害なものを選り分けたりする。いつも使う道路を運転する際にも働いており、目的地に着いたときには何をどう運転してきたのか思い出せないぐらいだ。そう、システムその1は世の中で生きていくには欠かせないものなのだ。一方、システムその2のほうはじっくり考えるようにできている。システムその1は特に計算せずに2 + 2 = 4のような答えを出せるが、17 * 24のような問題にはシステムその2が必要になる。落ち着いて考えなければ解けないからだ」。

Daniel Kahneman, a psychologist who won the Nobel Prize in Economic Sciences for his work that challenged a rational model of judgment and decision-making, recently published a remarkable account of his intellectual journey: Thinking, Fast and Slow. The implications for those who believe that we are always rational actors are quite disheartening. Kahneman does not, by the way, brand people as irrational; he simply believes that the idea that we are always rational actors does not hold water. Kahneman thinks of the human brain as operating on two systems simultaneously. System One, the fast brain, is mostly on autopilot-responding to millions of inputs on a daily basis, forming quick and mostly reliable impressions. System One helps us discern friend from foe, or edible from poisonous. It controls our driving on a familiar highway, so that when we arrive at our destination, we hardly remember how we got there. We need System One to navigate the world. System Two is slow. System One knows that two plus two is, four without doing the math. System Two is needed to know what 17 times 24 equals', We have to slow down and think.


続いて、セス・クラーマンは、システムその1を使う場合の危険性に触れています。

システムその1を使って、簡単な問いではなく難解な問いに答えようとすると、失敗しやすくなります。物事を単純化しすぎることの危うさを示す例として、コリン・キャメラーという学者が最初に注目した「競合動向の軽視」という概念を紹介しましょう。これは、ある会社が自分たちの強みばかりに目がいってしまうと、実は競合他社も同じような力をつけていて、顧客をうばいとってきたり、いい商売の機会をみつけようと動くのを見逃しかねない、というものです。もうけ話が眠っているニッチをみつけるには、自分の能力を正しく見極めるだけではなく、競争相手の能力や意図のほうも考えることが不可欠なのです。これはビジネスでも投資でも同じことです。

When System One substitutes an easier question for a harder one, it is easy to make mistakes. Colin Camerer coined the concept of "competition neglect," which illustrates one of the dangers of oversimplification. When a business only focuses inward on its own strengths, it can miss the fact that its competitors may be equally strong and pursuing the same customers and business opportunities. Figuring out profitable niches to exploit-in business or in investing--depends not only on correct identification of your own capabilities, but also the capabilities and intentions of your competitors.


ダニエル・カーネマンは行動経済学の大家で、その手の本を読むたびにお目にかかる名前です。今回の引用で出てくる『Thinking, Fast and Slow』は遠からず翻訳されるでしょうから、楽しみに待つことにします。なお、題名の『ぱっと考える、じっくり考える』は私の勝手訳です。

2012年4月16日月曜日

ここより永久に(ジョン・メイナード・ケインズ)

0 件のコメント:
ケインズといえば経済学の大家として有名です。なじみの少ない人でも、歴史の教科書あたりで見聞きしたことがあるものです。しかし、投資家としての彼の手腕は、それほど知られていないものです。数年前までは、わたしも知りませんでした。

今回は、少し前のThe Wall Street Journalの記事Keynes: One Mean Money Managerから引用します。(日本語は拙訳)

資産運用を始めた頃のケインズは、今で言うところの「マクロ派」だった。金融や経済上の動きを注視し、株・債券・現金の間で資産をローテーションした。また外貨や商品にも投資していた。イングランド銀行の理事だったころには、金利政策の変更のような内部情報を知ることのできる立場にいたが、その情報をもとに投資したという証拠は残されていない。

しかし、ケインズはすぐれたマクロ派マネージャーというわけではなかった。英国株式市場とくらべると、1928年までの成績は散々だった。1929年の秋の時点では[世界恐慌の直前]、自身のポートフォリオの83%を株式に投資していた。

「市場の動きを読むのは難しい」チャンバース氏は述べる。「ケインズは奮闘しましたが、比類なき情報網をもってしても1929年の下落は予見できなかったのです」

その後、ケインズはまったく違うやり方をとることにした。「トップダウン」で資産運用するのをやめて、「ボトムアップ」で銘柄をみつけることにしたのだ。彼がのめりこんでいったのは、割安な値がついている中堅以下の企業だった。

ケインズはまた、割安だとにらんでいる産業へ大きな賭けをした。1936年には、ポートフォリオの2/3を鉱山株が占めていた。銀行やエネルギーには一銭も投じていなかった。彼の予想は的中し、南アフリカのゴールドを採鉱する会社は通貨下落の恩恵を受けた。

ケインズは、大手の投資家がそろって債券に向かうときに、株式を買うような人種の先駆けだったが、それだけではない。悠然とリスクをとることができたので、例えば自分の資産の半分を、すっかりほれ込んだ5銘柄に集中させたこともある。たいていの場合、買った株式は5年間は手放さなかった。「いったん投資したら、結婚と同じように永久に離れられないことにしましょう」と冗談交じりにいったものだ。(今日の平均的な米国株ファンドでは、上位5銘柄の占める割合は19%に過ぎない。また、銘柄の平均的な保有期間は15ヶ月間ほどである)

Keynes began as what we would today call a "macro" manager, relying on monetary and economic signals to rotate in and out of stocks, bonds and cash. He traded foreign currencies and commodities. As a director of the Bank of England, Keynes was privy to inside information about interest-rate changes, although there isn't evidence that he traded on it.

But Keynes wasn't a very good macro manager. He lagged behind the British stock market miserably until 1928, and he had 83% of his primary portfolio in stocks going into the fall of 1929.

"It's hard to time the markets," Mr. Chambers says. "Keynes struggled with it, and then he missed the 1929 crash?even with an unrivaled network of information sources."

So Keynes made a series of radical changes: He switched from being a "top down" asset allocator to a "bottom up" stock picker. He tilted sharply toward undervalued small and midsize companies.

Keynes also made titanic bets on industries he thought were cheap; by 1936, he had 66% of his portfolio in mining stocks and not a farthing in bank or energy shares. South African gold companies, he correctly foresaw, would benefit from falling currency values.

Keynes wasn't only a pioneer in owning stocks when most big investors favored bonds. He also relished risk, concentrating as much as half of his assets on his favorite five holdings or, as he called them, his "pets." Keynes clung to his typical stock for more than five years at a time. Only partly in jest, he had proposed making "the purchase of an investment permanent and indissoluble, like marriage." (Today, the average U.S. stock fund has only 19% in its five biggest positions and hangs on to its typical stock for just 15 months.)

2012年4月15日日曜日

飢えた犬が骨に食らいつくような光景

0 件のコメント:
最近読んだ本『ハイパーインフレの悪夢』は、その時代に生きた人々の思いや世相が伝わってくる一冊です。インフレが高じたメカニズムを解明する類の本ではありませんが、歴史から何かを学ぼうとする人にとっては一読に値する本だと思います。

今回は同書からの引用で、1923年11月6日ごろに、あるイギリス人実業家がベルリンで見た光景です。第一次世界大戦でドイツが敗れ、1919年6月にヴェルサイユ条約を受諾した時点での為替レートは、1ポンド=20マルクでした。一方、この文章が書かれたのはハイパーインフレの末期で、1ポンド=3100億マルクまで減価していました。

わたしは自分が目にした光景に気分が悪くなりました。たまたま、フリードリヒシュトラッセとウンターデンリンデンのあいだのアーケードを通りかかったのです。するとその狭い空間に、ほとんど死にかけた3人の女がいました。肺病か飢餓の最終段階にあるようでした。おそらく飢餓のほうでしょう。女たちには施しを求める力さえありませんでしたが、わたしが無価値なドイツの札をひと束与えると、必死になってそれをつかもうとしました--飢えた犬が骨に食らいつくように。それを見て、わたしは衝撃を受けました。わたしはドイツびいきではありませんが、休戦から5年が経つ今、わたしたちがこのような事態を容認しているとは驚きです。ああいう惨めなものを見たことがない人たちに、ここの実情がほんとうに理解できるのか、疑問に思わざるをえません。(中略)もちろんベルリンでは、自動車や、ぜいたくに暮らす裕福な人々も見かけます。しかし貧しい地区で何が起こっているか、ご存知ですか?食糧を求める長い行列を見れば、説明は無用でしょう。(p.245)

2012年4月14日土曜日

これは最低だな(チャーリー・マンガー)

0 件のコメント:
過去記事「順列や組み合わせ」に続いて、チャーリー・マンガーが世知にあげているのが「会計」です。なお、本シリーズの先頭にあたる過去記事はこちらです。(日本語は拙訳)

当然ですが、会計の知識は不可欠です。ビジネスの現場で語られる言葉ですからね。この有用な概念は、文明社会の発展に寄与しました。かつて地中海世界を経済力で席巻したヴェニスでうまれ育ったとのことですが、しかし複式簿記はすごい発明ですね。

会計を理解するのはそれほど難しくはありません。

ですが、会計にも限界があることは重々承知しておくべきです。会計で表される数字は大雑把なもので、あくまでも出発点に過ぎないからです。限界を知るのも、それほど難しくありません。例えば、ジェット機の耐用年数はと聞かれたら、大体のところで予想するしかないでしょう。償却率をそれっぽい数字に決めるでしょうが、だからといって自分でひねり出した予想が現実に即したものになってくれるわけではありません。

会計の限界について、わたしの好きな逸話があります。カール・ブラウンというすばらしい事業家の話です。彼はC. F. ブラウン・エンジニアリングという原油の精製プラントを設計、施工する会社をおこしました。この手のビジネスは技術的な難易度がかなり高いのですが、ブラウン氏は職人芸を発揮して、納期を守り、爆発事故を起こすこともなく、効率の高いプラントを建設してきました。

生粋のドイツ人気質をもっていたブラウン氏には、一風かわったところがありました。たとえば、標準的な会計規則をプラント施工の仕事に適用するところをみて、「これは最低だな」とした一件。

彼は経理屋をみんなお払い箱にし、技術者たちに向かって言ったのです。「これからは、うちの作業にあうように、会計のほうをあわせていくことにする」。そして時がたってみると、会計規則のほうがカール・ブラウン氏のやりかたを採用することになりました。彼は、会計の重要性だけでなく、その限界を知ることも大切だと示してくれたのです。並はずれた強い意志と能力を兼ね備えた人でした。

Obviously, you have to know accounting. It's the language of practical business life. It was a very useful thing to deliver to civilization. I've heard it came to civilization through Venice, which, of course, was once the great commercial power in the Mediterranean. However, double-entry bookkeeping was a hell of an invention.

And it's not that hard to understand

But you have to know enough about it to understand its limitations - because although accounting is the starting place, it's only a crude approximation. And it's not very hard to understand its limitations. For example, everyone can see that you have to more or less just guess at the useful life of a jet airplane or anything like that. Just because you express the depreciation rate in neat numbers doesn't make it anything you really know.

In terms of the limitations of accounting, one of my favorite stories involves a very great businessman named Carl Braun who created the C. F. Braun Engineering Company. It designed and build oil refineries - which is very hard to do. And Braun would get them to come in on time and not blow up and have efficiencies and so forth. This is a major art.

And Braun, being the thorough Teutonic type that he was, had a number of quirks. And one of them was that he took a look at standard accounting and the way it was applied to building oil refineries, and he said, “This is asinine.”

So he threw all of his accountants out, and he took engineers and said, “Now, we'll devise our own system of accounting to handle this process.” And, in due time, accounting adopted a lot of Carl Braun's notions. So he was a formidably willful and talented man who demonstrated both the importance of accounting and the importance of knowing its limitations.


余談ですが、私の場合、株式投資を始めたころは会計のことはあまりわかっていませんでした。財務諸表を読んで企業分析のまねごとをするうちに、知識を少しずつ身につけていったものです。そのうち、仕事の関係で簿記や決算に携わる機会がありました。実際に仕訳をしたり、固定資産の減価償却費を計算したり、税額を計算したりすることで、財務会計の基本を体で理解できました。チャーリーが言うように難しい概念ではないのですが、実際に手を動かすことで、いろいろ合点できるところがありました。貸借対照表が巨大な恒等式であることを肌身で感じられたのは、自分にとってよい経験でした。

そのこともあって、企業分析を行う際には損益計算書だけでなく、貸借対照表も大いに気にします。資産がどのように使われているのか調べるのは、財務面での安全余裕を確認するだけでなく、ビジネスの性質を理解したり、経営陣の金銭意識を推し量るのに役立つからです。