わたしが当社(YahooJ株価)にはじめて投資したのは、2011年の東日本大震災のあとでした。精密微細加工用の工具を製造販売する当社のことはそれ以前から留意しており、震災がきっかけとなって株式を買い始めました(過去記事)。それ以降は2018年までの株価上昇の時期に一部を売却したものの(過去記事)、残りは継続保有してきました。
当社の業績はCovid-19以前にピークを付け、その後は現在まで下げ気味の横ばいをつづけている状況です。その当社が今回の決算発表(通期業績予想の下方修正)とあわせて、目を引く決定を発表しました。それは以下の2点です。
・自社株買いの実施
・プライム市場からスタンダード市場への市場変更
今回の文章では、これら3つの発表がどのように関わっているのか整理し、興味ぶかいと感じた点を記したいと思います。
<現在の業績>
まずは、今回発表された通期(2026年3月期)業績予想の下方修正にふれておきます。売上高は91億円(前期比3.1%減)、純利益が9.4億円(前期比25.7%減)と、利益面での大幅な業績悪化を発表しました。この利益水準は10年前を下回るもので、たとえば2016年3月期には売上高が83億円、純利益は13億円に達していました。さらにCovid-19禍が始まる前の2019年3月期にはピークをつけ、売上高は104億円、純利益は19億円を超えていました。
このところ利益が減少している要因には、売上高の減少だけでなく、販管費の増加もあげられます。粗利益率は比較的安定しているのに対して、10年前とくらべて従業員数は30%弱増加し、研究開発費も漸増しています。ただし間接部門の強化は次なる売上増を果たすのに不可欠でしょうし、事業の質を示す利益率自体はまだ高い水準にとどまっています。
売上減少の要因としては、直近数年間では自動車産業における認証不正問題やトランプ関税が影響大だと当社は説明しています。これらは一時的な要因とみてよいかもしれません。また競合企業からの圧力が高まっている側面もあり、こちらは永続的なリスクだといえます。
一方で前向きに評価したい推移としては、得意とする製品領域(6mm以下)の売上構成比増加や海外売上比率の増加があげられます。さらに今後の戦略としては、インド市場での拡販やさらに要求度の高い精密微細領域の市場開拓を掲げています。こういった要因を総合的に見渡したうえで、いまは当社を「今後の成長が見込めない残念な会社だ」と見切る段階ではないと、個人的には判断しています。
そして業績予想の下方修正を発表すると同時に、当社は以下の2点を発表しました。
<自社株買いの決定>
今月から2026年3月19日までの期間において、発行済株式数の約10%、金額は20億円までを上限とした市場買い付けを行うことを決議しました(引用元PDF)。だれしもが思いつくことですが、これは上記の下方修正を意識した決定だと受けとめることができます。悲観した売り注文を引き受けて、株価下落を和らげる狙いがあるのだろうと。ただし10%という規模はそれなりに目を引きます。ましてや、当社は創業者色が強いゆえ自社株買いに消極的だったので、なおさらです。
そこで、この自社株買いの規模がどの程度のものなのか計算してみます。当社集計によれば、今年9か月間の1日あたり平均株式売買金額は0.21億円とのことです。また来年3月19日までの営業日は約100日なので、仮にこれまでと同じペースで取引されたとしたら、売り注文の大多数を当社が買い取ってしまう帳尻になり(0.21 * 100 = 21)、株価形成の面で大きな影響力をもつでしょう。下方修正発表は平時のイベントではないので株式売買数が急増しがちですが、それでも平時のたとえば10倍程度におさまるのではないでしょうか。
なお当社には余剰資金が現在約100億円あるので、今回投じる20億円規模の自社株買いをさらに2回繰り返しても余裕があります。
<スタンダード市場への市場変更>
当社が現在所属しているプライム市場から、11月7日付をもってスタンダード市場へ市場変更すると発表しました(引用元PDF)。これは自主的な判断によるもので、強制的に変更されるものではありません。かつてジャスダック市場に所属していた当社がプライム所属を経てスタンダードへ移ることは、単純にみると悲観的な状況にも思えます。しかしこの件は上述した動きと関連しており、以下にときほぐしてみたいと思います。
(当社発表資料より)
今回の決定に至ったのは言うまでもなく、プライム市場の基準を維持できなくなるリスクがあるからです。まずは「1日あたり平均売買金額」について。現在は0.21億円であり、上場維持基準0.20億円に肉薄しています。株価が上昇するか、市場での人気が高まって売買件数が増加すれば回復できる数字ではあります。しかし当社が採用している株主優待政策は長期保有の個人投資家を優遇しており、それが売買機会の停滞を招き、結果的に裏目に出ている見方もできます。一方のスタンダード市場については、この基準は設けられていません。
さらに「流通株式時価総額」については現在109億円であり、上場維持基準の100億円に近づいています。こちらも株価が上昇すれば回復できますが、それを期した自社株買いをすすめてしまうと流通株式数が減少するジレンマが待っています。しかしスタンダード市場へ変更することで、この制限は大幅に緩和されます(上場維持基準10億円)。つまり当社が自社株買いをすすめる以上、スタンダード市場へ変更したほうが目の前の株価を意識する必要がなくなります。
スタンダード市場への変更を悲観的にとらえた投資家が株式を売却する可能性もあります。それを考慮してか、当社は大口投資家(たとえば5%超の保有者には、フィデリティともう1社あり)に配慮し、立会外取引も応相談としています。それ以外にも単なる狼狽売りや投げ売りが発生することも想定されますが、10%の自社株買いの側に立つ者(すなわち継続株主)としては、安値を歓迎します。
最後に「流通株式比率」で、現在55.92%です。創業者一族は当社株式の多くを保有しており(おそらく33.4%超)、自社株買いを大規模に進めると流通株式が減って上場維持基準35.00%に近づいてしまいます。この点でもスタンダード市場のほうが要件が緩やか(25%)であり、当社の現状に合致するという意味ではスタンダード市場のほうが望ましいといえます。
このように、「業績見通しを下方修正することで予期される株価下落に対して、自社株買いを発表するとともに、スタンダード市場への変更を必然とし、それがさらなる株価下落を呼べば、自社株買いの価値がもっと高まる」、この関連構造が今回発表の興味深い点です(うまくいくかは別として)。
<おわりに>
先述したように、当社が現在保有する余剰資金は約100億円なので、今回の自社株買いによる株価訂正幅が小さければ、来年度以降も自社株買いを実施することが期待できます。当社も今回の発表文の中でその旨を示唆しています。たとえば現発行済株式数の5%規模であれば、自社株買いに必要な資金は10億円であり、今回以降に4年間継続しても余剰資金は十分に残っています。そしてそれだけの期間があれば、当社の製品である切削工具の市場が好転したり、拡販努力が実ったりすることで、業績が回復成長する可能性もあります。つまり株価上昇につながるダブルプレー達成の可能性も、それなりにあるでしょう。
その一方で、創業者一族たる経営陣がこのような株主還元を継続遂行したとしても、市場が当社の価値を評価しない事態も考えられます。その際には当社経営陣によるMBOのリスクが高まることを忘れてはならないでしょう(非上場企業となる不利益もありますが)。そもそも100億円の余剰資金があり、10億円近くの利益をあげるニッチトップの企業が190億円で売りに出されている現状をみて、見逃したい人がいるのでしょうか。だから経営陣はその好機を見送る代わりに、当社の資金を使って当社の株を買う道を選んだ、そう考えることもできます。このシナリオが実現する場合、MBOを実行する前の株価が安いうちに残りの株数を(できれば上限寸前まで)減らせるわけですから、合理的な道筋をたどっているといえます。このことも、わたしが興味を抱いた点です。


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