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2014年5月16日金曜日

イエス・キリストを掲げた広告(チャーリー・マンガー)

チャーリー・マンガーによる講演『経済学の強みとあやまち』の30回目です。短い質疑応答があるのでもう1回つづきますが、今回が実質的な最終回です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

私からの話を締めくくるにあたって、もうひとつお粗末な話を披露したいと思います。限られたレパートリーにしがみついていると、間違った考えに達することを示す話です。この話の主人公は、旧世界からアメリカにやってきたハイマン・リーボウィッツという人物です。彼は新しい国にやってきたものの、昔と同じように家業の釘製造に励みました。苦労に苦労を重ねて、小さな釘事業がやっと大きな成功をおさめました。そこで彼の妻はこう言いました。「あんたも年なんだからさ、フロリダにでも行って仕事のことは息子に任せておしまいよ」。

彼は事業を息子に任せてフロリダへと離れました。ただし業績報告は毎週受け取っていました。フロリダにそれほど長く滞在する間もなく、業績が赤字へと急降下しました。実にひどいものでした。そこで彼は飛行機に乗って工場のあるニュージャージーに戻りました。空港から工場へ向かう途中、煌々と照らされた巨大な野外広告をみかけました。十字架に架けられたキリストが描かれており、その下に次の説明文が大きく付けられていました。「このときにもリーボウィッツ社の釘が使われていました」。彼は工場へ行って怒鳴りたてました。「このばかったれ小僧が。おまえは一体何をしたと思っているのだ。会社がここまでくるのに50年もかかったんだぞ」。息子が答えました。「父さん、大丈夫ですよ。ちゃんと直しておきますから」。

彼はフロリダに戻りましたが、さらなる報告を受けとっても業績は悪くなる一方でした。そこでまたもや飛行機で戻ることにしました。空港を出て標識に従うまま運転していくと、明かりのついた例の大きな広告がみえました。今度の十字架には何も架けられていませんでした。しかしなんとまあ、十字架の下でキリストは地面に放り出されていました。そして広告の文句はこうです。「リーボウィッツ製の釘は使われていませんでした」(笑)。

たしかに笑える話です。しかし間違った考えに囚われている人がたくさんいる状況をみれば、それほど馬鹿げた話ではありません。ケインズはこう言っています。「難しいのは新しい考えを取り入れることではない。古い考えを捨てることだ」。もっとうまく表現しているのがアインシュタインです。頭を使う仕事で成功をおさめた要因として、彼は「好奇心、集中、根気、自己批判」を挙げています。彼の言う自己批判とは、最愛にしてまるで駄目な自分のアイデアをうまくお払い箱にできる能力のことです。みずからが出した駄目なアイデアを上手に捨てられるようになれば、それはすばらしい才能と言えます。

今日の短い話に登場していた大きな教訓をふりかえってみましょう。私が言いたかったのはこうです。様々な学問分野にわたる数々の重要な技を用い、それを流暢に使えるようになるまで腕をみがき、経済学だけでなくあらゆることに活用すること。また複雑さや逆説には避けられないものがありますが、それでがっかりしないように。それらは、問題解決をいっそう楽しくするものだからです。私を導いてきた言葉として、再度ケインズからご紹介しましょう。「厳密にやって間違えるよりも、だいたい当たっているほうがましだ」。

最後に、同じような場で申し上げたことを繰り返して締めくくりとします。「学際的なやりかたに熟達したら、以前に戻りたいとは思わないだろう。両手を切り落とすようなものだから」。

これでおわりです。あとはみなさんの望むまでご質問を受けましょう(拍手)。

As I conclude, I want to tell one more story demonstrating how awful it is to get a wrong idea from a limited repertoire and just stick to it. And this is the story of Hyman Liebowitz, who came to America from the old country. In the new country, as in the old, he tried to make his way in the family trade, which was manufacturing nails. And he struggled, and he struggled, and finally, his little nail business got to vast prosperity, and his wife said to him, "You are old, Hyman, it's time to go to Florida and turn the business over to our son."

So down he went to Florida, turning his business over to the son, but he got weekly financial reports. And he hadn't been in Florida very long before they turned sharply negative. In fact, they were terrible. So he got on an airplane, and he went back to New Jersey where the factory was. As he left the airport on the way to the factory, he saw this enormous outdoor advertising sign lighted up. And there was Jesus, spread out on the cross. And under it was a big legend, "They Used Liebowitz's Nails." So he stormed into the factory and said, "You dumb son! What do you think you're doing? It took me fifty years to create this business!" "Papa," he said, "trust me. I will fix it."

So back he went to Florida, and while he was in Florida, he got more reports, and the results kept getting worse. So he got on the airplane again. Left the airport, drove by the sign, looked up at this big lighted sign, and now there's a vacant cross. And, lo and behold, Jesus is crumpled on the ground under the cross, and the sign said, "They Didn't Use Liebowitz's Nails." (Laugher).

Well, you can laugh at that. It is ridiculous, but it's no more ridiculous than the way a lot of people cling to failed ideas. Keynes said, "It's not bringing in the new ideas that's so hard. It's getting rid of the old ones." And Einstein said it better, attributing his mental success to "curiosity, concentration, perseverance, and self-criticism." By self-criticism, he meant becoming good at destroying your own best-loved and hardest-won ideas. If you can get really good at destroying your own wrong ideas, that is a great gift.

Well, it's time to repeat the big lesson in this little talk. What I've urged is the use of a bigger multidisciplinary bag of tricks, mastered to fluency, to help economics and everything else. And I also urged that people not be discouraged by irremovable complexity and paradox. It just adds more fun to the problems. My inspiration again is Keynes: Better roughly right than precisely wrong.

And so, I end by repeating what I said once before on a similar occasion. If you skillfully follow the multidisciplinary path, you will never wish to come back. It would be like cutting off your hands.

Well, that's the end. I'll take questions as long as people can endure me. (Applause)

2 件のコメント:

ブロンコ さんのコメント...

== 思考の経路依存性 ==
膨大な時間をかけて築き上げた考えにいつまでもとらわれてしまうのは思考の経路依存性やチャルディーニのいう一貫性といった人間の習性ですね。
これは企業にも当てはまることですが、一方でそういったことにとらわれない企業もあるようです。
「みずからが出した駄目なアイデアを上手に捨てられる」企業はどこかと尋ねられたら、私は迷うことなく「それはGEである」と答えます。
??Eの過去を見ると、超大企業でありながら、自らが苦心して生み出し他の企業にも大いに影響を与えるような経営手法や戦略といったものでも、役目を終えたり間違っていると思えば人目を気にすることなく平気で破壊し方向転換してきています。それは間違いを認めることを躊躇しない、過去の意思決定の正しさを証明することにはまるで興味がないといったような振る舞いです。
??Eの最大の強みはこの思考の経路依存性を持たないことにあると私は見ています。

betseldom さんのコメント...

== GEについて(ブロンコさんへ) ==
ブロンコさん、こんにちは。
GEに関するご指摘をありがとうございました。ブロンコさんの文章を拝見して、株主から見たGEには「事業活動という名のヴィークルに、資本や経営者層という名のゲノムが寄生するモデル」がよく当てはまると感じました(ドーキンス的なモデルです)。その遺伝子は淘汰圧を乗り越えるための戦略として、子孫をたくさん残すのではなく、みずからのDNAを組み替えて進化する道を強く志向しています。
ブロンコさんの言われるように、このようなモデルが多くの企業で有効になるとは思いません。変化による影響が大きければ、失敗するリスクも高くなりがちだからです。しかしそれでも生き延びてきた企業となれば、独特な生存能力が「伝統という名のDNA」に刻み込まれていると考えたくなります(幸運がつづいただけの可能性もありますが)。
興味ぶかい話題をありがとうございました。それでは失礼致します。