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2014年5月28日水曜日

(8136)サンリオの限界、鳩山体制の終わり

決算説明会の翌日にあたる5月22日(木)、下落基調だったサンリオの株価がさらに暴落しました。終値は前日比16%安の2,598円にとどまりましたが、一時はストップ安2,410円をつけました(Yahoo!株価情報)。当社IRはその状況に対して「アナリストが発表した内容が混乱を招くもととなっている」との見解を示し、誤解を解くように要請しました(当社発表[PDF])。アナリストの発信では「ビジネスモデルの方針転換が利益率の低下につながる可能性がある」とあったそうですが、あえて婉曲な表現にとどめたように感じられます。本心では、「経営の質が低下するリスクがある」と書きたかったのではないでしょうか。

来期予想も増収増益を掲げている当社の「経営の質が低下する」とはどういうことなのか。今回は、ここ数年間のサンリオの動きを踏まえた上で個人的な見解を記述します。

1. 株価の動向と市場の不安
投資家の視点でみたときの当社は、20年来「悩ましい企業」でありつづけました。余剰資金の運用失敗、そしてテーマパーク事業の不振が企業価値を損ねてきたからです。当社の株価に新しい春がやってきたのは2010年でした。当時700円ほどだった株価は成長期待によって4年近く上昇し続け、昨年9月のピーク時には6,000円をつけました。しかし現在は高値の半分を割り込み、2,800円前後まで下落しています。

[サンリオ株価の動向; Google 10年超のチャート]

2. 業績の推移
近年の業績は2008年度を底にして2009年度以降回復し、再成長の軌道に乗りました。利益成長に大きく貢献しているのは海外事業(ほとんどがライセンス供与)です。一方の国内事業(物販、ライセンス、テーマパーク)は当時からほとんど横ばいがつづいています。

[営業利益の推移; 当社説明会資料より。誤差あり]

3. 業績反転の主導者
業績回復のきっかけとなったのは、当社の辻邦彦副社長(故人。後述)が社外から人材を招へいしたことでした。その人物とは、現常務取締役の鳩山玲人(れひと)氏です。高名な一族の一員で1974年生まれの鳩山氏は大学卒業後に三菱商事に入社し、当社にかかわる業務等に携わった後、ハーバードのビジネススクールに進学してMBAを取得しています。また辻邦彦副社長に声をかけられたことで2008年5月に当社に入社し、経営に参画することとなりました。

[鳩山玲人氏; 早稲田大学サイト記事より借用]

現社長の息子である辻邦彦副社長は当社でずっと仕事をしてきました。父親の辻信太郎社長は現在80歳代半ばと高齢であり、副社長が経営管理の実質的な責任者を務めていたものと想像されます。また先日行われた決算説明会(後述)で辻信太郎社長が発言していたように、この6月には辻邦彦副社長の昇進が内々定していました。副社長は父親社長が築いてきた当社の長短両面をよく理解していたはずです。その想いの一部は数年前の有価証券報告書に課題として端的に表現されています。

[2005年度有価証券報告書]
当社グループは、Project2006により売上高指向から利益指向へシフトし、国内外において物販ビジネスの拡大とともにライセンスビジネスに注力し、特に、厳しい現状を踏まえての国内における販売力強化が当面の課題と認識しております。(PDF14ページ目)

辻邦彦副社長が鳩山氏を迎え入れた2008年度を底にして業績が改善しはじめました。海外ライセンス展開が伸長したことが大きく、鳩山氏が少なからず貢献していることがうかがわれます。短中期で成果のあがる戦略を見定めるとともに、欧米の現地法人を指揮し、顧客との直接交渉にも参加してきたようです。自身や鳩山家の人脈も役立ったかもしれません。中期計画(Project2015)は円安の好条件も重なったおかげで、1年前倒しの2013年度に営業利益目標を達成しています。

業績の数字以外にも鳩山氏の貢献度はうかがえます。過去の決算説明会の映像をみると、アナリストからの質問に応じている主役は彼でした。登場する話題は経営全般にわたっており、たとえばM&Aや配当性向といった資本配分、定量的なパフォーマンス管理に基づいた業務の評価・改善、業界でのポジションを意識した上での長期的なビジョン策定の必要性などにも触れていました。このことは、彼が最上層の経営に深くかかわっていたことを裏付けています。

鳩山氏の示す経営管理の方針や戦略実行のやりかたは基本から逸れておらず、聞いていて違和感を感じさせません。アメリカなどの優良企業の経営者と似た雰囲気です。説明内容は具体的で的を外すことが少なく、聞き手に安心感を与えるもので、アナリストからも評価されていたと思います。ただしそのようなやり方はスマートにみえるため、「若造の経営ごっこ」と受けとめられる危うさも負っていたかもしれません。

4. 辻邦彦副社長の死去(2013年11月)
2013年11月20日に辻邦彦副社長が急死しました。以下の報道記事によれば、出張先のロサンゼルスで客死されたとのことです。株価は2013年9月にピークをつけており、副社長が死去された後もひきつづき下落が続き、今日に至っています。

「ハローキティ」サンリオ株急落の陰で御曹司急死 [副社長の写真あり] (週刊文春WEB)

5. 「鳩山ショック」(2014年5月22日)
先週の5月21日に、当社の前期決算発表会が行われました。「この頃思うこと」と題した恒例の説話の中で、辻信太郎社長が当面の経営体制を発表しました。社長自身は留任のままで、辻邦彦副社長の抜けた穴を埋めるために各事業・現地法人の責任者をより前面に立たせ、全体を統括指揮する人物としては江森常務を指名しました。経営企画室長である彼は三菱銀行の出身であり、借入先銀行からの連絡役・お目付け役だと想像します。現在の当社は業績低迷から抜け出して好調な時期に入っています。そのような時期にとられた新体制に対して、説明会に参加していたアナリストからは疑念が度々投げかけられていました。

半年前まで経営改革のリーダーであった鳩山常務はどうやらその責務を解かれたようで、この2年間業績が低迷している欧州担当となりました。欧州は海外事業の中でもっとも利益貢献の大きかった地域でしたが、現在は米州(おもにアメリカ)に逆転されています。市場規模が大きいためにうまくテコ入れできれば大きな利益回復が期待できます。その意味で、鳩山常務を専任として問題対応にあてるのは理に適った判断だと思います。しかし当社の船頭から鳩山常務を外したことは大きな方針転換だと、少なくとも証券業界は受けとめたように感じました。

決算発表会における鳩山常務の様子には興味ぶかい点がありました。ここで比較したいのは、昨年11月6日に開催された第2四半期決算会での振舞いです。アナリストに対する応答は彼が中心になってこなしており、態度や回答内容からは自信がうかがえます。以下の両リンク先に映像があります。

[サンリオ2013年度第2四半期決算説明会; 鳩山常務(左)、江森常務(右)]

そして先日の5月21日に開催された決算説明会での様子です。前回までと大きく違った点を以下に列挙します。

[サンリオ2013年度決算説明会; 鳩山常務(前列左端)、辻社長(同右端)]

(1) 席次がひとつ後退していること(たとえば1:29:20-)
前回までは社長からかぞえて3番目でしたが、今回は4番目になっています(女性秘書を除く)。物理的にも社長から遠い座席に座っています。

(2) アナリストが質問する内容のメモをとらないこと(たとえば1:34:15-1:35:09)
質問に対しては基本的には社長や江森常務が回答し、固有の質問だけ鳩山常務が答えること、と事前に段取りされていたと思われます。しかし、自分が答える必要のない質問でもメモをとって備えておくのは大人が一般的にやることです。この席での鳩山氏はペンをとっておらず、自分には様々な権限がなくなったことを態度で示しています。(第2四半期決算映像では、たとえば54:15-での映像でメモをとっている)

(3) 質疑応答の際の視線の動き(1:31:20-1:33:25)
過去の映像では、鳩山常務はアナリストへ話をする際には視線を頻繁に移動させる傾向がみられます。しかし前回までと今回では、その動き方が大きく異なっています。前回まではメモの内容と質問者の双方に対して交互に視線を向けていました(2013月11月開催の第2四半期決算では、たとえば映像の55:20-)。今回は視線が左右へ泳いでおり、しかも質問者に対して力強くありません。これは潜在意識にある不安が表出したものと個人的には捉えました。この場合、権限や立場が大きく縮小されたことを示すと受けとめることができます。「欧州の立て直しを一時的に命じられたものの、仕事にけりがつけばかつての仕事に戻れる」、彼がそのような約束に基づいていたとすれば、ここで指摘した不安げな様子はみせなかったと思います。

6. 今後のサンリオと鳩山常務
鳩山常務が当社において自分の望む仕事を遂行できる可能性は大きく低下したと想像します。いい話があれば他社へ移る可能性は極めて高いと思われます。一方の辻信太郎社長にとっては、鳩山常務がやめることに異論はないようにみえます。ただし欧州立て直しの観点では鳩山常務の利用価値は大きく、たとえば今後1,2年間は結果が出ることと両建てで待つ手も考えられます。

鳩山常務はコミットメントを旨としており、欧州立て直しはきちんと取り組むと思われます。その仕事に区切りがつく1年後あるいは2年後に向けて、次の活躍の場を探しながら過ごす日々になるものと想像します。あくまでも個人的な見解ですが、鳩山氏にふさわしいのは自分を必要と考えてくれて大きな仕事を任せてくれる環境だと思います。ただし次の職場では、「偉大なるネコちゃん」の力を頼ることはできませんが。

7. 当社の企業価値
当社の営む事業の質は極めて高いために、経営者が大きなミスをするぐらいではなかなか揺らぎません。当社にとってこのことは幸福でもあり不幸でもあります。そして辻邦彦副社長と鳩山氏のコンビが海外ライセンス事業を大幅に強化したことで、この数年間で基礎体力が向上しています。このことは、鳩山常務がいなくても当社がひきつづき成長できる可能性が高いことを意味します。

鳩山常務が欠けることで本当に問題なのは、「当社が大化けする機会が遠ざかり、あるいは喪われる」可能性が高まることです。辻邦彦副社長と鳩山氏の間では、大きな夢を共有していたように思えてなりません。株式市場もそれを期待して評価を高めてきたことでしょう。しかし副社長が亡くなり、そして鳩山常務が外された現在では、当社に対する評価が低下して当然だと思います。しかしそうであっても当社の実力は地に落ちることはなく、「少なくともしばらくは堅実な成長が期待できる質の高い事業」と評価できると考えます。

株価に対する個人的な見解としては、5月22日に暴落した終値2,600円前後は「わずかに割安」な領域に突入したとみています。実際にわたしも22日と23日にわたって当社の株をはじめて購入しました(平均購入単価2,600円強)。株価は現在反転して上昇中ですが、まだ大幅な割安とは言えず、2,600円あるいは先日のストップ安2,410円を割り込んでくる可能性は十分に考えられます。配当利回りを考慮すると下落率は小さくとどまると思いますが、もし厳しく下落すれば買い増しするつもりです。

以下の表は、鳩山常務の去就の観点から決定木を書いて企業価値を算出したものです。意思決定上で重要な要素はほかにもあるはずですが、現在の当社の状況で重要なのは経営の手綱さばきにあると簡略化できれば、このような粗い評価でも何らかの意味はあるだろうと考えています。ただし数字をみれば明らかなように、予定調和的なバイアスがかかっている可能性は承知しているつもりです。

[サンリオ企業価値の評価]

2 件のコメント:

ブロンコ さんのコメント...

== サンリオ ==
私も買いました。
ただし、私の初動は今回の暴落の約1週間前です。
betseldomさんはよいタイミングで買われたようですね。
私も暴落後もすぐさま買い増ししましたが、初動に対して運のなさを感じました。
さて、わたしがサンリオに投資したのは、サンリオが属するキャラクタービジネス業界でのサンリオの競争優位性に魅力を感じたというよりも、どちらかといえばサンリオ以外の業界他社(今後生まれるであろう会社を含めて)の弱さ(例えば、成功する蓋然性の低さや成功したときに脅威となる蓋然性の低さ)に魅力を感じたからです。
キャラクタービジネスの成功を理解するにあたって、私はポリアの壺の概念や運や偶然がもたらす影響をベースにしました。
私も今後さらに下げるようなことになれば買い増しするつもりです。

betseldom さんのコメント...

== 運や偶然の影響(ブロンコさんへ) ==
ブロンコさん、こんにちは。コメントをありがとうございます。
「ポリアの壺」モデルは初めて知りました。確率的ゆえに根源的なモデルだと感じました。当社の事業に当てはめるモデルとして、複合して働く心理学的モデル等をわたしは思い浮かべていましたが、ポリア・モデルのほうが強固に働いているのかもしれませんね。
「運や偶然がもたらす影響」という点は同感です。しかしそうであればブロンコさんのご指摘「サンリオ以外の業界他社の弱さ」に直結するはずですが、そのような逆の発想まで思い至りませんでした。本文中で「サンリオの事業の質の高さ」と書きましたが、これはややも乱暴な表現だったと思い直しています。鳩山常務も触れていた競合企業ディズニー社とくらべると、当社事業の質を「高い」と表現するよりも、ブロンコさんのご指摘された表現のほうが評価上の観点として適切だと感じました。
とても勉強になるコメントをありがとうございました。
またよろしくお願い致します。