ot

2013年1月20日日曜日

水に沈めたビーチボール(ドナルド・ヤクトマン)

6 件のコメント:
少し前ですが、ファンド・マネージャーのドナルド・ヤクトマンの記事がForbesに掲載されていました。一部をご紹介します。(日本語は拙訳)

Best Ideas 2013: Yacktman Favors Cash Cows Like P&G And Contrarian Picks Too (Forbes 2012/11/26)

不振の年でもそうだったように、ヤクトマンはこれからも自分の立てた計画を固守していくとみるべきだろう。彼のファンドがあげた今年の成績は、ヤクトマン・ファンドが9.3%、ヤクトマン・フォーカス・ファンドが8.6%の上昇にとどまった。一方、市場は14.3%上昇し、同業者の9割がたはヤクトマンの成績を上回った。このことを彼は案じていないが、それもそうだろう。自分自身の成績だけでなく、買いを検討した銘柄の成績をふりかえる際には、10年単位でながめるようにしているからだ。

「ほとんどの人はじっと辛抱していられないようですな。これも最近の投資ビジネスにおける課題のひとつですよ」。つづけて彼は言った。「平均的にみれば、市場は1年の間に安値から高値まで50%変動しています。そのうえ、取引手数料がどんどん安くなっている。こういうことが投機をうながす原因になっていると思いますね」

ヤクトマンが探すのはROAの高い企業だ。そのようなビジネスは多くの資産を必要としないし、マーケットシェアが大きく、市場がどうであれそのままやっていける力がある。ヤクトマンが選ぶのは、煌々と輝いていても早々に弱まり得る星ではなく、予想のしやすいビジネスのほうだろう。「短期的にみればアップルを選好する人が大当たりを引けるかもしれません。しかし10年経ってわたしの携帯電話がどうなっているかは、なんとも予想がつきません」

「ところが10年後でもアメリカで買われている洗剤は、Tideがほとんどでしょう。これは870億ドルの売上をあげているP&Gの製品のひとつです。同社は他にもおむつのパンパースやペットフードのアイムスのような日用品を扱っているコングロマリットです。この会社なら買いですね」とヤクトマンは言う。「さらに言えば、P&Gは莫大な現金を還元してきましたが、まだ44億ドルの現金を有しています。これはP&Gがビジネスに再投資したり、株を買い戻したり、あるいは配当として払うこともできる証しです」。

[配当]利回りは、ヤクトマンが銘柄を選択する際の主要な要因だ。たとえばP&Gは3.3%だが、ベンチマークである10年物米国債のほぼ2倍に達している。「現在は、ペプシコやP&GがトリプルAの債券と同等の位置にある状況です。そんな時分に、本物のトリプルAやダブルAの債券を買っても、十分には報われないでしょう」。このように利回りに着目はするものの、不動産や工業、公共株には注意を払わない。1.76ドルの年間配当があったことで今年は人気を博したAT&Tのことを質問すると、ヤクトマンは異議を唱えた。「多額の固定資産を必要とするビジネスには魅了されません」。

もちろん、ヤクトマンがもっとも楽しんでおり、かつ秀でているのは、あまりある上昇の可能性を秘めているが人気のない株をすくいあげることだ。たとえばエイボン、CHロビンソン、ヒューレット・パッカードやリサーチ・イン・モーションといった逆張り銘柄にも投資してきた。「水中に沈めたビーチボールのような、そんな理想的なビジネスをさがし当てたいのです。水面が上昇しつづけても、そこはじっと我慢の子です。おさえている時間が長いほど、圧力がとれたときのはね返りも大きくなりますからね」。

Going forward, investors should expect Yacktman to stick to his plan, as well as some mediocre years. Like this one. The Yacktman Fund this year is up only 9.3%, and Yacktman Focused has gained 8.6%. By contrast, the broader market is up 14.3%. Some 90% of peers are beating Yacktman. Understandably, he's not worried. He prefers a 10-year horizon when assessing performance - both when looking at his own and when considering whether to buy a stock.

"Most people just aren't that patient. That's one of the challenges in the investment business today," he says. "The average stock market fluctuates about 50% from low to high in 12 months, and lower and lower transaction costs encourage speculation."

Yacktman looks for stocks with high returns on assets. This means businesses with low capital requirements, large market share and an ability to keep up in any market. So, Yacktman will opt for a more predictable business than a bright star that might fade soon. "In the short term, someone like Apple can shoot the lights out, but I can't tell you in 10 years what my cell phone will look like."

A decade from now, though, Yacktman says, most of America will probably still buying Tide detergent. That makes Procter & Gamble, the $87 billion (by sales) conglomerate with pantry staples like Pampers diapers and Iams pet chow, a buy, Yacktman says. Plus, P&G throws off enormous amounts of cash and has $4.4 billion in cash on the balance sheet, a sign P&G can reinvest in its businesses and also share by buying stock or paying dividends.

Yield is a major factor in Yacktman's picks. P&G pays 3.3%, for example, nearly double what the benchmark 10-year U.S. treasury yields. "We are in an environment where PepsiCo and Procter are like AAA bonds, and the world is not rewarding you enough to go to actual AAA or AA bonds." Even with this focus on yield, little attention goes toward real estate, industrials or utilities. And when asked about AT&T, a popular stock this year because of a $1.76 annual dividend, Yacktman demurred. "We're not enamored with a business that has enormous amounts of fixed capital."

Of course, what Yacktman enjoys - and excels - most at is scooping up unloved stocks, ones offering plentiful upside potential. This has included some contrarian choices of Avon and CH Robinson, as well as Hewlett-Packard and Research In Motion. "What we try to do is to find the ideal business, which is like a beachball being pushed under the water, and the water is rising. Then, all you have to do is have patience. Eventually the pressure will come off, but the longer it takes, the bigger the pop when it finally does happen."

ヤクトマン・フォーカス・ファンドの持ち株上位10社は、以下のとおりです(2012年12月31日時点)。P&Gはポートフォリオの10%超を占めています。

2013年1月18日金曜日

コカ・コーラ、私の心に響いた名前(チャーリー・マンガー)

0 件のコメント:
チャーリー・マンガーの講話『実用的な考え方を実際に考えてみると?』の第2回目です。前回分はこちらになります。(日本語は拙訳)

それでは、実際的な問題について具体的に説明しましょう。

アトランタは1884年のこと。あなたは20名ばかりの似たような人たちとともに、アトランタの一市民であるグロッツ氏の前に連れられてきました。裕福ながらも変わり者で知られたグロッツさんには、あなたと共通する点が2つありました。ひとつめは、5つの有用なるアイデアをふだんから使いこなして問題を解決していること。もうひとつは、[この講話が行われた]1996年時点に大学の全教養科目で教えられているあらゆる基礎的な概念を知っていることです。ただし、それらの基礎的概念を発見した人や具体的な事例は、いずれも1884年以前のものであり、それよりあとのことは二人とも何も知らないことになります。

さて、そのグロッツさんが次のような提案をしてきました。2百万ドル(1884年当時の金額)の資金を投資したいと考えている。株式の半分は私の慈善基金の財団で所有させてもらうが、アルコール以外の飲料事業を営む会社をつくってほしい。その事業一本で永久にやっていくつもりだ。会社の名前は「コカ・コーラ」としてほしい。どういうわけか、この名前を気にいってしまったのだ。

みなさんには自分の事業計画を説明してもらいたい。150年後の2034年になったときに、私の財団の持ち分がそのときの金額で1兆ドル以上になることをいちばんうまく説得してくれた人には、新会社の残り半分の株式を進呈しよう。ただし条件がひとつある。利益の大部分は配当として毎年支払うこと。つまり、何十億ドルもの配当を出したあとでも、新会社全体の価値が2兆ドルに達していなければならない。

さあ、あなたの出番まで15分間あります。自説を披露してグロッツさんを説得するには、どうすればよいでしょうか。

It is now time to present my practical problem. And here is the problem:

It is 1884 in Atlanta. You are brought, along with twenty others like you, before a rich and eccentric Atlanta citizen named Glotz. Both you and Glotz share two characteristics: First, you routinely use in problem solving the five helpful notions, and, second, you know all the elementary ideas in all the basic college courses, as taught in 1996. however, all discoverers and all examples demonstrating these elementary ideas come from dates before 1884. Neither you nor Glotz knows anything about anything that has happened after 1884.

Glotz offers to invest two million 1884 dollars, yet take only half the equity, for a Glotz Charitable Foundation, in a new corporation organized to go into the non-alcoholic beverage business and remain in that business only, forever. Glotz wants to use a name that has somehow charmed him: Coca-Cola.

The other half of the new corporation's equity will go to the man who most plausibly demonstrates that his business plan will cause Glotz's foundation to be more a trillion dollars 150 years later, in the money of that later time, 2034, despite paying out a large part of its earnings each year as a dividend. This will make the whole new corporation worth $2 trillion, even after paying out many billions of dollars in dividends.

You have fifteen minutes to make your pitch. What do you say to Glotz?

2013年1月16日水曜日

進んでお縄にかかる者(ハワード・マークス)

0 件のコメント:
Oaktreeの会長ハワード・マークスが新しいメモDittoを公開していました。今回の話題は強気と弱気のサイクルについてです。これは他でもよくみかける話題ですが、彼の文章は地に足がついているだけでなく、読ませる構成になっています。今回はその中から、投資家が現状のリスクをどのようにとらえているか描写した箇所を引用します。(日本語は拙訳)

「投資家が自信に満ちているときはリスクが大きく、おびえているときはリスクが小さい」。ここまでの8ページはまぎれもなく、このことをわかってもらいたいがために書いたものです。今日の状況は言うまでもないでしょう。遅々として進まない景気回復や不均衡なままの財政、機能不全となったアメリカの政治情勢、それ以下のヨーロッパ、成長できない日本、中国の減速、新興国市場における派生的な問題、そして地政学的な緊張状態と、不確実な要素があることを投資家はよく認識しています。リスクに対して無知だったことがグローバル危機を招いた主犯だったと私は確信していますが、リスクのことをわかっているかという点では、今日の状況は心配無用でありましょう。

投資家が慎重な姿勢をとるのであれば、良ききざしとみるべきです。というのは、普通の状況であれば彼ら自身が資産価格を魅力的な水準まで引き下げると予想されるからです。しかし今日の状況には問題があります。強気に考えている人はほとんどいないにもかかわらず、多くの人が強気な行動をとっています。そのようにリスクをとっていれば、たとえリスクを望むと考えていなくても、市場に対しておきまりの悪い影響を及ぼすことでしょう。ここ数ヶ月の間、私はこの矛盾についてますます考えるようになりました、これこそ、投資家が現時点で対処すべきもっとも重要なことだと思います。

では、考えていることと行動していることが矛盾しているのは、一体なにゆえでしょうか。単純なことです、買いたいから買っているのではなく、買わねばならないと感じているから買っているのです。過去に同じことがあった際に、私はこう表現しました。「進んでお縄にかかる者」と。

Arguably the eight pages of this memo leading up to this point are there for the sole purpose of establishing that when investors are sanguine risk is high, and when investors are afraid risk is low. Today there's no question about it: investors are highly aware of the uncertainties attaching to the sluggish recovery, fiscal imbalance and political dysfunction in the U.S.; the same or worse in Europe; lack of growth in Japan; slowdown in China; resulting problems in the emerging markets; and geopolitical tensions. If the global crisis was largely the product of obliviousness to risk - as I'm sure it was - it's reassuring that there is little risk obliviousness today.

Sober attitudes on the part of investors should be a source of comfort, since in normal times we would expect them to bring down asset prices to the point where they're attractive. The problem, however, is that while few people are thinking bullish today, many are acting bullish. Their pro-risk behavior is having its normal dangerous impact on the markets, even in the absence of pro-risk thinking. I've become increasingly conscious of this inconsistency in recent months, and I think it is the most important issue that today's investors have to confront.

What's the reason for this seeming inconsistency between thoughts and actions? The answer is simple. These people aren't buying because they want to, but because the feel they have to. In the past I've referred to them as "handcuff volunteers."

2013年1月14日月曜日

2012年の投資をふりかえって(3)新規・追加投資編(任天堂)

0 件のコメント:
前回に続いて2件目の企業です。

■任天堂(6157) (当社Webサイト)

<当社の概要>
事業内容は説明するには及びませんので、ここでは事業の現状を自分なりに概括します。

前期(2011年度)は450億円の損失を出しました。新型据置機Wii U発売発表にともなうWiiの失速と、新型携帯機3DSのマーケティング上の失策(価格設定および当初のソフト展開)が重なった結果ですが、大幅値下げを敢行したため、片肺どころか片方のエンジンが逆噴射したともいえる状況でした。

今期(2012年度)ですが、3DSはマスマーケット向けソフト「どうぶつの森」シリーズ新作を日本で発売したことで、国内市場ではハードの普及が軌道にのりました。一方、Wii Uはこの年末から販売を開始しました。先代のWiiには水をあけられていますが、一般的な水準からみれば、そこそこの出だしです。全体的にみれば、業績回復に向けて評価できる一歩を踏み出しています。

来期(2013年度)の目標としては、次の2点が予想されます。第一に、日本以外の市場における3DSの浸透です。もうひとつのマス向けソフト「ポケモン」シリーズ新作を10月に発売すると先日発表しており、今年にかける意気込みを感じさせます。第二に、Wii Uの主戦場である北米において、コアゲーマーへの普及を拡大させ、サードパーティーの参入意欲を維持向上させることです。これは当社の戦略にしたがうもので、次の展示会E3にむけて何らかの策を準備していると思われます。決算説明会で岩田社長が「お金の使い方」について述べていたコメントが思い返されます(過去記事)。

<投資に至った理由>
当社の中長期的な成長性が見通せたわけではなく、単に株価とくらべて企業価値が割安に思えたことが理由です。時価総額1兆2,800億円(株価10,000円)に対して、前期末(2012/3)の負債控除後の純現金有価証券9,000億円弱(一株当たり7,000円弱)を比べると、割安にみえました。およそ4,000億円で当社を買えることになるからです。このような、資産面から値踏みするやりかたはバリュー・トラップにおちいる可能性を秘めていますが、それなりに業績が回復することを前提にしています。確率的に大きくないとみますが、今後2年間ぐらいで一定の業績回復が果たせなければ、資金をひきあげるつもりです。なお長期保有(10年超)の対象としては、評価するのがむずかしい企業と感じています。

売上成長の手段や機会としては、少なくとも次の3点は期待できるとみています。
・市場の拡大(新興国)
・新たなIP(ソフトの新シリーズ)の創出
・インフレに追随した値上げや、競合動向を見据えた上での価格設定

Wiiが登場した2007年3月期以降の累積でみると、純利益合計が約1兆円に対して配当合計が約6,000億円と、利益の過半は株主に還元されています。一方、貸借対照表では土地建物等の有形固定資産や繰延税金資産(純額)が1,000億円ほど増加しています。差額分の資産がどうなったかは、追いきれませんでした。この期間にドルが120円から90円に下がっていますので、外貨建資産の評価減が大きいかもしれません。 このように、少なくともWii時代をみると、得られた利益は株主に還元されたり、目減りした外貨建資産となり、大規模な再投資には回っていません。買収をしてのれんを大きく増やすようなことはしておらず、財務は健全なままですが、投資家として当社を評価する際には、利益の推移が事業の成長とどうかかわるのか、見誤らないように注意する必要を感じます。なお従業員数は、連結ベースで50%増となっています。

<リスク>

・Wii Uの失敗
3,4年先を考慮すれば新型機Wii Uはそこそこ普及していることを期待していますが、Wiiに迫るのは難しいと想像します。あたかも、当社のイノベーションと消費者が製品を受け入れる心情には長期的な共振サイクルがあるかのようです。波に乗っていないと感じる例としては、たとえばWii Uの特徴であるタブレット型コントローラーはiPadなどを連想させて一見わかりやすい面がありますが、逆にiPadを持っているので十分だと思われてしまう位置づけにあることも、そのひとつです。

ただしこの件は、事業上というよりも投資家が企業価値を判断する際のリスクかもしれません。長期的な事業継続を考えるならば、短期的な大成功を追うよりも、たとえばコアゲーマーを取り込んで当社顧客層の厚みを増すといった地道な積み重ねのほうが、正しい道筋かもしれないからです。

・ゲームソフトに対する価格意識の下方方向への変化
岩田社長が指摘したように(岩田聡GDC講演内容の7-8ページ目)、スマートフォンやタブレット端末では無料や安価なゲームをオンラインで気軽に入手できるので、既存ゲームに対する消費者の価格意識が変化するのではと危惧するものです。思い浮かべやすい例としては、100円ショップが登場したことで、日用品に対する品質意識が後退した事例があげられます。

この件は致命傷には至らないのでは、と予想しています。当社製品の主要ユーザーである子供にとっては、テレビゲームはクリスマスのプレゼントやお年玉の使い道として認知されています。それゆえ、「安くない値段とそれを裏付ける品質」にはそれなりの対価を払う価値があるとみなされ、値崩れしにくい傾向が今後も続くものと考えるからです。

・競合他社の拡大
汎用モバイル機器やネットワーク技術の進展によって、ハードの優位性やサービスの独自性が打ち出しにくくなってきました。差別化しようとしても無駄な努力におわるだけでなく、自社の得意な領域から逸れやすくなるリスクがあります。当社は求心力を持続できる企業のほうですが、たとえば業績が思うように回復しない時期に脱線する可能性は否定できません。なお、この件について逆からみると、ハードウェアコストの低下を見込める可能性があります。

・優れた経営者への依存
当社の事業は明らかに水商売的な性格が強いものですが、その反面、たくさんの消費者に認知されている知的消耗品を取り扱うことで、強力な支持を集めています。この競争優位性を表現すれば「強いが脆い」といったところで、経営者の手綱さばきにも細心の注意が求められます。当社は先代の山内氏、現任の岩田氏と、能力の高い経営者のもとで成功をおさめてきました。またゲームクリエイターの「神様」宮本専務も非常に大きな役割を果たしています。このような稀少な人材が次世代にも維持されるかどうかは、顕在化する可能性の大きいリスク要因とみています。

<売買記録>
2012年の5月と7月に買い、平均購入単価は8,930円です。現在の株価は9,070円ですが、その前日には8,590円でした。市場の見方は、まだ懐疑的なようです。

2013年1月11日金曜日

企業戦略を成功に導くには(ルイス・ガースナー)

4 件のコメント:
いまさらですが、IBM再生の立役者ルイス・ガースナーの自伝『巨象も踊る』を読んでいます。少し前の投稿で、低迷した企業が復活できる例をウォーレン・バフェットが挙げていますが、当社の場合は「ど真ん中」の本業が苦しんだことから、ウォーレンの事例とは異なる部類だと捉えています。

経営者に関する本はたまに手に取りますが、かざらない文章にひきこまれました。本書には印象に残る文章がいろいろありますが、「こういうのを待っていた」ともっとも感じたものを、今回はご紹介します。世の経営者に対してだけでなく、自分自身の日常を叱咤するようにも聞こえました。

実行能力、つまり物事をやりとげ、実現する能力は、すぐれた経営者の能力のなかで、もっとも評価されていない部分だ。わたしは経営コンサルタントだったころ、数多くの企業の数多くの戦略の策定に加わった。ここで、経営コンサルタント業界の小さな暗い秘密をお教えしよう。ある企業のために独自の戦略を策定するのは極端にむずかしいし、業界の他社の動きとはまったく違う戦略を策定した場合、それはおそらくきわめてリスクの高いものなのだ。その理由はこうだ。どの業界も経済モデル、顧客が表明する期待、競争構造によって枠組みが決まっており、これらの要因は周知のことだし、短期間に変えることはできない。

したがって、独自の戦略を開発するのはきわめてむずかしいし、開発できたとしても、それを他社に真似されないようにするのはさらにむずかしい。たしかに、コスト構造や特許で、他社の追随を許さない強みをもつ企業がないわけではない。ブランド力も競争上の強力な武器になり、競合他社はこの面で業界のリーダーに追いつこうと必死になっている。しかし、これらの優位が他社にとって永遠に越えられない壁になることはめったにない。

結局のところ、どの競争相手も基本的におなじ武器で戦っていることが多い。ほとんどの業界で、業績向上の原動力になる要因、成功をもたらす要因を5つから6つ指摘できる。たとえば、小売り業界でマーチャンダイジング、ブランド・イメージ、不動産コストが決定的な要因であることはだれでも知っている。この業界で成功するための新たな道筋を見つけ出すのは、不可能ではないまでも、きわめてむずかしい。ドット・コム小売り企業の華々しい失敗は、業界の基礎的要因を棚上げにできないことを示す好例である。

したがって実行こそが、成功に導く戦略のなかで決定的な部分なのだ。やり遂げること、正しくやりとげること、競争相手よりうまくやりとげることが、将来の新しいビジョンを夢想するより、はるかに重要である。

世界の偉大な企業はいずれも、日々の実行で競争相手に差をつけている。市場で、工場で、物流で、在庫管理で、その他もろもろのすべての点で差をつけている。偉大な企業が競争相手との激闘を避けられるほど、真似のできない強みをもっているケースはめったにない。(p.302)


もうひとつ、こちらはおまけです。RJRナビスコの経営者だったルーがIBMに移ることが決まって、勤務前に同社の会議に出席したときの追憶です。

大きな会議室に案内されて、本社経営会議に出席した。本社の経営幹部が50人ほど集まっていた。女性が何を着ていたかは覚えていないが、会議に出席していた男性が全員、白いシャツを着ていたのが印象的だった。例外がひとりいた。わたしだけ、ブルーのシャツを着ていた。IBMの経営幹部としては、常識を大きく逸脱する服装だったのだ。(何週間か経って、同じ会議があった。わたしだけが白いシャツで、他の全員が色物のシャツだった)。(p.39)