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2024年9月11日水曜日

戦略とはなにか(『良い戦略、悪い戦略』より)

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『良い戦略、悪い戦略』(2012年初版)という本を読みました。本書は、事業における「戦略」という概念に興味をもっている人に、強くおすすめしたい一冊です。つまり、実際に戦略を立てて指揮をする人だけでなく、そのような人物あるいは戦略を実行する組織を評価する人(たとえば株式投資家)も得るものが多い著作だと思います。


本書を通読する前には、そもそも「戦略」という言葉の本来的な意味を把握できていないと自覚していました。わかったようでいてわかっていない、漠然とした状態でした。たとえば組織の最上位だけでなく、それを構成するさまざまな階層や機能単位において「戦略」という言葉が用いられていることは認識しているものの、それが適切なのか判然としないまま、通り過ごしてきました。そして、その疑問を積極的に解消しようと行動することもありませんでした。


ところが最近になって『戦略の要諦』という本(同じ著者による新刊)が評判になっている記事を目にしました。装丁に目をやると「ミッション、パーパスは無意味である」という一文。これは奮った文句だと感じました。というのも最近の企業経営の説明において、ミッションやパーパスといった言葉をぽつぽつとみかけるようになってきたからです。ただし、その内容は個人的にはなかなか心に響いてこず、もてあましていたところでした。それを「無意味」と一刀両断してくれる著者ならば、戦略について明快に説明してくれるかもしれない。そう考えたことで心機一転でき、さらには同書の前に発表された著作があることを知り、急がば回れで本書を手に取ることにしました。


本書のなかから今回引用するのは、戦略という言葉を端的に説明した最重要な文章です。


戦略を野心やリーダーシップの表現とはきちがえたり、戦略とビジョンやプランニングを同一視したりする人が多いが、どれも正しくない。戦略策定の肝は、つねに同じである。直面する状況の中から死活的に重要な要素を見つける。そして、企業であればそこに経営資源、すなわちヒト、モノ、カネそして行動を集中させる方法を考えることである。(p.4)

たとえば産業界では、大半の買収や合併、高価な新しい施設・設備への投資、重要なサプライヤーやクライアントとの交渉、大きな組織の設計などはすべて「戦略的」とされる。だが戦略で重要なのは、意思決定を下す人の地位ではない。戦略とは、組織の存亡に関わるような重大な課題や困難に対して立てられるものであり、それらと無関係に立てられた目標とは異なる。戦略とは、そうした重大な課題に取り組むための分析や構想や行動指針の集合体と考えればよい。(p.10)

もうひとつ、おまけの文章です。


がんばることは人生において大事ではあるが、「最後のひとふんばり」をひたすら要求するだけのリーダーは能がない。リーダーの仕事は、効果的にがんばれるような状況を作り出すことであり、努力する価値のある戦略を立てることである。(p.71)

(次回につづきます)

2024年7月11日木曜日

塩野義製薬と任天堂

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最近は塩野義製薬に再注目しています。株式をはじめて買ったのは数年前ですが(過去記事)、このところ株価が低迷しているので、買い増しする機会かどうかを判断するために、踏み込んで調べてみました。その一環として同社のトップである手代木功(てしろぎ・いさお)社長兼会長の発言を読んだり、映像を視聴しました。「なるほど、こういう社長だったのか」と不勉強を痛感しました。国内では珍しいタイプの社長でした。似たような人物をあげてみれば、任天堂の岩田聡社長(いわた・さとる、故人)しか思い浮かびません。


その任天堂には現在も継続投資中ですが、投資のきっかけとなったのは岩田社長の映像をはじめて視聴して心をつかまれたときでした(過去記事あたりの時期)。人当たりが柔和なだけでなく、実力があって、そのうえ第一線で実績や功績をあげてきた人物です。手代木社長には、その岩田社長の印象を重ねたくなってしまい、両者の似ている点は他にもないか、しらべてみました。


<両者の基本プロファイル>
早々に小さな驚きだったのが、出生や学歴といった両者の基本プロファイルがよく似ている点です。出身地は北日本で、理系の学部を卒業されています。岩田社長曰く「コンピューターに没頭していたので学業はそこそこだった」、また手代木社長曰く「あまりいい学生ではなかった」とのことですが、お二人ともに学生時代には自社で中核をなす専門分野を学修しています。


手代木功さん(塩野義) 岩田聡さん(故人、任天堂)
生年月日 1959年12月12日 1959年12月6日
出身地 宮城県仙台市 北海道札幌市
出身校 東京大学薬学部 東京工業大学工学部
社長就任時期 2008年 2002年


<両者の能力や振る舞い>
次に、両者の能力や振る舞いや実績において似ている点をあげます。3番目以降の項目については他の経営者も備えていることがありますが、項目1と2は稀な能力や実績だと考えます。
  1. 温厚誠実公正で、他人を尊重する姿勢
  2. 低迷期の会社を立て直したこと
  3. 事業上の大失敗をしたこと
  4. 自己の能力にはそれなりに自負あり
  5. ハードワークをいとわない姿勢
  6. 合理的でアイデアに富んだ思考
  7. プレゼン上手
これらを挙げる際に参考にした資料は、岩田社長についてはご本人や周辺の発言をまとめた書籍、任天堂webサイトで公開していた映像や文書、また手代木社長については以下のリンク(3点)や塩野義製薬webサイト上のIR文書です。


「チェンジ・メーカーズに聞く」(28) 手代木功・塩野義製薬社長 2018.11.21
トップの源流 #55
トップの源流 #56


<両社の財務や経営成績>
お二人が率いる両社の経営成績や財務も、よく似た傾向を示しています。(以下のデータは前期末連結のもの)



塩野義製薬 任天堂
本社の所在地 大阪府 京都府
創業年 1878年 1947年
従業員数 約5,000名 約7,700名
売上高 4,100億円 16,700億円
営業利益 1,500億円 5,200億円
純利益 1,600億円 4,900億円
ROE 14% 20%
余剰な流動資産 約6,000億円 2兆円強
コーポレートカラー 赤色 赤色


<両社の経営方針>
製薬会社とくに巨大化した企業は製品ポートフォリオを維持拡大するために、ベンチャー企業を買収したり、他社の有望な新薬候補を導入する傾向が強く見られます。これは大きな資金を投じることができる、ある種の「規模の経済」に頼っているともいえます。一方で塩野義製薬は「自社創薬」の方針を掲げています。つまり、自社の資源をつかって製品を研究開発上市することを重視しています。顧客の幸せを第一とし、それに寄与する競争優位性を「自社による研究力・開発力」に求めています。


一方の任天堂が掲げる方針は「独創(娯楽は他と違うからこそ価値がある) 」です。具体的には、近年や少し過去の製品を振り返れば容易に確認できます。2画面スクリーン(タッチパネル兼用)のDS、振りかざして遊ぶゲームコントローラーのWii、そして携帯/据置モードを切り替えられるSwitch。これらの製品は競合製品と比較して独自性が強く、市場から受け入れられないリスクもあります(低迷したWii Uがその一例)。しかし任天堂は顧客の喜びや驚きや信頼を第一とし、それにつながる製品やサービスを生み出す社内文化に磨きをかけつづけてきました。つまり、競争優位性は「自社による企画力・開発力」にあるといえます。


<両社の事業領域>
おもな事業領域は、塩野義製薬が医療用医薬品(特に感染症)、任天堂がテレビゲームです。一見すると別物ですが、見方によっては類似点があげられます。

第一に、市場が感染によって拡大する点です。感染症用医薬品であれば、病原体が拡散感染することで市場(=患者)が広まります。ゲームであれば、楽しさが感染することで市場(=ユーザー)が広まります。(もちろん、感染の倫理的な意味合いは異なります)

第二に、市場は基本的に国内外が対象になる点です。国外販売のために手間はかかるものの、地理的な障壁が高すぎることはありません。

第三に、市場全体をカバーするのに共通の製品を投入すればよい点です。基本的に、市場に合わせる形で個別にカスタマイズする必要性は相対的に小さいものです。

第四に、ユーザーの年齢層が比較的限定されにくい点です。医薬品は年長者、ゲームは年少者に偏る傾向はあるものの、たとえばインフルエンザあるいはポケモンのように広く感染する例もあります。

要約すれば、「世界的に通用するマス・マーケット向け製品」を扱っているといえます。逆にいえば、ブームがこなければ会社が成り立たない大きなリスクを背負っています。


<両社がとった社長抜擢>
出入り業者(HAL研究所)の社長だった岩田さんを任天堂へ招き入れて後継社長に抜擢したのは、創業者一族の山内社長でした。のちに「組長」とあだ名される人物が、外様の岩田さんには嬉々と対応されていました。


一方の手代木社長は、アメリカの子会社へ出向を命じられて腐り気味だったことがありました。しかしそれでも現地でマネージャーとして幅広く精進した経歴が、結局は創業家の塩野社長に評価され、後継者として会社再建を任されることになりました。


両社(そして両者)を要約一般化すると、「成功経験があって独自路線を是とする、関西系企業の創業家社長」が「朴訥とした外見や語り口ながらも、実績十分で優秀聡明、誠実公正な北日本出身の中堅管理者/経営者」を次期社長として指名し、会社の将来を託したことになります。


*


ここにあげた類似点には単なる符合が混じっていたり、あるいは反対に相違する点もほかにはあるでしょう(たとえば外部から招聘された岩田社長に対して、社内で各部門の経歴を積んできた手代木社長)。しかし投資候補となる企業を調べる上で、ここに記した見方(経営者*企業の相乗関係の類似性)はひとつの視点になるかと思います。

現在の任天堂は隆盛期を謳歌していますが、道半ばで亡くなった岩田社長が大きな貢献を果たしたことはまちがいないと思います。そして手代木社長率いる塩野義製薬が、これから特に海外へと発展することを期待しています。

2024年3月6日水曜日

2023年度バフェットからの手紙(3)さようなら、チャーリー・マンガー

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今回の「株主への手紙」では最初のページに、ウォーレン・バフェットからチャーリー・マンガーに向けた弔辞が掲げられています。以下、その全文です。(日本語は拙訳)


バークシャ・ハサウェイを設計監理した男、チャーリー・マンガー


チャーリー・マンガーは100歳の誕生日まであと33日の、11月28日に亡くなりました。


彼は[ウォーレン・バフェットと同じネブラスカ州の]オマハで生まれ育ったものの、存命中の8割は別の場所で暮らしていました。そのため、わたしが彼とはじめて対面したのは1959年になってからで、そのとき彼は35歳でした。その彼が資産管理の道を歩むべきだと決意したのは、1962年のことでした。


その3年後に、彼はわたしをこう諭しました。「バークシャーの経営権を買った判断はお粗末だったね」と。しかし、彼は次のように請け合ってくれたのです。「済んだことは良しとして、まちがいを正す方法を説明しよう」


話を進めるうえで留意していただきたいのは、わたしが当時運営していた小規模の投資パートナーシップに、チャーリーや彼の親族は一銭も投資していなかった点です。そこの資金を使って、わたしはバークシャー株を買っていました。そのうえチャーリーがバークシャー株を保有することになるとは、わたしたちのだれもが予想してしませんでした。


それにもかかわらず、チャーリーは速やかに助言してくれました。1965年のことです。「いいかいウォーレン、バークシャーのような企業の株を買おうなんて考えないこと。もはやバークシャーを経営できるのだから、今後はすばらしい事業をそこそこの値段で買い加えていこう。そこそこの企業をすばらしい値段で買うのは、おしまいだよ。つまり、君の英雄たるベン・グレアムから教わったことは全部放り出してほしい。あのやりかたが通用するのは、規模が小さいときだけだから」と。その後、後退することはたびたびありながらも、わたしは彼の導きに従いました。


何年も経ってから、チャーリーはわたしのパートナーとしてバークシャーの経営に加わってくれました。そしてわたしの古い習慣が顔を出すたびに、正気へと引き戻してくれました。彼は亡くなるまで、その役割をつづけてくれました。初期のころからわたしたちと投資し続けてくれた人たち共々、チャーリーとわたしは当時想像していた以上の成功をおさめることができました。


実際のところ、現在のバークシャーを「設計監理した建築家」はチャーリーでした。そしてわたしは、彼の構想を実現するために日々の作業を遂行する「元請け業者」でした。


チャーリーは「自分が創始者である」と謳うことはありませんでした。そうではなく、賞賛を受ける場でお礼をかえす役割は、わたしに任せてくれたのです。わたしにとって彼は兄であり、はたまた愛すべき父親でもありました。自分のほうが正しいとわかっているときでも、わたしに手綱さばきを任せてくれました。わたしがポカをしでかしたときにも、その過ちを思い出させるような素振りは一切みせませんでした。


実体をきずく世界において、偉大なる建築物はそれを設計監理した人物を思い起こさせるものです。一方、そこでコンクリートを流し込んだり、窓を取り付けた人物のことはたちまち忘れられます。巨大な企業となったバークシャーにおいて、わたしは建設要員としての責務を担ってきましたが、チャーリーは建築家として携わったと末永く評価されるべきでしょう。


Charlie Munger – The Architect of Berkshire Hathaway


Charlie Munger died on November 28, just 33 days before his 100th birthday.


Though born and raised in Omaha, he spent 80% of his life domiciled elsewhere. Consequently, it was not until 1959 when he was 35 that I first met him.  In 1962, he decided that he should take up money management.


Three years later he told me – correctly! – that I had made a dumb decision in buying control of Berkshire. But, he assured me, since I had already made the move, he would tell me how to correct my mistake.


In what I next relate, bear in mind that Charlie and his family did not have a dime invested in the small investing partnership that I was then managing and whose money I had used for the Berkshire purchase. Moreover, neither of us expected that Charlie would ever own a share of Berkshire stock.


Nevertheless, Charlie, in 1965, promptly advised me: “Warren, forget about ever buying another company like Berkshire. But now that you control Berkshire, add to it wonderful businesses purchased at fair prices and give up buying fair businesses at wonderful prices. In other words, abandon everything you learned from your hero, Ben Graham. It works but only when practiced at small scale.” With much back-sliding I subsequently followed his instructions.


Many years later, Charlie became my partner in running Berkshire and, repeatedly, jerked me back to sanity when my old habits surfaced. Until his death, he continued in this role and together we, along with those who early on invested with us, ended up far better off than Charlie and I had ever dreamed possible.


In reality, Charlie was the “architect” of the present Berkshire, and I acted as the “general contractor” to carry out the day-by-day construction of his vision.


Charlie never sought to take credit for his role as creator but instead let me take the bows and receive the accolades. In a way his relationship with me was part older brother, part loving father. Even when he knew he was right, he gave me the reins, and when I blundered he never – never –reminded me of my mistake.


In the physical world, great buildings are linked to their architect while those who had poured the concrete or installed the windows are soon forgotten. Berkshire has become a great company. Though I have long been in charge of the construction crew; Charlie should forever be credited with being the architect.


2024年3月2日土曜日

2023年度バフェットからの手紙(2)例によって、やらかしました

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2023年度「バフェットからの手紙」より、今回の文章ではウォーレン・バフェットが自身のおかした失敗を告白しています。失敗と断定するには少し早いようにも思えますが、主力子会社に関する話題なので、バークシャーの株主諸氏のみなさんはそれなりに調査研究なさったほうがいいかもしれません。なおウォーレンは自分の失敗を明らかにする人で(過去記事の例)、この点は他の大多数の経営者と一線を画していると思います。(日本語は拙訳)


昨年残念な業績におわった部門の二つめはBHE社[エネルギー事業の子会社; Berkshire Hathaway Energy]で、こちらはさらに厳しい損益でした。同社が営む大規模な電力事業のほとんどは、広域にわたるガスパイプラインと同様に、期待通りの成果をあげました。しかし、いくつかの州における規制の雲行きゆえに、利益ゼロあるいは破綻にさえ至る恐れを抱くようになりました(実際カリフォルニア州の最大手会社がそうなり、ハワイ州では現在その危機に面しています)。そのような規制をとる地域では、米国でもっとも安定した産業として以前には考えられていた収益や資産価値を見込むのは困難です。


電力業界は1世紀以上にわたって、成長を果たす原資とするために多額の資金を調達してきました。それは定められた資本利益率が得られるとする、州ごとの協約に基づくものです(優秀な運営には、若干のボーナスを出す場合もあり)。このやりかたによって莫大な投資が実行され、何年か先を見通した際に要求される能力が構築されました。そのような将来を見据えた法規制は現実を反映していました。つまり公共企業が供する発送電用の資産を建設するには、往々にして長い年月を要する現実をです。BHE社が米国西部で展開している複数州にわたる広大な送電プロジェクトは2006年に着工され、完工まで幾年かを残しています。そしてこの操業範囲は、米国本土の30%を占める10州にわたるものとなります。


私企業および公企業いずれの電力会社でも採用されてきたこの方式によって、たとえ人口成長や産業部門による需要が予想を上回ったときにおいても、電灯は灯されてきました。「安全余裕」を見込んだアプローチは、規制当局や投資家や公衆にとって妥当なものと考えられていました。しかし現在はいくつかの州において、「固定ながらも十分な利益率を定めた制度」は崩壊しました。そして投資家は、そのような破局が広まるのではないかと危惧するようになりました。さらには気候変動問題が心配に輪をかけています。地中送電が必要なのかもしれませんが、「そのように造るために、多額の費用をかけるべきだ」と考えた人が数十年前の時点で存在したでしょうか。


わたしどもはバークシャーにおいて、発生した損失の大きさを最良に見積もるよう努めています。そういった費用は山火事から生じましたが、その頻度や影響度はこれまでに増加してきただけではなく、対流性嵐の発生頻度が高まるのであれば、今後も増加しつづけると思われます。


BHE社が被った山火事による損失の勘定を締めたり、脆弱な西部諸州における将来にむけた投資の必要性を賢明に判断できるようになるには、かなりの年月がかかることでしょう。そして規制環境がどのように変わるのか、今はまだ様子見の段階です。


他の電力会社においても、パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社[2019年に破綻]やハワイ電力社[2023年の山火事]と似たような、存亡のかかった問題に直面するかもしれません。わたしたちが現在直面している問題に対して没収的な形で手を打つやりかたは、当然ながらBHE社にとって望ましくないものです。しかしながら同社およびバークシャーはどちらであっても、悲観的な想定外の事象を乗り越えられるように構築されています。わたしたちは保険事業において、日常的にそういったことに直面しています。同事業において当社が扱う基本的な製品ではリスクを考慮に入れておりますし、想定外とはどこかで生じるものです。金融的な想定外が生じてもバークシャーは耐えることができます。しかし、それとわかりながら追銭を払うことはしません。


バークシャーでどうなるかは別として、この行く末は電力業界全体でみると不吉なものとなるかもしれません。会社によっては、もはや米国市民の貯蓄をあてにしていないかもしれず、その場合には電力会社の公企業化が必至となるでしょう。ネブラスカ州は1930年代にその道を選びましたし、国全体でみれば多くの公共電力会社があります。つまるところ、どの方式を選びたいかは、有権者や納税者や利用者が決めることとなります。


騒動が落ち着くころには、米国における電力需要やそれに応じた資本投資は膨大になるでしょう。規制が復活して不利な展開になることを、わたしは想像していなかっただけでなく、考慮すらしませんでした。バークシャーとともにBHE社に投資している2人のパートナーも含めて、わたしどもはそうしなかったことで費用のかさむ失敗を犯してしまいました。


Our second and even more severe earnings disappointment last year occurred at BHE. Most of its large electric-utility businesses, as well as its extensive gas pipelines, performed about as expected. But the regulatory climate in a few states has raised the specter of zero profitability or even bankruptcy (an actual outcome at California’s largest utility and a current threat in Hawaii).  In such jurisdictions, it is difficult to project both earnings and asset values in what was once regarded as among the most stable industries in America.


For more than a century, electric utilities raised huge sums to finance their growth through a state-by-state promise of a fixed return on equity (sometimes with a small bonus for superior performance). With this approach, massive investments were made for capacity that would likely be required a few years down the road. That forward-looking regulation reflected the reality that utilities build generating and transmission assets that often take many years to construct. BHE’s extensive multi-state transmission project in the West was initiated in 2006 and remains some years from completion. Eventually, it will serve 10 states comprising 30% of the acreage in the continental United States.


With this model employed by both private and public-power systems, the lights stayed on, even if population growth or industrial demand exceeded expectations. The “margin of safety” approach seemed sensible to regulators, investors and the public. Now, the fixed-but-satisfactory-return pact has been broken in a few states, and investors are becoming apprehensive that such ruptures may spread. Climate change adds to their worries. Underground transmission may be required but who, a few decades ago, wanted to pay the staggering costs for such construction?


At Berkshire, we have made a best estimate for the amount of losses that have occurred.  These costs arose from forest fires, whose frequency and intensity have increased – and will likely continue to increase – if convective storms become more frequent.


It will be many years until we know the final tally from BHE’s forest-fire losses and can intelligently make decisions about the desirability of future investments in vulnerable western states. It remains to be seen whether the regulatory environment will change elsewhere.


Other electric utilities may face survival problems resembling those of Pacific Gas and Electric and Hawaiian Electric. A confiscatory resolution of our present problems would obviously be a negative for BHE, but both that company and Berkshire itself are structured to survive negative surprises. We regularly get these in our insurance business, where our basic product is risk assumption, and they will occur elsewhere. Berkshire can sustain financial surprises but we will not knowingly throw good money after bad.


Whatever the case at Berkshire, the final result for the utility industry may be ominous: Certain utilities might no longer attract the savings of American citizens and will be forced to adopt the public-power model. Nebraska made this choice in the 1930s and there are many public-power operations throughout the country. Eventually, voters, taxpayers and users will decide which model they prefer.


When the dust settles, America’s power needs and the consequent capital expenditure will be staggering. I did not anticipate or even consider the adverse developments in regulatory returns and, along with Berkshire’s two partners at BHE, I made a costly mistake in not doing so.

2024年2月28日水曜日

2023年度バフェットからの手紙(1)日本の総合商社について

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 バークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェットが、2/24(土)付けで2023年度の「バフェットからの手紙」を公開しました。昨年末に亡くなったチャーリー・マンガーへの弔辞で始まる点が特筆される文章ですが、日本の総合商社について触れている点も目につきました。今回はその部分の文章をご紹介します。(日本語は拙訳)


SHAREHOLDER LETTER 2023 [PDF] (Berkshire Hathaway)


末永く保有し続けたいと考えている投資先として、 今年は別の2件をご紹介したいと思います。[昨年話題に取り上げた]コカ・コーラ社やアメックス社のように、当社の有する資源全体からみれば莫大な取り組みというものではありません。しかしながらそれらには保有する価値がありますし、2023年にも買い増しすることができました。

(中略)

[1社目として紹介したオキシデンタル・ペトロリアム社に]加えて、バークシャーは日本の大企業5社の株式を、受動的かつ長期的な観点に基づくかたちで保有しつづけています。各社は非常に多岐にわたった事業を手がけており、その意味でバークシャー自体の経営といくぶん似ています。わたしはグレッグ・アベル[=バフェット後の次期CEO]とともに東京へ赴いて5社の経営陣と対話をしました。その後、5社すべての株式を昨年中に買い増ししました。

バークシャーの持分比率は、5社いずれも9%程度となっています(若干の留意点として、日本企業は米国における慣習とは異なる方法で発行済株式数を計算しています)。そして、買い増しの限度として保有株式の割合が9.9%を越えない旨、バークシャーは各社に対して約束しました。5社に投じた資金の合計は1兆6千億円で、年末時点における持分の市場価値は2兆9千億円でした。しかし近年は円安になっているため、ドルベースでみた年末時点での含み益は80億ドル(61%増)でした。

わたしもグレッグも、主要通貨の価格を予想できるなどとは毛頭考えておりません。またそのような能力を持った人物を雇えるとも思っていません。それゆえ日本株を買う資金のほとんどは、1兆3千億円分のバークシャーの社債を発行することでまかないました。この社債は日本で非常に好意的に受けとめられました。そのため、バークシャーが他の米国企業以上に多額の円建て債を発行していくことになるのはまちがいないと考えています。円安によってバークシャーが得た年末時点での利益は19億ドルでした。これはGAAP[米国会計基準]によれば、2020年から2023年のあいだに順次発生した利益の合計です。

それら5社(伊藤忠、丸紅、三菱商事、三井物産、住友商事)はいずれも、ある重要なやりかたの面で株主を重視した政策をすすめています。これは米国で一般的に実践されているものよりもずっと優れています。当社がそれらの日本企業株を買った後、5社はいずれも魅力的な価格で自社株を買い戻し、発行株式数を減らしています。

一方で5社いずれの経営陣も、自分たちの報酬に関しては典型的な米国の例とくらべるとずっと穏やかに処遇しています。同様に触れておくと、5社は配当性向を3分の1程度にとどめています。5社の留保した多額な資金は各社が抱える多々の事業へ投下され、いくばくかが自社株買いへ使われています。そしてバークシャーと同様に5社も、追加の株式発行には消極的です。

バークシャーにとってさらに好都合なのは、それらの投資がきっかけとなって、好経営かつ高い評判を得ている大企業5社と世界中で協業する機会ができた点です。5社は当社以上に幅広く事業を展開しています。他方で日本企業5社のCEOのみなさんは、バークシャーがつねに大量の流動資産を保有しつづけている事実に満足しておられます。規模がどうであれ、そのような協業をすすめるうえで即座に利用できる資源が見込めるからです。

それら日本企業の株を当社がはじめて買ったのは、2019年7月4日でした。現在のバークシャーの規模を考えると、公開市場を通じてそのような持分を築きあげるのは辛抱の連続であり、「うれしい」価格で買うにはかなりの時間がかかりました。その過程は、まるで戦艦を反転させるような大仕事でした。これは初期のころには直面しなかった、バークシャーの重大なる不利な一面といえます。


This year, I would like to describe two other investments that we expect to maintain indefinitely. Like Coke and AMEX, these commitments are not huge relative to our resources.  They are worthwhile, however, and we were able to increase both positions during 2023.

(snip)

Additionally, Berkshire continues to hold its passive and long-term interest in five very large Japanese companies, each of which operates in a highly-diversified manner somewhat similar to the way Berkshire itself is run. We increased our holdings in all five last year after Greg Abel and I made a trip to Tokyo to talk with their managements.

Berkshire now owns about 9% of each of the five. (A minor point: Japanese companies calculate outstanding shares in a manner different from the practice in the U.S.) Berkshire has also pledged to each company that it will not purchase shares that will take our holdings beyond 9.9%.  Our cost for the five totals ¥1.6 trillion, and the yearend market value of the five was ¥2.9 trillion.  However, the yen has weakened in recent years and our yearend unrealized gain in dollars was 61% or $8 billion.

Neither Greg nor I believe we can forecast market prices of major currencies. We also don’t believe we can hire anyone with this ability. Therefore, Berkshire has financed most of its Japanese position with the proceeds from ¥1.3 trillion of bonds. This debt has been very well-received in Japan, and I believe Berkshire has more yen-denominated debt outstanding than any other American company. The weakened yen has produced a yearend gain for Berkshire of $1.9 billion, a sum that, pursuant to GAAP rules, has periodically been recognized in income over the 2020-23 period.

In certain important ways, all five companies – Itochu, Marubeni, Mitsubishi, Mitsui and Sumitomo – follow shareholder-friendly policies that are much superior to those customarily practiced in the U.S. Since we began our Japanese purchases, each of the five has reduced the number of its outstanding shares at attractive prices.

Meanwhile, the managements of all five companies have been far less aggressive about their own compensation than is typical in the United States. Note as well that each of the five is applying only about 1⁄3 of its earnings to dividends. The large sums the five retain are used both to build their many businesses and, to a lesser degree, to repurchase shares. Like Berkshire, the five companies are reluctant to issue shares.

An additional benefit for Berkshire is the possibility that our investment may lead to opportunities for us to partner around the world with five large, well-managed and well-respected companies. Their interests are far more broad than ours. And, on their side, the Japanese CEOs have the comfort of knowing that Berkshire will always possess huge liquid resources that can be instantly available for such partnerships, whatever their size may be.

Our Japanese purchases began on July 4, 2019. Given Berkshire’s present size, building positions through open-market purchases takes a lot of patience and an extended period of “friendly” prices. The process is like turning a battleship. That is an important disadvantage which we did not face in our early days at Berkshire.