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2014年12月14日日曜日

ネバダ州CFA協会での講演(2)(ボブ・ロドリゲス)

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マネー・マネージャーのボブ・ロドリゲスが10月におこなった講演の2回目です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

他人に影響されずに独立して考えるプロセスをもっと発展させるまでは、苦い教訓をなんどか経験しなければなりませんでした。1971年から1973年に起こった決定的なできごとからは、「未来の衝撃」を受けました。それはわたしだけでなく、投資業界全般もそうでした。未来の衝撃、つまりそれは情報が受け手に対して予期せぬ形で大きな影響を及ぼすプロセスと解釈しています。先例のない新しい領域ではなおさらで、人はそれをうまく咀嚼することができません。1971年8月には、固定為替制度を維持してきたブレトン・ウッズ体制がお払い箱となりました。何の警告もなしに、ドルは金本位制から突如切り離され、変動相場制の時代がやってきたのです。ほとんどの人は驚きのあまり、変化がもたらす反動や予想もしていなかった成り行きを理解できませんでした。また1973年には、原油の禁輸措置が世界ではじめて発生しました。このときも、ほとんどの人がその重要性を過小評価していました。たとえばダウ工業平均はその事件が起きてから1週間は上昇しつづけました。しかし翌年になってから、市場は大恐慌以来最大となる下落に見舞われたのです。

そのようなできごとが起きたことで、投資家としてのわたしは変貌をとげることになります。なぜそういった重大なできごとが起こり、群衆がそれらの意味することをまちがって受けとめるのか、当時のわたしは理解していませんでした。また自分が受けた正規の教育が、予期せぬ事態に対する備えをいかに用意してくれなかったか、これには本当に衝撃を受けました。そして「安全余裕」を持つという投資上の概念は、まだ見いだせていませんでした。1974年の夏、仕事が終わった後の自由時間のほとんどを南カリフォルニア大学(USC)の図書館で費やして、1920年代の昔のビジネスや金融の本を勉強しました。経済や金融市場に関する見方をどうすれば広げられるか、何か洞察が得られるものを、と探索したのです。それが実り、わたしはグレアムとドッドの共著による『証券分析1934年版』を「探し当てる」ことができました。その本は投資におけるわたしの思想に変化をもたらし、二度と戻ることはありませんでした。

もうひとつ幸運なことがありました。1974年の秋にUSCの大学院生向けの投資に関する講義で、齢五十前後になる「年配の男性」が講演してくれる機会があったのです。彼もまた、投資におけるわたしの思考プロセスに対して多大な影響を与えてくれました。学生全員が教室を立ち去った後に、わたしは講演をしてくれたその人物、チャーリー・マンガーに質問をしてみました。「マンガーさん、わたしは投資の経歴を歩みはじめてまもない人間です。恐縮ですが、投資業界ですぐれたプロとなるためにひとつやるとすれば、何が役に立ちそうか推薦していただけますか」。彼は答えました。「歴史ですよ、歴史。歴史の本をとことん読むことです」。歴史については以前からかなりの興味を抱き、好んで読んでいました。しかし彼の意見を聞いて、それこそ本当に重要なのだと感じるようになりました。それからのわたしは、さまざまな領域における結構な歴史家となりました。わたしにとっては、このちょっとした助言がその後ずっと役に立ってくれたのです。

Before I could develop a more independent thought process, I first had to experience some painful lessons. Crucial events that took place in 1971 and 1973 would not only "Future Shock" me but also the broader investment industry as well. By future shock I mean the process by which information over whelms the recipient unexpectedly, particularly in new areas without precedent, so that one is unable to process it effectively. In August 1971, the Bretton Woods world of fixed exchange rates came crashing to an end when the dollar was removed from the gold standard suddenly and without warning; thus, the era of floating exchange ensued. Most were caught by surprise and did not understand the repercussions or the unintended consequences of such a change. In 1973 the world experienced its first oil-embargo and again most underestimated its significance. For example, the Dow Jones Industrial Average continued to rise in price a week after the event. In another year, the largest market decline since the Depression would be taking place.

These events transformed me as an investor. I did not understand how such significant events could occur and yet, the crowd misread what they meant. What really shocked me was how my formal education had not prepared me for the unexpected. The investment concept of having a "margin of safety" was yet to be discovered by me. During the summer of 1974, I spent most of my free time after work at the USC library studying old business and financial books from the 1920's to see whether any might provide me with some insight about what was unfolding within the economy and the financial markets. In my quest, I "discovered" the 1934 edition of "Security Analysis" by Graham and Dodd, which forever changed my investment philosophy.

I was also lucky to have an "old guy" of about 50 speak to my fall 1974 USC graduate investment class. He too had a major impact upon investment thought process. After all the students had left the room, I asked our speaker, Charlie Munger, this one question, "Mr. Munger, I am early in my investment career. If I could do one thing that would help me make myself a better investment professional, what would you recommend?" He answered, "Read History! Read History! Read History!" I already had a deep interest and love of history but his comments made it seem all that more important. Since then, I've become a pretty good historian in many areas. This bit of advice has served me well over the years.

備考です。マンガーからもらった助言の話は、以前にも別の講演でとりあげています(過去記事)。彼にとって、とても重要なできごとだったのでしょうね。

2014年12月12日金曜日

ネバダ州CFA協会での講演(1)(ボブ・ロドリゲス)

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マネー・マネージャーのボブ・ロドリゲスが、投資業界のプロ(の卵)に向けて講演を行っていました。早い時期から警告をだす彼の姿勢は、市場が上昇しつづける時期には評価されないように思えますが、ご本人もそのあたりの話題に触れています。今回からのシリーズでは何回かに分けて同講演の全訳をご紹介します。なお原文のトランスクリプトは、以下のリンク先にあります。

Bob Rodriguez's speech to CFA Society of Reno [PDF] (FPA)

今夜はみなさんの前でおはなしするという栄誉にあずかり、感謝しております。またCFA協会[Chartered Financial Analyst; 証券アナリスト]がここ「ネバダ州の]リノではじめて公式な会合を開催するという重責を、リー・ヘルナンデスさんが先頭に立って果たしてくださったことにも感謝しております。

話に進む前に、みなさんの中にCFAの方がどれだけいらっしゃるか確認しておきましょう。すみませんが、起立して頂けますか。

つづいてお聞きします。レベル3の試験を合格したか認定待ちの方は、ご起立ください。

最後にもうひとつ、レベル1の試験を合格してCFAへの道のりを歩んでいる方のご起立をお願いします。

1980年にわたしがCFAを取得してから、いろんなことが変わりました。6443番、それがわたしの認定番号ですが、この制度がここまで大きく成長したのは驚くべきことです。
本制度を歩んでいるみなさんの幸運をお祈りします。今後の職業人生における望みを果たす上で、助けになるものと思います。

さて、今夜は若きプロのみなさんが大勢いらっしゃるわけですから、わたしがこれまでの43年間で見聞きしたことや見抜いたこと、また大変だったことをおはなししたいと思います。願わくば、これからというみなさんに役立つことがひとつふたつでも話せればと思います。それから、経済や金融市場に関する全体感をおはなしします。最後に、いつもながらの物議を呼ぶ単刀直入なやりかたで、わたしなりの今後の見通しを述べたいと思います。その際には、どんな予測でもそうですが、聞いたことはみなさんご自身が考えた上で判断してください。

このわたしは、風変わりな予測をする人間として知られてきました。しかし発言した当時は極端な見解とみなされましたが、振り返ってみると概して的を射ていたものばかりでした。2007年の6月にシカゴのCFA協会で話したときは、「金融上の大災厄が間近に迫っている」と考えていた人はあまりいませんでした。わたしは「恐れの欠落」と題した講演の中で、やがて来る金融危機を描き出して、これから何が起きようとしているのか警告したつもりです。また2009年にモーニングスターが主催した基調講演でも、目の前にある危機に注意を向けようとしました。しかしどちらのときも、耳を傾けてくれる人はほとんどいませんでした。

わたしは経歴を積んでいく中で、「一般的な見解からいちじるしく乖離した視点をもつ人には、ほとんどの人が耳を傾けない」ことを学びました。しかし1971年に投資の世界に入った時には、まだそのことがわかっていませんでした。当時のわたしは、投資やビジネスの世界で働く諸先輩を畏敬の念をもってながめていたのです。わたしよりも知識豊かで賢明でしたし、あるいはそうだろうと考えていました。
経験不足だった自分の見方がてんで外れていた、それを早い時期に学べたのは幸運でした。投資家やビジネスで働く人、また規制当局や政府の役人といった人たちの大多数は、遺伝子に刻まれたことが不適切なために、群衆心理にしたがって意思決定するのがふつうのやりかたとなっています。それをわかっていなかったのですね。

Thank you for the honor and privilege of speaking with you tonight. Let's also thank Lee Hernandez for leading the charge to kick-start the first formal meeting of the CFA Society here in Reno.

Before starting, we should recognize those in the audience who are CFAs. Please stand up.

Now those who have passed their level 3 Exam or are awaiting certification, please stand up.

Finally, let's recognize those who are on the pathway to a CFA by having passed their Level 1 exam. Please stand up.

Much has changed since I was awarded my CFA back in 1980. My charter number is 6443. It has been amazing how large this program has become since then.
Good luck to all of you who are going through this program and may it may help you in your career aspirations.

For tonight, given that we have so many young professionals here, I thought I would begin with some observations, insights and challenges that I have experienced during my 43 year career and hopefully, they may provide you with one or two thoughts that could be helpful to you in your budding careers. I will then provide an economic and financial market overview. Finally, in my typically controversial and unvarnished way, I will attempt to provide my view of the future. As with all forecasts, listen and then come to your own conclusion.

I've been known for making outlandish forecasts before. They may have seemed extreme at the time but in retrospect, many were generally spot-on. When I spoke before the CFA Society of Chicago in June 2007, not many were thinking about the impending financial calamity that lay shortly ahead. I tried to forewarn what might take place in my speech, "Absence of Fear," which laid out the financial crisis to come. As the Morningstar keynote speaker in 2009, I again tried to warn of the dangers that lay ahead. In both cases, few listened.

What I have learned in my career is that few will listen to you when you have a viewpoint that diverges materially from the general consensus. I didn't realize this when I first entered the investment field in 1971. At that time, I viewed senior investment and business professionals with awe. They were more knowledgeable and wiser than I, or so I thought.
I was fortunate to learn early on that my inexperienced view was way off base. I did not realize that most investors, business professionals, regulators and government officials are genetically programed incorrectly so that herd mentality decision making is the typical outcome.

2014年12月10日水曜日

本当の幸せとは(『脳科学は人格を変えられるか?』)

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何度かとりあげた『脳科学は人格を変えられるか?』から、今回で最後の引用です。本当の幸せに関する話題です。きれいごとのようにみえますが、現代文明の本質の一面をうまくとらえた見解だと思います。

もうひとつ重要な発見が、科学的な研究からもたらされている。それは、人がほんとうの意味で幸福になれるのは次に述べる3つの要素があわさったときだけだということだ。ひとつ目は、ポジティブな感情や笑いを数多く経験すること。ふたつ目は、生きるのに積極的にとりくむこと。そして3つ目は、今日明日ではなくもっと長期的な視野で人生に意義を見出すことだ。

ふたつ目の、仕事であれ趣味であれ、自分がしていることに積極的にかかわることは、3つの中でもとりわけ重要だ。幸福に関する複数の調査からは一貫して、より良い仕事やより良い家、より良い車などのいわゆる<ものごと>が、高い幸福感の継続にはつながらないという意外な結果がもたらされている。売る側が何をどう言おうと、新しいぴかぴかの腕時計や新しい携帯電話は、長期的には人の幸福度をすこしも高めてはくれないのだ。基本レベルの豊かさ(住む家があり、十分食べ物があること)がひとたび得られれば、それ以上にどれだけカネがあっても人が感じる幸福度にほとんど差は生じない。これは複数の調査からあきらかにされた事実だ。それよりも人を幸福にするのは、自分にとって大きな意味のある何かに積極的にとりくむことだ。これこそが楽観主義者の本物の証明だ。楽観主義者とは、大きな目的に向かって没頭したり、意義ある目標に到達するために努力を重ねたりできる人々なのだ。 (p.287)

備考です。過去記事で引用したツヴァイクも同じ趣旨のことを述べていました。

2014年12月8日月曜日

2014年デイリー・ジャーナル株主総会(3)何億ドルも損しました

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チャーリー・マンガーが取締役会長を務めるデイリー・ジャーナル社の株主総会から、今回はおなじみベルリッジ・オイルの話題です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

<質問> 去年の話ではベルリッジ・オイル社の件が出てきましたが(過去記事)、好機だったのにもっと買わないという間違いをしたのはなぜでしょうか。どんな投資プロセスをとっているのか、教えていただけますか。

<マンガー> 当時、ベルリッジの株は店頭市場銘柄でした。非常に価値のある会社でしたよ。広大な油田はリースされたものでもなく、すべてを所有していました。土地も油田もすべてです。株価よりもずっと高い清算価値がありました。おそらく3倍ぐらいでしたね。まったくもってすばらしい油田で、操業が長くつづきました。二次回収・三次回収の可能性も相当魅力的でした。望むことが何でもできる地域全体を有していました。これは稀なことですよ。

株式をまとめて購入できる2回目の機会が提示されたときに、一体どうして断ったのでしょうか。私の頭がよそを向いていたからですね。だからあのような判断をくだしたのです。まったくもって愚かでした。ですから、みなさんがどんなひどい決断をしようと、ずっと安心していていいです。何度かあっても大丈夫です。私のおかした失敗とは「不作為によるもの」であって、「作為によるもの」ではありません。しかし、それによって3億か4億ドルぐらい損したことになります。みなさんが人生においてどんな機会を逃しても大丈夫、安心してください、そうお話ししているわけです。そういった失敗をまったくしでかさない方法は、私にはわからないですね。

Q: Last year you talked about Belridge Oil and how you made a mistake not buying more when you had the chance. Can you talk about your investment process?

Munger: In those days, Belridge was a pink-sheet company. It was very valuable. It had a huge oil field, it wasn't even leased, they owned everything, they owned the land, they owned the oil field, everything. It had liquidating value way higher than the per share price - maybe three times. It was just an incredible oil field that was going to last a long time, and it had very interesting secondary and tertiary recovery possibilities and they owned the whole field to do whatever they wanted with it. That's rare, too.

Why in the hell did I turn down the second block of shares I was offered? Chalk it up to my head up a place where it shouldn't be. So, that's why I made that decision. It was crazy. So if any of you made any dumb decisions, you should feel very comfortable. You can survive a few. It was a mistake of omission, not comission, but it probably cost me $300 - $400 million. I just tell you that story to make you feel good about whatever investment mischances you've had in your own life. I never found a way of avoiding them all.

2014年12月6日土曜日

刻みこまれた太古の記憶(『脳科学は人格を変えられるか?』)

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先日の投稿でとりあげた『脳科学は人格を変えられるか?』から、今回は悲観的な見方に関する箇所を引用します。

何百万年もの進化の歴史の中で、人類はこの強力なシステムを発達させてきた。これはいわば脳の非常ボタンであり、危機が眼前に迫っていることを脳の他の部分に知らせるはたらきを持つ。非常ボタンを押すことで潜在的脅威が意識の中にクローズアップされ、それを詳しく見定めることが可能になる。それと同時に恐怖中枢は、脳内で起きている他の活動をいったんすべて低下させ、瑣事にかまわず、危機の発生源に確実に焦点をあわせられるように仕向けている。待ったなしの脅威に遭遇したとき、注意力を一気に集め、あらゆる手を尽くして危険な事態からすみやかに抜け出させるのが、恐怖の回路のはたらきなのだ。 (p.109)

人や他のおおかたの種に共通する脳の原始的な部分は、人類の祖先が激しい嵐や捕食者など、自然がもたらすさまざまな脅威とともに暮らしていたはるか昔に発達したものだ。だから、扁桃体をはじめとする原始的な組織は現代でも、そうした脅威に出会うと脳内で発火する。進化上古い領域にある恐怖の回路は現代でも、人類の祖先を脅かした各種の危険に出会うと活性化し、他の多くの領域のコントロールを奪う。そうして重要でない活動をひとまずストップさせ、危機に対処できるようにするのだ。この現象は多くの研究から実証されている。 (p.110)

要するに、こういうことだ。人類の祖先の中で現代にまで子孫を残すことができたのは、ヘビやクモなどの脅威を巧妙に見つけ、回避することができた者だ。だからこそその子孫には、より効果的な危機感知システムが備わるようになった。わたしたち現代人の脳には今もなお、このはるか昔の記憶が刻み込まれている。 (p.112)

新聞やテレビやラジオは連日、ネガティブな話を山ほど人々に投げつけてくる。金融危機、景気後退、地球温暖化、豚インフルエンザ、テロリズム、戦争。ネガティブな話は文字通り枚挙にいとまがない。そして悪い知らせについ波長をあわせがちな脳本来の傾向とあいまって、悲観主義は圧倒的な力をふるう。

なぜ悲観がこれほど強い力をもつのか、読者にはもうわかるだろう。恐怖の回路は楽しそうな情報は二の次にして、危険を満載した情報ばかりにスポットをあてる。わずかでも危険の影があれば即座にそれを拾いあげ、脳内で起きている他の作業を停止させ、すべてを危機に集中させる。ポジティブなものよりネガティブなものに強く引かれるこの人間本来の傾向があるからこそ、ものごとを楽観的に考えるのは悲観的に考えるよりずっとむずかしいのだ。人々を怖がらせるのは安心させるよりはるかに簡単であることは、政治家や聖職者が歴史を通じて示してきたとおりだ。

さらに問題なのは、ひとたび恐怖の回路にスイッチが入ると論理が遮断されてしまうことだ。論理を無視して恐怖が作動すると、現代のさまざまな状況下では大きな問題が起こりかねない。恐怖は、快楽を経験したり楽観的思考をはぐくむのを邪魔するばかりでなく、もっと巨大な恐怖や不安をひきおこし、人生から輝きを奪う可能性もある。 (p.128)

備考です。脳科学や心理学の話題は、本ブログで何度か取りあげています。たとえば過去記事「脳のなかの近道(神経科学者V・S・ラマチャンドラン)」などです。