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2013年4月21日日曜日

シカゴ大学をコケにした男(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーの講話『実用的な考え方を実際に考えてみると?』の最終回です。結びの余韻には、しびれました。前回分はこちらです(日本語は拙訳)。

現在の学術界一般が残念ながら盲目怠慢ぶりを呈しているにもかかわらず、教育機関の恥ずべき欠陥がやがて修正されるという望みは見出せるのでしょうか。大丈夫です、私は楽観的にみています。

たとえば、シカゴ大学経済学部の最近の動向をみてみましょう。この学部は10年間にわたって[俗に言う]ノーベル経済学賞をほぼ独占してきました。その多くは、人間は合理的であることを前提にした「自由市場」モデルを使って適切な予測を下した業績に対するものです。合理的人間という切り口で着実に成果をあげてきたこの学部は、つぎにどのような行動をとったと思いますか。

花形学者のそろった貴重な一画に、賢明で機知あふれるコーネル大の経済学者リチャード・セイラーを招聘したのです。これこそ我らの希望にかなうものでした。セイラーは、シカゴ大学で崇められているさまざまなことをコケにしていきました。私と同じようにセイラーも、人間は限度を超えて非合理になることがあると考えています。これは心理学によって予期できるものなので、ミクロ経済学では考慮に入れておくべきものです。

シカゴ大学はそのような手段を通じてダーウィンを模倣しています。ダーウィンは長き人生の大半を逆に考えること、すなわち苦心して得たこよなく愛する自らのアイデアを反証することに費やしました。最高の価値を保持せんと、彼のように逆から考える一群が学術界にもあるわけです。ですから、お粗末な教育上の実践がやがてよりよきものに取って代わられる可能性は十分にあります。これはカール・ヤコビが予期していたそのものかもしれません。

そのようなダーウィン主義者のやりかたは、いかにわずらわしくても客観視する姿勢を常としているので、力強く前進していくでしょう。ですから、この希望はいずれ実現すると思います。この上なく重要な人物アインシュタインは、かつて言っています。業績を果たす根幹となったもののひとつが「自己批判」だったと。これと並ぶ残りの3つは、「好奇心」「集中」「根気強さ」です。

「自己批判」がいかに強力かをさらに称揚するために、学卒でおわった月並みな才能のチャールズ・ダーウィンがどこに葬られているか思い出してみましょう。ウェストミンスター寺院はアイザック・ニュートンの墓石の、ちょうどとなりです。ニュートンこそ、他に比類なき才能を授かった学究でした。彼の墓石にはラテン語の八つの単語で口を極めた称賛が刻まれています。「アイザック・ニュートン、ここに眠る」(Hic depositum est, quod mortale fuit Isaaci Newtoni)。

ダーウィンの亡きがらをそのように葬る文明ならば、やがては心理学を適切かつ実践的な形で発展統合させて、様々な技能を大きく伸ばすことでしょう。微力かつ愚鈍なる我々としては、その歩みが遅滞しないようにただ手助けすべきです。障害は数多くあります。重要な位置に就くさまざまな人が、コカ・コーラのように成功をおさめている普遍的な製品のことを適切に理解できなかったり説明できないようであれば、それ以外の重要なもろもろに対しても我々はうまく立ち向かえないでしょう。

私がグロッツさんへ説明したのと同じように考えた末に10パーセントを投資し、純資産の50%がコカ・コーラ株になった人がおられるならば、心理学の面で私が話したことは基本的すぎて役に立たないかもしれません。そうでしたら、無視してくださってかまいません。しかし、他のみなさんもそうするのが賢明だとは申し上げられません。この状況は私が気にいっている昔の広告の文句を思い起こさせるので、ここにご紹介して話の結びとします。ワーナー・スウェージー社のものです。「新しい工作機械をお望みなのに未だ購入されていないお客様は、すでに対価をお支払いになっていらっしゃいます」。

Even though this regrettable blindness and lassitude is now the normal academic result, are there exceptions providing hope that disgraceful shortcomings of the education establishment will eventually be corrected? Here, my answer is a very optimistic yes.

For instance, consider the recent behavior of the economics department of the University of Chicago. Over the last decade, this department has enjoyed a near monopoly of the Nobel prizes in economics, largely by getting good predictions out of “free market” models postulating man's rationality. And what is the reaction of this department after winning so steadily with its rational-man approach?

Well, it has just invited into a precious slot amid its company of greats a wise and witty Cornell economist, Richard Thaler. And it has done this because Thaler pokes fun at much that is holy at the University of Chicago. Indeed, Thaler believes, with me, that people are often massively irrational in ways predicted by psychology that must be taken into account in microeconomics.

In so behaving, the University of Chicago is imitating Darwin, who spent much of his long life thinking in reverse as he tried to disprove his own hardest-won and best-loved ideas. And so long as there are parts of academia that keep alive its best values by thinking in reverse like Darwin, we can confidently expect that silly educational practice will eventually be replaced by better ones, exactly as Carl Jacobi might have predicted.

This will happen because the Darwinian approach, with its habitual objectivity taken on as a sort of hair shirt, is a mighty approach, indeed. No less a figure than Einstein said that one of the four causes of his achievement was self-criticism, ranking right up there alongside curiosity, concentration, and perseverance.

And, to further appreciate the power of self-criticism, consider where lies the grave of that very “ungifted” undergraduate, Charles Darwin. It is in Westminster Abbey, right next to the headstone of Isaac Newton, perhaps the most gifted student who ever lived, honored on that headstone in eight Latin words constituting the most eloquent praise in all graveyard print: “Hic depositum est, quod mortale fuit Isaaci Newtoni” - “Here lies that which was mortal of Isaac Newton.”

A civilization that so places a dead Darwin will eventually develop and integrate psychology in a proper and practical fashion that greatly increases skills of all sorts. But all of us who have dollops of power and see the light should help the process along. There is a lot at stake. If, in many high places, a universal product as successful as Coca-Cola is not properly understand and explained, it can't bode well for our competency in dealing with much else that is important.

Of course, those of you with fifty percent of net worth in Coca-Cola stock, occurring because you tried to so invest ten percent after thinking like I did in making my pitch to Glotz, can ignore my message about psychology as too elementary for useful transmission to you. But I am not so sure that this reaction is wise for the rest of you. The situation reminds me of the old-time Warner & Swasey ad that was a favorite of mine: “The company that needs a new machine tool, and hasn't bought t, is already paying for it.”


文中に登場するリチャード・セイラーの本はいくつか翻訳が出ていますね。『実践 行動経済学』は私も読みましたが、それなりに楽しめた一冊です。

なおご参考までに、ダーウィンとニュートンの墓石の位置は実際には隣接していないとの情報がありました。

The Burial of Charles Darwin (AboutDarwin.com)

2013年4月19日金曜日

建設的なパラノイア(ジャレド・ダイアモンド)

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少し前の本ですが、チャーリー・マンガーが推薦する本に『銃・病原菌・鉄』という作品があります。新たな歴史観を示してくれた意欲作として日本でも広く読まれたものと思います。著者ジャレド・ダイアモンド氏の著作動向を気にとめていたところ、今年になって新作『昨日までの世界』が翻訳されていたので一読しました。パプアニューギニアでのフィールドワークの成果をもとに書かれているせいか、でだしの3章ほどはスローペースに感じられ、読み進めるのにやや難儀しました。しかし第4章や5章あたりからエンジンがかかり、結末まで興味深く読めました。今回は同書から、ニューギニア人のような人々から学べるリスク管理の話題をご紹介します。

ニューギニアへ野外観察にいきはじめた当初、私はまだ未熟だった。警戒心や注意力といったものもまだまだ不十分で、自分がおかれた自然界の状況に十分な注意が払えないような研究者だった。そんなあるとき、私はニューギニアの密林の奥地で、鳥類調査のために現地人たちと1か月間を過ごしたことがある。最初の1週間で低地における調査を終え、つぎにもっと高地に生息する鳥類が調べたくなった。そこで、ベースキャンプを数千フィート、山の上の場所に移動することに決めた。私たち一行は山を登っていき、やがて翌1週間滞在するベースキャンプを張る場所を、高い木の茂る森のなかにある場所に決めた。そこは、尾根がなだらかに下降している先の、平らに開けた空き地で、周囲を歩きながら野鳥を観察するにはもってこいの場所だった。近くに渓流もあり、遠くまで水を汲みにいかなくても必要な水が確保できる地形だった。キャンプを設営することに決めた場所は急な崖の縁で、視界も開け、谷底から舞い上がってくるタカやアマツバメ、オウムを観察することができた。しかも、その土地の片隅には、みごとな巨木がそそり立っていた。私は、こんな美しい環境で1週間も過ごせるのだという思いに胸がふくらみ、ニューギニア人の助手たちにつぎのように告げた。あの巨木の苔むした幹の脇のところにテントを張ることに決めたので、準備にとりかかってください。

私のこのひと言に対する彼らの反応はまさに驚きだった。彼らが、私の頼みにほんとうにひどく動揺し、あの巨木の幹の脇で寝るのは嫌だといったからである。彼らの言い分はつぎのようなものだった。あの巨木はすでに枯れて、死んでいる。だから、われわれがテントで夜、眠り込んでいるあいだにわれわれの上に倒れ込んできて、われわれを殺すかもしれない。たしかに、彼らのいうとおり、巨木はすでに枯れていた。しかし私は、彼らの大げさな物言いにびっくりして、とっさに反論した。

「たしかに、この木は巨木だが、幹はまだしっかりしている。ぐらついてもいない。腐ってないんだから、風で倒れるようなことはまずない。いずれにしても、風なんか吹いていない。この木が倒れるとしても、それはまだ何年も先の話だ!」だが、私の言葉もむだだった。ニューギニア人たちがおびえきっていたからである。そして、あの木の真下のテントで眠るくらいなら、夜空の真下で野宿するほうがましだ。あの巨木が倒れ込んできてもつぶされることのない、あの木の根元から離れた場所で、吹きさらしの地べたの上で眠るほうがましだ、と主張したのである。

そのとき私は、彼らの怖がりようは大げさで、ほとんど被害妄想だと思った。ところが、それはそうでもなかった。その後、数か月つづいたニューギニアの森での観察活動のあいだ、木が倒れる音を耳にしない日が1日としてなかったからである。木が倒れてきて、下敷きになって死んだニューギニア人の話を、いくつも聞かされたからである。そして、ニューギニア人が森のなかで野営することが多々ある人々である、ということを思い出したからである--おそらく、1年に100日は野営しているだろうから、40年の人生のあいだに、4000日は野営している計算になる。そして私は、この計算でピンときたのである。例えば、1000回に1回しか死なないようなことでも、年100回それをおこなうような生活をしていれば、10年以内に死んでしまう確率が高いのである。ニューギニアの平均寿命40歳をまっとうできないということだ。もちろん、この危険があるからといって、ニューギニア人は森の奥へいくことをやめたりはしないが、細心の注意を払うのである。枯れた巨木の根元で眠らないようにして、木の下敷きになって死ぬ危険を事前に回避しているのである。この意味において、私の助手のニューギニア人たちの被害妄想は理にかなっていた。私は、この種の被害妄想は「建設的なパラノイア」であると思う。

(中略)

私がニューギニア人から学んだもののうちで、建設的なパラノイアほど心に残ったものはない。建設的なパラノイアはニューギニア人のあいだでは一般的である。また、世界各地の伝統的社会においても、観察例が数多く報告されている。被害リスクの生起頻度が低い行為であっても、その行為を頻繁におこなうのであれば、リスクを冒して若死にしないように用心すべきなのである。あるいは、若くして手足を不自由にしないように、つねに細心の注意を払うべきなのである。ちなみに私は、アメリカでの生活においても、リスクは低くても、頻繁におこなう行為への対処法としてこれを応用している。そのような行為とは、たとえば、車の運転である。濡れると滑る浴室でシャワーを浴びたり、脚立に上がって照明の電球を交換したり、階段を上り下りしたり、つるつると滑る歩道を歩いたりすることも、1回あたりのリスクは低いが、生活のなかで頻度の高い行為であり、用心深く対応することに越したことはない。そんな私の用心深さにあきれかえってしまう人も、私のアメリカ人の友人のなかにはいる。しかし、私と同じ考えを持つ西洋人の友人も3人いて、彼らもまた低リスク高頻度の事象を相手にする自身の経験や職業のおかげで、用心深いのは被害妄想でもなんでもないことがわかっている人たちであり、建設的なパラノイアが生き延びるための知恵であるということがわかっている人たちなのである。その3人のうちひとりは小型航空機を操縦していた友人であり、もうひとりはロンドンの街中で非武装パトロールをしていた警察官の友人であり、最後のひとりはゴムボートに乗る釣りガイドをしていた友人である。彼らは、そうした仕事や活動をつづけるなかで、不用心が原因で落命した友人たちを目にした経験から、建設的なパラノイアの重要性を学んだのである。(下巻p.12)

2013年4月17日水曜日

ヴェニスで耳を掻く(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによるハーヴァード・ウェストレイク高校での講話、その10です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

今度は会計という職業をみてみましょう。みなさんは会計というものが信頼に足るものとお考えですか。会計は近代文明がなした称賛に値する業績のひとつです。複式簿記は繁栄をきわめた頃のヴェニスによって広められました。ちょうど現代人が計算を学ぶように、当時のあらゆる数学の教科書には会計が載っていて教えられていたのです。ヴェニスの有力者たちには、複式簿記とは自分の耳を掻くのと同じようなものでした。往時には世界で最も重要な商業都市だったヴェニスにとって、これはとても有用なことでした。その繁栄の下、会計士は熱を入れて会計原則をつくりあげたのです。さて、会計士のなれのはてがどうなったのか。今回の惨事が起きてすこし後のことですから比較的新しい話題ですが、会計士はこの馬鹿さわぎを考えだして、つぎのように提案しはじめました。会社が存亡の危機となれば与信が完全に取り消されて、現金がなくなり何もできず買えずとなるでしょう。ですが御社の発行済み債券が額面価格の50%で売られているので、50%分の利益をあげられますよ、と。だからといって、その利益は実際の飲食や物品に使えるものではありません。その債券を買うだけの現金がないからです。しかし財務諸表の上では、実際の財務状況が悪化するほど利益をますます大きくできます。別に冗談を言っているわけではありませんよ。いま我々のいるこの国において、会計上規定されているやり方なのです。このようなやりかたが子供たちにも教えられ、企業に対して強制されています。愚かしいこと極まりないですね。

Now we turn to the accounting profession. Now you think accounting is something we can trust? Accounting is one of the glories of modern civilization. In the heyday of Venice, they really made double entry bookkeeping popular. They taught it in all the math books of that era just the way people draw arithmetic now. Anybody who was anybody in Venice knew double entry bookkeeping the way you know how to scratch your ear. This was very helpful to Venice, which at one time was the most important commercial city in the world. And so these accountants with this glorious background got into establishing their accounting principles. What did they finally come to? This is relatively new once sort of after the mess unfolded. They came up with this loon. They said if you are on the edge of extinction, your credit is utterly destroyed, you have no cash to do anything, to buy anything, but your outstanding bonds are selling at 50 percent of their face value - you have made a profit equal to 50 percent of the face value of the bonds. It’s not a profit you can eat or use because you don’t have any cash with which to buy the bonds, but in terms of the financial statement, as your real [financial] health gets worse and worse your profits get higher and higher. I’m not kidding! This is accounting the way it is ordained in this country as we sit here. They are teaching this kind of stuff to our children and forcing it on our companies. It is absolutely insane.

2013年4月16日火曜日

金銀など大幅下落

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銀(シルバー)の話題は久しぶりになります。昨日の銀CMEスポットの終値は$22.66(-3.23, -12.48%)、銀ETFのSLVは$22.09(-3.19, -12.62%)でした。これで2010年秋の水準まで戻したことになります。動くのが早すぎると毎度感じているのですが、SLVの買い増しを始めました。以前に$15以下ならば現物を買いたいと書きましたが(過去記事)、もう少し前倒しでもいいかという思いもあります(たとえば$18)。


ところで今回は金(ゴールド)の下落率も銀と同じぐらい大きかったようですね。このところみられなかった見事なチャートです。

2013年4月15日月曜日

先行きがひどく不確かなとき(アーノルド・ヴァンデンバーグ)

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アーノルド・ヴァンデンバーグは個人的に好きなファンドマネージャーで、何度か取り上げています。彼の新しいインタビュー記事がファンドのWebサイトに転載されていたので、ご紹介します。今回引用するのは「バリュー投資」の心理的な本質をついた部分です。(日本語は拙訳)

Arnold Van Den Berg interviewed by Money Manager Review in spring 2013 issue (PDFファイル)

<質問>資産運用においてバリュー投資が優れたやりかただとお考えなのは、どうしてですか?

<回答>バリュー投資は一般大衆の心をとらえるものではありません。そうだとしたら、安値で買うことなどできないでしょう。割安株とは、本源的価値やビジネスの経験豊富な人がわかっている自分の会社の価値より安く売られている株です。割安株がみつかるのはたいてい、先行きがひどく不確かなときだけです。先がみえなくて不安になると、本源的価値より安値で、あるいはもっと激安価格で株を売りたがる人が大勢でてきます。これがよく起こるのは、特定の会社や特定の業界、あるいは市場全般が問題を抱えているときです。ただし、そういったことはふつう一時的におわるものです。にもかかわらずそこで割安株を買う投資家は、歴史が証明しているように、見通しがよくなったときに報われることが多いのです。このやりかたはいたって根本的なので、株式だけでなく、債券、不動産、商品、さらには非公開の事業と、あらゆる投資で使えます。ベンジャミン・グレアムはかつて言いました、「リターンを決めるのは価格である」。名だたる彼の弟子ウォーレン・バフェットも述べています。「不確かさは長期投資家のよき友です」と。

Why do you believe that value investing is a better way to manage money?

Value investing does not appeal to the masses. If it did, you would never be able to buy a bargain. Stocks selling below their intrinsic value or below what an experienced businessman knows his company is worth, bargain stocks, are usually only found during times of great uncertainty. Because of the fear surrounding uncertainty, many people are willing to sell stocks well below their intrinsic values and often times at bargain-basement prices. Typically this happens because a company, an industry, or in some cases the market at-large has a problem, which is usually temporary. Regardless, history has proven that investors who buy these bargains will frequently be rewarded when the uncertainty clears. This is as fundamental as it gets, and you can use this approach for any investment, whether it’s stocks, bonds, real estate, commodities, or a private business. As Benjamin Graham said, “Price determines return.” And, as his famous disciple, Warren Buffett, stated, “Uncertainty is the friend of the long-term investor”.


余談ですが、最近はインテル(INTC)の株を少しずつ買っています。マイクロソフト(MSFT)と同じように、PC市場が低調なだけでなく、スマートフォンやタブレット市場における出遅れも不安視されています(NY Times記事など)。明日4/16(火)には四半期決算が発表されますが、CEOの交代を5月に控えていることもあり、不透明感たっぷりの状況です。