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2012年7月9日月曜日

(答え)イノベーションで事業の限界をのりこえる例

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今回は、前回とりあげた問題「石油産業が限界をこえるために、ITをどのように活用したのか」の回答になります。『探求―エネルギーの世紀』の引用です。

第一の発達は、マイクロプロセッサの急速な進歩が膨大なデータの分析を可能にしたことで、地球物理学者は地下構造の解析を大幅に改善させることができ、探鉱の成功率が向上したことだ。コンピュータの性能が高まると地震探査による地下構造ー層、断層線、キャップロック、トラップーの測量を、二次元ではなく三次元で行なえるようになった。三次元の地下構造測量によって、失敗がなくなるわけではないが、地下資源探査技師たちは深い地中の地質についてずっとよく理解できるようになった。

第二の発達は、水平掘削の到来だった。従来の油井は垂直に掘削していたが、数千メートル垂直に掘ってから、角度をつけ、場合によっては真横に掘ることもできるようになった。精密に制御し、数メートルごとに高性能の機器で計測しながら掘削する。これにより、原油を採掘しやすくなり、したがって生産量も増えた。

第三の大躍進は、ソフトウェアとコンピュータによる可視化の発達だった。石油産業で応用されたこのCAD/CAM(コンピュータ支援設計・コンピュータ支援製造)テクノロジーは、建設費10億ドルの海上油田の細部に至るまでコンピュータの画面上で設計できるようにした。さらに、最初の鋼板の溶接がはじめられる前から、その施設の弾性や効率をさまざまな角度から検証することができるようになった。

1990年代にはいると、情報・通信テクノロジーが普及し、通信コストが画期的に安くなったため、地球物理学者たちは世界各地にいながらにして、仮想チームとして作業することができた。ある場所におけるある分野の経験や知識が、他の場所で同様の問題を解こうとしているものたちに、瞬時に教えられる。そんなわけで、当時、ある企業のCEOはいささか誇張をこめて、科学者とエンジニアは「学習を重ねなくても、経験が蓄積される」と表現している。

こうしたさまざまなテクノロジーの進歩により、企業はすこし前までは達成できなかった物事ーたとえば、あらたな有望鉱区を見つける、以前なら開発できなかったような油田に取り組む、より複雑なプロジェクトに着手する、石油採掘量を増やす、まったく新しい油田を切り拓くといったことーができるようになった。(上巻 p.26)

今回の例ではテクノロジーがビジネスの限界を広げていますが、それぞれの企業や業界によって、いろいろな限界の乗り越え方があるかと思います。一株式投資家としては、各企業のとりくみに耳を傾け、進捗を見守ると同時に、事業の持つ可能性を自分なりに見定めた上で、投資候補の企業をトレードオフする必要があると思います。「事業の持つ可能性」は経営者の手腕によるところもありますが、気になっている企業の経営動向を適宜確認していると温度差はさまざまで、おもしろいものです。

ところで、上の引用にあった「学習を重ねなくても、経験が蓄積される」は、失敗事例にもうまく当てはまっているものなのか、気になるところではあります。

2012年7月7日土曜日

(問題)イノベーションで事業の限界をのりこえる例

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投資候補の企業価値をおしはかる際には、事業の将来性を見極めようとするものです。そのとき、マーケットの大きさや価格競争、ライフサイクルなどを考えると、一事業や一製品群からの売上や収益はいずれ限界にぶつかると想定するのは、妥当な見方と思います。限界という観点でみると一見わかりやすいのが資源系の企業です。原油や天然ガスのような地下資源を扱う川上の企業となれば、限りある可採埋蔵量が企業価値に直結しています。

一方でそういった限界をのりこえる人たちは、ねばりづよい工夫をみせてくれます。彼らの努力は投資家による評価をのりこえ、新たな価値を拓きます。今回ご紹介するのは以前にもとりあげた『探求―エネルギーの世紀』からで、石油産業がITを活用して果たしたイノベーションの一例です。

石油産業の歴史を通じて、テクノロジーの発達はこれが限度で、業界の”道路の突き当たり”が見えてくるという説が、しじゅう口にされてきた。すると新しいテクノロジーが現われて、能力を飛躍的に拡大させる。その図式が何度もくりかえされてきた。(上巻 p.26)

この文につづいて、どのような取り組みやイノベーションによって限界を超えたのか、具体的に説明されています。答えのほうは次回にご紹介しますので、どんな手が打たれたのか、お考えになってみてください。本書では3つの事例が挙げられていますが、次のようなことをねらって実行されています。

1. 埋蔵資源を掘り当てる確率を高める(開発成功率の向上)
2. 掘削時の取りこぼしをへらす(採収率の向上)
3. 設備投資や保守コストをさげる(損益分岐点の改善)

2012年7月6日金曜日

発明の方法を発明する(アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド)

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「学んだことをうまく生かしたい」、あるいはその逆に「うまく生かすには、どう学ぶのがいいのか」という思いを抱いており、本ブログでも少しずつ取り上げています。なかでもチャーリー・マンガーが引用していた次の言葉は、頭のすみにひっかかっていました。「文明が進歩できたのは発明の方法が発明されてからだったように、自分自身を向上させるには、まず学ぶ方法を学ばなければならない」(過去記事)。気になっていた前半について、発言が含まれている文脈を読めば主旨が確かめられると考え、引用元の原典をさがしてみました。

書いた御本人は数学者のアルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(Alfred North Whitehead)で、引用元の著作は『科学と近代世界』のようです。全集『世界思想教養全集(第16巻)』に含まれているテキストで確認しました。チャーリーは他でもホワイトヘッドの主張をたびたび引用しているので、たぶん合っていると思います。なお、晩年のホワイトヘッドはハーバード大学で教えていたとありますので、チャーリーは講義を聴講する機会があったかもしれません。

今回は同書から「発明の方法を発明する」のくだりを引用します。

19世紀の最大の発明は、発明法の発明であった。ひとつの新たな方法が人生に加わった。われわれの時代を理解するためには、鉄道、電信、ラジオ、紡績機械、合成染料、などのような変化を形づくる個々のものをことごとく無視してさしつかえない。われわれは方法そのものに注意を集中せねばならない。この方法こそ真に新しいもので、古い文明の基礎を破壊した。(中略)

この変化全体は新しい科学知識から生じた。原理よりも成果から考えられた科学は、利用できる着想を貯えた、人目につく倉庫である。しかしこの世紀の間に起こったことを理解しようとすれば、倉庫に譬える[たとえる]よりもむしろ鉱山に譬えた方がよい。また、生のままの科学的着想は出来合いの発明で、拾い上げて使いさえすればよいものだ、と考えることは大きな誤まりである。その間には、想像的工夫を凝らす緊張した時期がある。新たな方法に含まれた一つの要素はまさに、もろもろの科学的着想と最後の産物との間の間隙を埋めにかかる方法の発見である。それは、もろもろの困難に次から次へと挑みかかる、規則正しい攻撃の過程である。

近代技術のもっていたもろもろの可能性は、富裕な中産階級の勢力によって、英国において始めて実際に現実化された。したがって産業革命は英国から始まった。しかしドイツ人は、科学の鉱山の中でより深い鉱脈に達する方法を、明らかに会得した。かれらは行き当りばったりの研究方法を廃止した。かれらの工業学校や工科大学では、ときおりの天才やときおりの好運な思いつきを待たなくても、進歩が見られた。19世紀を通じてかれらが示した学問的妙技は、世界の讃嘆の的であった。この知識の訓練は、技術を越えて純粋科学に、科学を越えて学問全般に適用される。それは素人から専門家への変化を表わしている。

特定の思想領域にその生涯を捧げる人びとが、昔からつねに存してはいた。とくに法律家とキリスト教会の牧師とは、そのような専門の明白な実例である。しかしあらゆる部門にわたる知識の専門化の力や、専門家を作り出す方法や、技術の進歩に対する知識の重要性や、抽象的知識が技術に結びつけられる方法や、技術の進歩のもつ限りなき可能性など、これらすべてのことを充分自覚的に会得することは、19世紀において、かつ列国の中でも主としてドイツにおいて、初めて完全に成しとげられたのである。

かつては人間の生活は牛車の歩みで送られた。将来は航空機の速さで送られるであろう。速度の変化はけっきょく質の差として現われてくる。(p.113)


翻訳の雰囲気は別として、ホワイトヘッドが指摘している内容は現代企業における技術経営やイノベーション創出のプロセス、産学連携と似たところがあり、古さを感じさせません。逆にみれば、「自覚的に会得する」のが難しいからこそ、こういった取り組みが現代でも課題として挙げられているのかもしれません。

2012年7月4日水曜日

両手があかないときにどうやったのか(チャールズ・ダーウィン)

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チャーリー・マンガーは思考や認識の誤りをみつける方法として、科学者ダーウィンのやりかた「持論をくつがえすよう努力する」ことを強調しています(過去記事)。『ダーウィン自伝』を読んだところ、ダーウィン本人がそのやりかたに触れていたのでご紹介します。

私はまた、多年にわたって、次の鉄則を遵守してきた。それは、公表された事実であれ、新しい観察や考えであれ、なんでも私の一般的な結論に反するものに気がついたときには、それを漏れなく、すぐに覚え書きにしておくということである。というのは、このような事実や考えは、都合のよい事実や考えよりもずっと記憶から逃げてしまいやすいということを、私は経験で知っていたからである。この習慣のおかげで、私がすでに気づいてそれに答えようとしたのでない異論が私の見解に向けて提起されるということは、ほとんど起こらなかった。(筑摩叢書 p.111)


このやりかたを身につけるに至っては、科学者の友人たちとの親交も影響していたかもしれません。

私は、結婚以前にも以後にも、他のだれよりもライエルLyellによく会った。かれの心は、明晰さ、注意深さ、健全な判断力、豊富な独創力を特徴としているように思われた。私が地質学についてかれに何か意見を述べると、かれは問題全体を明確に知るまでは信用しようとはせず、そしてしばしば、私がその問題をいっそう明確にみるようにさせた。かれは、私の意見にたいして可能な異論をすべてだしてみせ、それらをだしつくしたあとでもなお長いあいだ疑わしく思っているのがつねであった。(p.87)

このようなやりとりは、ウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガーのようなコンビを思い出させますね。

最後はおまけです。ダーウィンがまだ学生だった頃の思い出です。

しかし、なんといっても、甲虫の採集ほどに私がケンブリッジで熱中し、たのしみにしたことはなかった。それはたんに採集への情熱であった。というのは、私はそれらを解剖したことはなく、外的な特徴を本にでている記述と照らし合わせることもまれでしかなかったからである。しかし、名前だけはなんとかつけた。私の熱中を示す一つの証拠をあげよう。ある日、古い樹皮をひき裂いていると、2匹の珍しい甲虫が見つかったので、1匹ずつ両手につかんだ。ところがさらに3番目の新しい種類のものが見つかった。これをつかまえないのは残念でたまらないので、私は右手につかんでいた1匹を口の中にほうりこんだ。何と! それはものすごく辛い液体を出し、私の舌を焼かんばかりであった。私はやむなくその甲虫を口から吐き出したが、それは逃げ、そしてまた、3番目のやつも逃げてしまった。(p.46)

2012年7月3日火曜日

自社株買いの例(4973日本高純度化学)

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今回は、投資候補として追い続けている企業の一社、日本高純度化学をとりあげます。少し前の投稿で「自分の投資している企業で、厳しい時期に自社株買いをするところはない」と書きましたが(過去記事)、当社はそのような自社株買いを積極的に実施しています。

貴金属めっき液製造のリーダーである当社は、利益率が高いことから優良企業として知られています。社員数45名で純利益が7億円弱なので、1人あたり約1,500万円の利益をあげています。ファナックの約2,600万円には及びませんが、悪くない成績です。

当社の利益の源泉はめっき液の化学組成にあることから、事業の性格はマーケティング及びR&D重視型です。新薬に力を入れている製薬会社と似ており、知的努力を重ねた末の知識の結晶が大きな利益をうみだします。そのため、経営資源として重要視しているのは有能な人材であり、資産規模は一定程度あればひとまず十分、と経営陣は認識しています。

そのような背景の下、経営陣は事業で挙げた利益を積極的に株主へ還元しています。配当金の利回りは4%超とそれなりに目を引きます。そして自社株買いのほうも見るに値します。直近では、株式市場が全般的に低迷した昨年末に実施しています。昨年度の総株主還元性向は100%を超え、純利益を超える資産を株主へ還元しています。

もう少し過去にさかのぼり、当社が自社株買いを実施したタイミングを確認してみます。当社のWebサイトによれば、取締役会で自己株式取得が3回決議されていますが、いずれも株価が低迷している時期に実施されています。








株を買うタイミングは申し分なしのようです。あとは株価自体が割安だったかどうかですが、現段階でのPERが13.5(今年度見込み)程度なので、高くはないが安いというほどでもない、といったところでしょうか。急いで買う必要はなかったかもしれませんが、経営陣自らが当社の将来性を高く評価しているのかもしれません。総合的にみれば、経営陣は株主を重視しているように思います。

いずれは当社に投資したいと考えてから何年かたちましたが、相対的な割安さがもうひとつで踏みだせていません。機会がくるかどうかわかりませんが、これからも動向を追っていきたい企業です。