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2012年7月6日金曜日

発明の方法を発明する(アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド)

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「学んだことをうまく生かしたい」、あるいはその逆に「うまく生かすには、どう学ぶのがいいのか」という思いを抱いており、本ブログでも少しずつ取り上げています。なかでもチャーリー・マンガーが引用していた次の言葉は、頭のすみにひっかかっていました。「文明が進歩できたのは発明の方法が発明されてからだったように、自分自身を向上させるには、まず学ぶ方法を学ばなければならない」(過去記事)。気になっていた前半について、発言が含まれている文脈を読めば主旨が確かめられると考え、引用元の原典をさがしてみました。

書いた御本人は数学者のアルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(Alfred North Whitehead)で、引用元の著作は『科学と近代世界』のようです。全集『世界思想教養全集(第16巻)』に含まれているテキストで確認しました。チャーリーは他でもホワイトヘッドの主張をたびたび引用しているので、たぶん合っていると思います。なお、晩年のホワイトヘッドはハーバード大学で教えていたとありますので、チャーリーは講義を聴講する機会があったかもしれません。

今回は同書から「発明の方法を発明する」のくだりを引用します。

19世紀の最大の発明は、発明法の発明であった。ひとつの新たな方法が人生に加わった。われわれの時代を理解するためには、鉄道、電信、ラジオ、紡績機械、合成染料、などのような変化を形づくる個々のものをことごとく無視してさしつかえない。われわれは方法そのものに注意を集中せねばならない。この方法こそ真に新しいもので、古い文明の基礎を破壊した。(中略)

この変化全体は新しい科学知識から生じた。原理よりも成果から考えられた科学は、利用できる着想を貯えた、人目につく倉庫である。しかしこの世紀の間に起こったことを理解しようとすれば、倉庫に譬える[たとえる]よりもむしろ鉱山に譬えた方がよい。また、生のままの科学的着想は出来合いの発明で、拾い上げて使いさえすればよいものだ、と考えることは大きな誤まりである。その間には、想像的工夫を凝らす緊張した時期がある。新たな方法に含まれた一つの要素はまさに、もろもろの科学的着想と最後の産物との間の間隙を埋めにかかる方法の発見である。それは、もろもろの困難に次から次へと挑みかかる、規則正しい攻撃の過程である。

近代技術のもっていたもろもろの可能性は、富裕な中産階級の勢力によって、英国において始めて実際に現実化された。したがって産業革命は英国から始まった。しかしドイツ人は、科学の鉱山の中でより深い鉱脈に達する方法を、明らかに会得した。かれらは行き当りばったりの研究方法を廃止した。かれらの工業学校や工科大学では、ときおりの天才やときおりの好運な思いつきを待たなくても、進歩が見られた。19世紀を通じてかれらが示した学問的妙技は、世界の讃嘆の的であった。この知識の訓練は、技術を越えて純粋科学に、科学を越えて学問全般に適用される。それは素人から専門家への変化を表わしている。

特定の思想領域にその生涯を捧げる人びとが、昔からつねに存してはいた。とくに法律家とキリスト教会の牧師とは、そのような専門の明白な実例である。しかしあらゆる部門にわたる知識の専門化の力や、専門家を作り出す方法や、技術の進歩に対する知識の重要性や、抽象的知識が技術に結びつけられる方法や、技術の進歩のもつ限りなき可能性など、これらすべてのことを充分自覚的に会得することは、19世紀において、かつ列国の中でも主としてドイツにおいて、初めて完全に成しとげられたのである。

かつては人間の生活は牛車の歩みで送られた。将来は航空機の速さで送られるであろう。速度の変化はけっきょく質の差として現われてくる。(p.113)


翻訳の雰囲気は別として、ホワイトヘッドが指摘している内容は現代企業における技術経営やイノベーション創出のプロセス、産学連携と似たところがあり、古さを感じさせません。逆にみれば、「自覚的に会得する」のが難しいからこそ、こういった取り組みが現代でも課題として挙げられているのかもしれません。

2012年7月4日水曜日

両手があかないときにどうやったのか(チャールズ・ダーウィン)

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チャーリー・マンガーは思考や認識の誤りをみつける方法として、科学者ダーウィンのやりかた「持論をくつがえすよう努力する」ことを強調しています(過去記事)。『ダーウィン自伝』を読んだところ、ダーウィン本人がそのやりかたに触れていたのでご紹介します。

私はまた、多年にわたって、次の鉄則を遵守してきた。それは、公表された事実であれ、新しい観察や考えであれ、なんでも私の一般的な結論に反するものに気がついたときには、それを漏れなく、すぐに覚え書きにしておくということである。というのは、このような事実や考えは、都合のよい事実や考えよりもずっと記憶から逃げてしまいやすいということを、私は経験で知っていたからである。この習慣のおかげで、私がすでに気づいてそれに答えようとしたのでない異論が私の見解に向けて提起されるということは、ほとんど起こらなかった。(筑摩叢書 p.111)


このやりかたを身につけるに至っては、科学者の友人たちとの親交も影響していたかもしれません。

私は、結婚以前にも以後にも、他のだれよりもライエルLyellによく会った。かれの心は、明晰さ、注意深さ、健全な判断力、豊富な独創力を特徴としているように思われた。私が地質学についてかれに何か意見を述べると、かれは問題全体を明確に知るまでは信用しようとはせず、そしてしばしば、私がその問題をいっそう明確にみるようにさせた。かれは、私の意見にたいして可能な異論をすべてだしてみせ、それらをだしつくしたあとでもなお長いあいだ疑わしく思っているのがつねであった。(p.87)

このようなやりとりは、ウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガーのようなコンビを思い出させますね。

最後はおまけです。ダーウィンがまだ学生だった頃の思い出です。

しかし、なんといっても、甲虫の採集ほどに私がケンブリッジで熱中し、たのしみにしたことはなかった。それはたんに採集への情熱であった。というのは、私はそれらを解剖したことはなく、外的な特徴を本にでている記述と照らし合わせることもまれでしかなかったからである。しかし、名前だけはなんとかつけた。私の熱中を示す一つの証拠をあげよう。ある日、古い樹皮をひき裂いていると、2匹の珍しい甲虫が見つかったので、1匹ずつ両手につかんだ。ところがさらに3番目の新しい種類のものが見つかった。これをつかまえないのは残念でたまらないので、私は右手につかんでいた1匹を口の中にほうりこんだ。何と! それはものすごく辛い液体を出し、私の舌を焼かんばかりであった。私はやむなくその甲虫を口から吐き出したが、それは逃げ、そしてまた、3番目のやつも逃げてしまった。(p.46)

2012年7月3日火曜日

自社株買いの例(4973日本高純度化学)

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今回は、投資候補として追い続けている企業の一社、日本高純度化学をとりあげます。少し前の投稿で「自分の投資している企業で、厳しい時期に自社株買いをするところはない」と書きましたが(過去記事)、当社はそのような自社株買いを積極的に実施しています。

貴金属めっき液製造のリーダーである当社は、利益率が高いことから優良企業として知られています。社員数45名で純利益が7億円弱なので、1人あたり約1,500万円の利益をあげています。ファナックの約2,600万円には及びませんが、悪くない成績です。

当社の利益の源泉はめっき液の化学組成にあることから、事業の性格はマーケティング及びR&D重視型です。新薬に力を入れている製薬会社と似ており、知的努力を重ねた末の知識の結晶が大きな利益をうみだします。そのため、経営資源として重要視しているのは有能な人材であり、資産規模は一定程度あればひとまず十分、と経営陣は認識しています。

そのような背景の下、経営陣は事業で挙げた利益を積極的に株主へ還元しています。配当金の利回りは4%超とそれなりに目を引きます。そして自社株買いのほうも見るに値します。直近では、株式市場が全般的に低迷した昨年末に実施しています。昨年度の総株主還元性向は100%を超え、純利益を超える資産を株主へ還元しています。

もう少し過去にさかのぼり、当社が自社株買いを実施したタイミングを確認してみます。当社のWebサイトによれば、取締役会で自己株式取得が3回決議されていますが、いずれも株価が低迷している時期に実施されています。








株を買うタイミングは申し分なしのようです。あとは株価自体が割安だったかどうかですが、現段階でのPERが13.5(今年度見込み)程度なので、高くはないが安いというほどでもない、といったところでしょうか。急いで買う必要はなかったかもしれませんが、経営陣自らが当社の将来性を高く評価しているのかもしれません。総合的にみれば、経営陣は株主を重視しているように思います。

いずれは当社に投資したいと考えてから何年かたちましたが、相対的な割安さがもうひとつで踏みだせていません。機会がくるかどうかわかりませんが、これからも動向を追っていきたい企業です。

2012年7月2日月曜日

誤判断の心理学(11)お先真っ暗なとき(チャーリー・マンガー)

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今回ご紹介するのは、苦痛を避ける傾向についてです。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その11)ただ苦痛を避けたいがために否認する
Eleven: Simple, Pain-Avoiding Psychological Denial

初めて私がこの現象を印象深く感じたのは、第二次世界大戦のときでした。家族付き合いをしていた人にご子息がおられましたが、彼はスポーツマンの上に模範的な学生でした。しかし、彼は大西洋の向こうへ飛んでいったきり、帰らぬ人となりました。彼の母親はとても聡明な女性だったのですが、息子が戦死したことを決して信じようとしませんでした。ただ苦痛を避けたいがために事実を認めない、そのような心理学的行動をとったのです。人はあまりにも過酷な現実に直面すると、それを受け入れられるようになるまでは事実をねじまげて解釈するのです。人間誰しも何らかの形でそのような行動をとるものですが、ひどい問題に発展してしまうこともあります。極端な場合には、愛や死や薬物依存といったおきまりの災厄にまきこまれてしまうのです。

事実を認められないがゆえに死を選ぶ。そのような行動を良しとする社会では、周りの人が咎めずにいても憤慨する者はいないでしょう。しかし、「希望はなくとも耐え忍ぶことはできる」という冷徹な教えを守ろうとする人も、なかにはいます。そのようなふるまいのできる人には賞賛に値するものがあります。

とことんまで身持ちを崩してしまった薬物中毒の人に見られるのが、「自分はまだちゃんとしているし、将来だって有望だ」と信じている姿です。ますますひどくなるにつれて、現実否定ぶりもお話しにならないところまで達します。私が若かった頃にあったフロイト派による治療法では、薬物依存を治そうとしてもまったく役に立ちませんでしたが、近年のアルコホーリクス・アノニマス[断酒団体]では治癒率50パーセントを継続的に達成しています。この取り組みは仲間と共にアル中に立ち向かうもので、様々な心理学的傾向を活用しています。ただし、治るまでの道のりは概して険しく、燃え尽きがちです。それに残りの半分は失敗しているのです。ですから、薬物依存に陥りそうないかなる行為にも、絶対に近寄るべきではありません。ひどいことになる可能性が小さくてもダメです。

This phenomenon first hit me hard in World War II when the superathlete, superstudent son of a family friend flew off over the Atlantic Ocean and never came back. His mother, who was a very sane woman, then refused to believe he was dead. That's Simple, Pain-Avoiding Psychological Denial. The reality is too painful to bear, so one distorts the facts until they become bearable. We all do that to some extent, often causing terrible problems. The tendency's most extreme outcomes are usually mixed up with love, death, and chemical dependency.

Where denial is used to make dying easier, the conduct meets almost no criticism. Who would begrudge a fellow man such help at such a time? But some people hope to leave life hewing to the iron prescription, "It is not necessary to hope in order to persevere." And there is something admirable in anyone able to do this.

In chemical dependency, wherein morals usually break down horribly, addicted persons tend to believe that they remain in respectable condition, with respectable prospects. They thus display an extremely unrealistic denial of reality as they go deeper and deeper into deterioration. In my youth, Freudian remedies failed utterly in reversing chemical dependency, but nowadays Alcoholics Anonymous routinely achieves a fifty percent cure rate by causing several psychological tendencies to act together to counter addiction. However, the cure process is typically difficult and draining, and a fifty percent success rate implies a fifty percent failure rate. One should stay far away from any conduct at all likely to drift into chemical dependency. Even a small chance of suffering so great a damage should be avoided.


チャーリー・マンガー自身も、精神面、肉体面の両方で大きな苦痛を経験しています。31歳の時には長男を病気で亡くし、56歳の時には手術の甲斐なく左目の視力を失っています。

2012年6月30日土曜日

集団を頼るよう隠れた脳が指令する

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前々回にご紹介した『隠れた脳』から、今回は集団行動に関する話題を引用します。

進化の歴史を見れば、集団でいるほうが、安全が保たれる。ときとしてそれが裏目に出る場合もあるが、私たちの脳は、総合的にうまくいく手段がわかるよう進化しているし、進化で身につけた自己保存のための本能は、必然的に単純である。警報が鳴ると不安が引き起こされ、集団を頼るよう隠れた脳が指令する。それは私たちの祖先の時代から、集団でいたほうが危険にさらされる可能性が低く、安心と安全が手に入りやすかったからだ。

しかし今の時代、集団でいる安心感を優先すると、個人が危険にさらされるケースが以前より増えた。それは現代の危険があまりにも複雑で、一体何が起こっているのか、誰にもわからない場合が多いからだ。私はここで、集団の行動は常に間違っていると言いたいわけではない。集団は誰も気づかないうちに、個人の自主性を奪ってしまうことがあると言いたいだけだ。同僚たちは間違っているかもしれないが、彼らについていくほうが、自分で考えて行動するよりはるかに楽だ。集団は安心を与えてくれる一方、自主性は不安を引き起こす。しかし災害に巻き込まれた状況では、不安こそが正しい反応なのだ。根拠のない安心は死を招きかねない。
(p.168)


ちなみに、上に挙げた引用が登場する場面では、911アメリカ同時多発テロ事件のときにWTCで働いていた人たちを取り上げて、何が生死をわけたのか考察しています。