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2024年10月4日金曜日

緑の散歩道と科学(『物理学者のすごい思考法』より)

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本書『物理学者のすごい思考法』を読んで強く印象に残ったのは、実は前回の奥義開陳ではなく、今回引用する文章のほうでした。「緑の散歩道と科学」という詩的な題名がつけられたエッセイのなかで、著者の橋本さんは植物に関する美学的な疑問を、最終的には物理学的な観点に還元して解決しています(実際には解決ではなく答え合わせですが)。これは本ブログでたびたび取り上げているチャーリー・マンガーが主張する、「学問分野を根源性の観点によって順序付け、その順序に従って適用する」、言いかえれば根本原理へとさかのぼって問題解決をはかる好例です。以下に引用します。


朝の散歩は心地いい。散歩道のほとりには、色々な花が咲いている。黄色い花やピンクの花。綺麗だな、と眺めているうち、ふと思った。なぜ僕は花を綺麗だと思うのだろう。(中略)


花には様々な色がある。そうか、花が目立つのは、葉っぱが全部緑でつまらないからなのではないか。そうに違いない。(中略)


なぜ、すべての葉っぱは緑なのか?
答えはもちろん、中学校の理科で学んだように、植物は光合成でエネルギーを作り出すのであり、光合成を行うのは、葉っぱの中にある葉緑体だからである。
ここで注意すべきは、光の反射の性質である。物が緑色に見えるという時には、実はその物は、他の色の光を吸収しているのだ。これも中学校の理科で学ぶのだが、太陽の光は、赤や青、緑、といった様々な色の光が重なっていて、全部で白くなっている。その光が葉っぱに当たった時、赤や青が葉っぱに吸収されて、緑だけが吸収されない。だから、緑の光だけが反射されて、葉っぱは緑色に見えるのだ。葉緑体は、もっぱら、赤や青といった、緑ではない色の光を吸収して光合成をしているのだ。 それではなぜ、植物は緑色の光を吸収しないのだろうか?(中略)


有力な解を思いつかず、足を速めて、自宅へ直行した。(中略)急いでパソコンを開き、検索してみた。すると、日本の大学の研究成果のプレスリリースがいくつか見つかった。
僕は仰天した。答えは、僕の専門の物理学に帰着するからだ。その生物学的研究では、植物が緑色の光を吸収しないのは、太陽からの様々な色の光のうち緑色の光が強すぎるからだ、と主張されていた。つまり、あまりにも光を吸収しすぎるとダメージがあるため、最も強い緑色の光はなるべく吸収しない仕組みになっているという。 この説を信用するとすれば、原因は太陽の光の構成にある、ということになる。実は、太陽の光は「黒体輻射」と呼ばれるルールで構成されている。黒体輻射は温度だけで決まる光だ。太陽の表面温度はおよそ6000度だと習った記憶がある。手元のメモ用紙で計算する。黒体輻射の数式に表面温度を代入し、最も強い光の波長を計算すると、約500ナノメートル。おお、これは、緑色を示す波長ではないか! (p.208)



橋本さん自身が2つの根源的学問(数学と物理学)の使い手であることが、この問題を解決する大きな要因だったのは、まちがいありません。そして彼は前回の投稿で示していたように「自分の専門性で解決できる問題に落とし込む」ことをこころがけていました。つまり橋本さんは、チャーリー・マンガー的問題解決をするのにもってこいの人物だったといえます。


だからといってあらゆる事象や問題を把握解決する際に、かならずしも物理学までさかのぼる必要はないでしょう。もっとソフトな応用科学、たとえば工学や統計学や進化生物学や心理学や化学あるいは算数といった分野でみられるモデルが役立つことも多いでしょう。ただし、そういった分野でとりあげられているモデルを学んで試して咀嚼して身につける場合でも、それなりの時間がかかるものです。そうであっても、学問を実用的な知恵として使いこなしたいと願う人にとっては、楽しみながら取り組める時間になると思います。著者の橋本さんも実践しているように、チャーリーの教えを実践する道に終わりはなさそうです。「根源的学問分野すべてにおける真に基礎的な部分を、流暢に使いこなせるまで実際に練習し、そして日常的に使うこと」。


(なお可視光線スペクトルの画像は、東邦大学理学部生物分子科学科のwebサイトからお借りしました)

2024年9月30日月曜日

物理学的思考法の奥義(『物理学者のすごい思考法』より)

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科学者の思考プロセスを参考にしたいという思いは常々抱いています。今回は『物理学者のすごい思考法』という本を通読しました。本書の著者は橋本幸士さんという方で、京都大学大学院理学研究科に所属し、素粒子物理学の分野で教授をなさっておられます。本書に至ったきっかけは、youtube上のPIVOTというチャンネルで科学系映像をいくつか視聴していた折に、彼の登場する映像に出くわしたことでした。


本書で取り上げている話題は全般として、「すごい思考法」という題名が示唆するおおげさなものではなく、ほのぼのした楽しめるものばかりです。日々の生活におけるさまざまな局面を、いかにも理系の研究者らしい視点で切り取っています。とりあげられている話題の例としては、餃子の包み方、漢字の対称性、建築家やアーティストに共通する原点、研究室にある黒板の効用、バーベキュー大会での提灯などがあります。


今回の投稿でご紹介するのは「物理学者の思考法の奥義」という話題です。こちらも「奥義」とは銘打っていますが、仰々しいものではありません。科学的な手法や問題解決の手法としては、一般に仮説演繹法(仮説・検証)が知られています。この「奥義」も本質的にはその範疇におさまるものだと受けとめており、容易に理解できる思考法です。それではどこが「奥義」なのかといえば、「理論物理学者が、日常的な研究活動を通じて使いやすい形に特殊化簡略化していった」手作り的な側面がある点なのかもしれません。そして著者も記しているように、この思考法は日常的な思考や問題解決の際にも使いやすい、簡潔で強力なプロセスだと思います。


[p.77から始まる話題]
科学の進歩の背後には、科学者独特の思考法が存在しているのだ。


これは奥義と言えるものかもしれないと僕は思っている。というのは、大学の物理学の講義においても、特に思考法についての講義はなされず、物理の各論が教育されるだけだからである。僕もこれをどなたかの先生に習った記憶はない。


大学院に入り自分で研究論文を書くようになって、初めてその奥義を自分で検討し始めた。まずは門前の小僧のように、先輩や先生たちが研究するスタイルを見ながら開発したのだ。


ここで、物理学的思考法の奥義を惜しげなく披露しよう。物理学の手法は、4つのステップからなると考える。問題の抽出、定義の明確化、論理による演繹、予言。この4つのステップをフォローし思考することで、物理学の研究が進んでいく。


冒頭の満員バスについての会話は、この物理学的思考法にのっとった問題解決なのだ。すなわち、この思考法は物理学の研究だけではなく、日常のあらゆる場面で有用になりうるのだ。(中略)


[本来冒頭部に位置している、前ふりとなる話]
物理学会にて、友人と僕との会話。
友人「この会場行きのバス、何人乗っとんねん、もうギューギューで死ぬで」
しばらくの沈黙ののち、僕はこう答えた。
「有効数字1桁で60人」
しばらくの沈黙ののち、友人はこう言った。
「明日は25分早くバス停に来よ」(中略)


(奥義その1) 問題の抽出、の巻
問題は一般に多種多様であるため、適切な問題を抽出せねばならない。抽出のための知恵として、多くの問題を一度に解決できるような問題にすることや、自分の専門性で解決できる問題に落とし込む、というものがある。


例えば冒頭の友人の発言においては、「死ぬで」の部分は医学部に任せ、「ギューギュー」という表現は文学部に任せてしまう。理学部向けに抽出された問題は「バス1台に人間を詰め込んだ場合、何人入るか。有効数字1桁で答えよ」となる。


(奥義その2) 定義の明確化、の巻
問題に存在する曖昧な表現が科学を阻害するため、適切な定義が必要である。定義のための知恵として、常識にとらわれず、かつ常軌を逸さない程度の定義が必要であること、そして自分の専門分野(理学部の場合は計算)での解決を容易にする定義にする、というものがある。


例えば冒頭の友人の発言においては、「バス」は「3 * 10 * 2メートルの直方体」と定義する。「人」は「質量70キログラムの水でできた球」と定義する。すると、友人の発言の理学部語への翻訳は「3 * 10 * 2メートルの直方体に質量70キログラムの水の球を詰め込んだ場合、球は何個入るか。有効数字1桁で答えよ」となる。


(奥義その3) 論理による演繹、の巻
問題が定義されれば、あとはそれを解くのみである。ここにコツはない。ひたすら、執念でその問題を解く。自分の専門性が大いに発揮される瞬間である。僕は友人が問題を出した30秒後、有効数字1桁で60個の球が入るとの計算結果を頭の中で得た。その計算方法をここに長々と得意げに述べるのは、浅はかである。


(奥義その4) 予言、の巻
物理学で最も重要であるのは、理論による予言と実証である。予言は、自分の計算や理論に基づき、かつ、それを実際の実験や観測によって実証できて理論の正当性がチェックできるものが望ましい。


最後の友人の発言「明日は25分早くバス停に来よ」は、もちろん予言である。友人の頭の中には、僕の計算結果である60人という数字と、学会会場に集まる物理学会会員の数、そしてバスが何分おきに発車しているか、という数字が組み合わさっていたはずである。


友人の最後の発言の後、僕はニヤリとした。僕の頭の中では、32分という答えが出ており、それと友人の答えはおおよそ一致していたからだ。


(つづきます)

2024年9月20日金曜日

やあ、お若いの(『良い戦略、悪い戦略』より)

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前回の投稿につづいて、『良い戦略、悪い戦略』から最後の引用です。買収の是非をめぐって昨今話題となっている会社といえば、USスチール社です。その同社の創業者だったアンドリュー・カーネギーにまつわる話が本書でとりあげられているので、ご紹介します。文末にかけて余韻を残す文章です。


「1890年のこと、ピッツバーグでカクテルパーティーが催され、カーネギーを始め大勢の名士や有名人が招待された。カーネギーは部屋の片隅で葉巻をくゆらせていたが、そこにはひっきりなしに人々が挨拶に行ったものだ。やがて誰かがカーネギーにフレデリック・テイラーを紹介した。のちに"科学的管理法の父"として知られるようになる人物だが、当時はまだ売り出し中のコンサルタントである。


『やあ、お若いの』とカーネギーはうさんくさそうに若者に一瞥をくれて言った。『君が経営について聞くに値することを言ったら、1万ドルの小切手を送ってやろう』。


1890年の1万ドルは、ものすごい金額だ。このやりとりに、近くにいた人々は耳をそばだてた。 テイラーは臆せず答えた。『あなたにできる重要なことを10項目列挙したリストを作ることをおすすめします。リストができあがったら、1番目の項目から実行してください』。 この話には後日談がある。1週間後にテイラーは、1万ドルの小切手を受け取ったのだ」(p.342)


リストあるいはチェックリストについては、本サイトでたびたび取り上げてきました。そのなかでもチャーリー・マンガーがその効用を強く説いているさまざまな文章は、再読する価値があります。またウォーレン・バフェットによるリストの活用法はカーネギー版をいわば拡張したものであり、こちらのほうが使い勝手がよいかもしれません。それらの過去記事へのリンクは次のとおりです。


反証と知恵とチェックリスト(チャーリー・マンガー)
ウォーレン・バフェットの時間管理術(GuruFocus記事より)


なおInflation Calculatorを使って計算すると、1890年の1万ドルの価値は、2024年の50万ドルほどに相当します。たしかに面識のない人物に支払うには、ものすごい金額だと言っても大げさではないでしょう。

2024年9月17日火曜日

持続可能な競争優位性(『良い戦略、悪い戦略』より)

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本書の話題をつづけるのは理由があって、このサイトで取り上げている各種の主題と親和性が高いと感じているからです。例によって、これは好ましい情報です。見識ある別々の人物が同じ方向を向いた主張をする場合、それらが重要である確率はより高く見積もれるからです。


今回引用する文章は、ウォーレン・バフェットもしばしばとりあげる「持続可能な競争優位」についてです。これは本書の著者が戦略として取り組むべき要素の一つとしてあげているだけでなく、投資家が企業価値を評価する上でも重要性の高い概念です。以下の引用部では、その概念をかたちづくる基本原理を簡潔に述べて、アップルの実例を一連の文章で説明しています。また、それとは別に第12章では、競争優位に関する話題を興味深く展開しています。


ウォーレン・バフェットも「持続可能な競争優位」を基準に企業を評価すると述べている。 競争優位の基本的な定義はきわめて明快である。競争相手より低いコストで生産できるとき、競争相手より高い価値を提供できるとき、あるいはその両方ができるとき、競争優位があると言う。ただし、コストは製品や用途によってちがってくるし、顧客も所在地、知識、好みなどがまちまちである。その点に気づくと、競争優位の定義は明快とは言えなくなってくる。(中略)


加えて、「持続可能」という言葉がじつに微妙である。優位性が持続可能であるためには、競争相手に容易にまねされないこと(模倣困難性)が条件になる。より正確に言えば、優位性を生み出すリソースをまねされないことが重要だ。そのためには、いわゆる「隔離メカニズム」を持つことが必要になる。たとえば、一定期間の独占を可能にする特許は、その最もわかりやすい例である。より複雑な隔離メカニズムとしては、評判、取引関係や人脈、ネットワーク効果、規模の経済、暗黙知や熟練技能などが挙げられる。


たとえばアップルのiPhone事業は、ブランド力、評判、iTunesの補完的なサービス、専用アプリなどによるネットワーク効果によって守られている。どれも経営陣が巧みに形成してきたものであり、持続可能な競争優位を確立するプログラムに組み込まれている。競争相手にとっては対抗しうるリソースを妥当なコストで得るのがむずかしいという点で、これらのリソースは稀少資源と言えよう。(p.219)


(参考記事) 投資先企業を見極める基準「競争優位性」とは


(つづきます)

2024年9月13日金曜日

遠い将来を予見する必要はない(『良い戦略、悪い戦略』より)

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前回の投稿につづいて、『良い戦略、悪い戦略』からさらに3か所を引用します。これらの内容を知っておけば、実際に同書を読まなくても、戦略というものを的確に検討把握しやすくなると思います。まずは、戦略を立案する際に意識すべき構造についてです。


良い戦略には、しっかりした論理構造がある。私はこれを「カーネル(核)」と呼んでいる。戦略のカーネルは、診断、基本方針、行動の3つの要素で構成される。状況を診断して問題点を明らかにし、それにどう対処するかを基本方針として示す。これは道しるべのようなもので、方向は示すがこまかい道順は教えない。この基本方針の下で意思統一を図り、リソースを投入し、一貫した行動をとる。(p.11)

次の2つは、良い戦略を立てる際に役立つ汎用的なテクニックです。なお、その反対に個別の事情や状況によって取り組みの是非を検討すべき各種の方策も、本書では実例を踏まえながら、ふんだんに説明されています。


新しい戦略は、科学の言葉で言えば、「仮説」である。そして仮説の実行は「実験」に相当する。実験結果が判明したら、有能な経営者は何がうまくいき何がうまくいかないかを学習し、戦略を軌道修正する。(p.318)

戦略的になるということは、近視眼的な見方をなくすということである。逆にいえば、ライバルより広い視野を持つことである。同業者や競争相手が何をしているか、何をしていないか、つねに認識していなければならない。だからと言って遠い将来を予見する必要はない。あくまでも事実に基づいて、産業構造やトレンド、競争相手の行動や反応、自社の能力やリソースを観察し、自分の先入観や思い込みをなくしていく。そう、戦略的であるとは、近視眼的だった自分から脱皮することだと言えよう。(p.345)

参考までに、本書で実例として取り上げられている組織には、以下のようなものがあります。 アップル、米軍(第一次湾岸戦争)、ウォルマート、エンロン、(国防総省の)DARPA、DEC、スターバックス、IKEA、シスコ(Cisco)、コンチネンタル航空、AT&T、GM。そして目下大評判のNVIDIAについては、1章分を費やして説明しています。


(さらにつづきます)