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2012年9月16日日曜日

誤判断の心理学(16)すてきな女性が結婚する相手(チャーリー・マンガー)

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今回は、二者を比較することで誤った判断をしてしまう傾向です。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その16)対比されたものに、誤って反応する傾向
Sixteen: Constrast-Misreaction Tendency

人間の神経系は絶対的な精度では対象を測定できないため、より簡略なものに頼らざるを得ません。そこで人間の目には、限られた能力で済むような解決策が講じられています。視界に入った明暗差、すなわち対比を検知するのです。そして他の感覚は目で見たものに追随し、さらには感覚されたものが即認識につながります。このような仕組みによって、「対比されたものに対して、誤った反応をする傾向」が導き出されています。

ものごとを正確に考える上で、これほど害をもたらす心理学的傾向はあまりないでしょう。ちょっとした例としては、500万円の自動車を買おうとするときに、合計と比べると金額が小さいというだけで10万円もする本皮のダッシュボードを選んでしまうことがあります。一方大きな問題ともなると人生を棒にふりかねません。たとえば素敵な女性であるにも関わらず、ひどかった両親とくらべれば満足できるという程度の男と結婚してしまう。同じように、最初の妻と比べればましだという理由だけで次の妻をめとる男性の例もあります。

Because the nervous system of man does not naturally measure in absolute scientific units, it must instead rely on something simpler. The eyes have a solution that limits their programming needs: the contrast in what is seen is registered. And as in sight, so does it go, largely, in the other senses. Moreover, as perception goes, so goes cognition. The result is man's Constrast-Misreaction Tendency.

Few psychological tendencies do more damage to correct thinking. Small-scale damages involve instances such as man's buying an overpriced $1,000 leather dashboard merely because the price is so low compared to his concurrent purchase of a $65,000 car. Large-scale damages often ruin lives, as when a wonderful woman having terrible parents marries a man who would be judged satisfactory only in comparison to her parents. Or as when a man takes wife number two who would be appraised as all right only in comparison to wife number one.


「対比されたものに、誤って反応する傾向」は、商品やサービスを購入する側のほうが不利になるように、日常的に利用されています。売り手がよくやるのは、本来の価格が低くみえるように、ずっと高い価格をわざとつけておくやりかたです。その上で、元の価格に戻すだけなのに、偽りの価格から大幅に割り引いたことを吹聴するのです。しかし、その手の操作が仕組まれているとわかっていても、結局は買ってしまうことがよくあります。新聞に掲載される広告が多いのは、この現象からも説明できます。また心理学的な策略を知っていたとしても、鉄壁の守りにはならないことがわかります。

人が災厄に向けてわずかなあゆみを一歩ずつ着実に歩む場合には、「対比されたものに、誤って反応する傾向」が働いてしまい、深入りしたまま戻れなくなることがよくあります。これは一歩のあゆみがわずかなので、現在の位置と次の位置があまり変わらないがゆえに引き起こされるものです。

Constrast-Misreaction Tendency is routinely used to cause disadvantage for customers buying merchandise and services. To make an ordinary price seem low, the vendor will very frequently create a highly artificial price that is much higher than the price always sought, then advertise his standard price as a big reduction from his phony price. Even when people know that this sort of customer manipulation is being attempted, it will often work to trigger buying. This phenomenon accounts in part for much advertising in newspapers. It also demonstrates that being aware of psychological ploys is not a perfect defense.

When a man's steps are consecutively taken toward disaster, with each step being very small, the brain's Contrast-Misreaction Tendency will often let the man go too far toward disaster to be able to avoid it. This happens because each step presents so small a contrast from his present position.


個人的な話ですが、新規の投資先を選ぶときにはPERの低さにひきずられがちです。「事業の質のほうが重要だ」とチャーリー・マンガーやウォーレン・バフェットが教えてくれていますが、何かといいわけを考えてそちらを気にしてしまいます。ウォーレンが言うフィルターの順序を守りきれていません(過去記事)。

2012年9月15日土曜日

誤判断の心理学(15)社会的証明の傾向(チャーリー・マンガー)

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アメリカ企業をみならって、日本企業でも社外取締役を積極的に採用するよう騒がれた時期がありました。今回のチャーリー・マンガーの文章は、その幻想を払い除けてくれます。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その15)社会的証明の傾向
Fifteen: Social-Proof Tendency

本来は複雑なものであっても、他人の考えや振舞いをまねしているときには、人間はずっと単純な行動をとります。そういう人まねはけっこううまくいくものです。たとえばアメフトの大きなゲームがよくしらない街で開催されるときに会場にたどりつくいちばん簡単な方法といえば、人の波についていくことでしょう。そういう理由もあって、自分の回りの他人が考えたり行動したりすることをそのまま同じようにやる傾向、すなわち「社会的証明の傾向」は、人間が進化していく過程で残されたのです。

「社会的証明の傾向」は心理学の先生たちのお気に入りのひとつです。面白おかしい実験結果が得られるからですね。たとえば何も知らない被験者にエレベーターの中に入ってもらうように設定します。このときすでに10名ほどの実験参加者が入っており、全員が出口とは反対のほうを向いて静かに立っています。こうすると、被験者は同じように反対向きに立つことがよくあるのです[過去記事]。このように心理学の先生は「社会的証明の傾向」を使って、おかしくも大きな判断違いを起こさせることができます。

The otherwise complex behavior of man is much simplified when he automatically thinks and does what he observes to be thought and done around him. And such followership often works fine. For instance, what simpler way could there be to find out how to walk to a big football game in a strange city than by following the flow of the crowd. For some such reason, man's evolution left him with Social-Proof Tendency, an automatic tendency to think and act as he sees others around him thinking and acting.

Psychology professors love Social-Proof Tendency because in their experiments it causes ridiculous results. For instance, if a professor arranges for some stranger to enter an elevator wherein ten “compliance practitioners” are all silently standing so that they face the rear of the elevator, the stranger will often turn around and do the same. The psychology professors can also use Social-Proof Tendency to cause people to make large and ridiculous measurement errors.


社会的証明がもっとも簡単に触発されるのはどのようなときでしょうか。それは混乱していたりストレスがかかっているときで、両方そろえばなおさらです。このことは多くの実験によって明らかにされています。

ストレスがかかっている局面では、社会的証明が強力に働きます。評判の悪い営業部隊は、たとえば学校の先生をねらって、ひとりぼっちでストレスがかかった状態に誘導し、湿地を売りつけるようなことをしてきました。まず、ひとりでいるところに悪党と最初に買った人の両名が登場すると、社会的な証明の力が強まります。そしてストレスがかかっていることで、ますます社会的証明に頼ってしまうのです。その際に手持ち無沙汰の状態であれば、よりいっそうのことでしょう。いうまでもありませんが、最悪なカルト宗教ではそういった悪徳セールスマンのやりかたをまねています。あるカルトでは、洗脳しようとしている者に対するストレスを強めるために、ガラガラヘビさえ持ち出してきます。

When will Social-Proof Tendency be most easily triggered? Here the answers is clear from many experiments: Triggering most readily occurs in the presence of puzzlement or stress, and particularly when both exist.

Because stress intensifies Social-Proof Tendency, disreputable sales organizations, engaged, for instance, in such action as selling swampland to schoolteachers, manipulate targets into situations combining isolation and stress. The isolation strengthens the social proof provided by both the knaves and the people who buy first, and the stress, often increased by fatigue, augments the targets' susceptibility to the social proof. And, of course, the techniques of our worst “religious” cults imitate those of the knavish salesmen. One cult even used rattlesnakes to heighten the stress felt by conversion targets.


社会的証明では、他人が行動することだけでなく、他人が行動しないことによっても判断違いを招くことがあります。何かが疑わしいときに他人が行動しないでいるのは、行動しないのが正しいという社会的な証明につながるのです。そういうわけで、たくさんの目撃者がいたのに誰も行動しなかったことでキティ・ジェノヴィーズが死亡した有名な事件は、心理学の入門コースでおおいに議論されました。

社会的証明という範疇において、たいていの企業の社外取締役は究極の無行動に近いものでしょう。ばっさりとやらなければいけないことにも彼らは反対しません。例外なのは、社会的な不満が募って介入せざるを得なくなるときだけです。かつて私の友人であるジョー・ローゼンフィールドが、典型的な取締役会の文化をうまく表現していました。彼曰く、「ノースウェスタン・ベル[電話会社]の取締役になりたいかいと訊かれたけれど、それは彼らがいちばん言いたくなかったことなんだよな」

In social proof, it is not only action by others that misleads but also their inaction. In the presence of doubt, inaction by others becomes social proof that inaction is the right course. Thus, the inaction of a great many bystanders led to the death of Kitty Genovese in a famous incident much discussed in introductory psychology courses.

In the ambit of social proof, the outside directors on a corporate board usually display the near ultimate form of inaction. They fail to object to anything much short of an axe murder until some public embarrassment of the board finally causes their intervention. A typical board-of-directors' culture was once well described by my friend, Joe Rosenfield, as he said, “They asked me if I wanted to become a director of Northwest Bell, and it was the last thing they ever asked me.”


「社会的証明がもっとも簡単に触発されるのはどのようなときか」というくだりを読んで、羊や魚の群れが一斉に向きをかえて進む様子が思い浮かびました。チャーリーが指摘しているように、人間にも同じ遺伝子がきちんと残されていますね。

2012年9月12日水曜日

ROICを分解して競争優位性をさぐる

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前回取り上げたルー・シンプソンの発言「資本収益率をチェックすると、実にいろいろなことがわかる」に導かれて、何かよい勉強材料はないかとさがしたところ、『企業価値評価』という本に出会いました。最新である第5版の翻訳は刊行されたばかりですが、わたしが手にとっているのはひとつ前の『第4版』のほうです。

題名のとおり本書では、企業の価値がいくらなのか定量的に見積る方法論が紹介されています。マッキンゼーのメンバーが書いた本なので、最終的なねらいはクライアント企業の株価を上げることのように思われます。しかし内容はオーソドックスで、投資家にとっても参考になるものです。

今回ご紹介するのは、ROIC(Return On Invested Capital; 本書の訳は「投下資産利益率」)を分解した図です。例としてとりあげられた2社のROICは少なからず離れていますが、ROICをより細かな要素に分解することで、どのような要因によって差が生まれたのか浮き上がらせています。具体的にはホームセンター大手のホームデポとロウズの2社を比較し、「有形固定資産/売上高」の差異が大きいことを示しています。

ROICツリー
(出典: 『企業価値評価 第4版』 p.218)

2012年9月11日火曜日

企業評価について(ルー・シンプソン)

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少し前にとりあげた『最高経営責任者バフェット』で(過去記事)、ルー・シンプソンは投資候補の企業を評価する際の着眼点を、次のように述べています。

企業評価において最も重要な量的側面について質問すると、次のような答えが返ってきた。「それは資本収益率です。これをチェックすると、実にいろいろなことが分かります。ただし、根本的な問題として、利益に関してはかなり雑音が入るため、財務データ上の数値と実際の数値とは切り離して考えないといけません。ROE(株主資本利益率)は基本的に重要ですが、これが時として当てにならないこともあります。が、たとえそうであっても、多くのことを調べる必要があります。そして、その企業の長期的な利益成長率を見積もり、一定の割引率で割り引く。これが何よりの評価となります。原理的には簡単ですが、実際にやってみると、結構難しいものです」(p.106)

なお上記の「資本収益率」に対応する原文を調べたところ、"Return on capital"でした。この話題は次回に続きます。

2012年9月10日月曜日

一冊のノートと、ささやかな習慣(シメオン・ドニ・ポアソン)

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今回は、やや一般的な話題です。『バースト! 人間行動を支配するパターン』という本を最近読みましたが、ものごとの優先順位付けについて興味をひいた一節があったのでご紹介します。

ポアソン分布。ポアソン過程。ポアソン方程式。ポアソン核。ポアソン回帰。ポアソン和公式。ポアソン点。ポアソン比。ポアソン括弧。オイラー=ポアソン=ダルブー方程式。これは全体のほんの一部だが、それだけでも、シメオン=ドニ・ポアソンの研究がいかに科学のあらゆる分野に影響を及ぼしたかがわかるだろう。しかし驚くべきは、彼の貢献の量ではなく、その深さだ。そこで、どうしてもこんな疑問が浮かんでくる。いったいポアソンはどうやってこれだけ多くの異なる問題に同時に取り組みながら、なおかつ深い、色あせない貢献ができるほどの集中力を効率的に維持できたのか?

もちろん、彼には秘訣があったのだ。一冊のノートと、ささやかな習慣である。

ポアソンは興味深いと思う問題に出くわすたびに、その楽しみにふけりたくなる衝動に抵抗した。そして代わりにノートを取り出し、その問題を書きとめると、中断が入る前に夢中だった問題にさっさと注意を戻した。手元の問題が片付くと、そのたびにノートに走り書きされた問題のリストを眺めまわし、最も興味深いと思ったものを次の課題として選び出す。

ポアソンのささやかな秘訣とは、生涯にわたって注意深く優先順位をつけることだったのだ。(p.179)


時間管理をテーマにした自己啓発の本は数多く出ていますが、こういった偉大な先人の逸話もいいですね。なお本書はポピュラー・サイエンスに分類されるのでしょうが、トランシルヴァニアを舞台にした無名な十字軍の歴史物語や、ソフト・サイエンス的な逸話に多くのページが費やされており、読者を選ぶ作品のように思われます。

蛇足になりますが、「バースト」ときくとVIXのチャートを思い浮かべてしまいます。