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2012年9月15日土曜日

誤判断の心理学(15)社会的証明の傾向(チャーリー・マンガー)

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アメリカ企業をみならって、日本企業でも社外取締役を積極的に採用するよう騒がれた時期がありました。今回のチャーリー・マンガーの文章は、その幻想を払い除けてくれます。(日本語は拙訳)

誤判断の心理学
The Psychology of Human Misjudgment

(その15)社会的証明の傾向
Fifteen: Social-Proof Tendency

本来は複雑なものであっても、他人の考えや振舞いをまねしているときには、人間はずっと単純な行動をとります。そういう人まねはけっこううまくいくものです。たとえばアメフトの大きなゲームがよくしらない街で開催されるときに会場にたどりつくいちばん簡単な方法といえば、人の波についていくことでしょう。そういう理由もあって、自分の回りの他人が考えたり行動したりすることをそのまま同じようにやる傾向、すなわち「社会的証明の傾向」は、人間が進化していく過程で残されたのです。

「社会的証明の傾向」は心理学の先生たちのお気に入りのひとつです。面白おかしい実験結果が得られるからですね。たとえば何も知らない被験者にエレベーターの中に入ってもらうように設定します。このときすでに10名ほどの実験参加者が入っており、全員が出口とは反対のほうを向いて静かに立っています。こうすると、被験者は同じように反対向きに立つことがよくあるのです[過去記事]。このように心理学の先生は「社会的証明の傾向」を使って、おかしくも大きな判断違いを起こさせることができます。

The otherwise complex behavior of man is much simplified when he automatically thinks and does what he observes to be thought and done around him. And such followership often works fine. For instance, what simpler way could there be to find out how to walk to a big football game in a strange city than by following the flow of the crowd. For some such reason, man's evolution left him with Social-Proof Tendency, an automatic tendency to think and act as he sees others around him thinking and acting.

Psychology professors love Social-Proof Tendency because in their experiments it causes ridiculous results. For instance, if a professor arranges for some stranger to enter an elevator wherein ten “compliance practitioners” are all silently standing so that they face the rear of the elevator, the stranger will often turn around and do the same. The psychology professors can also use Social-Proof Tendency to cause people to make large and ridiculous measurement errors.


社会的証明がもっとも簡単に触発されるのはどのようなときでしょうか。それは混乱していたりストレスがかかっているときで、両方そろえばなおさらです。このことは多くの実験によって明らかにされています。

ストレスがかかっている局面では、社会的証明が強力に働きます。評判の悪い営業部隊は、たとえば学校の先生をねらって、ひとりぼっちでストレスがかかった状態に誘導し、湿地を売りつけるようなことをしてきました。まず、ひとりでいるところに悪党と最初に買った人の両名が登場すると、社会的な証明の力が強まります。そしてストレスがかかっていることで、ますます社会的証明に頼ってしまうのです。その際に手持ち無沙汰の状態であれば、よりいっそうのことでしょう。いうまでもありませんが、最悪なカルト宗教ではそういった悪徳セールスマンのやりかたをまねています。あるカルトでは、洗脳しようとしている者に対するストレスを強めるために、ガラガラヘビさえ持ち出してきます。

When will Social-Proof Tendency be most easily triggered? Here the answers is clear from many experiments: Triggering most readily occurs in the presence of puzzlement or stress, and particularly when both exist.

Because stress intensifies Social-Proof Tendency, disreputable sales organizations, engaged, for instance, in such action as selling swampland to schoolteachers, manipulate targets into situations combining isolation and stress. The isolation strengthens the social proof provided by both the knaves and the people who buy first, and the stress, often increased by fatigue, augments the targets' susceptibility to the social proof. And, of course, the techniques of our worst “religious” cults imitate those of the knavish salesmen. One cult even used rattlesnakes to heighten the stress felt by conversion targets.


社会的証明では、他人が行動することだけでなく、他人が行動しないことによっても判断違いを招くことがあります。何かが疑わしいときに他人が行動しないでいるのは、行動しないのが正しいという社会的な証明につながるのです。そういうわけで、たくさんの目撃者がいたのに誰も行動しなかったことでキティ・ジェノヴィーズが死亡した有名な事件は、心理学の入門コースでおおいに議論されました。

社会的証明という範疇において、たいていの企業の社外取締役は究極の無行動に近いものでしょう。ばっさりとやらなければいけないことにも彼らは反対しません。例外なのは、社会的な不満が募って介入せざるを得なくなるときだけです。かつて私の友人であるジョー・ローゼンフィールドが、典型的な取締役会の文化をうまく表現していました。彼曰く、「ノースウェスタン・ベル[電話会社]の取締役になりたいかいと訊かれたけれど、それは彼らがいちばん言いたくなかったことなんだよな」

In social proof, it is not only action by others that misleads but also their inaction. In the presence of doubt, inaction by others becomes social proof that inaction is the right course. Thus, the inaction of a great many bystanders led to the death of Kitty Genovese in a famous incident much discussed in introductory psychology courses.

In the ambit of social proof, the outside directors on a corporate board usually display the near ultimate form of inaction. They fail to object to anything much short of an axe murder until some public embarrassment of the board finally causes their intervention. A typical board-of-directors' culture was once well described by my friend, Joe Rosenfield, as he said, “They asked me if I wanted to become a director of Northwest Bell, and it was the last thing they ever asked me.”


「社会的証明がもっとも簡単に触発されるのはどのようなときか」というくだりを読んで、羊や魚の群れが一斉に向きをかえて進む様子が思い浮かびました。チャーリーが指摘しているように、人間にも同じ遺伝子がきちんと残されていますね。

2012年9月12日水曜日

ROICを分解して競争優位性をさぐる

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前回取り上げたルー・シンプソンの発言「資本収益率をチェックすると、実にいろいろなことがわかる」に導かれて、何かよい勉強材料はないかとさがしたところ、『企業価値評価』という本に出会いました。最新である第5版の翻訳は刊行されたばかりですが、わたしが手にとっているのはひとつ前の『第4版』のほうです。

題名のとおり本書では、企業の価値がいくらなのか定量的に見積る方法論が紹介されています。マッキンゼーのメンバーが書いた本なので、最終的なねらいはクライアント企業の株価を上げることのように思われます。しかし内容はオーソドックスで、投資家にとっても参考になるものです。

今回ご紹介するのは、ROIC(Return On Invested Capital; 本書の訳は「投下資産利益率」)を分解した図です。例としてとりあげられた2社のROICは少なからず離れていますが、ROICをより細かな要素に分解することで、どのような要因によって差が生まれたのか浮き上がらせています。具体的にはホームセンター大手のホームデポとロウズの2社を比較し、「有形固定資産/売上高」の差異が大きいことを示しています。

ROICツリー
(出典: 『企業価値評価 第4版』 p.218)

2012年9月11日火曜日

企業評価について(ルー・シンプソン)

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少し前にとりあげた『最高経営責任者バフェット』で(過去記事)、ルー・シンプソンは投資候補の企業を評価する際の着眼点を、次のように述べています。

企業評価において最も重要な量的側面について質問すると、次のような答えが返ってきた。「それは資本収益率です。これをチェックすると、実にいろいろなことが分かります。ただし、根本的な問題として、利益に関してはかなり雑音が入るため、財務データ上の数値と実際の数値とは切り離して考えないといけません。ROE(株主資本利益率)は基本的に重要ですが、これが時として当てにならないこともあります。が、たとえそうであっても、多くのことを調べる必要があります。そして、その企業の長期的な利益成長率を見積もり、一定の割引率で割り引く。これが何よりの評価となります。原理的には簡単ですが、実際にやってみると、結構難しいものです」(p.106)

なお上記の「資本収益率」に対応する原文を調べたところ、"Return on capital"でした。この話題は次回に続きます。

2012年9月10日月曜日

一冊のノートと、ささやかな習慣(シメオン・ドニ・ポアソン)

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今回は、やや一般的な話題です。『バースト! 人間行動を支配するパターン』という本を最近読みましたが、ものごとの優先順位付けについて興味をひいた一節があったのでご紹介します。

ポアソン分布。ポアソン過程。ポアソン方程式。ポアソン核。ポアソン回帰。ポアソン和公式。ポアソン点。ポアソン比。ポアソン括弧。オイラー=ポアソン=ダルブー方程式。これは全体のほんの一部だが、それだけでも、シメオン=ドニ・ポアソンの研究がいかに科学のあらゆる分野に影響を及ぼしたかがわかるだろう。しかし驚くべきは、彼の貢献の量ではなく、その深さだ。そこで、どうしてもこんな疑問が浮かんでくる。いったいポアソンはどうやってこれだけ多くの異なる問題に同時に取り組みながら、なおかつ深い、色あせない貢献ができるほどの集中力を効率的に維持できたのか?

もちろん、彼には秘訣があったのだ。一冊のノートと、ささやかな習慣である。

ポアソンは興味深いと思う問題に出くわすたびに、その楽しみにふけりたくなる衝動に抵抗した。そして代わりにノートを取り出し、その問題を書きとめると、中断が入る前に夢中だった問題にさっさと注意を戻した。手元の問題が片付くと、そのたびにノートに走り書きされた問題のリストを眺めまわし、最も興味深いと思ったものを次の課題として選び出す。

ポアソンのささやかな秘訣とは、生涯にわたって注意深く優先順位をつけることだったのだ。(p.179)


時間管理をテーマにした自己啓発の本は数多く出ていますが、こういった偉大な先人の逸話もいいですね。なお本書はポピュラー・サイエンスに分類されるのでしょうが、トランシルヴァニアを舞台にした無名な十字軍の歴史物語や、ソフト・サイエンス的な逸話に多くのページが費やされており、読者を選ぶ作品のように思われます。

蛇足になりますが、「バースト」ときくとVIXのチャートを思い浮かべてしまいます。

2012年9月8日土曜日

何も発明していない男、サム・ウォルトン(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーによる世知入門、規模の経済の第4回目です。今回は世界最大級の企業、ウォルマートの話です。(日本語は拙訳)

資金潤沢で誉れ高きシアーズ・ローバックを敵にして、ウォルマートがアーカンソー州の一軒の店から始まったことを考えると、これはたいへん興味深いものです。アーカンソーのベントンビルで商売を始めたその男は、どうやってシアーズ・ローバックをこてんぱんに叩きのめしたのでしょうか。彼自らの一代でなしたことですが、それも実のところ晩年になってからのことでした。小さな店を始めたのは、ずいぶんと年をとってからだったのです。

チェーンストアというゲームにおいて彼は誰よりも熱心に、そして上手に戦いました。実のところウォルトンは新しいことは何ひとつ発明していません。そのかわりに彼がやったのは、他人がうまくやったことをかたっぱしから真似することでした。そして従業員を巧みにその気にさせ、ますます熱狂的なまでに仕事に取り組むことで、商売敵を叩きのめしたのです。

It's quite interesting to think about Wal-Mart starting from a single store in Arkansas - against Sears, Roebuck with its name, reputation and all of its billions. How does a guy in Bentonville, Arkansas, with no money, blow right by Sears, Roebuck? And he does it in his own lifetime - in fact, during his own late lifetime because he was already pretty old by the time he started out with one little store....

He played the chain store game harder and better than anyone else. Walton invented practically nothing. But he copied everything anybody else ever did that was smart - and he did it with more fanaticism and better employee manipulation. So he just blew right by them all.


ウォルトンは昔から賢明でしたが、基本的に初期の段階で小さな町の同業者は片付けていました。当時の段階では彼の効率的なシステムであっても、巨大な商売敵とあいまみえることはできなかったでしょう。しかし彼の築いたシステムのおかげで、小規模の同業者は確実に殲滅することができました。それを何度も何度も繰り返し、そうして十分に大きくなってから、もっと大きな相手をやっつけにかかったのです。

たしかに、これは非常に賢明な戦略ですね。

なかにはこう感じる人がいるかもしれません。「これは尊敬に値する振舞いなのでしょうか」。たしかに、資本主義とは実に無慈悲な世界です。しかし私自身はウォルマートがあったおかげで、世界はよりよい場所になったと考えています。小さな町の暮らしを理想にかかげる人がいるかもしれません。しかし、かく言う私も小さな町でそれなりの年月を費やした者です。そんな私から申し上げるとすれば、ウォルトンが倒した商売敵を理想化しすぎるのはおやめになったほうがよいと思います。

Walton, being as shrewd as he was, basically broke other small town merchants in the early days. With his more efficient system, he might not have been able to tackle some titan head-on at the time. But with his better system, he could sure as hell destroy those small town merchants. And he went around doing it time after time after time. Then, as he got bigger, he started destroying the big boys.

Well, that was a very, very shrewd strategy.

You can say, “Is this a nice way to behave?” Well, capitalism is a pretty brutal place. But I personally think that the world is better for having Wal-Mart. I mean, you can idealize small town life. But I've spent a fair amount of time in small towns. And let me tell you - you shouldn't get too idealistic about all those businesses he destroyed.


対する相手のほうもモデルとして興味深いものです。あらゆる大きな優位を手にしていながら官僚主義という不利を背負っていることで、シアーズ・ローバックはひどいダメージを受けました。シアーズ社内にできた幾層もの役に立たない階層はひどい官僚主義そのもので、これがゆえに考える速度が遅くなりました。そして、考えるということの手順さえも定められたのです。これはどういうことかというと、新しい考えが思い浮かんだとしても組織がかりで反対してくるということです。ありとあらゆる巨大な役立たずの官僚主義がはびこっていたのです。

And it's also an interesting model on the other side - how with all its great advantages, the disadvantages of bureaucracy did such terrible damage to Sears, Roebuck. Sears had layers and layers of people it didn't need. It was very bureaucratic. It was slow to think. And there was an established way of thinking. If you poked your head up with a new thought, the system kind of turned against you. It was everything in the way of a dysfunctional big bureaucracy that you would expect.


本ブログも今日から2年目です。今後もどうぞよろしくお願いします。