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2018年10月8日月曜日

2018年バークシャー株主総会(18)年率0.5%は絶対に越えさせない(前)

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バークシャー・ハサウェイ株主総会での質疑応答から、今回は長期債に関する話題です。前回分の投稿はこちらです。(日本語は拙訳)

24. 現在の利回りでの長期債投資は「正気の沙汰とは思えない」

<ウォーレン・バフェット> 次は質問所7番の方、お願いします。

<質問者: 聴衆の一人> おはようございます。米国債市場についてお聞きしたいと思います。オーラ・ラーソンと申します。サンフランシスコのベイ・エリアに住んでいます。

金融業界で働いた経験はありませんが、はじめて買った株はバンクーバー証券取引所で鉱山会社のペニー株でした。それから云十年か経って結婚した後に、妻からバークシャー株を買うようにけしかけられました。結局あれは、うまい決断だったと思っております(笑)。

さて質問です。連銀やインフレ率の値について新聞で読むことがありますが、入札にかけられる財務省証券の供給量がまちがいなく増加するとされています。それでは、利回りや金利が今後どうなると予想されていますか。

<ウォーレン> そうですね、正直なところわかりません。ただし良い点があります。それがわかる人はだれもいない点です。FRBの一員にもわからないはずです。

この話題には、さまざまな変数がかかわってきます。わたしたちが一つわかっているのは、現在の利率近辺においては、投資の対象として長期債がひどくまずいという点です。

そのため当社が待機させている資金は、基本的にすべて財務省[短期]証券にしています。たしか、ほとんどの満期は4カ月程度だったと思います。

最近になって利率が上がってきました。そのおかげで2018年になってから、おそらく最低でも5億ドルは、昨年度の同じ投資にくらべて税引前利益が増えたと思います。

しかし資金をそのままにしているのは、その形で保有しつづけたいからではありません。なにか他のことに使うために、そうやって待っているわけです。

しかし、基本的に現在の利率で長期債に投資しようと考えるのは、狂気の沙汰だと言えるのではないでしょうか。FRBは現在、「年間のインフレ率を2%にしたい」と公言しているわけですから。超長期債の利回りでも、3%をそれほど大きくは上回っていません。個人で買う場合には税が課されますから、そのなかから所得税をいくばくか支払うことになります。

つまり、税引き後では2.5%のリターンにしかなりません。つまりFRBはこう言っているのです。「持てるかぎりの力を尽くそうとも、インフレ調整後の利回りが年率0.5%を越えることは絶対に許さない」と。

それはつまりわたしとしては、ペニー株[低位株、たとえば1株5ドル以下の銘柄。シケモク投資の候補になり得る]に戻るつもりはありませんが、現時点では生産的なビジネスあるいは生産的な資産へこだわりたいということになります。

しかし債券市場で来年になにが起こることはと言えば、そうですね、何兆ドルもの資金を手にした人たちが、どの満期のものを保有するのが最良かなどと思案しているわけです。そのようなゲームの中に入ってもわたしたちが優位に立てるような手札は、なにひとつ持っていません。

チャーリーはどうですか。

(つづく)

24. Long-term bonds are “almost ridiculous” at current rates

WARREN BUFFETT: OK. Station 7.

AUDIENCE MEMBER: Good morning. And I have a question related to the bond market - U.S. Treasury bond market. And my name is Ola Larsson (PH). I live in the San Francisco bay area.

And I never worked in the financial industry. I started out buying penny mining stocks on the Vancouver Stock Exchange. And then decades later, I got married. And my wife convinced me to buy Berkshire shares. That was probably a good decision. (Laughter)

So my question is, I read the newspapers about the Federal Reserve and the inflation numbers. And there must be an increase supply of Treasury bonds that must go to auction. And my question is how would - what do you expect that to impact yield or interest rate?

WARREN BUFFETT: Yeah. The answer is, I don’t know. And the good news is, nobody else knows, including members of the Federal Reserve and everyone -

There are a lot of variables in the picture. And the one thing we know is we think that long-term bonds are a terrible investment, and we - at current rates or anything close to current rates.

So basically all of our money that is waiting to be placed is in Treasury bills that, I think, have an average maturity of four months, or something like that, at most.

The rates on those have gone up lately, so that in 2018, my guess is we’ll have at least $500 million more of pretax income than we would’ve had in the bills last year.

But they still - it’s not because we want to hold them. We’re waiting to do something else.

But long-term bonds - they’re basically, at these rates - it’s almost ridiculous when you think about it. Because here the Federal Reserve Board is telling you we want 2 percent a year inflation. And the very long bond is not much more than 3 percent. And of course, if you’re an individual, then you pay tax on it. You’re going to have some income taxes to pay.

And let’s say it brings your after-tax return down to 2 1/2 percent. So the Federal Reserve is telling you that they’re going to do whatever’s in their power to make sure that you don’t get more than a half a percent a year of inflation-adjusted income.

And that seems to me, a very - I wouldn’t go back to penny stocks - but I think I would stick with productive businesses, or productive - certain other productive assets - by far.

But what the bond market does in the next year, you know - you’ve got trillions of dollars in the hands of people that are trying to guess which maturity would be the best to own and all that sort of thing. And we do not bring anything to that game that would allow us to think that we’ve got an edge.

Charlie?

2018年10月4日木曜日

今度は債券の番だ(ハワード・マークス)

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オークツリーのハワード・マークスが顧客向けのメモを先日公開していました(9月26日付)。今回の主な内容は、彼らの本業である債券の市場環境についてですが、株式市場についても若干触れていますので、印象に残った文章をご紹介します。(日本語は拙訳)

The Seven Worst Words in the World [PDF] (Oaktree Capital Management)

この文章を結ぶ前に、私の見方をご紹介しておきたいと思います。株式には高い値がつけられていますが、しかし(テクノロジーやソーシャル・メディアのような、いくつかの特定のグループを除けば)極端に高いというほどではありません。他の資産クラスと比較すれば、特にそうだと言えます。そのため、株式が金融市場におけるトラブルの震源になるとは思えません。今日の株式の位置づけは、2005年から2006年の頃と似通っているように見受けられます。金融危機を引き起こすような役割は当時ほとんど、あるいはまったく果たしていませんでした。(ただし当然ながら、株式投資家も痛みから免れることはできませんでした。たとえそうであっても、50%超の下落に見舞われたのです)。

2007年から2008年にかけて生じた危機をもたらした主な原因は、株式ではありませんでした。そうではなく、サブプライム証券やその他のものから組成されたり、借入比率を高められた投資商品のほうでした。それらは、債券やデリバティブやあらゆる種類の金融工学から生まれた産物によって彩られていました。言い換えれば、証券や債券そのものではなく、前述した諸々をそれらの中へ取り込んだものでした。

おそらく今回においては、「ひろく一般的なものとなり、リスクに見合うかを考慮せずに投資家がリターンを追い求め、上述したような攻撃的な行動の対象となっている」のは、主として公募債や私募債です。それゆえに、次に問題が発生したときに爆心地で発見されるのは、おそらく債券関連の商品になると思われます(後略)。

Before closing, I want to share my view that equities are priced high but (other than a few specific groups, such as technology and social media) not extremely high - especially relative to other asset classes - and are unlikely to be the principal source of trouble for the financial markets. I find the position of equities today similar to that in 2005-06, from which they played little or no role in precipitating the Crisis. (Of course, that didn’t exempt equity investors from pain; they were hit nevertheless with declines of more than 50%.)

Instead of equities, the main building blocks for the Crisis of 2007-08 were sub-prime mortgage backed securities, other structured and levered investment products fashioned from debt, and derivatives, all examples of financial engineering. In other words, not securities and debt instruments themselves, but the uses to which they were put.

This time around, it’s mainly public and private debt that’s the subject of highly increased popularity, the hunt by investors for return without commensurate risk, and the aggressive behavior described above. Thus it appears to be debt instruments that will be found at ground zero when things next go wrong.(p. 9)

「現在は投資すべきではない」とか「債券に投資すべきではない」とは、一切申し上げていません。私たちオークツリーはこのところ、「前進せよ、ただし慎重に」とのマントラを唱えてきましたし、今もなおそのままです。今後の見通しは悪くないですし、資産価格もそれほど高くはないため、「現金化すべし」あるいは「ほぼ現金化すべし」というほどではありません。機会費用と呼べるであろうペナルティーが実に大きいため、市場から退出することを正当化できない状況です。

しかし上述したことすべてを考慮すれば、上昇分すべてを是が非でも手中にしようとするよりも、下落時に損失を限定することに重きを置く戦略や運用者やアプローチこそ、投資家が選好すべきほうだと私は考えます。その両方を同時に手に入れることはできません。

投資の世界ではほぼあらゆるものが、積極的あるいは消極的になされ得るものです。私の見るところ、現在の市場は注意を払うべき時期だと思われます。

I’m absolutely not saying people shouldn’t invest today, or shouldn’t invest in debt. Oaktree’s mantra recently has been, and continues to be, “move forward, but with caution.” The outlook is not so bad, and asset prices are not so high, that one should be in cash or near-cash. The penalty in terms of likely opportunity cost is just too great to justify being out of the markets.

But for me, the import of all the above is that investors should favor strategies, managers and approaches that emphasize limiting losses in declines above ensuring full participation in gains. You simply can’t have it both ways.

Just about everything in the investment world can be done either aggressively or defensively. In my view, market conditions make this a time for caution. (p. 11)

2018年9月28日金曜日

この良き時代に終わりは来ない(スティーブン・ローミック)

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バリュー・ファンドFPAのマネージャーであるスティーブン・ローミックが、少し前に第二四半期のコメントを公開していたので、ご紹介します。引用する話題は、今後の市場動向を占ったものです。この手の話題は疑念を抱きながら目を通すようにしていますが、今回取り上げるチャートはそれなりに信頼できると感じました。(日本語は拙訳)

Second Quarter 2018 Commentary (FPA Crescent Fund) [PDF]

下図における青色の線は、S&P500の10年平均収益率[過去10年間であげた総リターンの騰落率を年率換算した値]を示しています。一方で緑色(若草色)の線は、家計部門が保有する金融資産のうち株式投資が占める割合を示しています。ただしこちらは10年先に進めて描線するとともに、縦軸の天地を逆転させています。それによって、S&P500収益率との相関関係がいっそう明確になるように表現しています。


この図において緑色の線は、西暦2010年に最底辺に達しています。ただし先に述べたように縦軸が逆転しているので、実際には頂点に到達していました。さらにグラフを10年分先に進めて描いているので、40%ほどの保有率に達していたのは実のところ10年早く、2000年のことでした。これは言い換えれば、家計部門による株式の保有割合が頂点に達したのは2000年であり、収益率がやがてマイナス一桁の値になることを示唆していたのです。まさしくそのとおりになりました。

この図に示したように、家計部門における金融資産中の[株式]保有率と、市場平均があげる将来リターン率の間にみられる負の相関が、56年間にわたって存在してきたことがはっきりとみられます。

それでは、現在の家計部門が金融資産の面でとっているリスクの度合いは、将来についてなにを言わんとしているでしょうか。それはつまり、米国市場の想定リターン率が一桁前半の数値へ向かおうとしていることです(図中で緑色の線が右端へと向かっている箇所は、青色の線がそちらへ到達することを暗示しています)。(p. 6)

The blue line on this chart below shows the trailing 10-year return of the S&P 500. The green line shows household equity as a percent of household financial assets, shifted forward ten years and flipped upside-down to more clearly depict its correlation to the S&P’s return.

You can see the green line reaching its nadir in 2010. That was really the peak - remember, the chart is flipped. Since it’s also shifted forward ten years, that peak of about 40% really occurred 10 years earlier in 2000. In other words, household investment in stocks hit a high in 2000 and suggested that returns would be negative single digits and that’s what happened.

The inverse relationship between household ownership of financial assets and future market returns has clearly been present for 56 years.

So what does today’s household financial asset exposure suggest about the future? Current exposure suggests that the US market’s projected return will converge towards the [low single digits] (the green line data point to the far right of the chart suggests that the blue line will end up there.)”

大衆が正しかった例は稀有であり、今回も例外とはならないようです。株価が後退する時期には、上昇するときよりも速やかに下落するものです。「この良き時代に終わりは来ない」と投資家が考える時期は、「この苦難の時代が終わるとは思えない」と投資家が考える時期へと姿を変えるのです。(p. 10)

The Crowd is rarely right, and this time is unlikely to prove the exception. When stocks do decline, they tend to fall more quickly than they rise. The good times that investors think will never end morph into bad times that investors think will never end.

2018年9月24日月曜日

<新訳>誤判断の心理学(チャーリー・マンガー)

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本ブログではチャーリー・マンガーの講演を順次ご紹介してきました。ただし「誤判断の心理学」と銘打った講演は抄訳にとどまっていました。今回からのシリーズでは同講演の全訳を拙訳にてご紹介します。引用元原書の版はExpanded Third Editionです。なお「講演」と呼んではいるものの、実際には各種講演をもとにした新たな「書き下ろし」エッセイとのことです。

誤判断の心理学
チャーリー・マンガーの講演3件から抜粋してまとめられた初出の文章。2005年にチャーリー自身が改訂し、相当量の文章が加筆修正された。

前書き

15年ほど前に心理学の話をしたときの各講演録を読み返してみたところ、当初の内容のほぼすべてを含みながらも、より論理的で、ずっと長い「講演」を生み出せることに気がつきました。

しかし、そうすることで次の4つの不利益が生じるだろうと、即座に思い至りました。

第一に、その長い「講演」は論理的にずっと完成された内容に書き上げられるはずだったので、多くの読者が当初の講演以上に退屈かつ混乱すると思われた点です。心理的傾向における独特の定義を扱う際に、心理学の教科書やユークリッド[数学]を連想させるようなやりかたをとるつもりでしたから、その可能性は考えられました。一体だれが、気晴らしのために教科書を読んだり、ユークリッドを学びなおそうと考えるものでしょうか。

第二に、私が身につけた心理学に関する知識のうち正式と言えるやりかたのものが、15年前にわずか3冊の教科書に目をとおした程度だった点です。そのため、心理学の分野でその後に発展したことは、事実上なにも知りません。さらに、長き論説にはみずからの推考を含み、はるかに学術的な心理学に対して批判をくだすことでしょう。このように素人がプロの領域へと侵入すれば、その領域の先生方が苦く受けとめるものも当然です。私のあやまちを嬉々として探し出し、私が開陳した批判に対して自説を以って反論する労を厭わないかもしれません。そのような新たな批判に、なぜ私が直面する必要があるのでしょうか。情報の面で優位な上に弁の立つ批判者からの追及を待ち望む人など、いったいどこにいるのでしょうか。

第三に、わが考察を披露した長き改訂版が、私に対して好意を持つまいと過去に心を決めた人たちから、必ずや批判を受ける点です。表現面や本質的な面に対する反論もあるでしょうが、そのほかにもあるでしょう。一介の老人が「伝統的な知恵にはろくに目を向けない態度を示す一方で、自分がなにひとつ受講したことのない教科に登場する話題を『まくし立てる』」姿に対して、傲慢とみる見解です。ハーバード・ロースクール時代からの旧友であるエド・ロスチャイルドは常々、そのようにまくし立てる心情を「靴用ボタン・コンプレックス」と呼んでいました。家族関連の知り合いが、靴用ボタンの事業で優勢的な地位を占めた後になってから、あらゆる話題を予言的に話していた様子にちなんで付けた呼び名でした。

第四に、私自身が間抜けぶりをさらしてしまう可能性がある点です。そういった非常に憂慮すべき4つの点があるにもかかわらず、以前の文章を拡充した版を発表することに決めました。私が何十年間にわたって成功を収めることができたのは、仕事やその方策において失敗する可能性が低い行動だけに限定してきたからこそと言えます[参考文献]。しかし今や私は、これから歩む道を選択しました。重大な個人的便益が得られることはなく、家族の一員や友人には確実に痛みをもたらすと共に、みずから醜態をさらしかねない道をです。それでは、なぜそのような道を歩むのでしょうか。

(つづく)

The Psychology of Human Misjudgment
Selections from three of Charlie's talks, combined into one talk never made, after revisions bv Charlie in 2005 that included considerable new material.

PREFACE

When I read transcripts of my psychology talks given about fifteen years ago, I realized that I could now create a more logical but much longer "talk," including most of what I had earlier said.

But I immediately saw four big disadvantages.

First, the longer "talk," because it was written out with more logical completeness, would be more boring and confusing to many people than any earlier talk. This would happen because I would use idiosyncratic definitions of psychological tendencies in a manner reminiscent of both psychology textbooks and Euclid. And who reads textbooks for fun or revisits Euclid?

Second, because my formal psychological knowledge came only from skimming three psychology textbooks about fifteen years ago, I know virtually nothing about any academic psychology later developed. Yet, in a longer talk containing guesses, I would be criticizing much academic psychology. This sort of intrusion into a professional territory by an amateur would be sure to be resented by professors who would rejoice in finding my errors and might be prompted to respond to my published criticism by providing theirs. Why should I care about new criticism? Well, who likes new hostility from articulate critics with an information advantage?

Third, a longer version of my ideas would surely draw some disapproval from people formerly disposed to like me. Not only would there be stylistic and substantive objections, but also there would be perceptions of arrogance in an old man who displayed much disregard for conventional wisdom while "popping-off' on a subject in which he had never taken a course. My old Harvard Law classmate, Ed Rothschild, always called such a popping-off "the shoe button complex," named for the condition of a family friend who spoke in oracular style on all subjects after becoming dominant in the shoe button business.

Fourth, I might make a fool of myself. Despite these four very considerable objections, I decided to publish the much-expanded version. Thus, after many decades in which I have succeeded mostly by restricting action to jobs and methods in which I was unlikely to fail, I have now chosen a course of action in which (1) I have no significant personal benefit to gain, (2) I will surely give some pain to family members and friends, and (3) I may make myself ridiculous. Why am I doing this?

蛇足ですが、チャーリーがなにかを説明するときには、冗長とも思える前振りを語ります。もちろんそれには理由があって、そのひとつが過去記事「<旧約>誤判断の心理学(24)他人に何かを頼むとき」で示されていると思います(再帰的なリンクになっている点にご注目を)。

2018年9月20日木曜日

ミクロがわかってもマクロがわかるとは言えない(『次なる金融危機』)

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次なる金融危機』という本を読みました。本書の主張をまとめると、「家計部門や企業(除金融)部門の債務が、GDPと比較して高い割合へ上昇するほどに、経済危機を招きやすく、かつ回復も遅れる」というものでした。主流の経済学派からは大きく逸れた見解らしいですが、一市民としての感覚からすれば納得できる仮説だと感じました。なお同書の著者は、過剰債務がみられる国として中国などを挙げ、大きな揺り返しがやってくること必至と予測しています。

その本題とは別に、同書から今回ご紹介するのはハード・サイエンス関連の話題です。本ブログで取り上げる話題のひとつに、「ものごとを分析する際には還元的に捉えよ」というものがあります。その「還元的分析」に関して注意をうながすような文章がありましたので、引用します。

以上のようなわけで、ミクロ経済学からマクロ経済学を導くことはできない。だが、だからといって、ブランシャールが言うように、広く受け容れられてきた分析的マクロ経済学の核心、つまりその検討と展開の場が、夢想かもしれないことを意味しない。すべての経済学者が賛成する基礎から出発して、マクロ経済学を導き出す道が存在するのだ。だが、実際にその道を進むには、これまで主流派が避けてきた考え--複雑性を受け容れねばならない。

高い層の現象を低い層のシステムから直接的に推定するのは不可能だという発見は、今では純正な科学では共通の認識だ。それが複雑なシステムにおける、いわゆる「創発(エマージェンス)だ。 [参考記事]

ひとつの複雑システムの支配的な諸性質は、考えられた単独の要素の性質よりも、むしろ要素の相互作用に由来する。(中略)

(マクロ経済学のような)高いレベルの現象は(ミクロ経済学のような)低いレベルの現象から導き出され得るし、また導き出されねばならない、という信念の誤りについては、1972年--ルーカスが講演するよりも前に--ノーベル物理学賞受賞者のフィリップ・アンダーソンがつぎのように述べていた。

「この種の考えの主な誤りは、還元主義的な仮説が決して『構築主義的』な仮説を意味しないことだ。あらゆる事柄を単純な法則に還元できる能力は、そうした法則から出発して宇宙を再構築する能力を意味しない」

アンダーソンは、物理学で、とくに「ミクロ」から「マクロ」へと延ばす(外挿する)態度を排斥した。そうした排斥が素粒子の振る舞いにあてはまるならば、人間の行動にはどれほど多く応用されねばならないのだろうか。

「素粒子の大きな複雑な集合体の振る舞いは、少数の粒子の性質の単純な外挿として理解されるべきではない、ということが分かる。そうではなくて、複雑性のそれぞれのレベルにおいて、新しい性質が現れるのだ。だから、新しい振る舞いの理解には、他の場合と同じように、その性質について私が基本的と思う研究を必要とする」

アンダーソンは、科学には階層が存在するという考えをすすんで受け容れた。つまり、諸科学をほぼ直線的に階層として配列できるというわけだ。その着想に従えば、「科学Xの基本的存在は、科学Yの法則に従う」(表1を参照)。しかし、彼は、X欄のどの科学もY欄の相当する科学の応用版として扱えるという考えを排斥した。

表1
XY
固体物理学もしくは多体物理学素粒子物理学
化学多体物理学
分子生物学化学
細胞生物学分子生物学
......
心理学生物学
社会科学心理学

「だが、この階層は、科学Xは『単なる応用Y』を意味するのではない。各段階でまったく新しい法則、考え、一般化を要する。それにはインスピレーションや創造性が、前段階と同じ程度に必要だ。心理学は応用生物学ではなく、生物学は化学の応用ではない」(p. 28)

なお本書の主張は冒頭に示したとおりですし、引用文を読まれてお気づきと思われますが、本書を読むために自腹で購入する必要はないと思います。あくまでも個人的な意見ですが。