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2018年8月30日木曜日

(解答)なぜリスは周囲に危険を告げるのか

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前回の投稿で取り上げたリスの問題に対する解答部です。引用元の本は『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』です。

リスの行動は、その声が意味論的情報を伝えないとした場合にのみ意味をなす。リスの「タカ警報」を考えてみよう。まず、それはぴいーっという高い音の声だ--実験が明らかにしたところでは、タカはその位置を特定しにくい。つまりリスは自分の位置についてタカにはほとんど知らせていないのだ。次に、自分だけが遮蔽物に向かって逃げると、かえって目立つ。一群のリスが一斉に逃げ回る中の1匹でいる方がよい。タカに目をつけられる可能性が小さくなるからだ。同様に、高い鳴き声を聞いて遮蔽物を求めて逃げるリスは、その場に立っているリスよりタカに食べられる可能性は低い。つまり淘汰はタカを察知したときに声を上げるリス、また高い声を聞いたときに遮蔽物目指して逃げるリスの方に有利に作用する傾向がある。人類がこの状況を見るとき、われわれはリスが情報を伝えていると解釈する。しかしそうなっているわけではない。この行動は単純に、有効だからということで世代を超えて伝えられる形質にすぎない。この種の行動が進化するには、リスがお互いの行動を知っている必要もない。単語も言語もない。ただ進化の力があるだけだ。(p. 464)

2018年8月28日火曜日

(問題)なぜリスは周囲に危険を告げるのか(『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』)

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少し前の投稿で取りあげた『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』の文章から、もう1点ご紹介します。今回の内容はリスの生態に関するパラドックス的な問題です。この手の問題を解くには該当分野におけるミクロな専門知識が欠かせないと考えがちですが、例によってチャーリー・マンガー的な取り組みをすれば、きれいに答えを出せるかもしれません。次回の投稿で解答部をご紹介しますので、どうぞお考えになってください。

なお私自身の成績ですが、あいにく今回はよく考えずに文章を読み進めてしまったので、0点です。もったいない読書の仕方だと反省しました。

事象についての当初の解釈が間違っているかもしれない例を一つだけ挙げよう。開けた土地に住むジリス(地上生活をするリス)のいくつかの種にとっては、2種類の捕食者がいる。スピードに任せて空中から襲ってくるタカと、地上でこっそりと忍び寄って襲ってくるアナグマだ。リスが捕食者を察知すると、二つの防御方式のいずれかを選ぶ(もう擬人的な言い方をしている)。アナグマを察知すると、巣穴の入り口まで戻って直立姿勢を維持する。アナグマはその姿勢を見て、リスはそのアナグマを察知しているので、襲っても時間とエネルギーの無駄だということを知る。タカを察知したときは、直近の遮蔽物に向かってまっしぐらに走る。リスは2種類の警戒音も出す。アナグマの場合は、粗い、かたかたという音を立て、タカの場合は、高い、ぴーいーという音を出す。近辺の他のリスはこの音を聞いて、アナグマ警報なら巣穴に戻り、タカ警報なら遮蔽物に向かって走る。人はまずあたりまえのように、リスは声をかけ合って、要するに「注意しろ、あたりにアナグマがいるぞ、巣に戻った方がいい」とか「あっ、タカだ、そこから逃げろ」とかのことを言っているのだと思うものだ。しかしそうなのだろうか。

捕食者を察知しての個々のリスの行動が示すように、いずれのリスも、関心は自らの身を守ることにある。実際、進化論はそうならざるをえないことを言う。リスは知り合いの運命を気にしてはいられないだろう。しかしリスの警戒音が意味を持つ情報を伝えるとすれば--リス語で「アナグマだ」とか「タカだ」と声を上げているとすれば--パラドックスにぶつかる。淘汰で有利になるのは、黙ってこそこそと逃げて、他のお人好しが食べられるようにするリスの方だろう。声を上げる集団の中の声を上げない個体が淘汰では有利で、そういうリスが自分の遺伝子を伝える。しかしそれではすぐに、声を上げないリスばかりの集団になるはずだ。声を上げる本能はどこから生じるのか。(p. 463)

2018年8月24日金曜日

2018年バークシャー株主総会(15)配当は要らんから全部再投資してくれ

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バークシャー・ハサウェイ株主総会での質疑応答から、特別配当そしておなじみの話題である自社株買いについてです。本シリーズ前回分の投稿はこちらです。(日本語は拙訳)

20. バークシャーが特別配当を出す可能性は「非常に低い」

<ウォーレン・バフェット> グレッグさん、次をお願いします。

<グレッグ・ウォーレン> この質問も、ウォーレンがもっと最近発言された内容に対してです。そのため、「こちらの質問のほうが、くみしやすい」とは言いかねます(バフェットが軽く笑う)。

あなたが最近おはなしされたなかで、「株主へ資本を返還する方法として、配当金よりも自社株買いのほうを好む」とありました。昨年の年次総会で触れたときには、バークシャーの現金残高は増えつづけ、1,500億ドルの限界に達すると、株主へ弁明しがたくなるとのことでした。

普通配当を設定しないことの論理は理解できます。しかし一度かぎりの特別配当であれば、バークシャーの有する超過資本の大きな部分を、株主へ返還するのに効果的な選択肢になり得ると思います。その場合、「普通配当金を恒久的に支払う」とほのめかす必要がありません。

ただし特別配当には、簿価及びBPSがただちに減少する欠点があります。それとは対照的に、自社株買いを大規模に行えば、簿価は減少するもののバークシャーの株式数は減少し、BPSへの影響を抑えることになります。

もし数年たってバークシャーが1,500億ドルの上限に達した時点で、企業買収や自社株買いの面で市場の評価がひきつづき高いままだとすれば、そのときには株主へ資本を返還する方法として、特別配当を一度実施することを検討されますか。

<ウォーレン> そうですね、もし資本を効率的に使えないと考えるようになれば、株主に資本を返す最良の方法をさがすように努めると思います。そしておそらくは、そうするために特別配当を使う可能性は低いと思います。

そうではなく、もし自社株買いで支払う金額が1株当たりの本源的価値以上にならなければ、自社株買いをする可能性のほうが高いと思います。継続株主のみなさんにとって害になると思えることは、決してなにひとつ実行しません。

ですから、もし株の本源的価値がXだと考えたときに、買い戻す株の対価としてそれほどでもない倍率ながらもXを越える金額を支払わねばならないとしたら、自社株買いは行いません。株主の座から離れる者を厚遇する一方で、継続株主の利益を損なうからです。

しかし、もっとも妥当なことであれば、何であろうとそれを実行するつもりです。ただしその案とは、毎日しなければいけないことではありません。そうそう毎日はみつからないからです。

たしか数年前だったと思いますが、みなさんもご存知のように、当社における配当金支払いの是非が決議にかけられたことがありました。そのときB株を保有する方々は47対1で反対票を投じました。なお、チャーリーやわたしなどの株の分は含まれていません。[過去記事]

ですから、「当社の株主になろうとする時点で、そもそもその人は選択しているのだ」と思います。株主という世界あるいは国中をみても、47対1の投票結果がでることはまったくないと思います。

しかし、当社では株主の一員に加わるという時点で自己選択がなされています。「すべての株主にとって利益になることであれば、なんでもしてほしい」と、株主のみなさんはわたしたちに対して期待を寄せています。当然ながら、「事業を通じて資本を効果的に運用するなど、到底無理だ」とわたしたちが心底考えるようであれば、なんとかして資本を会社から取り出さねばなりません。

取締役の面々をみると、当社の株式を大量に保有しています。ですから、「当社のオーナーであるかのように、彼らは物事を考えるだろう」と期待してよいと思います。だからこそ彼らは取締役会の一員であるわけです。

また「当社の経営陣も、当社のオーナーであるかのように物事を考える」と受けとめてよいと思います。やるべきことを探し続けるよりも妥当だと思えば、当社の全オーナーに対して資金を返還することでしょう。

ただし、この第一四半期ではたしか4月だったと思いますが、正味にして150億ドルに近い金額を投資しました。

その上、世界がいつまでも超低金利であるわけではないですし、相対取引の価格水準が高いままでもないと思います。

ですからわたしたちは、もっとも理にかなったことを実行していきます。しかし、多額の特別配当を一度実施するという状況は、わたしとしては想像しがたいことです。もし株主のみなさんに議案を出せば、チャーリーもわたしも以前の議決には参加しませんでしたが、おそらく大差をつけて否決されると思います。わたしとしてはそうなるほうに喜んで賭けます。

チャーリーはどうですか。

<チャーリー・マンガー> 既存のシステムがうまく機能し続けているときに、それを変えねばいけないのは何故ですかね。それこそ大多数の株主が、そのやりかたに慣れ親しんでおり、そのやりかたでうまくいっているわけですから。ただし状況が変われば、心を変える準備はできていますよ。事実が変化すればのことですが。

<ウォーレン> そうです。過去にも何度かそうしてきました。

<チャーリー> そのとおり。

<ウォーレン> そうですよ。

<チャーリー> ただし、「少しばかり難儀だった」とは言い添えておきますよ(笑)。

<ウォーレン> いつも彼はそうやって、わたしを引きおろすわけです。

20. “Very unlikely” Berkshire would pay a special dividend

WARREN BUFFETT: OK, Gregg. (Laughter)

GREGG WARREN: Warren, this question’s also based on something you said more recently, so I can’t guarantee it’s going to be any easier. (Buffett laughs)

You recently noted that you prefer share repurchases over dividends as a means for returning capital to shareholders should Berkshire’s cash balances continue to rise and hit the $150 billion threshold you noted as being difficult to defend to shareholders at last year’s annual meeting.

While I understand the rationale for not establishing a regular dividend, a one-time special dividend could be a useful option for returning a larger chunk of Berkshire’s excess capital to shareholders without the implied promise to keep paying a regular dividend forever.

The drawback with the special dividend, though, is that it would lead to an immediate decline in book value and book value per share. Whereas a larger share repurchase effort, while depressing book value, would reduce Berkshire’s share count, limiting the impact on book value per share.

If we do happen to get a few years out and Berkshire does hit that $150 billion threshold, because valuations continue to be too high, both for acquisitions and for the repurchase of company stock, would you consider a one-time special dividend as a means for returning capital to shareholders?

WARREN BUFFETT: Well, if we thought we couldn’t use capital effectively, we would figure - we would try to figure out the most effective way of returning capital to shareholders. And - you could - I would have probably - I think it’d be unlikely we’d do it by a special dividend.

I think it’d be more likely we’d do it by a repurchase, if the repurchase didn’t result in us paying a price above intrinsic value per share. We’re never going to do anything that we think is harmful to continuing shareholders.

So if we think the stock is intrinsically worth X, and we would have to pay some modest multiple even above that to repurchase shares, we wouldn’t do it because we would be hurting continuing shareholders to the benefit of the people who are getting out.

But we will try and do whatever makes the most sense, but not with the idea that we have to do something every day because we simply can’t find something that day.

We had a vote as you know - I don’t know, a few years back - on whether people wanted a dividend. And - the B shares - so I’m not talking my shares or Charlie’s or anything - but the B shares voted 47 to one against it.

So I think through self-selection of who become shareholders - I don’t think shareholders world - or countrywide - on all stocks would vote 47 to one at all.

But we get self-selection in terms of who joins us. And I think they expect us to do whatever we think makes sense for all shareholders. And obviously, if we really thought we never could use the money effectively in the business, we should get it out, one way or another. And -

You’ve got a bunch of directors who own significant - very significant - amounts of stock themselves. And you can expect them to think like owners. It’s the reason they’re on the board.

And you can expect the management to think like owners and - owners will return money to all of the owners if they think it makes more sense than continuing to look for things to do.

But we invested in the first quarter, maybe - have to look it up on the - well, certainly through April - probably close to 15 billion or something like that, net, so -

And we won’t always be in a world of very low interest rates - or high private market prices.

So we will do what makes the most sense. But I can’t see us ever making a special - almost - it’s very unlikely we would just pay out a big, special dividend. I think that if we put that to the vote of the shareholders, and Charlie and I did not vote, I think we would get a big negative vote. And I’d be willing to - be willing to make a bet on that one.

Charlie?

CHARLIE MUNGER: Well, as long as the existing system continues to work as well as it has, why would we change it? We’ve got a whole lot of people that are accustomed to it, have done well under it. And if conditions change, why, we’re capable of changing our minds, if the facts change.

WARREN BUFFETT: Yeah, and we’ve done that several times.

CHARLIE MUNGER: Yes.

WARREN BUFFETT: Yeah.

CHARLIE MUNGER: Although, I must say, it’s a little hard. (Laughter)

WARREN BUFFETT: He always brings me back to earth.

2018年8月20日月曜日

中国市場の未来は明るい(チャーリー・マンガー)

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チャーリー・マンガーのインタビュー、前回分の投稿のつづきで、長期投資の話題です。赤字で強調した部分では、最重要な哲学にさりげなく触れています。(日本語は拙訳)

<質問者> かつてあなたは「誤った現象ばかりに投資家は目を向けている」とおっしゃいました。そのことについて、どう考えるべきなのでしょうか。真実とはどこにあるのでしょうか。真実にたどりつくにはどうすればいいのでしょうか。

<チャーリー・マンガー> 「市場には真実がある」と考える人が数多くいますね。「値段が動くことで、まさしく市場はなにかを訴えたがっている」と。しかし、バークシャー・ハサウェイやチャーリー・マンガーという人間は、資金を投じる際にそんな風には考えませんよ。我々が思い描くのは、その本源的価値がどれぐらいかであり、なにが取引にあがっているかです。そして「支払う金額以上に価値がある」と思えるときだけ買います。ですから我々は、割安になるのを待ちつづけ、そうなったときに買うことで、長期的な投資ができるように心がけているわけです。市場にいるあらゆるギャンブラー諸氏の様子に、目をやることもありません。私からすれば、彼らは泡沫にまみれていますね。そんな風にして金持ちになろうとするのは、愚かな時間の使いかたですよ。

<リー・ルー> 「真実とは、企業自体が持つ本来の価値である」と彼は答えました。これを理解することによってのみ、本当の儲けをあげることができます。価格の上下動だけを気にかけ、それらの変動に基づいて関連の投資をして儲けをあげるのは、非常に愚かな行動だというわけです。

<質問者> 中国では多くの投資家が、あなたやバフェットさんやリー・ルーさんを崇拝しています。それでは、まだ30年間の歴史しかない中国の資本市場が、御三方のような投資の達人を「生みだす」までに、どれほど時間がかかり、どのような条件が必要とされるでしょうか。

<チャーリー> 中国の市場は、投資で成功する者を数多く生みだしていくと思いますよ。中国人に満ちた香港は、投資家秩序に基づいた優れた証券市場と調和してきました。そのありようは今後何十年にもわたって中国本土全体にも広がり、信認の度合いを深め、規模を増大させていくでしょう。中国の証券市場や投資の取り組みは、長期間にわたって改善されていくと思いますね。当然ながら変動はあるでしょうが、しかし長期的な趨勢としては、ますます発展し、信頼を集め、価格も上昇していくことでしょう。

<リー・ルー> そちらの質問そのものに対する答えではないですが、「投資の達人は必ずや現れる」と彼はおっしゃっています。中国市場が、少しずつ良くなっていくだろうとも。

<チャーリー> 香港の中国人はこの50年間で金持ちになりましたね。彼らは短期志向の投機家やギャンブラーではなく、長期のうまい投資先をさがし求めた長期志向の投資家でした。投資先を手放さずに長期にわたって頑として保有しつづけました。香港在住の中国人を評したように、中国本土に対しても一言申し上げたいですね。成功するのは短期志向のギャンブラーではないと。長期で投資できるうまい対象を見出し、堅持しつづけることです。長期間にわたって、ですよ。

<リー・ルー> 香港における例は、中国の未来もうまく描いているかもしれません。大儲けできる人とは、当然ながら長期志向の投資家であり、短期志向のトレーダーではないでしょう。

(つづく)

Question: You said before most of what investors see are false phenomena. How should we think about that? Where is the truth then? How can we get to the truth?

Munger: A lot of people think there is such a thing it’s the truth in the market. And market tells you something just by bouncing around. That is not the way Berkshire Hathaway or Charlie Munger invests money. We have a view as to what the intrinsic value is and what is being traded. And we only buy it when we think it’s worth more than we are paying. So we are trying to make a long-term investment by waiting for something to be underpriced and then buying it. And we don’t give a damn about all those gamblers in the market. To me they are so much froth. It’s a foolish way to spend your time if you want to get rich that way.

Li Lu: He answered what the truth is - it’s the real value of the company itself. Only by understanding this can we really make money. For those who only care about price fluctuations and make relevant investments based on such fluctuations, making money this way is a very stupid action.

Question: In China, many investors regard you, Mr. Buffett and Mr. Li Lu, as their idols. Could you talk about how much time it would take the Chinese capital market, which only has 30 years of history, and under what conditions would the Chinese capital market “produce” investment masters like you three.

Munger: Well the Chinese market is going to create a lot of successful investors. If you look at Hong Kong, which has been full of Chinese people, meshed in a capitalist order with good securities market. That is going to spread all over China and increase in respectability and size for decades ahead. I anticipate the Chinese securities market and investing practices will get better and better for a long, long time. There will be fluctuations to be sure, but the long-term trend will be toward more achievement and more respectability and higher prices.

Li Lu: He didn’t answer your question directly, but he’s saying some investment masters will definitely appear. The Chinese market will get better step by step.

Munger: The Chinese, who’ve got rich in Hong Kong over the last 50 years, are not the short-term traders and gamblers. These have been the long-term investors who’ve sought out good long-term investment and stubbornly held them for a long period of time. And just as I said words for the Chinese in Hong Kong, a little words for the Chinese on the mainland. It’s not the short-term gambler that’s good. It’s identifying the good long-term investment and sticking with it. For a long term.

Li Lu: The example of Hong Kong can also reflect well the future of China. Those who will make big money undoubtedly will be the long-term investors, rather than short-term traders.

2018年8月16日木曜日

人類の余命(『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』)

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最近読み終えた本『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』は、個人的には引きこまれてしまう類の本で、全編をとおして楽しんで読めました。本書では、異星人(本書では地球外文明、ETCと記す)の存在を裏付ける現実的証拠がまだみつからない理由について、さまざまな分野からあげられた説明を科学的かつわかりやすく再構成しています。また14年前に刊行された邦訳の増補改訂版ということで、新しい科学的発見や知見が盛り込まれています。さらには、それぞれの理由に対して著者自身の見解が付け加えられています。話題は物理学にとどまらず、ハードサイエンスの各部門(地球科学、生物学、化学)や数学そしてSF小説に及んでおり、そういった専門用語の訳文の正確さも十分だと感じました(単純な校正モレは散見されます)。ただし「人類や地球生物の未来は、多難で暗いものである」と繰り返し説明されるので、心配が募りやすい方にはお勧めできません。

今回ご紹介するのは、本書で取り上げられていた思考法についてです。この「デルタt論法」と呼ばれる思考法は単純ながらも強力で、読んでいて感心の一言でした。ただし個人的に感銘を受けた点は、この論法自体や具体的な効力ではなく、ものごとを形而上的にとらえてモデリングする能力のほうです。

1969年、学生時代のリチャード・ゴットはベルリンの壁を訪れた。休暇でヨーロッパ旅行をしている途中で、ベルリンの壁を見に行くのも予定の一つだった。その前にはたとえば4000年前にできたストーン・ヘンジを見て、それにふさわしい感動を得た。ベルリンの壁を見たとき、この冷戦の産物はストーンヘンジほど長い間立っているのだろうとかと思った。冷戦時代の外交戦略の詳細に通じ、両陣営の相対的な経済力・軍事力を知る立場にあった政治家なら、根拠のある推定をしたかもしれない(政治家の実績から判断すれば、それは間違っていただろうが)。ゴットにはそんな専門知識はなかったが、次のような推論をした。

まず、自分がいるのは、壁が存続している間のランダムな時点だ。壁が築かれる(1961年)のを見ているのではなく、壁が壊されるのを見ているのでもない(今は1989年にそうなったことはわかっているが)。ただ休暇でそこにいただけだ。したがって、壁が立っている期間を4つに分けたまん中の2つ分の間に壁を見ている可能性が50パーセントだと推論を進めた。自分がその期間の最初にいるなら、壁は寿命の4分の1の間存在しており、まだ4分の3の寿命が残っていることになる。言い換えると、壁はこれから、すでに存在している期間の3倍の期間続くことになる。自分がそこにいるのが同じ期間の最後だとしたら、すでに寿命の4分の3が経過しており、残りは4分の1だけとなる。言い換えると、壁がこれから存在しつづけるのは、これまで存在してきた期間の3分の1だけだということだ。ゴットが見たときの壁は、できて8年だった。そこで1969年夏のゴットは、壁はあと2年と3分の2(8*1/3)から24年(8*3)立っている可能性が50パーセントあると予想した。あのテレビの劇的な映像を見た人なら思い出すように、壁が壊されたのは、ゴットが訪れてから20年後のことだった--予測の範囲内に収まる。(中略)


物理学で予測をするときは、50パーセントの可能性ではなく、95パーセントの可能性で考えるのが標準となる。ゴットの論法はそのまま使えるが、数字が少し変わる。自分が何かの事物を見ていることに特別のことがない場合、その事物はその時点での年齢の39分の1から39倍の間続く可能性が95パーセントある。(p. 276)

デルタt論法を使ってコンクリートの壁や人間関係の寿命を推定するのは楽しいが、それはもっとゆゆきしきことの推定にも使える。ホモ・サピエンスの余命だ。人類は誕生して17万5000年ほど。ゴットの規則を適用すると、人類の残りの寿命はおよそ4500年から680万年である可能性が95パーセント。それからすると、人類の寿命は18万年ないし700万年程度ということになる(哺乳類に属する種の平均寿命は200万年ほどと言われる。いちばん近い近縁種のネアンデルタール人は20万年だったらしい。やはりヒト科に属し、人類の直接の祖先かもしれないホモ・エレクトゥスは、140万年続いたかもしれない。するとゴットの推定は、種の寿命についても、確かにおおよそは正しいと言える)。(p. 278)

蛇足ですが、この手の話題を進めると「地球外への移住」にも行きつきますが、そこで思い当たるのはやはりイーロン・マスクです(過去記事)。最近は欠点が目立つようになってきましたが、新たな世界を切り開けるのは彼のような変人だろう、と個人的には考えています。「世界を動かすのは凡人であり、世界を変えるのは変人である」というのが私の持論です。なお「変人」という言葉に語弊を感じられる方は、「神経発達症を強く有している者」と読みかえてください。