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2017年10月8日日曜日

ジャパネットたかた創業者、高田明さんの講演を聴きました

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少し前のことですが、ジャパネットたかたの創業者社長だった高田明さんの講演会に出席しました。

我が家ではテレビなしの生活がずいぶん続いているので、高田さんの番組自体をみたことがなく、どこかで何かの折に短いシーンをみかけた程度でした。しかし、かん高い声で話す高田さんのことは引退以前から気になっていました。月並みですが、どのような経営によって会社を育てたのか、知りたかったからです。今回たまたま講演を聴ける機会がやってきたときには、素直によろこびました。

講演会に先立って、彼が今年出していた著書『伝えることから始めよう』を読んでおいたほうがよいか迷いました。結局、本を読むのは講演の後にしましたが、それで正解でした。当たり前ですが、内容は本のほうが充実しています。しかし心をつかんだのは、高田さんご本人がその場で差し出してくださる、あらゆるもののほうでした。まず講演に感激したことで高田さんの話しぶりが頭に残りました。その状態で読書することで、講演での臨場感をよみがえらせながら、より詳細な話を味わうことができました。

今回の投稿では、講演会でわたしがメモした内容(実際はタイプした内容)をご紹介します。そして続きとなる投稿では、いつものように高田さんの同書から一部を引用・ご紹介します。

<講演での様子>

・「今日の講演のために、ハワイから1日早く帰ってきました」

高田さんはきれいに日焼けした顔で登場しました。ハワイ行きの理由は聞き漏らしましたが、著書によれば、ジャパネットではサービスの一環として顧客をハワイへ招待しているとのことです。

・「普通の講演では、聴衆は経営者のことが多いですね。講演活動は300回ぐらいやってきましたが、今回は一番緊張しています」

今回のおもな聴衆は中高生(が少数)及びその保護者等(が多数)だったので、いつもとは若干ちがう心構えを持たれていたのもしれません。なお講演会場はほぼ満席で、聴講者の総数は1,000名弱程度だったと思います。

・自分が話した内容に対して聴衆が適宜拍手を返す、という形式で終始進められました。

「時間と空間を聞き手と共有するために講演会に来た」と言われていたとおり、気持ちのやり取りや場の雰囲気の流れを大切にしていたようです。出だしのころは聴衆の拍手がなかなか揃わなかったのですが、しだいに間合いがとれてきて、高田さんの話と聴衆の拍手の掛け合いが自然につながるようになりました。

・開演当初は演台の横に立って、片手は縁を軽くつかみ、片手はマイクを握って話していました。時間が進むと適宜ゆっくりと移動し、演壇上を広く使っていました。話の流れに沿った自然な所作でした。

・話がのってくると、だんだん声の調子が高くなってきました。話の途中でご本人もそのことを認めておられました。

・講演時間は1時間強。ハンカチで汗をぬぐったのは2回程度でした。ちなみに途中で水分をとることはなかったと記憶しています。


<若い頃の外国での経験について>

・「大学では英会話をよく勉強しました。ある企業に入社し、23歳のときにドイツのデュッセルドルフに駐在しました。ヨーロッパでは東側の国以外はほとんど行きました。この英語力が人生を変えたんですね」。聴衆である生徒の親御さんに対して、「いちばんやりたいことを伸ばしてあげることが大事です」

・「英語の勉強では電子辞書を使うといいですよ。ジャパネットでは1週間で150万台売れました。おそらく日本で一番の売上台数です」

著書でも書かれていますが、リンカーンの演説(の一部)を披露してくれました。淀みなく流れるフレーズには、聴衆から軽いどよめきと拍手があがりました。

・ドイツ語、フランス語、イタリア語などでも、短いフレーズを流暢に披露してくれました。歌も上手、低い声も麗しいです。

これらの件に限らず、高田さんはよく勉強なさっていて、教養も芸も兼ね備え、商売上手で人当たりはよく、仕事熱心で情熱は尽きず、といった印象を強く受けました。

・「イタリアの料理はおいしかったですね。語学力を使ってその国の文化を学ぶことで、人生を豊かにしていけるんです。学問も絶対に大事ですけれど、そういったことにも取り組んでほしいですね」


<手がけてきた事業について>

・「勤めていた会社を25歳でやめて平戸に帰りました。27歳で結婚して、(実家の商売である)カメラは平戸で5年間、佐世保で10年間やりました」

・「ホテルの宴会場で写真を撮る仕事もありましたが、どこの県の人が写真をどのように買うのか学びました。これはマーケティングですね」

・「どんな仕事でも一生懸命やっている人はその中に価値を見出すんですよ。それを学びましたね。つまり、ミッションを発見すること。そしてミッションを一番大事にすること。利益や売上はその次です。たとえば、写真はうつりがいいことが一番ですね。相手の立場で考えていく人が一番です。業界の常識は消費者の常識ではないんですよ」

・「25歳当時の売上は年間3,000万円でした。一方、ジャパネットの今年の売上高は1,900億円です」

・「5分間のラジオ番組に出て(通販をやって)、おもしろいと感じました。長崎でこれだけ売れるのならばと考えて、全国ネットワークを3,4年間で作ったんです。どんなことでも、自分が率先してやる必要があります。39度の熱があるときでも、布団の中からやりましたよ」

・「ラジオ通販では『赤色』と話しても、目で確かめられないので聞き手は想像するしかありません。そのため、わかりやすく伝えることに気を付けたんです。そのおかげか、ラジオ通販の返品率はテレビ通販よりも低かったです」

・「寒冷地であるポーランドの水鳥で作った羽毛布団は最高です。現地で働いている人の苦労話などをしたら、通販ですごく売れました」

・「常に新しいことをやっていかないと、お客さんが慣れてしまってついてきません。シュンペーターが言ったように、なにかを付け加えることで新しいものになるんです」

・「良いものだけれど眠っているものが、全国にはたくさんあります。ですが、伝える力が弱くて広まっていません」


<生きる姿勢について>

・「未来のことを悩む人が多いですね。すると、現在がおろそかになります。今という瞬間をどれだけ大事にするか、一生懸命生きるか。それが夢を達成するために必要なことです。それで明日が変わるんですよ

・「過去にとらわれると、行動を縛られてしまいます。過去は変えられないですが、未来は変えられるんです」

・「しかし、『がんばっているつもり』では人生は変えられません。そのことはテレビショッピングで学びました。売れないものは何度やっても売れない。なぜならば、『伝わったつもり』になっていたからです」

・たとえば「小説家であれば『むずかしいことをやさしく、やさしいことをもっとかんたんに』書くのがいいですね」

・「高い声でくり返し伝えることです。オバマ大統領もキング牧師もそうでした。そしてそれよりももっと大事なのは、間(ま)をもって言葉を発することです。『間は次の有を生み出す無である』。間を取って話してくれると、お互いがつながるんですね」

なにかを伝えたいときには、自分は「声が自然と高くなる」とのことでした。

・なにかを伝えたいときには、「言葉よりも大事なことがあります。『マイクが軽い』と口で言うだけでなく、指で指してものを動かすとそれに注目してくれるんです。さらに表情をもって説明する、つまり喜怒哀楽をもって示すこと。体全体で表現することです」

・「日々取り組んでいることは無駄にはなりません。大事なのは、それを継続していくことです。そして自分の幸せは二の次と考え、まわりの人を幸せにしてほしいですね」

・「人生で失敗はないんです。一生懸命やった場合は失敗ではなく、『試練』だったと考えています

・「謙虚に生きていくことですね」

・「ものをほとんど買わないので、時計もしていません」

・「喜怒哀楽は人間だけがもっている宝物です。なにかをがんばって、そのとき仲間に囲まれていれば、なおいいですね。ひとりでは限られているので、同じ価値を持った仲間と走るのがいいです。それから、人の縁を大事にしたいですね」

・「がんばっている夫婦の子供には、そのがんばりが受け継がれていくものです」

家族のことは、著書でもいろいろと語られています。高田家の生き方や信条が描かれており、興味深く読めます。

・「いい大学に進学するのはすばらしいことです。ただ、それはあくまでもひとつの要素です。そこに人間性を加えていくことが大切ですよ」


<おすすめの本>

・「エリヤフ・ゴールドラットの『ザ・チョイス』。彼の本はほとんど読んでいます。今の世の中は、問題を複雑にしすぎているんです。頭の中でそれほどたくさんは解決できません。そうではなく、一番の問題を解決していけば、それにつれてあとのものも解決されることがあります。だから優先順位を考えて、1番目・2番目をつぶしていくのがいいと思います」

・「世阿弥の本を読んでほしいですね。650年ぐらい前の本で、(ものごとを)150年続かせるにはどうしたらよいか書いてあります。NHKから100ページぐらいの本が出ています。我見とか離見という言葉がありますね。相手の気持ちを考えて話すことが大事ですよ。日本の電機産業は優秀ですが、他の国に負けています。消費者がなにを求めているかを考えずに売るのでは、相手のことを考えていないですね。世阿弥の本を読んで、『離れて客観的に俯瞰してみつめる心』が必要だと感じました」

紹介された本は、おそらく『NHK「100分de名著」ブックス 世阿弥 風姿花伝』だと思われます。


<現在取り組んでいること>

・「会社(ジャパネット)はきっぱりと辞めました。会議には出ていないですし、座席もないです」

・「生き生きとした世の中にしたいですね」ということで、現在はジャパネットが子会社化したサッカー・チームであるV・ファーレン長崎(ヴィ・ファーレン)の社長を務めておられます。

・ヴィ・ファーレンを知っている者が聴衆の中にわずかしかいなかったので、「知っている人がこんなに少ない講演会は、はじめて」と呆れて笑っていました。「チームの現在の成績はJ2の2位です。選手の気持ちが変わったことで、2位になっています。ただしサッカーで勝つことは手段であって、長崎をよくすることの役に立ちたいですね」

・長崎の活気はなにかという生徒からの質問に対して、「歴史が大きい街だからだと思いますよ。ヴィ・ファーレンは平和を発信するチームにしていきたいです」

・「来年には70歳になります。最高齢を考えると、あと49年生きたいです。そう考えると、自分の人生にはまだたくさんの時間があります。そして49年後に、(講演をおこなった)ここに戻ってきたいですね」

2017年10月4日水曜日

2017年バークシャー株主総会(7)事業をうまく評価できるようになるには

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バークシャー・ハサウェイ年次株主総会の質疑応答から、事業の評価基準に関する話題です。ウォーレン・バフェットからの助言(赤字で強調した箇所)は、おそらく多くの人にとって福音になることと思います。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

価値評価の方法

<質問> さきほどマンガーさんが中国市場と米国市場をくらべた話をされていましたが、その際の評価方法としては、株式市場時価総額をGDPで割る方法[バフェット指標]と、CAPEを使う方法[シラーP/E; 景気循環調整後PER]のどちらが適しているとお考えですか。

<バフェット> お話しにあったどちらの基準も、わたしどもが証券の価値を評価する上で最上というわけではありません。将来にわたって事業が稼ぎ得る現金の現在価値は、事業を評価するうえで重要な要因です。しかし世間では絶えず公式を求めていますが、究極の公式というものはありません。なにが変数に関わっているのか、わからないからです。もちろん、それぞれの数値にはそれなりの意味があります。しかし事業の評価とは、「実際に変数の値を完璧に設定できる公式」へと単純化できるものではありません。お話しに挙げられたどちらの数も話題にされることが多いですが、それがとても重要なこともあるでしょうし、無意味同然のこともあると思います。ひとつやふたつの公式で済むほど単純ではありません。

将来の金利がどうなるか、これがいちばん重要です。「取り得る最良のやりかただ」として、現在の利率を当てはめる例がよくあります。30年物債券の利率をみてください。資金を30年間出しておいて、30年後には損も得もなしに無リスクで戻ってほしいと考える人が、どれだけの金利を期待しているかがうかがえるでしょう。その数字について良い予想ができるかと聞かれても何とも申し上げられませんが、だからといって現在の値を使うという意味ではありません。チャーリーのほうも、「お話しに挙げられた2つの基準を物差しにして、中国市場と米国市場を比較評価することはできない」と答えると思います。

<マンガー> 私からは、「釣りをする上での規則その1、魚のいるところで釣れ」と言っただけですよ。腕の良い釣り師にとっては、今なら中国のほうがもっと魚をみつけられるでしょう。私が言ったのはそれだけです。楽しさひとしおの釣場ですよ。

<バフェット> 投資家として事業をもっとうまく評価できるようになりたい方は、ダメな事業をしばらくのあいだ運営する手だてをぜひ見つけるべきです。すぐれた会社に入って失敗させようもない良好な事業から学ぶよりも、ひどい事業に携わって実際に数年間ほど奮闘してみれば、ビジネスについて実にたくさんのことを学べます。わたしどもにとっても、実体験として学んできたことの大きな部分を占めています。良い事業に関わるという意味からすれば、悪い事業に実際に何度か関わって目の当たりにしたことの割合はもっと大きかったと思います。

<マンガー> いや、実にひどいものでしたよ。

<バフェット> どれほどひどいものなのか、どれだけ自分が非力なのか、どれほど優れたIQを以てしても問題を解決できないのか。そういったことも理解できる有意義な経験になると思います。まあ、非常に強くまではお勧めしませんが。

<マンガー> 我々にとっては非常に有益でした。学びたいのであれば、個々人が厳しい経験をするのが一番ですよ。当然ながら我々も、それなりに経験しましたがね。

(PDFファイルのp. 38。Yahoo! Finance映像では5:34:30)

VALUATION METHODS

Q. In looking at the Chinese market vs the U.S. market, what is the best valuation method, market cap divided by GDP or the Cyclically Adjusted P/E (CAPE) method?

Warren Buffett: Both of the standards you mention are not paramount at all in our valuation of securities. The present value of the future cash that can be taken out of the business is the important factor in valuing a business. People are always looking for a formula. There’s not an ultimate formula. You don’t know what to stick in for the variables. Every number has some degree of meaning. Valuation of a business - it is not reducible to any formula where you can actually put in the variables perfectly. Both of the things you mentioned get themselves bandied around a lot. Sometimes they can be very important. Sometimes they can be almost totally unimportant. It’s not quite as simple as having one or two formulas.

The most important thing is future interest rates. People frequently plug in the current interest rate saying that’s the best they can do. The 30-year bond rate should tell you what people who are willing to put out money for 30 years and have no risk of dollar gain or dollar loss at the end of the 30-year period expect to earn. I’m not sure I can come up with a better figure. That doesn’t mean I’m going to use the current figure either. I’d say - I think Charlie’s answer is he does not come up with China vs the US market valuations based on what you’ve mentioned as yardsticks.

Charlie Munger: All I said before is the first rule of fishing is to fish where the fish are. A good fisherman can find more fish in China now. That’s all I meant. It’s a happier hunting ground.

Warren Buffett: If you want to be a good evaluator of businesses, as an investor, you really ought to figure out a way to run a lousy business for awhile. You learn a whole lot more about business by actually struggling with a terrible business for a couple of years than you learn by getting into a very good one where the business is so good you can’t mess it up. It was a big part of our learning experience, and I think a bigger part in the sense of being involved in a good business was actually being involved in some bad businesses and seeing -

Charlie Munger: -how awful it was.

Warren Buffett: How awful it is and how little you can do about it and how IQ does not solve the problem. It’s a useful experience, but I wouldn’t advise too much of it.

Charlie Munger: It was very useful to us. There’s nothing like a personal, painful experience if you want to learn, and we certainly had our share of it.

2017年10月2日月曜日

カモになりたきゃ、ニュースを聴け(ナシーム・ニコラス・タレブ)

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ナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』から、これが最後の引用です。シグナルとノイズの話題です。

科学では、ノイズとは実際の「音」以外にも使われる一般的な概念であり、求めている情報を理解するために取り除く必要のある、何の役にも立たないランダムな情報を指す。(中略)

ビジネスや経済の意思決定では、データ依存は強烈な副作用をもたらす。現代では、縦横無尽なネットワークのおかげでデータは山ほどある。そして、データ漬けになればなるほど、偽の情報の割合も大きくなる。めったに話題にならないが、データにはひとつの性質がある。大量なデータは有害なのだ。いや、ほどほどの量でも。(中略)

データに触れれば触れるほど、「信号」と呼ばれる貴重な情報よりも、ノイズに触れる可能性は不釣り合いに高まっていく。ノイズ対信号比が高くなるわけだ。それに、心理的な混乱ではなく、データそのものに潜む混乱もある。たとえば、情報を年1回確認するとしよう。株価でも、義父の工場の肥料の売上でも、ウラジオストクのインフレ指数でもいい。仮に、年単位でみると、情報の信号対ノイズ比がおよそ1対1(ノイズと信号が半分ずつ)だとする。つまり、変化のおよそ半分は本当の改善や悪化で、残りの半分はランダムな変化ということだ。年1回の観察ではこの比率だが、同じデータを日単位で見ると、ノイズが95パーセントで信号が5パーセントになる。さらに、ニュースや市場価格の動向のように、1時間単位でデータを観察すると、ノイズが99.5パーセントで信号が0.5パーセントになってしまう。ノイズが信号の200倍もあるわけだ。よって、(大事件でもない)ニュースを一生懸命聴いている人たちは、カモの一歩手前なのだ。(上巻p. 212)

信号(シグナル)とノイズについて取り上げた本としては、過去記事「これから坂を下る人」で取り上げた『シグナル&ノイズ』が楽しめました。

ノイズに触れる機会を減らすように説いた文章としては、ウォーレン・バフェットの過去記事「2013年度バフェットからの手紙 - 投資に関するわたしからの助言(1)」が参考になります。

「ニュースに触れていなかった間に株価が下がるのは困る」というのであれば、ジョン・テンプルトンの教え「(ルールその10)狼狽するな」に従うのはどうでしょうか。

問題なのは、「ごく少数の事件のせいで、企業価値が激減する」場合です。これこそ前々回のタレブの話題にでてきた「脆い」企業の典型です。このような企業への投資を検討する際には、リスク管理を重んじる必要があると思います。私見になりますが、そもそも投資しないか、リスク影響度(リスク・エクスポージャー)を吸収できる以上の割安な値段で買うか、ポートフォリオ全体に占める比率を小さく抑えるか、といった選択肢のなかから意思決定するのがよいと思われます。

2017年9月28日木曜日

暴落という名の浄化(ナシーム・ニコラス・タレブ)

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何回か前の投稿で取り上げたナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』から、市場の暴落に関わる話題を引用します。

変動には浄化の働きもある。小さな山火事が定期的に発生することで、とても燃えやすい物質が一掃されるので、蓄積せずにすむ。"安全のため"に山火事を体系的に防ごうとすると、大火事が起きたときの被害はいっそうひどくなる。同じような理由で、安定は経済にとってよくない。後退することもなく、ずっと安定して成長を続けている企業は、非常に脆弱になる。そして、隠れた脆弱性が水面下で蓄積しつづける。だから、危機を先送りにするのはあまりよくない。同じように、市場に変動性がないと、罰を免れた潜在的リスクが膨らんでいく。市場が打撃を受けていない期間が長ければ長いほど、いったん混乱が発生したときの被害は大きくなるのだ。

この安定性がもたらす逆効果を科学的にモデル化するのは簡単だ。でも、私はトレーダーになったころ、ベテラン中のベテランだけが使っているヒューリスティック(経験則)を教わった。市場が"新安値"に達すると、つまり長い間経験していなかった水準まで下落すると、人々が出口に殺到し、"大量の血"が飛び散るのだ。金を失うことに慣れていない人々は、大きな損失を食らい、苦痛をこうむる。たとえば、その市場価格が2年ぶりの水準なら、「2年来の安値」と呼ばれ、1年来の安値よりも大きな被害をもたらす。うまいことに、この現象は「クリーンアップ(浄化)」と呼ばれている。"弱いプレーヤー"を追い出すという意味だ。"弱いプレーヤー"というのはもちろん、自分が脆いことに気づいておらず、誤った安心感に惑わされている連中のことだ。弱いプレーヤーがいっせいに出口に殺到すれば、全体を崩壊に導く。変動性のある市場では、長い間リスクの"クリーンアップ"が起こらないことはありえないので、こういう市場の崩壊を避けることができる。

ラテン語の言い回しを借りるなら、「たゆたえども沈まず(Fluctuat nec mergitur)」ということだ。(上巻p. 175)

2017年9月24日日曜日

オークツリー式の投資手法(ハワード・マークス)

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Oaktreeのハワード・マークスが書いたメモから、2つ目の引用です。前回分はこちらです。(日本語は拙訳)

メディアが示した反応(より一部を抜粋)

新刊を執筆するにあたって、投資家が平均以上の成績を達成するためにできることを、大きく2つに分類しました。

・「選択」、つまりよい成果が得られるものをより多く保有し、悪い成果になるものをなるべく減らすように努めること。

・「サイクルに応じた調整」、つまり市場が上昇する際にリスク・エクスポージャー(リスク資産の度合い)を増やし、下落する際にその度合いを減らすように努めること。

[席を共にしていた評論家が言ったように]「良い時期も悪い時期もない」と甘受するのは、つまり上述した後者を放棄することを意味します。実に見事な成績をあげてきたバフェットが、「他人が強欲なときには恐れるべし。他人が恐れるときには強欲たるべし」と教えてくれたにも関わらず、その評論家はどうやら次のように言いたいようです。「いついかなるときも、足並みそろえて欲深くあれ(あるいは足並みそろえて恐れをなせ)」と。

「保有資産を市場の状況に合わせて調整することで、投資成績を向上させられる」と私は痛切に感じていますし、オークツリーではそうすることができました。2005-06年には注意に注意を重ねましたし、1990-91年や2001-02年そして2008年にリーマン・ブラザーズ社が破産を申請した直後の時期には、積極果敢に行動しました。それというのも、以下の観点において論理的な判断を下しておいたからです。

・市場における振る舞い
・評価水準の度合い
・リスキーな資金の調達しやすさ
・投資家の心理や行動の状態
・強欲ならびに恐れの出現状況
・通常のマーケットサイクルでみたときの、市場が現在位置する段階

そのような取り組みと「マクロ的な予測は、オークツリーが実践する投資のカギではない」とする投資哲学上の原則とは相反するのではないかと問い質されても、「否」であると明言できます。重要なのは、それらを評価するには現状を注視することだけが必要であり、「ある将来像」を凝視する必要はない点です。

「行く末がどちらなのかわからなくとも、今どこに居るのかは是が非でも知るべき」とは、常々申し上げている言葉です。投資対象がどのように値踏みされているのか、また投資家がどのように行動しているのかを観察したところで、明日に何が起こるのか知り得るものではありません。しかしそのことは、「現在はどこにいて、それゆえに少し先までの未来を支配する勝算」について多くを語ってくれます。もっと積極的になるべきか、あるいは守備的になるべきかを読み取ることもできます。ただし「常に正確である」とは期待できませんし、当然ながら「知るや否や正しい」わけでもありません。

私と共にテレビ番組に出演していた人物が、「良い時期も悪い時期もない」と発言していました。この弁については反論の余地があります。彼が言わんとしていたことは、「現状はどの位置にあるのか判断する能力を大多数の人は欠いているので、先に述べた件は挑戦しないほうがよい」というものでした。

それが困難であるという意見には賛成です。上昇と下降から成るサイクルでは、たいていはファンダメンタル面の変化が発端となっています。また揺れ動く感情が極端な地点へと押しやります。ファンダメンタルに関する情報や感情面における影響は、だれもが同じように受けます。もしそれらに対して典型的な反応を示せば、その人のとる行動も典型的なものとなります。サイクルに従い、極端に際しては痛ましいあやまちを犯します。それとは反対にうまく対応するには、すなわち逆張りかつサイクルと逆に動くことで成功するには、第一に市場サイクルを理解することが必要です。これは、経験を積むか歴史を学ぶことを通して身に付けられます。第二に、外部からの刺激に対する感情的な反応を統制できることが必要です。これはあきらかに容易なことではありません。平均的な投資家(一例として、サイクルを極端へと駆動する人たち)がそうできれば、そこまで極端な高低には振れないはずです。しかし投資家たるもの、試みるべきです。正真正銘の逆張り派にはなれない、つまり極端に際して逆向きに行動できないのであれば(難しいのは認めますが)、それでは群衆に付き従うのを拒否してみるのはどうでしょうか。(p. 2)

Media Reaction

In working on my new book, I divided the things an investor can do to achieve above average performance into two general categories:

- selection: trying to hold more of the things that will do better and less of the things that will do worse, and

- cycle adjustment: trying to have more risk exposure when markets rise and less when they fall.

Accepting that “there is no better or worse time” simply means giving up on the latter. Whereas Buffett tells us to “be fearful when others are greedy and greedy when others are fearful” - and he’s got a pretty good track record - this commentator seems to be saying we should be equally greedy (and equally fearful) all the time.

I feel strongly that it’s possible to improve investment results by adjusting your positioning to fit the market, and Oaktree was able to do so by turning highly cautious in 2005-06 and highly aggressive in 1990-91, 2001-02 and immediately after the Lehman bankruptcy filing in 2008. This was done on the basis of reasoned judgments concerning:

- how markets have been acting,
- the level of valuations,
- the ease of executing risky financings,
- the status of investor psychology and behavior,
- the presence of greed versus fear, and
- where the markets stand in their usual cycle.

Is this effort in conflict with the tenet of Oaktree’s investment philosophy that says macro-forecasting isn’t key to our investing? My answer is an emphatic “no.” Importantly, assessing these things only requires observations regarding the present, not a single forecast.

As I say regularly, “We may not know where we’re going, but we sure as heck ought to know where we stand.” Observations regarding valuation and investor behavior can’t tell you what’ll happen tomorrow, but they say a lot about where we stand today, and thus about the odds that will govern the intermediate term. They can tell you whether to be more aggressive or more defensive; they just can’t be expected to always be correct, and certainly not correct right away.

The person who said “there is no better or worse time” was on TV with me, giving me a chance to push back. What he meant, he said, was that the vast majority of people lack the ability to discern where we stand in this regard, so they might as well not try.

I agree that it’s hard. Up-and-down cycles are usually triggered by changes in fundamentals and pushed to their extremes by swings in emotion. Everyone is exposed to the same fundamental information and emotional influences, and if you respond to them in a typical fashion, your behavior will be typical: pro-cyclical and painfully wrong at the extremes. To do better - to succeed at being contrarian and anti-cyclical - you have to (a) have an understanding of cycles, which can be gained through either experience or studying history, and (b) be able to control your emotional reaction to external stimuli. Clearly this isn’t easy, and if average investors (i.e., the people who drive cycles to extremes) could do it, the extremes wouldn’t be as high and low as they are. But investors should still try. If they can’t be explicitly contrarian - doing the opposite at the extremes (which admittedly is hard) - how about just refusing to go along with the herd?

少数厳選主義のチャーリー・マンガーは、短期的な市場の変動には目を向けずに超然とした株主でありつづけるタイプです。一方で彼の高弟ともいえるハワード・マークスは、債券や苦境にある(distressed)企業などへの投資を扱っているせいか、オーソドックスな「安く買って、高く売る」原則に従っているようです。同氏は優れた常識感覚の持ち主ですし、そのうえで今回のようなさまざまな観点から現状を診断して行動につなげることで、リターンの上積みや下落リスクの管理を図っているものと受けとめました。彼が示すように、強力な基本原則を軸として堅実な肉付けをしたり工夫を積み重ねたりすることでも、投資の世界では十分な成功をあげられるのだろうと感じました。